特許第5764598号(P5764598)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5764598
(24)【登録日】2015年6月19日
(45)【発行日】2015年8月19日
(54)【発明の名称】幹細胞を培養するための方法及びキット
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20150730BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20150730BHJP
【FI】
   C12N5/00 102
   C12N5/00 202C
【請求項の数】9
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2013-44792(P2013-44792)
(22)【出願日】2013年3月6日
(65)【公開番号】特開2014-143995(P2014-143995A)
(43)【公開日】2014年8月14日
【審査請求日】2013年3月6日
(31)【優先権主張番号】102102807
(32)【優先日】2013年1月25日
(33)【優先権主張国】TW
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 Liu S−P,Harn H−J,Chien Y−J,Chang C−H,Hsu C−Y,et al.(2012)n−Butylidenephthalide(BP)Maintains Stem Cell Pluripotency by Activating Jak2/Stat3 Pathway and Increases the Efficiency of iPS Cells Generation.PLoS ONE 7(9):e44024.doi:10.1371/journal.pone.0044024
(73)【特許権者】
【識別番号】509075457
【氏名又は名称】中國醫藥大學
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100109449
【弁理士】
【氏名又は名称】毛受 隆典
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100123618
【弁理士】
【氏名又は名称】雨宮 康仁
(74)【代理人】
【識別番号】100148633
【弁理士】
【氏名又は名称】桜田 圭
(74)【代理人】
【識別番号】100147924
【弁理士】
【氏名又は名称】美恵 英樹
(72)【発明者】
【氏名】劉 詩平
(72)【発明者】
【氏名】林 欣榮
(72)【発明者】
【氏名】韓 鴻志
(72)【発明者】
【氏名】簡 ▲瑩▼▲君▼
(72)【発明者】
【氏名】許 千祐
(72)【発明者】
【氏名】張 丞軒
【審査官】 吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−006923(JP,A)
【文献】 Bo Sun, et al,Neuroscience Letters,2012年,Vol.516,p.247-252
【文献】 Rie Horiuchi, et al,Experimental Cell Research,2012年,Vol.318,p.1726-1732
【文献】 Liguo Chen, et al,Stem Cells,2010年,Vol.28,p.57-63
【文献】 Hiroyuki Hirai, et al,Biochem J.,2011年,Vol.438(1),p.11-23
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)幹細胞の培地を提供する工程と、
(B)前記幹細胞の培地にn−ブチリデンフタリド(BP)を添加して、BP含有培地を提供する工程と、
(C)前記BP含有培地を用いて幹細胞を培養する工程と、
を含み、
前記幹細胞は、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞、及びこれらの組み合わせからなる群より選択される、
ことを特徴とする幹細胞を培養するための方法。
【請求項2】
前記工程(B)は、
(b1)前記BPを溶媒に溶解させて、BP含有溶液を作る工程と、
(b2)前記BP含有溶液を前記幹細胞の培地と混合させる工程と、
を含む、
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(B)で用いられるBPの量は、前記幹細胞の培地1ミリリットルにつき、1μgから80μgの範囲である、
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(B)で用いられるBPの量は、前記幹細胞の培地1ミリリットルにつき、5μgから50μgの範囲である、
ことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
胚性幹細胞、人工多能性幹細胞、及びこれらの組み合わせからなる群より選択される幹細胞を培養することにおけるn−ブチリデンフタリド(BP)の使用。
【請求項6】
胚性幹細胞の多能性を維持し、人工多能性幹細胞の多能性を維持し、及び/又は人工多能性幹細胞の作製効率を向上させるための請求項に記載の使用。
【請求項7】
(1)幹細胞の培地と、(2)n−ブチリデンフタリド(BP)と、を含み、
前記幹細胞は、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞、及びこれらの組み合わせからなる群より選択される、
ことを特徴とする幹細胞を培養するためのキット。
【請求項8】
前記BPの量は、前記幹細胞の培地1ミリリットルにつき、1μgから80μgの範囲である、
ことを特徴とする請求項に記載のキット。
【請求項9】
前記BPの量は、前記幹細胞の培地1ミリリットルにつき、5μgから50μgの範囲である、
ことを特徴とする請求項に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞を培養するための方法に関し、特には幹細胞の培養におけるフタリドの使用に関する;本発明はまた、幹細胞を培養するためのキットに関し、該キットはフタリドを含有する。
【背景技術】
【0002】
医療技術はこれまで、糖尿病、重症貧血、卒中、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症、及びパーキンソン病といった多くの疾患に対する効果的な治療法においていまだ不十分である。幹細胞の多能性は、これらの疾患に苦しむ患者に一筋の光明をもたらす。
【0003】
幹細胞は、自己複製能及び分化能に依存して、以下の4タイプに分類され得る:全能性幹細胞(totipotent stem cell)、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、多能性幹細胞(multipotent stem cell)、及び単能性幹細胞(unipotent stem cell)である。発生プロセスの間の外観の状態及び幹細胞の分布プロファイルに依存して、幹細胞は、以下の2タイプに分類され得る:胚性幹細胞(embryonic stem cell)(ES細胞)及び成体幹細胞(adult stem cell)である。ES細胞及び人工多能性幹細胞(iPS細胞)の両方は、典型的な幹細胞であり、それらは、内胚葉、中胚葉、及び外胚葉を含む3つの胚葉に分化することができる。これらの幹細胞は、高い自己複製能を有し、優れた発生能を有する。
【0004】
ES細胞は、心筋細胞、肝細胞、膵臓細胞又は卵子といった分化した細胞へと効率良く培養され得、細胞又は臓器の移植のために用いられ得る。他の観点において、ヒトES細胞のソース(例えば、不妊治療で得られた残りの胚、妊娠中絶により得られた胚期の始原生殖細胞、及び融合細胞)は、いまだ議論を呼んでいる。したがって、胚性幹細胞(embryonic stem cell)のそれらと似た性質及び機能を持つ細胞を作り(すなわち、人工多能性幹細胞を作り)、免疫拒絶なくこれらの細胞をうまくヒトの臓器に分化させるために、特定の遺伝子を(患者の皮膚から得られた)成熟繊維芽細胞に導入することで、細胞の再プログラム化を誘導する研究が行われてきた。
【0005】
本明細書において用いられる多能性幹細胞(pluripotent stem cell)の用語は、不完全な分化の特性を有し、また増殖して及び異なる細胞タイプに分化して種々の成熟組織を形成する能力を有する幹細胞をいう。幹細胞の多能性は、疾患及び治療適用の研究に対して本質的なファクターであり、それゆえに、多能性を維持している間どのように肝細胞を培養するかについての研究が大きな話題となる。現在、多機能細胞因子(すなわち、白血病抑制因子(LIF))を用いることが一般的であり、それは幹細胞の多能性を維持させることが1960年代後半に見出された。しかしながら、LIFは高価であるため、幹細胞を培養するコストが高くなる。加えて、iPS細胞は臨床適用に対して優れた潜在力を有するにもかかわらず、その適用は、作製の非効率性に由来して限定されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の幹細胞を培養することについての観点において、幹細胞の適用性を高めるための幹細胞の効果的な培養方法がいまだに必要とされる。本発明者らは、フタリドが幹細胞の多能性を効果的に維持し得、それゆえ、それをLIFの代替として用いて幹細胞の培養コストを低減させ得ることを見出した。本発明者らはまた、フタリドが作製の非効率性の問題を一部解決し得、それゆえ幹細胞の適用性を向上させ得ることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の目的は、
(A)幹細胞の培地を提供することと、
(B)幹細胞の培地にフタリドを添加して、フタリド含有培地を提供することと、
(C)フタリド含有培地を用いて幹細胞を培養することと、
を含む、幹細胞を培養するための方法を提供することである。
【0008】
本発明の他の目的は、幹細胞を培養することにおけるフタリドの使用を提供することである。
【0009】
本発明のさらなる目的は、(1)幹細胞の培地;及び(2)フタリドを含む、幹細胞を培養するためのキットを提供することである。
【0010】
詳細な技術及び本発明のために実施された好ましい実施態様は、この技術分野における当業者が特許請求の範囲に記載された発明の特徴をよく理解できるように、添付された図面とともに後述の段落において記載される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】培養後のES細胞の生存率を示す統計的な棒グラフの図である。
図2】培養後のES細胞におけるOct4及びSox2の遺伝子発現レベルを示す統計的な棒グラフの図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図3】培養後のES細胞におけるアルカリフォスファターゼ(AP)の発現レベルを示す染色像(左)及び統計的な棒グラフ(右)の図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図4】培養後のiPS細胞におけるアルカリフォスファターゼ(AP)の発現レベルを示す染色像(左)及び統計的な棒グラフ(右)の図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図5A】培養後のES細胞におけるNanogのタンパク質発現レベルを示す免疫染色像の図である。
図5B】培養後のES細胞におけるNanogのタンパク質発現レベルを示す統計的な棒グラフの図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図5C】培養後のES細胞におけるSSEA1のタンパク質発現レベルを示す免疫染色像の図である。
図5D】培養後のES細胞におけるSSEA1のタンパク質発現レベルを示す統計的な棒グラフの図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図6A】培養後のiPS細胞におけるNanogのタンパク質発現レベルを示す免疫染色像の図である。
図6B】培養後のiPS細胞におけるNanogのタンパク質発現レベルを示す統計的な棒グラフの図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図6C】培養後のiPS細胞におけるSSEA1のタンパク質発現レベルを示す免疫染色像の図である。
図6D】培養後のiPS細胞におけるSSEA1のタンパク質発現レベルを示す統計的な棒グラフの図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図7】フタリド含有培地で培養後のES細胞の3つの胚葉を示す免疫染色像の図である。
図8】培養後のES細胞におけるJak2及びStat3遺伝子のmRNA発現レベルを示す統計的な棒グラフの図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図9】培養後のES細胞におけるリン酸化Jak2及びリン酸化Stat3の発現レベルを示すウェスタンブロット像(左)及び統計的な棒グラフ(右)の図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図10】培養後のES細胞におけるLIF、EGF、IL5、IL11、EPO及びOSM遺伝子のmRNA発現レベルを示す統計的な棒グラフの図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図11】培養後形成されたiPS細胞におけるGFP蛍光強度を示す統計的な棒グラフの図である(p<0.05。:推計的有意性)。
図12】培養後形成されたiPS細胞を示す免疫蛍光染色像の図である。
図13】フタリド含有培地で培養後形成されたiPS細胞の3つの胚葉を示す免疫蛍光染色像の図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のいくつかの実施態様が下記に詳細に開示される。しかしながら、本発明の精神から逸脱することなく、本発明は種々の実施態様において具体化され得、本明細書に記載される実施態様に限定されるべきではない。加えて、本明細書において他に言及のない限り、本明細書において(特に特許請求の範囲において)用いられる“一”、“該”又は同様の用語は、単数形式及び複数形式の両方を包含するように理解されるべきである。
【0013】
本発明は、幹細胞を培養するための方法を提供し、それは、幹細胞の培地にフタリドを添加することに特徴を有する。本発明は、以下の工程を含む:(A)幹細胞の培地を提供する工程;(B)幹細胞の培地にフタリドを添加して、フタリド含有培地を提供する工程;及び(C)フタリド含有培地を用いて幹細胞を培養する工程である。
【0014】
本発明の方法の工程(A)で用いられる幹細胞の培地は、幹細胞の成長及び分化のために必須の栄養及びコンディション(例えば、pH)を含む培地をいう。幹細胞の培地の成分は、培養される幹細胞(すなわち、工程(C)における幹細胞)のタイプに依存して調節され得る。概して、幹細胞の培地は、ベース培養培地、動物の血清(例えば、ウシ胎児血清)、非必須アミノ酸(NEAA)、及びL−グルタミン等を含む。本発明の方法に適するベース培地の例は、限定されることなく、DMEM(ダルベッコ変法イーグル培地)、MEM(最小必須培地)、α−MEM(α−最小必須培地)、BME(イーグル基礎培地)、MEM/F12培地、Ham’s F10培地、Ham’s F12培地、及びRPMI(Rosewell Park Memorial Institute)を含む。本発明の方法の一実施態様において、ベース培地は、DMEMである。
【0015】
本発明者らは、幹細胞の培地へのフタリドの添加が、培養される幹細胞の多能性を維持し得、また幹細胞作製の非効率性の問題に取り組み得ることを見出した。したがって、本発明の方法の工程(B)において、フタリドが工程(A)の幹細胞の培地に添加されて、フタリド含有培地が提供される。フタリドは、以下の化学式(I)を有する1又は2以上の化合物を含むことが好ましい:
【化1】
はそれぞれ独立して、水素原子、−OH、ハロゲン、C−Cのアルキル基、C−Cのハロアルキル基、C−Cのアルケニル基、フェニル基、ナフチル基、又はインドリル基であり、フェニル基、ナフチル基及びインドリル基は任意に、−OH、ハロゲン、アミノ基、及び/又はC−Cのアルキル基により置換され、
、R、R、及びRは独立して、水素原子、−OH、ハロゲン、シアノ基、アミン基、カルボキシル基、C−Cのアルキル基、C−Cのハロアルキル基、又はC−Cのアルコキシ基であり、
ただし、R、R、R、R、及びRのすべてが水素原子ではない。
【0016】
好ましくは、本発明の方法で用いられるフタリドは、限定されることなく、メチルフタリド、7−メチルフタリド、エチルフタリド、プロピリデンフタリド、ブチルフタリド、n−ブチリデンフタリド、3−ブロモフタリド、5−ブロモフタリド、5−クロロフタリド、6−クロロフタリド、3,4−ジクロロフタリド、テトラクロロフタリド、3−ヒドロキシ−3−トリフルオロメチルフタリド、3−メチル−3−(1−ナフチル)フタリド、3−(5−フルオロ−1−ナフチル)フタリド、4−アミノ−3−ヒドロキシフタリド、5−カルボキシフタリド、5−シアノフタリド、7−メトキシルフタリド、7−ヒドロキシ−6−メトキシフタリド、3−(1,2−ジメチル−3−インドリル)フタリド、及びフェノールフタレインからなる群より選択される1又は2以上の化合物を含む。
【0017】
より好ましくは、本発明の方法で用いられるフタリドは、n−ブチリデンフタリド、ブチルフタリド、テトラクロロフタリド、及びフェノールフタレインからなる群より選択される1又は2以上の化合物を含む。最も好ましくは、フタリドは、n−ブチリデンフタリドである。N−ブチリデンフタリド(概して、“BP”又は“bdph”と略される)は、中国医薬から精製及び単離され得、又は化学的合成方法により得られ得る。本発明の一実施態様において、BPは、中国医薬であるトウキ(angelica sinensis)(通常、根が用いられる)から精製される。
【0018】
本発明の方法の工程(B)において、フタリドは、幹細胞の培地に直接添加され、その後幹細胞の培地に溶解されて、フタリド含有培地を提供し得る。あるいは、フタリドをまず溶媒に溶解させてフタリド含有溶液を提供し、その後、フタリドの溶解を保証するために工程(A)由来の幹細胞の培地とフタリド含有溶液を混合させて、フタリドの利用効率を向上させ得る。例えば、BPを工程(B)のフタリドとして用いる場合、工程(B)は、(b1)BPを溶媒に溶解させ、フタリド含有溶液を作ること;及び(b2)BP含有溶液を工程(A)から得られた幹細胞の培地と混合させる(例えば、幹細胞の培地にフタリド含有溶液を添加する)ことを含み得る。工程(b1)で用いられる溶媒は通常、ジメチルスルフォキシド(DMSO)及びエタノールといった極性溶媒である。
【0019】
本発明の方法において、工程(B)で用いられるフタリドの量は、幹細胞の培地1ミリリットルにつき、1μgから80μgの範囲、好ましくは5μgから50μgの範囲、より好ましくは8μgから12μgの範囲であってもよい。例えば、後に提供される実施例に記載されているように、ES細胞を培養するためにフタリドとしてBPが用いられる場合、幹細胞の培地1ミリリットルにつき、9μgから11μgの範囲の量のBPが、ES細胞の多能性を効果的に維持し得る。一方、iPS細胞を培養するためにBPが用いられる場合、幹細胞の培地1ミリリットルにつき、5μgから10μgの範囲の量のBPが、iPS細胞の多能性を効果的に維持し得、作製効率を向上させ得る。
【0020】
本発明の方法の工程(C)において、工程(B)から得られたフタリド含有幹細胞培地は、幹細胞を培養するために用いられる。原則として、本発明の方法は、ES細胞、iPS細胞、間葉性幹細胞、脂肪幹細胞、造血性幹細胞、及びこれらの組み合わせからなる群より選択される細胞といった、いかなる適切な幹細胞をも培養するように用いられ得る。本発明の方法のいくつかの実施態様において、工程(C)で培養される幹細胞は、以下の群より選択される:ES細胞、iPS細胞、及びこれらの組み合わせである。ES細胞は、胞胚期のマウスの胚から回収され得る。iPS細胞は、マウスの胎児線維芽細胞に、Oct4、Sox2、c−Myc及びKIF4の4つの遺伝子をコトランスフェクションすることで提供され得る。
【0021】
特に制限なく、培養された幹細胞のタイプに依存して、いかなる適切な培養条件をも工程(C)において選択され、使用され得る。概して、工程(C)は、35℃から39℃、3%から7%のCO、及び90%から99%の湿度の条件下で、支持細胞の層上で幹細胞を培養することを含む。支持細胞は、幹細胞培養に用いられる通常のマテリアルであり、当業者に馴染みのあるものであるため、本明細書ではさらに説明されない。
【0022】
特定の理論に縛られることを望むものではないが、フタリドは、Jak2−Stat3シグナリング経路を活性化することにより、幹細胞(特にES細胞及びiPS細胞)の多能性を維持して、生存率の低減を回避し、幹細胞、特にiPS細胞の作製効率を向上させると考えられる。
【0023】
したがって、本発明はまた、幹細胞を培養することにおけるフタリドの使用に関する。フタリド及び幹細胞の特性及び特徴は、すべて前述の通りである。加えて、該使用の機能的経路及び適用されるモデルについても、前述の通りである。
【0024】
本発明はさらに(1)幹細胞の培地、及び(2)フタリドを含む、幹細胞を培養するためのキットを提供する。幹細胞の培地及びフタリドを使用するための条件及び方法は、すべて前述の通りである。加えて、本発明のキットは、次に使用するフタリドを溶解させるように、極性溶媒といった溶媒を任意に含み得る。極性溶媒の例は、限定されることなく、DMSO及びエタノールを含む。
【0025】
本発明のキットの成分(1)及び(2)は、分けて包装及び保存され、分けて又はセットで移送され、販売され得る。成分(1)は、計画された培養手順及びプロセスに従って、使用前に、顧客の設備で成分(2)と混合される。任意の成分を、成分(1)のための第一の容器、成分(2)のための第二の容器、及び/又は第三の容器に入れてもよい。例えば、フタリドのための極性溶媒を、成分(2)のための第二の容器、及び/又は第三の容器に入れてもよい。
【0026】
本発明よれば、幹細胞の多能性を維持し、いくつかの幹細胞の作製効率を向上させ、幹細胞の培養手順を効果的に改善し、臨床薬剤の開発を改善するように、フタリドが高価なLIFに代えて用いられた。
【0027】
本発明はさらに、下記の通り特定の実施例により詳細に記述される。しかしながら、下記の実施例は本発明を記述するために単に提供されたものにすぎず、本発明の範囲はそれにより限定されない。
【実施例】
【0028】
(実施例1)支持細胞の調製
初期のマウスの胎児線維芽細胞(MEF)をC57BL/6マウスの13.5日齢の胚から単離した。胚を、帝王切開により回収し、胚の頭部、足部、内部臓器、及び尾を除去した。残った胚の部分を鋭いはさみで切り刻み、細胞消化のためにトリプシンを含むチューブに入れた。あらかじめ温めたMEF培地[DMEM+10%加熱不活性化FBS+ペニシリン(100U/mL)+ストレプトイマイシン(100U/mL)+NEAA(0.1mM)+L−グルタミン(2mM)]を加え、1時間、インキュベーター(37℃、5%CO)中でMEF細胞を培養した。その後、MEF細胞を、2時間、インキュベーター(37℃、5%CO)中で、あらかじめ温めた細胞培地[DMEM+15%加熱不活性化FBS+NEAA(0.1mM)+L−グルタミン(2mM)]で培養ディッシュにおいて培養した。増殖を抑えるようにマイトマイシンC(10μg/mL)で細胞を処理し、ES細胞の培養に必要な支持細胞を得た。
【0029】
(実施例2)幹細胞の培養
実験A.胚性幹細胞(ES細胞)の培養(実施例群)
ES細胞を培養するために、以下の工程を実施した。
(1)幹細胞の培地を調製する(DMEM+15%加熱不活性化FBS+NEAA(0.1mM)+L−グルタミン(2mM)+β−メルカプトエタノール(0.2mM))。
(2)BP含有溶液を調製し(DMSOにBPを溶解し、BP含有溶液(100mg/mL)を作る)、−20℃で該溶液を保存する。
(3)異なる量の工程(2)のBP含有溶液を、工程(1)の幹細胞の培地に加え、異なるBP含有培地を作る。各々幹細胞の培地1ミリリットルあたりBPの量は、5、10、20、又は40μgである(すなわち、実施例群の培地:BP5、BP10、BP20、及びBP40)。
(4)工程(3)のBP含有培地を用いて、ES細胞(胚胞期の129sv/Jマウスの胚から回収した)を、実施例1で得られた支持細胞上で、37℃、5%CO、及び95%の湿度で培養する。
【0030】
実験B.人工多能性幹細胞(iPS細胞)の培養(実施例群)
実験Aで示されたプロトコールを繰り返したが、工程(4)ではiPS細胞(理化学研究所(日本)より入手)を培養した。
【0031】
実験C.ES細胞の培養(コントロール群)
ES細胞を培養するために、以下の工程を実施した。
(1)幹細胞の培地を調製する。
LIF含有培地(BP無し):DMEM+15%加熱不活性化FBS+NEAA(0.1mM)+L−グルタミン(2mM)+β−メルカプトエタノール(0.2mM)+LIF(4ng/mL);及び
コントロール培地(BP無し):DMEM+15%加熱不活性化FBS+NEAA(0.1mM)+L−グルタミン(2mM)+β−メルカプトエタノール(0.2mM);
(2)工程(1)の培地を用いて、ES細胞(胚胞期の129sv/Jマウスの胞胚期の胚から回収した)を、実施例1で得られた支持細胞上で、37℃、5%CO、及び95%の湿度で培養する。
【0032】
実験D.iPS細胞の培養(コントロール群)
実験Cで示されたプロトコールを繰り返したが、工程(2)ではiPS細胞(理化学研究所(日本)より入手)を培養した。
【0033】
(実施例3)細胞生存率の評価(MTTアッセイ)
本実施例では、3−(4,5−ジメチルチアゾール−2−イル)−2,5−ジフェニルテトラゾリウムブロミド(MTT)を用いて、BPをLIFに代えて用いる場合に、幹細胞の生存率に影響を与えるかについて評価した。
【0034】
MTTは、生細胞のミトコンドリア呼吸鎖において反応し得る水溶性のテトラゾリウム塩であり、MTTの構造で見られるテトラゾリウムブロミドが代謝及び還元されて、スクシネートデヒドロゲナーゼ(SDH)及びシトクロームc(cyt c)の反応下、水溶性で紫色の結晶性ホルマザンを形成する。形成される結晶の量は、生細胞の数に正比例する(SDHは死細胞から消え、MTTが還元され得ないからである)。さらに、ミトコンドリアは、環境に最も感受性の高い細胞における細胞小器官であり、そのため、MTTアッセイは、薬物により処理された細胞の生存率のマーカーとして役に立ち得る。
【0035】
実施例群の培地(BP5、BP10、BP20、及びBP40)及びコントロール群の培地(BP無し)を各々96ウェルのマイクロ培養プレートに加え、24時間から72時間、1ウェルにつき5×10の初期濃度でES細胞を培養した。その後、10μLの0.5mg/mL MTT(シグマ)を各ウェルに加え、細胞を2時間から4時間、37℃及び5%COで、インキュベーター中でインキュベートした。培地を除去し、100μLのDMSOを各ウェルに加え、10分間、37℃で維持した。サンプルの吸光度を570nmの波長で測定し、実施例群(BP有り)及びコントロール群(BP無し)のデータを得た。コントロール群の吸光度を参照とし、各実施例群の相対的な細胞生存率を算出した。結果を表1及び図1に示す。
【0036】
表1及び図1に示されるように、BPのES細胞培地への添加は、幹細胞の生存率に影響を与えなかった。
【0037】
【表1】
【0038】
(実施例4)幹細胞関連遺伝子の発現レベル
実験I.RNAの抽出
実施例群の培地(BP5、BP10、BP20、及びBP40)及びコントロール群の培地(BP無し)を各々加え、下記の工程を行った。ES細胞を、6ウェルの培養ディッシュにおいて1ウェルにつき1×10の初期濃度で培養した。細胞が70−80%コンフルエンスに増殖するまで培地を除去し、その後各ウェルに1mLのTRIzol(インビトロジェン)を加えた。細胞を5分間インキュベートし、その後、スパチュラで剥がし、十分に溶解するように1.5mLのマクロチューブに入れた。クロロホルム(0.2mL)をマイクロチューブに加えた。混合物を15秒間、上下に振とうさせ、その後2−3分間室温でインキュベートした。その後、混合物を15分間、4℃で、12000rpmで遠心分離し、上清を他の1.5mLマイクロチューブに取り除き、イソプロパノール(0.5mL)をマイクロチューブに加えよく混合した。混合物を10分間、室温でインキュベートし、その後10分間、4℃で、12000rpmで遠心分離した。その後、上清を取り除いた。DEPC・HOを含有する1mLの70%エタノールを用いて、残りの沈殿物を洗った。沈殿物を、5分間、4℃で、7500rpmで遠心分離した。上清を取り除いた。沈殿物を、真空吸引により乾燥させた。乾燥させたサンプルを0.01−0.02mLのDEPC・HOに溶解させ、実施例群RNA及びコントロール群RNAを得た。両群とも、−80℃で保存した。
【0039】
実験II.cDNAの調製
上述の実験Iで得られた両群におけるRNAサンプルのOD値を、260nmの波長で測定した(RNA:OD260=1で40μg/mL溶液)。各RNAサンプル(2μL)に、サンプルの量が10μLに達するまで、RNAフリー水を加えた。2μLのオリゴ(dT)(100μg/mL)を各サンプルに加え、サンプルを5分間、65℃でインキュベートした。その後、サンプルを即座に氷上に置き、スピンダウンした。次に、6.5μLの反応溶液[4μLの5×バッファー+1μLの0.1M DTT+1μLのRNase out+0.5μLのSSIII(インビトロジェン)]をサンプルの各々に加え、サンプルを50℃で30−60分間、75℃で15分インキュベートし、実施例群cDNA及びコントロール群cDNAを得た。両群とも、−80℃で保存した。
【0040】
実験III.リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(リアルタイムPCR;Q−PCR)
本実験では、ES細胞関連遺伝子(すなわち、Oct4及びSox2等)の発現レベルを検出した。最初に、4μLの実施例群cDNA又はコントロール群cDNAを96ウェルのマイクロ反応プレートの各ウェルに加え、6μLの反応溶液[0.5μLの6μMフォーワードプライマー+0.5μLの6μMリバースプライマー+5μLのSYBR Green PCR Master mix(ロシュ)]と混合させた(SYBR Green PCR Master mixは、dNTPs、MgCl、Taq DNAポリメラーゼ、及び2×SYBR(登録商標)Green I溶液といった、Q−PCRに必要な試薬を含んでいた)。表2に示されるように、プライマーは、測定される遺伝子に従って選択された。混合物を良く混ぜ、スピンダウンし、リアルタイルPCR機器に置いた(StepOnePlus(登録商標)Real−Time PCR System、Applied Biosystems)。反応を10分間60℃で行い、その後40サイクル(95℃で15秒間、60℃で60秒間での反応)行った。Cycle threshold値(CT値)を測定した。結果を図2及び表3に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
図2及び表3に示されるように、BP含有ES細胞培養培地を含む実施例群におけるOct4及びSox2の遺伝子発現レベルは、コントロール群のそれらに比して、顕著にアップレギュレーションされた。BP10を用いた群では、最も顕著な効果が得られた。
【0043】
【表3】
【0044】
(実施例5)アルカリフォスファターゼ染色
アルカリフォスファターゼは、幹細胞のマーカータンパク質である。染色により測定される活性は、BPが幹細胞の自己複製性及び多能性を効果的に維持し得るかについて評価するのに用いられ得る。
【0045】
実施例群の培地(BP5、BP10、BP20、及びBP40)、LIF含有培地(BP無し)及びコントロール群の培地(BP無し)を各々用いて、72時間、1ウェルにつき1×10の初期濃度で、6ウェルの培養ディッシュにおいてES細胞を培養した。培地を取り除き、細胞をPBSで2回洗った。次に、PBSを取り除き、1mLの80%エタノールを各ウェルに加え、2時間から24時間、4℃で固定を行った。次に、エタノールを取り除き、その後、細胞を蒸留水で1回洗った。蒸留水を再び加えて、細胞を2−3分間浸し、その後取り除いた。次に、細胞を5分間、室温で、Tris−HClバッファー(100mM、pH8.2−8.5)に浸し、その後、バッファーを取り除いた。次に、白血球アルカリフォスファターゼキット(ベクター)を用いて、20−30分間染色を行い、その後、アルカリフォスファターゼの基質の使用溶液を取り除き、細胞をTris−HClバッファー(100mM、pH8.2−8.5)に浸し、洗った。その後、蛍光顕微鏡で観察して、AP陽性クローンの数をカウントした。より高い活性を有する未分化のES細胞は、赤色を示し、一方、より低い活性を有する分化したES細胞は、薄い赤色を示し、さらには無色を示す。結果を図3及び表4に示す。
【0046】
前述の培養条件を用いることで、実施例群の培地(BP5、BP10、BP20、又はBP40)、LIF含有培地(BP無し)及びコントロール群の培地(BP無し)を各々用いて、iPS細胞を培養した。その後、iPS細胞の染色を、前述の工程により行った。より高い活性を有する未分化のiPS細胞は、赤色を示し、一方、より低い活性を有する分化したiPS細胞は、薄い赤色を示し、さらには無色を示す。結果を図4及び表4に示す。
【0047】
【表4】
【0048】
図3図4及び表4に示されるように、BP含有ES細胞培地を含む実施例群では、コントロール群の培地(BP無し)に比して、AP陽性クローンが多く、実施例群におけるAP陽性クローンの数は、LIF含有培地(BP無し)を用いた群のそれと同等であった。この結果から、BPはたしかにES細胞及び/又はiPS細胞の自己複製性及び多能性を維持し得ることが示される。
【0049】
(実施例6)免疫蛍光染色
Nanog及びSSEA1もまた、幹細胞のマーカータンパク質であり、それらの発現レベルを免疫蛍光染色により評価することで、BPが幹細胞の自己複製性及び多能性を効果的に維持し得るかをさらに確かめることができる。
【0050】
実施例群の培地(BP5、BP10、BP20、又はBP40)、LIF含有培地(BP無し)及びコントロール群の培地(BP無し)を各々用いて、6ウェル培養ディッシュ(各ウェルにスライドを備える)において、72時間、1ウェルにつき1×10の初期濃度でES細胞を培養した。培地を取り除き、細胞をPBSで洗った。次に、PBSを取り除き、その後、4%パラホルムアルデヒドを加え、10分間室温で固定を行った。次に、パラホルムアルデヒドを取り除き、その後スライドを0.1%Tween−20/1×PBSで3回、各回10分間洗った。0.3%Tween−20/1×PBSを加え、30分間室温に保ち、染料が細胞膜に浸透して入り込むようにした。スライドを0.1Tween−20で3回洗った後、5%FBS/1×PBSを加え、2時間、室温でブロッキング反応を行い、その後、一晩、室温で、1:100の希釈で一次抗体[anti−Nanog(Novus)又はanti−SSEA1(Millipore)]と反応させた。スライドをその後0.1%Tween−20で5回洗い、その後、1:500の希釈で二次抗体[FITCコンジュゲート−anti−マウスIgG又はTRITCコンジュゲート−anti−ウサギIgG(シグマ−アルドリッチ)]と反応させた。10分間、0.1%Tween−20で洗った後、スライドを、DAPI含有UltraCruz(登録商標)Mounting mediumに載せ、倒立蛍光顕微鏡を用いて観察した。結果を、図5A−5D及び表5に示す。
【0051】
【表5】
【0052】
前述の培養条件を用いることで、実施例群の培地(BP5、BP10、BP20、又はBP40)、LIF含有培地(BP無し)及びコントロール群の培地(BP無し)を各々用いて、iPS細胞を培養した。iPS細胞の染色を、前述の工程を用いることで行った。結果を、図6A−6D及び表6に示す。
【0053】
【表6】
【0054】
図5A−5D、表5、図6A−6D及び表6に示されるように、Nanog及びSSEA1の発現レベルは、コントロール群(BP無し)に比して、BP含有ES細胞培地を含む実施例群においてより高く、LIF含有培地(BP無し)を用いた群のそれと同等であった。前述の結果から、BPはたしかにES細胞及び/又はiPS細胞の自己複製性及び多能性を維持し得ることが示される。
【0055】
(実施例7)胚様体の形成及び分化
胚様体の形成及び分化もまた免疫蛍光染色により観察し、ES細胞の多能性の維持におけるBPの影響を検証した。
【0056】
実施例群の培地(BP10)を用いて、6ウェル培養ディッシュにおいて、1ウェルあたり1×10の初期濃度でES細胞を培養した。ES細胞を3代継代し、胚様体形成培地[DMEM+20%FBS+βメルカプトエタノール(1mM)+1%L−グルタミン+1%NEAA]を含有するUltra Low Cluster Plate(Costar)においてさらに2−3日間インキュベートし、その後、胚様体形成を観察した。胚様体を、24ウェル培養ディッシュに入れ(5−6胚様体/ウェル)、さらに3日間インキュベートした。次に、免疫蛍光染色を行い、anti−Tuj1抗体(外胚葉マーカー)、anti−α−SMA抗体(中胚葉)及びanti−Gata4抗体(内胚葉マーカー)で細胞を検出した。結果を図7に示す。
【0057】
図7に示されるように、BPのES細胞培地への添加により、ES細胞が胚様体を形成し、さらに、外胚葉、中胚葉及び内胚葉を含むすべての3つの胚葉に分化し得た。BPはたしかに、幹細胞の多能性を維持し得ることが明白であった。
【0058】
(実施例8)幹細胞のシグナリング経路
実験A.DNAマイクロアレイ分析
DNAマイクロアレイ分析を用いて、細胞がBP含有培地により培養された場合に、細胞内の種々の経路における遺伝子発現プロファイルが影響を受けるかについて検証した。
【0059】
実施例群の培地(BP10又はBP40)、LIF含有培地(BP無し)及びコントロール群の培地(BP無し)を各々用いて、6ウェル培養ディッシュにおいて、24時間、1ウェルにつき1×10の初期濃度でES細胞を培養した。次に、トータルRNAの抽出を行い、得られたRNAをCy3でラベルした。サンプルを、使用説明書に従って、Agilent Mouse G3 Whole Genome Oligo 86×60K microarrays(Agilent)とハイブリダイズさせた。アレイをマイクロアレイスキャナーシステムでスキャンし、データをGeneSpring GX software(Agilent)を用いて分析した。
【0060】
遺伝子の生物学的機能及び関係するシグナリング経路を、KEGG及びBabelomicsのデータベースに従って分類して、発現レベルにおいて顕著に調節されている遺伝子の数を評価した。結果を表7に示す。表7に示されるように、BP含有培地で培養されたES細胞において顕著に調節された遺伝子は、大部分がPPAR、ECM受容体相互作用、及び/又はJak−Statシグナリング経路に関係していた。現在関連する研究によると、Jak−Statシグナリング経路は、幹細胞の自己複製性及び多能性維持の観点から最も関連性の高いものである。
【0061】
【表7】
【0062】
実験B.リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(リアルタイムPCR;Q−PCR)
実施例4に記載されたプロトコールを繰り返し、実施例群の培地(BP10又はBP40)、LIF含有培地(BP無し)及びコントロール群の培地(BP無し)を各々用いたが、リアルタイムPCRは、表8に示されるプライマーで行い、Jak2及びStat3遺伝子のmRNA発現レベルを検出した。結果を図8に示す。図8に示されるように、Jak2及びStat3のmRNA発現レベルは、BP含有ES細胞培地で培養された細胞において、顕著にアップレギュレートされていた。
【0063】
【表8】
【0064】
実験C.ウェスタンブロットアッセイ
現在知られている研究によると、Jak2及びStat3のタンパク質はリン酸化されて、活性体を形成し、Jak2−Stat3シグナリング経路は、Jak2及びStat3がリン酸化された場合に活性化される。
【0065】
実施例群の培地(BP5又はBP10)、LIF含有培地(BP無し)及びコントロール群の培地(BP無し)を各々用いて、6ウェル培養ディッシュにおいて1ウェルあたり1×10の初期濃度でES細胞を培養した。培地を、細胞が70−80%コンフルエンスに増殖するまで、取り除いた。タンパク質を抽出し、ウサギanti−Jak2抗体(Cell Signaling Technology)、マウスanti−phospho−Jak2抗体(Cell Signaling Technology)、ウサギanti−Stat3抗体(BD)及びウサギanti−phospho−Stat3抗体(Cell Signaling Technology)を用いてウェスタンブロットアッセイを行い、BPがJak2−Stat3シグナリング経路における遺伝子のタンパク質発現レベルに影響を与えるかについて検証した。結果を図9及び表9に示す。
【0066】
図9及び表9に示されるように、Jak2及びStat3のトータルタンパク質発現及びリン酸化タンパク質発現レベルは、BPを含有するES細胞培地で培養した群において顕著に増加した。この結果より、BPはJak2−Stat3シグナリング経路を活性化することでES細胞の自己複製性を維持し得ることが示される。
【0067】
【表9】
【0068】
実験D.サイトカイン遺伝子調節の評価
BPがどのようにJak2−Stat3シグナリングの活性化をもたらすのかを理解するために、実施例4のプロトコールを繰り返した。実施例群の培地(BP5又はBP10)、LIF含有培地及びコントロール群の培地を各々用いて、リアルタイムPCRを表8に示されるプライマーを用いて行い、Jak2及びStat3のシグナリング経路に関連するサイトカイン遺伝子(LIF、EGF、EPO、IL−5、IL−11及びOSM)のmRNA発現レベルを検出した。結果を、図10及び表10に示す。
【0069】
図10及び表10に示されるように、6遺伝子のmRNA発現レベルは、BPを含有するES細胞培地で培養した細胞において顕著にアップレギュレートした。その効果は、BP10で培養された細胞において最も顕著であった。この結果より、BPはJak2−Stat3に関連するサイトカインのレベルを増加させることができ、それゆえ、Jak2及びStat3タンパク質を活性化させて幹細胞の多能性を維持することが明らかとなった。
【0070】
【表10】
【0071】
(実施例9)iPS細胞作製効率の評価
MEF細胞は、Pou5f1−GFPトランスジェニックマウス(ジャクソンラボラトリー)から単離された。pcDNA−Oct4、pcDNA−Sox2、pcDNA−c−Myc及びpcDNA−Klf4プラスミドを2日に1回(全部で4回)、Pou5f1−GFP MEF細胞に導入し、コトランスフェクションによりiPS細胞を作製した。培地をトランスフェクション6日後、BP含有培地に代え、培地を毎日交換した。9日目、MEF細胞を実施例1で得られた支持細胞上に継代し、GFP陽性クローンを観察した。最後に、iPS細胞のGFP蛍光シグナルを蛍光顕微鏡で検出した。蛍光シグナル強度は、細胞作製効率に正比例する。
【0072】
本実施例は、2つの群、BP(T+P)及びBP(T)を含み、BP(T+P)は、トランスフェクション前及び支持細胞上に置いた後に、実施例群の培地(BP10)で培養された群であり、BP(T)は、トランスフェクション前に、実施例群の培地(BP10)で培養された群である。結果を、図11及び表11に示す。
【0073】
【表11】
【0074】
図11及び表11に示されるように、BP含有iPS細胞培地を含む実施例群は、コントロール群(BP無し)のそれに比して、より高いGFP蛍光シグナルを示した。この結果より、BPはたしかにiPS細胞の作製効率を向上させ得ることが示される。
【0075】
得られたiPS細胞のAP活性は、AP染色により評価された。Nanog及びSSEA1の発現レベルは、胚葉体形成及び分化と同様に、免疫蛍光染色により観察された。結果を図12に示す。図12に示されるように、BP含有iPS細胞培地を含む実施例群(T+P)では、より高いAP、Nanog、及びSSEA1発現レベルを示した。この結果により、BPはiPS細胞の作製効率を向上させるだけでなく、iPS細胞の自己複製性及び多能性を維持させ得ることが示される。
【0076】
加えて、iPS細胞(T+P)を、実施例7において示される工程により培養して、胚葉体の形成及び分化を観察した。結果を、図13に示す。図13に示されるように、免疫蛍光染色により、anti−Tuj1抗体(外胚葉マーカー)、anti−α−SMA抗体(中胚葉マーカー)、及びanti−Gata4抗体(内胚葉マーカー)を用いて細胞を検出した。iPS細胞は、3つの胚葉、すなわち、外胚葉、中胚葉及び内胚葉に分化し得ることが観察された。この結果により、BPがiPS細胞の作製効率を向上させるだけでなく、さらにこうして得られたiPS細胞の多能性を維持させ得ることが示される。
【0077】
前述の結果によると、BPを本発明における幹細胞培地に添加することで、幹細胞の作製効率を向上させるだけでなく、培養手順の間こうして得られた幹細胞の多能性を維持させることができる。したがって、高価なLIFが回避され、それゆえ、経済的な方法で幹細胞を培養して幹細胞の適用を改善させることができる。
【0078】
上述の実施例は、本発明の原理及び有効性を示すために単に例示されたにすぎず、本発明を限定することを意図していない。本技術分野における当業者であれば、本発明の技術的範囲において種々の変更及び修正を行い得ることが明白である。それゆえ、これらの変更及び修正は添付された特許請求の範囲及び同等物の範囲内に含まれることが明らかである。
【0079】
(関連する出願)
本出願は、台湾特許出願102102807(出願日2013年1月25日)に基づく優先権を主張しており、その内容は本明細書に参照として取り込まれる。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図6A
図6B
図6C
図6D
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]