【課題を解決するための手段】
【0015】
水等の液体は大気中や真空中に比べて格段に大きな誘電率を有するため、印加電圧が小さくても大きな静電気力を得ることができる。その反面、水等の極性溶媒中では電気二重層が容量成分としてカンチレバー表面に存在するため、該カンチレバーを直接静電的に励振すると、上述したようにカンチレバーの励振スペクトルは、測定対象である静電気力のみを反映したものではなく、静電気力と界面張力効果とを合わせたものとなる。静電気力は印加される電圧の2乗に比例することから、静電気力を検出する静電気力顕微鏡(EFM)などでは、周波数の異なる2つの交流電圧を探針−試料間に印加し、その2つの交流電圧の周波数差でもって探針を励振する手法(非特許文献4)や、振幅変調した高周波電圧を探針−試料間に印加し、その変調信号の周波数で探針を励振する手法(非特許文献5)が知られている。これら従来の手法はいずれも大気中での励振であって液中のような界面張力効果の影響が殆どない環境下ではあるものの、本願発明者は、このような場合に静電気力が印加電圧の2乗に比例する点に着目し、液中のカンチレバー励振において界面張力効果など静電気力以外の要素による変位の影響を抑えるために上記のような手法を導入することに想到した。
【0016】
即ち、上記課題を解決するために成された第1発明に係るカンチレバー励振方法は、
液体中に浸漬されたカンチレバーの先端に設けられた探針を
、該液体中に浸漬された試料の表面に近接させ、該カンチレバーをその共振周波数で振動させたときに、前記探針と前記試料との間に働く相互作用を検出するダイナミックモード原子間力顕微鏡にあって、前記カンチレバーを振動させる励振方法において、
前記カンチレバーにあって前記探針が位置する面又はその反対側である背面の少なくとも一方に形成された導電体部と、間に液体を挟んで前記カンチレバーの背面に対向して配置された対向電極との間に、前記カンチレバーの共振周波数よりも高い周波数の搬送波をそれよりも低い周波数の変調波で振幅変調して生成した励振電圧を印加することによって、
界面張力効果による前記カンチレバーの変位の影響を抑え、該カンチレバーを静電気力により変調周波数で以て振動させることを特徴としている。
【0017】
また上記課題を解決するために成された第2発明は、第1発明に係るカンチレバー励振方法を用いた原子間力顕微鏡であって、
液体中に浸漬されたカンチレバーの先端に設けられた探針を
、該液体中に浸漬された試料の表面に近接させ、該カンチレバーをその共振周波数で振動させたときに、前記探針と前記試料との間に働く相互作用を検出するダイナミックモード原子間力顕微鏡において、
a)前記カンチレバーにあって前記探針が位置する面又はその反対側である背面の少なくとも一方に形成された導電体部と、
b)間に液体を挟んで前記カンチレバーの背面に対向して配置された透明な対向電極と、
c)
界面張力効果による前記カンチレバーの変位の影響を抑え、該カンチレバーを静電気力により振動させるために、前記導電体部と前記対向電極との間に、前記カンチレバーの共振周波数よりも高い周波数の搬送波をそれよりも低い周波数の変調波で振幅変調して生成した励振電圧を印加する励振電圧印加手段と、
d)液体外から前記透明な対向電極を通過させて液体中の前記カンチレバーにレーザ光を照射し、その反射光を前記対向電極を通して液体外に導出して検出する変位検出手段と、
を備えることを特徴としている。
【0018】
一般的に、カンチレバーの変位を光てこ方式により検出する方式の場合には、カンチレバーにおけるレーザ光の反射率を高めるために、カンチレバーの背面に金等の金属製の被膜が形成される。この金属製被膜を上記導電体部として用いることができる。即ち、一般的なカンチレバーは上記導電体部に相当する構成要素を備えているから、第1発明に係るカンチレバー励振方法を実施するために敢えて導電体部を形成する必要はなく、そのための実質的なコスト増加は生じない。
【0019】
また、上記対向電極は、液中測定のための液中セル等の透明体の下面に貼り付けられるITO(Indium Tin Oxide)導電薄膜とすることができる。これにより、カンチレバー背面の導電体部ときわめて近接して且つ略平行に対向電極が配置されるので、静電気力により高い効率でカンチレバーを振動させることができる。また、構成が簡単であって面倒な調整も不要であるので、他の励振手法と比較しても十分にコストを抑えることができる。また、磁気励振法のように分析用液体に溶け出すような部材を用いないので、測定環境を乱すこともない。
【0020】
第1発明に係るカンチレバー励振方法及び該励振方法を用いた第2発明に係る原子間力顕微鏡では、カンチレバーを励振させるために、カンチレバーの共振周波数よりも高い周波数の搬送波をそれよりも低い周波数の変調波で振幅変調して生成した励振電圧(振幅変調信号)をカンチレバー背面の導電体部と対向電極との間に印加する。印加電圧の周波数が界面の電気二重層の誘電緩和周波数より高くなると、界面溶液要素の分圧比と比べてバルク溶液要素の分圧比が大きくなり、界面張力効果による力は小さくなっていく。一方、カンチレバーに作用する静電気力は電圧の2乗に比例するため、変調波の周波数成分の静電気力が発生し、カンチレバーの振動が誘起される。これにより、静電気力は界面張力効果による力に比べて支配的となる。このようにしてカンチレバーの振動は主に静電気力の作用によるものとなり、理想的な周波数特性を示す励振スペクトルを得ることができる。
【0021】
また非特許文献4に示されているように、周波数の異なる2つの交流電圧を印加して、その2つの交流電圧の周波数差となる周波数でカンチレバーを励振させることも可能である。
【0022】
即ち、上記課題を解決するために成された第3発明に係るカンチレバー励振方法は、
液体中に浸漬されたカンチレバーの先端に設けられた探針を
、該液体中に浸漬された試料の表面に近接させ、該カンチレバーをその共振周波数で振動させたときに、前記探針と前記試料との間に働く相互作用を検出するダイナミックモード原子間力顕微鏡にあって、前記カンチレバーを振動させる励振方法において、
前記カンチレバーにあって前記探針が位置する面又はその反対側である背面の少なくとも一方に形成された導電体部と、間に液体を挟んで前記カンチレバーの背面に対向して配置された対向電極との間に、前記カンチレバーの共振周波数よりも高い第1周波数の交流電圧とそれよりも所定周波数だけ高い又は低い第2周波数の交流電圧とを加算して生成した励振電圧を印加することによって、
界面張力効果による前記カンチレバーの変位の影響を抑え、該カンチレバーを静電気力により前記第1周波数と第2周波数との差の周波数で以て振動させることを特徴としている。
【0023】
また上記課題を解決するために成された第4発明は、第3発明に係るカンチレバー励振方法を用いた原子間力顕微鏡であって、
液体中に浸漬されたカンチレバーの先端に設けられた探針を
、該液体中に浸漬された試料の表面に近接させ、該カンチレバーをその共振周波数で振動させたときに、前記探針と前記試料との間に働く相互作用を検出するダイナミックモード原子間力顕微鏡において、
a)前記カンチレバーにあって前記探針が位置する面又はその反対側である背面の少なくとも一方に形成された導電体部と、
b)間に液体を挟んで前記カンチレバーの背面に対向して配置された透明な対向電極と、
c)
界面張力効果による前記カンチレバーの変位の影響を抑え、該カンチレバーを静電気力により振動させるために、前記導電体部と前記対向電極との間に、前記カンチレバーの共振周波数よりも高い第1周波数の交流電圧とそれよりも所定周波数だけ高い又は低い第2周波数の交流電圧とを加算して生成した励振電圧を印加する励振電圧印加手段と、
d)液体外から前記透明な対向電極を通過させて液中の前記カンチレバーにレーザ光を照射し、その反射光を前記対向電極を通して液体外に導出して検出する変位検出手段と、
を備えることを特徴としている。
【0024】
また第1発明及び第3発明に係るカンチレバー励振方法は、試料が導電性を有するか否かに拘わらず利用可能な方法であるが、試料が導電性を有するものの場合には、対向電極を設けることなくカンチレバーと試料との間に振幅変調信号を印加してカンチレバーを励振させるようにすることもできる。
【0025】
即ち、上記課題を解決するために成された第5発明に係るカンチレバー励振方法は、
液体中に浸漬されたカンチレバーの先端に設けられた探針を
、該液体中に浸漬された導電性である試料の表面に近接させ、該カンチレバーをその共振周波数で振動させたときに、前記探針と前記試料との間に働く相互作用を検出するダイナミックモード原子間力顕微鏡にあって、前記カンチレバーを振動させる励振方法において、
前記カンチレバーにあって前記探針が位置する面又はその背面の少なくとも一方に形成された導電体部と、間に液体を挟んで前記探針に対向する導電性試料又はさらに間に絶縁性試料を挟んで設けられた導電性部材との間に、前記カンチレバーの共振周波数よりも高い周波数の搬送波をそれよりも低い周波数の変調波で振幅変調して生成した交流電圧を印加することによって、
界面張力効果による前記カンチレバーの変位の影響を抑え、該カンチレバーを静電気力により変調周波数で以て振動させることを特徴としている。
【0026】
また上記課題を解決するために成された第6発明は、第5発明に係るカンチレバー励振方法を用いた原子間力顕微鏡であって、
液体中に浸漬されたカンチレバーの先端に設けられた探針を
、該液体中に浸漬された試料の表面に近接させ、該カンチレバーをその共振周波数で振動させたときに、前記探針と前記試料との間に働く相互作用を検出するダイナミックモード原子間力顕微鏡において、
a)前記カンチレバーにあって前記探針が位置する面又はその背面の少なくとも一方に形成された導電体部と、
b)
界面張力効果による前記カンチレバーの変位の影響を抑え、該カンチレバーを静電気力により振動させるために、前記導電体部と、間に液体を挟んで前記探針に対向する導電性試料又はさらに間に絶縁性試料を挟んで設けられた導電性部材との間に、前記カンチレバーの共振周波数よりも高い周波数の搬送波をそれよりも低い周波数の変調波で振幅変調して生成した励振電圧を印加する励振電圧印加手段と、
を備えることを特徴としている。
【0027】
また上記課題を解決するために成された第7発明に係るカンチレバー励振方法は、
液体中に浸漬されたカンチレバーの先端に設けられた探針を
、該液体中に浸漬された導電性である試料の表面に近接させ、該カンチレバーをその共振周波数で振動させたときに、前記探針と前記試料との間に働く相互作用を検出するダイナミックモード原子間力顕微鏡にあって、前記カンチレバーを振動させる励振方法において、
前記カンチレバーにあって前記探針が位置する面又はその背面の少なくとも一方に形成された導電体部と、間に液体を挟んで前記探針に対向する導電性試料又はさらに間に絶縁性試料を挟んで設けられた導電性部材との間に、前記カンチレバーの共振周波数よりも高い第1周波数の交流電圧とそれよりも所定周波数だけ高い又は低い第2周波数の交流電圧とを加算して生成した励振電圧を印加することによって、
界面張力効果による前記カンチレバーの変位の影響を抑え、該カンチレバーを静電気力により前記第1周波数と第2周波数との差の周波数で以て振動させることを特徴としている。
【0028】
また上記課題を解決するために成された第8発明は、第7発明に係るカンチレバー励振方法を用いた原子間力顕微鏡であって、
液体中に浸漬されたカンチレバーの先端に設けられた探針を
、該液体中に浸漬された試料の表面に近接させ、該カンチレバーをその共振周波数で振動させたときに、前記探針と前記試料との間に働く相互作用を検出するダイナミックモード原子間力顕微鏡において、
a)前記カンチレバーにあって前記探針が位置する面又はその背面の少なくとも一方に形成された導電体部と、
b)
界面張力効果による前記カンチレバーの変位の影響を抑え、該カンチレバーを静電気力により振動させるために、前記導電体部と、間に液体を挟んで前記探針に対向する導電性試料又はさらに間に絶縁性試料を挟んで設けられた導電性部材との間に、前記カンチレバーの共振周波数よりも高い第1周波数の交流電圧とそれよりも所定周波数だけ高い又は低い第2周波数の交流電圧とを加算して生成した励振電圧を印加する励振電圧印加手段と、
を備えることを特徴としている。
【0029】
なお、第5乃至第8発明では、導電性試料が載置された導電性基板と上記導電体部との間に励振電圧を印加することで、試料と導電体部との間に励振電圧を印加するようにすることができる。