(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5763846
(24)【登録日】2015年6月19日
(45)【発行日】2015年8月12日
(54)【発明の名称】合金鋳鉄及びそれを用いたローリングピストンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 37/06 20060101AFI20150723BHJP
C21D 5/00 20060101ALI20150723BHJP
F04C 18/356 20060101ALI20150723BHJP
F04C 29/00 20060101ALI20150723BHJP
【FI】
C22C37/06 Z
C21D5/00 Z
F04C18/356 W
F04C29/00 D
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-540965(P2014-540965)
(86)(22)【出願日】2012年11月14日
(65)【公表番号】特表2015-505342(P2015-505342A)
(43)【公表日】2015年2月19日
(86)【国際出願番号】KR2012009576
(87)【国際公開番号】WO2013073821
(87)【国際公開日】20130523
【審査請求日】2014年6月6日
(31)【優先権主張番号】10-2011-0118384
(32)【優先日】2011年11月14日
(33)【優先権主張国】KR
(31)【優先権主張番号】10-2012-0013480
(32)【優先日】2012年2月9日
(33)【優先権主張国】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】502032105
【氏名又は名称】エルジー エレクトロニクス インコーポレイティド
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100114018
【弁理士】
【氏名又は名称】南山 知広
(74)【代理人】
【識別番号】100165191
【弁理士】
【氏名又は名称】河合 章
(74)【代理人】
【識別番号】100151459
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 健一
(72)【発明者】
【氏名】パク チェボン
【審査官】
鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】
特開平7−042683(JP,A)
【文献】
特開平1−108313(JP,A)
【文献】
特公昭51−044487(JP,B2)
【文献】
特開昭62−054056(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00 − 37/10
C21D 5/00 − 5/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素(C):3.0〜3.5重量%、ケイ素(Si):2.2〜2.4重量%、マンガン(Mn):0.5〜1.0重量%、リン(P):0.1〜0.3重量%、硫黄(S):0.06〜0.08重量%、クロム(Cr):0.7〜1.0重量%、銅(Cu):0.6〜1.0重量%を含み、残部が鉄(Fe)及び不可避的不純物からなり、
3〜8体積%のステダイト組織が形成される、合金鋳鉄。
【請求項2】
前記合金鋳鉄は、焼入れ及びテンパリングを含む熱処理が施されることを特徴とする請求項1に記載の合金鋳鉄。
【請求項3】
前記焼入れは、900±10℃の温度で90〜150分間維持し、その後50〜90℃の温度まで油冷し、その後50〜90℃の温度で5〜7時間維持することにより行われることを特徴とする請求項2に記載の合金鋳鉄。
【請求項4】
前記テンパリングは、250±10℃の温度で150〜210分間維持し、その後空気中で常温まで冷却することにより行われることを特徴とする請求項2又は3に記載の合金鋳鉄。
【請求項5】
前記テンパリングされた合金鋳鉄は、45〜55のロックウェル硬度を有することを特徴とする請求項2〜4のいずれか一項に記載の合金鋳鉄。
【請求項6】
炭素(C):3.0〜3.5重量%、ケイ素(Si):2.2〜2.4重量%、マンガン(Mn):0.5〜1.0重量%、リン(P):0.1〜0.3重量%、硫黄(S):0.06〜0.08重量%、クロム(Cr):0.7〜1.0重量%、銅(Cu):0.6〜1.0重量%を含み、残部が鉄(Fe)及び不可避的不純物からなる溶湯を製造する溶融段階と、
前記溶湯を鋳型に注入して冷却し、ステダイト組織が3〜8体積%である半製品を得る鋳造段階と、
前記冷却された半製品を所定形状に研磨する研磨段階と、
45〜55のロックウェル硬度を有するように前記研磨された半製品を熱処理する熱処理段階とを含む、ロータリ圧縮機用ローリングピストンの製造方法。
【請求項7】
前記熱処理段階は、焼入れ及びテンパリングを含むことを特徴とする請求項6に記載のロータリ圧縮機用ローリングピストンの製造方法。
【請求項8】
前記焼入れは、900±10℃の温度で90〜150分間維持し、その後50〜90℃の温度まで油冷し、その後50〜90℃の温度で5〜7時間維持することにより行うことを特徴とする請求項7に記載のロータリ圧縮機用ローリングピストンの製造方法。
【請求項9】
前記テンパリングは、250±10℃の温度で150〜210分間維持し、その後空気中で常温まで冷却することにより行うことを特徴とする請求項7又は8に記載のロータリ圧縮機用ローリングピストンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金鋳鉄及びそれを用いたロータリ圧縮機用ローリングピストンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、圧縮機は、シェルの内部空間に駆動力を発生する駆動モータと当該駆動モータに結合されて動作することで冷媒を圧縮する圧縮ユニットとを含む。このような圧縮機は、冷媒を圧縮する方式によって様々なタイプに分類されるが、例えばロータリ圧縮機の場合、前記圧縮ユニットは、圧縮空間を形成するシリンダと、前記シリンダの圧縮空間を吸入室と吐出室とに区画するベーンと、前記ベーンを支持すると共に前記シリンダと共に圧縮空間を形成する複数のベアリング部材と、前記シリンダ内で回転可能に取り付けられるローリングピストンとからなる。
【0003】
前記ベーンは、前記シリンダに形成されたベーンスロットの内部に挿入され、端部が前記ローリングピストンの外周部に固定されて前記圧縮空間を2つに分け、圧縮過程で前記ベーンスロットの内部でスライド移動し続ける。この過程で高温高圧の冷媒に接触し続けるだけでなく、冷媒が漏れないようにローリングピストン及び前記ベアリングに密着した状態を維持しなければならないので、前記ベーンは高強度及び高耐摩耗性を有しなければならない。
【0004】
前記ローリングピストンは前記シリンダの内周面に接すると共に前記ベーンに線接触して摺動するので、前記ベーンと同様に、前記ローリングピストンにも高耐摩耗性が要求される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来のローリングピストンは、通常硬度(HRC)30〜40のねずみ鋳鉄を用いるので、圧縮機の長時間運転時に前記ローリングピストンが摩耗して冷媒の漏れが発生する恐れがあった。特に、オゾン層の破壊により使用が中止されたCFCに代わるHFCなどの新冷媒の場合、CFCに比べて潤滑性能が低いだけでなく、エネルギー消費量の削減のためのインバータの使用などにより、圧縮機の運転速度や運転圧力が高くなり、前記ローリングピストンには従来に比べて高い耐摩耗性が要求されている。
【0006】
このような耐摩耗性を満たすために、従来のローリングピストンは、ねずみ鋳鉄に各種元素を添加した合金鋳鉄を用いて製造している。具体的には、ねずみ鋳鉄にMo、Ni、Crなどを添加して耐摩耗性及び硬度を向上させているが、これらは合金鋳鉄の原材料コストの40%を占めるほどに高価であり、製造コストを高くする原因となっている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、このような従来技術の欠点を解決するためになされたものであり、本発明の技術的課題は、従来より安価にローリングピストンを製造することのできる合金鋳鉄を提供することにある。
【0008】
本発明の他の技術的課題は、従来より安価にローリングピストンを製造する製造方法を提供することにある。
【0009】
上記技術的課題を解決するために、本発明の一態様によれば、炭素(C):3.0〜3.5重量%、ケイ素(Si):2.2〜2.4重量%、マンガン(Mn):0.5〜1.0重量%、リン(P):0.1〜0.3重量%、硫黄(S):0.06〜0.08重量%、クロム(Cr):0.7〜1.0重量%、銅(Cu):0.6〜1.0重量%を含み、残部が鉄(Fe)及び不可避的不純物からなり、3〜8体積%のステダイト組織が形成される、合金鋳鉄が提供される。
【0010】
前記合金鋳鉄は、焼入れ及びテンパリングを含む熱処理を施してもよい。前記焼入れは、900±10℃の温度で90〜150分間維持し、その後50〜90℃の温度まで油冷し、その後50〜90℃の温度で5〜7時間維持することにより行ってもよい。
【0011】
前記テンパリングは、250±10℃の温度で150〜210分間維持し、その後空気中で常温まで冷却することにより行ってもよい。
【0012】
前記テンパリングされた合金鋳鉄は、45〜55のロックウェル硬度を有するようにしてもよい。
【0013】
本発明の他の態様によれば、炭素(C):3.0〜3.5重量%、ケイ素(Si):2.2〜2.4重量%、マンガン(Mn):0.5〜1.0重量%、リン(P):0.1〜0.3重量%、硫黄(S):0.06〜0.08重量%、クロム(Cr):0.7〜1.0重量%、銅(Cu):0.6〜1.0重量%を含み、残部が鉄(Fe)及び不可避的不純物からなる溶湯を製造する溶融段階と、前記溶湯を鋳型に注入して冷却し、ステダイト組織が3〜8体積%である半製品を得る鋳造段階と、前記冷却された半製品を所定形状に研磨する研磨段階と、45〜55のロックウェル硬度を有するように前記研磨された半製品を熱処理する熱処理段階とを含む、ロータリ圧縮機用ローリングピストンの製造方法が提供される。
【0014】
前記熱処理段階は、焼入れ及びテンパリングを含んでもよく、前記焼入れは、900±10℃の温度で90〜150分間維持し、その後50〜90℃の温度まで油冷し、その後50〜90℃の温度で5〜7時間維持することにより行ってもよい。前記テンパリングは、250±10℃の温度で150〜210分間維持し、その後空気中で常温まで冷却することにより行ってもよい。
【発明の効果】
【0015】
上記構成を有する本発明の態様によれば、高価なNi、Cr、Moなどの成分を含有しないか又は最小限に抑えることにより、製造コストを低減しながらも、十分な機械的特性を有するローリングピストンを製造することができる。
【0016】
特に、銅(Cu)を適量追加することにより、切削性能を改善し、引張強度及び耐摩耗性をより改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態による合金鋳鉄で製造されたローリングピストンを備えたロータリ圧縮機の一例を示す断面図である。
【
図2】
図1によるロータリ圧縮機の圧縮部を示す横断面図である。
【
図3A】本発明の実施例1による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図3B】本発明の実施例1による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図3C】本発明の実施例1による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図4A】本発明の実施例2による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図4B】本発明の実施例2による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図4C】本発明の実施例2による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図5A】本発明の実施例3による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図5B】本発明の実施例3による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図5C】本発明の実施例3による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図6A】本発明の実施例4による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図6B】本発明の実施例4による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図6C】本発明の実施例4による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図7A】本発明の実施例5による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図7B】本発明の実施例5による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図7C】本発明の実施例5による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図8A】本発明の実施例6による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図8B】本発明の実施例6による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【
図8C】本発明の実施例6による合金鋳鉄を撮影した組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明による合金鋳鉄の実施形態について詳細に説明する。なお、前記合金鋳鉄の実施形態を説明するに先立って、前記合金鋳鉄で製造されたローリングピストンを備えたロータリ圧縮機について
図1及び
図2を参照して概略的に説明する。
【0019】
図1及び
図2に示すように、前記ロータリ圧縮機は、密閉容器10の内部空間にモータ部20と圧縮部30が共に設けられる。また、圧縮部30は、シリンダ31、上部ベアリング32、下部ベアリング33、ローリングピストン34、ベーン35などからなる。図中、符号21は固定子、22は回転子、23は回転軸、SPは吸入管、DPは吐出管を示す。
【0020】
ローリングピストン34は、約45〜55の硬度(HRC)を有するように、炭素(C)、ケイ素(Si)、マンガン(Mn)、リン(P)、硫黄(S)及び鉄(Fe)からなる一般的なねずみ鋳鉄の成分に加え、クロム(Cr)及び銅(Cu)をさらに含む。以下、各成分の機能について説明する。
【0021】
(1)炭素(C):3.0〜3.5%
鋳鉄の内部に存在する炭素は、黒鉛として存在したり、Fe3Cで表される炭化物(又はカーバイド)の形で存在する。よって、炭素の含有量が少ない場合、ほとんどの炭素が炭化物の形で存在し、片状黒鉛組織が得られにくいので、炭素を3.2%以上添加し、全体として均一な片状黒鉛組織が得られるようにする。一方、炭素の含有量が多いほど、凝固点が低くなるので鋳造性の改善には役立つが、黒鉛析出量が多すぎることから、脆性を高め、引張強度によくない影響を及ぼす。つまり、炭素飽和度(Sc)が約0.8〜0.9の場合に最大の引張強度を有するので、炭素の最大限度を3.5%とし、良好な引張強度が得られるようにする。
【0022】
(2)ケイ素(Si):2.2〜2.4%
ケイ素は、黒鉛化促進元素であって、炭化物を分解して黒鉛として析出させる役割を果たす。すなわち、ケイ素の添加は、炭素量を増加させるのと同様の効果を発揮する。また、ケイ素は、鋳鉄中に存在する微細な黒鉛組織を片状黒鉛組織に成長させる役割を果たす。このように成長した片状黒鉛組織は、マグネシウムや球状化剤などにより球状黒鉛として生成される。しかし、ケイ素は、多量に添加された場合、鋳鉄の基地組織を強化して引張強度を向上させる役割も兼ねる。すなわち、Si/Cが大きくなると、黒鉛の量が減少し、高ケイ素による基地組織強化効果により引張強度が向上するが、これは溶湯に接種を行った場合に顕著である。このような観点から、前記ケイ素の含有量は2.2〜2.4%とする。
【0023】
(3)マンガン(Mn):0.5〜1.0%
マンガンは、炭素の黒鉛化を阻害する白銑化促進元素であって、結合炭素(すなわち、セメンタイト)を安定化させる役割を果たす。また、マンガンは、フェライトの析出を阻害してパーライトを微細化するので、鋳鉄の基地組織をパーライト化する場合に有用である。特に、マンガンは、鋳鉄中の硫黄と結合して硫化マンガンを生成し、その硫化マンガンは、溶湯の表面に浮上してスラグとして除去されるか、又は凝固した後に非金属介在物として鋳鉄中に残って硫化鉄が生成されることを防止する。つまり、マンガンは、硫黄の害を中和する元素としても作用する。パーライト化の促進及び硫黄成分の除去のために、マンガンは0.5〜1.0%の量で含有する。
【0024】
(4)クロム(Cr):0.7〜1.0%
クロムは、黒鉛化阻害元素であって、多量に添加されると、白銑化させることになり、硬度を過度に向上させて加工性を低下させる原因となる。それに対して、クロムは、炭化物を安定化させる作用をし、耐熱性の向上にも役立つ。よって、クロムは、0.7〜1.0%の量で添加することにより、機械的性能と耐熱性を向上させるようにする。また、クロムは、焼入れ性を向上させ、共析変態時にパーライト鋳鉄を安定させる役割もする。
【0025】
特に、クロムは、密度などの特性がモリブデンと類似しており、モリブデンの代替材として活用することができる。よって、高価なモリブデンを含むのではなく、それを相対的に安価なクロムに代えることにより、類似した物性を得ながらも材料コストを低減することができる。
【0026】
(5)銅(Cu):0.6〜1.0%
銅は、黒鉛が太く短い形状を有するようにし、D、E型過冷黒鉛を減少させ、A型片状黒鉛の形成を促進する元素である。また、銅は、パーライトの生成を促進してパーライト間の距離を短くすることでパーライトを微細化し、それにより組織の均一性を向上させ、製品品質のばらつきを低減する。さらに、銅は、溶湯の流動性を高めて鋳造性を向上させ、それによる残留応力を低減する。
【0027】
さらに、銅は、組織を緻密にし、鋳鉄の引張強度及び硬度などをある程度向上させる。特に、銅は、焼入れ性を向上させ、切削性能を改善する。このような効果は約3.0%の炭素を含有する場合に顕著になり、クロムを共に添加するとより良好な効果が得られる。すなわち、銅の黒鉛化促進特性とクロムの安定化作用が中和され、引張強度及び硬度を向上させ、薄い鋳造物の接種処理が効果的に行われるようにする。
【0028】
(6)リン(P):0.1〜0.3%
リンは、リン化鉄(Fe3P)の化合物を形成し、フェライト、炭化鉄と共に3元共晶ステダイトとして存在する。前記リン化鉄は、過冷しやすく、鋳物中で偏析を起こしやすい。従って、リンの含有量が増加するにつれて、脆性が高くなり、引張強度が急速に低下する。特に、リンの含有量が0.3%を超えると、リン化鉄が連続的な網状に分布して結晶間を不均一にし、機械的性能を悪化させる原因となる。よって、リンの含有量を0.1〜0.3%とすることにより、リン化鉄が断続的な網状又は島状に分布するようにし、機械的性能の悪化を防止する。
【0029】
(7)硫黄(S):0.06〜0.08%
硫黄は、添加量が多くなるほど、溶湯の流動性を低下させ、収縮量を増加させ、収縮孔や亀裂の発生の原因となることもある。従って、できるだけ含有量を少なくすることが好ましい。ただし、0.1%以下で含有される場合は、それらの悪影響が大きく生じないので、前記含有量となるように管理する。
【0030】
前記のような特性を有する元素を混合することにより、本発明による合金鋳鉄を生産することができ、それは圧縮機のローリングピストンの製造に用いることができる。以下、前記合金鋳鉄からなる圧縮機用ローリングピストンを生産する製造工程について説明する。
【0031】
(1)製錬
前述した元素を適正比率で選択して原料を調製し、その原料を中周波誘導炉(middle frequency induction furnace)に入れて全て溶解されるように加熱し、その後製錬する。
【0032】
(2)接種
前記製錬過程で製錬された溶湯に接種剤を接種する。接種は、黒鉛核を多く形成して黒鉛化を促進し、黒鉛の分布を均一化して強度を増加させるのに役立つ。ここで、接種剤としては、バリウムシリコン鉄合金(FeSi72Ba2)を用い、その添加量は前記溶湯の質量の0.4〜1.0%である。
【0033】
(3)鋳造
前記接種過程で接種処理された溶湯を、所望の形状のキャビティを有するように予め製作された鋳型に注入する。ここで、鋳造は、レジンコーテッドサンドを用いるシェルモールド鋳造法(Shell Mold Process)又はインベストメント鋳造法(Investment Mold Process)を用いて行う。冷却されたローリングピストン半製品は、片状黒鉛と炭化物を含有し、前記ステダイトの含有量が3〜8体積%となるようにする。前記ステダイトは、非常に硬い組織を有することから硬度及び耐摩耗性を向上させるという利点があるが、過度に含有されると、加工性を大きく低下させ、脆性を高める。よって、各成分の含有量を調整することにより、前記ステダイトの体積比が上記範囲となるようにする。
【0034】
(4)研磨
前記鋳造過程で得られたローリングピストン半製品を研磨し、所望の形態を有するように加工する。
【0035】
(5)熱処理
熱処理過程は、焼入れとテンパリングとからなるようにしてもよい。
・焼入れ:空気の温度を制御する電気抵抗炉を用いて、研磨されたローリングピストン半製品を900±10℃の温度で90〜150分間維持し、その後50〜90℃の温度まで油冷し、その後50〜90℃の温度で5〜7時間維持する。
【0036】
・テンパリング:焼入れ済みの半製品を250±10℃の温度で150〜210分間維持し、その後空気中で常温まで冷却する。
【0037】
モリブデン及びニッケルを含有する場合と比較して、本発明による合金鋳鉄においては、ステダイトが均一に分布せず、ステダイトを均一に分布させるために、焼入れ及びテンパリングの温度を高める。
【0038】
(6)精密研磨及びポリッシング
前記熱処理過程で焼入れ及びテンパリング処理されたローリングピストンが精密研磨及びポリッシング加工により最終の形状及び求められる表面品質を有するように加工する。
【0039】
(7)浸硫
前記精密研磨及びポリッシング過程で得られたローリングピストンを浸硫処理し、前記ローリングピストンの表面に厚さ0.005〜0.015mmの浸硫層を形成する。前記浸硫層は、前記ローリングピストンの内部に存在する片状黒鉛と共に作用し、前記ローリングピストン自体が有する潤滑性及び耐摩耗性をさらに向上させる。
【0040】
前記各成分を前記含有量の範囲内で含有量を変化させて6つの試料を製造し、下記表1に示す。
【表1】
上記表1において、各含有量は全て重量%である。これらの成分を含むように製造された各試料の物性を測定した結果を以下に説明する。
【実施例1】
【0041】
鋳造後の前記ローリングピストンの硬度は98HRBと高かったが、前記熱処理後の硬度は49HRCであり、引張強度は293MPaであった。
図3Aを参照すると、実施例1の組織内に析出した黒鉛は、片状黒鉛が滑らかに湾曲して均等に分布するA型黒鉛が約85%であることが分かる。通常、A〜E型黒鉛に区分される片状黒鉛の形態のうちA型黒鉛が最も良好であるとみなされるので、実施例1のローリングピストンの物性は良好である。
【0042】
図3Bを参照すると、ステダイトの含有量が約3%であることが分かり、
図3Cを参照すると、実施例1の基地組織がマルテンサイトであることが分かる。
前記結果から、実施例1のローリングピストンは、従来の合金鋳鉄で製造された硬度が30〜40のローリングピストンより優れた硬度及び耐摩耗性を有することが分かる。また、本発明のローリングピストンは、硬度約46〜56のNi、Mo、Crを含有するローリングピストンとほぼ同等な性能を有することが分かる。
【実施例2】
【0043】
鋳造後の硬度は99HRBと高かったが、前記熱処理後の硬度は50HRCであり、引張強度は298MPaであった。
図4Aを参照すると、実施例2の組織内に析出した黒鉛は、片状黒鉛が滑らかに湾曲して均等に分布するA型黒鉛が約90%であることが分かる。よって、実施例2のローリングピストンの物性は良好である。
【0044】
図4Bを参照すると、ステダイトの含有量が約3.5%であることが分かり、
図4Cを参照すると、実施例2の基地組織がマルテンサイトであることが分かる。
実施例2のローリングピストンも、従来の合金鋳鉄で製造されたローリングピストンより優れ、本発明のローリングピストンは、Ni、Mo、Crを含有するローリングピストンとほぼ同等な性能を有することが分かる。
【実施例3】
【0045】
鋳造後の硬度は100HRBと高かったが、前記熱処理後の硬度は51HRCであり、引張強度は300MPaであった。
図5Aを参照すると、実施例3の組織内に析出した黒鉛は、片状黒鉛が滑らかに湾曲して均等に分布するA型黒鉛が約95%であることが分かる。よって、実施例3のローリングピストンの物性は良好である。
【0046】
図5Bを参照すると、ステダイトの含有量が約4%であることが分かり、
図5Cを参照すると、実施例3の基地組織がマルテンサイトであることが分かる。
実施例3のローリングピストンも、従来の合金鋳鉄で製造されたローリングピストンより優れ、本発明のローリングピストンは、Ni、Mo、Crを含有するローリングピストンとほぼ同等な性能を有することが分かる。
【実施例4】
【0047】
鋳造後の硬度は101HRBと高かったが、前記熱処理後の硬度は52HRCであり、引張強度は305MPaであった。
図6Aを参照すると、実施例4の組織内に析出した黒鉛は、片状黒鉛が滑らかに湾曲して均等に分布するA型黒鉛が約85%であることが分かる。よって、実施例4のローリングピストンの物性は良好である。
【0048】
図6Bを参照すると、ステダイトの含有量が約4.5%であることが分かり、
図6Cを参照すると、実施例4の基地組織がマルテンサイトであることが分かる。
実施例4のローリングピストンも、従来の合金鋳鉄で製造されたローリングピストンより優れ、本発明のローリングピストンは、Ni、Mo、Crを含有するローリングピストンとほぼ同等な性能を有することが分かる。
【実施例5】
【0049】
鋳造後の硬度は102HRBと高かったが、前記熱処理後の硬度は52HRCであり、引張強度は310MPaであった。
図7Aを参照すると、実施例5の組織内に析出した黒鉛は、片状黒鉛が滑らかに湾曲して均等に分布するA型黒鉛が約90%であることが分かる。よって、実施例5のローリングピストンの物性は良好である。
【0050】
図7Bを参照すると、ステダイトの含有量が約5%であることが分かり、
図7Cを参照すると、実施例5の基地組織がマルテンサイトであることが分かる。
実施例5のローリングピストンも、従来の合金鋳鉄で製造されたローリングピストンより優れ、本発明のローリングピストンは、Ni、Mo、Crを含有するローリングピストンとほぼ同等な性能を有することが分かる。
【実施例6】
【0051】
鋳造後の硬度は103HRBと高かったが、前記熱処理後の硬度は53HRCであり、引張強度は308MPaであった。
図8Aを参照すると、実施例6の組織内に析出した黒鉛は、片状黒鉛が滑らかに湾曲して均等に分布するA型黒鉛が約95%であることが分かる。よって、実施例6のローリングピストンの物性は良好である。
【0052】
図8Bを参照すると、ステダイトの含有量が約6%であることが分かり、
図8Cを参照すると、実施例6の基地組織がマルテンサイトであることが分かる。
【0053】
実施例6のローリングピストンも、従来の合金鋳鉄で製造されたローリングピストンより優れ、本発明のローリングピストンは、Ni、Mo、Crを含有するローリングピストンとほぼ同等な性能を有することが分かる。
【0054】
前記結果を下記表2に示す。
【表2】
前述したように、前記各実施例によるローリングピストンは、従来の合金鋳鉄で製造されたローリングピストンより優れた硬度及び耐摩耗性を有するだけでなく、向上した引張強度を有する。また、前記各実施例によるローリングピストンは、高価なNi、Mo、Crを含有するローリングピストンとほぼ同等な性能を有する。よって、本発明のローリングピストンは安価に製造できる。