【文献】
The Journal of Biological Chemistry,1942年 2月 1日,Vol.142,p.913-920
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
カロテノイドは、飼料添加物、食品添加物、医薬品等として有用な天然色素である。カロテノイドには、例えばアスタキサンチン、カンタキサンチン、ゼアキサンチン、β-クリプトキサンチン、リコペン、β-カロテン、フェニコキサンチン、アドニキサンチン、エキネノン、アステロイデノン及び3-ヒドロキシエキネノン等が含まれる。
【0003】
カロテノイドの中でも、アスタキサンチンは、養殖魚であるサケ、マス、マダイ等の体色改善剤や、家禽類の卵黄色改善剤等の飼料添加物として有用である。また、アスタキサンチンは安全な天然の食品添加物や健康食品素材として産業上の価値が高い。
【0004】
アドニキサンチン及びフェニコキサンチンは、工業的製造法が確立されることにより、アスタキサンチンと同様に飼料添加物、食品添加物、医薬品等としての用途が期待されている。さらに、β-カロテンは飼料添加物、食品添加物、医薬品等として使用され、カンタキサンチンは飼料添加物、食品添加物、化粧品等として使用され、ゼアキサンチンは食品添加物、飼料添加物等として使用されている。また、リコペン、エキネノン、β-クリプトキサンチン、3-ヒドロキシエキネノン、アステロイデノン等も飼料添加物、食品素材等としての使用が期待される。これらカロテノイドの製造方法としては、化学合成法、天然物からの抽出法、微生物による産生方法等が知られている。
【0005】
一方、アスタキサンチンの化学合成法としては、例えばβ-カロテンの変換による方法(非特許文献1)及びC15ホスホニウム塩から合成する方法(非特許文献2)が知られている。当該化学合成法で製造されたアスタキサンチンが飼料添加物として販売されている。また、アスタキサンチンはマダイ、サケ等の魚類及びエビ、カニ、オキアミ等の甲殻類に存在するため、これらより抽出することも可能である。
【0006】
微生物によるアスタキサンチンの生産方法としては、例えば緑藻類ヘマトコッカス・プルビアリス(Haematococcus pluvialis)による培養法(特許文献1)、赤色酵母ファフィア・ロドチーマ(Phaffia rhodozyma)による発酵法(特許文献2)、及びパラコッカス(Paracoccus)属に属する細菌(以下、「Paracoccus属細菌」という場合がある)による発酵法が報告されている。
【0007】
アスタキサンチンを生産するParacoccus属に属する細菌の例としては、E-396株及びA-581-1株が挙げられる(特許文献3及び非特許文献3)。他のアスタキサンチン生産性のParacoccus属に属する細菌としては、パラコッカス・マークシイ(Paracoccus marcusii) MH1株(特許文献4)、パラコッカス・ヘウンデンシス(Paracoccus haeundaensis) BC74171株(非特許文献4)、Paracoccus属細菌N-81106株(特許文献5)及びパラコッカス・エスピー(Paracoccus sp.) PC-1株(特許文献6)等が挙げられる。
【0008】
ところで、前述のカロテノイドの製造方法は幾つかの問題点があった。例えば、化学合成法は安全性の観点から消費者に好ましくない印象を与えるものである。また、エビ、カニ等の天然物からの抽出は製造コストが高い。さらに、緑藻類や酵母による産生では生産性が低いうえに強固な細胞壁を持つためにカロテノイドの抽出が困難である。
【0009】
一方、Paracoccus属に属する細菌は、増殖速度が速く、生産性が高い、抽出が容易である等の利点を有し、幾つかの培養方法が報告されている。例えば、特許文献7は培養途中に鉄塩を添加する方法を開示する。特許文献8は炭素源濃度を制限する方法を開示する。しかしながら、これらの培養方法はアスタキサンチンと同時に多量のカンタキサンチンを蓄積するという問題があった。
【0010】
カンタキサンチンは、サケ肉や鶏卵卵黄の色調改善用の飼料添加物として有用である一方で、欧州ではADI(一日当たりの摂取許容量)として0.03mg/k-体重が規定され、飼料にカンタキサンチンを添加できる上限をサケ類では25mg/kg、産卵鶏では8mg/kgと規定している(非特許文献5)。従って、アスタキサンチンを微生物生産する場合にはカンタキサンチンの含量を低く抑える必要がある。特許文献9は溶存酸素濃度を制御することによりカンタキサンチンの生産を減少させる方法を開示する。しかしながら、当該方法ではアスタキサンチンの生産濃度も顕著に減少するので製造コストの観点から実用的なものではなかった。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に限定されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施し得る。
【0021】
本発明は、アスタキサンチン及びカンタキサンチンを同時に生産する細菌(以下では、「カロテノイド産生細菌」や「アスタキサンチン産生細菌」という場合がある)をビオチン含有培地で培養し、アスタキサンチンを含むカロテノイドを製造する方法(以下、「本方法」という)に関する。本方法では、ビオチン非含有培地における培養終了後の同様のカロテノイド産生細菌の培養物と比較して、培養終了後の培養物におけるアスタキサンチンに対するカンタキサンチンの生産濃度の比率が低い。本方法では、培地にビオチンを添加することにより、カンタキサンチンの生産濃度を抑えながら高濃度のアスタキサンチンを低コストで製造することが可能になる。
【0022】
本方法に用いる細菌としては、アスタキサンチンとカンタキサンチンを同時に産生する細菌であれば何ら限定されないが、好ましくはParacoccus属に属する細菌が用いられる。Paracoccus属に属する細菌の中では、パラコッカス・カロティニファシエンス(Paracoccus carotinifaciens)、Paracoccus marcusii及びParacoccus haeundaensisが好ましく用いられ、特にParacoccus carotinifaciensが好ましく用いられる。Paracoccus属に属する細菌の具体的な菌株の例として、Paracoccus carotinifaciens E-396株(FERM BP-4283)及びParacoccus属細菌A-581-1株(FERM BP-4671)(特許文献3及び非特許文献3)が挙げられ、これらの菌株も本方法において好ましく用いられる。
【0023】
また、カロテノイド産生細菌として、好ましくは16SリボソームRNAに対応するDNAの塩基配列が配列番号1に記載されるE-396株の塩基配列と実質的に相同である細菌が用いられる。ここで、「実質的に相同である」とは、DNAの塩基配列決定の際のエラー頻度等を考慮し、塩基配列が好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上相同であることを意味する。相同性は、例えば、遺伝子解析ソフトClustal Wにより決定することができる。
【0024】
また、「16SリボソームRNAに対応するDNAの塩基配列」とは、16SリボソームRNAの塩基配列中のU(ウラシル)をT(チミン)に置き換えた塩基配列を意味する。
【0025】
当該16SリボソームRNAの塩基配列の相同性に基づいた微生物の分類法は、近年主流になっている。従来の微生物の分類法は、従来の運動性、栄養要求性、糖の資化性等の菌学的性質に基づいているため、自然突然変異による形質の変化等が生じた場合に、微生物を誤って分類する場合があった。これに対し、16SリボソームRNAの塩基配列は極めて遺伝的に安定であるので、その相同性に基づく分類法は従来の分類法に比べて分類の信頼度が格段に向上する。
【0026】
Paracoccus carotinifaciens E-396株の16SリボソームRNAの塩基配列と、他のカロテノイド産生細菌Paracoccus marcusii DSM 11574株(International Journal of Systematic Bacteriology (1998), 48, 543-548)、Paracoccus属細菌N-81106株(特許文献5)、Paracoccus haeundaensis BC 74171株(非特許文献4)、Paracoccus属細菌A-581-1株及びParacoccus sp. PC-1株(特許文献6)の16SリボソームRNAの塩基配列との間の相同性は、それぞれ99.7%、99.7%、99.6%、99.4%及び95.4%であり、これらは分類学上極めて近縁な菌株であることが分かる。よって、これらの菌株はカロテノイドを産生する細菌として一つのグループを形成しているといえる。このため、これらの菌株は本方法において好ましく用いられ、アスタキサンチンを効率的に産生することができる。
【0027】
また本方法においては、アスタキサンチンの生産性が改良された変異株も用いることができる。このような変異株としては、例えば特開2001-95500号公報に開示される変異株、特許文献9に開示される変異株等が挙げられる。
【0028】
あるいは、アスタキサンチンの生産性が改良された変異株は、変異処理とスクリーニングにより取得することができる。変異処理方法は変異を誘発するものであれば特に限定されない。例えば、N-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)及びエチルメタンスルホネート(EMS)等の変異剤による化学的方法、紫外線照射及びX線照射等の物理的方法、遺伝子組換え及びトランスポゾン等による生物学的方法等を用いることができる。また、変異株は、自然に起こる突然変異により生じたものでもよい。パブリックアクセプタンスあるいは安全性の観点からは遺伝子組換え体でない微生物を用いることが好ましい。
【0029】
アスタキサンチンの生産性が改良された変異株のスクリーニング方法としては、特に限定されないが、例えば、寒天培地上のコロニーの色調で目的の変異株を選択する方法の他、試験管、フラスコ、発酵槽等で変異株を培養し、吸光度、高速液体クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー等を利用したカロテノイド色素分析により目的の変異株を選択する方法等が挙げられる。
【0030】
上述の変異処理及びスクリーニングの工程は1回でもよいし、また、例えば突然変異処理とスクリーニングにより変異株を得て、得られた変異株をさらに変異処理とスクリーニングによりアスタキサンチンの生産性が改良された変異株を取得するというように、変異処理及びスクリーニング工程を2回以上繰り返してもよい。
【0031】
本方法では、PHB(ポリ-β-ヒドロキシ酪酸)の生産能が低下した変異株を用いることができる。例えば、上述のE-396株、A-581-1株等のParacoccus属に属する細菌から当該変異株を誘導することができる。アスタキサンチンを生産する細菌は貯蔵炭素源として細胞内にPHBを蓄積することが知られている。PHBを蓄積すればその分、培地炭素源を無駄に消費することになるので製造コスト低減のためにはPHBをできるだけ蓄積させないのが良い。従って、変異処理及びスクリーニングによりPHBの蓄積が少ないかあるいは全く蓄積しない変異株を取得することが有効である。PHB低生産株の具体的な取得方法としては、前述と同様な変異処理を行った後、例えば、個々の変異株を試験管、フラスコ、寒天培地等で培養し、PHBを定量し、PHBの生成量が少ない変異株を選抜する方法が挙げられる。
【0032】
本方法では、グルコン酸の生産能が低下した変異株を用いても良い。例えば、上述のE-396株、A-581-1株等のParacoccus属に属する細菌から当該変異株を誘導することができる。グルコン酸を生成すれば、その分、培地炭素源を無駄に消費することになり、また、著量のグルコン酸を蓄積すれば、生育やカロテノイド生産を阻害することになる。従って、グルコン酸の生成をできるだけ少なくすることがカロテノイドの生産には有効である。グルコン酸低生産株の具体的な取得方法としては、前述と同様な変異処理を行った後、例えば、個々の変異株を試験管、フラスコ等で培養し、培養液のpHを測定してpHの低下が少ない変異株を選抜した後、さらに培養液のグルコン酸を測定してグルコン酸の生成量が少ない変異株を選抜する方法が挙げられる。
【0033】
上述のアスタキサンチンの生産性が改良された変異株、PHBの生産能が低下した変異株、グルコン酸の生産能が低下した変異株等の好ましい性質が賦与された変異株は、それぞれ取得してもよいが、これらの2種以上の性質を合わせ持つように変異処理とスクリーニングを繰り返すこともできる。また、1度の変異処理に対し、2種以上のスクリーニングを組み合わせて同時に2種以上の性質が賦与された変異株を取得してもよい。これらの2種以上の好ましい性質を有する変異株を本方法で使用してもよい。
【0034】
本方法に使用するカロテノイド産生細菌の例として挙げられるE-396株は、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに以下の通り国際寄託されている。
【0035】
国際寄託当局:独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
(旧名称:通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所)
〒305-8566
茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6
識別のための表示:E-396
受託番号:FERM BP-4283
原寄託日:平成5年(1993年)4月27日
【0036】
また、本方法に使用するカロテノイド産生細菌の他の例として挙げられるA-581-1株は、上記機関に以下の通り国際寄託されている。
識別のための表示:A-581-1
受託番号:FERM BP-4671
原寄託日:平成6年(1994年)5月20日
【0037】
なお、アスタキサンチン及びカンタキサンチン以外に本方法により産生されるカロテノイドとしては、特に限定されないが、例えば、アドニキサンチン、フェニコキサンチン、β-カロテン、エキネノン、アステロイデノン、3-ヒドロキシエキネノン、ゼアキサンチン、β-クリプトキサンチン、リコペン、好ましくは、アドニキサンチン及びアドニルビンが挙げられる。本方法により製造されるカロテノイドは一種でもよいし、複数種が組み合わされていてもよい。
【0038】
本方法において上記細菌を培養する方法を以下に説明する。なお、以下の説明において、「培養物」は培養液に限らず、固体、半固体等を含む。
【0039】
本方法において培養に用いるアスタキサンチン生産用培地は、ビオチンが添加された培地であって、且つ、アスタキサンチン産生細菌が生育し、アスタキサンチンを生産するものであるならば何れでもよいが、炭素源、窒素源、無機塩類及び必要に応じてビタミン類等を含有する培地が好ましく用いられる。すなわち、本方法においてビオチンは、アスタキサンチン産生細菌が生育し、アスタキサンチンを産生し得る培地に添加される。
【0040】
炭素源としては、例えば、グルコース、シュークロース、ラクトース、フルクトース、トレハロース、マンノース、マンニトール及びマルトース等の糖類、酢酸、フマル酸、クエン酸、プロピオン酸、リンゴ酸、マロン酸及びピルビン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、イソブタノール及びグリセノール等のアルコール類、大豆油、ヌカ油、オリーブ油、トウモロコシ油、ゴマ油及びアマニ油等の油脂類等が挙げられ、中でも好ましくはグルコース又はシュークロースが用いられる。これらの炭素源の中で、1種又は2種以上を用いることができる。培養前の培地(始発培地)に添加する炭素源の量は、炭素源の種類により異なり適宜調整すれば足りるが、通常、培地1L当たり1〜100g、好ましくは2〜50gである。また、炭素源は始発培地に添加するだけでなく、培養途中に逐次的又は連続的に追加供給することも好ましく行われる。
【0041】
無機窒素源としては、例えば硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩類、硝酸カリウム等の硝酸塩類、アンモニア及び尿素等が挙げられ、これらの中で、1種又は2種以上が用いられる。添加量は、窒素源の種類により異なり適宜調整すれば足りるが、通常、培地1Lに対し0.1g〜20g、好ましくは0.2〜10gである。
【0042】
有機窒素源としては、例えば、コーンスティープリカー(ろ過処理物を含む)、ファーマメディア、大豆粕、大豆粉、ピーナッツミール、グルタミン酸ナトリウム、ディスティラーズソルブル及び乾燥酵母等が挙げられ、これらの中で、1種又は2種以上が用いられる。添加濃度は窒素源の種類により異なり適宜調整すれば足りるが、通常、培地において0〜80g/L、好ましくは0〜30g/Lである。
【0043】
無機窒素源及び有機窒素源は、通常始発培地に添加するが、逐次的又は連続的に追加供給することも好ましく行われる。
【0044】
無機塩類としては、例えば、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸水素二ナトリウム等のリン酸塩類、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム等のマグネシウム塩類、硫酸鉄、塩化鉄等の鉄塩類、塩化カルシウム、炭酸カルシウム等のカルシウム塩類、炭酸ナトリウム、塩化ナトリウム等のナトリウム塩類、硫酸マンガン等のマンガン塩類、塩化コバルト等のコバルト塩類、硫酸銅等の銅塩類、硫酸亜鉛等の亜鉛塩類、モリブデン酸ナトリウム等のモリブデン塩類、硫酸ニッケル等のニッケル塩類、セレン酸ナトリウム等のセレン塩類、ホウ酸及びヨウ化カリウム等が挙げられ、これらの中で、1種又は2種以上が用いられる。添加量は無機塩の種類により異なり適宜調整すれば足りるが、通常、培地1Lに対し0.0001〜15gである。リン酸塩類、マグネシウム塩類、カルシウム塩類、ナトリウム塩類及び鉄塩類では、培地における濃度は、0.02〜15g/Lが好ましく、マンガン塩類、コバルト塩類、銅塩類、亜鉛塩類、モリブデン塩類、ニッケル塩類、セレン塩類、ホウ酸、ヨウ化カリウム等を加える場合には、0.1〜15mg/Lが好ましい濃度である。無機塩類は通常始発培地に添加するが、逐次的又は連続的に追加供給してもよい。
【0045】
ビオチン以外のビタミン類としては、例えば、シアノコバラミン、リボフラビン、パントテン酸、ピリドキシン、チアミン、アスコルビン酸、葉酸、ナイアシン、p-アミノ安息香酸、イノシトール、コリン等を用いることができる。添加割合はビタミン類の種類により異なり適宜調整すれば足りるが、通常、培地1Lに対し0.001〜1000mgであり、好ましくは0.01〜100mgである。ビタミン類は通常始発培地に添加するが、逐次的又は連続的に追加供給してもよい。
【0046】
本方法の特徴は、ビオチンを添加した培地中でアスタキサンチン産生細菌を培養することである。ビオチン添加培地でアスタキサンチン産生細菌を培養することにより、カンタキサンチン濃度を低く抑えながらアスタキサンチンを高濃度に製造することができる。
【0047】
本方法で用いるビオチンは、DL-体でもD-体でも良いが、好ましくはD-体が用いられる。ビオチンは通常始発培地に添加するが、培養途中に間欠的又は連続的に添加してもよく、また、始発培地に添加した上でさらに培養途中に間欠的あるいは連続的に追加添加してもよい。ビオチンは主培地と混合して殺菌してもよいが、別に殺菌して添加してもよい。ビオチンの殺菌方法は特に限定されず、加熱殺菌でもろ過滅菌でもよい。
【0048】
添加するビオチンの培地当たりの濃度は、特に下限はないが、好ましくは0.001mg/L以上、より好ましくは0.005mg/L以上、さらに好ましくは0.01mg/L以上、特に好ましくは0.02mg/L以上である。また、ビオチンの添加濃度は、特に上限はないが、好ましくは50mg/L以下、より好ましくは20mg/L以下、さらに好ましくは10mg/L以下、特に好ましくは5mg/L以下、最も好ましくは2mg/L以下である。
【0049】
本方法において、培養物の発泡を抑えるために消泡剤が好ましく用いられる。消泡剤の種類は泡の発生を抑制するか又は発生した泡を消す作用があり、且つ生産菌に対する阻害作用の少ないものであれば何れでもよい。例えば、アルコール系消泡剤、ポリエーテル系消泡剤、エステル系消泡剤、脂肪酸系消泡剤、シリコン系消泡剤、スルフォン酸系消泡剤等を例示することができる。消泡剤の添加量は、消泡剤の種類により異なり適宜調整すれば足りるが、通常、培地1Lに対し0.01g〜10gである。
【0050】
消泡剤は通常殺菌前の始発培地に添加する。さらに、消泡剤を培養途中に連続的又は間欠的に追加添加してもよい。培養途中に消泡剤を添加する方法としては、例えばセンサーで泡を感知して自動添加する方法、プログラムタイマーで一定時間ごとに添加する方法、生育速度に連動するようにフィード用炭素源、窒素源又はpH調整剤等と混合して添加する方法等が挙げられる。始発培地に添加する消泡剤と培養途中に培養物に添加する消泡剤とは同種でもよいが、作用に合わせて異なる種類を用いることもできる。
【0051】
本方法において、培養開始時の培地のpHは2〜12、好ましくは6〜9、より好ましくは6.5〜8.0に調整する。培養中も上記範囲のpHを維持することが好ましい。pHを維持する方法として、発酵槽内に設置したpH電極で培養液のpHをオンラインで測定し、アルカリを自動供給する方法が好ましい。pH調整剤としては、例えば水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、アンモニア水、アンモニアガス、硫酸水溶液又はこれらの混合物が挙げられる。
【0052】
本方法において、培地は殺菌処理した後、細菌の培養に用いられる。殺菌処理は、当業者であれば、適宜行うことができる。例えば、適切な容器中の培地をオートクレーブで加熱滅菌すればよい。あるいは、滅菌フィルターによりろ過滅菌すればよい。あるいは、ジャケット加熱とスチーム吹き込みにより滅菌すればよい。グルコース等の炭素源は他の培地成分と一緒に加熱殺菌すると褐変するので別に殺菌してもよい。ビタミン類や微量の金属類は主培地と一緒に加熱殺菌しても良いが、失活や沈殿化を防ぐために別に殺菌しても良い。
【0053】
本方法において、アスタキサンチン産生細菌は、上記のように調製されたビオチン添加培地に植菌され、所定の条件で培養される。植菌は、試験管、フラスコあるいは発酵槽等を用いたシード培養により菌株を適宜増やし、得られた培養物をアスタキサンチン生産用ビオチン添加培地に加えることで行う。シード培養に用いる培地は、ビオチンを添加した培地でも、ビオチンを添加していない培地でも、アスタキサンチン産生細菌が良好に増殖する培地であれば特に限定されない。
【0054】
培養は、適切な培養容器において行われる。培養容器は培養容量により適宜選択することができ、例えば、試験管、フラスコ、発酵槽等を挙げることができる。
【0055】
培養温度は、例えば15〜40℃、好ましくは20〜35℃、より好ましくは25℃〜32℃である。また、培養期間を通常1日〜20日間、好ましくは2〜12日間、より好ましくは3〜9日間、特に好ましくは4〜7日間とし、好気条件で培養を行う。
【0056】
好気条件としては、例えば、振とう培養又は通気撹拌培養等が挙げられるが、酸素が不足すればアスタキサンチン産生細菌の生育やカロテノイド生産に悪影響があるので、溶存酸素濃度を溶存酸素電極で常にモニターすることが好ましく行われる。
【0057】
ところで、培養開始直後では微生物数が少ないので、溶存酸素濃度は飽和濃度に近い数値を示すが、当該微生物が生育を始め、酸素消費量が多くなると溶存酸素濃度は次第に低下していく。培養開始から溶存酸素濃度がある程度、例えば、0〜5ppm、好ましくは1〜4ppmまで低下するまでの期間を培養初期、その後からアスタキサンチン生産濃度が最高値に達するまでの期間を培養中期、アスタキサンチン生産濃度が最高値に達した後から培養終了までの期間を培養終期と定義することができる。
【0058】
培養初期は、溶存酸素濃度をできるだけ早く制御領域に到達させるために、通気量、攪拌回転数、圧力を低めに設定してもよい。ただし、培養物の混合状態を良好に保つために最低限の攪拌回転数は必要であり、雑菌の混入を防ぐために最低限の加圧は必要である。
【0059】
培養中期は、微生物の酸素消費が最も活発な時期である。ここで通気攪拌が不足すれば溶存酸素濃度は零に達し、すなわち酸素が枯渇し、微生物の生育やカロテノイドの生産に悪影響を及ぼす。従って、培養中期においては酸素が枯渇しないように溶存酸素濃度を制御するのが好ましい。溶存酸素濃度の制御は、例えば、攪拌回転数、通気量、内圧、通気気体中の酸素濃度等を変化させることにより行うことができる。
【0060】
本方法では、アスタキサンチン産生細菌の培養において、培養物中の溶存酸素濃度を高くするほどアスタキサンチンに対するカンタキサンチンの生産濃度が低くなる傾向があるので、培養中期における培養物中の溶存酸素濃度は好ましくは1ppm以上、より好ましくは1.5ppm以上、さらに好ましくは2ppm以上、特に好ましくは2.5ppm以上に制御する。培養中期における培養物中の溶存酸素濃度の制御範囲の上限は特に限定されないが、好ましくは8ppm以下、より好ましくは7ppm以下、さらに好ましくは6ppm以下、特に好ましくは5ppm以下である。
【0061】
培養中期における培養物中の溶存酸素濃度は一定に制御してもよいが、段階的あるいは連続的に高くすることも培養物におけるカンタキサンチン濃度を抑えつつ高いアスタキサンチン濃度を達成するために有効である。段階の回数は1段階以上であれば特に限定されず、例えば1時間に0.2ppmずつ20時間を要して高くする等半連続的あるいは連続的に高くしても良い。段階的あるいは連続的に培養物中の溶存酸素濃度を高くする前の溶存酸素濃度(すなわち、初期溶存酸素濃度)の下限は限定されないが、好ましくは1ppm以上、より好ましくは1.5ppm以上、さらに好ましくは2ppm以上であり、上限の限定はないが、好ましくは3.5ppm以下であり、より好ましくは3ppm以下、さらに好ましくは2.5ppm以下である。また、段階的又は連続的に培養物中の溶存酸素濃度を高くした後の溶存酸素濃度の下限は限定されないが、好ましくは2.5ppm以上、より好ましくは3ppm以上、さらに好ましくは3.5ppm以上である。また、上限については限定されないが、好ましくは8ppm以下であり、より好ましくは7ppm以下であり、さらに好ましくは6ppm以下、特に好ましくは5ppm以下である。
【0062】
培養中期において培養物中の溶存酸素濃度を段階的あるいは連続的に高くし始めるタイミングは特に限定されないが、好ましくは培養中期に入ったときから、0時間〜60時間、より好ましくは2時間〜50時間、さらに好ましくは4時間〜40時間、特に好ましくは6時間〜30時間である。培養物中の溶存酸素濃度を段階的あるいは連続的に高くし始めてから最も高い溶存酸素濃度に到達させるまでの時間は限定されない。1段階のシフトであれば1時間以内に最高の溶存酸素濃度に達してよい。2段階以上の半連続的又は連続的な増加の場合は、培養物中の溶存酸素濃度を高くし始めたときから最高濃度に達するまでの時間は限定されないが、好ましくは2時間〜120時間であり、より好ましくは4時間〜100時間、さらに好ましくは6時間〜90時間、特に好ましくは8時間〜80時間、最も好ましくは10時間〜70時間である。
【0063】
また、培養中期においては培養物を随時サンプリングし、カロテノイド組成を分析しながら、アスタキサンチン濃度に対するカンタキサンチン濃度の比率が希望の数値になるように培養物中の溶存酸素濃度を培養中に高くしたり、低くしたりすることも好ましく行うことができる。すなわち、カンタキサンチン/アスタキサンチン比率が希望より高い場合には培養物中の溶存酸素濃度の制御設定値を高くし、一方、カンタキサンチン/アスタキサンチン比率が低い場合には培養物中の溶存酸素濃度を低くすることが有効である。
【0064】
培養終期においては、微生物の酸素消費活性が低下し、菌体増加やカロテノイドの生産が停止するので、培養物中の溶存酸素濃度の制御は培養中期ほど厳密に行う必要はないが、培養中期における後期と同様の溶存酸素濃度制御を継続してもよいし、一定攪拌、一定通気量で培養してもよい。
【0065】
上記方法により培養し、培養終了後に最終的に得られる培養物中のアスタキサンチン濃度に対するカンタキサンチン濃度の比率は、好ましくは25質量%以下であり、より好ましくは20質量%以下、さらに好ましくは15質量%以下、さらにもっと好ましくは8質量%以下、特に好ましくは6質量%以下、最も好ましくは4質量%以下である。また、培養終了後の培養物中のアスタキサンチン濃度に対するカンタキサンチン濃度の比率は、特に下限はないが、好ましくは0.5質量%以上、より好ましくは1.0質量%以上である。培養終了後の培養物中のアスタキサンチンに対するカンタキサンチンの比率が25質量%以下である培養物は飼料添加用として好適に利用することができ、また8質量%以下である培養物は食品用として好適に利用することができる。
【0066】
アスタキサンチンとカンタキサンチンを同時に生産する細菌は、副産物としてアドニキサンチンを同時に生産する。上記方法により培養して得られる培養終了後の培養物中のアドニキサンチン濃度のアスタキサンチン濃度に対する比率は好ましくは100質量%以下であり、より好ましくは90質量%以下、さらに好ましくは80質量%以下、さらにもっと好ましくは30質量%以下、特に好ましくは25質量%以下、最も好ましくは20質量%以下である。また、培養終了後の培養物中のアドニキサンチン濃度のアスタキサンチン濃度に対する比率は、特に下限はないが、好ましくは1質量%以上であり、より好ましくは5質量%以上である。
【0067】
本方法で用いられる細菌は、培養液中にグルコン酸を生成する。グルコン酸を生成すれば、その分、培地炭素源を無駄に消費することになり、また、著量のグルコン酸を蓄積すれば、生育やカロテノイド生産を阻害することになる。従って、グルコン酸の生成をできるだけ少なくすることがカロテノイドの生産には有効である。本方法では、培地にビオチンを添加することによりグルコン酸の生成量を減少させることができる。最終的に得られる培養終了後の培養物中のグルコン酸濃度は、好ましくは30g/L以下であり、より好ましくは20g/L以下、さらに好ましくは10g/L以下であり、特に好ましくは5g/L以下であり、下限は0g/Lである。
【0068】
本方法では、培地にビオチンを添加するとPHB(ポリ-β-ヒロドキシ酪酸)の生成を抑制することができる。最終的に得られる培養終了後の培養物中の乾燥細胞当たりのPHB含量は、好ましくは30質量%以下であり、より好ましくは20質量%以下、さらに好ましくは10質量%以下、特に好ましくは5質量%以下であり、下限は0質量%である。特に、培養終了後の培養物中の乾燥細胞当たりのPHB含量が30質量%以下である培養物は、飼料添加用として好適に利用することができる。
【0069】
本方法において、アスタキサンチン産生細菌を培養して得られる培養物中のカロテノイド、又は培養物から採取されたカロテノイドの定量は、例えば、高速液体クロマトグラフィーにより行うことができる。
【0070】
上記のようにアスタキサンチン産生細菌を培養し、得られる培養物は、カロテノイドとしてそのまま使用してもよく、あるいは、培養液等の培養物から例えば培養上清、菌体濃縮物(菌体濃縮液)、湿菌体、乾燥菌体、菌体溶解物等を調製して、これら調製物を使用してもよい。さらには、これら培養物又は調製物からカロテノイドを抽出、精製等により採取することができる。
【0071】
培養上清は、培養物を遠心処理又はろ過処理することで、培養物から菌体を除いて調製すればよい。菌体濃縮物(菌体濃縮液)は、培養物を遠心分離、膜ろ過濃縮又はデカンテーションすることにより得ることができる。湿菌体は、培養物を遠心又はろ過することにより得ることができる。乾燥菌体は、培養物、湿菌体又は菌体濃縮物(菌体濃縮液)を一般的な乾燥方法によって乾燥させることにより得ることができる。このようにして得られたカロテノイド含有乾燥菌体をそのまま飼料添加物として用いることができる。
【0072】
本方法において、カロテノイドを上記培養物又は調製物から採取する方法は、特に限定されず、カロテノイドが安定に効率よく回収されるいずれの方法でもよい。これらの方法は、当業者であれば公知の抽出や精製技術から適宜選択して行うことができる。
【0073】
また、抽出を行う前に、培養物又は調製物を、アルカリ試薬や界面活性剤等を用いた化学的処理、溶菌酵素、脂質分解酵素及びタンパク分解酵素等を用いた生化学処理、又は超音波若しくは粉砕等の物理的処理の中で、1つ又は2つ以上の処理に供してもよい。
【0074】
例えば、カロテノイドを培養物又は調製物から抽出する場合、抽出及び洗浄に用いる溶媒としては、特に限定されないが、例えばメタノール、エタノール、イソプロパノール等の低級アルコール類、アセトン、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジクロロメタン、クロロフォルム、ジメチルフォルムアミド、ジメチルスルフォキシド等が挙げられる。
【0075】
抽出操作中のカロテノイドの酸化を極力防止したい場合には、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で処理を行えばよい。また、医薬品や食品で用いられている酸化防止剤を選択して、適宜抽出溶媒に加えてもよい。あるいは、これらの処理を組み合わせてもよい。
【0076】
また、光によるカロテノイドの分解を極力防止するために、光を当てない条件下で抽出を行ってもよい。
【0077】
このように得られた抽出物をカロテノイドとしてそのまま用いることが可能であり、さらに精製して使用することもできる。
【0078】
抽出操作後の抽出液等の抽出物から細菌等を分離する方法としては、特に限定されないが、例えば膜濾過、遠心分離、デカンテーション等が挙げられる。
【0079】
抽出物からカロテノイド沈殿物を得る方法としては、一般的には加熱及び/又は減圧濃縮や晶析が挙げられる。この他、低温におけるカロテノイド色素の析出、酸・アルカリ薬剤や各種塩類による析出によってカロテノイド色素を濃縮せずに分離してもよい。工業的に用いる場合には、晶析することが望ましい。
【0080】
得られたカロテノイド沈殿物は、洗浄のため必要に応じて少量の低級アルコール類等の溶媒を用いて懸濁攪拌させてもよい。
【0081】
洗浄の手法は特に限定されないが、例えば、懸濁攪拌後に濾取する方法又は沈殿物の上から通液する方法等が実用的に好ましい方法として挙げられる。
【0082】
上記のように得られる培養物、調製物、抽出物又は精製物は、カロテノイドとしてそれぞれ単独で用いることもできるし、あるいはこれらを任意の割合で混合して用いることもできる。
【実施例】
【0083】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0084】
なお、実施例におけるカロテノイド類の定量は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて以下のように行った。
【0085】
カラムはInertsil SIL-100A, 5μm(φ4.6×250mm)(GLサイエンス製)を2本連結して使用した。溶出は、移動相であるn-ヘキサン/テトラヒドロフラン/メタノール混合液(40:20:1)を室温付近一定の温度にて毎分1.0mL流すことで行った。測定においては、サンプルをテトラヒドロフランで溶解し、移動相にて100倍希釈した液20μLを注入量とし、カラム溶離液の検出は波長470nmで行った。また、定量のための標準品としては、シグマ社製アスタキサンチン(Cat.No.A9335)を用いた。標準液のアスタキサンチン濃度の設定は、標準液の477nmの吸光度(A)及び上記条件でHPLC分析を行ったときのアスタキサンチンピークの面積百分率%(B)を測定した後に、以下の式を用いて行った。
【0086】
アスタキサンチンの濃度(mg/L)=A÷2150×B×100
【0087】
〔実施例1〕
以下の組成の培地(シュークロース30g/L、コーンスティープリカー30g/L、リン酸二水素カリウム1.5g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物3.8g/L、塩化カルシウム2水和物5.0g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.7g/L、硫酸鉄7水和物0.3g/L、pH7.2)100mlを、500ml容量の綿栓付き三角フラスコに入れ、121℃で15分間オートクレーブ殺菌し、シード用フラスコ培地を7本調製した。
【0088】
次に、以下の組成の培地(グルコース20g/L、コーンスティープリカー30g/L、硫酸アンモニウム0.5g/L、リン酸二水素カリウム2.25g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物5.7g/L、塩化カルシウム2水和物0.1g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.5g/L、硫酸鉄7水和物5g/L、アルコール系消泡剤0.5g/L)2.0Lを5L容量の発酵槽に入れ、これを7基準備した。当該発酵槽にD-ビオチンをそれぞれ0、0.001、0.01、0.1、1.0、10及び50mg/Lになるように添加し、121℃で30分間オートクレーブ殺菌した。
【0089】
Paracoccus carotinifaciens E-396株(FERM BP-4283)を、上記シード用フラスコ培地に一白金耳植菌し、28℃で2日間、100rpmで回転振とう培養を行った後、その培養液80mLを各上記発酵槽に植菌した。28℃、通気量1vvmの好気培養を120時間行った。培養中のpHが7.2を維持するように15%アンモニア水で連続的にpHを制御した。グルコースは枯渇しないように培養1日目、2日目、3日目及び4日目にそれぞれ30gずつ添加した。また、最低攪拌回転数を200rpmとし、培養中期における培養液中の溶存酸素濃度が2ppmを維持するように攪拌回転数を変化させた。気泡センサーで発泡を感知することによりアルコール系消泡剤を自動添加して発泡を抑えた。
【0090】
培養終了時の培養液のカロテノイド濃度、グルコン酸濃度及び乾燥細胞当たりのPHB含量を測定したところ、結果は表1に示す通りであった。ビオチンを0.001〜50mg/L添加した実験区では、ビオチンを添加していない区に比較してアスタキサンチンに対するカンタキサンチンの比率が低いことが分かった。
【0091】
【表1】
【0092】
〔実施例2〕
以下の組成の培地(シュークロース30g/L、コーンスティープリカー30g/L、リン酸二水素カリウム1.5g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物3.8g/L、塩化カルシウム2水和物5.0g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.7g/L、硫酸鉄7水和物0.3g/L、pH7.2)100mlを、500ml容量の綿栓付き三角フラスコに入れ、121℃で20分間オートクレーブ殺菌し、シード用フラスコ培地を8本調製した。
【0093】
次に、以下の組成の培地(シュークロース40g/L、コーンスティープリカー30g/L、硫酸アンモニウム0.5g/L、リン酸二水素カリウム2.25g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物5.7g/L、塩化カルシウム2水和物0.1g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.5g/L、硫酸鉄7水和物5g/L、アルコール系消泡剤0.5g/L)2.0Lを5L容量の発酵槽に入れ、これを8基準備した。当該発酵槽にD-ビオチンをそれぞれ0.1mg/Lになるように添加し、121℃で30分間オートクレーブ殺菌した。
【0094】
Paracoccus carotinifaciens E-396株(FERM BP-4283)を、上記シード用フラスコ培地に一白金耳植菌し、28℃で2日間、100rpmで回転振とう培養を行った後、その培養液80mLを各上記発酵槽に植菌した。28℃、通気量1vvmの好気培養を120時間行った。培養中のpHが7.2を維持するように15%アンモニア水で連続的にpHを制御した。シュークロースは枯渇しないように培養1日目、2日目、3日目及び4日目にそれぞれ30gずつ添加した。また、最低攪拌回転数を200rpmとし、培養中期における培養液中の溶存酸素濃度が0.5、1、2、3、4、5、6及び7ppmを維持するように攪拌回転数を変化させた。気泡センサーで発泡を感知することによりアルコール系消泡剤を自動添加して発泡を抑えた。
【0095】
培養終了時の培養液のカロテノイド濃度、グルコン酸濃度及び乾燥細胞当たりのPHB含量を測定したところ、結果は表2に示す通りであった。溶存酸素濃度を高くするほどカンタキサンチン濃度のアスタキサンチン濃度に対する比率は低くなる傾向を示し、1.4%まで低減できることが分かった。
【0096】
比較のためにビオチンを添加していない培地で同様の実験を行った。結果を表3に示す。カンタキサンチン濃度のアスタキサンチン濃度に対する比率は9%までしか低減できなかった。
【0097】
【表2】
【0098】
【表3】
【0099】
〔実施例3〕
Paracoccus carotinifaciens E-396株(FERM BP-4283)をN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジンで変異処理し、赤色の色調が濃いコロニーを選択した。選択された株の培養液中のPHB濃度及びカロテノイド濃度を測定し、PHB生産能が低く、且つアスタキサンチン生産能が高い変異株LP-26株を選択した。
【0100】
以下の組成の培地(シュークロース30g/L、コーンスティープリカー30g/L、リン酸二水素カリウム1.5g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物3.8g/L、塩化カルシウム2水和物5.0g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.7g/L、硫酸鉄7水和物0.3g/L、pH7.2)100mlを、500ml容量の綿栓付き三角フラスコに入れ、121℃で20分間オートクレーブ殺菌し、シード用フラスコ培地を調製した。
【0101】
次に、以下の組成の培地(グルコース30g/L、コーンスティープリカー30g/L、硫酸アンモニウム0.5g/L、リン酸二水素カリウム2.25g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物5.7g/L、塩化カルシウム2水和物0.1g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.5g/L、硫酸鉄7水和物5g/L、L-グルタミン酸ナトリウム1水和物6g/L、アルコール系消泡剤0.5g/L)2.0Lを5L容量の発酵槽に入れ、これを8基準備した。当該発酵槽にD-ビオチンをそれぞれ0.1mg/Lになるように添加し、121℃で30分間オートクレーブ殺菌した。
【0102】
上記で選抜したParacoccus属細菌LP-26株を、上記シード用フラスコ培地に一白金耳植菌し、28℃で2日間、100rpmで回転振とう培養を行った後、その培養液80mLを各上記発酵槽に植菌した。28℃、通気量1vvmの好気培養を140時間行った。培養中のpHが7.2を維持するように15%アンモニア水で連続的にpHを制御した。グルコースは枯渇しないように培養1日目、2日目、3日目及び4日目にそれぞれ50gずつ添加した。また、最低攪拌回転数を100rpmとし、培養中期における培養液中の溶存酸素濃度が0.5、1、2、3、4、5、6及び7ppmを維持するように攪拌回転数を変化させた。気泡センサーで発泡を感知することによりアルコール系消泡剤を自動添加して発泡を抑えた。
【0103】
培養終了時の培養液のカロテノイド濃度、グルコン酸濃度及び乾燥細胞当たりのPHB含量を測定したところ、結果は表4に示す通りであった。溶存酸素濃度を高くするほどカンタキサンチン濃度のアスタキサンチン濃度に対する比率は低くなる傾向を示し、1.6%まで低減できることが分かった。
【0104】
比較のためにビオチンを添加していない培地で培養中期における溶存酸素濃度を2ppmに制御して同様の実験を行った。結果を表5に示す。同じ溶存酸素濃度2ppm制御でビオチンを添加したときにはアスタキサンチンに対するカンタキサンチンの比率が8%であったのに対して、ビオチン無添加では26.8%と高かった。
【0105】
【表4】
【0106】
【表5】
【0107】
次に、D-ビオチンを0.1mg/L添加し、溶存酸素濃度以外の条件を上記と同様にして、溶存酸素濃度を培養中期に段階的又は連続的にシフトする実験を以下の4条件で行った。
【0108】
(シフト条件1)
培養中期の初期溶存酸素濃度を2ppmに制御し、40時間2ppmを維持した後、溶存酸素濃度の制御を2.5ppmにシフトし、培養終了時まで2.5ppmを維持した。すなわち、溶存酸素濃度を、培養開始後0〜8時間では飽和濃度から成り行きで2ppmまで低下させ、8〜48時間では2ppmに制御し、48〜140時間では2.5ppmに制御した。
【0109】
(シフト条件2)
培養中期の初期溶存酸素濃度を1ppmに制御し、8時間1ppmを維持した後、1時間に0.1ppmずつ制御濃度を上げ、40時間かけて5ppmまで溶存酸素濃度を上昇させ、その後は培養終了まで5ppmを維持した。すなわち、溶存酸素濃度を、培養開始後0〜9時間では飽和濃度から成り行きで1ppmまで低下させ、9〜17時間では1ppmに制御し、17〜57時間では1ppmから1時間に0.1ppmずつ5ppmまで上昇させ、57〜140時間では5ppmに制御した。
【0110】
(シフト条件3)
培養中期の初期溶存酸素濃度を3ppmに制御し、50時間3ppmを維持した後、溶存酸素濃度の制御を3.5ppmにシフトし、培養終了時まで3.5ppmを維持した。すなわち、溶存酸素濃度を、培養開始後0〜7時間では飽和濃度から成り行きで3ppmまで低下させ、7〜57時間では3ppmに制御し、57〜140時間では3.5ppmに制御した。
【0111】
(シフト条件4)
培養中期の初期溶存酸素濃度を2ppmに制御し、4時間2ppmを維持した後、2時間に0.1ppmずつ制御濃度を上げ、100時間かけて7ppmまで溶存酸素濃度を上昇させ、その後は培養終了まで7ppmを維持した。すなわち、溶存酸素濃度を、培養開始後0〜8時間では飽和濃度から成り行きで2ppmまで低下させ、8〜12時間では2ppmに制御し、12〜112時間では2ppmから2時間に0.1ppmずつ7ppmまで上昇させ、112〜140時間では7ppmに制御した。
【0112】
上記4条件で培養を行い、培養終了時(140時間)のカロテノイド濃度、グルコン酸濃度及び乾燥細胞当たりのPHB含量を測定した。結果を表6に示す。溶存酸素濃度を一定に制御した場合(表4)に比較して、いずれの条件においても高いアスタキサンチン生産濃度で且つ低いカンタキサンチン比率の培養液が得られることが分かった。
【0113】
【表6】
【0114】
〔実施例4〕
Paracoccus carotinifaciens E-396株(FERM BP-4283)をN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジンで変異処理し、赤色の色調が濃いコロニーを選択した。選択した菌株を試験管で培養し、培養液のpH低下が少なく、培養液の赤色が濃い変異株を選抜した。選抜された変異株の試験管培養液中のグルコン酸濃度及びカロテノイド濃度を測定し、グルコン酸生産能が低く、且つアスタキサンチン生産能が高い変異株LG-7株を選択した。
【0115】
以下の組成の培地(シュークロース30g/L、ファーマメディア10g/L、リン酸二水素カリウム0.8g/L、リン酸水素二カリウム4.2g/L、塩化カルシウム2水和物1g/L、硫酸マグネシウム7水和物12g/L、硫酸鉄7水和物1g/L、pH7.2)100mlを、500ml容量の綿栓付き三角フラスコに入れ、121℃で20分間オートクレーブ殺菌し、シード用フラスコ培地を調製した。
【0116】
次に、以下の組成の培地(シュークロース30g/L、ファーマメディア20g/L、硫酸アンモニウム1.5g/L、リン酸二水素カリウム1.5g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物3.8g/L、塩化カルシウム2水和物0.1g/L、硫酸マグネシウム7水和物4.5g/L、硫酸鉄7水和物5g/L、L-グルタミン酸ナトリウム1水和物6g/L、シリコン系消泡剤1g/L)2.0Lを5L容量の発酵槽に入れ、これを2基準備した。当該発酵槽にD-ビオチンを1mg/Lになるように添加し、121℃で30分間オートクレーブ殺菌した。
【0117】
上記で選抜したParacoccus属細菌LG-7株を、上記シード用フラスコ培地に一白金耳植菌し、28℃で3日間、100rpmで回転振とう培養を行った後、その培養液80mLを各上記発酵槽に植菌した。28℃、通気量1vvmの好気培養を120時間行った。培養中のpHが7.2を維持するように15%アンモニア水で連続的にpHを制御した。シュークロースは枯渇しないように培養1日目、2日目、3日目及び4日目にそれぞれ40gずつ添加した。また、最低攪拌回転数を200rpmとし、攪拌回転数を変化させることにより培養液中の溶存酸素濃度を以下の2条件で制御した。
【0118】
(シフト条件5)
培養中期の初期溶存酸素濃度を2.5ppmに制御し、35時間2.5ppmを維持した後、溶存酸素濃度の制御を3ppmにシフトし、培養終了時まで3ppmを維持した。すなわち、溶存酸素濃度を、培養開始後0〜8時間では飽和濃度から成り行きで2.5ppmまで低下させ、8〜43時間では2.5ppmに制御し、43〜120時間では3ppmに制御した。
【0119】
(シフト条件6)
培養中期の初期溶存酸素濃度を3.5ppmに制御し、4時間3.5ppmを維持した後、4時間に0.1ppmずつ制御濃度を上げ、60時間かけて5ppmまで溶存酸素濃度を上昇させ、その後は培養終了まで5ppmを維持した。すなわち、溶存酸素濃度を、培養開始後0〜7時間では飽和濃度から成り行きで3.5ppmまで低下させ、7〜11時間では3.5ppmに制御し、11〜71時間では3.5ppmから4時間に0.1ppmずつ5ppmまで上昇させ、71〜120時間では5ppmに制御した。
【0120】
上記2条件で培養を行い、培養終了時(120時間)のカロテノイド濃度、グルコン酸濃度および乾燥細胞当たりのPHB含量を測定した。結果を表7に示す。比較のためにビオチンを添加せずに、培養中期及び培養終期の溶存酸素濃度を4ppm一定の条件で制御した培養結果を合わせて表7に示す。
【0121】
【表7】
【0122】
〔実施例5〕
以下の組成の培地(シュークロース20g/L、コーンスティープリカー5g/L、リン酸二水素カリウム0.54g/L、リン酸水素二カリウム2.78g/L、塩化カルシウム2水和物5g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.7g/L、硫酸鉄7水和物3g/L、pH7.2)100mlを、500ml容量の綿栓付き三角フラスコに入れ、121℃で20分間オートクレーブ殺菌し、シード用フラスコ培地を調製した。
【0123】
次に、以下の組成の培地(グルコース40g/L、コーンスティープリカー30g/L、硫酸アンモニウム0.5g/L、リン酸二水素カリウム2.25g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物5.7g/L、塩化カルシウム2水和物0.1g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.5g/L、硫酸鉄7水和物5g/L、L-グルタミン酸ナトリウム1水和物6g/L、アルコール系消泡剤0.5g/L)2.0Lを5L容量の発酵槽に入れたものを準備した。当該発酵槽にD-ビオチンを0.1mg/Lになるように添加し、121℃で30分間オートクレーブ殺菌した。
【0124】
Paracoccus属細菌A-581-1株(FERM BP-4671)を、上記シード用フラスコ培地に一白金耳植菌し、27℃で2日間、150rpmで回転振とう培養を行った後、その培養液80mLを上記発酵槽に植菌した。28℃、通気量1vvmの好気培養を120時間行った。培養中のpHが7.2を維持するように15%アンモニア水で連続的にpHを制御した。グルコースは枯渇しないように培養1日目、2日目、3日目及び4日目にそれぞれ30gずつ添加した。また、最低攪拌回転数を200rpmとし、攪拌回転数を変化させることにより培養中期における培養液中の溶存酸素濃度を2ppmに制御した。
【0125】
培養終了時のカロテノイド濃度、グルコン酸濃度及び乾燥細胞当たりのPHB含量を測定した。結果を表8に示す。比較のためにビオチンを添加せずに、培養中期の溶存酸素濃度を2ppm一定の条件で制御した培養結果を合わせて表8に示す。
【0126】
【表8】
【0127】
〔実施例6〕
Paracoccus属細菌A-581-1株(FERM BP-4671)を紫外線照射により変異処理し、赤色の色調が濃いコロニーを選択した。選択された株の培養液中のカロテノイドを分析し、アスタキサンチン生産性の向上した変異株K-185株を選択した。
【0128】
以下の組成の培地(シュークロース30g/L、コーンスティープリカー30g/L、リン酸二水素カリウム1.5g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物3.8g/L、塩化カルシウム2水和物5g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.7g/L、硫酸鉄7水和物0.3g/L、pH7.2)100mlを、500ml容量の綿栓付き三角フラスコに入れ、121℃で20分間オートクレーブ殺菌し、シード用フラスコ培地を調製した。
【0129】
次に、以下の組成の培地(グルコース30g/L、大豆粕20g/L、硫酸アンモニウム1.5g/L、リン酸二水素カリウム1.5g/L、リン酸水素二ナトリウム12水和物3.8g/L、塩化カルシウム2水和物5g/L、硫酸マグネシウム7水和物0.7g/L、硫酸鉄7水和物0.6g/L、L-グルタミン酸ナトリウム1水和物6g/L、エステル系消泡剤0.2g/L)2.0Lを5L容量の発酵槽に入れたものを準備した。当該発酵槽にD-ビオチンを1mg/Lになるように添加し、121℃で30分間オートクレーブ殺菌した。
【0130】
上記で選抜したParacoccus属細菌K-185株を、上記シード用フラスコ培地に一白金耳植菌し、27℃で2日間、150rpmで回転振とう培養を行った後、その培養液80mLを上記発酵槽に植菌した。28℃、通気量1vvmの好気培養を120時間行った。培養中のpHが7.2を維持するように15%アンモニア水で連続的にpHを制御した。グルコースは枯渇しないように培養1日目、2日目、3日目及び4日目にそれぞれ30gずつ添加した。また、最低攪拌回転数を200rpmとし、攪拌回転数を変化させることにより培養中期における培養液中の溶存酸素濃度を3.5ppmに制御した。
【0131】
培養終了時のカロテノイド濃度、グルコン酸濃度及び乾燥細胞当たりのPHB含量を測定した。結果を表9に示す。比較のためにビオチンを添加せずに、培養中期の溶存酸素濃度を3.5ppmに制御した培養結果を合わせて表9に示す。
【0132】
【表9】