特許第5768308号(P5768308)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5768308
(24)【登録日】2015年7月3日
(45)【発行日】2015年8月26日
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20150806BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20150806BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20150806BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23C5/16
   B23B51/00 J
【請求項の数】2
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2012-508692(P2012-508692)
(86)(22)【出願日】2011年7月4日
(86)【国際出願番号】JP2011065286
(87)【国際公開番号】WO2012132032
(87)【国際公開日】20121004
【審査請求日】2014年2月21日
(31)【優先権主張番号】特願2011-79223(P2011-79223)
(32)【優先日】2011年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】パサート・アノンサック
(72)【発明者】
【氏名】岡田 吉生
(72)【発明者】
【氏名】金岡 秀明
(72)【発明者】
【氏名】小島 周子
(72)【発明者】
【氏名】岩井 恵里香
【審査官】 小川 真
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−087150(JP,A)
【文献】 特開平10−237648(JP,A)
【文献】 特開2009−056561(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/055813(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/133461(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 16/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と該基材上に形成された被膜とを含み、
前記被膜は、少なくとも一層のTiCN層を含み、
前記TiCN層は、柱状晶領域を有し、
前記柱状晶領域は、TiCxy(ただし0.65≦x/(x+y)≦0.90)という組成を有し、(422)面の面間隔が0.8765〜0.8780Åであり、かつ配向性指数TC(hkl)においてTC(422)が最大となる、表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記被膜は、少なくとも一層のアルミナ層を含み、
前記アルミナ層は、α型酸化アルミニウムからなり、かつその平均厚みが2〜15μmである、請求項1記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と該基材上に形成された被膜とを含む表面被覆切削工具およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、基材と該基材上に形成された被膜とを含む表面被覆切削工具において、その被膜としてTiCN層を含むものが知られている。
【0003】
たとえば、特開2008−087150号公報(特許文献1)では、TiCN層の組成として炭素と窒素の合計に対する炭素の原子比を0.70〜0.90とすることにより、耐摩耗性と耐チッピング性とを向上させる試みが提案されている。
【0004】
また、特開2006−231433号公報(特許文献2)では、TiCN層の結晶粒の結晶面に対して特定の傾斜角度分布を備えることにより、耐チッピング性を向上させる試みが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−087150号公報
【特許文献2】特開2006−231433号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のように、TiCN層の組成として炭素と窒素の合計に対する炭素の原子比を高めることにより確かに耐摩耗性は向上するが、逆に基材から被膜が剥離する傾向が強まり、断続切削加工等に用いられた場合に耐チッピング性が不十分となることがあった。
【0007】
一方、特許文献2のように、TiCN層の結晶粒の結晶面に対して特定の傾斜角度分布を備えることにより確かに耐チッピング性は向上するが、被膜自体の高硬度化を達成することはできず、連続切削加工等に用いられた場合に耐摩耗性が不十分となることがあった。特に、鋳鉄の切削を行なう場合等において刃先へ被削材が溶着することに起因して、耐摩耗性が不十分となることが指摘されていた。
【0008】
本発明は、上記のような現状に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、耐摩耗性と耐チッピング性とを高度に向上させた表面被覆切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを含み、該被膜は、少なくとも一層のTiCN層を含み、該TiCN層は、柱状晶領域を有し、該柱状晶領域は、TiCxy(ただし0.65≦x/(x+y)≦0.90)という組成を有し、かつ(422)面の面間隔が0.8765〜0.8790Åであることを特徴とする。
【0010】
また、上記柱状晶領域は、配向性指数TC(hkl)においてTC(422)が最大となることが好ましい。また、上記被膜は、少なくとも一層のアルミナ層を含み、該アルミナ層は、α型酸化アルミニウムからなり、かつその平均厚みが2〜15μmであることが好ましい。
【0011】
また、本発明は、基材と該基材上に形成された被膜とを含み、該被膜は少なくとも一層のTiCN層を含む表面被覆切削工具の製造方法にも係わり、該製造方法は、該TiCN層を形成するステップを含み、該ステップは、化学気相蒸着装置の反応室の体積の10倍以上の体積の原料ガスを毎分あたり化学気相蒸着装置へ供給することにより、該TiCN層を化学気相蒸着法により形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の表面被覆切削工具は、上記のような構成を有することにより、耐摩耗性と耐チッピング性とを高度に向上させたという優れた効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
<表面被覆切削工具>
本発明の表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを含む構成を有する。このような被膜は、基材の全面を被覆することが好ましいが、基材の一部がこの被膜で被覆されていなかったり、被膜の構成が部分的に異なっていたとしても本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0014】
このような本発明の表面被覆切削工具は、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの切削工具として好適に使用することができる。
【0015】
<基材>
本発明の表面被覆切削工具に用いられる基材は、この種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0016】
これらの各種基材の中でも、特にWC基超硬合金、サーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これは、これらの基材が特に高温における硬度と強度とのバランスに優れ、上記用途の表面被覆切削工具の基材として優れた特性を有するためである。
【0017】
<被膜>
本発明の被膜は、少なくとも一層のTiCN層を含む限り、他の層を含んでいてもよい。他の層としては、たとえばアルミナ層、TiN層、TiBNO層、TiCNO層等を挙げることができる。
【0018】
このような本発明の被膜は、基材を被覆することにより、耐摩耗性や耐チッピング性等の諸特性を向上させる作用を有するものである。
【0019】
このような本発明の被膜は、10〜30μm、より好ましくは10〜25μmの厚みを有することが好適である。その厚みが10μm未満では、耐摩耗性が不十分となる場合があり、30μmを超えると、断続加工において被膜と基材との間に大きな応力が加わった際に被膜の剥離または破壊が高頻度に発生する場合がある。
【0020】
<TiCN層>
本発明の被膜に含まれるTiCN層は、柱状晶領域を有し、この柱状晶領域は、TiCxy(ただし0.65≦x/(x+y)≦0.90)という組成を有し、かつ(422)面の面間隔(d値)が0.8765〜0.8790Åであることを特徴とする。本発明のTiCN層は、このような構成を有することにより、耐摩耗性と耐チッピング性とが高度に向上するという優れた効果を示す。これは、柱状晶領域の炭窒化チタンにおいて炭素と窒素の合計に対する炭素の原子比を高めたことにより被削材に対する耐溶着性と耐摩耗性とを向上させ、かつ(422)面の面間隔を所定範囲とすることによって結晶内部の歪みが変化し、以って耐剥離性が低下することなく耐チッピング性が向上したことにより得られたものであると考えられる。
【0021】
本発明者の研究によれば、(422)面の面間隔を制御しない場合、上記x/(x+y)の数値が高くなればなるほど、基材から容易に剥離するという結果が得られた。この結果は、x/(x+y)の数値が高くなることにより硬度が高くなり良好な耐摩耗性を示す反面、断続切削加工等において被膜が容易に破壊し、耐チッピング性に劣ることを示している。そこで、本発明者は、更なる検討を重ねることにより、上記x/(x+y)の数値を高く保持しながらも耐チッピング性が低下しない条件を追及したところ、TiCNの柱状晶の結晶面を制御することにより基材との剥離性を向上できることを見出し、さらに検討を繰り返すことにより、(422)面の面間隔を0.8765〜0.8790Åに制御することを見出したものである。
【0022】
すなわち、本発明のTiCN層において、耐摩耗性と耐チッピング性の両者が高度に向上するのは、主としてx/(x+y)の数値を上記の範囲とすることにより耐摩耗性の向上を担い、(422)面の面間隔を上記の範囲とすることにより耐チッピング性の向上を担うことによりもたらされるものである。
【0023】
ここで、TiCN層とは、炭窒化チタン(TiCN)により構成される層をいう。そして、本発明のTiCN層は、上記の通り少なくともその一部として柱状晶領域を有していることを特徴とする。すなわち、このTiCN層は、その全体が柱状晶領域のみにより構成されていてもよいし、柱状晶領域とともに粒状晶領域等の他の結晶領域を含むことにより構成されていてもよい。
【0024】
本発明において柱状晶領域とは、柱状結晶で構成される領域をいい、このような柱状結晶は基材表面に対してほぼ垂直方向(すなわち被膜の厚み方向)に成長する。このような柱状結晶は、たとえば幅(径)が50〜500nmであり、長さが1000〜10000nmの形状を有する。
【0025】
本発明のTiCN層が、柱状晶領域とともに粒状晶領域等の他の結晶領域を含むことにより構成される場合、TiCN層に占める柱状晶領域の割合は、TiCN層全体の厚みに対して柱状晶領域の厚みが50〜100%、好ましくは70〜100%となることが好ましい。柱状晶領域の厚みが50%未満になると上記のような本発明のTiCN層の効果が示されなくなる場合がある。なお、柱状晶領域の割合の上限は特に限定されない。本発明では、柱状晶領域のみによって構成されていてもよいからである。なお、他の結晶領域である粒状晶領域とは、粒状の結晶で構成される領域をいい、粒状の結晶とは柱状結晶のように一方向に結晶成長したものではなく、略球状や不定形の形状をした100〜1000nmの粒子サイズを有するものをいう。
【0026】
本発明のTiCN層が、柱状晶領域とともに粒状晶領域等の他の結晶領域を含むことにより構成される場合、基材側に他の結晶領域を形成し、被膜表面側に柱状晶領域を形成することが好ましい。このような構成とすることにより、昇温・冷却の際に基材と被膜間の熱膨張係数の差に起因する熱応力をある程度緩和し、亀裂の進展エネルギーを分散させるという利点を備えることができる。なお、本発明のTiCN層が、このように柱状晶領域とともに粒状晶領域等の他の結晶領域を含むことにより構成される場合、柱状晶領域のみからなるTiCN層と他の結晶領域のみからなる第2TiCN層というように2層構造として捉えることもできるが、いずれの捉え方をする場合であっても本発明の範囲を逸脱するものではなく、これら両者の捉え方を区別する意味はない。
【0027】
本発明のTiCN層は、上記の通り、柱状晶領域においてTiCxy(ただし0.65≦x/(x+y)≦0.90)という組成を有することを特徴とする。この組成は、TiCNにおいて炭素と窒素の合計に対する炭素の原子比が高められていることを意味する。x/(x+y)が0.65未満の場合、十分な硬度および潤滑性が得られず、以って耐摩耗性が向上しない。また、x/(x+y)が0.90を超える場合、TiCN層が非常に脆くなり耐衝撃性(耐チッピング性)が低下する。x/(x+y)のより好ましい範囲は、0.67〜0.87である。なお、TiCxyにおける「Ti」と「C」および「N」の合計との原子比は、「Ti」を1とする場合、「C」と「N」の合計は0.80〜1.10とすることが好ましい。すなわち、本発明において化学式「TiCN」や「TiCxy」において、「Ti」は必ずしもその原子比が「1」であることを示すものではなく、従来公知の原子比が全て含まれるものとする(この点、後述の「TiN」、「TiCNO」、「TiBNO」等も特に断らない限り従来公知の原子比を全て含むものとする)。
【0028】
なお、TiCN層の組成(炭素と窒素の原子比)を含め被膜の組成は、被膜の断面をEDX(エネルギ分散型X線分光)装置を用いて測定することにより確認することができる。また、後述のアルミナ層の結晶型等は、XRD(X線回折)装置を用いて回折パターンを測定することにより確認することができる。
【0029】
さらに本発明のTiCN層は、柱状晶領域において(422)面の面間隔が0.8765〜0.8790Åであることを特徴とする。(422)面の面間隔が0.8765Å未満の場合、鋳鉄切削において十分に耐摩耗性を発揮できないこととなる。また、(422)面の面間隔が0.8790Åを超える場合、結晶内部歪が大きくなるため、耐チッピング性および耐剥離性が低下する。(422)面の面間隔のより好ましい範囲は、0.8767〜0.8786Åである。
【0030】
このような(422)面の面間隔は、XRD(X線回折)装置を用いて測定することにより求めることができる。たとえば以下のような測定条件を採用することが好ましい。
特性X線:Cu−Kα
モノクロメーター:グラファイト(002)面
発散スリット:1°
散乱スリット:1°
受光スリット:0.15mm
スキャンスピード:6°/min
スキャンステップ:0.03°
またさらに、本発明のTiCN層の柱状晶領域は、配向性指数TC(hkl)においてTC(422)が最大となることが好ましい。ここで、配向性指数TC(hkl)とは、以下の式(1)により規定されるものである。
【0031】
【数1】
【0032】
式(1)中、I(hkl)は(hkl)面のX線回折強度を示し、I0(hkl)はJCPDS標準(Joint Committee on Powder Diffraction Standards(粉末X線回折標準))による(hkl)面を構成するTiCとTiNのX線粉末回折強度の平均値を示す。なお(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)、(511)の8面であり、式(1)の右辺の中括弧部分は、これら8面の平均値を示す。
【0033】
そして、配向性指数TC(hkl)においてTC(422)が最大となるとは、上記全8面について式(1)により配向性指数TC(hkl)を求めると、TC(422)が最大値を示すことを意味し、すなわちこれはTiCNの柱状晶が(422)面に強配向することを示しており、このように(422)面が配向面となることにより、基材表面に対して該柱状晶が垂直方向に揃って成長することになる。これにより、被膜の摩耗が均一に生じることになるため、耐摩耗性と耐チッピング性の向上に資するものとなる。
【0034】
このような本発明のTiCN層は、5〜16μm、より好ましくは7〜13μmの厚みを有することが好適である。その厚みが5μm未満では、連続加工において十分に耐摩耗性を発揮できない場合があり、16μmを超えると、断続切削において耐チッピング性が安定しない場合がある。
【0035】
<アルミナ層>
本発明の被膜は、上記のTiCN層とともに少なくとも一層のアルミナ層を含むことが好ましい。このような本発明のアルミナ層は、α型酸化アルミニウムからなり、かつその平均厚みが2〜15μmである。
【0036】
このようなアルミナ層は、耐酸化性に優れ、鋼の高速切削時に発生する熱による摩耗(酸化摩耗)や鋳物の切削時の耐溶着性に優れるため好ましい。本発明のアルミナ層は、上記のような作用を示すため、被膜中において上記のTiCN層より表面側に形成することが好ましい。
【0037】
なお、アルミナ層の厚みが2μm未満の場合、高速切削時の耐摩耗性が不十分となる場合があり、また15μmを超える場合、断続切削において耐欠損性が低下したり、経済的に不利となる場合がある。アルミナ層のより好ましい平均厚みは、3〜10μmである。
【0038】
<他の層>
本発明の被膜は、上記のTiCN層やアルミナ層以外の他の層を含むことができる。このような他の層としては、たとえば基材と被膜との密着性をさらに高めるために基材の直上に形成されるTiN、TiC、TiBN等からなる下地層や、TiCN層とアルミナ層との密着性を高めるために両層の間に形成されるTiCNO、TiBNO等からなる中間層や、刃先が使用済か否かの識別性を示すために被膜の最表面に形成されるTiN、TiCN、TiC等からなる最外層等を挙げることができるが、これらのみに限定されるものではない。
【0039】
このような他の層は、通常0.5〜2.0μmの厚みで形成することができる。
<製造方法>
本発明は、基材と該基材上に形成された被膜とを含み、該被膜は少なくとも一層のTiCN層を含む表面被覆切削工具の製造方法にも係わり、該製造方法は、該TiCN層を形成するステップを含み、該ステップは、化学気相蒸着装置の反応室の体積の10倍以上の体積の原料ガスを毎分あたり化学気相蒸着装置へ供給することにより、該TiCN層を化学気相蒸着法により形成することを特徴とする。すなわち、上記で説明した本発明のTiCN層(とりわけその柱状晶領域)は、このような製造方法により形成することができる。
【0040】
このように本発明の製造方法では、原料ガスを化学気相蒸着装置へ大流量で導入することにより、該装置の反応室内で原料ガスの強制対流を生じさせ、これにより上記で説明したような特徴あるTiCN層の構造を形成することが可能となったものである。このような条件を採用したことにより、なぜTiCN層の構造が上記のような特徴ある構造になるのか、その詳細なメカニズムは未だ解明されていないが、恐らくTiCN層の結晶が成長する際に、結晶内に特異的な歪みを生じながら成長するためではないかと推察される。
【0041】
ここで、上記原料ガスの流量を示す体積は、反応室でTiCN層を形成する際の温度および圧力を基準とする。上記原料ガスの流量が化学気相蒸着装置の反応室の体積の10倍未満の場合、安定して本発明のTiCN層を形成することができない。また、上記原料ガスの流量の上限は特に限定する必要はないが、化学気相蒸着装置の耐久性や破損の危険性、および生成されるTiCN層の均一性等を考慮すると、その上限は、反応室の体積の20倍以下とすることが好ましい。
【0042】
なお、上記原料ガスの組成は、TiCN層を化学気相蒸着法により形成する場合の原料ガスとして従来公知のものを特に限定することなく使用することができる。たとえば、TiCl4、CH3CN、C24、H2からなる混合ガスを挙げることができる。特にこの混合ガスにおいて、C24(エチレン)を用い、H2の混合比を高めると、比較的低い成膜温度でもTiCxy膜中のx/(x+y)比を向上させることが可能となるため好ましい。
【0043】
本発明のTiCN層は、上記の条件を採用する限り、反応温度や圧力等の他の条件は従来公知の条件を特に限定することなく採用することができる。なお、本発明の被膜が、TiCN層以外の層を含む場合、それらの層は従来公知の化学気相蒸着法や物理的蒸着法により形成することができ特にその形成方法は限定されないが、一つの化学気相蒸着装置内においてTiCN層と連続的に形成できるという観点から、それらの層は化学気相蒸着法により形成することが好ましい。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0045】
<基材の調製>
以下の表1に記載の基材A〜基材Eの5種類の基材を準備した。具体的には、表1に記載の配合組成からなる原料粉末を均一に混合し、所定の形状に成形した後、1300〜1500℃で1〜2時間焼結することにより、形状がCNMG120408N−GZ(住友電工ハードメタル社製)である超硬合金製の基材を得た。
【0046】
【表1】
【0047】
<被膜の形成>
上記で得られた基材に対してその表面に被膜を形成した。具体的には、基材を化学気相蒸着装置(反応室の体積:0.27m3)内にセットすることにより、基材上に化学気相蒸着法により被膜を形成した。被膜の形成条件は、以下の表2および表3に記載した通りである。表2はTiCN層以外の各層の形成条件を示し、表3はTiCN層の形成条件を示している。表3に示すように、TiCN層の形成条件はa〜jの10通りであり、このうちa〜gが本発明の方法に従う条件(ただしcとfは参考例)であり、h〜jが従来技術の条件である。
【0048】
たとえば、形成条件aは、2.0体積%のTiCl4、0.4体積%のCH3CN、3.0体積%のC24、および残部がH2からなる組成の原料ガスを、化学気相蒸着装置の反応室の体積の17倍の流量で毎分あたり化学気相蒸着装置へ供給し、圧力9.0kPaおよび温度820℃の条件でTiCN層を形成したことを示している。なお、上記の原料ガスの供給量は、圧力9.0kPaおよび温度820℃の条件下で反応室の体積の17倍となるように常温常圧(30℃、1気圧)下の体積を気体方程式で計算することにより供給した。
【0049】
なお、表3中、各条件で得られるTiCN層について、「x/(x+y)」は柱状晶領域におけるTiCxyのx/(x+y)を示し、「面間隔」は柱状晶領域における(422)面の面間隔を示し、「TC(hkl)」は柱状晶領域における配向性指数TC(hkl)においていずれの結晶面が最大になるかを示し、「剥離臨界荷重」は剥離試験の結果を示している。
【0050】
上記剥離試験の条件は、以下の通りである。すなわち、試験装置としてスクラッチ試験機(商品名:「Revetest Scratch Tester」)を用い、試験対象は基材の上にTiN層をCVD蒸着した後、TiCN層のみを基材上に形成したものについて行なうものとし、以下の条件により3回測定しその平均値(単位:N)を求めた。数値が大きいほど、基材と剥離しにくいことを示している。
【0051】
<剥離試験条件>
圧子:ダイヤモンド、R=0.2mm、頂角120°
スクラッチスピード:10mm/min
荷重スピード:100N/min
【0052】
【表2】
【0053】
【表3】
【0054】
なお、各被膜の組成および結晶状態は、SEM−EDX(走査型電子顕微鏡−エネルギ分散型X線分光)とXRDにより確認した。
【0055】
<表面被覆切削工具の作製>
上記のようにして以下の表4に示した試料番号1〜25および31〜36の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。試料番号1〜25が本発明の実施例(ただし試料番号5、8、22は参考例)であり、試料番号31〜36が比較例である。
【0056】
たとえば試料番号4の表面被覆切削工具は、基材として表1に記載の基材Dを採用し、その基材Dの表面に下地層として厚み0.5μmのTiN層を表2の条件で形成し、その下地層上に厚み12.0μmのTiCN層を表3の形成条件bで形成し、そのTiCN層上に中間層として厚み0.5μmのTiBNO層、アルミナ層として厚み5.5μmのα−Al23(α型酸化アルミニウム)層、最外層として厚み1.0μmのTiN層を、それぞれこの順に表2の条件で形成することにより、基材上に合計厚み19.5μmの被膜を形成した構成であることを示している。この試料番号4の表面被覆切削工具のTiCN層は、厚み12.0μmの柱状晶領域のみからなり、その柱状晶領域はx/(x+y)が0.74であるTiCxyという組成を有し、かつ(422)面の面間隔が0.8773Åであり、配向性指数TC(hkl)においてTC(422)が最大である。
【0057】
また、たとえば試料番号18のTiCN層は、表3の形成条件jにより厚み1.5μmの層を形成した後、その上に同形成条件dにより厚み8.5μmの層を形成したことを示している。この場合、形成条件jは本発明の条件ではなく従来技術の条件であるため、形成条件jにより形成される領域は粒状晶領域となる一方、形成条件dは本発明の条件であるため、形成条件dにより形成される領域は柱状晶領域となる。そして、この柱状晶領域はx/(x+y)が0.80であるTiCxyという組成を有し、かつ(422)面の面間隔が0.8779Åであり、配向性指数TC(hkl)においてTC(422)が最大である。
【0058】
なお、試料番号31〜36のTiCN層は全て従来技術の条件で形成されているため、それらのTiCN層は、粒状晶領域のみからなるか、本発明のような特性を示さない柱状晶領域により構成されることになる。
【0059】
なお、表4中の空欄は、該当する層が形成されていないことを示す。
【0060】
【表4】
【0061】
<切削試験>
上記で得られた表面被覆切削工具を用いて、以下の3種類の切削試験を行なった。
【0062】
<切削試験1>
以下の表5に記載した試料番号の表面被覆切削工具について、以下の切削条件により表5に記載の逃げ面摩耗量が0.30mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表5に示す。切削時間が長いもの程、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐チッピング性に優れていることを示す。
【0063】
<切削条件>
被削材:FCD700丸棒外周切削
周速:250m/min
送り速度:0.3mm/rev
切込み量:2.0mm
切削液:あり
【0064】
【表5】
【0065】
表5より明らかなように本発明の実施例(試料番号1〜25)は、比較例(試料番号31〜33)に比し、耐摩耗性および耐チッピング性の両者に優れていることは明らかである。
【0066】
なお、表5の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味し、「前切れ刃微小チッピング」とは仕上げ面を生成する切れ刃部に生じた微小な欠けを意味し、「刃先先端チッピング」とは工具先端部の丸コーナ部やチャンファ部に生じた小さな欠けを意味し、「溶着欠損」とは切削中の被削材の一部が刃先に付着または凝着を繰返したことによって工具が欠損することを意味し、「チッピング」とは切削中に切れ刃部分に発生した小さな欠けを意味する。
【0067】
<切削試験2>
以下の表6に記載した試料番号の表面被覆切削工具について、以下の切削条件により表6に記載の逃げ面摩耗量が0.4mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表6に示す。切削時間が長いもの程、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐チッピング性に優れていることを示す。
【0068】
<切削条件>
被削材:FC250端面加工切削
周速:300m/min
送り速度:0.35mm/rev
切込み量:1.0mm
切削液:なし
【0069】
【表6】
【0070】
表6より明らかなように本発明の実施例(試料番号1〜25)は、比較例(試料番号31〜33)に比し、耐摩耗性および耐チッピング性の両者に優れていることは明らかである。
【0071】
なお、表6の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味し、「前切れ刃微小欠」とは仕上げ面を生成する切れ刃部に生じた微小な欠けでかつ基材の露出が認められることを意味し、「前切れ刃微小チッピング」とは仕上げ面を生成する切れ刃部に生じた微小な欠けを意味し、「欠損」とは切れ刃部に生じた大きな欠けを意味し、「前切れ刃チッピング」とは仕上げ面を生成する切れ刃部に生じた小さな欠けを意味し、「逃げ面摩耗大」とは工具の逃げ面に生じる摩耗であって、ある基準に対し摩耗が明らかに急展することを意味する。
【0072】
<切削試験3>
以下の表7に記載した試料番号の表面被覆切削工具について、以下の切削条件により表7に記載の欠損までの衝撃回数を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表7に示す。欠損までの衝撃回数が多いもの程、耐チッピング性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が摩耗欠損に近いもの程、耐摩耗性に優れていることを示す。
【0073】
<切削条件>
被削材:FCD650−4溝材外径強断続切削加工
周速:250m/min
送り速度:0.30mm/rev
切込み量:1.5mm
切削液:あり
【0074】
【表7】
【0075】
表7より明らかなように本発明の実施例(試料番号3〜23)は、比較例(試料番号34〜36)に比し、耐摩耗性および耐チッピング性の両者に優れていることは明らかである。
【0076】
なお、表7の最終損傷形態において、「摩耗欠損」とは摩耗過程を経て切れ刃部に生じた大きな欠けを意味し、「摩耗欠損、先端微小チッピング」とは摩耗欠損および刃先先端のチッピングを伴う複合型損傷を意味し、「境界摩耗からの欠損」とは切削に関与している切れ刃の切削部分と非切削部分の境界に生ずる摩耗過程を経て、工具が欠損することを意味し、「剥離欠損」とは被膜と基材間の密着力が弱く、被膜が切削時に剥離し、基材が露出することによって工具損傷が進展し、最終的に大きな欠けが発生することを意味し、「チッピング欠損」とは切れ刃部分に生じた小さな欠けが経時変化に伴って成長し、工具の欠損を発生させることを意味する。
【0077】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0078】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。