【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記米国特許出願公開第2010/0126043号公報に示すソール構造体においては、同公報の段落[0060]に記載されているように、屈曲部がヤング率および硬度の低い材料から構成されるとともに、接地パッドがヤング率および硬度の高い材料から構成されていることにより、接地パッドに路面からの力が作用したとき、屈曲部が容易に変形することで接地パッドが容易に上方に移動する一方、接地パッドの形状が変化しないので、路面からの力は、そのまま接地パッドを介して着用者の足裏に伝えられている。
【0012】
したがって、上記公報に示すものでは、路面からの力を接地パッドから着用者の足裏に伝えることはできても、接地パッドの形状が変化しないため、また接地パッドの上下面が平坦に形成されていることによっても(これについては後述)、着地時に路面との接触面積の情報を着用者の足裏に正確に伝えることができない。
【0013】
上記米国特許第6,082,024号公報に示すソール構造体においては、同公報の第3欄第14〜21行に記載されているように、着地時には、圧刺激部材が上方に移動してミッドソールに局部的な圧力を作用させることで、ミッドソールを局部的に凸状に変形させる必要があり、このため、圧刺激部材は、下方から押付力が作用したとき上方に容易に移動するように、その周囲の部材に弾性ベロー等を介して弾性支持されている。
【0014】
したがって、上記公報に示すものにおいては、圧刺激部材を介して路面からの力を着用者の足裏に伝えることはできても、路面からの力はミッドソールを介して着用者の足裏に作用しているため、着地時に路面との接触面積の情報を着用者の足裏に正確に伝えることができない。
【0015】
上記特開2009−172183号公報に示すソール構造体においては、同公報の段落[0015]および[0017]に記載されているように、着地時に中底の接地面に路面からの力が作用したとき、中底内部の押し部材は路面からの力をそのまま弾性突出部に伝達し、中底内部の弾性部材は路面からの力を一部吸収しつつ弾性突出部に伝達している。
【0016】
したがって、上記公報に示すものにおいては、押し部材および弾性部材を介して路面からの力を着用者の足裏に伝えることはできても、押し部材および弾性部材が中底の内部に配置されているため、また押し部材および弾性部材の各下面および弾性突出部の上面が平坦に形成されていることによっても(これについては後述)、着地時に路面との接触面積の情報を着用者の足裏に正確に伝えることができない。
【0017】
上記特公平4−75001号公報に示すソール構造体においては、同公報の第1頁第2欄の第20行〜第2頁第3欄の第1行に記載されているように、着地時に接地底本体の下面が路面に接地したとき、路面の凹凸状態に応じて、接地底本体内部のゴム片(または樹脂片)が変形せずにそのまま上下に移動することで、接地底本体の上面(足裏当接面)が路面の凹凸状態に応じた凹凸形状に変化している。
【0018】
したがって、上記公報に示すものにおいては、ゴム片(または樹脂片)の上下動を通じて路面の凹凸状態を着用者の足裏に伝えることはできても、ゴム片(または樹脂片)の形状が変化しないため、またゴム片(または樹脂片)が接地底本体の内部に配置されているため、着地時に路面との接触面積の情報を着用者の足裏に正確に伝えることができない。
【0019】
ところで、一般に、人の感覚は、それぞれの感覚が連動して働くように進化しており、複数の感覚を一度に刺激すれば認識が高まることが知られている。皮膚感覚についても同様のことが分かっており、物体の柔らかさを把握する際には、皮膚に加わる力覚情報だけでなく、皮膚が物体と接触する接触面積の情報を提示してやることで、物体の柔らかさに対する知覚が高まることが知られている(池田、藤田:「指先の接触面積と反力の同時制御による柔軟弾性物体の提示」、日本バーチャルリアリティ学会論文誌 Vol.9, No.2, 2004)。
【0020】
その一方、複数の感覚からの情報が正確に連動していることは、脳の認識の面から見ても非常に重要である。というのは、脳は、その性質上、複数の感覚から矛盾した情報を入手したとき、無理にそのつじつまを合わせようとして、実際には起きていない感覚を引き起こすことがあるからである(「マガーク効果」がそのよい例である)。
【0021】
したがって、着用者の足裏に作用する力の情報と接触面積の情報とを相互に連動した状態で正確に着用者の足裏に伝えることは、着用者の認識力を高める上で重要になってくる。ここで、人の足裏に作用する力と接触面積の関係についてみると、足裏は曲面形状を有しているため、足裏と物体との接触関係は、ヘルツ理論にしたがい、作用する力が大きくなるほど接触面積も大きくなる関係にあるとみなせる。そこで、着用者の足裏に作用する力の情報と接触面積の情報とを相互に連動した状態で正確に着用者の足裏に伝える際には、この関係性を維持しておく必要があると考えられる。
【0022】
本発明は、このような従来の実情に鑑みてなされたもので、本発明が解決しようとする課題は、ソール底面に作用する路面からの情報(すなわち、路面からの反力および路面の凹凸状態のみならず路面との接触面積)を相互に連動した状態で着用者の足裏に正確に伝達することができるソール構造体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明に係るフットウエア用ソール構造体は、路面側に配置されるソール下面およびその逆側のソール上面を有するソール本体と、ソール下面に設けられた弾性部材製の複数の第1の突起と、ソール上面において複数の第1の突起にそれぞれ対応する位置に設けられた弾性部材製の複数の第2の突起とを備えている。第1の突起の断面形状は、ソール下面から離れるにしたがい徐々に小さくなるように形成されており、第1の突起の先端部は、下方に突出する凸状面を有している。第2の突起の断面形状は、ソール上面から離れるにしたがい徐々に小さくなるように形成されており、第2の突起の先端部は、上方に突出する凸状面を有している。ソール上面において複数の第2の突起により形成される凹凸形状は、当該フットウエアにおいて着用者の足裏当接面の凹凸形状を画成している
。第1の突起の硬度は、第2の突起の硬度よりも高くなっている(請求項1参照)。
【0024】
本発明によれば、着地の際には、路面からソール構造体に作用する力は、ソール下面側の第1の突起からソール本体を介して、ソール上面側の第2の突起に伝達され、この第2の突起により、着用者の足裏に路面からの力の情報が伝えられる。また、このとき、路面の凹凸状態に応じて、路面から第1の突起に作用する力の分布が変化して、その変化の状態がソール本体を介して第2の突起に伝達され、この第2の突起により、着用者の足裏に路面の凹凸状態の情報が伝えられる。
【0025】
さらに、本発明によれば、第1の突起の断面形状がソール下面から離れるにしたがい徐々に小さくなるように形成されかつ第1の突起の先端部が下方に突出する凸状面を有しており、第2の突起の断面形状がソール上面から離れるにしたがい徐々に小さくなるように形成されかつ第2の突起の先端部が上方に突出する凸状面を有しているので、着地時に路面から第1の突起に作用する力が増加するにつれて第1の突起の路面との接触面積が増加するとともに、第1の突起に対応する第2の突起に対して着地時に着用者の足裏から作用する力が増加するにつれて第2の突起の足裏との接触面積も増加する。これにより、路面との接触面積の情報が着用者の足裏に正確に伝えられることになる。
また、第1の突起の硬度が第2の突起の硬度よりも高くなっているので、路面と接触する第1の突起の硬度を相対的に高くして第1の突起の耐摩耗性を向上できるとともに、着用者の足裏当接面側に配置される第2の突起の硬度を相対的に低くして着用時の足当たりをよくすることができる。
【0026】
このようにして、本発明によれば、ソール底面に作用する路面からの情報、すなわち、路面からの反力および路面の凹凸状態のみならず路面との接触面積についても、これらを相互に連動した状態で着用者の足裏に正確に伝達することができるようになる。
【0027】
ここで、本発明の作用効果をみるための解析を行った結果を
図15に示す。この解析では、同図の上欄に示すように形状の異なる4つの突起構造(サンプル1:円柱形状の突起、サンプル2:球形状の突起、サンプル3:上下面が球面形状の突起、サンプル4:上面が球面形状かつ下面が平坦形状の突起)を用意し、各突起構造の上面に一定の重さの錘を載せた状態で各突起構造を一定の高さから下方に自由落下させたときに、各突起構造の下面が落下面(接地面)に及ぼす加重(別の言い方をすれば、接地面から各突起構造の下面に作用する反力)と、各突起構造の接地面との接触面積との関係を有限要素法(FEM: Finite Element Method)を用いて解析した。各突起構造の上面に載せる錘は、本発明のソール本体に相当している。なお、要素分割された各突起構造のより詳細な形状(側面形状)は、
図16ないし
図19に示されており、各図中、下向きの矢印が落下方向を示している。また、各突起構造の具体的寸法は
図15の上欄に示されている。
【0028】
有限要素法の解析条件は以下のとおりである。
(i)各突起構造の重さをそれぞれ1gとし、各突起構造の上面に載せる錘の重さを256gとして、両者の合計の重さを257gとした。
(ii)落下の高さ、つまり落下面から各突起構造の下面までの高さを7.7mmとした。
【0029】
各突起構造における解析結果を
図15の下欄のグラフに示す。各グラフ中、横軸が反力(kg)を、縦軸が接触面積(mm
2)を示している。各グラフを見ると、サンプル1の円柱形状の突起やサンプル4の突起のようにその底面が平坦な突起の場合、接地面からの反力が増加しても接地面との接触面積はほぼ一定であって、接地面からの力の情報と接地面との接触面積の情報とが正確に連動していないことが分かる。上述した米国特許出願公開第2010/0126043号公報に記載のソール構造体においてその下面が平坦に形成された接地パッドや、上述した特開2009−172183号公報に記載のソール構造体においてその下面が平坦に形成された押し部材および弾性部材は、これらサンプル1または4に相当しているといえる。
【0030】
これに対して、サンプル2、3のように、底面が凸状面(より具体的には、底面が下に凸の湾曲状面または円弧状面あるいは球面)を有しかつ底面に向かうにしたがってその断面形状が徐々に小さくなるように形成された突起の場合には、接地面からの反力が増加するにつれて接地面との接触面積も増加しており、接地面からの力の情報と接地面との接触面積の情報とが正確に連動していることが分かる。
【0031】
したがって、本発明のように、第1の突起の先端部が下方に突出する凸状面を有しかつ第1の突起の断面形状がソール下面から離れるにしたがい徐々に小さくなるように形成されている場合には、路面からの反力が増加するにつれて路面との接触面積も増加しており、路面からの反力の情報と路面との接触面積の情報とは正確に連動する。しかも、本発明の場合には、ソール上面において第1の突起に対応する位置に設けられた第2の突起の先端部が上方に突出する凸状面を有しかつ第2の突起の断面形状がソール上面から離れるにしたがい徐々に小さくなるように形成されているので、着地時に路面から第1の突起に作用する力が増加するにつれて第1の突起の路面との接触面積が増加するとき、第1の突起に対応する第2の突起に対して着地時に着用者の足裏から作用する力が増加するにつれて第2の突起の足裏との接触面積も増加しており、これにより、路面との接触面積の情報が着用者の足裏に正確に伝えられることになる。
【0032】
本発明においては、当該ソール構造体の着地時には、第1および第2の突起が圧縮変形しており、第1の突起への荷重の増加にしたがって当該第1の突起の路面との接触面積が増加するとともに、当該接触面積の増加にともなって第2の突起の着用者足裏との接触面積が増加している(請求項2参照)。
【0033】
本発明においては、第1の突起の先端部が下に凸の湾曲面形状を有しており、第2の突起の先端部が上に凸の湾曲面形状を有している(請求項3参照)。
【0034】
本発明においては、第1または第2の突起の先端部が、単一または複数の円弧からなる円弧状面から構成されている(請求項4参照)。
【0035】
本発明においては、第1の突起の外側面がソール下面に対してなす角度は鈍角であり、第2の突起の外側面がソール上面に対してなす角度は鈍角である(請求項5参照)。
【0036】
本発明においては、第2の突起の先端部が当該フットウエアの甲被部の底面に直接当接するように設けられており、または当該フットウエアにおいて着用者の足裏当接面を直接構成している(請求項6参照)。
【0037】
第2の突起の先端部が当該フットウエアの甲被部の底面に直接当接している場合には、着用者の足裏当接面は甲被部の底面により形成されている。また、第2の突起の先端部が当該フットウエアにおいて着用者の足裏当接面を直接構成している場合とは、甲被部の外周縁部がソール構造体の外周縁部に縫製または接着等で固着されることにより甲被部に底面が設けられていないシューズ、あるいは甲被部が設けられていないサンダルのようなフットウエアが該当している。
【0039】
本発明においては、第1または第2の突起の内部に空洞が形成されている(請求項8参照)。これにより、突起を設けたことによるソール構造体全体の重量増加分を軽減できる。
【0040】
本発明においては、第1および第2の突起が、ソール構造体の前足部領域および中足部領域、すなわちソール構造体において踵部を除く領域に設けられている(請求項9参照)。これは、とくにスポーツシューズにおいては、着地時に踵部に大きな衝撃力が作用するため、突起があることによって踵部に過大な圧力が作用するのを回避するためである。
【0041】
本発明においては、隣り合う各第1の突起の間隔および隣り合う各第2の突起の間隔は、当該ソール構造体の前足部前側領域よりも前足部後側領域および中足部領域の方が大きくなっている(請求項10参照)。また、本発明においては、当該ソール構造体の前足部後側領域および中足部領域において隣り合う各第1の突起の間隔および隣り合う各第2の突起の間隔は、当該ソール構造体の足幅方向よりも足長方向の方が大きくなっている(請求項11参照)。
【0042】
第1、第2の突起をこのように配置した理由は以下のとおりである。
人の足裏の感知能力を調査するため、二点弁別閾の実験を行った。この実験では、被験者に目隠しをした状態でその足裏の各領域に爪楊枝の尖端で刺激を与えた。爪楊枝による刺激は、爪楊枝が1本の場合(一本条件)と、2本の爪楊枝を間隔を隔てて配置した2本の場合(二本条件)とがあり、被験者に対して爪楊枝が1本の場合と2本の場合とをランダムに組み合わせて刺激を与えた。なお、2本の爪楊枝を用いる際には、各爪楊枝をスケール(定規)上でその目盛で読み取った間隔だけ隔てた状態でスケールに固定し、2本の爪楊枝の各先端を被験者の足裏に同時に当てるようにした。また、2本の爪楊枝の間隔を隔てる方向は、足幅方向および足長方向の二方向について行った。被験者は、まず、足裏に与えられた刺激が爪楊枝1本によるものか2本によるものかを回答する。そして、被験者が2本の爪楊枝による刺激をそれぞれ識別できるようになるまで2本の爪楊枝の間隔をスケール上で徐々に広げていき、2本の爪楊枝による刺激を3回連続で識別できたときに、被験者が2本の爪楊枝を検出できたと判断し、それ以外の場合は、被験者が2本の爪楊枝を検出できなかったと判断した。
【0043】
実験結果を
図20に示す。同図中、左欄は、被験者の足裏の各領域(親指、中指、拇指球部、中足部、アーチ部、踵部)を示している。実験は、被験者A〜Cの3名に対して行った。また、同図中、上欄は、2本の爪楊枝を使用した二本条件の場合において各爪楊枝間の間隔を示している。同図中、○印は、被験者が2本の爪楊枝を足幅方向にも足長方向にも検出できたことを示し、×印は、被験者が2本の爪楊枝を足幅方向にも足長方向にも検出できなかったことを示し、△印は、被験者が2本の爪楊枝を足幅方向には検出できたが、足長方向には検出できなかったことを示し、‐印は、実験が実施されていないことを示している。
【0044】
図20において、親指および中指の欄の各○印を中足部およびアーチ部の欄の各○印と対比してみると分かるように、親指および中指の場合、2本の爪楊枝の間隔が8mm〜12mm離れていれば、すべての被験者A〜Cが2本の爪楊枝を足幅方向にも足長方向にも検出できており、これに対して、中足部およびアーチ部の場合、2本の爪楊枝の間隔が16mm〜18mm離れていれば、すべての被験者A〜Cが2本の爪楊枝を足幅方向にも足長方向にも検出できている。また、拇指球部の場合、2本の爪楊枝の間隔が14mm〜16mm離れていれば、被験者A、Bが2本の爪楊枝を足幅方向にも足長方向にも検出できている。このことから、被験者は、足裏の前足部前側領域においては2本の爪楊枝間の間隔が相対的に狭くても各爪楊枝を検出でき、前足部後側領域(拇指球部含む)および中足部領域においては2本の爪楊枝間の間隔が相対的に広くなければ各爪楊枝を検出できないといえる。請求項10の発明は、このような実験結果に鑑みてなされたものであって、隣り合う各第1の突起の間隔および隣り合う各第2の突起の間隔をソール構造体の前足部前側領域で相対的に狭く、前足部後側領域および中足部領域で相対的に広くしている。
【0045】
図20において、中足部およびアーチ部の各△印を対比してみると分かるように、中足部およびアーチ部のいずれの場合においても、2本の爪楊枝の間隔が14mm離れているとき、すべての被験者A〜Cは、2本の爪楊枝を足幅方向には検出できるものの、足長方向には検出できておらず、また2本の爪楊枝の間隔が16mm〜18mm離れていれば、すべての被験者A〜Cが2本の爪楊枝を足幅方向にも足長方向にも検出できている。請求項11の発明は、このような実験結果に鑑みてなされたものであって、ソール構造体の中足部領域において隣り合う各第1の突起の間隔および隣り合う各第2の突起の間隔を当該ソール構造体の足幅方向で相対的に狭く、足長方向の方で相対的に広くしている。
【0046】
本発明においては、第1および第2の突起は、底面側および平面側から見て、当該ソール構造体の前足部前側領域において円形状を有し、前足部後側領域から中足部領域にかけては実質的に足長方向に長い楕円形状を有している(請求項12参照)。