【実施例】
【0029】
1. アセチル化キトサン微粒子(キチン微粒子)の調製
キチンはキトサンのように酸に溶解せず、その形状制御が難しい原料である。そこで本実験では、キトサンを一度微粒子化し、微粒子にアセチル化を施すことによって結晶化度の低いキチン微粒子の調製を試みた。
【0030】
実験方法は、キトサン8 g、酢酸10 gの8 wt%キトサン溶液100 mlを調製し、外相としてクロロホルムとトルエン(1 : 3)に無水酢酸をキトサンの10倍モルである50.73 g溶かしたトルエン-クロロホルム-無水酢酸溶液500 mlを用いた。これに界面活性剤としてTGCR(テトラグリセリン縮合リシノレイン酸エステル)を6.6 g溶かした。ウォータジャケット付セパラブルフラスコに外相を攪拌させた状態でキトサン溶液を加え、攪拌速度250 rpm、25℃で一晩攪拌した。その後アセトンとメタノールおよび蒸留水を用いて洗浄を行い、凍結乾燥法により乾燥させた。以下にその反応スキームを示す。
【0031】
【化2】
【0032】
結果と考察
実験の結果、半透明の白色微粒子が得られた。
図1にSEM写真を示す。SEM写真より、微細な孔が存在すると思われる。また、酢酸溶液に投入しても溶解しなかったので、アセチル化が行われていると思われる。キトサンとアセチル化キトサンのIRスペクトルを
図2に示す。
図2から見てもアセチル化がうまく進んでいることが見受けられる。
【0033】
2. グリシジルメタクリレート-グラフト-アセチル化キトサン(GMAGAC)の調製
反応活性の高いエポキシ基を含有するグリシジルメタクリレート(GMA)をアセチル化キトサンに導入させて、このエポキシ基に配位子を導入することにした。GMAのグラフト方法は以下のとおりである。
【0034】
実験1で調製されたアセチル化キトサン4 gを200 cm
3の三口フラスコに測り採り、これに蒸留水100 cm
3を加え、窒素雰囲気下で60℃のオイルバスを用いて30分間加熱攪拌を行うことで、樹脂の膨潤と系内の窒素置換を同時に行った。次に重合開始剤として0.5%に酸化チオ尿素水10 cm
3と30%過酸化水素水0.2 cm
3を加え、60℃のオイルバスで30分間過熱攪拌し、ラジカル状態にした。これにGMAをアセチル化キトサンの20倍モルである64.52 g加えて、70℃で4時間過熱攪拌を行った。アセトンを用いてグラフト化誘導体をろ過し、ソックスレー抽出器を用いてアセトンでホモポリマーの除去を行った。その後、50℃の乾燥機を用いて乾燥させた。反応スキームを以下に示す。
【0035】
【化3】
【0036】
結果と考察
反応の結果、琥珀色だったアセチル化キトサンの色が乳白色になり、それぞれ粒状だった粒子がいくつかの粒子で塊を作った状態になった。恐らくグラフトがうまく進んだからであると思われる。また、生成物をFT-IRを用いて分析を行ったところ、
図3のようになった。結果より、750 cm
-1にエポキシ基のピークが現れ、環エーテルのピークも900〜1000 cm
-1にかけて現れていることから、GMAの導入がうまく行われたことが確認できる。また、導入量はチオ硫酸ナトリウムを用いた定量法でエポキシ基の定量を行うことで導いた。その結果、導入量が17.18 mmol g
-1であった。以下にチオ硫酸ナトリウムとエポキシ基の反応を示す。
【0037】
【化4】
【0038】
3. アミノメチルピリジン-グラフト-アセチル化キトサン(AMPGAC)の調製
GMAGACに配位子として、安定な5員環キレートを金属イオンと形成することが期待される2-アミノメチルピリジンの導入を行った。実験方法は以下のとおりである。
【0039】
100 cm
3のDMFに4 gのGMAGACを加え、窒素雰囲気下で60℃、30分間過熱攪拌することで、樹脂の膨潤と系内の窒素置換を同時に行った。これに2-アミノメチルピリジンを112 g加え、触媒としてトリエチルアミンを15 cm
3加え、70℃で24時間過熱攪拌を行い、吸引ろ過により生成物を取り出しエタノール、蒸留水で洗浄を行い、乾燥機を用いて乾燥させた。合成スキームを以下に示す。
【0040】
【化5】
【0041】
結果と考察
反応の結果、乳白色だった粒子が黄色に変色した。このことより2-アミノメチルピリジンの導入が成功したと思われる。また、生成物をFT-IRを用いて分析してみたところ、
図4のようなIRスペクトルが得られた。
図4より1594 cm
-1にピリジン環由来のC=Nのピークが見られ、1156 cm
-1にアミノメチルピリジン由来のイミノ基のピークが確認されることからも、導入が行われていることが確認された。また、
図5にAMPGACのSEM像を示す。SEM像からも球状を保っていることが分かる。
【0042】
3.1 AMPGACによる塩酸の飽和吸着実験
合成したAMPGACの全窒素量を知るために、塩酸の飽和吸着実験を行った。実験方法は以下に示す通りである。0.01〜0.5 Nに適宜希釈した塩酸溶液15 cm
3に吸着材AMPGAC 0.050 gを投入し30℃で24時間、振とう速度120 rpmで振とうした。その後溶液をろ過し、ろ液を水酸化ナトリウム溶液で中和滴定することにより塩酸濃度を求めた。
【0043】
【表1】
【0044】
結果と考察
塩酸の飽和吸着実験の結果を
図6に示す。吸着等温線がLangmuir型を示したため、Langmuirの式に吸着量や初濃度、平衡濃度を代入して算出した。Langmuirの吸着式で結果を表したところ、相関関係を表すR
2がR
2=0.9948となったため、AMPGACの吸着反応は単分子層吸着であることが分かった。
Langmuirの吸着式を以下に示す。
【0045】
【数1】
【0046】
このLangmuirの吸着式を以下のように変形する。
【数2】
【0047】
この式の直線の傾きから飽和吸着量q
s、切片の逆数から吸着平衡定数K
adを求めた。また、飽和吸着量と吸着平衡定数を求めた結果、それぞれ、7.52 mmol g
-1、28.87 dm
3mmol
-1であることが分かった。
【0048】
3.2 AMPGACを用いた塩酸溶液からの金属イオンの吸着選択性
25 mMの金属溶液を各濃度の塩酸溶液で希釈し、1mMの金属溶液に吸着材AMPGAC 0.050 gを加え、30℃の恒温槽を用いて振とう速度120 rpmで24時間振とうした。その後溶液をろ過し、平衡後の塩酸濃度は中和滴定を用いて測定し、吸着平衡前後の金属イオン濃度は原子吸光光度計を用いて分析を行った。
【0049】
結果と考察
吸着実験の結果を
図7に示す。低塩酸濃度領域において、Au(III)、Pt(IV)およびPd(II)に対して高い吸着率を示している。また、Cu(II)以外の重金属がまったく吸着されていないことから、AMPGACが貴金属に高い選択性を持ち、低塩酸濃度領域における貴金属と重金属の分離が可能であることが示唆される。さらに、高塩酸濃度領域において、Pd(II)やAu(III)の吸着率が低下しているのに対してPt(IV)は80%以上の高い吸着率を維持していた。また、ここでもほとんどの重金属が吸着されていないことから、重金属溶液からの貴金属の分離が可能であることが示唆される。これらの結果から、AMPGACが全ての塩酸濃度領域において、Pd(II)やPt(IV)などの貴金属に対して高い吸着選択性を持つということが明らかとなった。
【0050】
3.3 AMPGACを用いた硝酸アンモニウム溶液からの金属イオンの吸着選択性
25 mMの金属溶液を1 mol dm
3の硝酸アンモニウム水溶液で希釈し、1 Nの硝酸とアンモニア水で適宜pHを調製した、1mMの金属溶液に吸着材AMPGAC 0.050 gを加え、30℃の恒温槽を用いて振とう速度120 rpmで24時間振とうした。その後溶液をろ過し、平衡pHはpHメーターを用いて測定し、吸着平衡前後の金属イオン濃度は原子吸光光度計を用いて分析を行った。
【0051】
結果と考察
吸着実験の結果を
図8に示す。Cu(II)はpH 0.5付近から立ち上がり、pH 2.5付近から吸着率が低下する。吸着率は最大でも90%程度であった。一方Ni(II)はpH 2付近で立ち上がり、pH 2.5付近で最大に達した。pH 6以降の高いpHで急激に吸着率が低下しているのはNi(II)のアンミン錯体が形成されるとともに吸着材との錯形成が出来なくなっているからであると考えられる。Co(II)とZn(II)についてはCu(II)と同じくpH 3.5付近で立ち上がっているが、吸着率が最大でも40 - 50 %程度と低い値を示した。また、Pd(II)についてはpH 1付近の低いpHでは100 %の吸着率を示しているが、高いpHでは吸着しないことが明らかになった。
【0052】
3.4 AMPGACによるPd(II)の飽和吸着実験
AMPGACがどの程度のPd(II)を吸着することが出来るのかを知るために、Pd(II)の飽和吸着実験を行った。3 NのHClを用いて、1〜15 mmol dm
-3に適宜希釈したPd(II)溶液15 cm
3にAMPGACをそれぞれ0.050 gずつ投入し、30℃の恒温槽を用い振とう速度120 rpmで24時間振とうを行った。その後ろ過を行い、吸着平衡前後の金属イオン濃度をICP発光分光光度計を用いて測定し、吸着量を算出した。実験条件を表2に示す。
【0053】
【表2】
【0054】
結果と考察
Pd(II)の吸着等温線を
図9に示す。吸着等温線がLangmuir型を示したため、Langmuirの式に吸着量や初濃度、平衡濃度を代入して算出した。Langmuirの吸着式で結果を表したところ、相関関係を表すR
2がR
2=0.9948となったため、AMPGACの吸着反応は単分子層吸着であることが分かった。
Langmuirの吸着式を以下に示す。
【0055】
【数3】
【0056】
このLangmuirの吸着式を以下のように変形する。
【数4】
【0057】
この式の直線の傾きから飽和吸着量q
s、切片の逆数から吸着平衡定数K
adを求めた。また、飽和吸着量と吸着平衡定数を求めた結果、それぞれ、3.47 mmol g
-1、3.24 dm
3mmol
-1であることが分かった。この飽和吸着量をこれまで本発明者らにより合成された吸着材と比較すると、
図10に示すとおりになり、AMPGACが比較的高い値を示していることがわかる。このことからもグラフト重合法を用いた効果が現れていると考えられる。
【0058】
3.5 AMPGACによるPd(II)の吸着平衡到達時間
Pd(II)の吸着において吸着平衡に達するのにどの程度の時間を必要とするのかを知るために吸着平衡到達時間を調査した。実験方法は、303 K恒温槽中で200 cm
3のトールビーカーにAMPGACを0.05 g量り採り、3 mol dm
-3の塩酸溶液2 cm
3を添加して吸着材に塩酸溶液を含浸させた。25 mmol dm
-3 Pd(II)溶液を3 mol dm
-3の塩酸溶液を用いて希釈しPd(II)の初期濃度を3 mmol dm
-3とした。調製したPd(II)溶液100 cm
3の温度を303 Kとした後、トールビーカーへ加えて攪拌翼を用いて300 rpmで攪拌した。Pd(II)溶液を加えた時間を反応開始(t=0)とし、一定時間ごとに溶液0.5 cm
3 を採取した。この際、この反応実験は濃度一定条件を保った状態で行っているため、採取した量だけ初濃度のPd(II)溶液を添加していった。初濃度および採取した溶液中のPd(II)濃度はICP発光分析装置(ICPS=7000)を用いて測定した。
【0059】
結果と考察
実験結果を
図11に示す。
図11より、約2時間後にはPd(II)の吸着は吸着平衡に達していると考えられる。以前調製したAMPGC(アセチル化キトサンではなく、キチンに官能基を導入したもの)では吸着平衡に達するのに4時間ほど必要であったが、AMPGACは2時間程度で吸着平衡に達した。これは官能基導入量が増加したためであると考えられる。今後、吸着実験は十分に平衡に達していると考えられる24時間で行うこととする。
【0060】
3.6 AMPGACを用いたNi(II)/Pd(II)混合溶液からのPd(II)の分離
実験は以下の方法で行った。まず、Pd(II)の濃度を1 mmol dm
-3に固定して、Ni(II)の濃度を10 − 400 mmol dm
-3になるように塩化ニッケルを加えた3 Nの塩酸溶液15 cm
3を調製した。これに吸着材であるAMPGAC 0.05 gを投入し、30℃の恒温槽を用い、振とう速度120 rpmで24時間振とうを行った。その後ろ過により吸着材と溶液の分離を行い、Pd(II)とNi(II)の初濃度、平衡濃度を原子吸光光度計およびICP発光分析装置を用いて測定した。この際、どちらの金属においても干渉を防ぐためにマトリックスマッチングにより検量線を作成した。
【0061】
【表3】
【0062】
結果と考察
実験結果を
図12に示す。
図12より、どのNi(II)濃度の溶液からでも選択的にPd(II)のみを吸着していることが分かる。特にPd(II)に対して400倍のNi(II)が存在する溶液からでもPd(II)のみを選択的に吸着したのは実廃液においても有効であると考えられる。Ni(II)濃度が100 mmol dm
-3と200 mmol dm
-3のときにNi(II)の吸着率が若干ではあるが上昇している。これは希釈の際の誤差であると考えられる。事実、400 mmol dm
-3のサンプルでは吸着率が低くなっている。
【0063】
3.7 貴金属イオンの脱離実験
脱離実験は以下のように行った。各金属イオンの塩化物を0.01 mol dm
-3塩酸溶液に溶解し、各金属イオンの初濃度を1 mmol dm
-3とした。溶液15 cm
-3に対してAMPGACを0.05 g加え、30℃の恒温槽を用いて24時間振とうした。振とう後、ろ過を行い、回収したAMPGACに対して15 dm
-3の脱離溶液(1 mol dm
-3アンモニア水、1 mol dm
-3チオシアン酸アンモニウム、1 mol dm
-3チオ尿素水、1 mol dm
-3チオ尿素+1 mol dm
-3塩酸混合溶液および1 mol dm
-3塩酸)を加え、再び30℃の恒温槽を用いて24時間振とうした。平衡前後の金属イオン濃度および脱離後の脱離溶液中の金属イオン濃度は原子吸光光度計、またはICP発光分析装置を用いて測定した。また、脱離溶液中の金属イオン濃度の測定においてチオ尿素による干渉を防ぐためにマトリックスマッチングにより検量線を作成した。なお、脱離率は次の式により定義した。
【0064】
【数5】
【0065】
結果と考察
表4に各金属イオンの脱離率を示す。各金属イオンに対してチオ尿素が高い脱離率を示した。これはチオ尿素の持つ硫黄がそれぞれの金属イオンと親和性が高いことに由来すると考えられる。従って、チオ尿素を用いることによって、AMPGACの再生および吸着した貴金属イオンの回収が可能であることが明らかになった。
【0066】
【表4】
【0067】
3.8 AMPGACを用いたPd(II)の吸着/脱着リサイクル実験
現在イオン交換体などの吸着材は、工業的には吸着カラムに詰められて溶液を通液することにより吸着/脱着を行っている。このとき吸着/脱着プロセスは繰り返し同じ樹脂を用いて行われる。そこで、AMPGACが複数回の吸着/脱着プロセスに耐えうるのかを調べるために実験を行った。
【0068】
実験方法は以下のとおりである。0.01 mol dm
-3の塩酸を用いて1 mmol dm
-3のPd(II)溶液を調製した。このPd(II)溶液15 cm
3に吸着材AMPGACを0.05 g加え、30℃の恒温槽を用いて4時間振とうを行った。ろ過により吸着材と溶液を分離し、蒸留水を用いて樹脂の洗浄を行った後、樹脂をサンプル管に移し変え、これに15 cm
3の1 mol dm
-3のチオ尿素水溶液を加え、30℃の恒温槽を用いて4時間浸透させた。その後ろ過により吸着材と溶液を分離させた後、蒸留水を用いて樹脂の洗浄を行った後、樹脂をサンプル管に移しかえ、樹脂内に残っているチオ尿素を分解させるために3 mol dm
-3の塩酸を15 cm
3加え30℃の恒温槽を用いて4時間振とうを行った。その後ろ過により樹脂と溶液を分離し、蒸留水を用いて樹脂の洗浄を行った。
【0069】
これを1サイクルとし、5サイクルまで実験を行った。吸着平衡前後および脱着後の溶液のPd(II)濃度はICP発光分析装置を用いて求めた。なお、脱離率は次の式により定義した。
【0070】
【数6】
【0071】
結果と考察
図13に各サイクルにおける吸着/脱着率を示す。全てのサイクルにおいて95%以上の吸着/脱着率を示したことから、AMPGACを吸着材として工業的に用いる際に、複数回の吸着/脱着プロセスに十分に耐えうる吸着能を持つことが分かった。
【0072】
3.9 AMPGACを用いたNi(II)/Co(II)混合溶液からのNi(II)の分離
実験は以下の方法で行った。まず、Ni(II)の濃度を1 mmol dm
-3に固定して、Co(II)の濃度を1 − 50 mmol dm
-3になるように塩化コバルトを加えた1 mol dm
-3硝酸アンモニウム溶液15 cm
3を調製した。これに吸着材であるAMPGAC 0.05 gを投入し、30℃の恒温槽を用い、振とう速度120 rpmで24時間振とうを行った。その後ろ過により吸着材と溶液の分離を行い、Ni(II)とCo(II)の初濃度、平衡濃度を原子吸光光度計を用いて測定した。この際、どちらの金属においても干渉を防ぐためにマトリックスマッチングにより検量線を作成した。
【0073】
【表5】
【0074】
結果と考察
実験結果を
図14に示す。
図14より、どのCo(II)濃度の溶液からでも吸着率は50 %前後であるが、選択的にNi(II)のみを吸着していることが分かる。特にNi(II)に対して50倍のCo(II)が存在する溶液からでもNi(II)のみを選択的に吸着したのは実廃液においても有効であると考えられる。