【発明が解決しようとする課題】
【0018】
ここで、NMR測定の対象となる試料に印加される磁場(静磁場)を、シムコイルを用いて補正する方法について説明する。
【0019】
NMRスペクトルには、さまざまなω
unshimmed(r)の位置にピークが現れる。試料内の静磁場が均一であれば、非常に狭い範囲の周波数のみに信号が現れることになり、ピークの強度も最大となる。そこで、NMRスペクトルに現れるピークの強度が最大に、線幅が最小になることを指標として、シムコイルの電流を調整する。直接観測したいNMR信号でシムコイルの電流値を調整することもでき、また別のNMR信号(例えば、溶液NMRでは、溶媒の2H NMR信号)により調整することもできる。多くの試料が短い横磁化緩和時間を示す固体試料の場合には、長い横磁化緩和時間を示す標準試料でシムコイルの電流値を調整し、その後試料を交換してからNMR測定を行うこともできる。
【0020】
しかしながら、上述したNMR信号を直接観察しながらシムコイルの電流を調整する方法では、試料内のさまざまな場所の信号の足し合わせをNMR信号として検出している。すなわち、この方法では、試料内のどこの位置がどれだけ周波数がずれているか(静磁場がずれているか)という情報は取得できない。そのため、どのシムコイルに電流を流せば静磁場の均一度が改善させるか予想ができない。また、この方法で静磁場の均一度を向上させるには、例えば、シムコイルに与える電流をかえながら複数のNMR測定を行い、NMR信号の線幅が細く、信号強度が強くなることを観測することになる。しかしながら、この方法では、複数のNMR測定が必要になるため時間がかかり、かつ操作する人の技術によって結果が異なるという問題がある。また、均一度の評価がNMR信号の線幅と強度だけなので、しばしば局所解に陥ってしまうことがある。
【0021】
また、静磁場の補正方法として、グラジエントシミング(Gradient Shimming)法を用いた方法が知られている。グラジエントシミング法では、勾配磁場パルスとエコー法を組み合わせることにより、試料の位置とその位置での静磁場の大きさ(静磁場マップ)を検出することができる。
【0022】
グラジエントシミング法では、シムコイルによる補正磁場を加えない場合の静磁場マップ、および、各シムコイルに電流を流した場合の各静磁場マップを測定する。前者は、静磁場がどのような分布を持っているかを示し、後者はどのシムコイルにどれだけの電流を流すとどのような磁場分布ができるかを示す。これらの測定により、どのシムコイルにどの程度の電流を流せば磁場分布がキャンセルされるか(均一な磁場が得られるか)を計算できる。
【0023】
ここで、例えば、溶液NMRでは、静磁場方向をZ軸としたとき、細長い試料管の長軸方向がZ軸になるよう配置される。そして、溶液NMRでは、X,Y軸方向の磁場分布を無視するか、Z軸まわりに試料回転を行うことによってX,Y軸方向の磁場分布を平均化させることにより、グラジエントシミング法を用いて、Z軸周りに展開したシム項B
Z(n)(上記式(1)参照)のみを調整して静磁場の均一度の向上がはかられる(一軸グラジエントシミング法)。
【0024】
しかしながら、MAS NMRでは、状況が変化する。MASを適用した固体NMRでは、細長い試料管の長軸方向はZ軸ではなく、Z軸から角度θ
m傾いた軸(Z
tilt軸)まわりに試料を回転させる。Z
tilt軸まわりの磁場分布は、試料回転により平均化することができる。したがって、Z
tilt軸方向の磁場分布を補正すればよい。しかしながらZ軸とZ
tilt軸とは異なるため、Z軸まわりに展開したシム項では効率のよい磁場補正ができない。例えば、B
Z(2)を、いくら変化させてもZ
tilt軸方向の磁場の大きさは変化しない。したがって、MAS NMR装置では、上述した溶液NMRで用いられている、シム項B
Z(n)を変化させる一軸グラジエントシミングは、動作させることができない場合があった。
【0025】
このように、静磁場の方向(Z軸方向)から傾いた軸まわりに試料を回転させてNMR測定を行う場合には、効率よく静磁場の補正ができない場合があった。
【0026】
なお、三次元NMRイメージングを用いることにより、完全な三次元磁場分布マップが得られる。そのため、静磁場の方向(Z軸方向)から傾いた軸まわりに試料を回転させた場合であっても磁場補正が可能である。例えば、MASを適用した固体NMRであっても磁場補正ができる。しかしながら、三次元の磁場分布を得る必要があるので、測定に時間がかかり、また、三次元の勾配磁場パルスシステムが要求されるため装置が複雑化するなどの問題がある。
【0027】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、本発明のいくつかの態様によれば、効率よく磁場の補正ができる核磁気共鳴装置および磁場補正方法を提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0028】
(1)本発明に係る核磁気共鳴装置は、
静磁場に対してマジックアングル傾いた軸まわりで、試料を回転させて、核磁気共鳴信号の検出を行う核磁気共鳴装置であって、
前記静磁場を発生させる静磁場発生部と、
前記静磁場を補正するための補正磁場を発生させる補正磁場発生部と、
前記補正磁場発生部を制御する制御部と、
前記試料から発生する前記核磁気共鳴信号を検出するプローブと、
を含み、
前記制御部は、
前記軸方向の前記静磁場の分布を取得する磁場分布取得部と、
前記軸方向の前記静磁場の分布に基づいて、前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分の第1係数、前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分の第2係数、および前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分の第3係数を決定する演算部と、
前記第1係数、前記第2係数、および前記第3係数に基づいて、前記補正磁場発生部を制御する補正磁場発生部制御部と、
を有し、
前記補正磁場は、下記式(1)、(2)、(3)で表され、
前記演算部は、
前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分として、B
Z(1)、B
1(1)e、およびB
1(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分として、B
2(2)e、B
2(2)O、B
2(1)e、およびB
2(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分として、
BZ(3)、B
3(1)e、B
3(1)O、B
3(2)e、B
3(2)O、B
3(3)e、およびB
3(3)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用いる。
【0029】
【数7】
【0030】
このような核磁気共鳴装置によれば、静磁場に対してマジックアングル傾いた軸まわりで回転する試料に印加される静磁場を、効率よく補正することができる。
【0031】
(2)本発明に係る核磁気共鳴装置において、
前記磁場分布取得部は、スピンエコー法またはグラジエントエコー法により、前記軸方向の前記静磁場の分布を取得してもよい。
【0032】
このような核磁気共鳴装置によれば、静磁場に対してマジックアングル傾いた軸方向の静磁場の分布を、容易に取得することができる。
【0033】
(3)本発明に係る核磁気共鳴装置において、
前記補正磁場発生部は、
複数のコイルと、
前記複数のコイルの各々に対して、電流を供給する電源部と、
を有し、
前記補正磁場発生部制御部は、前記演算部によって決定された前記第1係数、前記第2係数、および前記第3係数に基づいて、前記複数のコイルの各々に供給する電流量を決定し、
前記電源部は、前記補正磁場発生部によって決定された前記電流量に応じた電流を、前記複数のコイルの各々に供給してもよい。
【0034】
(4)本発明に係る磁場補正方法は、
静磁場に対してマジックアングル傾いた軸まわりで、試料を回転させて、核磁気共鳴信号を検出する核磁気共鳴測定において、補正磁場を発生させることによって、前記軸方向の前記静磁場を補正する磁場補正方法であって、
前記軸方向の前記静磁場の分布を取得する磁場分布取得工程と、
前記磁場分布取得工程で取得された前記軸方向の前記静磁場の分布に基づいて、前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分の第1係数、前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分の第2係数、および前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分の第3係数を決定する演算工程と、
前記第1係数、前記第2係数、および前記第3係数に基づいて、前記補正磁場を制御する補正磁場制御工程と、
を有し、
前記補正磁場は、下記式(1)、(2)、(3)で表され、
前記演算工程において、
前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分として、B
Z(1)、B
1(1)e、およびB
1(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分として、B
2(2)e、B
2(2)O、B
2(1)e、およびB
2(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分として、
BZ(3)、B
3(1)e、B
3(1)O、B
3(2)e、B
3(2)O、B
3(3)e、およびB
3(3)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用いる。
【0035】
【数7】
【0036】
このような磁場補正方法によれば、静磁場に対してマジックアングル傾いた軸まわりで回転する試料に印加される静磁場を、効率よく補正することができる。
【0037】
(5)本発明に係る磁場補正方法において、
前記磁場分布取得工程では、スピンエコー法またはグラジエントエコー法により、前記軸方向の前記静磁場の分布を取得してもよい。
【0038】
このような磁場補正方法によれば、静磁場に対してマジックアングル傾いた軸方向の静磁場の分布を、容易に取得することができる。
【0039】
(6)本発明に係る核磁気共鳴装置は、
静磁場に対してπ/2傾いた軸まわりで、試料を回転させて、核磁気共鳴信号の検出を行う核磁気共鳴装置であって、
前記静磁場を発生させる静磁場発生部と、
前記静磁場を補正するための補正磁場を発生させる補正磁場発生部と、
前記補正磁場発生部を制御する制御部と、
前記試料から発生する前記核磁気共鳴信号を検出するプローブと、
を含み、
前記制御部は、
前記軸方向の前記静磁場の分布を取得する磁場分布取得部と、
前記軸方向の前記静磁場の分布に基づいて、前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分の第1係数、前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分の第2係数、および前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分の第3係数を決定する演算部と、
前記第1係数、前記第2係数、および前記第3係数に基づいて、前記補正磁場発生部を制御する補正磁場発生部制御部と、
を有し、
前記補正磁場は、下記式(1)、(2)、(3)で表され、
前記演算部は、
前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分として、B
1(1)e、およびB
1(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分として、B
Z(2)、B
2(2)e、B
2(2)O、B
2(1)e、およびB
2(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分として、B
3(1)e、B
3(1)O、B
3(2)e、B
3(2)O、B
3(3)e、およびB
3(3)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用いる。
【0040】
【数7】
【0041】
このような核磁気共鳴装置によれば、静磁場に対してπ/2傾いた軸まわりで回転する試料に印加される静磁場を、効率よく補正することができる。
【0042】
(7)本発明に係る磁場補正方法は、
静磁場に対してπ/2傾いた軸まわりで、試料を回転させて、核磁気共鳴信号を検出する核磁気共鳴測定において、補正磁場を発生させることによって、前記軸方向の前記静磁場を補正する磁場補正方法であって、
前記軸方向の前記静磁場の分布を取得する磁場分布取得工程と、
前記磁場分布取得工程で取得された前記軸方向の前記静磁場の分布に基づいて、前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分の第1係数、前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分の第2係数、および前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分の第3係数を決定する演算工程と、
前記第1係数、前記第2係数、および前記第3係数に基づいて、前記補正磁場を制御する補正磁場制御工程と、
を有し、
前記補正磁場は、下記式(1)、(2)、(3)で表され、
前記演算工程において、
前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分として、B
1(1)e、およびB
1(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分として、B
Z(2)、B
2(2)e、B
2(2)O、B
2(1)e、およびB
2(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分として、B
3(1)e、B
3(1)O、B
3(2)e、B
3(2)O、B
3(3)e、およびB
3(3)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用いる。
【0043】
【数7】
【0044】
このような磁場補正方法によれば、静磁場に対してπ/2傾いた軸まわりで回転する試料に印加される静磁場を、効率よく補正することができる。
【0045】
(8)本発明に係る核磁気共鳴装置は、
静磁場に対して第1角度傾いた軸まわりで、試料を回転させて、核磁気共鳴信号の検出を行う核磁気共鳴装置であって、
前記静磁場を発生させる静磁場発生部と、
前記静磁場を補正するための補正磁場を発生させる補正磁場発生部と、
前記補正磁場発生部を制御する制御部と、
前記試料から発生する前記核磁気共鳴信号を検出するプローブと、
を含み、
前記制御部は、
前記軸方向の前記静磁場の分布を取得する磁場分布取得部と、
前記軸方向の前記静磁場の分布に基づいて、前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分の第1係数、前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分の第2係数、および前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分の第3係数を決定する演算部と、
前記第1係数、前記第2係数、および前記第3係数に基づいて、前記補正磁場発生部を制御する補正磁場発生部制御部と、
を有し、
前記第1角度は、5cos
2β−3=0(ただしβは前記第1角度である)の関係を満たし、
前記補正磁場は、下記式(1)、(2)、(3)で表され、
前記演算部は、
前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分として、B
Z(1)、B
1(1)e、およびB
1(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分として、B
Z(2)、B
2(2)e、B
2(2)O、B
2(1)e、およびB
2(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分として、B
3(1)e、B
3(1)O、B
3(2)e、B
3(2)O、B
3(3)e、およびB
3(3)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用いる。
【0046】
【数7】
【0047】
このような核磁気共鳴装置によれば、静磁場に対して第1角度傾いた軸まわりで回転する試料に印加される静磁場を、効率よく補正することができる。
【0048】
(9)本発明に係る磁場補正方法は、
静磁場に対して第1角度傾いた軸まわりで、試料を回転させて、核磁気共鳴信号を検出する核磁気共鳴測定において、補正磁場を発生させることによって、前記軸方向の前記静磁場を補正する静磁場補正方法であって、
前記軸方向の前記静磁場の分布を取得する磁場分布取得工程と、
前記磁場分布取得工程で取得された前記軸方向の前記静磁場の分布に基づいて、前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分の第1係数、前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分の第2係数、および前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分の第3係数を決定する演算工程と、
前記第1係数、前記第2係数、および前記第3係数に基づいて、前記補正磁場を制御する補正磁場制御工程と、
を有し、
前記第1角度は、5cos
2β−3=0(ただしβは前記第1角度である)の関係を満たし、
前記補正磁場は、下記式(1)、(2)、(3)で表され、
前記演算工程において、
前記補正磁場の前記軸方向の1次の磁場成分として、B
Z(1)、B
1(1)e、およびB
1(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の2次の磁場成分として、B
Z(2)、B
2(2)e、B
2(2)O、B
2(1)e、およびB
2(1)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用い、
前記補正磁場の前記軸方向の3次の磁場成分として、B
3(1)e、B
3(1)O、B
3(2)e、B
3(2)O、B
3(3)e、およびB
3(3)Oのうちの少なくとも1つ、または、少なくとも2つの線形和を用いる。
【0049】
【数7】
【0050】
このような核磁気共鳴装置によれば、静磁場に対して第1角度傾いた軸まわりで回転する試料に印加される静磁場を、効率よく補正することができる。