特許第5769204号(P5769204)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5769204高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5769204
(24)【登録日】2015年7月3日
(45)【発行日】2015年8月26日
(54)【発明の名称】高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20150806BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20150806BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20150806BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20150806BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20150806BHJP
   C21D 6/02 20060101ALI20150806BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C30/00
   C22C38/50
   C22C38/54
   C21D6/00 101L
   C21D6/02
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-288610(P2012-288610)
(22)【出願日】2012年12月28日
(65)【公開番号】特開2014-129576(P2014-129576A)
(43)【公開日】2014年7月10日
【審査請求日】2013年9月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004215
【氏名又は名称】株式会社日本製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100091926
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 幸喜
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 慎也
(72)【発明者】
【氏名】茅野 林造
(72)【発明者】
【氏名】高橋 達也
(72)【発明者】
【氏名】高澤 孝一
【審査官】 静野 朋季
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−046353(JP,A)
【文献】 特開平11−107720(JP,A)
【文献】 特開2000−204449(JP,A)
【文献】 特開2005−002451(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.005%〜0.10%、Si:0.01%〜0.10%、P:0.015%以下、S:0.003%以下、Ni:23.0%〜27.0%、Cr:12.0%〜16.0%、Mo:0.01%以下、Nb:0.01%以下、W:2.5%〜6.0%、Al:1.5%〜2.5%、Ti:1.5%〜2.5%を含有し、残部がFeおよびその他の不可避的不純物からなる組成を有し、金属組織中にη相を含まず、γ’相を体積率で15%以上含むことを特徴とする高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金。
【請求項2】
質量%で、P:0.003%〜0.015%を含有することを特徴とする請求項1記載の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金。
【請求項3】
前記組成に、さらに、質量%で、B:0.0020%〜0.0050%、Zr:0.02%〜0.05%の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金。
【請求項4】
625℃における引張試験において、450℃、25MPaの水素雰囲気下で72時間保持して水素をチャージした水素チャージ材と、水素チャージを行っていないAs材について、耐水素脆化指数(引張試験における絞り比:水素チャージ材/As材)が0.4以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載された組成を有する合金を950℃以上で溶体化処理した後、700〜800℃の範囲で1段目の時効熱処理を施し、その後、700〜800℃の範囲で前記1段目の時効熱処理の温度より低い温度で2段目の時効熱処理を施して、金属組織中にη相を含まず、γ’相を体積率で15%以上含むFe−Ni基合金を得ることを特徴とする高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高温高圧環境や高圧水素環境またはその両方が重畳した環境において使用可能なFe−Ni基合金とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば600℃以上のような高温高圧環境下で使用可能な構造材料として、優れた高温強度を有するNi基合金やFe−Ni基合金が挙げられる。Ni基合金は優れた高温引張強度およびクリープ特性を有しており、700℃以上の高温でも使用可能な合金が開発され、発電プラントやジェットエンジン部材などに使用されている。しかしながら、Ni基合金は鋳塊製造時にマクロ的な成分偏析が生じやすいため無偏析の大型鋳塊を製造することが難しいとされている。比較的大型鋳塊の製造が容易な耐熱合金としては、例えば、インコネル(商標、以下同じ)Alloy718、インコネルAlloy706、A286などが挙げられる。これらの合金は比較的大型鋳塊の製造性に優れており、10トン程度の鋳塊からガスタービンディスクや発電用ロータ軸材が製造されている。
【0003】
さらに、高圧水素環境下で使用する場合、圧力容器の構造材料として水素脆化感受性の低い材料を使用する必要がある。水素脆化すると強度および延性が著しく低下するため安全性低下が大きな問題となる。一般的に強度が高い材料ほど水素脆化感受性も高くなるが、特に有害な析出相が存在すると水素脆化感受性が大きく増加することが知られている。耐水素脆性と高強度を両立する合金として、例えば特許文献1、2で提案されているものがある。特許文献1では、JIS SUH660鋼(以下、A286合金)に冷間加工を施すことにより、水素脆化感受性を増加させずに高強度化することが可能になるとされている。また特許文献2では、FeNi基合金においてNbCの面積率上限値を規定することにより、水素脆化感受性を低減できると報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−68919号公報
【特許文献2】特開2008−144237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、Ni基合金は鋳塊製造時にマクロ的な成分偏析が生じやすいため無偏析の大型鋳塊を製造することが難しく、合金組成により製造可能な鋳塊サイズが制限される。従って、比較的大型の構造部材への適用は現在の製鋼技術では困難である。
Fe−Ni基合金は、Ni基合金よりも短時間の高温特性は劣るものの、大型鋳塊の製造性が優れているため高温で使用する大型構造部材に適用できる可能性がある。一方で水素脆化感受性については合金により特性が異なり、主な合金については、例えば、インコネルAlloy718は高温強度に優れるが粒界にδ相が析出するため水素脆化感受性が高く、インコネルAlloy706はNb含有量が高く長時間時効すると水素脆化感受性に有害な析出相が析出するため、高温で長時間加熱されるような構造材料として用いるのは適切ではない。A286は水素脆化感受性に有害な析出相を含まないため、水素脆化感受性の低い材料であることが知られている。しかし、高温強度で前述の合金に劣るので、構造部材として使用した場合は重量増加およびコスト増加に繋がるという課題がある。
【0006】
また、特許文献1にて提案されているような冷間加工による高強度化は、高温環境で使用する場合にはその効果が消失すると考えられることから、比較的低温での使用に限定されてしまう。特許文献2にて提案されている方法は、水素濃度が25ppmを越える場合および高温で使用する場合の効果が明らかではない。
【0007】
この発明は上記のような従来のものの課題を解決するためになされたもので、高温高圧環境や高圧水素環境またはその両方が重畳した環境において使用する大型圧力容器などの構造部材として使用可能な高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金およびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金のうち、第1の本発明は、質量%で、C:0.005%〜0.10%、Si:0.01%〜0.10%、P:0.015%以下、S:0.003%以下、Ni:23.0%〜27.0%、Cr:12.0%〜16.0%、Mo:0.01%以下、Nb:0.01%以下、W:2.5%〜6.0%、Al:1.5%〜2.5%、Ti:1.5%〜2.5%を含有し、残部がFeおよびその他の不可避的不純物からなる組成を有し、金属組織中にη相を含まず、γ’相を体積率で15%以上含むことを特徴とする。
【0009】
第2の本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金は、前記第1の本発明において、質量%で、P:0.003%〜0.015%を含有することを特徴とする。
【0010】
第3の本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金は、前記第1または第2の本発明において、前記組成に、さらに、質量%で、B:0.0020%〜0.0050%、Zr:0.02%〜0.05%の1種または2種を含有することを特徴とする。
【0012】
の本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金は、前記第
1〜第の本発明のいずれかにおいて、625℃における引張試験において、450℃、25MPaの水素雰囲気下で72時間保持して水素をチャージした水素チャージ材と、水素チャージを行っていないAs材について、耐水素脆化指数(引張試験における絞り比:水素チャージ材/As材)が0.4以上であることを特徴とする。
【0013】
の本発明の高温特性および耐水素脆化特性に優れたFe−Ni基合金の製造方法は、前記第1〜第3の本発明のいずれかの組成を有する合金を950℃以上で溶体化処理した後、700〜800℃の範囲で1段目の時効熱処理を施し、その後、700〜800℃の範囲で前記1段目の時効熱処理の温度より低い温度で2段目の時効熱処理を施して、金属組織中にη相を含まず、γ’相を体積率で15%以上含むFe−Ni基合金を得ることを特徴とする。
【0014】
次に、本願発明で規定する内容について、その限定理由とともに以下に説明する。なお、組成における成分含有量はいずれも質量%を示すものである。
【0015】
合金組成
C:0.005%〜0.10%
Cは炭化物を形成して合金の結晶粒粗大化を抑制し、粒界に析出して高温強度を向上させる添加元素であるが、含有量が少ないと強度の向上に十分な効果がないため少なくとも0.005%以上の含有が必要である。しかし含有量が多すぎると過剰の炭化物形成によりγ’相等の他の有効な析出相の析出量を低下させたり、水素脆化感受性に悪影響を及ぼしたりする懸念があるため上限を0.10%とする。なお、同様の理由により、下限を0.01%、上限を0.08%とするのが望ましい。
【0016】
Si:0.01%〜0.10%
Siは脱酸等に有効な成分であり、その効果を得るためには少なくとも0.01%以上の含有が必要である。しかしながらマクロ偏析性を助長し、延靱性や水素脆化感受性に対して有害な析出相の構成元素となるため、含有量の上限を0.10%とする。なお、同様の理由により、下限を0.01%、上限を0.08%とするのが望ましい。
【0017】
P:0.015%以下
Pは過剰に含有するとPの粒界偏析が過多となり粒界の整合性を低下させ、水素脆化感受性低減効果を喪失する可能性がある。従って、Pの含有量は0.015%以下に制限する。
また、Pは、不可避的に含有する場合の他、以下の理由により意図的に含有させることができる。すなわち、Pは適量を含有していれば、粒界の整合性を増大させることにより粒界における水素の過剰集積を抑え、水素脆化感受性を低下させる効果があると考えられる。この効果を得るには0.003%以上の含有が必要である。したがって、Pは、0.003〜0.015%の範囲で含有するのが望ましい。
【0018】
S:0.003%以下
Sは含有量は工業的に実現可能な0.003%を上限とした。
【0019】
Ni:23.0%〜27.0%
Niはオーステナイト安定化元素であるとともにγ’相を析出させるために必要となる元素であるが、過剰に含有するとニッケル水素化物が生成するおそれがあるので、含有量の下限を23.0%、上限を27.0%とする。
【0020】
Cr:12.0%〜16.0%
Crは耐食性や耐酸化性の向上に有効であり、炭化物を形成して高温強度向上にも寄与するが、過剰に含有した場合はα‐Crの析出による延靱性低下を引き起こすため、含有量の下限を12.0%、上限を16.0%とする。なお、同様の理由により、下限を13.0%、上限を15.0%とするのが望ましい。
【0021】
Mo:0.01%以下
Moは、固溶強化元素として強度の向上に有効であるとともに、合金元素の拡散を抑制して組織安定性を向上させる元素であるが、一方で有害析出相の構成元素であり、マクロ偏析性も悪化させるため大型鋳塊の製造性を大きく低下させる。したがって、本願発明では、その含有量を0.01%以下に制限する。
【0022】
Nb:0.01%以下
Nbは析出強化により強度向上に効果のある元素であるが、一方で有害析出相の構成元素であり、マクロ偏析性も悪化させるため大型鋳塊の製造性を大きく低下させる。したがって、本願発明では、その含有量を0.01%以下に制限する。
【0023】
上記したS、Mo、Nbは、本願発明では、不可避不純物に位置づけられるものであり、含有が必須とされるものではない。
【0024】
W:2.5%〜6.0%
WはMoと同様な効果を持つ元素であり、固溶強化とともに組織安定性を向上させるが、マクロ偏析性の悪化や有害析出相生成などへの影響はMoより小さい。組織安定性に効果的な含有量として2.5%を下限値とする。一方で過剰に添加してしまうとα‐W相やLaves相の析出による組織安定性の低下や熱間加工性の悪化を引き起こす可能性があるため、上限を6.0%とする。なお、同様の理由により、下限を3.0%、上限を5.5%とするのが望ましい。
【0025】
Al:1.5%〜2.5%
Alは本合金系においてNi、Tiと結合してγ’相を析出し高温強度を向上させる。γ’相により高強度化するためにはγ’相体積率を高める必要があるため、Alは1.5%以上の含有が必要である。しかし過剰に含有するとγ’相の粒界への粗大凝集化や熱間加工性の悪化が懸念されるため含有量の上限を2.5%とする。なお、同様の理由により、下限を1.7%、上限を2.3%とするのが望ましい。
【0026】
Ti:1.5%〜2.5%
TiはAlと同様にγ’相を構成する元素であり強度向上に有効な元素である。高温強度を向上させるためにはγ’相体積率を高める必要があり、そのためAlとのバランスを考慮してTi含有量は1.5%以上とする。しかし、過剰な含有は炭化物の粗大凝集化を引き起こし、延靱性を低下させることや水素脆化感受性にも悪影響であることから、その上限を2.5%とする。なお、同様の理由により、下限を1.7%、上限を2.3%とするのが望ましい。
【0027】
B:0.0020%〜0.0050%、Zr:0.02%〜0.05%
Bは主に結晶粒界に偏析することにより高温強度向上に有効であり、所望により含有することができる。ただし、過剰に含有すると硼化物を形成し粒界を脆化させるため、所望により含有させる場合、含有量の下限を0.0025%、上限を0.0035%とする。なお、同様の理由により、下限を0.0025%、上限を0.0045%とするのが望ましい。
Zrは主に結晶粒界に偏析することにより高温強度向上に有効であり、所望により含有することができる。ただし、過剰に含有すると熱間加工性を低下させるため、所望により含有させる場合、含有量の下限を0.025%、上限を0.045%とする。
【0028】
金属組織
η 相:含まず
γ’相:体積率15%以上
Fe−Ni基合金においてη相が析出した場合、延靱性および高温特性の低下や水素脆化感受性を悪化させる。Fe−Ni基合金におけるη相は準安定である粒内γ’相が高温保持により拡散して析出するものであり、η相の析出を抑制するためには拡散を抑制する効果があるMoの添加が有効である。しかし、MoはLaves相(Fe(Ti,Mo))やX相(MoCrFe18)などの有害な析出相を形成する元素であるため、長時間の組織安定性向上のためにはMoは含まないほうが望ましい。本合金ではMoを質量%で0.01%以下に規制して有害な析出相の析出を防止し、Moと同様の効果を有するWを質量%で2.5〜6.0%含有することによりη相の析出を抑制している。これにより組織中にη相を含まないものとし、高温長時間使用においてη相の析出を回避するか、析出開始時を長時間側に移行させることができる。
【0029】
また、高温強度を向上させるためには微細析出相による析出強化が有効であるが、前述したη相の他にもσ相やLaves相など特定の析出相は、η相に比べれば影響は小さいものの水素脆化感受性を増加させるので、これらの相を含まないのが望ましい。したがって本合金では水素脆化感受性への影響が小さく、高温強度向上にも有効なγ’相のみで析出強化している。γ’相のみで高強度を得るためにはγ’相の体積率を高める必要があり、調査の結果γ’相体積率が15%以上であれば従来のA286鋼よりも優れた高温強度が得られる。
体積率が15%未満であると析出強度が不十分であり、A286と同程度の強度しか得られない。
なお、上述の通り、γ’相は高温長時間保持でη相に変化し、さらに応力負荷状態では変化が促進することが知られている。η相が析出すると水素脆化感受性が大きく増加するため、高温高圧環境および高圧水素環境で安全に使用するためには、高温で長時間保持された場合でもこれらの組織的特長は維持されている必要がある。
【0030】
耐水素脆化指数(625℃引張試験における絞り比:水素チャージ材/As材)
:0.4以上
高温高圧水素環境で使用する場合、使用中に合金へ水素が固溶すると推測される。そのような使用状況における耐水素脆化特性を示すため、耐水素脆化指数を規定する。
該指数が0.4以上であれば、水素脆化に対して良好な耐性を有すると判断される。指数が0.4未満であれば水素チャージによる絞りの低下量が大きいことから、水素脆化に対する耐性が不十分であると判断される。
なお、耐水素脆化指数の測定に際しては、高温高圧オートクレーブを用い水素環境下で材料を高温高圧に保持することにより合金に水素を強制的にチャージする(以後、水素チャージという)。水素チャージ材および受け入れまま材を625℃における引張試験を行うことにより高温での耐水素脆化指数を求めることができる。
水素チャージは、450℃、25MPa、72時間の条件で行う。水素チャージにより、質量比で約60ppmの水素が添加される。
【0031】
溶体化処理:950℃以上
溶体化温度は再結晶組織が得られる950℃以上とする。溶体化温度の上限は特に定めないが、著しく粒成長する温度以下(例えば1100℃以下)で実施する。
【0032】
時効熱処理条件
1段目:700〜800℃
2段目:700〜800℃(但し、1段目より低い温度)
溶体化処理後、1段目の時効熱処理の後、2段目は1段目よりも低い温度で時効することにより、1段目で析出したγ’相を粗大化させることなくγ’相の析出量を増加させることができる。時効効果挙動を調査した結果、最適な時効温度は700〜800℃の間であり、1段目、2段目ともに700〜800℃の間で時効することにより最も高強度が得られる。なお、2段目は、1段目よりも低い温度で時効熱処理を行う。
1段目、2段目の温度を700℃未満とすると、硬さのピークが長時間側にあり、実用的な時間範囲では十分な硬さが得られない。1段目、2段目の温度を800℃超とすると、過時効となるため硬さが低下する。
なお、時効熱処理は、溶体化処理後、合金を冷却し、その後、加熱することによってもよく、また、溶体化処理後の冷却途中で温度保持して時効熱処理を行ってもよい。
【発明の効果】
【0033】
以上のように、この発明によれば、優れた高温強度と耐水素脆性を有するFe−Ni基合金が製造可能となる。また、安価なFeを多く含むため、Ni基合金よりも原料費が低減でき、大型鋳塊の製造性が良好なFe−Ni基がベースであるため大型部材への適用が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】本発明の実施例における時効硬化曲線を示す図である。
図2】同じく、ミクロ組織を示す図面代用写真である。
図3】同じく、クリープ試験結果を示す図である。
図4】同じく、水素チャージ材の引張試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下に、本発明の一実施例実施形態を説明する。
本発明のFe−Ni基合金は、質量%で、C:0.005%〜0.10%、Si:0.01%〜0.10%、P:0.015%以下(好適には0.003〜0.015%)、S:0.003%以下、Ni:23.0%〜27.0%、Cr:12.0%〜16.0%、Mo:0.01%以下、Nb:0.01%以下、W:2.5%〜6.0%、Al:1.5%〜2.5%、Ti:1.5%〜2.5%を含有し、さらに、所望によりB:0.0020%〜0.0050%、Zr:0.02%〜0.05%の1種または2種を含有し、残部がFeおよびその他の不可避的不純物からなる組成に調製される。本発明のFe−Ni基合金は、常法により溶製することができ、本発明としては特に溶製の方法が限定されるものではない。上記組成においては、例えば10トンをこえるような大型鋳塊を、マクロ的な成分偏析の課題を生じさせることなく製造することができる。
【0036】
該Fe−Ni基合金は、所望により鍛造などの加工を行うことができ、また、溶体化処理および時効による熱処理を施すことができる。
溶体化処理は、例えば950℃〜1100℃で1〜20時間の条件で行うことができる。
また、時効処理は、少なくとも2段で行う処理が望ましく、それぞれ700〜800℃の温度内で、2段目の温度が1段目の温度よりも低くする。当該条件を採用することで、625℃における引張強度において900MPa以上の引張強度と、25%以上の絞りを確保することができる。
なお、前者の温度を650℃未満あるいは825℃超とすると、γ’相が十分成長できず上記の引張強度を確保することができない。
【0037】
上記で得られるFe−Ni基合金は、600℃以上の高温高圧環境下で使用される発電プラント材料やジェットエンジン材料などに好適に利用することができる。
【実施例1】
【0038】
以下に、本発明の実施例を説明する。
表1に示す組成(残部はFeおよびその他の不可避不純物)で実施例と比較例のFe−Ni基合金を溶製する。なお比較例1は、一般的なA286合金の組成とする。
表1の組成の供試材を真空溶解炉にて溶製し、1200℃で拡散熱処理後、熱間鍛造により厚さ35mmの鍛造板を作製した。
【0039】
【表1】
【0040】
熱処理条件について、最適な溶体化条件および時効条件を調査した。表2に熱処理条件と硬さの関係、図1に時効硬化曲線を示す。表中のHV10は、荷重10kgにおけるビッカース硬さを示す。
溶体化温度980℃で再結晶組織が得られており、時効後の硬さは1060℃溶体化処理材と同等の値であった。時効熱処理条件については、700℃から800℃の範囲で時効処理することにより、実用的な時間範囲で高い硬さが得られることがわかる。800℃超では過時効となるため硬さが低下し、700℃未満では硬さのピークが長時間側にあるため、実用的な時間範囲では十分な硬さが得られない。
【0041】
【表2】
【0042】
次に溶体化熱処理および時効熱処理後の組織観察を実施した。図2に実施例1と比較例2、3について、SEM観察によるミクロ組織を示す。いずれの合金においても硬さが最大となる熱処理条件で実施したものである。Wを含まない比較例2では粒界に多数のη相が認められる(矢印で示した部分)。またWを2.45質量%で含有する比較例3は比較例2よりも析出量は少ないが粒界にη相が認められる。実施例1では粒界にη相の析出は認められなかったことから、η相の析出を抑制するためにはWを2.5質量%以上含有する必要があると判断される。
【0043】
表3に、供試材を650℃で保持した場合の析出相を示す。長時間組織安定性を評価するための試験は膨大な時間を要するため、長時間高温保持した際のγ’相体積率および析出相は平衡状態を予測できる熱力学計算プログラム(Thermo-Calc Sotware AB社、Thermo-Calc version S)により求めた。実施例1はγ’相の体積率が15%以上で、長時間高温保持によって平衡状態に至ってもη相も含まないと推測されることから、材料特性の変化は小さいと予想される。一方で、比較例1および比較例3はη相が析出すると推測され、比較例4はLaves相が析出すると推測されることから、いずれも材料特性が劣化すると予想される。なお、実施例1も含めて上記プログラムによる予測結果では、少量のσ相(体積率5%未満)の析出が予測されるが、実施例1では、η相の析出がなく、長時間高温保持においても良好な材料特性が維持される。
【0044】
【表3】
【0045】
表4に高温引張試験結果を示す。高温環境で使用する場合を想定し試験温度は625℃とした。なお、熱処理条件はそれぞれの合金の硬さが最大となる条件で実施したものである。実施例1〜4は625℃引張試験において、比較例よりも高強度が得られており、伸び絞りも実用上問題の無い値が得られている。特にA286と同等材である比較例1と比べると、実施例は大きく強度が向上している。
【0046】
【表4】
【0047】
図3にクリープラプチャ試験結果を示す。図2に示したように、η相が析出していた比較例2および比較例3は実施例1と比較して短時間で破断しており、η相の析出による高温特性の低下が認められた。特に比較例3は625℃引張強度が実施例と同等であるにもかかわらず、クリープ破断時間は実施例1よりも2000時間以上短くなっており、η相が析出するとクリープ特性を大きく劣化させてしまうことがこの結果より明らかである。比較例1はη相の析出は認められなかったが、実施例1よりもクリープ強度が低く、例えば圧力容器として使用する場合は肉厚の増加に繋がってしまう。
【0048】
次に水素チャージ材の引張試験を実施した。水素チャージは高温高圧オートクレーブを用いて実施し、450℃、25MPaの水素ガス雰囲気下で72時間保持した。水素チャージ後に試験片の水素濃度を測定し、約60ppm水素が添加されていることを確認した。
【0049】
引張試験は大気中で実施し、試験温度625℃、ひずみ速度2×10−5相当で実施した。図4に水素チャージ材および受け入れまま材の625℃引張試験により求めた耐水素脆化指数を示す。実施例1は比較例と比べて耐水素脆化指数が大きいことが確認された。特に、実施例1は、A286と同等材である比較例1と比べて耐水素脆性が大きく向上していることが確認された。実施例1はη相の析出を抑制していることに加えて、粒内に微細分散しているγ’相が水素のトラップサイトとして作用するために、水素による脆化の程度を軽減させることができる。
図1
図3
図4
図2