【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
〔実施例1〕NIAS-Bm-Ke17培養細胞株の培養
新規培養細胞株NIAS-Bm-Ke17(以下Ke17細胞と記載する)を以下の方法により作出した。Ke17細胞は今西ら(今西重雄ら(2006) 蚕糸・昆虫バイオテック, 75, 45-51)の方法により、先ずカイコ胚子を初代培養してNIAS-Bm-Ke1培養細胞株(FERM P-20572)を作出し、次にこの細胞株からクローニングを行って本培養細胞株を作出した。初代培養は1985年6月に開始し、1986年12月には継代培養に移行し、以後7日ごとに植え継ぎを行った。初代培養にはMGM448培地(Mitsuhashi, J: (1984) Zool.Sci., 1, 415-419)にFBSを10%容量加えた培地を用い、培養経過に応じてFBS添加量を順次減少し、同時にlactoalbumin hydrolysateとTC-Yeastolateを添加物とするMMSF培地(Mitsuhashi,J. (1982) Appl.Entomological.Zool., 17,575-581)に順次移行した。FBS添加量が1%量のMM培地で細胞が安定して増殖した後、MMSF培地または、コージンバイオ社製のカイコ細胞培養用無血清培地のKBM700培地(今西重雄ら(2005) 特開2007-75102)による無血清培養に移行した。
【0043】
Ke17細胞のクローニングはTomitaらの論文(Tomita,S., et al. (1999) In Vitro Cell.Dev.Biol., 35, 311-313)を改変した以下の方法により行った。Sea Plaque Agarose (Cambrex Bio Science Rockland, Inc.)の濃度が0.25%W/VになるようにMMSF細胞培養液を調製した。この調製液を細胞培養用マルチプレート6F(MS-80060、住友ベークライト)に加えてSea Plaque Agaroseの培養床を作製し、MMSF培地とともにKe1細胞を複数個蒔いて25℃で培養した。単個の細胞から形成されたコロニーを培養液に分散して1個の細胞を取り出し、同様な方法で再度クローニングを行ってクローン培養細胞株NIAS-Bm-Ke17 (Ke17細胞)を作出した。
【0044】
本発明において、細胞培養は以下の方法により行った。静置培養にはプラスティック製培養フラスコ(BECTON DICKINSO社FALCON353014、住友ベークライト社SUMILON,MS-21050)を用いた。撹拌培養にはスピナーフラスコ(Corning)(250ml用)を用いた。静置培養の場合、細胞の植え継ぎは7日ごとに行い、細胞液の4分の1(約1ml)を新しい培養フラスコに移し、新鮮培地を3ml加えて培養を継続した。攪拌培養の方法は今西ら(今西重雄ら(2006) 蚕糸・昆虫バイオテック, 75, 45-51)に準拠して行った。
【0045】
上記の方法によりカイコ胚子組織由来の培養細胞NIAS-Bm-Ke1株をクローニングし、5系統を作出した中から増殖性と細胞の形態をもとに、Ke17細胞を選出した(
図1)。細胞の形は球形が主で、大きさは25μm〜50μmである。培養は炭酸ガス供給装置のない通常の培養装置を用いて25℃で行った。細胞増殖は倍加に3日間を要し、植え継ぎ後6日目に最大細胞数に到達し、以後生細胞数は減少した。この細胞増殖様相は培養フラスコを用いた静置培養においても、スピナーフラスコを用いた撹拌培養においても同様であった。
【0046】
NIAS-Bm-Ke17培養細胞株の培地として、無血清培地MMSFの組成にアミノ酸類、ビタミン混合物並びにグルコースの添加量をMGM448培地の組成を参考に改変して、KBM700、SH-Ke-117、SR-α8-AGS、SR-α9-04HG、SR-α9-04LGおよびSR-α8-A2の各培地を株式会社シマ研究所細胞生物科学研究所において作製した。これらの培地の中、特にSH-Ke-117培地がKe17細胞の形状を球形に保持し、さらに増殖が良好であった(
図2)。
【0047】
〔実施例2〕北米産ホタル由来のルシフェラーゼ遺伝子組換えウイルスの感染と遺伝子産物の測定
次に目的遺伝子を組み込んだカイコ核多角体病ウイルス(BmNPV)を、カイコ培養細胞株Ke17細胞へ感染させ、その遺伝子産物の測定を行った。
【0048】
本感染実験においては、北米産ホタルのルシフェラーゼ遺伝子をカイコ核多角体病ウイルス(BmNPV)のp10遺伝子のプロモーター下流に組み込んだBmPTLNPV(Tomita,S., et al. (1995) Cytotechnology, 17, 65-70)を用いた。ルシフェラーゼ活性は今西ら(今西重雄ら(2006) 蚕糸・昆虫バイオテック, 75, 45-51)の方法を用いてルミノメーターLumat LB9501 (Berthold)で測定した。測定値(RLU:Relative Luminessence Unit)を指標にして細胞に対するウイルス感染力を比較した。Sf9細胞(American Type Culture Collection, Rockville, MD)とKe17細胞の比較の場合、両方の細胞に感染可能なAutographa californica MNPV(以後、AcMNPVと略)とBmNPVの融合ウイルスHylucNPV(Mori, H. et al. (1992) J.Gen.Virol., 73,1877-1880)を用いた。
【0049】
実施例1の通り通常の培養はSH-Ke-117培地を用いたが、BmPTLNPVの感染ではウイルス感染増強物質としてカイコ熱処理体液を添加した。本発明で用いたカイコ熱処理体液は以下の方法により調製した。カイコ品種は農業生物資源研究所(日本)でカイコ核多角体病ウイルス(BmNPV)に特に感染良好な育成過程の交雑品種(CSR×NSR)を用いた。発育時期で5齢4日目のカイコの腹脚を鋏で切断し、氷中のプラスティック製チューブに体液を採取した。チューブは60℃の温湯で30分間熱処理後、3,000rpmで30分間遠心した。凝固タンパク(沈殿分画)を除いた上清分画をプラスティック製チューブに回収し、使用まで-85℃に冷凍保存した。凍結体液は解凍後、孔径0.22mmのフィルターシリンジで除菌し、培地に添加した。
【0050】
BmPTLNPVの感染は以下の工程により行った。96ウエルマイクロプレートの各ウエルに3×10
4個の細胞を150μlのSH-Ke-117培地に加え、ここに培地1ml当たり、カイコ熱処理体液を0.5%〜20%まで添加し、MOI=1のウイルス濃度でBmPTLNPV液を加えて、熱処理体液がBmPTLNPV感染に及ぼす効果を検討した。その結果、ルシフェラーゼ産物量は熱処理体液2.5%添加まで順次増大し、最大5.7倍に到達した。しかし5.0%添加量以上ではルシフェラーゼ産物量は減少し、20%添加量では全く活性は認められなかった(
図3)。一方、熱処理体液の無添加ではBmPTLNPVの接種にも係わらず、ルシフェラーゼ活性をほとんど示されず、2.5%量の添加の場合と比較して16分の1の活性を示した(
図4)。以後の接種実験においては培地当たり、2.5%量のカイコ熱処理体液を添加することにより、遺伝子産物の発現を誘発した。
【0051】
〔実施例3〕Ke17細胞の低温処理がBmPTLNPV感染に及ぼす影響の検討
植え継ぎ後4日目の対数的増殖期のKe17細胞を2.5℃、5℃、10℃の低温室と20℃、25℃の恒温室にそれぞれ24時間保存した。温度処理直後の細胞を96ウエルマルチプレートにとり、2.5%量の熱処理体液とともにBmPTLNPVを接種した。27℃で4日間経過後、細胞内で産生されたルシフェラーゼ産物量を測定した。その結果、2.5℃保存の細胞では25℃保存の細胞内産生物量よりも32倍量ものルシフェラーゼ産生量を測定した(
図5)。さらに保護時間を検討した結果、48時間において最大量のルシフェラーゼが産生されていた。一方、熱処理体液を加えない場合、ルシフェラーゼはほとんど産生されなかった(
図6)。低温処理後室温に培養フラスコを取り出してBmPTLNPVを接種する際、時間の経過に従って培地の温度が上昇し、室温に達する。同時に細胞内の温度も室温に上昇する。室温に取り出して直ちに接種した場合は3時間経過後に接種した場合と比較して2.5倍高いルシフェラーゼ産生量であった(
図7)。
【0052】
次にKe17細胞にBmPTLNPV接種後、2.5℃、48時間の低温処理を行い、その後27℃に4日間保護した場合と、Ke17細胞を2.5℃、48時間の低温処理後にBmPTLNPVを接種する場合を比較した結果、前者ではウイルス感染時間が低温処理時間の48時間さらに経過したことにより、後者の2倍のルシフェラーゼ産生量が認められた。また、熱処理体液を加えない場合は、
図6の実験と同様にルシフェラーゼはほとんど産生されなかった(
図8)。これはウイルス感染に2.5℃の低温は影響されず、低温処理時間分だけウイルス感染は増強されたことを示している。
【0053】
次に低温処理効果をいくつかの昆虫培養細胞株間で比較検討した。クローン株Ke17細胞の親株のKe1細胞、他のカイコ由来の培養細胞株BmN4細胞株およびSpodoptera frugiperda 由来のSf9細胞株をも含めた。ルシフェラーゼ産生量は2.5℃低温処理および無処理(25℃)ともにSf9細胞において最も産物量は多く、25℃処理では、Ke1細胞の163倍、Ke17細胞の214倍、BmN4細胞の22.9倍が示された。また、2.5℃処理では、Ke1細胞の297倍、Ke17細胞の55倍。BmN4細胞の110倍の産生量が示され、Sf9細胞におけるルシフェラーゼ発現の優位性は明らかであった(
図9)。一方、25℃における産生量を指標1にして2.5℃における産生量を計算するとKe1細胞では0.8倍、Ke17細胞では8.7倍、BmN4では0.29倍、そしてSf9細胞では1.4倍であり、Ke17細胞は他の細胞株と比較して大きな低温処理誘発が認められた(
図10)。
【0054】
これまで行われた調査で、細胞骨格系タンパク質、細胞膜タンパク質、その他のタンパク質の発現において、カイコ細胞系はSf9細胞系よりも膜タンパク質に優れた発現が確認されている(武内恒成(2006) BIONICS. 24. 14-15)。
図9で示されたSf9細胞系を用いたレポーター遺伝子であるルシフェラーゼの発現は、その他のタンパク質の発現のほんの一例であり、すべての種類のタンパク質発現に適合するものではない。
【0055】
通常、Sf9細胞には牛胎児血清(FBS)を10%添加して培養している。
図9に記載された数値はFBSを10%添加して培養した細胞における数値である。一方、Sf9細胞も無血清培地で培養できると市販のカタログ(ニチレイバイオサイエンス事業社のホームページ)に記載されているが、増殖はFBS添加培地よりも劣化する。Ke17細胞は逆にFBS添加よりも無添加のSH-Ke-117培地で増殖が良好な特長を有している。
【0056】
また、Sf9細胞にはKe17細胞のように熱処理カイコ体液の有する感染増強を促す物質は発見されていない。本発明のKe17細胞は、このカイコ熱処理体液の他、低温処理による高いウイルス感染能を有する特長があり、優れたウイルス感染能を有する細胞系であるといえる。
【0057】
〔実施例4〕NIAS-Bm-Ke17培養細胞株による、膜タンパク質の発現検討
次に、本発明のKe17細胞を用いて、4回膜貫通タンパク質claudin(claudin19:Miyamoto, T., et al (2005) J.Cell Biol., 169, 527-537)の発現検討を行った。
【0058】
まず、Ke17細胞にN末端にHis-tag及びC末端にRFPを付加した4回膜タンパク質Claudin遺伝子を導入し、上記の方法により発現検討を行った。発現量を比較するために、従来型のカイコ由来細胞株BmN4細胞においても同様の発現検討を行った。
【0059】
その結果、同じウイルスタイターで比較した場合、Ke17細胞で発現させた方がBmN4細胞で発現させた場合に比べ、膜タンパク質Claudin19の発現量が多いことが明らかとなった。抗His抗体によって、更に詳細に発現量を比較したところ、BmN4よりも発現量が多い。さらに、発現膜タンパク質分子が細胞膜画分に正しくソーティングされていることが明らかとなった(
図11)。
【0060】
次に、RFP-claudin19融合タンパク質発現Ke17細胞における発現領域を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。本来発現する細胞膜部分のみにRFP蛍光を捉えることができ、発現タンパク質(C末端にRFPが付加した4回膜貫通タンパク質Claudin19)は、細胞膜に正しくソーティングされ、発現いることが形態学的にも明らかとなった。
【0061】
以上より、本発明の発現系を用いることによって、膜タンパク質としてClaudin19が正しく発現させることができることが明らかとなった。 これまで、claudin数回膜貫通タンパク質を含む膜タンパク質は発現が困難であるといわれている。Ke17細胞においては、BmN4細胞など従来の昆虫発現細胞と比較して膜タンパク質の発現に有効かつ優れていることが示された。
【0062】
さらに、本発現系を用いて様々な温度条件化(10℃、15℃、20℃、及び25℃)で、発現量の検討を行った。ウイルス接種2日後のClaudinの発現量を比較したところ、Ke17細胞では通常培養と比べて低温誘導条件化のほうが膜タンパクの発現も上昇していることが明らかとなった。このことから、膜タンパク質等を発現させる場合にも、Ke17細胞は低温条件化でウイルス感染させる方が、発現能が上昇することが明らかとなった。
【0063】
バキュロウイルス発現系にはハスモンヨトウ近縁種のSpodoptera frugiperdaの蛹卵巣由来のSf9細胞および、Trichoplusia niの胚子由来のHighFive細胞(正式名称BTI-TN-5B1-4)を宿主にするAcMNPVベクター発現系とカイコ(Bombyx mori)の幼虫とその培養細胞を宿主にするBmNPVベクター発現系がある。Sf9細胞とHigh Five細胞は無血清培地による培養が可能であるものの、増殖は血清培地よりも劣化する。一方、カイコの培養細胞(BmNおよびそのクローンのBmN4)では10%量のFBS添加が必ず必要である。FBSにはロットによる品質の違いやタンパク性感染因子の混入の危険性などの問題がある。
【0064】
本発明者らはこれの問題点の解決のため、無血清培地に適合した新たなカイコ培養細胞株を作出し、異種タンパク質の高生産系の開発を行ってきた。本発明におけるKe17細胞は、1985年にカイコの胚子組織の初代培養を始めたのち、継代培養に至って順次FBS添加量を削減し、約25年間に渡って無血清培地で培養ができるように順化した後、クローン化した培養細胞株である。無血清培地で培養できるKe17細胞は、FBS血清添加培地で培養できるカイコの他の培養細胞株(NIAS-BoMo-15AIIc(井上 元・谷合幹代子・小林 淳(1990) 蚕糸昆虫研報、1、13-25)、BmN、BmN4)の増殖と比較し、同等もしくはそれ以上の強い増殖作用があるが、BmNPVに対しては低い感染しか認められない。一方、カイコの熱処理体液にはFBSと同様に、ウイルスの感染・増強作用がある(今西重雄・井上 元・小林 淳・門野敬子・河本秀夫・Serge Belloncik・桑原伸夫・阪元秀彦・冨田秀一郎(1993) 蚕糸・昆虫農業技術研究所報告、7、9-29.)。そこで、FBSの代替としてカイコの熱処理体液をKe17細胞に添加することを考えた。その結果、カイコの熱処理体液にはBmNPVの感染を極めて強く増強する作用があることが認め、SH-Ke-117培地にわずか2.5%量(対容量)の添加 (
図3)により、遺伝子産物の高い生産を達成することができた。Ke17細胞に最適なカイコの熱処理体液の投与量は極めて少ないため、過剰な添加量は細胞の生理的な不調を起こさせたり (今西重雄・井上 元・小林 淳・門野敬子・河本秀夫・Serge Belloncik・桑原伸夫・阪元秀彦・冨田秀一郎(1993). 蚕糸・昆虫農業技術研究所報告、7、9-29)、また遺伝子産物の精製における体液タンパク質の除去の困難さからみても、Ke17細胞は遺伝子発現系に適した細胞系と考えられる。Sf9細胞におけるGalleria mellonellaNPVの感染はコレステロールが多角体形成を助長すると報告されている(Belloncik,S., Akoury, W.E., and Cheroutre, M. (1997) Invertebrate Cell Culture. (Novel Directions and Biotechnology Applications). Ed.Karl Maramorosch and Jun Mitsuhashi, p.141-148. Science Publishers.USA)。従って、発明者らがウイルス感染増強に用いたカイコの熱処理体液にはコレステロールが含まれており、その作用により、BmPTLNPVの高い感染効果が得られかもしれない。
【0065】
これまでにカイコ細胞の低温処理がBmNPVの感染を誘発する報告はない。しかしFBS10%添加培地で培養したハスモンヨトウ近縁種由来のIPLB-SF-21細胞では、adsorptive endocytosis によるAcMNPVの侵入が、4℃では感染後2時間まで直線的に増加し、以後6時間まで侵入量は一定状態を保ち、その侵入割合は27℃と比べ、約60%の低い値を示している(Volkman, L.E. and Goldsmith, P.A. (1985) Virology, 143, 185-195) 。本実験では血清の代替としてカイコの熱処理体液の添加培地で培養したカイコ細胞を48時間低温処理し、その後27℃に取り出し、細胞内の温度が27℃に上昇しない3時間以内にBmPTLNPVを感染させた場合、遺伝子産物の生産量は無低温処理と比較して高い生産量を示した(
図5〜7)。この結果は、Ke17細胞はIPLB-SF-21細胞よりも低温におけるBmNPVの感染能は高いことを示すものと考えられる。さらに低温処理効果をKe17細胞とIPLB-SF-21細胞のクローン株Sf9細胞との両者間で比較した結果、Ke17細胞は遺伝子産物の生産量がSf9細胞よりも高い値を示した(
図10)。以上から、Ke17細胞は低温におけるadsorption endocytosisによるBmPTLNPVの細胞内への侵入がIPLB-SF-21細胞と比較してより高いと考えられる。
【0066】
一方、カイコ幼虫に関しては、低温がウイルス感染を誘発する報告がある。5齢脱皮直後のカイコ幼虫を低温に1日間遭遇させた後、出芽型BmNPVを経口接種または経皮接種すると幼虫の死亡率が高くなる(岡崎博之・金谷俊道・西村小百合・小川克明・渡部 仁 (1995) 日蚕雑, 64, 504-508.)。幼虫に対するBmNPV感染の低温誘発効果は消化液中のBmNPV不活化酵素の活性低下(鮎沢千尋・古田要二 (1965) 核型多角体病ウイルスに対する蚕の感受性と消化液のウイルス不活化作用について.日蚕雑, 35, 66-70.;Hayashiya,K., Uchida,Y. and Himeno,M. (1978) Jpn. J. Appl. Entomol. Zool. 22, 238-242.)が考察されている。低温遭遇させたKe17細胞では消化酵素以外のウイルス不活化酵素が細胞内活性では極めて低いためにBmPTLNPVの感染誘発が起きたのかも知れない。また一方、バキュロウイルスエンハンサー配列(hr)と相互作用して転写活性を誘動する宿主細胞因子が想定され(Iwanaga, M., Shimada, T., Kobayashi, M., and Kang, W.-K. (2007) Appl. Entomol. ZooI. 42(1),151-159)、この因子の遺伝子発現が低温処理で誘発された可能性もある。本実験では、この感染誘発の効果はBmN細胞やBmN4細胞およびSf9細胞でも若干認められるが、Ke1細胞のクローン株Ke17細胞は極めて高いため、特異的な機能と考えられ、カイコの熱処理体液のBmNPV感染助長効果に加えてウイルス感染に重要な新知見になると判断された。 また、Ke17細胞は、4回膜貫通タンパク質Claudin-RFP融合分子を細胞膜表面に発現しており (
図11〜13)、高発現系のみならず膜タンパク質発現系としても無血清培養において優れた遺伝子発現系になり得ることを明らかにするものである。
【0067】
以上の結果を総合すると、NIAS-Bm-Ke17細胞系は次のような極めて特徴的な形質を有する。1.NIAS-Bm-Ke17細胞系は無血清培地により優れた増殖性と細胞の形状を均一な球形に維持できる。2.無血清培地に添加することにより、ウイルス感染を増強できる熱処理カイコ体液の添加量はわずか2.5%量であり、これで十分なウイルス感染効果が得られる。3.NIAS-Bm−Ke17細胞系は、他の培養細胞系と比較し、低温処理による高いウイルス感染効果が得られる。これは培養細胞系では、はじめての知見である。4.バキュロウイルス発現系おいて、カイコ培養細胞系は他のヨトウ培養細胞系と比較し、調査した組換え膜タンパク質の種類すべてにおいて、高発現する特徴がある。これらの成果からNIAS-Bm-Ke17細胞系は培養細胞系を発現先とするバキュロウイルス発現系において、極めて特長ある細胞であり、優れた膜タンパク質の有用物質発現系として実用面で活用できると特長がある。