(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C:0.04〜0.30%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.010〜0.040%、S:0.011〜0.025%、Al:0.010〜0.10%、Cu:0.10〜1.0%、Cr:0.01〜0.3%、およびN:0.0030〜0.010%を夫々含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、且つSの含有量[S]とNの含有量[N]の比([S]/[N])が1.50〜6.0であることを特徴とする耐食性に優れた船舶用鋼材。
更に、Mg:0.005%以下(0%を含まない)および/またはCa:0.005%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1または2に記載の船舶用鋼材。
更に、Ti:0.1%以下(0%を含まない)、Zr:0.1%以下(0%を含まない)およびHf:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の船舶用鋼材。
【背景技術】
【0002】
各種船舶において主要な構造部材として用いられている鋼材は、海水による塩分や高温多湿の雰囲気、原油中に含まれる水分の他、腐食性ガス成分等により厳しい腐食環境に晒されることになる。例えば、船舶が不安定になることを防ぐために海水を積載するためのバラストタンクでは、高温多湿と高塩分による鋼材腐食が著しくなり、船舶の安全性確保と長寿命化のために防食方法の適用が必要不可欠である。
【0003】
船舶の防食方法としては、塗装(防食塗装)と電気防食(犠牲防食)による方法が一般的であり、或は両者の方法を併用することもある。上記バラストタンクの防食方法としては、エポキシ樹脂系塗料による塗装と併用して、鋼材よりも卑な金属である亜鉛を鋼材と短絡するように設置する電気防食が採用されることが多い。また、タンカーの原油タンク内は硫化水素や硫黄酸化物(SOx)などによる腐食が顕著であり、エポキシ樹脂系塗料による塗装が施されて防食されるのが一般的である。
【0004】
防食塗装は、船舶で一般的に採用されている防食手段であるが、外的要因や経年劣化などによって、塗膜に疵がついたり、塗装が剥離してしまったりして防食性能が維持できない場合があり、その検査および補修のためのメンテナンスが必要となる。特に、バラストタンクや原油タンク等のように、甲板裏面での塗装の検査や補修には、タンク内で足場を組む必要がある場所も多く、メンテナンスに要する時間と費用が多大になるという問題がある。
【0005】
一方、亜鉛等の犠牲陽極や外部電極による電気防食を適用する場合には、海水等の電解質水溶液に浸漬された状態で電気回路を形成する必要があるが、電解質水溶液に浸漬されないタンク内の気相部(空隙部)においては、電気防食効果が十分に発揮されないという問題がある。
【0006】
船舶の安全性向上や長寿命化を図るために、これまでよりも更に効果的な防食手段が要求されるようになっている。こうしたことから、鋼材の化学成分を調整することによって、鋼材自体の耐食性を向上させる技術も提案されている。例えば特許文献1には、鋼材の表面に、金属亜鉛分30質量%以上を含有する無機ジンクリッチプライマー層を形成する表面処理と、電気防食を併用することを前提とし、下地鋼材の化学成分を調整する技術について開示されている。また、特許文献2には、化学成分組成を厳密に規定すると共に、各元素が所定の関係を満足する様に制御した技術が開示されている。これらの技術によって、従来の防食手段よりも優れた耐食性を確保できたといえる。
【0007】
しかしながら、バラストタンクや原油タンク等の甲板裏面の様に、厳しい腐食環境下では、依然として十分な耐食性が発揮できているとはいえず、更なる耐食性の向上が望まれているのが実情である。また、上記各技術では、耐食性向上元素としてSbまたはSn等を含み得ることが記載されているが、これらの元素は環境負荷の面から推奨されないものである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、C,Si,Mn,P,S,Al,Cu,Cr,N等の元素を厳密に調整すると共に、SとNの含有量の比([S]/[N])の値を1.50〜6.0の範囲に制御すれば、耐食性に優れた船舶用鋼材が得られることを見出し、本発明を完成した。また、本発明の鋼材によれば、環境負荷の面から推奨されないSbやSn等の特殊な添加元素を用いなくても良いという利点もある。
【0016】
腐食環境においては、腐食生成物として酸化鉄やオキシ水酸化鉄等のいわゆる鉄錆が鋼材表面に形成され、これら腐食生成物による保護性が耐食性を発揮させることは従来から良く知られている。本発明者らは、バラストタンクや原油タンク内等の気相部腐食環境での腐食メカニズムと、鋼材の耐食性との関係について検討した。
【0017】
その結果、上記のような気相部の腐食環境では、鉄錆以外の腐食生成物も鋼材の耐食性を発揮することを明らかにした。具体的には、化学成分組成を適切に調整した鋼材においては、CuおよびCrを含む複合硫化物が、沈殿によって化合物皮膜として鋼材表面に形成され、この皮膜の存在が鋼材の腐食反応を大きく抑制させることが判明した。
【0018】
耐食性発現に作用する複合硫化物は、Cuの硫化物であるCu
2SとCuS、およびCrの硫化物であるCr
2S
3が複合的に生成して形成されたものであり、この複合硫化物は鋼材中に含有させたCu,CrおよびSに起因して生成するものである。CuおよびCrを含む複合硫化物は、鋼中のPによる化合物を安定化させる作用、および鋼中のNによる化合物の生成を触媒する作用等によって、有効に生成されるものである。従って、鋼材の腐食抑制に効果的な複合硫化物を生成させるためには、Cu,CrおよびSの含有量だけでなく、通常では不可避的不純物として捉えられるP,Nの含有量、およびSとNの含有量の比([S]/[N])の値も適切に調整する必要がある。
【0019】
[Sの含有量[S]とNの含有量[N]の比([S]/[N])の値:1.50〜6.0]
上記複合硫化物による腐食性向上効果を有効に発揮させるためには、SとNの含有量(単位:質量%)の比([S]/[N])の値を適切に調整する必要がある。この比([S]/[N])の値が、1.50未満であると、硫化物生成反応に対するNの触媒作用(化合物生成触媒作用)が不十分となって、耐食性向上効果が発揮され難くなる。また、比([S]/[N])の値が、6.0を超えると、Sの含有量が少なくなって、複合硫化物生成反応が進み難く、十分な耐食性が発揮されない。このような理由から、比([S]/[N])の値は1.50〜6.0の範囲とする必要がある。尚、比([S]/[N])の値の好ましい下限は1.6(より好ましくは1.8以上)、好ましい上限は5.9(より好ましくは5.5以下)である。
【0020】
本発明の鋼材では、その鋼材としての基本的特性(機械的特性や溶接性)および耐食性を満足させるために、C,Si,Mn,P,S,Al,Cu,Cr,N等の成分を適切に調整する必要がある。これらの成分の範囲限定理由は、次の通りである。
【0021】
[C:0.04〜0.30%]
Cは、鋼材の強度確保のために必要な基本的添加元素である。こうした効果を発揮させるためには、0.04%以上含有させる必要がある。しかし、Cを過剰に含有させると、耐食性が劣化することに加えて、靱性も劣化する。このようなCの悪影響を避けるためには、C含有量は0.30%以下とする必要がある。尚、C含有量の好ましい下限は0.045%であり、より好ましくは0.05%以上とするのが良い。また、C含有量の好ましい上限は0.29%であり、より好ましくは0.28%以下とするのが良い。
【0022】
[Si:0.05〜1.0%]
Siは、脱酸と強度確保のために必要な元素であり、0.05%に満たないと構造部材として要求される最低強度を確保できない。しかし、1.0%を超えてSiを過剰に含有させると、溶接性が劣化する。尚、Si含有量の好ましい下限は0.08%であり、より好ましくは0.10%以上とするのが良い。また、Si含有量の好ましい上限は0.95%であり、より好ましくは0.90%以下とするのが良い。
【0023】
[Mn:0.1〜2.0%]
Mnは、Siと同様に、脱酸と強度確保のために必要な元素であり、0.1%に満たないと構造部材として要求される最低強度を確保できない。しかし、2.0%を超えて過剰に含有させると靭性が劣化する。尚、Mn含有量の好ましい下限は0.15%であり、より好ましくは0.20%以上とするのが良い。またMn含有量の好ましい上限は1.9%であり、より好ましくは1.8%以下とするのが良い。
【0024】
[P:0.010〜0.040%]
Pは、腐食環境において溶解した場合に、リン酸塩を生成してCuおよびCrを含む複合硫化物を安定化させる作用があるため、本発明の鋼材において必要不可欠な添加元素である。このような効果は、特に薄い水膜形成による腐食が進行する気相部腐食環境において大きなものとなる。こうした効果を発揮させるためには、Pは0.010%以上含有させる必要がある。しかし、Pを過剰に含有させると靭性や溶接性が劣化するので、0.040%までとする。尚、P含有量の好ましい下限は0.011%であり、より好ましくは0.012%以上とするのが良い。またP含有量の好ましい上限は0.038%であり、より好ましくは0.035%以下とするのが良い。
【0025】
[S:0.011〜0.025%]
Sは、腐食環境において溶解した後に、同じく溶解したCuおよびCrとともに、鋼材表面に皮膜(沈殿によって形成される皮膜)を生成して腐食溶解反応(腐食による溶解反応)を低減する作用があり、耐食性向上に必要な元素である。このような効果は、特に薄い水膜形成による腐食が進行する気相部腐食環境において大きなものとなる。こうした効果を発揮させるためには、Sは0.011%以上含有させる必要がある。但し、SもPと同様に、過剰に含有させると鋼材の靭性や溶接性が劣化するので、許容される含有量は0.025%までとする。尚、S含有量の好ましい下限は0.012%であり、より好ましくは0.013%以上とすることが推奨される。またS含有量の好ましい上限は0.024%であり、より好ましくは0.023%以下とするのが良い。
【0026】
[Al:0.010〜0.10%]
Alは、腐食環境において溶解した場合に、安定なAl酸化物となって鋼材表面に皮膜を形成して腐食溶解反応を低減する作用があり、耐食性向上に必要な元素である。また、AlもSi、Mnと同様に、脱酸および強度確保のためにも必要な元素である。これらの効果を発揮させるためには、Alは0.010%以上含有させる必要がある。しかし、Alを過剰に含有させると溶接性を害するので、0.10%までとする。尚、Al含有量の好ましい下限は0.011%であり、より好ましくは0.012%以上である。またAl含有量の好ましい上限は0.095%であり、より好ましくは0.090%以下とするのが良い。
【0027】
[Cu:0.10〜1.0%]
Cuは、腐食環境において溶解した後に、同じく溶解したS,Crと共に鋼材表面に緻密な皮膜(沈殿によって形成される皮膜)を形成して、腐食反応を低減させる作用があり、耐食性向上に必要な元素である。このような効果を発揮させるためには、Cuは0.10%以上含有させる必要がある。しかし、Cuを過剰に含有させると、鋼材の溶接性や熱間加工性を劣化させるので、1.0%までとする必要がある。尚、Cu含有量の好ましい下限は0.11%であり、より好ましくは0.12%以上である。またCu含有量の好ましい上限は0.95%であり、より好ましくは0.90%以下とするのが良い。
【0028】
[Cr:0.01〜0.3%]
Crは、腐食環境において溶解した後に、同じく溶解したS,Cuと共に鋼材表面に緻密な皮膜(沈殿によって形成される皮膜)を形成して、腐食反応を低減させる作用があり、耐食性向上に必要な元素である。このような効果を発揮させるためには、Crは0.01%以上含有させる必要がある。しかし、Crを過剰に含有させると、腐食先端のpH低下を招いてかえって耐食性を劣化させることに加えて、溶接性や熱間加工性が劣化することから、0.3%までとする必要がある。尚、Cr含有量の好ましい下限は0.02%であり、より好ましくは0.03%以上である。またCr含有量の好ましい上限は0.28%であり、より好ましくは0.26%以下とするのが良い。
【0029】
[N:0.0030〜0.010%]
Nは、CuおよびCrを含む複合硫化物(沈殿によって形成される皮膜)を安定に生成させるために、その含有量を調整する必要がある。Nは、CuおよびCrを含む複合硫化物の生成に対して触媒的に作用すると考えられる。このような効果を発揮させるためには、Nは0.0030%以上含有させる必要がある。しかし、Nを過剰に含有させると、固溶Nが増加し、鋼材の延性や靭性に悪影響を及ぼすために、その上限0.010%とする必要がある。尚、N含有量の好ましい下限は0.0033%であり、より好ましくは0.0035%以上である。またN含有量の好ましい上限は0.0095%であり、より好ましくは0.0090%以下とするのが良い。
【0030】
本発明の船舶用鋼材における基本成分は上記の通りであり、残部は鉄および不可避的不純物からなるものである。不可避不純物としては、例えばO,H等が挙げられ、これらの元素は鋼材の特性を害さない程度で含有しても良い。但し、これらの不可避的不純物は、好ましくはその合計で0.1%以下(より好ましくは0.09%以下)に抑えることによって、本発明における耐食性発現効果を極大化させることができる。
【0031】
また、本発明の船舶用鋼材には、上記成分の他に必要によって、更に、(a)Co:2.0%以下(0%を含まない)および/またはNi:2.0%以下(0%を含まない)、(b)Mg:0.005%以下(0%を含まない)および/またはCa:0.005%以下(0%を含まない)、(c)Ti:0.1%以下(0%を含まない)、Zr:0.1%以下(0%を含まない)およびHf:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(d)Mo:0.5%以下(0%を含まない)および/またはW:0.5%以下(0%を含まない)、(e)B:0.005%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、等を含有させることも有効であり、含有させる成分に応じて船舶用鋼材の特性が更に改善される。
【0032】
[Co:2.0%以下(0%を含まない)および/またはNi:2.0%以下(0%を含まない)]
CoとNiは、錆皮膜による保護効果を高めて耐食性を向上させる作用を有している。また、Niは鋼材の靭性を向上させる効果も発揮する。しかしながら、過剰に含有させると溶接性や熱間加工性が劣化することから、2.0%以下とすることが好ましい(より好ましくは1.9%以下)。尚、こうした効果を発揮させるためには、CoまたはNiは、0.01%以上含有させることが好ましい(より好ましくは0.02%以上)。
【0033】
[Mg:0.005%以下(0%を含まない)および/またはCa:0.005%以下(0%を含まない)]
MgとCaは、塩化物環境や酸結露環境において、錆中のpHを上昇させる作用を有しており、カソード反応を抑制して耐食性を向上するのに有効な元素である。しかしながら、過剰に含有させると加工性と溶接性を劣化させるので、夫々0.005%以下とすることが好ましい。尚、こうした効果を発揮させるための好ましい下限は、夫々0.0003%以上(より好ましくは夫々0.0004%以上、更に好ましくは0.0005%以上)である。また、より好ましい上限は、夫々0.0045%(更に好ましくは0.004%以下)である。
【0034】
[Ti:0.1%以下(0%を含まない)、Zr:0.1%以下(0%を含まない)およびHf:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
Ti、ZrおよびHfは、鋼材表面に生成される錆皮膜による保護効果を向上させる作用を有している。しかしながら、過剰に含有させると溶接性や熱間加工性が劣化することから、夫々0.1%以下とすることが好ましい。尚、これら元素における含有量の好ましい下限は、夫々0.003%(より好ましくは0.005%以上)であり、より好ましい上限は、夫々0.09%(更に好ましくは0.08%以下)である。
【0035】
[Mo:0.5%以下(0%を含まない)および/またはW:0.5%以下(0%を含まない)]
MoおよびWは、モリブデン酸イオンおよびタングステン酸イオンを生成して、インヒビター効果により耐食性を向上させる作用を有する元素であり、特に塩化物環境(塩化物が存在する環境)においてその効果は大きくなる。しかしながら、過剰に含有させると溶接性や靭性が劣化することから、MoまたはWの含有量は、夫々0.5%以下とすることが好ましい。尚、MoまたはWの含有量は、夫々0.001%以上とすることが好ましい。これら元素における含有量のより好ましい下限は、夫々0.003%以上(更に好ましくは0.005%以上)であり、より好ましい上限は、夫々0.48%以下(更に好ましくは0.46%以下)である。
【0036】
[B:0.005%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
B、VおよびNbは、強度向上に有効な元素である。しかしながら、過剰に含有させると鋼材の靭性が劣化することから、Bで0.005%以下、VまたはNbで夫々0.1%以下とすることが好ましい。尚、B、VまたはNbの含有量は、Bで0.0001%以上、VまたはNbで夫々0.001%以上とすることが好ましい。これら元素における含有量のより好ましい下限は、Bで0.0002%(更に好ましくは0.0003%以上)、VまたはNbで夫々0.002%(更に好ましくは0.003%以上)である。またより好ましい上限は、Bで0.0045%(更に好ましくは0.004%以下)、VまたはNbで夫々0.095%(更に好ましくは0.09%以下)である。
【0037】
本発明の船舶用鋼材は、例えば以下の方法により製造することができる。まず転炉または電気炉から取鍋に出鋼した溶鋼に対して、真空循環脱ガス装置(RH装置)を用いて、成分調整・温度調整を含む二次精錬を行う。その後、連続鋳造法、造塊法等の通常の鋳造方法で鋼塊とする。このときの脱酸形式としては、機械特性や溶接性の観点からしてキルド鋼を用いることが好ましく、更に好ましくはAlキルド鋼が推奨される。
【0038】
次で、得られた鋼塊を、1000〜1300℃の温度域に加熱した後、熱間圧延を行って、所望の形状にすることが好ましい。このときの熱間圧延終了温度を、650〜850℃に制御し、熱間圧延終了から500℃までの冷却速度を0.1〜15℃/秒の範囲に制御することによって、所定の強度特性が得られる。
【0039】
本発明の船舶用鋼材は、基本的に塗装や電気防食等の防食手段を必須にしなくても鋼材自体が優れた耐食性を発揮するものであるが、必要によって、タールエポキシ樹脂塗料、或はそれ以外の代表される重防食塗装、ジンクリッチペイント、ショッププライマーなどの他の防食方法と併用することも可能である。また、船舶用鋼材では、化学成分組成が適切に調整されることによって、溶接性や熱間加工性も通常の船舶用鋼と同等以上であるという効果も発揮する。
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含されるものである。
【実施例】
【0041】
下記表1、2に示す化学成分組成の鋼材(試験No.1〜55)を電気炉により溶製し、40kgの鋼塊とした。得られた鋼塊を1150℃に加熱した後、熱間圧延を行って、板厚:10mmの鋼素材とした。このときの熱間圧延終了温度は650〜850℃の範囲とし、熱間圧延終了後から500℃までの冷却速度を0.1〜15℃/秒の範囲で適宜調整した。下記の試験に供した試験片(TP)は、全て最終的に50×30×4(mm)であり、上記鋼素材から切り出した。
【0042】
バラストタンク内環境の模擬試験には、カット傷付き塗装試験片を用いた。このカット傷付き塗装試験片は、次の手順によって作製した。まず、試験面一面(塗装面)をショットブラスト仕上げし、アセトン洗浄および乾燥し無機ジンクリッチプライマーを厚さが15μmとなるように塗布した。その後、変性エポキシ樹脂塗料をエアスプレーにより厚さ300μmで塗布し、乾燥させた。試験面以外は腐食を防ぐために、塗装面以外にシリコンシーラントを塗布して被覆を施した。塗膜およびシリコンシーラントが乾燥した後、長さ:100mm、幅:0.5mmの素地まで達するカット傷1本を試験面側にカッターナイフで形成した。塗装試験片の外観形状を
図1に示す。
【0043】
タンカー原油タンク気相部の環境模擬試験には、裸(無塗装)の試験片(裸試験片)を用いた。この裸試験片は、湿式回転研磨機でSiC♯600まで全面研磨し、水洗およびアセトンで洗浄し、乾燥させてから試験に用いた。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
前記表1、2に示した各化学成分組成の供試材について、各種試験片(塗装試験片および裸試験片)を用いて腐食試験に供した。このときの腐食試験方法は次の通りである。
【0047】
[腐食試験方法]
バラストタンク内環境およびタンカー原油タンクの気相部環境を模擬した腐食試験を実施した。バラストタンク内環境の模擬試験として、カット傷付き塗装試験片を用い、1日間の人工海水浸漬試験と、6日間の乾湿サイクル試験を繰り返す複合サイクル試験を実施した(腐食試験A)。1日間の人工海水浸漬試験では、30℃に保持した人工海水にカット傷付き塗装試験片を1日間浸漬した。その後の乾湿サイクル試験では、温度:50℃、湿度:40%RH(25℃)で5時間の保持(第1工程)と、温度:30℃、湿度:95%RH(25℃)での5時間の保持(第2工程)とを、繰り返した(相互の工程への移行時間は各1時間)。試験期間は3ヶ月とした。
【0048】
この腐食試験では、表1、2に示した試験No.1〜55の鋼材の試験片を夫々3枚づつ準備し、試験後に塗膜傷部の塗膜膨れ幅を
図3(塗膜膨れ幅測定方法)に示した要領で測定(「膨れ発生部の頂部」のカット傷部からの距離を測定)し、各々供試した3個の試験片の膨れ幅のうち最も大きいものを最大膨れ幅とした。
【0049】
タンカー原油タンクの気相部の環境試験は、タンク内模擬ガスとして、0.1vol%H
2S、0.01vol%SO
2、10vol%CO
2、5vol%O
2を含むガス(残部:N
2)を用い、ガス腐食試験を実施し、耐食性を評価した(腐食試験B)。このとき用いた腐食試験装置を模式的に
図4に示す。また、この腐食試験で想定している気相部を模式的に
図5(
図5は、タンカーの断面を模式的に示した説明図)に示す。
【0050】
模擬ガスを40℃に保持した蒸留水に通気して、裸試験片(TP)を設置した試験槽に流量:50mL/minで導入した(
図4参照)。試験槽は、50℃で20時間の保持と、30℃で2時間の保持(移行時間は各1時間)を繰り返す温度サイクルを付与した。この温度サイクルにおいて、試験片は50℃では乾燥状態となり、30℃では湿潤状態となり、乾燥と湿潤の繰り返しを行った。試験期間は3ヶ月とした。この腐食試験では、表1、2に示した試験No.1〜55の鋼材の試験片を夫々3枚づつ準備し、腐食量は試験片3枚の平均値として算出した。腐食量は、試験前後の質量変化とした。尚、試験後の質量は室温(25℃)の10%クエン酸水素アンモニウム水溶液中での陰極電解により腐食生成物を除去し、水洗およびアセトンで洗浄し、乾燥させた後に測定した。
【0051】
[試験結果]
腐食試験Aによる塗膜の最大膨れ幅、および腐食試験Bによる腐食量の測定結果は下記表3、4に示す通りであり、夫々試験No.1の鋼材を100としたときの相対値で表している。総合評価としては、腐食試験Aによる塗膜の最大膨れ幅(試験No.1のものが100)が75以下であり、且つ腐食量(試験No.1のものが100)が50以下のものを「ランク2」とし、最大膨れ幅が75以下であり、且つ腐食量が40以下のものを「ランク3」とし、両者が40以下のものを「ランク4」、両者が30以下のものを「ランク5」と、夫々表示した。また、最大膨れ幅が75を超え、且つ腐食量が50を超えるものを「ランク1」と表示した。
【0052】
【表3】
【0053】
【表4】
【0054】
これらの結果から、次の様に考察できる。試験No.1〜12のものは、本発明で規定する要件(化学成分組成、または比[S]/[N])が外れる比較例であり、塗膜の最大膨れ幅が75を超えており、腐食量の相対値も50を超えており、耐食性が十分でない(ランク1)。このうち、試験No.2のものは、P含有量が十分でないため、腐食環境でのリン酸塩の生成が不十分であり、CuおよびCrの硫化物が安定生成しなかったために、耐食性が不十分になったものと考えられる。
【0055】
試験No.3〜6のものは、S含有量が少な過ぎるため、CuおよびCrを含む複合硫化物生成量が少なくなっており、腐食抑制効果が不十分になったものと考えられる。試験No.7および試験No.8のものは、夫々CuまたはCrの含有量が少な過ぎるため、CuおよびCrを含む複合硫化物の生成量が少なくなっており、腐食抑制効果が不十分になったものと考えられる。
【0056】
試験No.9のものは、N含有量が少な過ぎるため、CuまたはCrの硫化物生成に対する触媒作用が十分でなく、それらの沈殿皮膜生成量が少な過ぎて、腐食抑制効果が不十分になったものと考えられる。試験No.10〜12のものは、比([S]/[N])が本発明で規定する範囲を外れるため、CuおよびCrを含む複合硫化物沈殿皮膜の生成量が少な過ぎて、耐食性向上効果が得られなかったと考えられる。
【0057】
これらに対し、本発明で規定する要件を満足する試験No.13〜55の鋼材はいずれも、塗膜の最大膨れ幅が75以下であり、且つ腐食量が50以下となっており、優れた耐食性が発揮される結果となっている。これらの耐食性は、P,S,Cu,CrおよびNの含有量を適正に制御し、且つ比([S]/[N])を適正な範囲に制御することによって得られるCuおよびCrを含む硫化物沈殿皮膜の防食作用によって発現されるものであり、またCo,Ni,Mg,Ca等の元素添加が腐食抑制に効果的であることが明らかである。
【0058】
上記のように優れた耐食性を発揮する鋼材は、バラストタンク内の湿潤環境やタンカー原油タンクの気相部の環境等、電気防食が不十分となる部位での耐食性が優れたものとなり、船舶タンク等の構造部材として極めて有用である。