(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5763288
(24)【登録日】2015年6月19日
(45)【発行日】2015年8月12日
(54)【発明の名称】細胞保存用水溶液
(51)【国際特許分類】
C12N 5/07 20100101AFI20150723BHJP
A01N 1/02 20060101ALI20150723BHJP
【FI】
C12N5/00 202
A01N1/02
【請求項の数】11
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2007-545317(P2007-545317)
(86)(22)【出願日】2006年11月17日
(86)【国際出願番号】JP2006322985
(87)【国際公開番号】WO2007058308
(87)【国際公開日】20070524
【審査請求日】2009年10月23日
【審判番号】不服2014-3073(P2014-3073/J1)
【審判請求日】2014年2月19日
(31)【優先権主張番号】特願2005-333203(P2005-333203)
(32)【優先日】2005年11月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591281220
【氏名又は名称】日本全薬工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】特許業務法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山城 尚登
(72)【発明者】
【氏名】佐瀬 孝一
(72)【発明者】
【氏名】大根田 修
(72)【発明者】
【氏名】長野 真澄
【合議体】
【審判長】
鈴木 恵理子
【審判官】
中島 庸子
【審判官】
飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】
特開平6−46840(JP,A)
【文献】
特開2001−247401(JP,A)
【文献】
特開2003−530406(JP,A)
【文献】
特開平11−292701(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(e)の組成からなり、pH6.5〜9.0である細胞保存用水溶液。
(a)DMSO 5.0〜12.0w/v%
(b)グルコース 3.0〜5.0w/v%
(c)増粘剤 0.2〜0.7w/v%
(d)リン酸緩衝液 0.01〜1.0w/v%
(e)水 適量
【請求項2】
増粘剤が、カルボキシメチルセルロース(CMC)、カルボキシメチルセルロースナトリウ
ム(CMC-Na)又は有機酸ポリマーである請求項1に記載の細胞保存用水溶液。
【請求項3】
保存する細胞が、リンパ球、脾臓細胞及び胸腺細胞、動物細胞、生体幹細胞、間葉系幹細
胞及び胚性幹細胞のいずれかである請求項1または2に記載の細胞保存用水溶液。
【請求項4】
医療用に用いられる請求項1〜3のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
【請求項5】
細胞の保存方法が凍結保存である請求項1〜4のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
【請求項6】
細胞を-80℃で急速凍結するための請求項1〜5のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
【請求項7】
保存後の細胞の生存率が少なくとも80%以上である請求項1〜6のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
【請求項8】
-80℃で4日間保存した後、さらに-196℃で72日間保存後の細胞の増殖能が保持されている請求項1〜7のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
【請求項9】
保存後の細胞の分化能が保持されている請求項1〜8のいずれかに記載の細胞保存用水
溶液。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の細胞保存用水溶液に細胞を分散させた後、容器中に分
注して凍結保存する細胞の保存方法。
【請求項11】
分注される細胞が、1×105〜1×107個/mLである請求項10に記載の細胞の保存方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞を簡易な操作で長期間保存できる細胞保存用水溶液に関する。さらに詳しくは、基礎培地、血清等の天然の動物由来成分を含まない細胞保存用水溶液に関する。
背景技術
【0002】
従来、培養細胞の継代による細胞の変質や雑菌による汚染を防止し、細胞を長期的に利用するために凍結保存が行われている。この細胞の保存の一般的な方法として、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOとする)や血清を含む培養液に細胞を懸濁し、クライオチューブやアンプルに詰め、プログラムフリーザーを用いて冷却し、液体窒素中(-196℃)で保存する方法が知られている。
【0003】
この凍結保存に用いる保存溶液は、保存する細胞の種類によって様々な組成の物が調製されている。例えば、血清を含まない培地で培養される培養細胞に対し、血清を含まない凍結保存用培地が開発されている(例えば、特許文献1参照)。また、血清はロットによって異なるため、凍結保存液の品質を一定にできないことや、血清に含まれる各種サイトカインや増殖因子、ホルモン等の本来細胞保存に不必要な成分が、保存細胞の性質を変える恐れがあることから、血清を用いない凍結保存液が開発されている(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
しかし、特許文献1は、血清を含まないが基礎培地を含んでおり、この基礎培地には様々な成分が含まれている。例えばRPMI1640培地には、由来が不明な多数のアミノ酸が用いられており、これらの培地成分が保存細胞に与える影響も不明である。また、特許文献2は、精製アルブミンが用いられているが、精製度如何によっては、やはり様々な成分が混入する可能性があり、細胞に与える影響に問題が残る。
特に医療等として用いようとした場合には、血清や基礎培地に含まれる成分が保存される細胞に与える影響を考慮して、保存される細胞に影響を与えない、由来が明確な成分のみからなる細胞保存液や、天然の動物由来の成分を極力含まない細胞保存液の開発が望まれている。このような細胞保存液は成分が明確なため、品質が一定に保たれるという利点も期待できる。
しかし、従来の細胞保存溶液は、いずれも基礎培地や血清、又は血清代替物として血清アルブミン、精製アルブミン等を用いなければ長期間安定して保存することができず、完全に天然の動物由来成分を含まない細胞保存液は未だ得られていない。
【特許文献1】特開昭63-216476号公報
【特許文献2】特開2002-233356号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、基礎培地、血清等の天然の動物由来成分を含まない細胞保存用水溶液の提供を課題とする。さらにこの保存用水溶液を用いる細胞の保存方法の提供を課題とする。
課題を解決するための手段
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、基礎培地、血清等の天然の動物由来成分を除き、その他の成分及び濃度を調整することよって保存後の細胞が高い生存率を示す保存用水溶液を見出し、本発明を完成するに至った。さらに、本発明の保存用水溶液を用いて細胞を調製することにより、細胞の保存方法を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は次の(1)〜(17)の細胞保存用水溶液を用いる細胞の保存方法に関する。
(1)増粘剤、凍害防御剤、糖類を含む細胞保存用水溶液であって、天然の動物由来成分を含まない細胞保存用水溶液。
(2)さらにpH調整剤を含む上記(1)に記載の細胞保存用水溶液。
(3)天然の動物由来成分が血清及び基礎培地成分である上記(1)又は(2)に記載の細胞保存用水溶液。
(4)以下の(a)〜(e)の組成を含み、pH6.5〜9.0である細胞保存用水溶液。
(a)凍害防御剤 1.0〜20.0w/v%
(b)糖類 1.0〜10.0w/v%
(c)増粘剤 0.1〜1.0w/v%
(d)pH調整剤 0.01〜1.0w/v%
(e)水 適量
(5)浸透圧が1000mOsm以上である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(6)浸透圧が1000〜2700mOsmである上記(5)に記載の細胞保存用水溶液。
(7)増粘剤が、カルボキシメチルセルロース(CMC)、カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC-Na)又は有機酸ポリマーである上記(1)〜(6)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(8)有機酸ポリマーが、ポリアクリル酸ナトリウムである上記(7)に記載の細胞保存用水溶液。
(9)凍害防御剤が、ジメチルスルホキシド(DMSO)又はプロピレングリコールである、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(10)糖類がグルコースである上記(1)〜(9)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(11)pH調整剤が、リン酸緩衝液である上記(1)〜(10)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(12)以下の(a)〜(e)の組成からなり、pH6.5〜9.0である細胞保存用水溶液。
(a)DMSO 5.0〜12.0w/v%
(b)グルコース 3.0〜5.0w/v%
(c)増粘剤 0.2〜0.7w/v%
(d)リン酸緩衝液 0.01〜1.0w/v%
(e)水 適量
(13)保存する細胞が、リンパ球、脾臓細胞及び胸腺細胞、動物細胞、生体幹細胞及び胚性幹細胞のいずれかである上記(1)〜(12)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(14)医療用に用いられる上記(1)〜(13)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(15)細胞の保存方法が凍結保存である上記(1)〜(14)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(16)保存後の細胞の生存率が少なくとも80%以上である上記(1)〜(15)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(17)-80℃で4日間保存した後、さらに-196℃で72日間保存後の細胞の増殖能が保持されている上記(1)〜(15)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(18)保存後の細胞の分化能が保持されている上記(1)〜(15)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液。
(19)上記(1)〜(15)のいずれかに記載の細胞保存用水溶液に細胞を分散させた後、容器中に分注して凍結保存する細胞の保存方法。
(20)分注される細胞が、1×10
5〜1×10
7個/mLである上記(19)に記載の細胞の保存方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により確立された細胞保存用水溶液は、基礎培地、血清等の天然の動物由来成分を含まないため、保存された細胞に対する不純物、例えば牛白血病ウイルス・プリオンなどの混入の危険性が低く、医療用として安全に利用することができる。また、本発明の細胞保存用水溶液を用いる保存方法によれば高い細胞生存率が得られ、及び/又は細胞の増殖能及び分化能を保持することができる。さらに、由来の不明な基礎培地、血清等を用いないため安価に細胞を保存することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1a】細胞保存用水溶液M,I及びKで保存した細胞の生存数を示した図である(実施例6)
【
図1b】細胞保存用水溶液M,I及びKで保存した細胞の増殖数を示した図である(実施例6)
【
図2a】細胞保存用水溶液M,I及びKで保存した細胞の骨芽細胞への分化を示した図である(実施例6)
【
図2b】細胞保存用水溶液M,I及びKで保存した細胞の脂肪細胞への分化を示した図である(実施例6)
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の細胞保存用水溶液とは、細胞を保存するために、増粘剤、凍害防御剤、糖類を含み、一方で天然の動物由来成分を含まない水溶液のことをいう。さらに、pH調整剤を含む天然の動物由来成分を含まない水溶液のことをいう。これらの天然の動物由来成分が保存される細胞に与える影響が不明であるためである。本発明の細胞保存用水溶液はその組成が保存される細胞に影響を与えない、由来が明確な成分のみからなることを特徴とするため、いずれの成分の組み合わせであっても天然の動物由来成分は全く含まないことが望ましい。
本発明の細胞保存用水溶液において、含まないことが望ましい天然の動物由来成分には、従来、細胞の保存、培養において用いられる天然の動物由来の成分及びその他の天然の動物由来の成分のいずれもが含まれる。例えば、細胞の培養に用いられる血清、由来の不明な基礎培地等が挙げられる。また、精製アルブミン、精製タンパク、鶏卵黄、脂肪乳剤、ラクテート(乳酸塩・母乳等)、等も含まれる。血清としては成牛血清、仔牛血清、新生仔牛血清、牛胎児血清などが挙げられ、基礎培地としてはRPMI培地、MEM培地、HamF-12培地、DM-160培地等が挙げられる。即ち、本発明の細胞保存用水溶液とは、例示のような天然の動物由来成分を含まず、化学合成品のみ又は化学薬品及び植物由来成分を含んでなる水溶液のことをいう。
【0011】
本発明の細胞保存用水溶液とは、増粘剤、凍害防御剤、糖類を組み合わせた物のことをいい、さらにpH調整剤を組み合わせたもののことも含む。そして、これらの成分は水溶液の状態で用いられるが、凍結乾燥等した粉末を、使用する際に水等に溶解し水溶液として用いる場合、また、あらかじめ水溶液状態で調製されたものをそのまま用いる場合などいずれの使用形態も本発明の使用に該当する。
【0012】
本発明の増粘剤は、天然の動物由来成分を全く用いない水溶液においても、細胞を十分に保存できる細胞保存用水溶液を構成し得る増粘剤であればいずれも用いることができる。例えば、カルボキシメチルセルロース(以下CMCとする)、カルボキシメチルセルロース-Na(以下CMC-Naとする)、有機酸ポリマー、アルギン酸プロピレングリコール、アルギン酸ナトリウム等が挙げられる。このうち、CMC、又は、CMC-Naを用いることが好ましく、特に、CMC-Naを用いることが好ましい。また、有機酸ポリマーのうちではポリアクリル酸ナトリウムが好ましく用いられる。増粘剤は細胞保存用水溶液中に0.1〜1.0w/v%含まれることが好ましく、さらに0.1〜0.5w/v%含まれることが好ましく、0.25w/v%含まれることが特に好ましい。
【0013】
本発明の凍害防御剤は、天然の動物由来成分を全く用いない水溶液においても、細胞を十分に保存できる細胞保存用水溶液を構成し得る凍害防御剤であればいずれも用いることができる。例えば、DMSO、グリセロール、プロピレングリコール、1-メチル-2ピロリドン等が挙げられる。このうち、DMSO、プロピレングリコールを用いることが好ましく、特にDMSOを用いることが好ましい。凍害防御剤は細胞保存用水溶液中に5〜15w/v%未満含まれることが好ましく、5〜12w/v%含まれることが最も好ましく、そのうちでも10w/v%含まれることが特に好ましい。
【0014】
本発明の糖類は、天然の動物由来成分を全く用いない水溶液においても、細胞を十分に保存できる細胞保存用水溶液を構成し得る糖類であればいずれも用いることができる。例えば、グルコース、トレハロース、シュクロース、ラクトース等が挙げられる。このうち、グルコースを用いることが特に好ましい。糖類は細胞保存用水溶液中に1.0〜10.0w/v%含まれることが好ましく、さらに3〜5w/v%含まれることが好ましく、そのうちでも3w/v%含まれることが特に好ましい。
【0015】
本発明のpH調整剤は、天然の動物由来成分を全く用いない水溶液においても、細胞を十分に保存できる細胞保存用水溶液を構成し得るpH調整剤であればいずれも用いることができる。例えば、炭酸水素ナトリウム、HEPES、リン酸緩衝液等が挙げられる。また、Basic Stock Solution(BSS)にリン酸緩衝液を添加しない場合には、細胞に適したpH付近で緩衝能を持たせる働きを有する塩化ナトリウムを添加したものも用いることもできる。このうちリン酸緩衝液を用いることが特に好ましい。pH調整剤は細胞保存用水溶液中のpHをおよそ6.5〜9.0、好ましくは7.0〜8.5に調整するために適宜用いることが好ましい。なお、本発明のリン酸緩衝液とは、塩化ナトリウム、リン酸一ナトリウム(無水)、リン酸一カリウム(無水)、リン酸ニナトリウム(無水)、リン酸三ナトリウム(無水)、塩化カリウム、リン酸二水素カリウム(無水)などのことをいい、特に塩化ナトリウム、リン酸一ナトリウム(無水)、塩化カリウム、リン酸二水素カリウム(無水)を用いることが好ましい。
pH調整剤は細胞保存用水溶液中に0.01〜1.0w/v%含まれることが好ましく、さらに0.05〜0.5w/v%含まれることが好ましい。
【0016】
本発明の細胞保存用水溶液の浸透圧は保存液としての性能を保持するために、1000mOsm以上であることが好ましく、さらに1000〜2700mOsmであることが好ましい。
【0017】
本発明の細胞保存用水溶液の組成は、細胞を十分に保存できる組成であれば上記で列挙した各成分の具体例のうちいずれの成分の組み合わせも用いることができる。例えば、増粘剤としてCMC、凍害防御剤としてDMSO、糖類としてグルコース、pH調整剤として炭酸水素ナトリウム、HEPESを適量調合した細胞保存用水溶液や、これにさらにリン酸緩衝液を加えた細胞保存用水溶液を挙げることができる。また、この組成において増粘剤としてCMCの代わりにCMC-Na又は有機酸ポリマーを用いたもの、凍害防御剤としてDMSOの代わりにプロピレングリコールを用いたもの等も挙げることができる。
本発明の細胞保存用水溶液は、保存の対象とする細胞によって異なるが、少なくとも保存1週間経過後又はそれ以上経過後において80%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは100%の生存率を示すものであることが望ましい。
【0018】
本発明の細胞の保存方法は、細胞を十分に保存できる方法であればいずれの方法も用いることができる。例えば、本発明の細胞保存用水溶液を用い、これに保存の対象となる細胞を分散した後、アンプルやクライオチューブ等の容器に分注し、20〜30分間予備凍結後、-80℃又は-196℃で凍結保存する方法等が挙げられる。本発明の保存方法によれば、プログラミングフリーザーを用いなくても凍結保存を行うことができる。
保存に用いる細胞の細胞保存用水溶液あたりの細胞数は特に問わないが、1×10
5〜1×10
7個/mL、好ましくは5×10
5〜5×10
6個/mLになるように、調製することが好ましい。
【0019】
保存の対象となる細胞は、本発明の細胞保存用水溶液を用いて保存できる細胞であればいずれの細胞も対象となる。例えば様々な動物の株化細胞、リンパ球、脾臓細胞、胸腺細胞、受精卵、骨髄腫細胞、生体幹細胞、間葉系幹細胞及び胚性幹細胞(ES細胞)等を挙げることができる。動物としては、具体的には、マウス(BALB/C、ICR、C3H等)、ラット、ウサギ、モルモット、ネコ、ウシ、ヤギ、イヌ、ブタ及びヒト等が挙げられる。また、本発明の細胞保存用水溶液は、細胞だけではなく、組織の保存及び臓器の保存に用いることもできる。
【0020】
以下、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
<細胞保存用水溶液の調製>
1.各成分の調製
細胞保存用水溶液の各成分を以下のように調製した。
1)増粘剤
a. CMC
カルボキシメチルセルロース(和光純薬社製)5gを高温又は常温の蒸留水で溶解し、全量750mLとして製した。
b. CMC-Na
カルボキシメチルセルロースナトリウム(和光純薬社製)5gを高温又は常温の蒸留水で溶解し、全量750mLとして製した。
c. ポリアクリル酸ナトリウム
ポリアクリル酸ナトリウム (和光純薬社製)5gを蒸留水で溶解し、全量750mLとして製した。
2)凍害防御剤
d. ジメチルスルホキシド(DMSO)
ジメチルスルホキシド(和光純薬社製)100mLを用いた。
e. プロピレングリコール
プロピレングリコール(和光純薬社製)100mLを用いた。
3)糖類・pH調整剤等
f.リン酸緩衝液
リン酸緩衝液(日水製薬社製)を用いた。
g. Basic Stock Solution(BSS)
グルコース30.0g、炭酸水素ナトリウム0.8g、HEPES(和光純薬社製)0.36g、PBS(日水製薬社製)1.576gを二段蒸留水に加え全量を150mLとした。
4) 基礎培地(比較用)
h. RPMI1640
RPMI1640(大日本製薬社製)1.576gを用いた。
【0022】
2.調合
上記1.で調製した各成分を表1に記載の組成となるように、攪拌混合した。これをそれぞれ1.0μm、0.5μm、さらに0.22μmのフィルター(ミリポア社製)で、無菌的にろ過して調製した。
【0023】
【表1】
【0024】
<細胞保存用水溶液の性能及び規格試験>
1.性能試験
細胞保存用水溶液の性能を、細胞の保存における生存率を測定することにより評価した。
あらかじめRPMI1640 10v/v%FBS添加培地で培養したX63Ag8-6.5.3(マウス骨髄腫)細胞を遠心処理で集め、細胞数5×10
5〜5×10
6個/mLになるように、細胞保存用水溶液C、I及びMをそれぞれ1mL加えて懸濁し、2mL容のクライオチューブ(ヌンク社製)に小分けした。速やかに-80℃で急速凍結を行い7日間保存した(n=3)。
2.規格試験
上記で調製した各細胞保存用水溶液のpH及び浸透圧を調べた。
また、各細胞保存用水溶液における性能試験及び規格試験の結果を表2に示した(n=3)。表2に示すように、保存用水溶液C、Iはいずれも80%以上の生存率を示した。
これらより、表1に示したいずれの保存用水溶液C、Iも血清及び基礎培地成分を含んでいないにも関わらず、基礎培地成分を含む保存用水溶液Mと同程度の保存性能を有することが確認された。
【0025】
【表2】
【実施例2】
【0026】
<各種細胞を用いた場合の細胞の生存率>
あらかじめRPMI1640 10v/v%FBS添加培地で採取、分画した表3に記載の細胞を遠心処理で集め、細胞数5×10
5〜5×10
6個/mLになるように、細胞保存用水溶液J及び比較細胞保存用水溶液Mをそれぞれ1mL加えて懸濁し、2mL容のクライオチューブ(ヌンク社製)に小分けした。速やかに-80℃で急速凍結を行い、一定期間保存した。リンパ球における各保存期間後の細胞の生存率を表3に、脾臓細胞における各保存期間後の細胞の生存率を表4に、及び胸腺細胞における各保存期間後の細胞の生存率を表5にそれぞれ示した。
【0027】
【表3】
【0028】
【表4】
【0029】
【表5】
【0030】
表3〜5に示すように、本発明の細胞保存用水溶液を用いた様々な動物種のリンパ球、脾臓細胞及び胸腺細胞の保存において、100.0%近い生存率を示した。この結果より、本発明の細胞保存用水溶液が、天然の動物由来成分を含まなくても十分に細胞を保存できることが確認された。
【実施例3】
【0031】
<グルコース濃度の検討>
上記実施例1、1.で調製した各成分を用い、表6に記載の組成となるように細胞保存溶液C及びN〜Rを調製した。また、上記実施例1と同様に、X63Ag8-6.5.3細胞を用いて、各細胞保存用水溶液の性能試験及び規格試験を行った。これらの結果を表6に示した。
表6に示すように、グルコースを2w/v%以下又は7w/v%含む保存用水溶液では、生存率が低かったが、少なくとも3〜5w/v%含む保存水溶液では、80%以上の生存率を示した。
【0032】
【表6】
【実施例4】
【0033】
<凍害防御剤濃度の検討>
上記実施例1、1.で調製した各成分を用い、表7に記載の組成となるように細胞保存溶液C及びS〜Xを調製した。また、上記実施例1と同様に、SK-007細胞又はJurkat細胞を用いて、各細胞保存用水溶液の性能試験及び規格試験を行った。これらの結果を表7に示した。
表7に示すように、凍害防御剤としてDMSOを3w/v%以下又は15w/v%含む保存用水溶液では、いずれの細胞も生存率が低かったが、少なくとも5〜12w/v%含む保存水溶液では、80%以上の生存率を示した。
<SK-007細胞、Jurkat細胞>
SK-007:ヒト骨髄性白血病細胞(B細胞系白血病細胞)
Jurkat:ヒトT細胞系白血病細胞
いずれの細胞も、10%牛胎児血清加RPMI1640培地で、37℃、5%CO
2条件下にて培養した。
【0034】
【表7】
【実施例5】
【0035】
増粘剤濃度の検討
上記実施例1、1.で調製した各成分を用い、表8に記載の組成となるように細胞保存溶液Y〜ACを調製した。また、上記実施例1と同様に、SK-007細胞又はJurkat細胞を用いて、各細胞保存用水溶液の性能試験及び規格試験を行った。これらの結果を表8に示した。
表8に示すように、増粘剤として有機酸ポリマーを0.1w/v%〜1.0w/v%含む保存用水溶液では、いずれの細胞も90%以上の生存率を示した。
【0036】
【表8】
【実施例6】
【0037】
<細胞保存用水溶液の性能試験>
細胞保存用水溶液の性能を、細胞の保存における生存率と、増殖能、分化能を検討することにより評価した。
1.生存率の検討
細胞保存用水溶液M,I及びKの性能を、細胞の保存における生存率により評価した。あらかじめIMDM 10v/v%FBS添加培地、37℃、5%CO
2条件下で培養したヒト臍帯血由来間葉系幹細胞を、細胞数2×10
5個/mLになるように、細胞保存用水溶液M,I及びKをそれぞれ1mL加えて懸濁し、2mL容のクライオチューブ(ヌンク社製)に小分けした。速やかに-80℃で急速凍結を行い4日間保存した後、-196℃(液体窒素タンク)で72日間保存した(n=3)。
37℃水浴にて融解を行い、9mLのIMDMと1mLのFBSを混和して各チューブを2回共洗いした。細胞を遠心処理で集め、細胞数を計測した。
図1aに示すように、細胞保存用水溶液I及びKは、細胞保存用水溶液Mで保存した場合と同等の細胞生存率を示した。それぞれの細胞保存用水溶液における細胞生存率は、Mが97%、Iが90%、Kが86%であり、いずれも細胞の保存において高い性能を有することが示された。
【0038】
2.増殖能の検討
細胞保存用水溶液M,I及びKが、細胞の増殖能を保持して細胞を保存しうるかを調べた。上記1にて保存した細胞を、細胞数5×10
4個になるように培養皿(35mm)に播種した後培養し、4日後、8日後の細胞数を計測した。細胞の計測にあたり、死細胞はトリパンブルーを用いて除外した。
図1bに示すように、細胞保存用水溶液I及びKで保存した細胞は、細胞保存用水溶液Mで保存した細胞と同等の細胞増殖を示した。従って、細胞保存用水溶液M,I及びKはいずれも細胞の増殖能を保持したまま、細胞を保存できることが確認された。
【0039】
3.分化能の検討
上記1にて保存した細胞を、細胞数5×10
4個になるように培養皿(35mm)に播種した後、表9に示した骨芽細胞又は脂肪細胞への分化誘導培地にて28日間培養し、分化能を維持しているか否かを調べた。
【0040】
【表9】
【0041】
図2aに示すように、培養後28日目にアリザリンレッド染色したところ、細胞保存用水溶液M,I及びKで保存したいずれの細胞についても骨芽細胞への分化誘導が起こることが示された。また、
図2bでも同様に、オイルレッドO染色したところ、細胞保存用水溶液M,I及びKで保存したいずれの細胞についても脂肪細胞への分化誘導が起こることが示された。従って、細胞保存用水溶液M,I及びKはいずれも細胞の分化能を保持したまま、細胞を保存できることが確認された。
産業上の利用可能性
【0042】
本発明の細胞保存用水溶液は、基礎培地、血清等の天然の動物由来成分を含まないため、保存された細胞に対する不純物の影響が低く、医療用として安全に利用することができる。さらに、基礎培地、血清等を用いないため安価に利用できる。