【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金のうち、第1の本発明は、質量%で、C:0.005%〜0.10%、Si:0.01%〜0.10%、P:0.015%以下、S:0.003%以下、Ni:23.0%〜27.0%、Cr:12.0%〜16.0%、Mo:0.01%以下、Nb:0.01%以下、W:2.5%〜6.0%、Al:1.5%〜2.5%、Ti:1.5%〜2.5%を含有し、残部がFeおよびその他の不可避的不純物からなる組成を有
し、金属組織中にη相を含まず、γ’相を体積率で15%以上含むことを特徴とする。
【0009】
第2の本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金は、前記第1の本発明において、質量%で、P:0.003%〜0.015%を含有することを特徴とする。
【0010】
第3の本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金は、前記第1または第2の本発明において、前記組成に、さらに、質量%で、B:0.0020%〜0.0050%、Zr:0.02%〜0.05%の1種または2種を含有することを特徴とする。
【0012】
第
4の本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金は、前記第
1〜第
3の本発明のいずれかにおいて、625℃における引張試験において、
450℃、25MPaの水素雰囲気下で72時間保持して水素をチャージした水素チャージ材と、水素チャージを行っていないAs材について、耐水素脆化指数(引張試験における絞り比:水素チャージ材/As材)が0.4以上であることを特徴とする。
【0013】
第
5の本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金の製造方法は、前記第1〜第3の本発明のいずれかの組成を有する合金を950℃以上で溶体化処理した後、700〜800℃の範囲で1段目の時効熱処理を施し、その後、700〜800℃の範囲で前記1段目の時効熱処理の温度より低い温度で2段目の時効熱処理を施
して、金属組織中にη相を含まず、γ’相を体積率で15%以上含むFe−Ni基合金を得ることを特徴とする。
【0014】
次に、本願発明で規定する内容について、その限定理由とともに以下に説明する。なお、組成における成分含有量はいずれも質量%を示すものである。
【0015】
合金組成
C:0.005%〜0.10%
Cは炭化物を形成して合金の結晶粒粗大化を抑制し、粒界に析出して高温強度を向上させる添加元素であるが、含有量が少ないと強度の向上に十分な効果がないため少なくとも0.005%以上の含有が必要である。しかし含有量が多すぎると過剰の炭化物形成によりγ’相等の他の有効な析出相の析出量を低下させたり、水素脆化感受性に悪影響を及ぼしたりする懸念があるため上限を0.10%とする。なお、同様の理由により、下限を0.01%、上限を0.08%とするのが望ましい。
【0016】
Si:0.01%〜0.10%
Siは脱酸等に有効な成分であり、その効果を得るためには少なくとも0.01%以上の含有が必要である。しかしながらマクロ偏析性を助長し、延靱性や水素脆化感受性に対して有害な析出相の構成元素となるため、含有量の上限を0.10%とする。なお、同様の理由により、下限を0.01%、上限を0.08%とするのが望ましい。
【0017】
P:0.015%以下
Pは過剰に含有するとPの粒界偏析が過多となり粒界の整合性を低下させ、水素脆化感受性低減効果を喪失する可能性がある。従って、Pの含有量は0.015%以下に制限する。
また、Pは、不可避的に含有する場合の他、以下の理由により意図的に含有させることができる。すなわち、Pは適量を含有していれば、粒界の整合性を増大させることにより粒界における水素の過剰集積を抑え、水素脆化感受性を低下させる効果があると考えられる。この効果を得るには0.003%以上の含有が必要である。したがって、Pは、0.003〜0.015%の範囲で含有するのが望ましい。
【0018】
S:0.003%以下
Sは含有量は工業的に実現可能な0.003%を上限とした。
【0019】
Ni:23.0%〜27.0%
Niはオーステナイト安定化元素であるとともにγ’相を析出させるために必要となる元素であるが、過剰に含有するとニッケル水素化物が生成するおそれがあるので、含有量の下限を23.0%、上限を27.0%とする。
【0020】
Cr:12.0%〜16.0%
Crは耐食性や耐酸化性の向上に有効であり、炭化物を形成して高温強度向上にも寄与するが、過剰に含有した場合はα‐Crの析出による延靱性低下を引き起こすため、含有量の下限を12.0%、上限を16.0%とする。なお、同様の理由により、下限を13.0%、上限を15.0%とするのが望ましい。
【0021】
Mo:0.01%以下
Moは、固溶強化元素として強度の向上に有効であるとともに、合金元素の拡散を抑制して組織安定性を向上させる元素であるが、一方で有害析出相の構成元素であり、マクロ偏析性も悪化させるため大型鋳塊の製造性を大きく低下させる。したがって、本願発明では、その含有量を0.01%以下に制限する。
【0022】
Nb:0.01%以下
Nbは析出強化により強度向上に効果のある元素であるが、一方で有害析出相の構成元素であり、マクロ偏析性も悪化させるため大型鋳塊の製造性を大きく低下させる。したがって、本願発明では、その含有量を0.01%以下に制限する。
【0023】
上記したS、Mo、Nbは、本願発明では、不可避不純物に位置づけられるものであり、含有が必須とされるものではない。
【0024】
W:2.5%〜6.0%
WはMoと同様な効果を持つ元素であり、固溶強化とともに組織安定性を向上させるが、マクロ偏析性の悪化や有害析出相生成などへの影響はMoより小さい。組織安定性に効果的な含有量として2.5%を下限値とする。一方で過剰に添加してしまうとα‐W相やLaves相の析出による組織安定性の低下や熱間加工性の悪化を引き起こす可能性があるため、上限を6.0%とする。なお、同様の理由により、下限を3.0%、上限を5.5%とするのが望ましい。
【0025】
Al:1.5%〜2.5%
Alは本合金系においてNi、Tiと結合してγ’相を析出し高温強度を向上させる。γ’相により高強度化するためにはγ’相体積率を高める必要があるため、Alは1.5%以上の含有が必要である。しかし過剰に含有するとγ’相の粒界への粗大凝集化や熱間加工性の悪化が懸念されるため含有量の上限を2.5%とする。なお、同様の理由により、下限を1.7%、上限を2.3%とするのが望ましい。
【0026】
Ti:1.5%〜2.5%
TiはAlと同様にγ’相を構成する元素であり強度向上に有効な元素である。高温強度を向上させるためにはγ’相体積率を高める必要があり、そのためAlとのバランスを考慮してTi含有量は1.5%以上とする。しかし、過剰な含有は炭化物の粗大凝集化を引き起こし、延靱性を低下させることや水素脆化感受性にも悪影響であることから、その上限を2.5%とする。なお、同様の理由により、下限を1.7%、上限を2.3%とするのが望ましい。
【0027】
B:0.0020%〜0.0050%、Zr:0.02%〜0.05%
Bは主に結晶粒界に偏析することにより高温強度向上に有効であり、所望により含有することができる。ただし、過剰に含有すると硼化物を形成し粒界を脆化させるため、所望により含有させる場合、含有量の下限を0.0025%、上限を0.0035%とする。なお、同様の理由により、下限を0.0025%、上限を0.0045%とするのが望ましい。
Zrは主に結晶粒界に偏析することにより高温強度向上に有効であり、所望により含有することができる。ただし、過剰に含有すると熱間加工性を低下させるため、所望により含有させる場合、含有量の下限を0.025%、上限を0.045%とする。
【0028】
金属組織
η 相:含まず
γ’相:体積率15%以上
Fe−Ni基合金においてη相が析出した場合、延靱性および高温特性の低下や水素脆化感受性を悪化させる。Fe−Ni基合金におけるη相は準安定である粒内γ’相が高温保持により拡散して析出するものであり、η相の析出を抑制するためには拡散を抑制する効果があるMoの添加が有効である。しかし、MoはLaves相(Fe
2(Ti,Mo))やX相(Mo
5Cr
6Fe
18)などの有害な析出相を形成する元素であるため、長時間の組織安定性向上のためにはMoは含まないほうが望ましい。本合金ではMoを質量%で0.01%以下に規制して有害な析出相の析出を防止し、Moと同様の効果を有するWを質量%で2.5〜6.0%含有することによりη相の析出を抑制している。これにより組織中にη相を含まないものとし、高温長時間使用においてη相の析出を回避するか、析出開始時を長時間側に移行させることができる。
【0029】
また、高温強度を向上させるためには微細析出相による析出強化が有効であるが、前述したη相の他にもσ相やLaves相など特定の析出相は、η相に比べれば影響は小さいものの水素脆化感受性を増加させるので、これらの相を含まないのが望ましい。したがって本合金では水素脆化感受性への影響が小さく、高温強度向上にも有効なγ’相のみで析出強化している。γ’相のみで高強度を得るためにはγ’相の体積率を高める必要があり、調査の結果γ’相体積率が15%以上であれば従来のA286鋼よりも優れた高温強度が得られる。
体積率が15%未満であると析出強度が不十分であり、A286と同程度の強度しか得られない。
なお、上述の通り、γ’相は高温長時間保持でη相に変化し、さらに応力負荷状態では変化が促進することが知られている。η相が析出すると水素脆化感受性が大きく増加するため、高温高圧環境および高圧水素環境で安全に使用するためには、高温で長時間保持された場合でもこれらの組織的特長は維持されている必要がある。
【0030】
耐水素脆化指数(625℃引張試験における絞り比:水素チャージ材/As材)
:0.4以上
高温高圧水素環境で使用する場合、使用中に合金へ水素が固溶すると推測される。そのような使用状況における耐水素脆化特性を示すため、耐水素脆化指数を規定する。
該指数が0.4以上であれば、水素脆化に対して良好な耐性を有すると判断される。指数が0.4未満であれば水素チャージによる絞りの低下量が大きいことから、水素脆化に対する耐性が不十分であると判断される。
なお、耐水素脆化指数の測定に際しては、高温高圧オートクレーブを用い水素環境下で材料を高温高圧に保持することにより合金に水素を強制的にチャージする(以後、水素チャージという)。水素チャージ材および受け入れまま材を625℃における引張試験を行うことにより高温での耐水素脆化指数を求めることができる。
水素チャージは、450℃、25MPa、72時間の条件で行う。水素チャージにより、質量比で約60ppmの水素が添加される。
【0031】
溶体化処理:950℃以上
溶体化温度は再結晶組織が得られる950℃以上とする。溶体化温度の上限は特に定めないが、著しく粒成長する温度以下(例えば1100℃以下)で実施する。
【0032】
時効熱処理条件
1段目:700〜800℃
2段目:700〜800℃(但し、1段目より低い温度)
溶体化処理後、1段目の時効熱処理の後、2段目は1段目よりも低い温度で時効することにより、1段目で析出したγ’相を粗大化させることなくγ’相の析出量を増加させることができる。時効効果挙動を調査した結果、最適な時効温度は700〜800℃の間であり、1段目、2段目ともに700〜800℃の間で時効することにより最も高強度が得られる。なお、2段目は、1段目よりも低い温度で時効熱処理を行う。
1段目、2段目の温度を700℃未満とすると、硬さのピークが長時間側にあり、実用的な時間範囲では十分な硬さが得られない。1段目、2段目の温度を800℃超とすると、過時効となるため硬さが低下する。
なお、時効熱処理は、溶体化処理後、合金を冷却し、その後、加熱することによってもよく、また、溶体化処理後の冷却途中で温度保持して時効熱処理を行ってもよい。