(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5760244
(24)【登録日】2015年6月19日
(45)【発行日】2015年8月5日
(54)【発明の名称】低サイクル疲労き裂進展評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 3/32 20060101AFI20150716BHJP
【FI】
G01N3/32 C
【請求項の数】1
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-253763(P2012-253763)
(22)【出願日】2012年11月19日
(65)【公開番号】特開2014-102132(P2014-102132A)
(43)【公開日】2014年6月5日
【審査請求日】2014年6月19日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年5月24日発行の第61期学術講演論文集を記録したUSBメモリーに発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年5月27日に岡山大学津島キャンパスで開催された日本材料学会の第61期学術講演会に発表
(73)【特許権者】
【識別番号】595035131
【氏名又は名称】株式会社原子力安全システム研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】594141495
【氏名又は名称】株式会社神戸工業試験場
(74)【代理人】
【識別番号】100082474
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 丈夫
(74)【代理人】
【識別番号】100129540
【弁理士】
【氏名又は名称】谷田 龍一
(72)【発明者】
【氏名】釜谷 昌幸
(72)【発明者】
【氏名】川久保 政洋
(72)【発明者】
【氏名】山東 正太郎
【審査官】
萩田 裕介
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−266964(JP,A)
【文献】
特開平11−153533(JP,A)
【文献】
特開2001−050881(JP,A)
【文献】
特開2010−002261(JP,A)
【文献】
釜谷昌幸,川久保政洋,き裂成長予測による低サイクル疲労の損傷評価(成長予測モデルの構築とその適用例),INSS JOURNAL,株式会社原子力安全システム研究所,2012年10月30日,Vol. 19,p166-p182,URL,http://www.inss.co.jp/seika/pdf/19/166-182.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 3/00 − 3/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
低サイクル疲労によるき裂進展を評価する方法であって、
両端に挟持部、両端間にひずみ測定用の平行部、該平行部の一辺にクリップゲージを引掛ける一対のエッジを備えた切欠き、及び該切欠きの両エッジ間から延びる予き裂を有する平板状の試験片の前記両端の挟持部を挟持して該試験片に圧縮荷重と引張荷重の繰り返し荷重を負荷するステップと、
前記繰り返し荷重の負荷による前記予き裂のき裂開口量を、前記切欠きのエッジに引掛けたクリップゲージにより測定し、該き裂開口量と前記繰り返し荷重との関係を求めるステップと、
前記繰り返し荷重の負荷による前記試験片の平行部のひずみを測定し、該ひずみと前記繰り返し荷重との関係を求めるステップと、
前記き裂開口量と前記繰り返し荷重との前記関係から、前記繰り返し荷重による負荷荷重の1サイクル中にき裂が開口し始める開口開始点を求めるステップと、
求められた前記き裂の開口開始点を用い、負荷荷重の1サイクル中にき裂が開口している間におけるひずみの変動幅に対応する有効ひずみ範囲を求めるステップと、
前記有効ひずみ範囲を用いて有効ひずみ拡大係数範囲を求め、該有効ひずみ拡大係数範囲を用いてき裂進展速度を求めるステップと、
を含むことを特徴とする低サイクル疲労き裂進展評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繰り返し荷重(応力振幅)による疲労き裂の進展を調べる疲労き裂進展評価方法に関し、詳しくは、低サイクル疲労によるき裂進展評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、き裂進展試験方法は、ASTM等の規格で規定されており、そこでは
図8に示すような引張疲労試験片(CT試験片)が用いられる(特許文献1等)。通常のき裂進展試験では、応力拡大係数とき裂進展速度との関係を調べるために、(小規模降伏状態が満足されるよう)き裂先端での塑性ひずみは極力小さく抑えられる。そのため、大きな荷重を負荷したり、圧縮荷重を負荷したりすることはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−60363号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、原子力発電プラント等においてき裂進展の予測を行う場合に想定される負荷は、必ずしも小さな荷重とは限らない。き裂先端に大きな塑性ひずみが発生することも想定されるため、き裂進展速度を調べる際にも、塑性ひずみが発生するような大きな荷重(応力振幅)を負荷する必要がある。
【0005】
従来の一般的なCT試験片では、CT試験片のピン穴10(
図8)に試験装置(図示せず。)のピンを挿入して荷重を負荷するが、圧縮荷重を負荷すると、荷重が引張側から圧縮側に変化する際に、ピン穴10の遊びのために荷重(変位)が不連続に変化する。大きな応力振幅を負荷するためには、荷重を圧縮側にも負荷する必要があることから、試験片もそれに対応する必要がある。
【0006】
塑性ひずみサイクルが加わるような大きな応力振幅下では、荷重のみでなく、ひずみ振幅を測定し、ひずみ振幅とき裂進展速度との関係を調べる必要がある。しかしながら、
図8に示すようなCT試験片では、ひずみ振幅を測定することはできない。
【0007】
そこで、本発明は、ひずみ範囲が測定可能で、かつ圧縮荷重を加えることができる平板試験片を用いて、低サイクル疲労によるき裂進展を評価する方法を提供することを主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明に係る低サイクル疲労き裂進展評価方法は、両端に挟持部、両端間にひずみ測定用の平行部、該平行部の一辺にクリップゲージを引掛ける一対のエッジを備えた切欠き、及び該切欠きの両エッジ間から延びる予き裂を有する平板状の試験片の前記両端の挟持部を挟持して該試験片に圧縮荷重と引張荷重の繰り返し荷重を負荷するステップと、前記繰り返し荷重の負荷による前記予き裂のき裂開口量を、前記切欠きのエッジに引掛けたクリップゲージにより測定し、該き裂開口量と前記繰り返し荷重との関係を求めるステップと、前記繰り返し荷重の負荷による前記試験片の平行部のひずみを測定し、該ひずみと前記繰り返し荷重との関係を求めるステップと、前記き裂開口量と前記繰り返し荷重との前記関係から、前記繰り返し荷重による負荷荷重の1サイクル中にき裂が開口し始める開口開始点を求めるステップと、求められた前記き裂の開口開始点を用い、負荷荷重の1サイクル中にき裂が開口している間におけるひずみの変動幅に対応する有効ひずみ範囲を求めるステップと、前記有効ひずみ範囲を用いて有効ひずみ拡大係数範囲を求め、該有効ひずみ拡大係数範囲を用いてき裂進展速度を求めるステップと、を含むことを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明に係る低サイクル疲労き裂進展評価方法に用いる試験片の一実施形態を一部拡大図とともに示す平面図である。
【
図2】
図1の試験片にクリップゲージと伸び計を取り付けた状態を示す平面図である。
【
図3】引張・圧縮荷重をかけた場合のき裂開口量と荷重との関係を示すグラフである。
【
図4】
図3のグラフに本発明に係る低サイクル疲労き裂進展評価方法を適用する説明図である。
【
図5】
図5(a)は
図4と同じき裂開口量と荷重との関係を示すグラフであり、
図5(b)はひずみと荷重との関係を示すグラフである。
【
図6】本発明に係る低サイクル疲労き裂進展評価方法による、有効ひずみ拡大係数範囲とき裂進展速度との関係を示すグラフである。
【
図7】ひずみ拡大係数範囲とき裂進展速度との関係を比較例として示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係る低サイクル疲労によるき裂進展評価方法について、
図1〜
図7を参照して説明する。
【0011】
先ず、
図1に示すような試験片1を用意する。本発明の方法に用いる試験片1は、
図1に示すように、両端に挟持部2、両端間にひずみ測定用の平行部3、平行部3の一辺にクリップゲージを引掛ける一対のエッジ4a、4bを備えた切欠き4、及び切欠き4の両エッジ4a、4b間から延びる予き裂5を有する平板状の試験片である。
【0012】
図示例の試験片1は、厚みが6mm、最大幅W1が30mm、平行部3の長さLが36mm、平行部3の幅W2が15mm、切欠き4の肩口開口幅N1が5mm、切欠き4の深さN2が0.5mm、予き裂5の長さdが0.5mm、切欠き4のエッジ4a,4bの傾斜角度αが60°である。予き裂5は、放電加工機等の機械加工によって予め形成される。
【0013】
試験片1の両端の挟持部2、2を、引張圧縮試験機(図示せず。)のチャックに挟持させて、試験片1に圧縮荷重と引張荷重を繰り返す繰り返し荷重をかける。引張圧縮試験機は、試験片の両端部を挟持して引張荷重と圧縮荷重を繰り返しかけることのできる公知の引張圧縮試験機を利用できる。引張圧縮試験機により、塑性ひずみサイクルが加わるような大きな応力振幅が試験片1に負荷される。
【0014】
図2に示すように、試験片1の切欠き4のエッジ4a、4bにクリップゲージ6を引掛けて、荷重を負荷することにより生じる予き裂5のき裂開口量(δ)を測定する。き裂開口量の測定と同時に、
図2に示すように、試験片1の平行部3に伸び計7を適用し、評点間の伸びを測定することにより、評点間のひずみ(ε)を測定する。図示例では伸び計7の評点間距離Mは25mmである。クリップゲージ6及び伸び計7の計測データは、出力ケーブル6a、7aを通じて出力され、図外のコンピュータでデータ処理される。なお、ひずみの測定は、ひずみゲージ等の他の測定手段により測定することもできる。
【0015】
測定したき裂開口量と負荷された荷重の関係を
図3に示すようにグラフ化して求める。
図3のグラフにおいて、横軸がき裂開口量δ(mm)であり、縦軸が荷重P(kN)である。
図3に示すように、試験片1が塑性変形することにより、引張工程(荷重の増分dP/dδ>0)と圧縮工程(荷重の増分dP/dδ<0)で異なる軌道を描くヒステリシスループが形成されている。この
図3のグラフから、き裂長さと、負荷サイクルの1サイクル中にき裂が開口し始める開口開始点を次のようにして求める。
【0016】
先ず、
図3のグラフから、
図4に示すように弾性傾斜(コンプライアンス)aを求める。弾性傾斜aを求めるために、荷重範囲(コンプライアンス測定範囲)を定める。荷重範囲は、通常、最大荷重(Pmax)の0.2倍から0.8倍の範囲に定める。この荷重範囲では、き裂開口量δと荷重Pの変化がほぼ直線的となる。定めた荷重範囲におけるき裂開口量δと荷重Pとの関係の傾きを最小二乗法により求め、得られた傾きを弾性傾斜aとする。
【0017】
試験片の厚さをB、ヤング率をEとすると、き裂長さdは有限要素解析を用いて次式(1)から得られる。
A = EB/a
U=1/(A
0.5+1)
d=15×(‐263.3U
5+475.5U
4−342.3U
3+126.7U
2‐26.84U+3.202) ・・・ (1)
上式(1)の係数及び定数項は、き裂長さを変化させた有限要素解析から求めたdとUの関係を5次多項式による最小自乗法を用いた近似によって得られる。
【0018】
次に、
図4のグラフのデータのバラツキ(標準偏差σ)を求める。標準偏差σを求めるために、先ず、先に定めた荷重範囲にある曲線(ヒステリシスループ)上の点を通り、傾きaの直線(
図4に破線で示した。)を引き、その直線が、き裂開口量δ=0になったときの荷重P
Cを求める。荷重範囲にある全ての測定点についてP
Cを求め、その分布の標準偏差σを算出する。
【0019】
そして、開口開始点Aを求める。開口開始点Aを求めるために、先ず、ある点(例えば
図4中のB点)を通り、傾きaの直線(
図4に一点鎖線で示した。)を引き、その直線が、き裂開口量δ=0になった時の荷重P
Bを求める。点Bを最小荷重P
B(min)から増加させていき、それぞれの測定点に対するP
Bを求め、P
Bの最大値P
B(max)を求める。P
B(max)となった点からさらに荷重を増加させていく方向に点Bをヒステリシスループ上で移動させると、P
Bは減少していく。そして、P
Bが(P
B(max)−Y×σ)となった点を開口開始点Aとする。ここでYは0〜6の範囲で任意に設定することができるが、統計学上、平均より大きい側と小さい側に対してそれぞれ3σのばらつきを考慮する、Y=6が推奨される。
【0020】
傾きaは、き裂が開いている状態での弾性的な変形をする場合のばね定数に相当する。従って、き裂開口量δと荷重Pの傾きが弾性傾斜aより小さい場合は、き裂が開いている。逆に、き裂開口量δと荷重Pの傾きが弾性傾斜aより大きい場合は、き裂が閉じている状態を示す。最小荷重P
minではき裂が閉じており、荷重を増加させると、徐々にき裂が開き出す(き裂開口量δと荷重Pの傾きが減少し、弾性傾斜aに近づく。)。そして、き裂開口量δと荷重Pの傾きが弾性傾斜aに一致した状態がき裂の開口開始点Aと判断でき、その時のP
Bは最大となる。ただし、測定量にバラツキがあるため、P
B(max)となった時点を開口開始点と判断すると、突発的なき裂開口量δや荷重Pの変化によって開口開始点が敏感に変動する。その変動を防止するため、予め測定のバラツキσを求めておき、そのバラツキの範囲を逸脱した状態を開口開始点Aと判断することとしている。
【0021】
上記のようにして求められたき裂の開口開始点Aを用い、負荷荷重の1サイクル中にき裂が開口している間におけるひずみの変動幅に対応する有効ひずみ範囲Δε
eff(
図5参照)を求める。
図5において、左のグラフ(a)は
図3のグラフと同様、荷重とき裂開口変位の関係を示す。
図5右のグラフ(b)は、同じ荷重に対する伸び計7で計測される試験片のひずみεを表す。
図5(a)のグラフの開口開始点Aの荷重P
OPを求め、
図5(b)のグラフで荷重P
OPでのひずみ値を有効ひずみ範囲Δε
effの最小値とすることができる。本発明における「有効ひずみ範囲」とは、P
minから荷重を増加させたときに、き裂が開口し始めてからP
maxに到達するまでのひずみの増加量を意味する。
【0022】
この有効ひずみ範囲を用いることで、き裂駆動力となる有効ひずみ拡大係数範囲ΔK
ε(eff )が次式のように求まる。
【0023】
ΔK
ε(eff )= f Δε
eff (πd)
0.5
ここで、fは試験片形状から求まる定数であり、Pergamon Press社発行のStress Intensity Factor Handbookや破壊力学の専門書(例えば、岡村弘之著、線形破壊力学入門、倍風館)に記載された値を参照することができる。繰返し数1回あたりのき裂の進展長さをき裂進展速度と定義すると、き裂進展速度と有効ひずみ拡大係数範囲ΔK
ε(eff )の関係は
図6のように得られる。
図6は、
図1に示した形状を上記した寸法でS45Cにより製作した試験片を用いて、公称応力振幅160MPa、250MPa、320MPaの繰り返し荷重(繰り返し速度:2Hz)を負荷した結果を示している。ヤング率はE=227GPaとした。
【0024】
一方、き裂開口点が同定できない場合は、Δε
effの代わりに全ひずみ範囲Δε(
図5(b)参照)を用いることになるが、Δεを用いた、ひずみ拡大係数範囲ΔK
εとき裂進展速度は
図7のようになる。
【0025】
これらの
図6,7から、Δε
effを用いることの重要性が理解できる。き裂は、き裂が開口している間に進展することから、その駆動力指標としてはΔεでなくΔε
effを用いる必要がある。試験片のひずみを計測すること、またき裂の開口開始点Aを同定することが、き裂進展速度を適正に整理するために重要であることがわかる。
【0026】
図3に示すように、繰り返し荷重中の塑性ひずみによってヒステリシスループが形成されるような低サイクル疲労が機器設計では問題となる。設計では、繰り返し荷重の発生回数を制限することで、疲労による破壊を防止している。破壊は進展したき裂によってもたらされることから、実際の破壊の有無を判断するには、き裂進展を正確に予測することが要求される。これまでの方法では、弾性的な変形下でのき裂進展を実験的に評価することはできても、低サイクル疲労下でのき裂進展を模擬し、さらにはき裂サイズを同定したり、有効ひずみ拡大係数を同定したりすることはできなかった。
【0027】
本発明を適用することで、圧縮の荷重を負荷することが可能となり低サイクル疲労におけるき裂進展を模擬することができる。さらに、ひずみ範囲やき裂開口変位を同時に測定することで、き裂長さと有効ひずみ範囲を同定し、
図6に示すような有効ひずみ拡大係数範囲とき裂進展速度の関係を得ることができる。この関係を用いることで、任意のひずみ範囲とき裂サイズにおけるき裂進展を予測でき、低サイクル疲労における余寿命を推定するなどの評価が可能となる。
【符号の説明】
【0028】
1 試験片
2 挟持部
3 平行部
4 切欠き
5 予き裂
6 クリップゲージ
7 伸び計