(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な一実施の形態について図面に基づき説明する。
【0016】
まず、本発明を説明するに先立ち、共晶型の2成分混合物を蓄熱材として使用した場合の挙動について説明しておく。
【0017】
図6は、成分A
Eおよび成分B
Eの2成分からなる共晶型の2成分混合物の平衡状態図を示す図である。なお、
図6に示す共晶型の2成分混合物では、成分A
Eおよび成分B
Eは液体状態で完全に溶け合い液相Lとなり、固体状態で全く溶け合わず固相A
Eおよび固相B
Eとなる。
【0018】
さて、上述のように、共晶点Eの共晶組成x
Eを有する2成分混合物を用いた蓄熱材では、
図6に示すように、共晶点Eの共晶温度T
Eにて温度一定のまま潜熱を放熱することになるため、液相Lが完全に固相A
Eと固相B
Eに凝固するまで、温度から蓄熱材の固相率を判断することができない。また、共晶点Eからずらした組成x
Aを有する2成分混合物を用いた蓄熱材では、固相率の変化を温度から判断することができるが、放熱(または蓄熱)前後で蓄熱材の温度が大きく変化する場合があり、
図7に示されるように、放熱中の温度・エンタルピ線71が熱負荷の温度T
aと交わり、熱を十分に放熱できない可能性がある。そのため、共晶型の2成分混合物を蓄熱材に用いた場合、その熱負荷の温度T
aを、より低い熱負荷の温度T
a'とする必要があり、熱負荷の温度T
aと熱源の温度T
bとの温度範囲である蓄熱温度範囲ΔTが大きくなってしまう(
図6)。
【0019】
そこで本発明者らはこの問題を解決すべく鋭意検討を行った結果、凝固および融解時に偏晶反応を起こす偏晶型の多成分混合物を蓄熱材に用いることで、固相率が所定の割合に達したことを温度で判断することができ、かつ、放熱あるいは蓄熱前後での温度差を小さくできることを見出した。
【0020】
図1は、本実施の形態に係る蓄熱材に用いる偏晶型の2成分混合物の平衡状態図を示す図である。
【0021】
図1に示すように、この蓄熱材を構成する偏晶型の2成分混合物は、その偏晶温度T
Mが蓄熱温度範囲ΔT(すなわち、蓄熱システムの熱負荷の温度T
aよりも高く、熱源の温度T
bより低い温度範囲)にあり、その放熱(凝固)および蓄熱(融解)時に偏晶反応を起こす成分A
Mおよび成分B
Mの2成分混合物から選択される。
【0022】
また、この蓄熱材の組成は、放熱(または蓄熱)時に偏晶反応を起こすように、2成分混合物の組成が偏晶反応を起こす組成、すなわち
図1に示した偏晶線QN上の任意の組成から選択される。
【0023】
なお、蓄熱材の組成は、放熱完了時に偏晶型の2成分混合物の固相率が30%以上60%以下となる組成であることが望ましい。これは、放熱完了時の固相率を30%以上60%以下とすることで、蓄熱材のスラリ化を容易とし、伝熱効率を向上することができるためである。
【0024】
次に、本発明の蓄熱材で、放熱完了時の固相率を温度から判断できる理由について
図1,2により説明する。ここでは、成分A
Mおよび成分B
Mの2成分からなり、偏晶点Mの偏晶組成y
Mを有する偏晶型の2成分混合物を用いる場合について説明する。
【0025】
図1に示すように、高温の液体状態で完全に溶け合い液相Lとなった2成分混合物は、冷却により偏晶点Mに達し、偏晶組成y
Mの液相Lから、固相A
Mと、偏晶線QNの液相Lに望む端点Nに対応した組成y
Nを有する液相L
Nとが生成する偏晶反応(液相L⇔固相A
M+液相L
N)を起こす。偏晶反応で生成する固相A
Mと液相L
Nの存在比は、所謂天秤の法則(てこの法則)により表される。より具体的には、2成分混合物の偏晶組成y
Mと偏晶線QNの交点(ここでは偏晶点)Mを用いて、線分MNの長さ:線分QMの長さの比として表される。よって、偏晶反応完了時の2成分混合物の固相率は、線分MNの偏晶線QNに対する長さの割合(MN÷QN)となる。この偏晶反応の間は、系の温度は偏晶温度T
Mで一定に保たれる。つまり、偏晶反応による潜熱を蓄熱システムに利用するためには、2成分混合物の偏晶温度T
Mが、蓄熱システムの熱負荷の温度T
aより高く、熱源の温度T
bより低ければよい。
【0026】
液相Lから固相A
Mと液相L
Nを生成する偏晶反応が終了したとき、2成分混合物(蓄熱材)は、固相A
Mと液相L
Nの固液共存状態にあり、これらを攪拌することでスラリ化することが可能である。このときの蓄熱材の固相率は、30%以上60%以下であることが好ましい。また、偏晶反応の終了時には、偏晶温度T
Mで一定温度であった系の温度が再び低下し始める。よって、偏晶反応を利用すれば、温度変化から蓄熱材の固相率がMN÷QNに達したことを判断でき、スラリ化を行う上で扱いやすい。
【0027】
なお、本実施の形態に係る蓄熱材は、その2成分混合物の組成を偏晶点Mの偏晶組成y
Mに限定するものではなく、偏晶点Mよりも固相A
Mをより少なく生成する組成y
M'や、反対に固相A
Mをより多く生成する組成y
M"を有する2成分混合物を用いてもよい。
【0028】
例えば、
図1に示すように、組成y
M'の2成分混合物を用いた蓄熱材では、二液分離の境界線MNと組成y
M'が交わる温度T
1で、液相Lが成分A
Mに富む液相L
1と、成分B
Mに富む液相L
2に分離する。その後、温度低下に伴って、液相L
1は偏晶点Mの偏晶組成y
Mに、液相L
2は偏晶線QNの端点Nの組成y
Nに境界線MNに沿って近づき、やがて偏晶温度T
Mで偏晶反応を起こし、偏晶組成y
Mの液相L
1が消費しつくされ、組成y
Nの液相L
Nと固相A
Mが残る。
【0029】
また、組成y
M"の2成分混合物を用いた蓄熱材では、液相線CMと組成y
M"が交わる温度T
2で固相A
Mが晶出し始める。その後、液相Lの組成は液相線CMに沿って偏晶点Mの偏晶組成y
Mに近づき、偏晶温度に達すると偏晶反応が起きる。このように、偏晶型の2成分混合物の組成を偏晶線QN上の組成とすることで、凝固および融解時に偏晶反応を起こす蓄熱材とすることができ、偏晶反応による潜熱を蓄熱に利用することができる。
【0030】
なお、偏晶反応後に晶出する固相A
Mの量は、偏晶型の2成分混合物の組成が端点Qに近いほど多くなり、組成が端点Nに近いほど少なくなる。つまり本実施の形態では、偏晶型の2成分混合物の組成を偏晶線QN上で調節することで、偏晶反応終了後、すなわち放熱完了時の蓄熱材の固相率を自由に設定することができる。
【0031】
また本実施の形態の蓄熱材では、蓄熱させる蓄熱量を自由に設定することができる。ここで具体的に、熱源の温度T
bが液相線CMおよび境界線MNより高温であり、熱負荷の温度T
aが偏晶線QNの直下である蓄熱システムにて、偏晶組成y
M,組成y
M',組成y
M"の3種の2成分混合物を蓄熱材に用いる場合について説明する。
【0032】
図2に示すように、偏晶組成y
Mの2成分混合物を温度T
bから冷却する場合、その温度・エンタルピ線21は、温度T
bと偏晶温度T
Mの区間で単調減少を示し、偏晶温度T
Mでは、偏晶反応により温度一定のままエンタルピの減少を示す。
【0033】
次に、組成y
M'の2成分混合物を冷却する場合、その温度・エンタルピ線22は、偏晶組成y
Mの場合と同様に、温度T
bと偏晶温度T
Mの区間で単調減少を示し、偏晶温度T
Mでは、偏晶反応により温度一定のままエンタルピの減少を示す。偏晶反応の終了時、2成分混合物から晶出する固相A
Mの量は、偏晶組成y
Mのものよりも少ないので、組成y
M'の蓄熱材から放熱される潜熱の量は偏晶組成y
Mよりも少なくなる。
【0034】
また、組成y
M"の2成分混合物の場合、その温度・エンタルピ線23は、温度T
bと温度T
2(組成y
M"と液相線CMが交わる温度)の区間で単調減少した後、温度T
2と偏晶温度T
Mの区間では単調減少の勾配が凝固による潜熱で緩やかとなり、偏晶温度T
Mでは偏晶反応により温度一定のままエンタルピの減少を示す。偏晶反応の終了時には、より多くの固相A
Mが晶出するので、組成y
M"の蓄熱材から放熱される潜熱の量はより多くなる。
【0035】
このように、本実施の形態の蓄熱材は、その偏晶型の2成分混合物の組成を任意に調節することによって、偏晶反応により晶出する固相A
Mの量を調節し、蓄熱量を自由に設定することができる。
【0036】
以上要するに、本実施の形態では、熱源から供給された熱を蓄熱して、その熱を熱負荷に放熱する蓄熱システムに、凝固および融解時に偏晶反応を起こし、その偏晶温度が、熱負荷の温度より高く、熱源の温度より低い偏晶型の多成分混合物からなり、その偏晶型の多成分混合物の組成が、偏晶反応を起こす組成である蓄熱材を用いるようにした。
【0037】
これにより、放熱あるいは蓄熱時に固相率が所定の割合に達したことを温度で判断することができ、かつ、放熱あるいは蓄熱前後での温度差を小さくできるため、スラリ化を行う上で取り扱いやすい蓄熱材とすることができる。
【0038】
なお、本実施の形態では、液体状態で一部溶け合い、固体状態で全く溶け合わない液相分離型の偏晶型の2成分混合物を用いた蓄熱材について説明したが、例えば
図3に示すように、液体状態で一部溶け合い、固体状態で一部溶け合う偏晶型の2成分混合物を用いてもよい。
図3に示す2成分混合物は、固体状態で一部溶け合い、主成分A
Mに成分B
Mが溶けた固溶体α
Mと、主成分B
Mに成分A
Mが溶けた固溶体β
Mを形成するが、
図1に示した2成分混合物と同じく、偏晶反応による潜熱を蓄熱に利用する蓄熱材として使用できる。また、本発明は蓄熱材を2成分混合物に限らず、偏晶温度や粘度を調節するための成分を添加した多成分混合物であっても良い。
【0039】
次に、偏晶反応を起こす2成分混合物としてCu−Pb系の2成分混合物を用いた場合の、偏晶反応で得られる蓄熱密度(単位体積当たりのエンタルピ)を計算した一例を示す。ここではCu−Pb系の偏晶点の組成の2成分混合物を蓄熱材とし、その偏晶反応の蓄熱密度を、
図4に示すCu−Pbの平衡状態図から求めた。
【0040】
図4に示すように、このCu−Pb系の偏晶点Mの組成(モル分率)はCu0.221で、端点Nの組成はCu0.629なので、偏晶反応終了後の固相率は天秤の法則(てこの法則)よりa=0.650となる。偏晶反応での放熱量は、その偏晶点の温度(1230[K])における融解エンタルピL(T)と固相率aの積で求められる。また、温度T[K]における融解エンタルピL(T)は、[数1]に示す式(1)より求められる。
【0042】
但し、c
pml[J/(mol・K)]は純物質液相の定圧モル比熱、c
pms[J/(mol・K)]は純物質固相の定圧モル比熱、T
m[K]は純物質の融点、L
0[J/mol]は純物質の融解エンタルピである。
【0043】
これらCuの物性値は、
c
pml=32.844[J/(mol・K)] (900<T[K]<4000)
c
pms=−1111.3179+0.0934944879T
+360627463T
-2−1909966.9T
-1
+82126.974T
-0.5 (1100<T[K]<2000)
T
m=1358[K]
L
0=13138[J/mol]
であり、偏晶点の温度T=1230[K]では、
c
pms=30.947[J/(mol・K)]
となる。
【0044】
よって、偏晶点の温度T=1230[K]における融解エンタルピはL=11669[J/mol]となり、偏晶反応で得られるエンタルピはL×a=7580[J/mol]となる。
【0045】
ここで、Cu原子量は63.55[g/mol]、Pb原子量は207.2[g/mol]であるので、
この2成分混合物の分子量は、
63.55×0.221+207.2×0.779=175.45[g/mol]
となる。
【0046】
また、Cuの密度は8.92[g/mL](20℃,1気圧)、Pbの密度は11.34[g/mL](20℃,1気圧)であり、Cuの質量分率は、
(63.55×0.221)/175.45=0.0800
であり、Pbの質量分率は、
(207.2×0.779)/175.45=0.920
である。
【0047】
さらに、0.221molのCuの容積は、
(63.55×0.221)/8.92=1.575[mL]
であり、0.779molのPbの容積は、
(207.2×0.779)/11.34=14.234[mL]
なので、この2成分混合物の密度は、
175.45/(1.575+14.234)=11.098[g/mL]=11098[kg/m
3]
となる。
【0048】
よって、Cu−Pb系の偏晶点Mの組成の蓄熱材から偏晶反応で得られる単位体積当たりのエンタルピは、
(7580[J/mol]×11098[kg/m
3])/(175.45×10
-3[kg/mol])=479000[kJ/m
3]
となり、蓄熱材として十分な蓄熱密度が偏晶反応により得られることがわかる。
【0049】
この偏晶反応で得られる蓄熱材の蓄熱密度で十分な熱量が確保できれば、
図7に示すような、温度が略一定であるような温度・エンタルピ線72の蓄熱材が実現でき、蓄熱システムの蓄熱温度範囲ΔTをさらに小さくできる。
【0050】
次に、本実施の形態に係る蓄熱材を用いた蓄熱システムの一例を
図5により説明する。なお、
図5(a),(b)に示す蓄熱システム100aおよび蓄熱システム100bは一例であり、本実施の形態に係る蓄熱材31sを用いる蓄熱システムの構成はこれらに限定されない。
【0051】
図5(a)に示す蓄熱システム100aは、熱源11からの熱を本発明の蓄熱材31sに蓄熱して、その熱を熱負荷13に放熱するものである。また、蓄熱システム100aは、熱源11の熱を蓄熱材31sに蓄熱するための蓄熱熱交換器12と、その熱を熱負荷13に放熱するための放熱熱交換器14を、蓄熱材31sを貯留する蓄熱槽31の外部に設置する構成を有する。
【0052】
蓄熱材31sとしては、例えば偏晶型の2成分混合物を用いる。蓄熱槽31の蓄熱温度範囲は、蓄熱材31sが固液共存状態となるように、熱負荷13の温度が蓄熱材31sの偏晶温度よりも低く、熱源11の温度が蓄熱材31sの偏晶温度よりも高く設定される。
【0053】
蓄熱システム100aは、蓄熱槽31の出口31aから圧送ポンプ33により圧送した蓄熱材31sを、熱源11に接続した蓄熱熱交換器12を通じる蓄熱ライン34を経て入口31bに戻すか、あるいは熱負荷13に接続した放熱熱交換器14を通じる放熱ライン35を経て入口31bに戻すかを切替え可能にする流路切換手段32を備える。本実施の形態では、流路切換手段32を出側三方弁32aおよび入側三方弁32bで構成し、蓄熱時には蓄熱熱交換器12を蓄熱材31sが通流し、放熱時には放熱熱交換器14を蓄熱材31sが通流するように各三方弁32a,32bを切換えるようにした。
【0054】
蓄熱槽31に貯留された蓄熱材31sは、圧送ポンプ33によって熱源11に接続した蓄熱熱交換器12に送られることによって蓄熱した状態で蓄熱槽31に戻り、また、熱負荷13に接続した放熱熱交換器14に送られることによって放熱した状態で蓄熱槽31に戻る。
【0055】
蓄熱システム100aでは、熱源11で加熱された熱源用熱媒体を蓄熱熱交換器12に導入し、蓄熱熱交換器12にて熱源用熱媒体と蓄熱材31sとの間で熱交換させることにより、熱源11の熱を蓄熱材31sに伝えるようにしているが、熱源11が熱を出力するための出力用の熱交換器を備えるヒートポンプ等である場合には、その熱交換器を蓄熱熱交換器12として用いるようにしても良い。
【0056】
また、蓄熱システム100aでは、放熱熱交換器14にて蓄熱材31sと熱負荷用熱媒体との間で熱交換させ、加熱された熱負荷用熱媒体を熱負荷13に導入することで、蓄熱材31sの熱を熱負荷13に伝えるようにしている。
【0057】
なお、本実施の形態に係る蓄熱材を用いる蓄熱システムとしては、
図5(b)に示すような、蓄熱槽31の内部に熱交換器31pを設置する構成を有する蓄熱システム100bとすることもできる。
【0058】
図5(b)に示す蓄熱システム100bの場合には、蓄熱材31sを貯留する蓄熱槽31の内部に、蓄熱槽31の入口31bから熱媒体を導入して出口31aまで通流させる、熱交換器としての螺旋状の熱媒体用流路31pが設けられる。入口31bから導入された熱媒体は、螺旋状の熱媒体用流路31pを通流する間に蓄熱材31sと熱交換し、蓄熱槽31の出口31aに至る。蓄熱槽31から導出された熱媒体は、熱源11に接続した蓄熱ライン34を経て加熱された状態で蓄熱槽31に戻るか、または、熱負荷13に接続した放熱ライン35を経て冷却された状態で蓄熱槽31に戻る。このとき、熱媒体は熱源11または熱負荷13と直接に熱交換をする。
【0059】
蓄熱槽31は蓄熱材31sを攪拌するための攪拌手段36を備え、この攪拌手段36により固液共存状態の蓄熱材31sを攪拌して、蓄熱材31sのスラリ化を行うようにしている。本実施の形態では攪拌手段36を、熱媒体用流路31pの螺旋の中央に配置され、蓄熱材31sを攪拌する3枚の攪拌羽根36fと、その攪拌羽根36fを回転させるためのモータ36mから構成した。攪拌手段36の攪拌羽根36fの枚数は3枚に限られず、蓄熱槽31の容量等に合わせて適宜変更可能である。
【0060】
なお、上述の蓄熱システム100a,100bの構成は一例であり、例えば蓄熱システム100aと蓄熱システム100bを組合わせた構成としても良い。