特許第5764083号(P5764083)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5764083フラックス入りワイヤおよびこれを用いたガスシールドアーク溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5764083
(24)【登録日】2015年6月19日
(45)【発行日】2015年8月12日
(54)【発明の名称】フラックス入りワイヤおよびこれを用いたガスシールドアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20150723BHJP
   B23K 35/38 20060101ALI20150723BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20150723BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20150723BHJP
   B23K 35/368 20060101ALN20150723BHJP
【FI】
   B23K35/30 320B
   B23K35/38
   B23K9/23 B
   B23K9/173 C
   !B23K35/368 B
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-56366(P2012-56366)
(22)【出願日】2012年3月13日
(65)【公開番号】特開2013-188774(P2013-188774A)
(43)【公開日】2013年9月26日
【審査請求日】2014年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100064414
【弁理士】
【氏名又は名称】磯野 道造
(74)【代理人】
【識別番号】100111545
【弁理士】
【氏名又は名称】多田 悦夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123249
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 哲雄
(72)【発明者】
【氏名】宮田 実
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 励一
(72)【発明者】
【氏名】泉谷 瞬
【審査官】 静野 朋季
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2001/0030003(US,A1)
【文献】 特開2005−262319(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0205525(US,A1)
【文献】 特開平09−085491(JP,A)
【文献】 特開2001−293596(JP,A)
【文献】 特開2011−218437(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00−35/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シールドガスを用いるガスシールドアーク溶接用であるとともに、ステンレス鋼または軟鋼外皮内部にフラックスが充填されるステンレス鋼溶接用のフラックス入りワイヤであって、
前記フラックス入りワイヤは、当該フラックス入りワイヤ全質量に対し、
C:0.10質量%以下、
Si:1.50質量%以下、
Mn:2.00質量%以下、
P:0.050質量%以下、
S:0.050質量%以下、
Cr:15.0〜25.0質量%、
Ti:0.16〜1.00質量%、
O:0.300質量%以下、
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、
前記シールドガスは、純Arガスであることを特徴とするフラックス入りワイヤ。
【請求項2】
前記フラックス入りワイヤ全質量に対し、
Al:1.00質量%以下、
N:0.05質量%以下、
のうち1種以上をさらに含有することを特徴とする請求項1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項3】
前記フラックス入りワイヤ全質量に対し、
Nb:0.10〜1.00質量%、
をさらに含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項4】
前記フラックス入りワイヤ全質量に対し、
Mo:3.00質量%以下、
をさらに含有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項5】
フラックス充填率が、前記フラックス入りワイヤ全質量に対し、5〜30質量%であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項6】
前記Crと前記Tiとの含有量が、
Cr:15.0〜19.0質量%、
Ti:0.16〜0.50質量%、
であることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項7】
前記Nbの含有量が、
Nb:0.30〜1.00質量%、
であることを特徴とする請求項3に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤを、純Arガスであるシールドガス中に送給し、当該フラックス入りワイヤに溶接電流としてパルス電流を供給することで、当該フラックス入りワイヤと母材であるステンレス鋼との間にアークを発生させて溶接を行うことを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接用であるとともに、ステンレス鋼または軟鋼外皮内部にフラックスが充填されるステンレス鋼溶接用のフラックス入りワイヤおよびこれを用いたガスシールドアーク溶接方法に関する。
【0002】
現在、フェライト系ステンレス鋼として、Crを14〜19質量%程度含有する中Crフェライト鋼と呼ばれるものが多く使用されているが、この中でも、特に、SUS430鋼は、建築内装材、自動車装飾材等、用途が幅広いことから、大量に生産されている。
【0003】
また、フェライト系ステンレス鋼は、耐食性や耐熱性に優れることから、自動車のエンジンから排出される高温のガスを誘導するエキゾーストマニホールド、フロントパイプ、メインマフラー等の自動車の排気系部品にも適用されている。
【0004】
このようなフェライト系ステンレス鋼を溶接する方法として、ガスシールドアーク溶接方法が存在するが、当該溶接方法で使用する溶接ワイヤは、ソリッドワイヤとフラックス入りワイヤの2種類に大別することができる。
【0005】
ここで、ソリッドワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行うと、酸化物の発生を抑制することが比較的容易に達成でき、優れた耐高温酸化性を発揮することができる。しかし、ソリッドワイヤは、通常、結晶粒の生成サイトとなる非金属介在物が少ないため、ソリッドワイヤを用いて溶接を行った場合、結晶粒の微細化が起こり難く、粒界に腐食が発生し易かった。つまり、ソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接では、耐粒界腐食性に問題があった。
このような事情により、フェライト系ステンレス鋼の溶接について、フラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接方法が提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1および特許文献2には、ワイヤ中の化学組成を規制したフラックス入りワイヤが提案されており、シールドガスとして、COガスを20%含有するAr−COガスを使用する旨が記載されている。
【0007】
また、特許文献3乃至特許文献5には、ワイヤ中の化学組成を規制したフラックス入りワイヤ(または溶接方法)が提案されており、シールドガスとして、純Arガスを使用する旨が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−293596号公報
【特許文献2】特開2007−319910号公報
【特許文献3】特開2007−289965号公報
【特許文献4】特開2007−296535号公報
【特許文献5】特開2009−255125号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1乃至特許文献5に係る技術は、フラックス入りワイヤを使用しているため、ソリッドワイヤを使用する場合と比較して、結晶粒を微細化し易いことから、粒界に腐食が発生し難く、一定水準の耐粒界腐食性を発揮できる。
しかし、特許文献1および特許文献2に係る技術は、シールドガスとしてCOガスを20%含有するAr−COガスを使用していることから、このCOガスの影響により、耐食性(特に、耐高温酸化性)、耐溶落ち性、溶接作業性の向上には限界があった。
また、特許文献3乃至特許文献5に係る技術は、シールドガスとして純Arガスを用いているが、アークを安定させるために、ワイヤ中にC、Oを含有させている。このC、Oがワイヤ中に存在することにより、耐食性(特に、耐高温酸化性)の向上には限界があった。
【0010】
つまり、特許文献1および特許文献2に係る技術は、シールドガス中にCOを含んでおり、特許文献3乃至特許文献5に係る技術は、ワイヤ中にC、Oを含んでいるため、いずれの場合であっても溶接金属の低酸素化が困難であり、高温下において溶接金属に腐食が発生する可能性があった。言い換えると、特許文献1および特許文献5に係る技術には、耐食性(特に、耐高温酸化性)をさらに向上させる余地が存在していた。
【0011】
そこで、本発明は、耐食性(耐高温酸化性および耐粒界腐食性)を向上させるとともに、耐溶落ち性および溶接作業性に優れたフラックス入りワイヤおよびこれを用いたガスシールドアーク溶接方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、フラックス入りワイヤに含まれる各元素を所定量に制限することにより、純Arシールドガスで安定な溶接を可能とし、シールドガスとして純Arガスを用いることにより、前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明に係るフラックス入りワイヤは、シールドガスを用いるガスシールドアーク溶接用であるとともに、ステンレス鋼または軟鋼外皮内部にフラックスが充填されるステンレス鋼溶接用のフラックス入りワイヤであって、前記フラックス入りワイヤは、当該フラックス入りワイヤ全質量に対し、C:0.10質量%以下、Si:1.50質量%以下、Mn:2.00質量%以下、P:0.050質量%以下、S:0.050質量%以下、Cr:15.0〜25.0質量%、Ti:0.16〜1.00質量%、O:0.300質量%以下、を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物であり、前記シールドガスは、純Arガスであることを特徴とする。
【0014】
このように、本発明に係るフラックス入りワイヤは、フラックス入りワイヤに含まれるC、O等の含有量を所定範囲に制限するとともに、シールドガスとして、純Arガスを使用することにより、溶接金属の低酸素化を可能とし、耐食性(耐高温酸化性)を向上させることができる。
また、本発明に係るフラックス入りワイヤは、フラックス入りワイヤに含まれる各元素の含有量を所定範囲に制限するとともに、シールドガスとして、純Arガスを使用することにより、結晶粒を微細化し、耐食性(耐粒界腐食性)を向上させることができる。
一方、C、Oの含有量を低い値に制限することによりアーク安定性は劣化するが、Tiを0.16質量%以上添加することにより、溶融金属中のOとTiが反応し、TiOが溶融池表面に形成され、これにより陰極点の挙動が安定し、C:0.10質量%以下、O:0.300質量%以下の状態においても純Ar特有のアークのふらつきを防止することができ、安定な溶接が可能となることを初めて見出した。
【0015】
さらに、本発明に係るフラックス入りワイヤは、シールドガスとして、純Arガスを使用しているので、COガスを含有しないことから、フラックス入りワイヤと母材との間に発生するアークを緊縮させることなく、広げた状態とすることができ、その結果、溶け込みを浅くすることができる。したがって、本発明に係るフラックス入りワイヤは、耐溶落ち性を向上させることができる。
そして、本発明に係るフラックス入りワイヤは、フラックス入りワイヤに含まれる各元素の含有量を所定範囲に制限することにより、ガスシールドアーク溶接時におけるスパッタを低減できるとともに、溶接欠陥(割れ、ブローホール等)の発生を抑制することができる。つまり、本発明に係るフラックス入りワイヤは、溶接作業性を向上させることができる。
【0016】
また、本発明に係るフラックス入りワイヤは、前記フラックス入りワイヤ全質量に対し、Al:1.00質量%以下、N:0.05質量%以下、のうち1種以上をさらに含有することが好ましい。
【0017】
このように、本発明に係るフラックス入りワイヤは、Al、N、のうち1種以上をさらに含有することにより、窒化物が核生成サイトとなり、より微細な結晶を得ることができる。
【0018】
また、本発明に係るフラックス入りワイヤは、前記フラックス入りワイヤ全質量に対し、Nb:0.10〜1.00質量%、をさらに含有することが好ましい。
このように、本発明に係るフラックス入りワイヤは、Nbをさらに含有することにより、NbCとしてCが固定され、耐粒界腐食性をさらに向上させることができる。
【0019】
また、本発明に係るフラックス入りワイヤは、前記フラックス入りワイヤ全質量に対し、Mo:3.00質量%以下、をさらに含有することが好ましい。
このように、本発明に係るフラックス入りワイヤは、Moをさらに含有することにより、耐食性をさらに向上させることができる。
【0020】
また、本発明に係るフラックス入りワイヤは、フラックス充填率が、前記フラックス入りワイヤ全質量に対し、5〜30質量%であることが好ましい。
このように、本発明に係るフラックス入りワイヤは、フラックス充填率を所定量に制限することにより、溶接作業性をさらに向上させるとともに、ビード外観を優れたものとすることができる。
【0021】
また、本発明に係るフラックス入りワイヤは、前記Crと前記Tiとの含有量が、Cr:15.0〜19.0質量%、Ti:0.16〜0.50質量%、であることが好ましい。
また、本発明に係るフラックス入りワイヤは、前記Nbの含有量が、Nb:0.30〜1.00質量%、であることが好ましい。
このように、本発明に係るフラックス入りワイヤは、Cr、TiやNbの含有量をさらに所定範囲に制限することにより、耐食性、耐溶落ち性、溶接作業性を確実に向上させることができる。
【0022】
本発明に係るガスシールドアーク溶接方法は、前記フラックス入りワイヤを、純Arガスであるシールドガス中に送給し、当該フラックス入りワイヤに溶接電流としてパルス電流を供給することで、当該フラックス入りワイヤと母材であるステンレス鋼との間にアークを発生させて溶接を行うことを特徴とする。
【0023】
このように、本発明に係るガスシールドアーク溶接方法は、前記フラックス入りワイヤを使用するとともに、シールドガスとして純Arガスを使用することにより、耐食性、耐溶落ち性、溶接作業性を向上させることができる。また、本発明に係るガスシールドアーク溶接方法は、溶接電流としてパルス電流を使用することから、さらにスパッタを低減し、ビード外観を優れたものとすることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係るフラックス入りワイヤは、フラックス入りワイヤに含まれる各元素を所定量に制限するとともに、シールドガスとして純Arガスを使用することにより、耐食性(耐高温酸化性および耐粒界腐食性)、耐溶落ち性、および溶接作業性を向上させることができる。
【0025】
本発明に係るガスシールドアーク溶接方法は、各元素が所定量に制限されたフラックス入りワイヤを使用し、シールドガスとして純Arガスを使用し、さらに、溶接電流として、パルス電流を使用することにより、耐食性(耐高温酸化性および耐粒界腐食性)、耐溶落ち性、および溶接作業性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係るフラックス入りワイヤおよびこれを用いたガスシールドアーク溶接方法を実施するための形態(実施形態)について説明する。
【0027】
[フラックス入りワイヤ]
本発明に係るフラックス入りワイヤ(以下、単に、ワイヤともいう)は、シールドガスを用いるガスシールドアーク溶接用であるとともに、ステンレス鋼または軟鋼外皮内部にフラックスが充填されるステンレス鋼溶接用のフラックス入りワイヤである。
【0028】
詳細には、本発明に係るフラックス入りワイヤは、筒状を呈するステンレス鋼または軟鋼製の外皮と、その外皮の内部(内側)に充填されるフラックスと、からなる。なお、フラックス入りワイヤは、外皮に継目のないシームレスタイプ、外皮に継目のあるシームタイプのいずれの形態であってもよい。また、フラックス入りワイヤは、ワイヤ表面(外皮の外側)にメッキ等が施されていても施されていなくてもよい。
【0029】
そして、本発明に係るフラックス入りワイヤは、所定量のC、Si、Mn、P、S、Cr、Ti、Oを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物で構成されることを特徴とする。
以下、本発明に係るフラックス入りワイヤの各元素の含有量を限定した理由について説明するが、この含有量は、外皮とフラックスにおける含有量の総和で表しており、フラックス入りワイヤ全質量(外皮全質量+フラックス全質量)に対する含有量である。
【0030】
(C:0.10質量%以下)
Cは、強度を向上させる元素である。しかし、Cの含有量が、0.10質量%を超えると粒界においてCr炭化物が形成され、粒界近傍の耐食性を著しく低下させてしまう。
したがって、Cの含有量は、0.10質量%以下(0質量%も含む)とする。
【0031】
(Si:1.50質量%以下)
Siは、ビード形状を良化させる元素である。しかし、シールドガスとして純Arガスを用いる場合は、アークを広げることでビード形状を十分に良化することができるため、Siは含有しなくてもよい。
また、Siは、フェライト安定化元素として溶接金属の柱状組織の粗大化を促進する作用があり、さらに粒界に偏析して脆弱化させる作用も有するため、Siの含有量が多いと梨型ビード形状割れと延性低下での割れによる溶接割れ感受性を高めてしまう。詳細には、Siの含有量が1.50質量%を超えると溶接割れ感受性が増大し、溶接欠陥が生じる可能性が高くなる。
したがって、Siの含有量は、1.50質量%以下(0質量%も含む)とする。
【0032】
(Mn:2.00質量%以下)
Mnは、有効な脱酸剤であり、Sと結合し易い元素である。ここで、Mnは、Sと結合してMnSを形成した場合、溶接金属の耐高温酸化性を著しく低下させてしまう。詳細には、Mnの含有量が2.00質量%を超えると耐高温酸化性が著しく低下する。
したがって、Mnの含有量は、2.00質量%以下(0質量%も含む)とする。
【0033】
(P:0.050質量%以下、S:0.050質量%以下)
P、Sは、一般的に不純物として混入する元素である。そして、本発明においては、P、Sを、特段、積極添加を行う意味はない。また、P、Sの含有量のいずれか一方が、0.050質量%を超えてしまうと、耐高温割れ性を低下させてしまい、溶接欠陥を発生させてしまう。
したがって、P、Sの含有量は、それぞれ0.050質量%以下(0質量%も含む)とする。
【0034】
(Cr:15.0〜25.0質量%)
Crは、フェライト系ステンレス鋼の主要な元素である。そして、Crは、高温下でCr主体の緻密な酸化物を形成し、酸素の拡散を阻止できるので、耐高温酸化性を向上させる。また、Crは、高温強度および耐塩害腐食性、耐粒界腐食性等の耐食性を確保する上でも、必須の元素である。
Crの含有量が15.0質量%未満では耐高温酸化性を確保することができなくなるとともに、耐粒界腐食性も低下する。一方、Crは融点が高いため、Crの含有量が25.0質量%を超えるとスパッタ量が増加するとともに、コスト上昇にもつながる。
したがって、Crの含有量は、15.0〜25.0質量%とする。なお、前記効果をより確実なものとするために、Crの含有量は、15.0〜19.0質量%が好ましい。
【0035】
(Ti:0.16〜1.00質量%)
Tiは、脱酸効果と等軸晶の生成に有効な元素であり、梨型ビード形状割れ防止する作用を有する。また、Tiは、溶融金属中の酸素と結合することにより酸化物を形成するため、Tiを添加することにより純アルゴン雰囲気においても安定に陰極点が形成され、良好な溶接を行うことが可能となる。また、Tiを含有させることにより耐粒界腐食性を向上させることができる。Tiの含有量が0.16質量%未満では、これら効果は不十分である。一方、Tiの含有量が1.00質量%を超えるとアーク吹付け力が過剰となり、スパッタ量が多くなるとともにビードが凸形状となるので好ましくない。
したがって、Tiの含有量は、0.16〜1.00質量%とする。なお、前記効果をより確実なものとするために、Tiの含有量は、0.16〜0.50質量%が好ましい。
【0036】
(O:0.300質量%以下)
Oは、耐高温酸化性を低下させてしまう元素であり、含有量を抑制する必要のある元素である。詳細には、Oの含有量が0.300質量%を超えてしまうと、耐高温酸化性を著しく低下させてしまう。
したがって、Oの含有量は、0.300質量%以下(0質量%も含む)とする。
【0037】
なお、Oの含有量が0.300質量%以下であれば、Oはワイヤ中にどのような状態で含有させてもよく、例えば、TiO、ZrO、MgO、SiO、FeO、Fe、MnO、MnO、Al、CaO、LiOという化合物の形で含有させてもよい。つまり、Oが0.300質量%以下となる範囲で、前記化合物のうち少なくとも1種以上を適宜含有させて、アークの安定や結晶粒の微細化を図ってもよい。
【0038】
(Feおよび不可避的不純物)
残部のFeは、外皮を構成するFe、フラックスに添付されている鉄粉、合金粉のFeが相当する。
残部の不可避的不純物とは、前記成分以外の成分や、前記成分であって選択的に添加する成分(Al、N、Nb、Mo)等が不可避的に含まれるものも該当し、本発明の効果を妨げない範囲で含有することが許容される。
【0039】
なお、本発明に係るフラックス入りワイヤは、次のAl、N、Nb、Moを所定量含むことが好ましい。
(Al:1.00質量%以下、N:0.05質量%以下)
Al、Nは、AlN(アルミナイトライド)を形成する元素であり、結晶粒微細化の効果を発揮する。しかし、Alの含有量が1.00質量%を超えると、スパッタ量が多くなり、最終的には、自動車の排気系部品を閉塞させて破損原因となる。また、Nの含有量が0.05質量%を超えると、気孔欠陥(ブローホール)の発生が多発する。
したがって、Al、Nを含有させる場合は、Al:1.00質量%以下(0質量%も含む)、N:0.05質量%以下(0質量%も含む)のうち1種以上を含有するのが好ましい。
【0040】
(Nb:0.10〜1.00質量%)
Nbは、炭素および窒素と結合してフェライト形成核となる炭窒化物を生成する成分であり、炭窒化物を生成させ結晶粒の微細化および高温強度の改善が見込まれる。その効果を得るためには、0.10質量%以上のNbの添加が必要である。一方、Nbは融点が高く、過剰に添加を行うとスパッタが発生する。よって、上限を1.00質量%以下とする。
したがって、Nbを含有させる場合は、Nbの含有量は、0.10〜1.00質量%が好ましい。なお、前記効果をより確実なものとするために、Nbの含有量は、0.30〜1.00質量%がより好ましい。
【0041】
(Mo:3.00質量%以下)
Moは、耐食性の向上に有効な元素であるが、高価であり、かつ、高融点であることから含有量が多過ぎてしまうと、スパッタ量が多くなってしまう。詳細には、Moの含有量が3.00質量%を超えてしまうとスパッタを多量に発生させてしまう。
したがって、Moを含有させる場合は、Moの含有量は、3.00質量%以下であることが好ましい。
【0042】
(フラックス充填率)
本発明に係るフラックス入りワイヤのフラックス充填率は、フラックス入りワイヤ全質量に対し、5〜30質量%であることが好ましい。フラックス充填率が5質量%未満、あるいは30質量%を超えると、純Arガス溶接雰囲気でのアーク安定化効果が失われ、その結果、スパッタ量の増加、ビード外観の低下を引き起こすからである。
なお、このフラックス充填率は、外皮内に充填されるフラックスの質量を、ワイヤ(外皮+フラックス)の全質量に対する割合で規定したものである。
【0043】
(その他)
本発明に係るフラックス入りワイヤの外皮の外径、内径等、その他の構成は特に限定されない。また、外皮の材質は、ステンレス鋼または軟鋼でありフラックス入りワイヤ全重量における組成が上記規定範囲となっていれば特に制限は無い。
【0044】
[シールドガス]
本発明に係るシールドガスは、純Arガスである。
シールドガスである純Arガスは、COガスを含有しないことから、フラックス入りワイヤと母材との間に発生するアークを緊縮させることなく、広げた状態とすることができ、その結果、溶け込みを浅くすることができる。よって、シールドガスとして純Arガスを用いることにより、大幅に耐溶落ち性が向上することとなる。
【0045】
[母材]
溶接対象となる母材は、ステンレス鋼であり、例えば、建築内装材、自動車装飾材、または自動車の排気系部材として使用されるフェライト系ステンレス鋼である。なお、ステンレス鋼の組成、形状等については特に限定されない。
【0046】
[ガスシールドアーク溶接方法]
次に、ガスシールドアーク溶接方法を説明する。
本発明に係るガスシールドアーク溶接方法は、フラックス入りワイヤを、純Arガスであるシールドガス中に送給し、当該フラックス入りワイヤに溶接電流を供給することで、当該フラックス入りワイヤと母材であるステンレス鋼との間にアークを発生させて溶接を行うことを特徴とする。そして、溶接電流としてパルス電流を用いることを特徴とする。
溶接電流としてパルス電流を使用することにより、純Arガスをシールドガスとして用いるガスシールドアーク溶接の溶接作業性をさらに向上させることができる。
【0047】
なお、パルス電流の条件については、特に限定されないが、例えば、ピーク電流値:400〜460A、ピーク電流期間:1.0〜2.0msec、ベース電流値:100A以下といった条件を適用すればよい。
【実施例】
【0048】
次に、本発明の要件を満たす実施例とそうでない比較例とを例示して、本発明に係るフラックス入りワイヤおよびこれを用いたガスシールドアーク溶接方法について説明する。
【0049】
(フラックス入りワイヤ、シールドガス)
フラックス入りワイヤは、表1に示す組成のものを使用した。また、フラックス入りワイヤのワイヤ径(外皮の外径)は、1.2φ(直径1.2mm)であった。
また、使用したシールドガスの組成を表1に示す。
【0050】
(母材)
母材は、ISO 9444に準拠したステンレス鋼板を用いた。
そして、2枚のステンレス鋼板(300mm×55mm×2.0mm)を25mmだけずらして重ね、スポット溶接により接着(仮止め)した。なお、溶接ギャップは0mmであった。
【0051】
(溶接条件)
スポット溶接で接着された2枚の前記母材の隅部に対して重ね溶接(150mm)を行うという方法で溶接を行った。
なお、試験No.1〜38については、水平姿勢(水平面に対し0°)であるとともに、トーチ角度が母材面に対して垂直となる状態で溶接を行った。
【0052】
また、試験No.1〜38について、電流−電圧、母材−チップ間距離、流量(シールドガス)、溶接速度、ワイヤ送給速度の詳細な条件は以下の通りである。
表1に電流:「パルス」と記載している場合は、パルス波形の溶接電流を用いるとともに、電流−電圧:180A−18V、母材−チップ間距離:15mm、流量:25リットル/min、溶接速度:100cm/min、ワイヤ送給速度:7.4m/minという条件で溶接を行った。
表1に電流:「非パルス」と記載している場合は、パルス波形ではなく定電流・定電圧特性の溶接電流を用いるとともに、電流−電圧:180A−18V、母材−チップ間距離:15mm、流量:25リットル/min、溶接速度:100cm/min、ワイヤ送給速度:6.0m/minという条件で溶接を行った。
【0053】
(スパッタ量の測定方法と評価基準)
発生したスパッタの測定は、溶接部の両側面に銅板で作成した箱を設置(詳細には、400mm×150mm×150mmの箱を母材の両側に2つ配置)し、溶接を行い、1分間に発生したスパッタ全てを箱内から採取し、集めたスパッタの全質量を測定してスパッタ量(g/min)とした。
スパッタ量は1.00g/minを超えると目に見えてスパッタが多く飛散するため、1.00g/min以下を良好(〇)と評価し、その半分の値である0.50g/min以下を極めて良好(◎)と評価した。なお、1.00g/minを超える場合を、不良(×)と評価した。
【0054】
(溶接欠陥の確認と評価基準)
溶接欠陥の確認は、溶接後のビード(150mm)にX線撮影を行い、割れの発生を確認するとともに、放射線透過試験(RT:JIS Z 3104参照)に準拠した方法により、ブローホールの存在を確認した。
割れが存在しないとともに、ブローホールが存在しない場合を極めて良好(◎)と評価し、割れが存在しないとともにブローホールが2つ以下の場合を良好(○)と評価し、割れが存在する場合を不良(×)と評価した。
【0055】
(耐高温酸化性の測定方法と評価基準)
耐高温酸化性の測定は、4層肉盛溶接(溶接電流200A、溶接速度30cm/min)を行い、最終層より厚さ1.2mm、幅20mm、長さ25mmの酸化試験片を採取し、大気中で1000℃×100時間加熱保持して試験前後の重量を測定した。
酸化増量が0.30mg/cm以下の場合を極めて良好(◎)と評価し、酸化増量が0.30mg/cmを超えて0.70mg/cm以下の場合を良好(○)と評価し、酸化増量が0.70mg/cmを超える場合を不良(×)と評価した。
【0056】
(耐粒界腐食性の測定方法と評価基準)
耐粒界腐食性の測定は、JIS G0571に準拠したしゅう酸エッチング試験で行い、エッチング組織が、段状組織(結晶粒界に溝のない段状の組織)となった場合を極めて良好(◎)と評価し、混合組織(結晶粒界に部分的に溝のある組織。ただし、完全に溝で囲まれた結晶粒が一つもないもの。)となった場合を良好(○)と評価し、溝状組織(完全に溝で囲まれた結晶粒が一つ以上ある組織)となった場合を不良(×)と評価した。
【0057】
(ビード外観の確認方法と評価基準)
ビード外観の確認は目視で行い、ビードが蛇行しているか否か、ビード形状が凸状を呈しているか否か、裏ビードが形成(溶け落ち)しているか否か、を確認した。
前記のような蛇行、凸形状の形成、裏ビードの形成が存在しない場合を極めて良好(◎)と評価し、問題視されないほどの凸形状(余盛り高さが2.3mm未満)が形成されている場合を良好(○)と評価し、蛇行、凸形状(余盛り高さが2.3mm以上)の形成、裏ビードの形成のいずれかが存在する場合を不良(×)と評価した。
【0058】
各フラックス入りワイヤを用いて、所定の溶接条件で溶接を行った結果を表1に示す。なお、表中の下線は本発明の要件を満たさないことを示す。また、表中のAr−数値%COとは、数値%のCOガスと、残部がArガスと、からなるAr−COガスを示す。
また、表中のFCWとは、フラックス入りワイヤを示し、ソリッドとは、ソリッドワイヤを示す。そして、表中のF1とは軟鋼フープを示し、F2とはフェライト系ステンレス鋼フープを示す。
【0059】
【表1】
【0060】
表1中の試験No.1〜22は本発明の実施例となる。いずれの場合もスパッタ量が低減されているとともに、溶接欠陥もほとんどなく、耐高温酸化性、耐粒界腐食性、ビード外観が良好であるという結果であった。
特に、試験No.1〜22の中でも、試験No.16〜22については、本発明が規定する全ての要件を満たしていたことから、全ての評価項目において極めて良好という結果となった。
【0061】
なお、試験No.1〜22のうち、試験No.1〜11は、Cr、Ti、Al、N、Nb、Moの含有量の好ましい範囲から外れてしまっている、または、Al、N、Nb、Moを不可避的不純物と判断できる量しか含んでいなかったため、いずれかの項目で良好という評価にとどまる結果となった。
また、試験No.1〜22のうち、試験No.12、15は、溶接電流をパルスではない電流を使用したことから、スパッタ量の項目で良好という評価にとどまる結果となった。
また、試験No.1〜22のうち、試験No.13、14は、フラックス充填率が好ましい範囲から外れてしまったため、スパッタ量とビード外観の項目で良好という評価にとどまる結果となった。
【0062】
一方、試験No.23〜38は、本発明が規定する要件のいずれかを満たさなかったため、いずれかの項目で不良という結果となった。詳細には、以下のとおりである。
試験No.23は、Cの含有量が本発明の規定する範囲外であったことから、COガスが発生することにより、スパッタ量の項目で不良という結果となるとともに、Cr欠乏層が生成することにより、耐高温酸化性、耐粒界腐食性の項目で不良という結果となった。
試験No.24は、Siの含有量が本発明の規定する範囲外であったことから、溶接欠陥の項目で不良という結果となった。
試験No.25は、Mnの含有量が本発明の規定する範囲外であったことから、MnSが生成し、耐高温酸化性の項目で不良という結果となった。
試験No.26は、Pの含有量が本発明の規定する範囲外であったことから、溶接欠陥の項目で不良という結果となった。
【0063】
試験No.27は、Sの含有量が本発明の規定する範囲外であったことから、溶接欠陥の項目で不良という結果となった。
試験No.28は、Crの含有量が本発明の規定する範囲外(下限未満)であったことから、耐高温酸化性、耐粒界腐食性の項目で不良という結果となった。
試験No.29は、Crの含有量が本発明の規定する範囲外(上限超え)であったことから、スパッタ量の項目で不良という結果となった。
試験No.30は、Tiの含有量が本発明の規定する範囲外(下限未満)であったことから、アーク不安定によるビード蛇行が生じ、ビード外観の項目で不良という結果となった。さらに耐粒界腐食性の項目についても不良という結果となった。
試験No.31は、Tiの含有量が本発明の規定する範囲外(上限超え)であったことから、アークの吹き付けが増大し、スパッタ量、ビード外観の項目で不良という結果となった。
【0064】
試験No.32は、Oの含有量が本発明の規定する範囲外であったことから、耐高温酸化性の項目で不良という結果となった。
試験No.33〜37は、シールドガスが純Arガスでなかったことから(酸化性ガスを含んでいたことから)、アークが集中し、ビード外観の項目で不良(溶け落ち発生)という結果となるとともに、酸化物が発生することで、耐高温酸化性の項目で不良という結果となった。また、一部のものについては、スパッタ量、耐粒界腐食性の項目でも不良という結果となった。
試験No.38は、ワイヤがソリッドワイヤであったことから、アークが不安定となり、スパッタ量、ビード外観の項目で不良という結果となった。
【0065】
以上、本発明に係るフラックス入りワイヤおよびこれを用いたガスシールドアーク溶接方法について、発明を実施する形態および実施例により詳細に説明したが、本発明の趣旨はこれらの説明に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈されなければならない。