(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5764860
(24)【登録日】2015年6月26日
(45)【発行日】2015年8月19日
(54)【発明の名称】タンパク質の同定装置、同定方法並びに同定プログラム及びこれを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20060101AFI20150730BHJP
【FI】
G01N27/62 D
G01N27/62 V
【請求項の数】13
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2010-84720(P2010-84720)
(22)【出願日】2010年4月1日
(65)【公開番号】特開2011-215060(P2011-215060A)
(43)【公開日】2011年10月27日
【審査請求日】2013年4月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】507291969
【氏名又は名称】三井情報株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】510097747
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立がん研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100102912
【弁理士】
【氏名又は名称】野上 敦
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 朋寛
(72)【発明者】
【氏名】尾野 雅哉
(72)【発明者】
【氏名】桑原 秀也
【審査官】
藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−257922(JP,A)
【文献】
特開2005−091344(JP,A)
【文献】
特開2008−309547(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2006/0134714(US,A1)
【文献】
岩船 裕子, 平野 久,「モデフィコミクスの現状」,医学のあゆみ,医歯薬出版株式会社,2002年 8月 3日,Vol. 202, No. 5,p. 295-301
【文献】
吉野 健一、他3名,「質量分析法と配列データベースを利用するタンパク質同定法」,Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan,日本質量分析学会,2004年 6月 1日,Vol. 52, No. 3,p. 106-129
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検タンパク質に対してタンデム質量分析を行う第1の質量分析手段と、
前記第1の質量分析手段により得られた親イオン(MS1)のタンデムマス(MS2)のフラグメントのうち修飾部位を含まない非修飾ペプチドイオンに対して更に質量分析を行う第2の質量分析手段と、
前記第2の質量分析手段により得られたタンデムマス(MS3)のフラグメント情報に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定する親ペプチド配列決定手段と、
前記親ペプチド配列決定手段により得られた親ペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2)の情報から前記親イオン(MS1)の修飾部位及び修飾部分の分子量を決定する修飾情報決定手段と、
を有することを特徴とする、タンパク質の同定装置。
【請求項2】
前記第2の質量分析手段により得られたタンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンの質量がタンパク配列データベースに記憶された既知のタンパク配列の部分配列質量の何れと一致するかを判別することにより前記タンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンを同定するペプチド同定手段と、
前記ペプチド同定手段に基づいて前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列を決定する非修飾ペプチド配列決定手段と、
を更に有し、
前記親ペプチド配列決定手段は、前記非修飾ペプチド配列決定手段により決定した前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定するものである、請求項1に記載のタンパク質の同定装置。
【請求項3】
前記ペプチド同定手段による前記ペプチドイオンの同定結果に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2及びMS3)の全てのデータを用いてスコアリングを行うスコアリング手段を更に有することを特徴とする、請求項2に記載のタンパク質の同定装置。
【請求項4】
前記第2の質量分析手段により得られたフラグメントに対して更に1回又は複数回の質量分析を行う第3の質量分析手段を更に有する、請求項1〜3の何れか1項に記載のタンパク質の同定装置。
【請求項5】
被検タンパク質に対してタンデム質量分析を行う第1の質量分析ステップと、
前記第1の質量分析ステップにより得られた親イオン(MS1)のタンデムマス(MS2)のフラグメントのうち修飾部位を含まない非修飾ペプチドイオンに対して更に質量分析を行う第2の質量分析ステップと、
前記第2の質量分析ステップにより得られたタンデムマス(MS3)のフラグメント情報に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定する親ペプチド配列決定ステップと、
前記親ペプチド配列決定ステップにより得られた親ペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2)の情報から前記親イオン(MS1)の修飾部位及び修飾部分の分子量を決定する修飾情報決定ステップと、
を有することを特徴とする、タンパク質の同定方法。
【請求項6】
前記第2の質量分析ステップにより得られたタンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンの質量がタンパク配列データベースに記憶された既知のタンパク配列の部分配列質量の何れと一致するかを判別することにより前記タンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンを同定するペプチド同定ステップと、
前記ペプチド同定ステップに基づいて前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列を決定する非修飾ペプチド配列決定ステップと、
を更に有し、
前記親ペプチド配列決定ステップは、前記非修飾ペプチド配列決定ステップにより決定した前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定するものである、請求項5に記載のタンパク質の同定方法。
【請求項7】
前記ペプチド同定ステップによる前記ペプチドイオンの同定結果に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2及びMS3)の全てのデータを用いてスコアリングを行うスコアリングステップを更に有することを特徴とする、請求項6に記載のタンパク質の同定方法。
【請求項8】
前記第2の質量分析ステップにより得られたフラグメントに対して更に1回又は複数回の質量分析を行う第3の質量分析ステップを更に有する、請求項5〜7の何れか1項に記載のタンパク質の同定方法。
【請求項9】
被検タンパク質に対してタンデム質量分析を行う第1の質量分析ステップと、
前記第1の質量分析ステップにより得られた親イオン(MS1)のタンデムマス(MS2)のフラグメントのうち修飾部位を含まない非修飾ペプチドイオンに対して更に質量分析を行う第2の質量分析ステップと、
前記第2の質量分析ステップにより得られたタンデムマス(MS3)のフラグメント情報に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定する親ペプチド配列決定ステップと、
前記親ペプチド配列決定ステップにより得られた親ペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2)の情報から前記親イオン(MS1)の修飾部位及び修飾部分の分子量を決定する修飾情報決定ステップと、
をコンピュータに実行させることを特徴とするタンパク質の同定プログラム。
【請求項10】
前記第2の質量分析ステップにより得られたタンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンの質量がタンパク配列データベースに記憶された既知のタンパク配列の部分配列質量の何れと一致するかを判別することにより前記タンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンを同定するペプチド同定ステップと、
前記ペプチド同定ステップに基づいて前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列を決定する非修飾ペプチド配列決定ステップと、
を更に有し、
前記親ペプチド配列決定ステップは、前記非修飾ペプチド配列決定ステップにより決定した前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定するものである、請求項9に記載のタンパク質の同定プログラム。
【請求項11】
前記ペプチド同定ステップによる前記ペプチドイオンの同定結果に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2及びMS3)の全てのデータを用いてスコアリングを行うスコアリングステップを更に有することを特徴とする、請求項10に記載のタンパク質の同定プログラム。
【請求項12】
前記第2の質量分析ステップにより得られたフラグメントに対して更に1回又は複数回の質量分析を行う第3の質量分析ステップを更に有する、請求項9〜11の何れか1項に記載のタンパク質の同定プログラム。
【請求項13】
請求項9〜12のいずれか1項に記載のタンパク質の同定プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はタンデム質量分析(MS/MS)を用いたタンパク質の同定方法に関する。詳しくは、未知の修飾構造を有するタンパク質の構造を決定することのできる新規なタンパク質の同定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、タンデム質量分析(MS/MS)の解析結果からデータベース検索を用いてタンパク質の構造決定を行う方法が知られている。かかるタンパク質配列決定方法では、親イオンとそのフラグメントのペプチドイオンの質量がデータベースに登録されているタンパク配列の部分配列質量と一致しているか否かによりタンパク配列が決定される。
【0003】
例えば、親イオン(MS1)を利用するペプチドマスフィンガープリント(PMF)の場合は、トリプシンなどの消化酵素で切断されたペプチド配列がフラグメントとして計測されるので、データベースに登録されているタンパク配列より切断後のペプチド配列を求め、求めた各ペプチド配列の質量とフラグメントイオンの質量との一致割合よりどのタンパクのペプチド配列であるかを決定する。また、親イオンのタンデムマス(MS2)を利用するMS/MSイオンサーチの場合は、切断後のペプチド配列から片端が削れた部分ペプチド配列がMS2のフラグメントとして計測されるので、最初に親イオンの質量と一致する質量を持つ切断後のペプチド配列群を求め、次に切断後のペプチド配列よりN末端/C末端から1残基ずつ削れた部分ペプチド配列の質量を求め、求めた各部分ペプチド配列の質量とフラグメントイオンの質量との一致割合より切断後のペプチド配列を決定する(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
特許庁総務部企画調査課技術動向班、標準技術集、質量分析技術(マススペクトロメトリー)、3−6−2−1タンパク質同定、インターネット<http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/hyoujun_gijutsu/mass/3-6-2.pdf#1-1>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のタンパク質配列決定方法では、親イオンやフラグメントの質量がデータベースに登録されているタンパク配列から求められる部分配列の質量と一致している必要があるため、親ペプチドに修飾が含まれている場合はその修飾情報を加えなければペプチド配列が決定できないという問題があった。従って、従来のタンパク質配列決定方法では未知の修飾構造には対応し難く、新たなタンパク質配列の解析手法の開発が強く望まれていた。
【0006】
本発明は上記従来技術の有する問題点に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、タンデム質量分析を用いたタンパク質の同定方法において、未知の修飾構造を有するタンパク質の構造を決定することのできる新規なタンパク質の同定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記目的は、下記の手段によって達成される。
【0008】
(1)即ち、本発明は、被検タンパク質に対してタンデム質量分析を行う第1の質量分析手段と、前記第1の質量分析手段により得られた親イオン(MS1)のタンデムマス(MS2)のフラグメントのうち修飾部位を含まない非修飾ペプチドイオンに対して更に質量分析を行う第2の質量分析手段と、前記第2の質量分析手段により得られたタンデムマス(MS3)のフラグメント情報に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定する親ペプチド配列決定手段と、
前記親ペプチド配列決定手段により得られた親ペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2)の情報から前記親イオン(MS1)の修飾部位及び修飾部分の分子量を決定する修飾情報決定手段と、を有することを特徴とする、タンパク質の同定装置である。
【0009】
(2)本発明はまた、前記第2の質量分析手段により得られたタンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンの質量がタンパク配列データベースに記憶された既知のタンパク配列の部分配列質量の何れと一致するかを判別することにより前記タンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンを同定するペプチド同定手段と、前記ペプチド同定手段に基づいて前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列を決定する非修飾ペプチド配列決定手段と、を更に有し、前記親ペプチド配列決定手段は、前記非修飾ペプチド配列決定手段により決定した前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定するものである、(1)に記載のタンパク質の同定装置である。
【0010】
(3)本発明はまた、前記ペプチド同定手段による前記ペプチドイオンの同定結果に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2及びMS3)の全てのデータを用いてスコアリングを行うスコアリング手段を更に有することを特徴とする、(2)に記載のタンパク質の同定装置である。
【0011】
(4)本発明はまた、前記第2の質量分析手段により得られたフラグメントに対して更に1回又は複数回の質量分析を行う第3の質量分析手段を更に有する、(1)〜(
3)の何れか1つに記載のタンパク質の同定装置である。
【0012】
(5)本発明はまた、被検タンパク質に対してタンデム質量分析を行う第1の質量分析ステップと、前記第1の質量分析ステップにより得られた親イオン(MS1)のタンデムマス(MS2)のフラグメントのうち修飾部位を含まない非修飾ペプチドイオンに対して更に質量分析を行う第2の質量分析ステップと、前記第2の質量分析
ステップにより得られたタンデムマス(MS3)のフラグメント情報に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定する親ペプチド配列決定ステップと、
前記親ペプチド配列決定ステップにより得られた親ペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2)の情報から前記親イオン(MS1)の修飾部位及び修飾部分の分子量を決定する修飾情報決定ステップと、を有することを特徴とする、タンパク質の同定方法である。
【0013】
(6)本発明はまた、前記第2の質量分析ステップにより得られたタンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンの質量がタンパク配列データベースに記憶された既知のタンパク配列の部分配列質量の何れと一致するかを判別することにより前記タンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンを同定するペプチド同定ステップと、前記ペプチド同定ステップに基づいて前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列を決定する非修飾ペプチド配列決定ステップと、を更に有し、前記親ペプチド配列決定ステップは、前記非修飾ペプチド配列決定ステップにより決定した前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定するものである、(
5)に記載のタンパク質の同定方法である。
【0014】
(7)本発明はまた、前記ペプチド同定ステップによる前記ペプチドイオンの同定結果に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2及びMS3)の全てのデータを用いてスコアリングを行うスコアリングステップを更に有することを特徴とする、(
6)に記載のタンパク質の同定方法である。
【0015】
(8)本発明はまた、前記第2の質量分析ステップにより得られたフラグメントに対して更に1回又は複数回の質量分析を行う第3の質量分析ステップを更に有する、(
5)〜(
7)の何れか1つに記載のタンパク質の同定方法である。
【0016】
(9)本発明はまた、被検タンパク質に対してタンデム質量分析を行う第1の質量分析ステップと、前記第1の質量分析ステップにより得られた親イオン(MS1)のタンデムマス(MS2)のフラグメントのうち修飾部位を含まない非修飾ペプチドイオンに対して更に質量分析を行う第2の質量分析ステップと、前記第2の質量分析
ステップにより得られたタンデムマス(MS3)のフラグメント情報に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定する親ペプチド配列決定ステップと、
前記親ペプチド配列決定ステップにより得られた親ペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2)の情報から前記親イオン(MS1)の修飾部位及び修飾部分の分子量を決定する修飾情報決定ステップと、をコンピュータに実行させることを特徴とするタンパク質の同定プログラムである。
【0017】
(10)本発明はまた、前記第2の質量分析ステップにより得られたタンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンの質量がタンパク配列データベースに記憶された既知のタンパク配列の部分配列質量の何れと一致するかを判別することにより前記タンデムマス(MS3)のフラグメントのペプチドイオンを同定するペプチド同定ステップと、前記ペプチド同定ステップに基づいて前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列を決定する非修飾ペプチド配列決定ステップと、を更に有し、前記親ペプチド配列決定ステップは、前記非修飾ペプチド配列決定ステップにより決定した前記非修飾ペプチドイオンのペプチド配列に基づいて前記親イオン(MS1)のペプチド配列を決定するものである、(
9)に記載のタンパク質の同定プログラムである。
【0018】
(11)本発明はまた、前記ペプチド同定ステップによる前記ペプチドイオンの同定結果に基づいて前記親イオン(MS1)及びタンデムマス(MS2及びMS3)の全てのデータを用いてスコアリングを行うスコアリングステップを更に有することを特徴とする、(
10)に記載のタンパク質の同定プログラムである。
【0019】
(12)本発明はまた、前記第2の質量分析ステップにより得られたフラグメントに対して更に1回又は複数回の質量分析を行う第3の質量分析ステップを更に有する、(
9)〜(
11)の何れか1つに記載のタンパク質の同定プログラムである。
【0020】
(13)本発明はまた、(
9)〜(
12)のいずれか1つに記載のタンパク質の同定プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体である。
【発明の効果】
【0021】
本発明のタンパク質の同定方法によれば、被検タンパク質に対してタンデム質量分析を用いた多段階タンデムマスを行うことにより、既知のタンパク質配列のデータベースを利用して、従来法では為し得なかった未知の修飾構造を有するタンパク質の構造を容易に決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明のタンパク質の同定方法の基本概念を説明するための図である。
【
図2】本発明のタンパク質の同定方法で得られる多段階タンデムマススペクトラムの一例を示す図である。
【
図3】本発明のタンパク質の同定方法をコンピュータに処理させるためのプログラムのアルゴリズムの概略を説明するための図である。
【
図4】本実施例で用いた被検タンパク質(ESSX及びTFX)の構造を示す図である。
【
図5】本実施例で得られたESSXのMS3スペクトラムを示す図である。
【
図6】本実施例で得られたTFXのMS3スペクトラムを示す図である。
【
図7】本実施例で得られたESSX及びTFXの配列、修飾部位及び修飾部の分子量の同定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照して詳細に説明する。
【0024】
図1は、本発明のタンパク質の同定方法の基本概念を説明するための図である。本発明のタンパク質の同定方法では、被検タンパク質に対してタンデム質量分析を行い、親イオン(MS1)が修飾ペプチドである場合(
図1(a))、親イオンのタンデムマス(MS2)フラグメント(
図1(b))の中で修飾されていないペプチドイオンに対してタンデムマス(MS3)を行って(
図1(c))、そのフラグメント情報から親イオンのペプチド配列を決定した後、MS1、MS2の情報を総合して修飾部位を決定し、修飾構造を推定する。即ち、従来のデータデース検索によるタンパク質配列決定方法では、親ペプチドに修飾が含まれている場合、その修飾情報を加えなければペプチド配列が決定できなかった。しかし、親ペプチドのタンデムマスの中には修飾の無いペプチド配列が現れる。そこで、本発明の方法では、この修飾のないペプチドに多段階タンデムマスを加え、その情報を利用して親ペプチドの配列を決定していくものである。
【0025】
図2は、本発明のタンパク質の同定方法で利用される多段階タンデムマススペクトラムの一例を示す図である。
図2(a)に示すMS1のスペクトラムにおいて、551.95m/zのピークが修飾ペプチドである。このピークに対してタンデムマスを行うと、
図2(b)に示すMS2のスペクトラムが得られる。このスペクトラムには551.95m/zや762.89m/z等の修飾部位を含むペプチドピークも存在するが、同時に706.38m/zや635.33m/z等の修飾の無いペプチドピークが存在する。この修飾の無いペプチドピーク(706.38m/z)にさらなるタンデムマスを加えることで、図
2(c)に示すスペクトラム(MS3)が得られる。これにより、既知のタンパク配列のデータベースを用いてこれらのペプチド配列を決定するとともに、その情報を基にMS2、MS1のスペクトラムを解析することにより、親ペプチドの配列、修飾部位、修飾部分の分子量を順次決定することができる。
【0026】
図3は、本発明のタンパク質の同定方法をコンピュータに処理させるためのプログラムのアルゴリズムの概略を説明するための図である。
図3に示すように、本発明のタンパク質の同定プログラムのアルゴリズムは、大別して次の3つのステップから構成される。
【0027】
まず、ステップS1では、多段階タンデムマスにより得られるデータを用いてデータベース検索によるペプチド配列候補を決定する。即ち、まず、被検タンパク質に対して多段階タンデムマスを行う。この場合、トリプシン等の消化酵素で切断された後のペプチド配列から修飾を含む片端が削れた部分ペプチド配列が親イオンとして得られるので、このデータを用いて親ペプチドの配列候補を決定する。この際、部分ペプチド配列の片端が更に削れた部分アミノ酸配列がそのフラグメントとして計測されるので、最初に親イオンの質量と一致する質量を持つ切断後のペプチド配列から片端が削れた部分ペプチド配列群を求め、次に部分ペプチド配列よりN末端/C末端から1残基ずつ削れた部分アミノ酸配列の質量を求め、求めた各部分アミノ酸配列の質量とフラグメントイオンの質量との一致より部分ペプチド配列と切断後のペプチド配列の候補を決定する。この際、修飾を含む片端が削れた部分ペプチド配列由来の親イオンの種類が多く計測されるほど、候補が絞りやすくなる。また、疑陽性を防ぐために、親イオンの質量と一致する質量を持つ部分ペプチド配列として両端が削れたインターナル部分配列は最初は考慮せず、切断後のペプチド配列候補決定後に未決定の親イオンに関して考慮するようにする。
【0028】
次に、ステップS2で、ステップS1で決定されたペプチド配列候補を用いて、タンパク修飾情報データベース検索により修飾部位と修飾構造候補を決定する。即ち、最初に修飾部分の分子量候補を、修飾を含む切断後のペプチド配列に相当するMS2の親イオンの質量と決定された切断後のペプチド配列候補の質量差から求める。次に決定された部分ペプチド配列と切断後のペプチド配列より、切断後のペプチド配列の内部分ペプチド配列に含まれない部分を修飾部位候補とする。最後にタンパク修飾情報データベース(例えば、公共データベースのUNIMOD等)より、修飾部位候補のアミノ酸残基と修飾部分の分子量とに一致する修飾情報を検索し、修飾部位と修飾構造候補を決定する。尚該当する修飾情報がない切断後のペプチド配列については、修飾部位と修飾構造未知の修飾分子量候補までを決定する。
【0029】
そして、ステップS3では、ステップS2で決定されたペプチド配列、修飾部位、修飾構造候補と多段階タンデムマスのデータを比較して、各候補のスコアリングを行う。即ち、ステップS2まででも修飾部位と修飾構造を含むペプチド配列を決定することができるが、親イオンが修飾を含むアミノ酸配列由来の場合はペプチド配列決定に利用されないことになる。そこでステップS3では、より正確性を期するため多段階タンデムマスの全データを利用してスコアリングを行う。この場合、決定された切断後のペプチド配列、修飾部位、修飾構造候補について、修飾を含む切断後のペプチド配列から部分ペプチド配列、部分アミノ酸配列を求め、多段階タンデムマスの各親イオンとそのフラグメントの質量が、求めた部分ペプチド配列、部分アミノ酸配列の質量と一致するイオン強度をスコアリングとして利用し、最も一致する候補をペプチド配列とする。
【0030】
尚、本発明のタンパク質の同定方法は、上記した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【0031】
例えば、上記した実施形態では、タンデム質量分析において3回のタンデムマスを行う場合を例にして説明したが、フラグメントのペプチドを同定するために必要であれば4回以上のタンデムマスを行うものであってもよい。
【0032】
また、本発明のタンパク質の同定方法で利用されるタンデム質量分析装置としては、液体クロマトグラフィー(LC)、ガスクロマトグラフィー(GC)、キャピラリー電気泳動(CE)等を用いたものが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0033】
本発明によるタンパク質の同定方法は、単純方法として人が行う他、専用のハードウエア回路によっても、また、プログラムされたタンパク質の同定装置によっても実現することができる。プログラムされたタンパク質の同定装置によって本発明を実現する場合、タンパク質の同定装置を動作させるプログラムは、フロッピー(登録商標)ディスクやCD−ROM等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体によって提供されることができる。この場合、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されたプログラムは、通常、ROMやハードディスク等に転送され記憶される。また、このプログラムは、たとえば、単独のアプリケーションソフトとして提供されてもよいし、タンパク質の同定装置の一機能としてその装置のソフトウエアに組み込んでもよい。
【実施例1】
【0034】
次に、本発明のタンパク質の同定方法を、実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0035】
1.被検タンパク質
【0036】
図4に示すように、フィブリノゲンの2つのペプチド配列に対し1箇所のプロリンを4−ヒドロキシプロリンに置換した修飾ペプチドを合成し、被検タンパク質として用いた。上記被検タンパク質を0.1%ギ酸溶液で100μMに調整し、1回の測定で上記サンプル2μlを用いてLC−MS測定を行った。
【0037】
2.装置
【0038】
LCMSシステムとして日立ハイテクノロジー社製ナノフロンティアーLDシステムを用い、以下の条件で測定を行った。
【0039】
(1)NanoLC部:NanoFrontier nLC
流速:200nL/min
トラップカラム:0.15mmφ×50mm(KYA Technologies社製 HiQ sil C18W−3)
分離カラム:0.2×50mm(AMR社製 HaloC18 CP3/91−160−00)
溶離液A:0.1%ギ酸,1%アセトニトリル
溶離液B:0.1%ギ酸,99%アセトニトリル
グラジエント[%B(Time)]:2(0)→50(60min)→100(60.1min)→100(70min)→2(70.1min)→2(80min)
【0040】
(2)MS部:NanoFrontier LD
イオン化タイプ:Nano−ESI(positive)
機器設定:Trap−Standard
スプレー電位:1700V
カウンターガス流量:0.6L/min
【0041】
3.方法
【0042】
1回目のLC−MS測定においては、検出される親イオン(Precursor ion)の質量電荷比(m/z)と溶出時間(RT)の情報を得て、かつそのイオンのMS/MS分析から得られるフラグメントイオン(プロダクトイオン、MS2)のm/z情報を得るため、通常のタンパク質同定で行われるようなLC−MS/MS分析を実施した。
【0043】
2回目以降のLC−MS測定においては、上記の測定で得られた親イオンが検出される時間を、抽出マスクロマトグラムにおけるピークトップのRTを把握した後、そのRTの前後1分間に、MS3を実行するように測定のメソッドを作成した。MS3を実行するターゲットとして、親イオンのMS/MS分析から得られたフラグメントイオンのm/z値を入力した。実行するメソッドは、MS1→MS2→MS3→MS2→MS3のように動作を指定し、1サイクルの分析データ上にMS1、MS2及びMS3の情報が蓄積されるように測定を行った。また、より多くのMS3スペクトル情報得るために、イオン透過率やCID電圧、CID時間を変更して複数回のデータ取得を行った。
【0044】
4.結果
【0045】
ESSXでは5個の非修飾ペプチド由来のMS3スペクトラム(359.2m/z、506.3m/z、635.3m/z、647.m/z及び706.4m/z)が、TFXでは8個の非修飾ペプチド由来のMS3スペクトラム(318.1m/z、465.2m/z、695.3m/z、708.3m/z、807.4m/z、954.5m/z、1140.5m/z及び1481.7m/z)がそれぞれ得られた。ESSX及びTFXのMS3スペクトラムを
図5及び
図6にそれぞれ示した(何れも下線を付した部分が非修飾フラグメンとして同定された配列である)。
【0046】
これにより、
図7及び下記に示すとおり、ESSX及びTFXの配列、修飾部位及び修飾部の分子量がそれぞれ同定できた。
【0047】
(1)ESSX
配列ESSSHHP
*GIAEFPSR
修飾部位 P
*
修飾部の分子量 16Da
【0048】
(2)TFX
配列TFP
*GFFSPMLGEFVSETESR
修飾部位 P
*
修飾部の分子量 16Da
【産業上の利用可能性】
【0049】
上述したように、本発明のタンパク質の同定方法は、被検タンパク質に対してLC−MS/MSを用いた多段階タンデムマスを行うことにより、既知のタンパク質配列のデータベースを利用して、未知の修飾構造を有するタンパク質の構造を容易に決定することができる。