(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記薬学的組成物がインフルエンザウイルスと接触することにより、インフルエンザウイルスエンベロープと宿主細胞膜との融合を阻害する、請求項1に記載の薬学的組成物。
【背景技術】
【0003】
全てのウイルスは、複製するために、それらの標的細胞に結合および侵入しなくてはならない。クラスI膜融合タンパク質を有するRNAウイルスを含む、エンベロープを有するウイルスでは、そのプロセスは、(a)標的細胞へのビリオンの結合、(b)原形質膜または内部細胞膜と、ウイルスのエンベロープとの融合、(c)融合孔を生じさせるための、融合領域でのウイルスエンベロープおよび細胞膜の不安定化、(d)孔を介したウイルスRNAの移動、ならびに(e)ウイルスRNAによる細胞機能の改変を伴う。
【0004】
ウイルス膜と細胞エンベロープとの融合を伴う、上記の段階(b)および(c)は、ウイルスの膜貫通糖タンパク質(融合タンパク質)と、標的細胞の表面タンパク質および膜との相互作用により仲介される。これらの相互作用により、融合タンパク質における立体構造の変化が生じ、その結果、標的細胞の膜の中にウイルス融合ペプチドが挿入される。この挿入の後、融合タンパク質内部でのさらなる立体構造の変化が生じ、それによりウイルスエンベロープと細胞膜とが非常に接近し、その結果、2枚の膜からなる2重層の融合が生じる。
【0005】
ウイルスは、この融合プロセスが混乱すると、宿主内で拡散および繁殖することができない。この融合プロセスの意図的な混乱は、ペプチドおよびペプチド模倣体を、融合タンパク質の配列、融合タンパク質を認識する抗体、および融合タンパク質に対抗して作用する他の因子に対して相同にすることによって行うことができる。
【0006】
インフルエンザウイルスであるオルトミクソウイルスのエンベロープタンパク質である血球凝集素2(HA2)は、原型RNAウイルスのクラスI融合タンパク質である。HA2は、融合ペプチドと呼ばれる、血球凝集素前駆体タンパク質の切断の際に露出される、アミノ末端の疎水性ドメインを含む。レトロウイルスの膜貫通タンパク質は、融合ペプチドの他に、伸長したアミノ末端ヘリックス(通常は「7個の反復」または「ロイシンジッパー」であるN−ヘリックス)、カルボキシ末端ヘリックス(C−ヘリックス)、および膜貫通ドメインに近接している芳香族モチーフを含む、HA2の既知の構造と共通のいくつかの構造的特徴を含む。これらの5つのドメインのうち少なくとも4つが存在していると、ウイルスエンベロープタンパク質はクラスI融合タンパク質であると定義される。
【0007】
図1は、クラスIウイルスの6つのファミリーの融合タンパク質の、5つの前述したドメインを示す。この融合タンパク質は、疎水性の融合ペプチドにおいて始まり、アンカーペプチドにおいて終わり、伸長したアミノ末端のα−ヘリックス(通常は「7個の反復」または「ロイシンジッパー」であるN−ヘリックス)、カルボキシ末端のα−ヘリックス(C−ヘリックス)、および時として、ビリオンエンベロープに近接している芳香族モチーフを組み込む。また、ウイルスファミリーのそれぞれについて、本発明者らにより発見され、米国特許出願第10/578013号に記載されている、本明細書において融合開始領域(FIR)と呼ばれる6番目のドメインが示されている。
【0008】
アメリカ合衆国の人口の約10から20パーセントが、毎年、季節性インフルエンザに罹患している。ほとんどの人は1〜2週間でインフルエンザから回復するが、非常に若い人、高齢者、および慢性的な病状を有する人は、インフルエンザ後肺炎および他の致命的な合併症を発症することがある。インフルエンザの原因となる作用因子は、インフルエンザウイルスであるオルトミクソウイルスであり、これは、断片化したウイルスゲノムの再集合および突然変異のプロセスを介して新たな株を速やかに生じさせるものである。
【0009】
A型インフルエンザウイルスの高毒性株は、流行および汎発をもたらし得る。近年では、高い死亡率をもたらし得る、トリインフルエンザAウイルスの亜型H5N1の高病原性株が出現してきている。公衆衛生に対してもバイオテロの潜在的な作用因子としても、インフルエンザによりもたらされる脅威のため、季節性インフルエンザと汎発性インフルエンザの脅威の増大とを制御するための治療法の開発は最優先事項である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、インフルエンザ感染症の治療もしくは予防、またはインフルエンザ感染症の個人間での伝染の予防に有用なペプチド、ペプチド類似体、ペプチド誘導体、抗体、および薬学的組成物を提供する。本発明は、野生型インフルエンザ血球凝集素2タンパク質の融合開始領域(FIR)の部分に対するアミノ酸配列の類似性を有するペプチドを利用するものである。本発明のペプチドは、インフルエンザウイルス−細胞融合を阻害し得、それにより、インフルエンザ感染症を治療および/または予防することができる。本発明のペプチドは、FIRの領域における野生型インフルエンザウイルス血球凝集素2タンパク質の選択された部分、または選択された部分の変異体を含み得る。変異体は、野生型血球凝集素2タンパク質配列のアミノ酸残基配列における選択された置換によって、野生型タンパク質と異なる。理論に拘泥されるものではないが、本発明のペプチドは、ウイルスの融合ペプチドのFIRドメインと標的細胞の表面との正常な相互作用に干渉することにより、例えば、活性化または融合に必要なタンパク質凝集または立体構造の変化に干渉することにより、インフルエンザ感染症を予防および治療すると考えられる。
【0021】
第1の実施形態において、本発明の単離されたペプチドは、タンパク質の融合開始領域(FIR)と、FIRのアミノ末端側およびカルボキシ末端側にある最大5個のアミノ酸残基とを含む、選択された野生型インフルエンザ血球凝集素2タンパク質の部分の、8から40個の連続したアミノ酸残基、好ましくは9から16個の連続したアミノ酸残基、またはその変異体からなる。8〜40個のアミノ酸ペプチドには、少なくとも配列YNAELL(配列番号1)またはその変異体が含まれ、この変異体は、Y1S、Y1T、Y1W、Y1A、N2Q、A3L、A3I、A3V、E4D、E4K、E4R、E4H、L5I、L5V、L5A、L6I、L6V、およびL6Aからなる群から選択される1つまたは複数のアミノ酸置換によって、配列番号1と異なるものである。配列番号1は、全ての特徴付けられたインフルエンザA血球凝集素2タンパク質のFIRの最も高度に保存された部分の1つに相当する(すなわち、インフルエンザA血球凝集素2配列の残基94〜99)。FIRのアミノ酸配列には、タンパク質のN−ヘリックスにおける残基77辺りで始まり、選択された野生型血球凝集素2タンパク質の残基110から残基119の範囲にある残基で終わる、選択された野生型血球凝集素2タンパク質の部分が含まれる。本明細書中に記載される、インフルエンザのFIRのカルボキシ末端は、Wimley−White界面疎水性が増大する領域が開始する残基104(N−ヘリックスのカルボキシ末端)を超えて、最初の残基の直前にある残基である。言い換えれば、FIRは、野生型血球凝集素2タンパク質のWimley−White界面ヒドロパシープロフィールにおいて、N−ヘリックス(残基77)において始まり、N−ヘリックスのカルボキシ末端の約15残基後に終わるピークを示す、アミノ酸残基の配列を特徴とする。ピーク領域(すなわちFIR)のカルボキシ末端は、ヒドロパシープロフィールにおける極小を特徴とする。FIRのカルボキシ末端での極小の直後にある残基は、ヒドロパシープロフィールにおける別のピーク(すなわち、界面疎水性が増大する領域)を開始する。
【0022】
この第1の実施形態において、変異体は、上記の選択された野生型タンパク質の部分のアミノ酸配列における1つまたは複数のアミノ酸置換によって、選択された野生型配列と異なる。置換は、他の野生型インフルエンザ血球凝集素2タンパク質の対応するアミノ酸残基、または対応する残基の同類置換から選択され、好ましくは、少なくとも1つの野生型血球凝集素2のFIRのアミノ酸配列の対応領域のWimley−White界面ヒドロパシープロフィールの極大および極小の約5個のアミノ酸残基内に、プロフィールにおける極大および極小を有する変異体について、Wimley−White界面ヒドロパシープロフィールを維持するように選択される。例えば、野生型血球凝集素2は、インフルエンザA血球凝集素2(配列番号17〜29)のH1、H2、H3、H4、H5、H6、H7、H9、H10、H11、H12、H13、H15、およびH16変異体からなる群から選択される亜型から、または、インフルエンザB血球凝集素2タンパク質(配列番号30)から得ることができる。インフルエンザA血球凝集素2の亜型H1、H2、H3、H4、H5、H6、H7、H9、H10、H11、H12、H13、H15、およびH16のアミノ酸配列は、
図2に示されており、FIR領域は黒い輪郭で囲まれている。インフルエンザB血球凝集素2のアミノ酸配列(配列番号30)は、
図3に示されている。好ましくは、選択された野生型配列の変異体は、野生型配列と少なくとも50パーセントの配列同一性(例えば、少なくとも60%、少なくとも70%、または少なくとも80%の配列同一性)を有する。
【0023】
第2の実施形態において、本発明のペプチドは、野生型インフルエンザAもしくはインフルエンザBの血球凝集素2タンパク質のFIRの残基72〜113の8〜40個、好ましくは9〜16個の連続したアミノ酸残基、またはその変異体を含み、この変異体は、1つまたは複数のアミノ酸残基の置換によって、野生型配列の残基72〜ら113と異なるものである。変異体における置換は、他の野生型血球凝集素2タンパク質の対応アミノ酸残基またはその同類置換から選択され、好ましくは、野生型ペプチドのWimley−Whiteヒドロパシープロフィールの全形態を保存するように、すなわち、対応する野生型血球凝集素2のアミノ酸配列のWimley−Whiteヒドロパシープロフィールの極大および極小の約5個のアミノ酸残基内に極大および極小を有する変異体について、Wimley−Whiteヒドロパシープロフィールを維持するように選択される。例えば、好ましくは、この実施形態における変異体は、特定の野生型アミノ酸配列の同類置換を含む。
【0024】
本明細書において用いる場合、「同類置換」という用語およびその文法上の変形は、野生型残基とは異なるがその野生型残基と同一のアミノ酸クラスにある、ペプチドの配列におけるアミノ酸残基(すなわち、非極性残基に置き換わる非極性残基、芳香族残基に置き換わる芳香族残基、極性非荷電残基に置き換わる極性非荷電残基、荷電残基に置き換わる荷電残基)の存在を言う。さらに、同類置換は、それが置き換わる野生型残基と同一の符号で、かつ通常はそれと同様の程度の界面ヒドロパシー値を有する残基を包含し得る。
【0025】
本明細書において用いる場合、用語「非極性残基」は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、およびプロリンを言い、用語「芳香族残基」は、フェニルアラニン、チロシン、およびトリプトファンを言い、用語「極性非荷電残基」は、セリン、スレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、およびグルタミンを言い、用語「荷電残基」は、負に荷電したアミノ酸であるアスパラギン酸およびグルタミン酸ならびに正に荷電したアミノ酸であるリジン、アルギニン、およびヒスチジンを言う。
【0026】
図4は、
図2に示されるインフルエンザA血球凝集素2亜型のそれぞれの残基72〜113を、インフルエンザB血球凝集素2の対応領域(すなわち、配列番号30の残基72〜113)と共に比較するものである。
図4において明らかであるように、異なる血球凝集素亜型の間で顕著な配列類似性が存在する。インフルエンザA血球凝集素2亜型のそれぞれの残基72〜113の領域は、H3亜型の対応領域(すなわち配列番号2)に対して、50パーセント以上の配列同一性を有する。配列番号2と様々な他の亜型の残基72〜113との間の配列同一性のパーセンテージは、以下の通りである。H4およびH14は、配列番号2と約95.2%の配列同一性を有し、H7およびH15は配列番号2と約59.5%の配列同一性を有し、H10およびH16は配列番号2と約54.7%の配列同一性を有し、H5およびH6は配列番号2と約52%の配列同一性を有し、H1、H2、H9、およびH13は配列番号2と50%の配列同一性を有する。インフルエンザB血球凝集素2の残基72〜113は、配列番号2と約30.9%の配列同一性を有するが、配列番号2とインフルエンザBタンパク質の残基72〜113との間の差異は、主に同類置換である。
【0027】
図2、
図3、および
図4から明らかであるように、既知の野生型血球凝集素2タンパク質は、2つ以上のアミノ酸クラスに属する残基72〜113の範囲における位置でアミノ酸残基を集合的に有する。したがって、このような場合において、本発明のペプチドの変異体は、これらのような位置で、2つ以上のアミノ酸クラスからのアミノ酸置換も含み得る。好ましくは、選択された野生型配列の変異体は、野生型配列と少なくとも50%の配列同一性(例えば、少なくとも60%、少なくとも70%、または少なくとも80%の配列同一性)を有する。
【0028】
第3の実施形態において、本発明のペプチドは、配列番号2のアミノ酸配列(EVEGRIQDLEKYVEDTKIDLWSYNAELLVALENQHTIDLTDS)の8〜40個の連続したアミノ酸残基、好ましくは9〜16個の連続したアミノ酸残基、またはその変異体からなる。配列番号2は、野生型インフルエンザAの亜型H3の血球凝集素2タンパク質の、アミノ酸残基72〜113を含む部分である。この実施形態において、ペプチドは少なくとも配列番号2のアミノ酸残基23から28またはその変異体を含み、この変異体は、1つまたは複数のアミノ酸置換によって、配列番号2と異なるものである。変異体配列における1つまたは複数のアミノ酸残基の置換は、表1に示される置換の群から選択される。好ましくは、変異体は、配列番号2と少なくとも50%の配列同一性(例えば、少なくとも60%、少なくとも70%、または少なくとも80%の配列同一性)を有する。表1において、置換の第1の欄が好ましく、置換の第2の欄がより好ましく、第1の欄にあるものよりも保存的であるが、置換の第3の欄は、本発明のペプチドに含まれ得る代替物である。
【0030】
特定の好ましい実施形態において、本発明のペプチドは、野生型インフルエンザA血球凝集素2(HA2)タンパク質またはインフルエンザB血球凝集素(HB)タンパク質のFIRの部分に相当する、表2に示されるあらゆる配列(配列番号3〜13)の少なくとも8個の連続したアミノ酸残基からなるペプチドである。他の好ましい実施形態において、ペプチドは、配列番号3〜13のいずれか1つの変異体の少なくとも8個の連続したアミノ酸残基からなる。この代替的な実施形態において、変異体は、上述の第3の実施形態において記載されたものに類似した、1つまたは複数のアミノ酸置換、好ましくは同類置換、また好ましくは表1に示されるようなペプチドのそれぞれの位置での対応する置換残基から選択されたものによって、選択された配列と異なる。
【0031】
さらに、
図2および
図4に示される配列は、アラインされた血球凝集素2のアミノ酸配列の指示された位置でのコンセンサス残基に相当する多くの残基を太字で示す。本明細書において用いる場合、アミノ酸配列のアラインメントの比較におけるアミノ酸残基に適用される用語「コンセンサス」は、アラインされた配列の大部分において所与の位置で現れるアミノ酸を言う。
図2において、コンセンサス残基は、この図において示される13個の配列の少なくとも7個において所与の位置で現れるアミノ酸である。
図4において、コンセンサス残基は、この図において示される14個の配列の少なくとも8個において所与の位置で現れるアミノ酸である。
図4において比較される血球凝集素2配列の残基72〜113の領域において、コンセンサス残基は、V73、E74、R76、I77、L80、D86、D90、W92、S93、Y94、N95、A96、E97、L98、L99、V100、L101、L102、E103、N104、T107、D109、D112、およびS113である。好ましくは、本明細書において記載されるあらゆる実施形態を含む本発明のペプチドには、ペプチドに包含されるHA2タンパク質の領域またはその変異体内の全てのコンセンサス残基までを含む、これらのコンセンサス残基の1つまたは複数が含まれる。
【0033】
インフルエンザB血球凝集素2ペプチド(配列番号8)を除く、表2における全ての配列は、配列番号3と50パーセント超の配列同一性を有し、すなわち、配列番号4、5、9、および13は配列番号3と62.5パーセントの同一性であり、配列番号6、7、9、10、11、および12は、配列番号3と56.2パーセントの同一性である。インフルエンザB血球凝集素2は配列番号3と約31パーセントの配列同一性を有するが、配列番号8と配列番号3との間の差異は、主に同類置換である。さらに、配列番号3〜13により示されるペプチドのそれぞれには、コンセンサス残基D86、D90、W92、S93、Y94、N95、A96、E97、L98、L99、V100、L101、およびL102の1つまたは複数が含まれる。
【0034】
別の態様において、本発明は、本発明のペプチドの類似体を提供する。1つの実施形態において、類似体は、環状構造を形成するためにジスルフィド結合(すなわちシスチン架橋)を共有する少なくとも2つのシステイン残基を含む環状ペプチドを含む。それぞれのシステイン残基は、独立して、ペプチドの残基、直接的にもしくは結合ペプチド配列を介してペプチドのアミノ末端に結合した残基、または、直接的にもしくは結合ペプチド配列を介してペプチドのカルボキシ末端に結合した残基である。環状ペプチド構造は、多くのペプチドの生体内での生体安定性を改善することが知られている。
【0035】
別の実施形態において、類似体は少なくとも1つの非天然アミノ酸残基(すなわち、D−アミノ酸残基、N−メチルバリンなどのN−メチル化残基、ヒドロキシプロリン、アミノ酪酸など)を含む。非天然アミノ酸の特定のこのような置換は、多くのペプチド化合物(例えば、D−アミノ酸、ヒドロキシプロリン)におけるペプチダーゼによる切断に対する抵抗性を付与すること、またはペプチドのα−ヘリックス含有量(例えばアミノ酪酸)を増大させることが知られている。
【0036】
さらに別の実施形態において、類似体は、1つまたは複数のプロリン、グリシン、またはグルタミン酸残基での、ペプチドのアミノ酸残基の1つまたは複数の天然アミノ酸の置換を含み得る。プロリン残基およびグリシン残基は、必要であれば、または所望により、ペプチドのα−ヘリックス含有量を混乱(disrupt)させ得るが、グルタミン酸残基は、ペプチドのα−ヘリックス含有量を増大させ得る。
【0037】
さらに別の態様において、本発明は、追加の基を含む本発明のペプチドまたは類似体の誘導体を提供する。1つの実施形態において、追加の基は、エステル結合、アミド結合、エーテル結合、チオエステル結合、またはチオエーテル結合を介してペプチドに結合している、C
8からC
20のアルキル基またはカルボン酸アルキル基などの脂質である。例えば、誘導体は、ペプチドの残基に結合しているミリスチン酸基などの脂肪アルキルエステル基を含み得る。脂質の置換は、例えば、ペプチドの生体安定性を増大させ得る。
【0038】
別の実施形態において、誘導体は、ペプチドのアミノ酸残基の1つまたは複数の側鎖上のアミノ置換基、ヒドロキシル置換基、またはチオール置換基に付加されているポリエチレングリコール(PEG)基を含む。このようなPEG誘導体は、例えば、高レベルのペプチダーゼを含む肝臓などの器官における取り込みを阻害することにより、タンパク質の薬物動態を改善し得ることが多い。
【0039】
さらに別の誘導体の実施形態において、ペプチドには、8〜40個のアミノ酸からなるペプチドのアミノ末端、そのペプチドのカルボキシ末端、または両方の末端に結合した、非HA2ポリペプチド配列が含まれる。非HA2配列は、非HA2タンパク質(例えば血清アルブミン)、もしくは非HA2タンパク質の部分であり得るか、または、例えば、好ましくはペプチドのカルボキシ末端に付加された、ASKSKSK(配列番号15)などのペプチドの可溶化に用いられる配列もしくはその変異体を含み得る。
【0040】
本発明の別の好ましい誘導体は、本発明のペプチドからなる第1のペプチドセグメント(例えば、野生型配列の残基72〜113の領域からの野生型インフルエンザHA2タンパク質の部分の8〜40個の連続したアミノ酸残基またはその変異体)と、第1のペプチドセグメントのアミノ末端、カルボキシ末端、またはアミノ末端およびカルボキシ末端の両方に結合している非HA2ペプチド配列を含む、少なくとも1つのさらなるペプチドセグメントとを含む、単離されたポリペプチドである。
【0041】
別の態様において、本発明は、本発明のペプチド、類似体、または誘導体に特異的な(すなわち、それらに特異的および選択的に結合することが可能な)単離された抗体を提供する。このような抗体は、本発明の組成物で治療されている患者から得られた生体試料における本発明のペプチド、類似体、または誘導体の濃度の存在を決定するための試薬として有用である。さらに、野生型血球凝集素2亜型の部分を含む本発明のペプチドを標的とする抗体はまた、天然の血球凝集素2タンパク質にも結合することができる。このような結合は、同様に、ある程度のレベルの、インフルエンザウイルス−細胞融合プロセスの阻害をもたらし得る。好ましくは、抗体は、マウスなどのヒト以外の動物の抗体に由来するキメラ抗体またはヒト化抗体であり得るモノクローナル抗体である。所与のタンパク質またはペプチドからモノクローナル抗体を調製する方法は、当技術分野において周知である。キメラ抗体またはヒト化抗体を調製する方法もまた、当業者に周知である。
【0042】
本発明の別の態様は、インフルエンザ感染症を治療または予防する方法において用いることができる、本発明のペプチド、類似体、誘導体、または抗体を含む薬学的組成物である。特定の好ましい実施形態において、この組成物には、患者、例えば鼻道または気道への、ペプチド、類似体、誘導体、または抗体の送達に適した、薬学的に許容可能な媒体または担体中の、本発明のペプチド、類似体、誘導体、または抗体が含まれる。鼻道または気道に活性成分を送達するのに適した媒体および担体は当技術分野において周知であり、生理食塩水、緩衝生理食塩水、吸入可能な粉末などが含まれる。担体にはまた、界面活性剤、防腐剤、分散剤などの他の賦形剤成分が含まれ得る。組成物は、エアロゾル、エアロゾル化していない液体、軟膏、またはクリーム(例えば鼻への適用のため)などとして送達され得る。本発明の薬学的組成物は、インフルエンザに罹患している患者に対して、インフルエンザを阻害する量の本発明の薬学的組成物を投与することにより、インフルエンザ感染症を治療または予防するための方法の一部として用いることができる。
【0043】
本発明の別の態様は、インフルエンザ感染症を治療または予防するための、本発明のペプチド、類似体、誘導体、抗体、または薬学的組成物の使用である。これには、インフルエンザを治療するための医薬品を調製するための、本発明のペプチド、類似体、誘導体、または抗体の使用が含まれ得る。
【0044】
インフルエンザウイルス
インフルエンザAウイルスには複数の亜型が存在する。それぞれのウイルス亜型は、ウイルスの脂質膜エンベロープ内に埋め込まれた2つの糖タンパク質の変形物の、1つの特定の組み合わせを含む。亜型を規定する2つの糖タンパク質は、血球凝集素2(HA2)およびノイラミニダーゼである。HA2にはそれぞれH1からH16と呼ばれる16個の既知の変異体が存在し、ノイラミニダーゼにはそれぞれN1からN9と呼ばれる9個の既知の変異体が存在する。それぞれのウイルス亜型は、その血球凝集素2変異体およびノイラミニダーゼ変異体の数によって特定され、特徴付けられる。例えば、インフルエンザA亜型H3N2はブタインフルエンザであり、亜型H5N1はトリインフルエンザである。
【0045】
HA2は、インフルエンザウイルスを含むオルトミクソウイルスファミリーにおける全てのウイルスの融合タンパク質である。全てのインフルエンザウイルスのFIRはそのHA2糖タンパク質内に存在する。16個の既知のHA2変異体であるH1、H2、H3、H4、H5、H6、H7、H8、H9、H10、H11、H12、H13、H14、H15、およびH16のうち13個のアミノ酸配列は、
図2に示されている(それぞれ、配列番号17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、および29)。H8、H11、およびH12亜型の配列は報告されていない。H3血球凝集素2の融合開始領域は、現在、
図2に示されるH3のアミノ酸配列の残基77〜119(配列番号19)として同定されている。
【0046】
配列番号3のアミノ酸配列VEDTKIDLWSYNAELL(配列番号19の残基84〜99、H3 HA2)を具現する、本明細書においてインフルエンザ阻害剤3(F3)と呼ばれる単離されたペプチドは、現在、強力な抗ウイルス特性を有することが明らかにされている。ランダムにスクランブルされた配列SWLVNKIYLTDDEVEL(配列番号14)における、同一の16個のアミノ酸を含む単離されたペプチドは、認識可能な抗ウイルス特性を示さない。F3の抗ウイルス特性には、血球凝集アッセイにより明らかにされた、ウイルス結合の阻害が含まれる。F3はまた、プラークアッセイにより明らかにされたように、ウイルスの結合、融合、および感染も阻害する。
【0047】
抗インフルエンザウイルス活性
F3は、それぞれのHA2タンパク質の全ての配列および構造の両方において顕著な多様性を示す広範なH1、H3、H5、およびインフルエンザBウイルスに対する強力な感染阻害活性を有する。F3の広範な活性は、少なくとも部分的に、FIR、特に全ての既知のインフルエンザA亜型およびインフルエンザBの残基84〜99で表されるFIRの部分が、HA2タンパク質における最も高度に保存された領域の1つであるという事実に関連している可能性がある。理論に拘泥されるものではないが、F3と野生型HA2亜型の対応領域(残基84〜99)との間の配列類似性により、ペプチドがHA亜型の全てでFIRの対応部分に効果的に結合するかまたはそれと相互作用することが可能になると考えられる。この相互作用は、融合プロセスの際のHAタンパク質の正常な働きに干渉する(例えば、融合プロセスが進行するために必要なタンパク質凝集または立体構造の変化に干渉することによる)。
【0048】
F3は、標準的なFMOC化学を用いて、PEG−PS−PAL樹脂上にグラム量で合成されている。大量のタンパク質生成物は、HPLCを用いて>95%まで精製されており、残りの物質は主に、短い関連ペプチドである。精製されたペプチドは、溶媒を除去するために凍結乾燥した。凍結乾燥粉末は、例えばヘキサフルオロイソプロパノール内にそれを溶解し、超高純度の窒素流(Praxair UHP、99.999%)を用いて溶媒を蒸発させることにより、さらに処理することができる。そして、得られた粉末は、10mMのリン酸カリウムまたはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)などの水性緩衝液内に粉末を溶解することにより、後に再構成することができる。溶液中のF3の濃度は、mg/ml=(A280×mw)/eという式を用いて決定することができ、この式において、eは280nmでのペプチドのアミノ酸配列における2つの発色性アミノ酸の分子吸光係数の合計であり、すなわち、5560(Trp)+1200(Tyr)の合計の場合、e=6760である。
【0049】
F3は、強力かつ広範囲にわたるインフルエンザAウイルス阻害活性を有し、プラーク減少アッセイにおいてピコモル濃度での阻害を示す。オーバーレイとしてAVICEL(登録商標)微結晶セルロースを用いる免疫プラークアッセイ(Matrosovichら、2006年)を用いて、単層を固定し、インフルエンザウイルスの核タンパク質に対する特異的抗体で染色することにより、プラークを検出した。ペプチド阻害アッセイにおいて、ペプチドは、約100のプラーク形成単位(pfu)のウイルスで約1時間プレインキュベートし、その後、単層の感染に用いた。(1)ペプチドが、プレインキュベーション段階において用いた濃度と同じ濃度でオーバーレイ内に含まれる、標準的な条件、または(2)ペプチドがオーバーレイ内に含まれない条件という2つの条件をインキュベーションに用いた。
【0050】
F3を、インフルエンザAウイルスのA/WSN/33(H1N1)およびA/Udorn/72(H3N2)亜型を用いて行うMadin−Darby Canine Kidney(「MDCK」)細胞プラークアッセイを用いて、インフルエンザAウイルスの複数の亜型の阻害について評価した。50μMから2.5μMの希釈のF3およびランダムにスクランブルされた対照ペプチド(配列番号14)を用いて、ウイルスの感染性に対するこれらのペプチドの効果を評価した。F3および対照ペプチドの6個の希釈を、H1N1ウイルス亜型に対して試験し、それぞれのペプチドの別の6個の希釈を、H3N2ウイルス亜型に対して試験した。
【0051】
条件(1)において、F3は、H1N1およびH3N2インフルエンザAウイルスのいくつかの異なる株(stain)による正常なサイズのプラークの形成を、約100〜500ピコモル濃度(pM)の範囲のIC
50で阻害した。条件(2)では、正常なサイズのプラークの阻害についてのIC
50は、F3では約10から100ナノモル濃度(nM)の範囲であった。条件(1)での低いnM濃度(<10nM)または条件(2)での低いμM(<10μM)では、「小さいプラーク」の存在が明らかであった。
【0052】
スクランブルされた対照ペプチドは、いずれの条件下でもインフルエンザAウイルスのプラーク形成を阻害せず、このことは、ペプチドのアミノ酸配列が重要であること、および非特異的な効果が阻害の原因とはなり得ないことを示すものである。
【0053】
F3はまた、免疫プラークアッセイにおいて、低いnM範囲(<5nM)のIC
50で、組換えH5N1インフルエンザウイルス、ならびにインフルエンザBの2つの株(B/Shanghai/361/2002およびB/Shanghai/10/2003)に対して試験管内で活性である。これらの異なるインフルエンザA株およびB株の多様性を考慮すると、F3はほとんどのインフルエンザウイルスに対して効果的であると思われる。
【0054】
米国特許出願第10/578013号において教示されている方法を用いて、H1亜型のインフルエンザAウイルスのFIRは、今や、H1のHA2配列(配列番号17)の残基77〜110として同定されている。本明細書においてインフルエンザ阻害剤1(F1)と呼ばれる、配列番号4のアミノ酸配列を有する単離されたペプチドはまた、プラークアッセイにおいて、H1およびH3のインフルエンザAウイルス亜型の両方に対して強力な(ピコモル濃度での)抗ウイルス活性を有する。F1のアミノ酸配列は、H1のFIR配列である配列番号17の残基84〜102と合致する。
【0055】
本発明のペプチドの作用のメカニズムをより良く理解するため、例えば、ウイルス複製サイクルにおけるどの段階がF3、F1、および関連するインフルエンザウイルス阻害ペプチドによって阻害されるかを決定するために、様々なインフルエンザ株で研究が行われている。最適な数の赤血球および最適な濃度のインフルエンザA/PR/8/34(H1N1)では、F3およびF1の両方が約10μMの濃度でインフルエンザウイルス誘発性の血球凝集を阻害した。最適な細胞およびウイルスの希釈(両方について1:8)では、F3は12.5から6.25μMの濃度で血球凝集を阻害した。同様の結果が、他のH3およびH1株、すなわち、H1N1株であるA/NewCaledonia/20/99およびA/WSN/33、H3N2株であるA/California/07/2004、A/NewYork/55/04、およびA/Udorn/72で得られた。逆に、F3のスクランブルされた変形物である配列番号14のアミノ酸配列を有する対照ペプチドは、いずれの濃度でも血球凝集を阻害しなかった。
【0056】
ウイルスは、より濃度が高いと血球凝集の阻害を克服することが可能であり、このことは、確率的な機序を示唆している。この従来のウイルスと細胞との結合アッセイの結果は、本発明のペプチドがビリオンと直接的に相互作用して細胞への結合を阻害することを示唆している。逆にFUZEON(登録商標)抗HIV薬は、寿命の短い融合中間体と相互作用し、ビリオン構造とは相互作用しない(Debnath、2006年;Platt、Durnin、およびKabat、2005年)。天然のビリオン構造との直接的な相互作用は、少なくとも部分的に、ウイルス感染性アッセイにおける、FUZEON(登録商標)抗HIV薬(HIV−1株に応じて4から280nM)と比較して非常に高いF3およびF1の有効性(正常なサイズのプラークで約200pM)の原因となる可能性がある。上述した小さなプラークは、ビリオン上のHAがリフォールディングしたことによる可能性がある。
【0057】
HAのリフォールディングは、これまでに、HAと相互作用することが知られているインフルエンザAウイルスの小分子阻害剤に晒した後に生じることが示唆されている(Cianciら、1999年;Luo、ColonnoおよびKrystal、1996年;Luoら、1997年)。この侵入阻害剤およびその他(Hoffmanら、1997年)は、HAを重要な治療標的として同定したため、1990年代後半における非常に重要な進歩であった。しかし、このような小分子阻害剤はこれまでインフルエンザ薬として開発されておらず、それは、この阻害剤が比較的効果が低く、IC
50が低度から中程度のμM濃度の範囲であることによる可能性が最も高い。急成長しているウイルス侵入阻害剤の分野において確立されてきている統一見解は、小分子薬が、大規模なタンパク質構造の遷移ならびにHAおよび他のウイルス融合タンパク質がウイルス侵入プロセスの際に受ける複数の細胞内相互作用に効果的に介在し得ない可能性があるというものである。
【0058】
インフルエンザウイルスビリオン−細胞融合のプロセスについてのワーキングモデルは、数十年にわたるインフルエンザウイルスおよび他のRNAウイルスについての熱心な研究から推定することができる。このようなモデルの概略図が
図5に示されている。いくつかの側面においては依然として仮説的であるが、このモデルは、薬剤開発の標的として役立ち得るインフルエンザAウイルスの糖タンパク質の構造/機能モチーフの重要性を強調し得るものである。
図5において、パネルAは、シアロ脂質またはシアロタンパク質を構成する、細胞受容体へのインフルエンザ血球凝集素1(HA1)タンパク質の結合を示す。パネルBは、エンドサイトーシス小胞内へのインフルエンザビリオンの侵入を示す。M2ビロポリンとして知られているインフルエンザウイルスタンパク質は、pHを低下させ、HA2タンパク質のヘリックスドメインの再構成を引き起こす。F3のアミノ酸配列(配列番号3)に対応するHA2タンパク質の配列は、準安定性の「スプリング」配列の隣に位置している。再構成により、HA2タンパク質の融合ペプチド部分が小胞膜と相互作用することが可能になる。パネルCおよびDは、ウイルスおよび細胞の膜を非常に接近させる「leash−in groove」メカニズムによるHA2の「跳ね返り」を示している。明確にするために、HA1およびシアロ受容体はパネルC〜Eには示されていない。パネルC’は、二層膜に結びつき得る軌道を形成するHA2の配列が細胞およびウイルスの膜の混合を容易にし得る、別のメカニズムを示す。パネルEは、「融合孔」の形成、およびウイルスから細胞内へのリボ核タンパク質セグメントの侵入を示す。
【0059】
生存動物での研究
フェレットは通常、ヒトのインフルエンザウイルス感染についての最良のモデルであると考えられる(Govorkovaら、2005年;Hampson、2006年;MaherおよびDeStefano、2004年;van Rielら、2007年)。実際、インフルエンザワクチンの有効性についての欧州連合のガイダンスでは、フェレットモデルでの試験が必要とされている。マウスおよび他の小さな哺乳動物をインフルエンザAウイルスのヒト株に感染させることはできるが、これは典型的には、季節性株の場合、新たな宿主へのウイルスの適合を必要とする。逆に、フェレットは、適合させることなく、ヒトインフルエンザAウイルスのほとんどの株に感染させることができる。マウスにおける適合させたインフルエンザAウイルスの組織分布および発症機序は、ヒトの疾患において生じるものと異なる(Luら、1999年)。フェレットにおけるインフルエンザAウイルスの感染の発症機序は、ヒトにおいて観察されるものと非常に類似している。フェレットに、実験的に鼻腔内に接種すると、上気道におけるウイルスの局所的な複製が生じる。フェレットの気道におけるシアル酸受容体の分布はヒトに類似している(van Rielら、2006年;Yenら、2007年)。
【0060】
インフルエンザを有するヒトに非常に類似した様式で、フェレットは活動の低下、熱、食欲不振、鼻水、くしゃみ、呼吸困難、下痢、結膜からの分泌物、および神経学的徴候を発症する。フェレットおよびヒトの両方における主な病理的所見は、線毛を有する気道上皮の落屑、ならびに浸潤性の炎症細胞による鼻腔の粘膜下組織の浸潤である。インフルエンザウイルスによるフェレットの感染後48時間以内に、鼻の気道上皮のほぼ完全な破壊が生じ、基底膜のみが残る。
【0061】
フェレットおよびヒトにおけるインフルエンザの間の主な差異は、疾患の症状が現れる時間の長さである。フェレットは、感染後1日以内にインフルエンザの症状を発症し始めるが、感染の4日後までには、周知の所見(活動の低下、熱、食欲不振、鼻水、くしゃみなど)のほとんどが消えている。ヒトインフルエンザAウイルスの多くの株が様々な程度でフェレットの下気道に感染し得ることに注目されたい。ヒトにおけるように、インフルエンザAウイルスの高病原性株は、フェレットにおいて、上気道から脳へ、または下気道から血液循環および他の器官へ広がり得る。流行しているトリインフルエンザAウイルスのH5N1株は、フェレットにおいて、致命的な感染を確立し得る(Govorkovaら、2005年;Thiryら、2007年;VahlenkampおよびHarder、2006年)。
【0062】
最初のインビトロでの研究は、A/WSN/33(H1N1)、A/PR/8/34(H1N1)、およびA/Udorn/72(H3N2)を含む、ヒトにおいて現在広まっている亜型に対応するインフルエンザAウイルスの、良く特徴付けられた実験株に焦点を当てたものである。ペプチドF3およびF1は、実験室において広範囲には評価されていないH1N1(A/NewCaledonia/20/99)株およびH3N2(A/NY/55/04、A/Cal/07/04)株の臨床分離株を含む、インフルエンザAウイルスのいくつかの他の株に対するプラーク減少アッセイにおいて同様の効率を示した。これらのような最近の臨床分離株での研究は、ヒトにおいて現在インフルエンザの原因となっているウイルスを用いた治療法の有効性を確立するために重要である。重要なことに、これらの株はまた、フェレットにおいて、鼻腔内への接種の後にこの種の鼻甲介および肺において高い力価となるインフルエンザをもたらした。
【0063】
全ての研究で、ウイルスの分離株は、標準的な手順を用いて、ニワトリの孵化卵(Charles River LaboratoriesまたはLouisiana State University Poultry Sciences Departmentから入手した)において増殖させた。尿膜腔液を、接種の1日後に11日齢の卵から採取し、ウイルスプールを、標準的な手順を用いて、シチメンチョウの赤血球(tRBC)(Lampire Laboratories、USA)に対する血球凝集活性について試験した。陽性の血球凝集(>256HA単位)プールを、上述したようにウイルスプラークアッセイによって滴定し、曝露研究に用いるまで液体窒素内で保存した。ペプチドはリン酸緩衝液内で調製し、緩衝された溶液を、麻酔したフェレットの鼻道にピペットを用いて直接適用した(鼻腔内投与経路)。
【0064】
曝露研究1
フェレットは、1日に1回または2回、鼻腔内経路によって、約0.3mg/Kgの用量で、ウイルス暴露の前に2日間にわたり(−2日目および−1日目)、F3、またはペプチドのスクランブルされた対照変形物(配列番号14)で前処理した。最後の処理の12時間後、動物を、感染用量を見出す研究において決定された最少感染用量の少なくとも100倍である、約105pfuのH3N2インフルエンザA/Cal/07/04株を鼻腔内に接種することにより感染させた。ペプチドを、0日目の約12時間後、ならびにウイルス暴露後の1日目および2日目に、0.3mg/Kg用量でフェレットに再投与した。2日目に、スクランブルされた対照ペプチドで処理した全てのフェレットは、顕著な呼吸困難(速くて浅い呼吸)、高熱、およびくしゃみを発症していた。逆に、F3で処理した動物はいずれも重篤な呼吸困難は有していなかったが、一部(前投与を1日に2回行った群の2/5、前投与を1日に1回行った群の1/6)が、いくつかの非常に軽度の呼吸徴候およびわずかな熱を示した。3日目に、F3で処理した全てのフェレットはインフルエンザの臨床徴候を示していなかったが、スクランブルされた対照ペプチドで処理したフェレットの50%は依然として倦怠状態であり、スクランブルされた対照ペプチドで処理したフェレットの100%が顕著な鼻水を示していた。明らかに、F3はこの最初の曝露実験において、顕著でかつ驚くほど効果的な処理の利益を提供するものである。
【0065】
曝露研究2
第2の曝露研究において、12頭のフェレットがF3処理群に含まれ、12頭のフェレットが対照ペプチド群に含まれた。動物は約105pfuのインフルエンザA/Cal/07/04に感染させた。しかし、この研究において、フェレットは、事前のウイルス暴露処理を行うことなく、0日目のウイルス暴露の4時間後に、0.3mg/KgのF3または対照ペプチドで処理した。2日目に、スクランブルされた対照ペプチドで処理した全ての12頭のフェレットは、顕著な呼吸困難、高熱、およびくしゃみを発症していた。逆に、F3で処理した動物はいずれも、この時点では、呼吸困難の何らかの徴候またはインフルエンザの他の徴候は有していなかった。
図6は、生存中の研究期間にわたる両方の処理群についての呼吸困難(パネルA)、鼻水(パネルB)、および活性(パネルC)の観察によって得られた、研究の間にフェレットにおいて観察された病理的応答を示す。
【0066】
図6に示されるように、F3で処理した動物は、対照群と比較して、病理的応答の顕著な低減を示した。F3処理群の2頭の動物のみが、インフルエンザの軽度の徴候を発症し、これは、ペプチドでの処理を停止した2日後である、実験の4日目に生じた。臨床パラメーターに加え、鼻の気道ならびに肺および肺外の組織を、ウイルス力価の分析、肉眼的な病変の分析、および病理組織学的分析のために、研究期間にわたり1日おきに採取した。F3で処理した動物は正常な肺の外見を示した。逆に、対照ペプチドで処理したフェレットは炎症の痕跡を示した。F3で処理したフェレットから得た組織は、対照ペプチドで処理した動物と比較して病変が顕著に低減しており、対照ペプチドで処理したフェレットは、浸潤、気管支炎症を示し、インフルエンザ感染症に特徴的な気管支滲出を有していた。
【0067】
定量的RT−PCR分析およびインフルエンザウイルスの核タンパク質遺伝子に対する保存されたプライマーにより、処理され感染したフェレットから得られた組織ホモジネートにおける、ウイルスのゲノムRNAレベルの信頼性のある分析が可能である。鼻の気道の試料を研究期間の間に動物から回収した。これらの試料から得られたウイルス力価は
図7のパネルAに示されている。研究の1日目に脳、気管、肝臓、脾臓、および血液から得られたフェレットの組織ホモジネートの分析の結果は、
図7のパネルBに示されている。パネルAのデータは、フェレットの鼻洗浄液におけるインフルエンザウイルスの力価のピークが2.0log
10よりも大きく減少し、肺では6.0log
10よりも大きく減少したことを示す。これらの結果は、F3がフェレットの上気道におけるインフルエンザウイルスの複製を顕著に低減させたことを示す。パネルBのデータは、F3が同様に下気道および他の器官へのウイルスの拡散を効果的に遮断したことを示す。
【0068】
インフルエンザのFIRの同定
インフルエンザウイルスのFIRのカルボキシ末端は、N−ヘリックスのカルボキシ末端(残基104)を越えて見られるWimley−White界面ヒドロパシープロットにおいて正に増大する界面疎水性を示す、最初のペプチド配列の直前の残基として定義することができる。以下の表3は、1996年にWimleyおよびWhiteにより記載された、膜界面でのタンパク質についてのWimley−White界面疎水性スケールを示す。この疎水性またはヒドロパシーのスケールは、疎水性膜の2重層の界面から水性相へのペプチド残基の移動に必要な自由エネルギー変化に基づくものである。このスケールにおいて、モル当たりのキロカロリーで示されている正の自由エネルギー(ΔG)は、より疎水性の残基を示す(すなわち、疎水性膜から水へ疎水性残基が移動するためにはエネルギーが加えられなくてはならない。同様に、負の自由エネルギーは、より親水性の残基を示す。
【0069】
Wimley−White界面疎水性のプロットにおいて、FIRはヒドロパシーのピーク領域(すなわち、疎水性における2つの極小の間に位置する疎水性における極大を含む、比較的高い疎水性の領域として特徴付けられる。このピーク領域はHA2タンパク質のN−ヘリックスにおいて始まり、N−ヘリックスを超えた約15残基内で終わる。
【0071】
ウェブサイト:blanco.biomol.uci.edu/mpexから入手可能なMembrane Protein Explorer(MPEx)などのコンピュータプログラムを用いて、タンパク質またはポリペプチドについての界面ヒドロパシープロフィールを計算することができる。MPExプログラムはWimley−Whiteヒドロパシースケールを組み込み、これらのペプチド配列の界面疎水性の程度を確認する好ましい方法を構築する。MPExコンピュータプログラムは、
図2に示される13個の配列決定されたHA2変異体のそれぞれにおけるFIRのカルボキシ末端を特徴付けるために用いた。MPExコンピュータプログラムは、目的のタンパク質またはペプチドについて、固定された数の連続したアミノ酸残基(好ましくは約19個の残基)からなるウィンドウにおける全ての残基についての全残基ヒドロパシー値を平均化し、そのウィンドウにおけるヒドロパシーの平均値をウィンドウにおける中間の残基についてのヒドロパシースコアとしてプロットすることにより、Wimley−White界面ヒドロパシースコアをプロットする。ウィンドウは次に、アミノ末端からカルボキシ末端の方向へ移動する1残基分シフトされ、このプロセスは、目的の領域におけるそれぞれの残基についてのヒドロパシースコアが決定されるまで繰り返される。
【0072】
図2に示される13個のHA2亜型の全てについてのWimley−White界面ヒドロパシープロフィールは、19個のアミノ酸残基のウィンドウを用いて、MPExプログラムを用いて調製した。FIRのアミノ末端は、界面ヒドロパシーが極小の後に徐々に増大し始めるところである、タンパク質のN−ヘリックス内のポイント(すなわち、これまでに試験されているHA2タンパク質の全てについての残基77)で見られる。FIRのカルボキシ末端は、N−ヘリックスを越えた、疎水性における最初の極小の直前の残基、すなわち、N−ヘリックスのカルボキシ末端を越えて見られる正に増大している界面疎水性を有する最初のペプチド配列の直前の残基である。
図2に示されるそれぞれのインフルエンザAのHA2亜型において、N−ヘリックスは残基104で終わっている。Wimley−Whiteヒドロパシースコアのプロットは、FIRのカルボキシ末端の位置の確認に有用となるためにゼロ軸上を交差する必要はなく、先行するペプチド残基に対してヒドロパシースコアが増大するだけでよい。
【0073】
図8〜20は、インフルエンザAのHA2融合タンパク質の13個の配列決定された変異体のMPExのWimley−Whiteヒドロパシープロフィールを示す(これらの図において、「A」は、ヒドロパシープロットにおけるピークに特徴を有する、ペプチドのFIRを示す)。FIRのカルボキシ末端は、
図8〜20のそれぞれにおいて「B」で示されている。分析から、FIRのアミノ末端が、それぞれのウイルスHA2亜型において、HA2配列の残基77で始まることが決定されている。FIRのカルボキシ末端は、HA2亜型のそれぞれについて、残基110と119との間で変化する。FIR領域は、
図2において、残基77〜110または119の周りにある黒い縁内で強調されている。
【0074】
改善された活性を有する本発明のペプチドは、FIRの活性な標的阻害剤タンパク質の部分(例えば配列番号2)と比較して長い(HAのフランキング配列に対応する)か、または切断されている、入れ子型の組のペプチドを調製することによって同定することができる。ペプチドのアミノ末端またはカルボキシ末端で3〜6個のアミノ酸分、標的HAアミノ酸配列を伸長するペプチドを、一連のインフルエンザウイルスに対して体系的に試験し、配列のいずれかの側にあるアミノ酸セグメントが感染性の阻害の増大に寄与するかどうかを決定する。標的配列よりも長いペプチドが、標的よりも低いIC
50でインフルエンザAウイルスの感染性を阻害する場合、標的よりも少ない追加のアミノ酸を有するペプチドを、感染性阻害活性を有する最小のペプチドを決定するために体系的に試験することができる。特定のタイプ/または亜型に特異的な活性ペプチドもまた、阻害活性の大きさを決定するためにインフルエンザウイルスの同一のタイプまたは亜型のさらなる株に対して試験することができる。例えば、配列番号5に基づく標的ペプチドは、IC
50<100nMで複数のH5亜型ウイルスを阻害する。
【0075】
試験に適した他のペプチド変異体は、標的配列における残基をアラニン残基に体系的に変更すること(本明細書において「アラニンスキャニング」と呼ぶ)により決定することができる。野生型ペプチドとのアラニン改変ペプチドの比較により、融合/感染性阻害に重要な残基が同定される。2つ以上のアミノ酸が阻害に影響する場合、重要なそれぞれの残基での変更を用いて、さらなるペプチドを合成することができる。
【0076】
本発明のペプチドにより推定的に標的化される機能的ドメイン(例えば配列番号3から配列番号13)は、立体構造がα−ヘリックスである。ヘリシティを改善または混乱させるペプチドの変化は、インフルエンザAウイルスの融合/感染性阻害剤としてのペプチドの活性を変化させ得る。したがって、活性ペプチドの変異体または類似体は、アミノ酪酸(AIB)またはグルタミン酸などのヘリックス含有量に寄与するアミノ酸で他のアミノ酸を置換することにより、調製することができる。同様に、ペプチドにプロリンまたはグリシンを加えると、α−ヘリックス含有量を混乱させることができ、これにより、有益に阻害活性が改善または低減する。コンビナトリアルライブラリーのスクリーニングによって同定されるHA2への増大した結合を有するさらなる類似ペプチドもまた、インフルエンザウイルスの感染性の阻害について試験することができる。
【0077】
鼻腔または肺におけるペプチダーゼは、生体内でのプラットフォーム治療法の有用性を制限する可能性がある。プラーク減少アッセイにおいて活性なペプチド変異体が分解されるかまたは呼吸組織から迅速に排出される場合、ペプチドの安定性および保持を増大させるためのさらなる改変が実施され得る。乾燥粉末、または製剤への変更/付加により、ペプチドの安定性が改善され得る。ジスルフィド環化ペプチドをもたらすために付加された2つのさらなるシステインを有する環化ペプチド類似体は、二次構造を安定化させ得、ペプチドを分解に対してより抵抗性のあるものとし得る。プロリンでの2つ以上の残基の置換によっても、合成ペプチドの安定性を大きく増大させることができる。様々なアミノ末端もしくはカルボキシ末端の改変、またはタンパク質(例えば血清アルブミン)もしくは脂質(例えばミリスチン酸)への結合によっても、ペプチダーゼ切断部位での非天然アミノ酸(ヒドロキシプロリンまたはD−アミノ酸)の導入がそうし得るように、ウイルス阻害ペプチドの活性の安定性を改善することができる(Qureshiら、1990年)。
【0078】
阻害ペプチドが水性溶液において低い溶解度を示す場合、ペプチド変異体は、ペプチドの溶解度を増大させるためにカルボキシ末端に付加された配列ASKSKSK(配列番号15)の変形物を用いて合成することができる。この配列は、モデルペプチドの溶解度を増大させるが二次構造は保存することが示されている。溶解度の増大によっても、インフルエンザウイルスエンベロープ介在性の融合の阻害に必要な濃度が低くなり得る。
【0079】
保存された残基の配列
高度に保存された配列であるYNAELL(配列番号1)が、13個の配列決定されたHA2亜型の11個のFIR内に存在すること、および配列番号1において単一のアミノ酸置換を示す対応配列であるYNAKLL(配列番号16)が他の2つの亜型において見られることが観察されている。13個の配列決定されたHA2変異体のうち1つの他の配列のみが、YNAELL(配列番号1)よりも高度に保存されている。その配列であるAIAGFIE(配列番号31、完全長タンパク質の残基5〜11)はHA2タンパク質の融合ペプチド内またはFP内にある。FPドメインは、クラスIウイルス融合タンパク質の5個のこれまでに知られているドメインの1つであり、FPドメインは、ウイルスの細胞への融合プロセスにおいて重要な役割を果たすことがこれまでに知られていた。
【0080】
本発明を記載する関連において(特に以下の特許請求の範囲の関連において)「1つの(a)」および「1つの(an)」および「その(the)」という用語ならびに類似の言及の使用は、本明細書において別段の指示がない限り、または文脈からそうでないことが明らかでない限り、単一形および複数形の両方を網羅すると解釈されるものである。「含む(comprising)」、「有する」、「含む(including)」、および「含む(containing)」という用語は、別段の記載がない限り、無制限の用語として解釈される(すなわち、「それを含むがそれに限定されない」を意味する)ものである。本明細書における値の範囲の記載は、本明細書において別段の指示がない限り、その範囲内に収まるそれぞれの個別の値を個別に指すための簡略的な方法として用いることを意図したものにすぎず、それぞれの個別の値は、本明細書においてそれが個別に列挙されたかのように、本明細書内に組み込まれる。本明細書において記載される全ての方法は、本明細書において別段の指示がない限り、または文脈からそうでないことが明らかでない限り、あらゆる適切な順序で実施することができる。本明細書において記載される、あらゆるおよび全ての実施例または例示的な言葉(例えば「そのような(such as)」)の使用は、本発明をより良く明らかにすることを意図したものにすぎず、そうでないことが特許請求の範囲に記載されていない限り、本発明の範囲を限定するものではない。本明細書におけるいずれの言葉も、特許請求の範囲に記載されていないあらゆる要素が本発明の実施に必須であることを示すと解釈されるべきではない。
【0081】
本発明を実施するための、本発明者らが知っている最良の態様を含む、この発明の好ましい実施形態が、本明細書において記載されている。これらの好ましい実施形態の変形は、前述の記載を読むことで当業者に明らかとなろう。発明者らは、当業者が必要に応じてこのような変形を採用することを予想しており、本発明者らは、本明細書において具体的に記載されているものとは別の態様で本発明が実施されることを意図している。したがって、本発明は、準拠法により認められる、本明細書に添付された特許請求の範囲において記載される対象の全ての改変物および同等物を含むものである。さらに、その全ての可能な変形における上述の要素のあらゆる組み合わせは、本明細書において別段の指示がない限り、または文脈からそうでないことが明らかでない限り、本発明に包含される。
【0082】
(参考文献)以下の参考文献はそれぞれ、参照によりその全体が組み込まれる。