特許第5765812号(P5765812)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5765812リン酸カルシウム複合体及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5765812
(24)【登録日】2015年6月26日
(45)【発行日】2015年8月19日
(54)【発明の名称】リン酸カルシウム複合体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/78 20060101AFI20150730BHJP
   A61L 29/00 20060101ALI20150730BHJP
   A61L 31/00 20060101ALI20150730BHJP
   C23C 22/00 20060101ALI20150730BHJP
【FI】
   C23C22/78
   A61L29/00 Z
   A61L31/00 Z
   C23C22/00 Z
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-511246(P2011-511246)
(86)(22)【出願日】2009年4月30日
(86)【国際出願番号】JP2009058529
(87)【国際公開番号】WO2010125686
(87)【国際公開日】20101104
【審査請求日】2012年4月24日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000158312
【氏名又は名称】岩谷産業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】509090601
【氏名又は名称】株式会社ソフセラ
(74)【代理人】
【識別番号】100105315
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 温
(72)【発明者】
【氏名】小池 国彦
(72)【発明者】
【氏名】小粥 康充
(72)【発明者】
【氏名】中川 雅美
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−192853(JP,A)
【文献】 特開2004−307887(JP,A)
【文献】 特開2000−191423(JP,A)
【文献】 特開2006−089778(JP,A)
【文献】 特開2007−085930(JP,A)
【文献】 特開2004−051952(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00−22/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面にリン酸カルシウムが結合してなるリン酸カルシウム複合体の製造方法であって、
上記基材の表面に表面処理剤を接触させた後に、シランカップリング剤を接触させて表面処理する表面処理工程と、
上記表面処理工程後に、重合開始剤によりシランカップリング剤の重合を開始させる重合工程と、
重合工程後の上記基材の表面のシランカップリング剤に上記リン酸カルシウムを結合させる結合工程と、を含み、
上記基材が金属であり、
上記表面処理剤がオゾン水であり
上記基材としてステンレスを用いることを特徴とする製造方法。
【請求項2】
前記シランカップリング剤が、非チオール系のシランカップリング剤であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸カルシウムの複合体及びその製造方法に関し、より詳細には、金属表面上にリン酸カルシウムが固定されているリン酸カルシウム複合体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイドロキシアパタイト等のリン酸カルシウムは、生体親和性材料として医療分野において広く用いられている。特に、基材の表面をリン酸カルシウムで被覆した複合材料は細胞接着性が高いことから、カテーテル等の経皮デバイスとしての応用が期待されている。例えば、シクロフィブロイン等の柔軟な高分子基材の表面に、リン酸カルシウムの微粒子を結合させて、経皮デバイスに用いる技術が提案されている。
【0003】
ここで、基材表面にハイドロキシアパタイトを固定する手法としては、例えば、高分子基材としてイソシアネート基又はアルコキシシリル基のような特定の官能基を有する高分子基材を選択し、当該高分子基材にハイドロキシアパタイトを結合させる方法が提案されている(特許文献1)。その他、コロナ放電処理やグラフト処理等により少なくとも表面が親水化された基体を、カルシウム溶液とリン酸溶液とに交互に浸漬させて、基体の少なくとも表面にハイドロキシアパタイトを生成・固定させる工程を含む方法により高分子表面にハイドロキシアパタイトを形成する方法が提案されている(特許文献2)。
【0004】
また、金属表面にハイドロキシアパタイトを固定する方法としては、ステンレス表面を硝酸で処理した後に、(3−メルカプトプロピル)トリエトキシシラン等のシランカップリング剤(SCA)により処理し、当該金属表面に導入されたシランカップリング剤に対して、2,2−アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)を用いてγ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(MPTS)をグラフト重合し、当該重合体のトリメトキシシリル残基とハイドロキシアパタイトの反応により、金属表面上にハイドロキシアパタイトを固定する方法が開示されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−51952号公報
【特許文献2】特開2000−327314号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】OKADA, M. et al. J Biomed Mater Res Part A 589-596, 2008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の方法によれば、金属表面を酸で処理しなければならず、当該酸が残留し実際の用途において問題となることがあった。そこで、本発明は、酸を用いずに残留物の少ない処理方法により金属表面にリン酸カルシウムを固定する手段を提供することを第一の目的とする。
【0008】
また、非特許文献1の方法によれば、前記の酸処理に起因する問題に加えて、チオール系のシランカップリング剤を用いるため、当該化合物の残留によりチオール特有の臭気が発生するという問題があった。そこで、本発明は、前記の課題に加えて、更に、チオール系の化合物を用いない処理方法により金属表面にリン酸カルシウムを固定する手段を提供することを第二の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明(1)は、基材の表面にリン酸カルシウムが結合してなるリン酸カルシウム複合体の製造方法であって、
上記基材の表面に表面処理剤を接触させた後に、シランカップリング剤を接触させて表面処理する表面処理工程と、
上記表面処理工程後に、重合開始剤によりシランカップリング剤の重合を開始させる重合工程と、
重合工程後の上記基材の表面のシランカップリング剤に上記リン酸カルシウムを結合させる結合工程と、を含み、
上記基材が金属であり、
上記表面処理剤がオゾン水であることを特徴とする製造方法である。
【0010】
本発明(2)は、前記シランカップリング剤が、非チオール系のシランカップリング剤であることを特徴とする、前記発明(1)の製造方法である。
【0011】
本発明(3)は、上記基材としてステンレスを用いることを特徴とする、前記発明(1)又は(2)に記載の製造方法である。
【0012】
本発明(4)は、前記発明(1)〜(3)のいずれか一つの方法により得られるリン酸カルシウム複合体である。
【0013】
ここで、本明細書において用いる各種用語の意味を解説する。「リン酸カルシウム複合体」とは、基材の表面にリン酸カルシウムが結合している構造物を意味する。「オゾン水」とは、オゾンが溶解している水を意味する。「表面処理」とは、基材の表面を改質する処理を意味する。
【発明の効果】
【0014】
本発明(1)、(4)によれば、シランカップリング剤を金属表面に導入するに際して酸の代わりにオゾンを用いるため、オゾンは時間が経てば分解し酸素になるので、金属表面上に残留することなく金属表面にリン酸カルシウムを固定できるという効果を奏する。また、金属表面をオゾン水により処理することにより、基材の表面上にOH基が多量に導入されて濡れ性が向上するので、オゾンガスにより処理する場合と比較して顕著にシランカップリング剤を導入し易くなるため、金属表面上に強い接着強度及び高い被覆率でリン酸カルシウムを固定できるという効果も奏する。また、オゾン水処理により基材表面の有機物が除去できるため、シランカップリング剤を導入しやすくなるという効果も奏する。
【0015】
本発明(2)によれば、チオール系の化合物を使用しないため、当該化合物が残留することによる臭気の問題が発生しなくなるという効果を奏する。
【0016】
本発明(3)によれば、基材としてステンレスを用いることにより、オゾン水処理による金属表面へのシランカップリング剤の導入が特に容易になるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1(a)は、オゾン水処理前の基材表面をXPSにて測定した結果を示す図であり、図1(b)は、オゾン水処理後の基材表面をXPSにて測定した結果を示す図である。
図2図2(a)は、実施例1の複合体表面の10,000倍のSEM写真であり、図2(b)は、実施例1の複合体表面の2,000倍のSEM写真である。
図3図3は、各工程後の基材表面をIRにて測定した結果を示す図であり、図3(a)は未処理の基材、図3(b)はグラフト重合後の基材、図3(c)はHAp被覆後の基材を測定した結果を示す図である。
図4図4(a)は、実施例2の複合体表面の5,000倍のSEM写真であり、図4(b)は、実施例2の複合体表面の2,000倍のSEM写真である。
図5図5は、比較例1の基材表面の5,000倍のSEM写真である。
図6図6は、比較例2の基材表面の5,000倍のSEM写真である。
図7図7は、比較例3の基材表面の5,000倍のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本最良形態に係るリン酸カルシウム複合体は、基材の表面にリン酸カルシウムがシランカップリング剤を介して結合している。また、リン酸カルシウム複合体は、上記基材の表面に表面処理剤を接触させた後に、シランカップリング剤を接触させて表面処理する表面処理工程と、上記表面処理工程後に、重合開始剤によりシランカップリング剤の重合を開始させる重合工程と、重合工程後の上記基材の表面のシランカップリング剤に上記リン酸カルシウムを結合させる結合工程と、を含み、上記基材が金属であり、上記表面処理剤がオゾン水であることを特徴とする製造方法により得られる。ここで、前記工程のほかに、基材表面を洗浄する前処理工程や、前記重合工程において生成するホモポリマーを除去するホモポリマー除去工程や、前記結合工程後に基材表面を洗浄する洗浄工程等を有していてもよい。以下、本発明において使用する主な材料について説明した後に、各工程について詳細に説明する。
【0019】
基材
本発明において使用される基材は金属である。ここで金属としては、チタン、酸化チタン、チタン合金、ステンレス等が挙げられる。これらの中でも特にステンレスが好適である。またステンレスの中でも、モリブデン(Mo)を含むオーステナイト系のステンレスが好適であり、より具体的には、SUS316、SUS317が好適である。これらのステンレスを用いることにより、より穏和な条件下で効率的にオゾン水処理を行うことができ、強い接着強度及び高い被覆率で基材とリン酸カルシウムとを結合させることができる。
【0020】
本発明において使用される基材の形状は特に限定されず、リン酸カルシウム複合体の用途に応じて、様々な形状の基材を適宜選択することができる。基材の形状としては、繊維状、シート状、チューブ状、多孔体であってもよく、より複雑な形状であってもよい。このように基材の形状に制約されず、複雑な形状の基材を用いても、簡便にHAp複合体を製造できる。従来のコロナ放電、プラズマ処理を用いる方法では、複雑な形状の基材を用いるとき、様々な角度からコロナ放電を行なう等の工夫が必要であったが、本発明に係る製造方法によれば、後述のように基材をオゾン水に接触させればよいので、複雑な形状の基材に対しても簡便に表面処理することができる。このように本発明に係る製造方法は、様々な形状の基材に対して簡便に、強い接着強度及び高い被覆率で基材とリン酸カルシウムとを結合させることができる。
【0021】
シランカップリング剤
本最良形態において使用できるシランカップリング剤は、化学式(1)に示すような化学構造をしている。
Z−X−SiR ・・・(1)
上記Zは、反応性官能基を有していればよく、具体的には、例えば、ビニル基、エポキシ基、アミノ基、(メタ)アクリロキシ基、メルカプト基等が挙げられる。また、上記Rは、無機材料(ハイドロキシアパタイト焼結体)と縮合反応することができるものであればよく、具体的には、例えば、メトキシ基、エトキシ基等の炭素数1〜4のアルコキシ基や、ヒドロキシル基や、塩素原子等が挙げられる。また、上記化学式(1)中のXは、高分子鎖で結合されていてもよく、低分子鎖(例えば、炭素数1〜12のアルキレン鎖)で結合されていてもよく、直接結合されていてもよい。尚、前記アルコキシ基は、先述の範囲内の炭素数であることにより、後述のハイドロキシアパタイトとの縮合反応により生成するアルコールが水に対して十分な溶解性を有するので、水により表面を洗浄するだけで当該アルコールが除去できるため好ましい。
【0022】
すなわち、上記シランカップリング剤としては、具体的には、例えば、ビニルトリクロルシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリヒドロキシシラン等のビニル系シランカップリング剤;β−(3,4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン等のエポキシ系シランカップリング剤;p−スチリルトリメトキシシラン等のスチリル系シランカップリング剤;γ−メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリヒドロキシシラン等のメタクリロキシ系シランカップリング剤;γ−アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−アクリロキシプロピルトリヒドロキシシラン等のアクリロキシ系シランカップリング剤;N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルメチルジメトキシメトキシシラン、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−トリエトキシ−N−(1,3−ジメチル−ブチリデン)プロピルアミン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(ビニルベンジル)−β−アミノエチル−γ−アミノプロピルトリメトキシシランの塩酸塩、特殊アミノシラン等のアミノ系シランカップリング剤;γ−ウレイドプロピルトリエトキシシラン等のウレイド系シランカップリング剤;γ−クロロプロピルトリメトキシシラン等のクロロプロピル系シランカップリング剤;γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン等のチオール系シランカップリング剤;ビス(トリエトキシプロピル)テトラスルフィド等のスルフィド系シランカップリング剤;γ−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン等のイソシアネート系シランカップリング剤等が挙げられる。
これらのシランカップリング剤の中でも、ビニル系シランカップリング剤、スチリル系シランカップリング剤、メタクリロキシ系シランカップリング剤、アクリロキシ系シランカップリング剤等の重合性二重結合を有するシランカップリング剤が好適である。上記例示のシランカップリング剤のうち、重合性モノマーであるという点で、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシランがより好ましい。尚、本発明におけるシランカップリング剤は、後述する表面処理工程において使用するものと、重合工程において使用するものが同一であってもよいし、異なる種のものであってもよい。尚、メルカプト基を有するチオール系シランカップリング剤とすると、当該シランカップリング剤が残留することにより、臭気の問題が発生する可能性が高いため、メルカプト基を有しない非チオール系シランカップリング剤を使用することが好ましい。
【0023】
リン酸カルシウム
本発明に係る製造方法で用いるリン酸カルシウムとしては、特に限定されないが、ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO(OH))が好ましく、ハイドロキシアパタイト焼結体(ハイドロキシアパタイトセラミックスとも呼ばれる)がより好ましい。ハイドロキシアパタイトは、特にハイドロキシアパタイト焼結体は、生体内において長期間安定に存在し、かつ安全性が高いため、医療用に用いるリン酸カルシウム複合体の原料として優れている。また、ハイドロキシアパタイトは皮膚等の細胞との接着性が高いため、経皮デバイスの材料として特に優れている。
【0024】
尚、ハイドロキシアパタイト焼結体を製造する方法としては特に限定されず、従来公知の方法で製造すればよい。ハイドロキシアパタイト焼結体の製造方法、製造したハイドロキシアパタイト焼結体の結晶性の測定に関して、上記特許文献1及び2を参照するとよい。
【0025】
《表面処理工程》
本発明に係る製造方法に含まれる表面処理工程は、基材を表面処理する工程であって、上記基材の表面とオゾン水とを接触させた後に、シランカップリング剤を接触させる工程であればよい。尚、表面処理工程前に基材表面を洗浄する前処理工程を行ってもよい。ここで、前処理工程は、基材表面に汚れが生じている場合等の状況に応じて行なえばよい。具体的には、基材を水やアルコール等の溶媒に浸漬して超音波洗浄を行なってもよい。当該工程により、基材表面上の有機物が除去され当該工程後に行われる表面処理工程において、効率的にオゾン処理を行うことが可能となる。
【0026】
本発明者らは、オゾン水を用いて基材を表面処理するオゾン水処理工程によりリン酸カルシウムと基材との結合を極めて簡便に行なうことができることを見出した。例えば、基材が複雑な形状を有していても、当該基材をオゾン水に浸潤させたり、当該基材にオゾン水をかけたりするだけで、容易に、基材の表面に満遍なくオゾン水を接触させることができる。よって、簡便かつ高効率に作業を行なうことができる。
【0027】
また、本発明者らは、オゾン水を用いて表面処理することで、強い接着強度及び高い被覆率でリン酸カルシウムと基材とを結合させることができることをも見出した。従来、リン酸カルシウムで被覆した基材を超音波洗浄すると、リン酸カルシウムが剥がれる場合があった。これは、リン酸カルシウムと基材との接着強度が弱いことに起因する。しかし、オゾン水で表面処理した基材にリン酸カルシウムを結合させると、超音波洗浄した際にリン酸カルシウムが剥がれることを抑制することができた。また、リン酸カルシウム複合体を、医療用に用いる場合、基材表面のリン酸カルシウムによる被覆率が約60%であることが好ましいとされる。本発明に係る製造方法によれば、金属表面においても60%以上のリン酸カルシウムによる被覆率を達成することができる。尚、ここで被覆率とは、走査型電子顕微鏡により撮影した画像を二段階色調で処理し、粒子部分の面積と基材表面の面積との比較で算出した値である。
【0028】
表面処理工程で用いるオゾン水としては、オゾンを溶解した水である限り限定されるものではなく、従来公知の方法、装置を用いて製造することができる。例えば、水中にオゾンを曝気させる方法で製造してもよい。また、オゾンを水に溶解させるための装置としては、従来公知の攪拌器、気泡筒、圧力式インジェクター、ベンチェリー式インジェクター、スタティックミキサー等を用いればよい。オゾン水の製造方法としては、特定非営利活動法人日本オゾン協会編、オゾンハンドブック、杉光英俊著、光琳出版、オゾンの基礎と応用が好適に参照できる。
【0029】
また、基材の表面とオゾン水とを接触させる方法としては、特に限定されないが、例えば、オゾン水中に基材を浸漬してもよい。また、浸漬の間、当該オゾン水を攪拌してもよい。本発明に係る製造方法で用いるオゾン水におけるオゾンの濃度としては、特に限定されないが、1〜50ppmが好適であり、10〜35ppmがより好適である。オゾン水の濃度を1〜50ppmとすることで、極めて強い接着強度及び高い被覆率でリン酸カルシウムを基材の表面に結合させることができる。また、10〜35ppmとすることでより強い接着強度及び被覆率でリン酸カルシウムを基材の表面に結合させることができる。オゾン水の温度としては、特に限定されないが、20〜60℃が好適であり、20〜40℃がより好適であり、室温(例えば25℃)が更に好適である。この範囲であれば極めて強い接着強度及び高い被覆率でリン酸カルシウムを基材の表面に結合させることができる。基材の表面とオゾン水とを接触させる時間としては、特に限定されないが、1〜120分が好適であり、5〜30分がより好適であり、5〜20分が更に好適である。当該範囲であれば極めて強い接着強度及び高い被覆率でリン酸カルシウムを基材の表面に結合させることができる。
【0030】
基材の表面にオゾン水を接触させた後に、シランカップリング剤を接触させる前に水溶性の有機溶媒中に浸漬してオゾン水処理時の表面の水分を除去する水分除去工程を行ってもよい。当該工程はシランカップリング剤を接触させる工程において疎水性の有機溶媒を使用する場合には特に有益である。具体的には、オゾン処理後の基材を有機溶媒中に浸漬する。ここで、処理温度は特に限定されないが、例えば、10〜50℃が好適であり、15〜35℃がより好適である。また処理時間は特に限定されないが、例えば、10秒〜5分が好適であり、20秒〜1分がより好適である。ここで用いる溶媒としては水溶性の有機溶媒であれば特に限定されず、例えば、テトラヒドロフラン(THF)、メタノール、エタノール、アセトン、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられる。
【0031】
基材表面にシランカップリング剤を接触させるシランカップリング剤接触工程においては、先述のシランカップリング剤を使用する。シランカップリング剤を接触させる方法は、特に限定されないが、例えば、シランカップリング剤を溶媒に溶解した溶液中に基材を浸漬させる。この操作は窒素雰囲気下で行なうことが好ましく、具体的には、窒素ガスを溶液中に注入しながら操作するのが好適である。また、当該溶液の温度(反応温度)としては、特に限定されないが30〜100℃が好適であり、40〜80℃がより好適である。また、溶媒としては特に限定されないが、例えば、トルエン、ヘキサン等の炭化水素系溶媒等の無極性有機溶媒が好適に使用される。シランカップリング剤の使用量としては、特に限定されないが、基材の重量に対して、10〜500重量%であることが好適であり、50〜400重量%であることがより好適であり、100〜300重量%が更に好適である。尚、シランカップリングの接触時間としては、特に限定されないが、5〜120分が好適であり、10〜60分がより好適である。
【0032】
《重合工程》
本発明に係る製造方法に含まれる重合工程は、重合開始剤によりシランカップリング剤の重合を開始する工程であればよい。本工程において、前記重合開始剤の添加により、先の表面処理工程において基材表面に結合しなかった残りのシランカップリング剤と、基材表面上に結合したシランカップリング剤が重合し、グラフトポリマーを形成する。これにより、アルコキシシリル基を有するグラフトポリマーが基材表面に形成されるため、後述する結合工程において、当該アルコキシシリル基とリン酸カルシウムが結合を形成する。尚、ここでは、表面処理工程において基材表面に結合しなかった残りのシランカップリング剤のみならず、更に、シランカップリング剤を追加してもよい。また、追加するシランカップリング剤は、表面処理工程において使用するものと同じ物質であってもよいし、別の物質であってもよい。また、シランカップリング剤に代えて、重合性二重結合とイソシアネート基を有する化合物を添加してもよい。これにより、イソシアネート基を有するグラフトポリマーが形成されるため、後述する結合工程において当該イソシアネート基とリン酸カルシウムとの間でウレタン結合を形成することも可能である。
【0033】
本工程において用いる重合開始剤としては、使用するシランカップリング剤の種類にもよるが、重合性二重結合を有するシランカップリング剤であれば、アゾ系、過酸化物系等の各種公知の重合開始剤を使用することができ、例えば、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)に代表されるアゾ系重合開始剤、過酸化ベンゾイル(BPO)に代表される過酸化物系重合開始剤が挙げられる。
【0034】
また、当該溶液の温度(反応温度)としては、特に限定されないが30〜100℃が好適であり、40〜80℃がより好適である。また、溶媒としては特に限定されないが、例えば、トルエン、ヘキサン等の炭化水素系溶媒等の無極性有機溶媒が好適に使用される。シランカップリング剤の使用量としては、特に限定されないが、基材の重量に対して、10〜500重量%であることが好適であり、50〜400重量%であることがより好適であり、100〜300重量%が更に好適である。またシランカップリング剤を用いる場合、界面活性剤により当該シランカップリング剤のアルコキシシリル基を保護することがより好ましい。界面活性剤によりシランカップリング剤を保護する方法としては、特に限定されないが、これらを混合してもよい。界面活性剤の量としては、シランカップリング剤に対して1.0〜50重量%が好適であり、10〜25重量%がより好適である。
【0035】
重合終了後、基材表面上に付着しているシランカップリング剤の重合工程において生成するホモポリマーを除去するホモポリマー除去工程が含まれていてもよい。具体的には、基材を水やアルコール等の溶媒に浸漬して超音波洗浄を行なってもよい。当該工程により基材表面上のホモポリマーが除去され当該工程後に行われる結合工程において、基材に結合したグラフト重合体のアルコキシシリル基とリン酸カルシウムとを反応させることができるため効率的である。
【0036】
《結合工程》
本発明に係る製造方法に含まれる結合工程は、上記表面処理工程後の上記基材の表面に上記リン酸カルシウムを結合させる工程であればよい。重合工程後の基材の表面にリン酸カルシウムを結合させる方法としては、特に限定されず従来公知の方法を用いてもよい。例えば、特許文献1及び2を参照することができる。具体的には、リン酸カルシウムを懸濁させた液体に基材を浸漬させてもよい。また、浸漬の間、当該液体を攪拌してもよいし、超音波処理を行ってもよい。また、浸漬後に、当該基材を減圧条件下、好ましくは真空条件下に静置させてもよく、減圧条件下又は真空条件下において更に加熱してもよい。加熱する温度としては、50〜200℃が好適であり、80〜150℃がより好適である。
【0037】
本発明に係る製造方法では、結合工程によって得られたリン酸カルシウム複合体を洗浄する洗浄工程を行ってもよい。洗浄工程は、リン酸カルシウム複合体の使用用途に応じて行えばよい。
具体的な洗浄方法としては、目的とする洗浄の程度に応じて適宜選択すればよい。例えば超音波洗浄を行なってもよい。本発明に係る製造方法により得られるリン酸カルシウム複合体は、基材とリン酸カルシウムとの接着強度が極めて強いので、超音波洗浄されてもリン酸カルシウムの剥離を良好に抑制できる。超音波洗浄については、従来公知の方法で行なえばよい。
【0038】
以上に説明したリン酸カルシウム複合体の製造方法は、様々な用途で利用できる。例えば、ステント等の医療用デバイスの製造に適用すると有益である。
【実施例】
【0039】
(オゾン水処理後の基材表面のXPS測定)
10mm×10mm×厚さ1mmのSUS316L基材に対して、エタノール溶媒中で2分間、超音波洗浄(50W)を施した。その後、基材を15ppmの室温のオゾン水に20分間浸漬した。浸漬後、基材をTHF(テトラヒドロフラン)中に浸漬し、オゾン水処理時の表面の水分を除去した。ここで、使用したオゾン水は、ガス溶解モジュール(ジャパンゴアテック社製、型式:GT−01T)を用いて製造した。具体的には、ガスモジュール内で水道水(流量600ml/min、圧力0.05MPa)とオゾンガス(流量500ml/min、圧力0.03〜0.05MPa)とを接触させてオゾン水を製造した。
当該処理後の基材表面をXPSにて酸素のO1sスペクトルの解析を下記の条件で行なった。
機種:サーモフィッシャー製シータプローブ
光源:AlKα
電圧:15kV
電流:6.66mA
スポットサイズ:400μm
(ナロースキャン条件)
パスエナジー:100eV
スキャン回数:5回
ステップ:0.1eV
【0040】
基材表面の酸化被膜表面上に、M(Metal)−O結合及び−OH結合が形成されていることが確認できた{図1(b)}。尚、図1(a)は未処理のSUS316Lの表面をXPSにて解析した結果である。これらの結果によれば、M−OH結合のピークが増加している様子が観測されたため、SUS316Lの表面にはOH基が多く導入されていることがわかる。
【0041】
(オゾン水処理による基材表面の濡れ性の評価)
10mm×10mm×厚さ1mmのSUS316L基材を、エタノール溶媒中で2分間、超音波洗浄(50W)を行なった。その後、基材を所定の濃度(ppm)の室温のオゾン水に所定時間(分)浸漬した。尚、オゾン水は上記と同じ方法により製造した。浸漬後、基材を乾燥し、処理基材の表面に水滴を垂らし、基材と水滴の接触角を測定した。各々の条件における結果を以下の表1に示した。尚、接触角は、10μLの水を滴下し30秒静置させ広がった水滴の直径を計測し、その直径と滴下量との関係より、算出した。
【0042】
【表1】
【0043】
(実施例1)
〔オゾン水処理〕
10mm×10mm×厚さ0.1mmのSUS316L基材を、エタノール溶媒中で2分間、超音波洗浄(50W)を行なった。その後、基材を15ppmの室温のオゾン水に20分間浸漬した。浸漬後、基材をTHF(テトラヒドロフラン)中に浸漬し、オゾン水処理時の表面の水分を除去した。
【0044】
〔グラフト重合処理〕
シランカップリング剤(γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、信越化学工業製、KBE503、以下単に「KBE」とする。)3.3mlとトルエン25mlからなる温度70℃の溶液に、窒素ガスにてバブリングしながら、前記処理を施した基材を30分間浸漬した。その後、更にAIBNを33mg溶解したトルエン5mlを追加して、窒素ガスにてバブリングしながら、温度70℃の当該溶液の中で120分間、基材を浸漬し、グラフト重合を行なった。このように時間差でAIBNを添加することで基材表面と結合を有するKBEモノマーと、溶媒中に遊離中のKBEとのグラフトポリマーを形成することを意図している。当該処理後、基材表面上に付着しているKBEのホモポリマーを除去するため、エタノール溶媒中、室温で2分間、超音波洗浄(50W)を実施し、その後、60分間、室温で減圧乾燥した。
【0045】
〔ハイドロキシアパタイト被覆処理〕
上記処理後、1%のハイドロキシアパタイト(HAp)分散液中(分散媒:エタノール)、35℃で20分間、超音波処理(50W)を行った。ここで、ハイドロキシアパタイトは、特許文献1に記載の方法に従って製造したハイドロキシアパタイト焼結体を用いた。その後、減圧下で110℃にて120分間アニーリング(熱処理)を行った。更に当該処理基材をエタノール中、室温で2分間、超音波洗浄(50W)を行なって、基材表面上に物理的に吸着しているHAp粒子を除去した。その後、室温にて60分間減圧乾燥を行なった。当該処理により得られた走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図2に示す。尚、走査型電子顕微鏡は、日本電子社製JSM−5510を用いて測定した。また、未処理の基材と、グラフト重合処理後の基材と、HAp被覆後の基材の表面をIRにより測定した結果を図3に示す。尚、IRの測定は、パーキンエルマー製Spectrum 100(フーリエ変換赤外分光分析装置)により行なった。これらの結果によれば、グラフト重合後にKBE由来のC=Oのピークや、KBE由来のSi−O−Cのピークが観測された{図3(b)}ため、基材表面にKBEが導入されたことを確認できた。また、HAp被覆後にはHAp由来のリン酸イオンのピークが観測された{図3(c)}ため、基材表面にHApが導入されたことが確認された。
【0046】
(実施例2)
上記実施例1と、処理基材としてSUS304を用いて、オゾン水処理において、40ppmのオゾン水を用いて、60分間処理したこと以外は同条件で基材の表面処理を行った。基材処理の結果を示すSEM写真を図4に示す。
【0047】
(比較例1)
グラフト重合処理を行わなかったことを除いて、上記実施例1と同条件で基材の表面処理を行った。当該基材の表面のSEM写真を図5に示す。
【0048】
(比較例2)
オゾン水処理を行わなかったことを除いて、上記実施例1と同条件で基材の表面処理を行った。当該基材の表面のSEM写真を図6に示す。
【0049】
(比較例3)
オゾン水処理及びグラフト重合処理を行わなかったことを除いて、上記実施例1と同条件で基材の表面処理を行った。当該基材の表面のSEM写真を図7に示す。
【0050】
上記比較例1〜3の結果より、何れの工程を抜かしても、基材表面にハイドロキシアパタイトを被覆することはできなかった。したがって、オゾン処理及びグラフト重合処理は必要な工程であると考えられる。
図1
図3
図2
図4
図5
図6
図7