【実施例】
【0055】
《参考例1及び比較例1〜3》
以下の参考例及び比較例では、銅(Cu)とバナジウム(V)との複合金属酸化物が、三酸化硫黄分解触媒として優れた性質を有することを示す。
【0056】
《参考例1》
参考例1では、銅(Cu)とバナジウム(V)との複合金属酸化物(Cu−V−O)を単身触媒として用いた。
【0057】
(単身触媒の製造)
参考例1の単身触媒は、それぞれの金属の原子比が1:1である酸化銅及び酸化バナジウムを、乳鉢で粉砕し、良く混合し、アルミナ性るつぼに入れ、そして750℃で12時間にわたって焼成して得た。得られた単身触媒についてのX線回折分析(XRD)結果を
図4に示す。
【0058】
《比較例1》
比較例1では、銅(Cu)の酸化物(Cu−O)を単身触媒として用いた。ここでは、参考例1で原料として用いた酸化銅をそのまま単身触媒として用いた。
【0059】
《比較例2》
比較例2では、バナジウム(V)の酸化物(V−O)を触媒として用いた。ここでは、参考例1で原料として用いた酸化バナジウムをそのまま単身触媒として用いた。
【0060】
《比較例3》
比較例3では触媒を用いなかった。
【0061】
(評価(転化率))
図5に示す固定床流通反応装置を用いて、参考例1及び比較例1〜3の単身触媒について、下記式(X1−2)の三酸化硫黄分解反応の転化率を評価した:
(X1−2)SO
3 → SO
2 + 1/2O
2
【0062】
具体的には、三酸化硫黄分解反応の転化率は、
図5に関して下記で説明するようにして評価した。
【0063】
14〜20メッシュに調整した0.5gの単身触媒又は担持触媒を、触媒床10として、石英製反応管4(内径10mm)に充填した。窒素(N
2)(100mL/分)及び47重量%硫酸(H
2SO
4)水溶液(50μL/分)を、それぞれ窒素供給部1及び硫酸供給部3から、石英製反応管4の下段に供給した。
【0064】
石英製反応管4の下段に供給された硫酸(H
2SO
4)は、石英製反応管4の下段及び中段において加熱されて、三酸化硫黄(SO
3)及び酸素(O
2)に分解し、そして触媒床10に流入した(SO
3:4.5mol%、H
2O:31mol%、N
2:残部、0℃換算ガス流量:148.5cm
3/分、重量流量比(W/F比):5.61×10
−5g・h/cm
3、気体時空間速度(GHSV:Gas Hourly Space Velocity):約15,000h
−1)。
【0065】
ここで、石英製反応管4は、下段がヒーター4aによって約400℃に加熱されており、かつ中段がヒーター4bによって約600℃に加熱されていた。また、石英製反応管4の上段は、ヒーター4cによって初めに約600℃に加熱されており、定常状態になった後で、650℃に加熱した。
【0066】
石英製反応管4の上段をヒーター4cによって650℃に加熱した後で、石英製反応管4からの流出ガスを、空冷し、その後で、0.05Mのヨウ素(I
2)溶液にバブリングして、ヨウ素溶液に二酸化硫黄(SO
2)を吸収させた。0.025Mのチオ硫酸ナトリウム(Na
2S
2O
3)溶液を用いて、二酸化硫黄を吸収したヨウ素溶液にヨードメトリー滴定を行って、吸収された二酸化硫黄の量を求めた。
【0067】
また、ヨウ素溶液にバブリングした後の流出ガスは、ドライアイス・エタノール混合物で冷却し、残留している二酸化硫黄及び三酸化硫黄をミストアブソーバー及びシリカゲルで完全に除去し、その後で、磁気圧力酸素計(堀場製作所のMPA3000)及びガスクロマトグラフ(島津製作所のGC8A、モレキュラーシーブ5A、TCD検出器)を用いて、酸素(O
2)の量を求めた。
【0068】
三酸化硫黄(SO
3)から二酸化硫黄(SO
2)への平衡転化率に対する到達率は、上記のようにして求めた二酸化硫黄及び酸素の量から計算した。
【0069】
参考例及び比較例についての評価結果を、下記の表1に示す。
【0070】
【表1】
【0071】
表1からは、参考例1の触媒が、比較例1〜3の触媒と比較して、650℃という比較的低い温度において、有意に好ましい三酸化硫黄分解特性を有していることが理解される。
【0072】
なお、上記の比較例2で用いられている酸化バナジウム、特に五酸化バナジウム(V
2O
5)は、下記式(C−1)〜(C−3)で示される反応で硫酸を製造する接触法と呼ばれる方法において、二酸化硫黄を酸化させて三酸化硫黄を得る式(C−2)の反応を促進するために用いられている:
(C−1)S(固体) + O
2(気体) → SO
2(気体)
(C−2)2SO
2(気体) + O
2(気体) → 2SO
3(気体)
(C−3)SO
3(気体) + H
2O(液体) → H
2SO
4(液体)
【0073】
しかしながら、酸化バナジウムを用いている比較例2は、参考例1と比較して有意に劣った転化率を示していた。
【0074】
《実施例1、並びに参考例2及び3》
実施例1及び参考例2では、550℃において焼成して得たシリカ担体を原料として用いる場合(実施例1)と、800℃において焼成して得たシリカ担体を原料として用いる場合(比較例1)の違いについて評価した。また、参考例3では、触媒金属として白金を用いて評価を行った。
【0075】
《実施例1》
実施例1では、銅(Cu)とバナジウム(V)との複合金属酸化物(Cu−V−O)が多孔質シリカ担体に担持されてなる触媒を用いた。ここで、用いられている多孔質シリカ担体は、空気中において550℃で焼成して得たものである。
【0076】
具体的には、実施例1の触媒は下記のようにして製造した。
【0077】
(多孔質シリカ担体の製造)
多孔質シリカ担体は、立方晶メソポーラスシリカ(KIT−6)であり、下記のようにして製造した。
【0078】
(1)蒸留水144mLに、7.9gの35質量%塩酸(HCl)及び4.0gの非イオン性界面活性剤(Pluronic(商標)P−123)を添加し、得られた水溶液を35℃の温度において撹拌して、成分を溶解。
(2)得られた混合物に、4.0gの1−ブタノールを添加し、混合物が透明になるまで、35℃の温度において撹拌し、それによって、非イオン性界面活性剤を自己配列。
(3)得られた混合物に、シリカ源としての8.6gのテトラエトキシシラン(TEOS)を添加し、35℃の温度において24時間にわたって強撹拌し、自己整列している非イオン性界面活性剤をテンプレートとして、テトラエトキシシラン(TEOS)を加水分解。
(4)100℃の温度において24時間にわたって静置し、その後、洗浄せずにそのまま110℃の温度において24時間にわたって乾燥。
(6)8mlの35質量%塩酸と120mLのエタノールとの混合物中において、1.5時間にわたって撹拌して洗浄。
(7)110℃の温度において24時間にわたって乾燥し、そして3℃/分の昇温速度で550℃まで加熱して、この温度で5時間にわたって焼成して、立方晶メソポーラスシリカ(KIT−6)を取得。
【0079】
(複合金属酸化物の担持)
複合酸化物は、吸水担持法によって、多孔質シリカ担体に担持した。具体的には、初めに、銅の硝酸塩を水に溶解した水溶液を作り、この水溶液を担体に吸水させ、150℃で乾燥し、350℃で1時間にわたって仮焼成した。次に、メタバナジン酸アンモニウムを水に溶解し、この水溶液を担体に吸水させ、150℃で乾燥し、350℃で1時間にわたって仮焼成した。最後に、得られた担体を600℃で2時間にわたって焼成して、複合酸化物を担持している多孔質シリカ担体を得た。
【0080】
なお、担持量は、銅が0.12mol/100g−担体、かつバナジウムが0.12mol/100g−担体とした。
【0081】
《参考例2》
参考例2では、銅(Cu)とバナジウム(V)との複合金属酸化物(Cu−V−O)が多孔質シリカ担体に担持されてなる触媒を用いた。ここで、用いられている多孔質シリカ担体は、空気中において800℃で焼成して得たものである。
【0082】
具体的には、参考例2の触媒は下記のようにして製造した。
【0083】
(多孔質シリカ担体の製造)
多孔質シリカ担体は、特開2008−12382に記載の方法と類似の方法によって製造した。すなわち、多孔質シリカ担体は、下記のようにして製造した。
【0084】
蒸留水6L(リットル)に、セチルトリメチルアンモニウムクロライド1kgを溶解した。得られた水溶液を2時間にわたって撹拌して、セチルトリメチルアンモニウムクロライドを自己配列させた。次に、セチルトリメチルアンモニウムクロライドを自己配列させた溶液に、テトラエトキシシランとアンモニア水を添加して、溶液のpHを9.5にした。
【0085】
この溶液中において、テトラエトキシシランを30時間にわたって加水分解して、配列したヘキサデシルアミンの周りにシリカを析出させて、ナノサイズの細孔を有する一次粒子からなる二次粒子を形成し、多孔質シリカ担体前駆体を得た。
【0086】
その後、得られた多孔質シリカ担体前駆体を、エタノール水で洗浄し、ろ過し、乾燥して、800℃の空気中で2時間にわたって焼成して、多孔質シリカ担体を得た。
【0087】
ここで得られた多孔質シリカ担体は、シリカの細孔構造に起因する2.7nm付近の細孔、及びシリカの一次粒子間の間隙に起因する10nm強の細孔を有していた。
【0088】
(複合金属酸化物の担持)
実施例1と同様にして、銅とバナジウムの複合酸化物を多孔質シリカ担体に担持した。
【0089】
《参考例3》
参考例3では、γ−アルミナ担体に白金を担持して、担持触媒を製造した。ここでは、担持量を0.5g−Pt/100g−担体とした。
【0090】
(評価(転化率))
上記参考例1等でのようにして評価を行った。ただし、実施例1についての評価では、石英製反応管4の上段が約600℃で定常状態になった後で、
図6で示すようにして加熱温度を変化させて評価を行った。加熱温度の変化と併せて、三酸化硫黄(SO
3)から二酸化硫黄(SO
2)への転化率の変化を
図6に示している。
【0091】
図6で示されているように、加熱温度600℃及び650℃においては、一時的に転化率が大きくなるものの、この転化率はすぐに小さくなった。
【0092】
その後、加熱温度を700℃、750℃及び800℃にすると、転化率が有意に大きくなった。これらの温度での転化率は、対応する温度における平衡転化率に対して100%近かった。
【0093】
その後、再び加熱温度を600℃及び650℃まで加熱温度を低下させると、予想外に、転化率は最初に加熱温度を600℃及び650℃にしたときの転化率よりも有意に大きくなった。600℃の温度での転化率は、この温度での平衡転化率に対して79.8%であった。また、評価開始から10時間後の加熱温度650℃の状態での転化率は、対応する温度における平衡転化率に対して100%近かった。なお、650℃の温度での転化率をその後27時間にわたって評価したところ、転化率がほぼ維持されていることが確認された。
【0094】
参考例2についての評価では、
図6で示すようにして加熱温度を変化させたところ、評価開始から10時間後の加熱温度650℃の状態において、この温度における平衡転化率に対する到達率は88.5%であった。実施例1では、対応する到達率は100%近かったので、参考例2の触媒と比較して、実施例1の三酸化硫黄分解触媒が有意に優れていることが理解される。
【0095】
参考例3についての評価では、
図6で示すようにして加熱温度を変化させたところ、評価開始から10時間後の加熱温度650℃の状態において、対応する温度における平衡転化率に対して62.7%であった。実施例1では、対応する到達率は100%近かったので、参考例3の触媒と比較して、実施例1の三酸化硫黄分解触媒が有意に優れていることが理解される。
【0096】
(評価(STEM分析))
実施例1で用いた三酸化硫黄分解触媒について、600℃、750℃及び800℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後で、走査透過型電子顕微鏡(STEM)よる分析を行った。得られた結果をそれぞれ
図7(a)〜(c)に示す。
【0097】
600℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後の触媒(
図7(a))では、シリカ担体の細孔に由来する孔(白く抜けた部分)、及び担体に担持されている銅とバナジウムとの複合酸化物(Cu−V−O)が確認できた。
【0098】
また、750℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後の触媒(
図7(b))では、シリカ担体の細孔に由来する孔が潰れ、全体として収縮していた。
【0099】
さらに、800℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後の触媒(
図7(c))では、シリカ担体のシンタリングが大きく進行し、それによって表面積が小さく、かつシリカゲルのような形態となっていた。
【0100】
これら
図7(a)〜(c)から明らかなように、シリカ担体は加熱によって大きく劣化していた。しかしながら、三酸化硫黄分解触媒としての性質は、800℃の温度での使用後に改良されていたことから、担体に担持された銅とバナジウムとの複合酸化物の物性が改良されていたことが理解される。
【0101】
(評価(XRD分析))
800℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後の触媒を、XRD(X線回折)分析で評価した。評価結果を
図8に示す。
【0102】
図8のXRD分析結果からは、硫酸銅(CuSO
4)に帰属される弱いピークが観測され、これは、極微量の硫酸銅の存在を示唆している。また、XRD分析結果では、それ以外の明確なピークが示されていないことから、大部分の成分が非常に均一に分散していると考えられる。なお、650℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後の触媒についてん6XRD分析でも、800℃の場合と同様な結果が得られた。
【0103】
(評価(EDS分析))
800℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後の触媒を、ケイ素(Si)、バナジウム(V)、及び銅(Cu)についてのEDS(エネルギー分散形X線分光)分析で評価した。評価結果を、STEM−HAADF(走査透過電子顕微鏡(高角度散乱暗視野法))による分析結果と併せて、
図9に示す。
【0104】
図9のESD分析結果からは、担体に担持されている触媒成分であるCu及びVの分布が、担体の構成元素であるSiの分布と同様であることが分かる。これは、触媒成分である銅とバナジウムとの複合酸化物が、シリカ担体上に薄膜状で堆積していることを示している。なお、担体上に担持されているCuは部分的に凝縮している箇所があるが、これは、硫酸銅として析出した部分であると考えられる。
【0105】
(評価(ラマン散乱分析))
650℃及び800℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後の触媒(Cu−V−O/SiO
2(650℃)及びCu−V−O/SiO
2(800℃))を、ラマン散乱分析で評価した。評価結果を、比較のためのバナジン酸銅(Cu
2V
2O
7)、酸化銅(CuO)及び五酸化バナジウム(V
2O
5)についての分析結果と併せて、
図10に示す。なお、バナジン酸銅(Cu
2V
2O
7)についての分析結果は、高さを0.5倍(×0.5)して表している。
【0106】
図10のラマン散乱分析結果によれば、650℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後の触媒(Cu−V−O/SiO
2(650℃))では、バナジン酸銅(Cu
2V
2O
7)と同様なラマン散乱プロファイルが得られた。
【0107】
このプロファイルでは、920cm
−1付近に存在するピーク、すなわちピロバナジン酸(V
2O
7)構造の両端のVO
3の対称収縮振動(対称性最大)に由来するピークが、最大のピークであった。具体的には、このプロファイルでは、920cm
−1付近のピークの高さが、バナジウム−酸素(V−O)結合に起因する他のピークの最大高さの約3.9倍になっていた。また、この触媒(Cu−V−O/SiO
2(650℃))では、920cm
−1付近のピークの半値幅が、約25cm
−1になっていた。
【0108】
これに対して、800℃の温度での三酸化硫黄分解反応に用いた後の触媒(Cu−V−O/SiO
2(800℃))では、920cm
−1付近のこのピークが低く、かつブロードになっていた。具体的には、このプロファイルでは、920cm
−1付近のピークの高さが、バナジウム−酸素(V−O)結合に起因する他のピークの最大高さの約0.9倍になっていた。また、この触媒(Cu−V−O/SiO
2(800℃))では、920cm
−1付近のピークの半値幅が、約59cm
−1になっていた。
【0109】
これは、ピロバナジン酸(V
2O
7)構造が変化して結晶が歪み、それによってピロバナジン酸(V
2O
7)構造の両端のVO
3の対称性が低下したことを示している。この対称性の低下は、バナジウムと酸素との間の結合の一部が、バナジウムと酸素との間の他の結合よりも長く、それによって切れやすくなっていることを意味すると考えられる。