【実施例】
【0047】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《試料の製造》
〈第一実施例:試料No.1〉
(1)混合工程
原料として、金属ハロゲン化物(アルカリ土類金属塩化物)である塩化カルシウムの水和物(CaCl
2・2H
2O)の粉末(アルドリッチ社製C5080)と塩化ストロンチウムの水和物(SrCl
2・6H
2O)の粉末(和光純薬工業社製197−04185)を用意した。これら粉末をモル比が1:1となるように秤量し、メノウ鉢で混合して混合粉末を得た。なお、この混合工程は、(株)美和製作所のグローブボックスを用いて水分濃度:1ppm以下の低湿度環境下で行った。
【0048】
(2)成形工程
混合粉末を0.7tonf/cm
2(68.6MPa)で加圧して、15×15×2mmのシート状の成形体を得た。この成形工程は、前述したグローブボックスを用いて、水分濃度:1ppm以下の低湿度環境下で行った。
【0049】
(3)焼成工程
この成形体を600℃で焼成した焼成体を得た。この焼成工程は1Pa以下の真空処理炉内で行った。こうして得られた焼成体を試料No.1として、後述する各種の測定に供した。なお、X線回折測定用サンプルには、この焼成体を粉砕したものを用いた。
【0050】
〈比較例:試料No.C1〜C3〉
(1)試料No.C1
CaCl
2の粉末(アルドリッチ社製のC4901)とSrCl
2の粉末(アルドリッチ社製439665)を、モル比が1:1となるように秤量して、薬さじを用いて混合した。こうして得られた混合粉末を試料No.C1とした。なお、原料粉末の混合は、前述したグローブボックスを用いて、水分濃度:1ppm以下の低湿度環境下で行った。
【0051】
(2)試料No.C2および試料No.C3
上記のCaCl
2の粉末自体を試料No.C2、 上記のSrCl
2の粉末自体を試料No.C3とした。試料No.C1〜C3についても、試料No.1と同様の測定に供した。
【0052】
《測定》
(1)X線回折
試料No.1および試料No.C1の化学蓄熱材(粉末)についてX線回折測定を行った。こうして得られた各X線回折パターンを
図1に示す。なお、測定はリガク社製RINT−TTRにより、CuKα線源を用いて、室温・大気中で行った。測定中の試料と大気成分との反応を防ぐため、簡易的な密封処理を行った。
【0053】
(2)格子定数
各試料のV/Zに係る単位格子体積(V)を特定するため、X線回折測定から得られたプロファイルから試料の結晶糸と各回折線の回折指数を同定し、最小2乗法を用いて、各試料の結晶の格子定数を算出した。
【0054】
(3)圧力-組成等温線測定
試料No.1〜C3の化学蓄熱材を反応器に充填して、容量法に基づき、等温(69℃)下における圧力(150〜600kPa)と組成(アンモニア配位数)の関係を調べた。各試料の結果を
図2に重ねて示した。この測定は、具体的には次のようにして行った。試料を水分濃度1ppm以下の低湿度環境下で反応器(内容積約5cc)に充填して密封した。反応器をハンドメイドのジーベルツ型装置に接続し、反応器内を真空排気した。ウォータバスを用いて、反応器の試料充填部を69℃に加熱し、NH
3を570kPaまで加圧した。その後、69℃で100kPaまで減圧し、その状態から測定を開始した。
【0055】
ちなみに、ここで用いた反応器はステンレス製で、アンモニアガスの供給脱気のためのバルブや圧力計を具備している。
【0056】
なお、試料No.1については、この測定を5回繰り返して行ったが、毎回、同様な圧力変化と配位数変化を示した。つまり、アンモニアの吸蔵・放出を繰り返しても、試料No.1の化学蓄熱材の劣化は観られなかった。
【0057】
《評価》
(1)結晶構造
図1に示すX線回折パターンから明らかなように、試料No.C1は原料であるCaCl
2粉末とSrCl
2粉末にそれぞれ対応したCaCl
2型結晶構造とSrCl
2型結晶構造が観測された。
【0058】
一方、原料粉末を混合、成形および焼成した試料No.1は、CaCl
2 やSrCl
2 の結晶構造とは異なるSrI
2型結晶構造からなることがわかった。以上のことから、試料No.1は、CaCl
2 やSrCl
2 とは異なり、構成元素が原子レベルで結合した新たな複金属塩化物(Ca
0.5Sr
0.5Cl
2)であるといえる。参考までに、試料No.1に係るCa
0.5Sr
0.5Cl
2とその原料であるCaCl
2および SrCl
2とに係る結晶構造図をそれぞれ
図3A〜
図3Cに示した。これらの結晶構造図は、
図1に示したX線回折パターンに基づきリートベルト解析法により導出したものである。これらの結果からも、試料No.1に係るCa
0.5Sr
0.5Cl
2は、その原料であるCaCl
2(CaCl
2型結晶構造)やSrCl
2(CaF
2型結晶構造)とは異なるSrI
2型結晶構造をしていることが確認された。
【0059】
(2)V/Z
各試料について格子定数から求めた単位格子体積(V)を、各試料の化学単位数(Z)で除して結晶指標値(V/Z)を求めた。試料No.1のV/Zは81.3Å
3(V:650.4Å
3/Z:8)であった。一方、試料No.C2(CaCl
2)のV/Zは83.9Å
3(V:167.8Å
3/Z:2)であり、試料No.C3(SrCl
2)のV/Zは84.7Å
3(V:338.7Å
3/Z:4)であった。これらのことから、試料No.1は試料No.C2や試料No.C3よりV/Zが小さいことがわかる。また試料No.1のV/Zが、試料No.C2のV/Zと試料No.C3のV/Zの中間値でない要因として、別の結晶構造(SrI
2型結晶構造)であることが挙げられる。
【0060】
以上のことから、CaCl
2とSrCl
2の混合物を成形、焼成することにより、カルシウムイオン(Ca
2+)、ストロンチウムイオン(Sr
2+)および塩素イオン(Cl
−)の拡散が促進されて、単なるCaCl
2とSrCl
2の混合物よりも、熱力学的に安定な結晶構造の複金属塩化物(Ca
0.5Sr
0.5Cl
2)が生成されたといえる。
【0061】
(3)圧力変化と配位数変化
図2からわかるように、試料No.1のCa
0.5Sr
0.5Cl
2は、アンモニア圧力(平衡圧力):490kPaのときに平衡状態となり、次のようなアンモニア吸放出反応(熱媒吸放出反応)が生じる。
(反応1−1/アンモニア圧力:490kPa)
Ca
0.5Sr
0.5Cl
2・2NH
3+6NH
3 ⇔ Ca
0.5Sr
0.5Cl
2・8NH
3【0062】
従って、試料No.1の化学蓄熱材を用いると、特定の圧力下(平衡圧力下)における一回のアンモニア吸放出反応で、アンモニアの配位数が6も変化し、大きな吸熱または放熱が可能となり、大きな蓄熱密度が得られることがわかる。しかも、前述したように、この化学蓄熱材は繰り返し使用可能で、耐久性に優れる。
【0063】
一方、試料No.C1の場合、
図2からわかるように、アンモニア吸放出反応が平衡状態となる平衡アンモニア圧力に応じて、次のような4ステップの反応となった。
(反応C1−1/アンモニア圧力:340kPa)
0.5SrCl
2・NH
3+0.5NH
3 ⇔ 0.5SrCl
2・2NH
3
(反応C1−2/アンモニア圧力:350kPa)
0.5CaCl
2・2NH
3+NH
3 ⇔ 0.5CaCl
2・4NH
3
(反応C1−3/アンモニア圧力:460kPa)
0.5SrCl
2・2NH
3+3NH
3 ⇔ 0.5SrCl
2・8NH
3
(反応C1−4/アンモニア圧力:560kPa)
0.5CaCl
2・4NH
3+2NH
3 ⇔ 0.5CaCl
2・8NH
3【0064】
試料No.C1の化学蓄熱材を用いると、一つの平衡圧力下で生じるアンモニア吸放出反応に伴う配位数変化が0.5〜3に過ぎない。つまり、アンモニア吸放出反応一回あたりの吸熱または放熱が小さく、蓄熱密度も小さくなる。また、大きな配位数変化(6.5)を得るためには、アンモニア圧力を少なくとも340〜560kPaの広範囲(圧力差220kPa)で変化させて、反応C1−1〜反応C1−4を連続的に進行させる必要があり、効率的ではない。
【0065】
また試料No.C2の場合、
図2からわかるように、アンモニア吸放出反応が平衡アンモニア圧力に応じて次のような2ステップの反応となる。
(反応C2−1/アンモニア圧力:350kPa)
CaCl
2・2NH
3+2NH
3 ⇔ CaCl
2・4NH
3
(反応C2−2/アンモニア圧力:560kPa)
CaCl
2・4NH
3+4NH
3 ⇔ CaCl
2・8NH
3【0066】
この場合も同様に、一つの平衡圧力下で生じるアンモニア吸放出反応に伴う配位数変化が2または4であり、アンモニア吸放出反応一回あたりの吸熱または放熱が小さい。また、大きな配位数変化(6)を得るためには、アンモニア圧力を少なくとも350〜560kPaの広範囲(圧力差210kPa)で変化させて、反応C2−1および反応C2−2を連続的に進行させる必要があり、やはり効率的ではない。
【0067】
さらに試料No.C3の場合、
図2からわかるように、アンモニア吸放出反応が平衡アンモニア圧力に応じて次のような2ステップの反応となる。
(反応C3−1/アンモニア圧力:340kPa)
SrCl
2・NH
3 +NH
3 ⇔ SrCl
2・2NH
3
(反応C3−2/アンモニア圧力:460kPa)
SrCl
2・2NH
3+6NH
3 ⇔ SrCl
2・8NH
3【0068】
この場合、一つの平衡圧力下で生じるアンモニア吸放出反応に伴う配位数変化が1または6であるが、さらに大きな配位数変化(7)を得るために、アンモニア圧力を少なくとも340〜460kPaの広範囲(圧力差120kPa)で変化させて、反応C3−1および反応C3−2を連続的に進行させる必要がある。
【0069】
このように、試料No.1のような複金属塩からなる化学蓄熱材は、従来の単金属塩やそれらの混合金属塩とは異なり、平衡アンモニア圧力の近傍で大きな配位数変化を生じる。従って本発明の化学蓄熱材を用いることにより、化学蓄熱システムの効率の向上を図ることが可能となる。また、単金属塩とは異なる平衡アンモニア圧力を示すため、従来の単金属塩では整合性が低かった熱媒貯蔵材との整合性が向上する。
【0070】
《第二実施例:試料No.2》
(1)試料の製造
第一実施例の場合と同じ原料粉末を用いつつ、それらの混合モル比を試料No.1から変更した化学蓄熱材(試料No.2)を製造した。すなわち、試料No.2の混合モル比はCaCl
2・2H
2O:SrCl
2・6H
2O=3:7とした。その他、混合、成形および焼成の各工程は試料No.1の場合と同様にして試料No.2を製造した。
【0071】
(2)測定
こうして得られた試料No.2を、試料No.1と同様に圧力-組成等温線測定に供した。但し、この測定時の圧力範囲は200〜600kPaとした。この場合、試料No.2はアンモニアガス圧力:485kPa(平衡圧力)を境として、配位数変化が6となる次のようなアンモニア吸放出反応(熱媒吸放出反応)を生じた。
Ca
0.3Sr
0.7Cl
2・2NH
3+6NH
3 ⇔ Ca
0.3Sr
0.7Cl
2・8NH
3【0072】
(3)評価
試料No.1および試料No.2から明らかなように、複金属塩化物Ca
xSr
1−xCl
2(0<x<1)の複合比xが変動しても、その比率に応じた特定の圧力下(平衡圧力下)であれば、一回のアンモニア吸放出反応でアンモニアの配位数を大きく変化させることができた。逆に言えば、複金属塩化物の組成を調整することにより、熱媒貯蔵材と整合(マッチング)した化学蓄熱材を得ることができ、化学蓄熱システムの効率化を幅広く図れることが確認できた。