【実施例】
【0026】
実施例1
水10mLに10mgのケイ酸タングステン(ポリ酸)(Alfa Aesar Tungstosilicicacid hydrate (H
4SiO
4・12WO
3・xH
2O), Reagent Grade)を溶解し(ケイ酸タングステン濃度:2.99×10
-4 mol/l)、10mgのセルロース(Nacalai Tesque (code 07748-75))を分散させた。この分散溶液を家庭用の電子レンジで3〜20分間マイクロ波照射(2450 MHz, 500W)した。
【0027】
比較のために、ポリ酸が添加されていない以外は同様の条件でセルロース分散液を調製し、マイクロ波照射した。
【0028】
図1(a)は、セルロースを水に分散させた状態を示す。
図1(b)はポリ酸共存下でマイクロ波を照射した後の状態写真を示す。マイクロ波照射後は水の蒸発とともに黒色粉末が残存していることが観察された。
【0029】
X線回折による評価
(a)セルロース、(b)ポリ酸不存在条件で20分間マイクロ波照射したセルロース、(c)ポリ酸共存下で20分間マイクロ波照射したセルロース、(d)ポリ酸共存下で20分間マイクロ波照射したセルロースを水で洗浄したもの、それぞれについてX線回折図を得た。結果を
図2に示す。
【0030】
セルロース結晶に由来するピーク (
図2(a)) は、マイクロ波照射だけではほとんど変化しない (
図2(b)) が、ポリ酸を共存させると
図2(c)のようにセルロース結晶に由来するピークが大幅に低下し、結晶性が低下することが分かる。また、セルロースの結晶性の低下とともに、d=10〜12Åに新たなピークが出現しているのが観察される。このピークは、残存ポリ酸およびセルロース誘導体に起因する。ただし、これらは可溶性であり、水で洗浄すると
図2(d)のようにピークが消滅する。また、
図2(d)のようにセルロース結晶に由来するピークが再度見られることから、共存させるポリ酸の量が少ない場合、すなわちポリ酸濃度が低い場合にはセルロースは完全に分解されているわけではなく少量は残存していると考えられる。
【0031】
赤外吸収スペクトルによる評価
更に、(a)セルロース、(b)ポリ酸不存在条件で20分間マイクロ波照射したセルロース、(c)ポリ酸共存下で20分間マイクロ波照射したセルロース、(d)ポリ酸、それぞれについて赤外吸収(IR)スペクトルを得た。結果を
図3に示す。
【0032】
マイクロ波を照射しただけでは、アルコール性水酸基(-OH基)に関与する3000〜3600 cm
-1のピークが少しだけシャープになる以外に赤外吸収特性にほとんど変化がない (
図3(b))。一方、ポリ酸を共存させてマイクロ波照射を行うと、3000〜3600 cm
-1のピークに大きな変化が現れ、セルロース結晶のもとになっている水素結合に大きな変化が起こっていることがわかる(
図3(c))。また、セルロース分子間の水素結合に関与するC-H伸縮振動由来の2902 cm
-1のピーク強度、C-O-Cグリコシド結合に由来するとされている1163 cm
-1とグルコース環に関与するとされている1112 cm
-1も低下していることが観察された。IRデータからもセルロース結晶に大きな変化が生じていることが確認された。
【0033】
セルロース分解による糖の生成
ポリ酸共存下でマイクロ波照射したセルロース分散溶液中の糖濃度を経時的に分析した。糖濃度(水溶性糖と還元糖)の測定は、一般的な測定法であるフェノール硫酸法とソモギネルソン法によって行った。
【0034】
結果を
図4に示す。マイクロ波照射によりセルロースが分解し、糖が生成することが確認された。セルロースの水溶性糖への転化率は、10分間マイクロ波照射を行った時点で最大となり、約20%であった。
図4に示されるとおり、全糖量に対して還元糖の量が少ない(例えば、10分間マイクロ波照射を行った時点で、水溶性糖の10%程度が還元糖であり、90%程度が還元性を有していない糖であった)。これは、後述するとおり、セルロース誘導体である生成糖の還元末端が固定化されているレボグルコサンなどが多く含まれるためである。
【0035】
更に、セルロース分散溶液に10分間マイクロ波照射を行って得られた生成物をガスクロマトグラフィー分析に供した。測定用サンプルは、マイクロ波照射後の黒色粉末に10mLの水を加え、そこから3μlの上澄み液を取り出して用いた。DB-WAXキャピラリーカラムでヘリウムをキャリアーガスに用い、カラム温度は60℃〜245℃までは、10℃/minで昇温し、その後245℃で一定に保った。インジェクターおよびディテクターの温度は300℃とした。
【0036】
結果を
図5に示す。主生成物は、フルフラールとレボグルコサンであることが確認された。これらはどちらも化学製品の製造原料や各種薬品に用いることができる有用な物質である。
【0037】
実施例2
水90mLに200mgのケイ酸タングステン(ポリ酸)(Alfa Aesar Tungstosilicicacid hydrate (H
4SiO
4・12WO
3・xH
2O), Reagent Grade)を溶解し、100mgのセルロース(Nacalai Tesque (code 07748-75))を分散させた。この分散溶液を家庭用の電子レンジで10分間マイクロ波照射(2450 MHz, 500 W)して黒色粉体を得た。
【0038】
X線回折による評価からセルロース結晶に由来するピークの強度が大幅に低下し、6%の転化率でセルロースが糖に転化された。また、この糖には10%程度の還元糖と還元性を持っていない糖が90%含まれていた。主生成物は、フルフラールとレボグルコサンであった。
【0039】
実施例3
ビーカーに10
-2 mol/l、10
-3 mol/lおよび2.99×10
-4 mol/l のケイ酸タングステン水溶液10 mlをそれぞれ調製し、それぞれに10mgのセルロースを分散させた。得られた混合物を市販の電子レンジに設置し、マイクロ波を照射した。ケイ酸タングステン濃度以外の条件、使用装置等は実施例1と同じである。2.99×10
-4mol/l のケイ酸タングステン水溶液を用いた処理は、実施例1での処理に相当する。
【0040】
照射後の試料をろ過して残留物を取り除いた後、フェノール硫酸法により各照射時間の試料中の水溶性糖の濃度を求めた。反応開始時の系中にセルロースは1000mg/l存在する。このため、照射処理後の試料中の水溶性糖濃度が Y mg/lである場合、セルロースから水溶性糖への転化率は 100 x Y/1000 (%)の算式から算出することができる。
【0041】
結果を
図6に示す。実施例1に相当する、2.99×10
-4mol/l のケイ酸タングステン水溶液を用いた条件ではセルロースの水溶性糖への転化率が最大でも約20%であったが、10
-2 mol/lのケイ酸タングステン水溶液を用い、3分間照射した場合、セルロースの水溶性糖への転化率が約94%に高まることを見出した。すなわち、ケイ酸タングステンの濃度を調節することにより、セルロースの水溶性糖への転化率を90%以上にまで高められることが確認された。
【0042】
実施例4
10
-2 mol/lのケイ酸タングステン(Alfa Aesar Tungstosilicicacid hydrate (H
4SiO
4・12WO
3・xH
2O), Reagent Grade)水溶液100 mlに100 mgのセルロース(Nacalai Tesque (code 07748-75))を分散させ、市販の電子レンジに設置し、11.5分間マイクロ波(2450 MHz, 500W)を照射した。得られた生成物(残渣)に100 mLになるように精製水を加えて残渣を溶解させた。得られた試料を、高速液体クロマトグラフ(HPLC)分析に供した。
【0043】
高速液体クロマトグラフ分析には、島津製作所製Prominenceを用い、カラムにナカライテスク製COSMOSIL Sugar-Dを用いた。移動相はアセトニトリル:水=75:25の混合溶液、流速は1.0 mL/min、温度30℃検出器にはRI(示差屈折率)検出器を用いた。
【0044】
比較のために、フルクトースとグルコースの混合水溶液を標準試料として同様のHPLC分析を行った。
結果を
図7に示す。上記条件によるセルロースのマイクロ波照射処理により、グルコースが分解物として選択的に生じることが確認された。