【実施例】
【0026】
以下、図面を参照しながら、かつ、実施例及び比較例を用いて、本発明の効果を具体的に説明する。
図1は、本例のNi基合金フラックス入りワイヤの断面図である。この例では、外皮1とこの外皮1内に配置されたフラックス粉末2とを有している。外皮1は、表1に示すようなNiまたはNi基合金からなり、径方向の厚みが約0.2〜0.3mmの管状の形状を有している。外皮1は、細長い外皮用金属板(フープ)が筒状に成型されて構成されており、長手方向の両端部が相互に重なる合わせ目1c、1dを有している。
【0027】
フラックス粉末2は、非金属粉末と金属粉末とが混合されている。非金属粉末には、上述のTiO
2、ZrO
2等の酸化物、CaSiO
3等の複酸化物、金属弗化物、炭酸塩等が含まれている。また、金属粉末には、上述のように、Ti及びAlを含むFe系合金粉末が用いられている。
【0028】
図1に示すNi基合金フラックス入りワイヤは、例えば、特開2003−103394号公報等に示される公知の方法により製造することができる。なお、
図1に示すフラックス入りワイヤは合わせ目を有する外皮を用いた例であるが、合わせ目を有しない外皮を用いたフラックス入りワイヤ(シームレスワイヤ)にも本発明を適用できるのはもちろんである。
【0029】
次に本発明の実施例及び比較例について説明する。表1は、外皮(フープ)を構成するNiおよびNi基合金の化学組成を示す表である。また、表2は、外皮に充填するフラックスの化学組成及びフラックス入りワイヤ中の水分量を示す表である。さらに、表3は、得られた溶着金属の化学成分を示す表である。なお、表3中の「(1)(2)(3)式」列は、請求項4に記載上記(1)〜(3)の3式のうち、いずれか1式以上を満たしていれば○、いずれの式も満たさなければ×と記載した。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
【表3】
【0033】
表1〜表3に示す実施例及び比較例について、溶接技術の分野で一般に用いられる各種試験により、溶接性能を確認した。
[溶接作業性試験]
溶接作業性試験は、下向姿勢及び立向姿勢(上進)のすみ肉溶接にて判定を行った。下向姿勢は溶接作業性を評価する上で基本的な溶接姿勢であり、また立向姿勢は溶接速度を遅くするため、ビードが垂れ易く、その点、上向姿勢より厳しい条件となること、また、構造物の溶接には立向姿勢(上進)が広く採用されていることから、全姿勢溶接の評価姿勢として採用した。下向姿勢とは、溶接軸がほぼ水平な継手に対して、上方から下を向いて行う溶接姿勢であり、立向姿勢(上進)とは、溶接軸がほぼ鉛直な継手に対して下から上に向かって鉛直にビードを置く溶接姿勢である。シールドガスには、80%Ar+20%CO
2を用いた。下向姿勢のすみ肉溶接は、溶接電流200A、アーク電圧30V、溶接速度30cm/minの溶接条件にて、立向姿勢(上進)のすみ肉溶接は、溶接電流150A、アーク電圧25V、溶接速度8〜12cm/minの溶接条件にて、それぞれ溶接を行った。
【0034】
溶接作業性は、下向姿勢および立向姿勢において、アーク安定性、スパッタ防止、ビード形状、スラグ剥離の観点から評価した。
【0035】
溶接作業性の評価は、◎:非常に良い、○:良い、△:やや劣る、×:劣る、の基準により判定した。また、各項目の評価を、◎:3点、○:2点、△:1点、×:0点、の基準により点数化し、得られた点数の合計から総合評価を行った。総合評価は、合計点が8点以上を合格とした。
[放射線透過試験]
溶接部の放射線透過試験は、
図2(a)に示す開先内を、下向姿勢、立向姿勢にて溶接し、
図2(b)に示す開先内を、横向姿勢にて溶接した。放射線透過試験に横向姿勢を追加した理由は、横向姿勢では他のいかなる姿勢より溶接速度を速くするため、凝固速度が早く、ブローホールが残存し易くなり、放射線透過試験では最も厳しい条件となるためである。横向姿勢とは、溶接軸がほぼ水平な継手に対して、横方向にビードを置く溶接姿勢である。これらの溶接により得られた溶接部を、JIS Z 3106に準拠して、ブローホールの有無を確認した。ブローホールの判定は、以下の評価基準に基づいて行い、第1種のきず(丸いブローホール及びこれに類するきず)の判定で、1類、2類を合格とした。なお、継手作製ができなかったものは1類〜4類のいずれにも該当しないものとして扱った。
【0036】
1類:きず点数2点以下
2類:きず点数3〜6点
3類:きず点数7〜12点
4類:きず点数が3類よりも多いもの
なお、きず点数はきずの長径及び個数により算定される点数で、少ない方が評価が高い。
[溶接割れ試験]
溶接割れ試験として、多層盛T形すみ肉の段削り試験を行った。具体的には、
図3に示すように、間隔Gを隔ててT字形に配置された2つの板材3、4を、拘束ビード5と試験ビード6〜11により接合し、試験ビード表面から表面下10mmの位置まで、1mmピッチで段削りを行い、クレータ以外での割れの有無を染色浸透探傷試験方法により調査した。溶接条件は、溶接電流200A、アーク電圧30V、溶接速度50cm/minとし、間隔Gは1mmとした。
【0037】
溶接割れ試験では、多パス溶接による「再熱割れ」及び「凝固割れ」の発生から耐高温割れ性を評価した。具体的には、耐高温割れ性の評価は、再熱割れ及び凝固割れのいずれも発生しなかった場合は「極めて良好」と判定し、再熱割れまたは凝固割れのいずれかの発生に止まった場合は「概ね良好」と判定し、再熱割れ及び凝固割れのいずれも発生した場合は「不良」と判定した。
[衝撃試験]
溶着金属の衝撃試験では、
図4に示す9%Ni鋼母材の開先内を溶接し、JIS Z 3111に準拠して、4号試験片12を採取し、−196℃の液体窒素中に10分間保持した後、シャルピー衝撃試験機にて試験を行った。試験片数は3本で、その平均値にて評価を行った。衝撃試験では、溶着金属の吸収エネルギー(J)を比較して、溶着金属の低温靱性を評価した。溶着金属(低温靱性)の評価は、吸収エネルギーが85J以上の場合は「極めて良好」と判定し、吸収エネルギーが40J以上かつ85J未満の場合は「概ね良好」と判定し、吸収エネルギーが40J未満の場合は「不良」と判定した。
【0038】
上記の溶接作業性試験、溶接部の放射線透過試験、溶接割れ試験、溶着金属の衝撃試験の結果を表4に示す。なお、表4の溶接割れ試験において、再熱割れ及び凝固割れが共に発生した場合は「高温割れ」と表記した。
【0039】
【表4】
【0040】
実施例1〜25、及び比較例1〜13は、いずれもNi基合金フラックス入りワイヤである(実施例1〜12及び比較例1〜13は耐食・耐熱用途に用いられ、実施例13〜25は後述するLNGタンク等の極低温構造物の溶接に用いられる)。実施例1〜25のフラックス入りワイヤを用いた溶接では、下向姿勢、立向姿勢での溶接作業性、耐ブローホール性、耐高温割れ性、低温靱性について、いずれも良好な結果が得られた。
【0041】
これに対して、比較例1(炭酸塩が規制値を超える場合)では、スパッタが多発し、立向姿勢において溶融金属が垂れてビード断面形状が凸となりビード形状が不良となった。
【0042】
比較例2(TiO
2が規制値を超える場合)では、スラグの剥離性がわずかに低下した。また、耐溶接割れ性が著しく低下した(再熱割れ及び凝固割れが共存した)。また、吸収エネルギーも極端に低下した。
【0043】
比較例3(TiO
2が規制値を下回り、金属弗化物が規制値を超える場合)では、スパッタが多発し、立向姿勢において溶融金属が垂れてビード断面形状が凸となりビード形状が不良となった。また、比較例3では、下向姿勢、立向姿勢に限らず、アークが不安定で、スパッタが多発した。
【0044】
比較例4(CaSiO
3が無添加で、その代わりにSiO
2を含有する場合)では、耐溶接割れ性が著しく低下した(再熱割れ及び凝固割れが共存した)。また、吸収エネルギーも極端に低下した。
【0045】
比較例5(CaSiO
3が規制値を超える場合)では、スパッタが多発し、立向姿勢でのアークが不安定であった。
【0046】
比較例6(ZrO
2が無添加の場合)では、立向姿勢において、スパッタが多発し、また溶融金属が垂れてビード断面形状が凸となりビード形状が不良となった。
【0047】
比較例7(ZrO
2が規制値を超える場合)では、立向姿勢で、スパッタが多発し、スラグの剥離性がわずかに低下した。また、凝固速度が速くなりすぎて、横向姿勢でブローホールが多発した。
【0048】
比較例8(未焼成のTiO
2を使用した場合)では、フラックス入りワイヤ中の水分量が多くなり(300ppmを超え)、ブローホールが多発した。また耐溶接割れ性が著しく低下した(再熱割れ及び凝固割れが共存した)。また、吸収エネルギーも極端に低下した。
【0049】
比較例9(炭酸塩が規制値より少ない場合)では、アークの吹付けが弱くなり、立向姿勢の作業性が若干低下し、横向姿勢でブローホールが多発した。
【0050】
比較例10(TiO
2が規制値より少ない場合)では、立向姿勢の作業性が若干低下した。
【0051】
比較例11(未焼成のTiO
2を使用し、金属弗化物が無添加の場合)では、フラックス入りワイヤ中の水分量が多くなり(300ppmを超え)、ブローホールが多発した。また耐溶接割れ性が著しく低下した(再熱割れ及び凝固割れが共存した)。また、吸収エネルギーも極端に低下した。
【0052】
比較例12(金属粉末としてのTi、Alが規制値を超える場合)では、下向姿勢でスパッタが多発した。また、得られた溶着金属の耐溶接割れ性が著しく低下した(再熱割れ及び凝固割れが共存した)。また、吸収エネルギーも極端に低下した。
【0053】
比較例13(金属粉末としてのTi、Alが規制値より少ない場合)では、立向姿勢での溶接作業性が若干低下した。また、脱酸効果がなく、横向姿勢でブローホールが多発した。
【0054】
実施例1〜25の中で、実施例13〜25は、LNGタンク等の極低温構造物に用いられる9%Ni鋼の溶接に使用されるNi基合金フラックス入りワイヤを対象とするものである。9%Ni鋼用溶接材料は、極低温での靱性が優れていることに加え、耐高温割れ性に優れていることが重要である。このような観点から、9%Ni鋼の溶接に使用されるNi基合金フラックス入りワイヤにおいて、耐高温割れ性及び低温靱性に対するバナジウム属元素の添加効果を確認したところ、以下の結果が得られた。
【0055】
特に、実施例13〜18[バナジウム族元素の含有量が規制値を満たしており、かつ、数式(1)、(2)、(3)の条件を満たしている場合]のフラックス入りワイヤを用いた溶接では、耐高温割れ性および低温靱性はいずれも「極めて良好」であった。
【0056】
これに対して、実施例19、22(V、Nb、Taが、いずれも規制値より少ない場合)、実施例20、21、25[バナジウム族元素の含有量は規制値を満たしているが、数式(1)、(2)、(3)のいずれも満たしていない場合]、実施例23、24(V、Nbが規制値を超える場合)のフラックス入りワイヤを用いた溶接では、耐高温割れ性および低温靱性はいずれも「概ね良好」にとどまった。
【0057】
このように、実施例1〜25のフラックス入りワイヤを用いた溶接では、下向姿勢、立向姿勢での溶接作業性、耐ブローホール性、耐高温割れ性、及び衝撃性能は、いずれも良好な結果となり、特に実施例13〜18は、実施例19〜25と比較して、耐高温割れ性、及び衝撃性能が向上することが判った。
【0058】
以上、本発明の実施の形態について具体的に説明したが、本発明はこれらの実施の形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づく変更が可能であるのは勿論である。