特許第5770213号(P5770213)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ アステリアス バイオセラピューティクス インコーポレイテッドの特許一覧

<>
  • 特許5770213-ヒト胚性幹細胞の懸濁培養法 図000005
  • 特許5770213-ヒト胚性幹細胞の懸濁培養法 図000006
  • 特許5770213-ヒト胚性幹細胞の懸濁培養法 図000007
  • 特許5770213-ヒト胚性幹細胞の懸濁培養法 図000008
  • 特許5770213-ヒト胚性幹細胞の懸濁培養法 図000009
  • 特許5770213-ヒト胚性幹細胞の懸濁培養法 図000010
  • 特許5770213-ヒト胚性幹細胞の懸濁培養法 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5770213
(24)【登録日】2015年7月3日
(45)【発行日】2015年8月26日
(54)【発明の名称】ヒト胚性幹細胞の懸濁培養法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0735 20100101AFI20150806BHJP
【FI】
   C12N5/00 202C
【請求項の数】5
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-35335(P2013-35335)
(22)【出願日】2013年2月26日
(62)【分割の表示】特願2008-518312(P2008-518312)の分割
【原出願日】2006年6月20日
(65)【公開番号】特開2013-150613(P2013-150613A)
(43)【公開日】2013年8月8日
【審査請求日】2013年3月25日
(31)【優先権主張番号】60/693,266
(32)【優先日】2005年6月22日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】514000015
【氏名又は名称】アステリアス バイオセラピューティクス インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100149294
【弁理士】
【氏名又は名称】内田 直人
(72)【発明者】
【氏名】マンダラム ランクマー
(72)【発明者】
【氏名】リ ヤン
(72)【発明者】
【氏名】ナドゥ−ディメル イザベル
【審査官】 鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】 特表2005−501554(JP,A)
【文献】 国際公開第2003/038070(WO,A1)
【文献】 国際公開第2004/055155(WO,A1)
【文献】 Stem Cells, 2005.03, Vol.23, p.315-323
【文献】 Nat. Biotechnol., 2001, Vol.19, No.12, p.1129-1133
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00−5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
未分化のヒト胚性幹(hES)細胞培養物であって、
a)該細胞を栄養培地に懸濁し;
b)培養している間、該細胞を懸濁状態に保ち;
c)培地を定期的に交換し;
d)必要に応じて培養液を時々分割し、細胞密度を減少させる工程を含む方法によって製造され、前記hES細胞が、懸濁培養後に未分化の状態に維持されている培養物
【請求項2】
細胞が少なくとも40ng/mLの濃度の繊維芽細胞成長因子を含有する培地で培養される、請求項1に記載の培養物。
【請求項3】
培地がトランスフォーミング成長因子ベータ(TGFβ)、幹細胞因子(SCF)、またはFlt3リガンド(Flt3L)も含有する、請求項2に記載の培養物。
【請求項4】
細胞が一つまたは複数の、可溶性のまたは懸濁された細胞外マトリックス成分を含有する培地で培養される、請求項1から3のいずれか一項に記載の培養物。
【請求項5】
細胞外マトリックス成分がヒトラミニンおよび/またはヒトフィブロネクチンを含む、請求項4に記載の培養物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
他の特許出願
本出願は、2005年6月22日に出願された米国特許出願第60/693266号の優先権を主張する。
【背景技術】
【0002】
背景
再生医療は、様々な種類の始原細胞の分離、培養、利用に関連する最近の進歩によって恩恵を受けている。この発明の開示は、ヒト多能性幹細胞とその誘導体の商業的開発の更なる進歩を与えるものである。
【0003】
胚性幹細胞は、二つの極めて特殊な性質を持つ。第一に、それらは、他の通常の哺乳動物細胞と違って、事実上無制限な補給が得られるならば、殆んど無限に培養液中で増殖を続けることができる。第二に、それらは、組織治療への利用、または薬のスクリーニングへの利用のために置換する細胞や組織の供給源として、対象とする種々の組織型を生成させるために使用することができる。
【0004】
Thomsonら(米国特許第5,843,780号(特許文献1); Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:7844, 1995(非特許文献1))は、霊長類から多能性幹細胞を分離して増殖させることに初めて成功した。彼らは続いて、ヒト胚盤胞からヒト胚性幹(hES)細胞株を誘導した(Science 282: 114, 1998(非特許文献2))。Gearhartと共同研究者は、胎児の生殖組織からヒト胚性生殖(hEG)細胞株を誘導した(Shamblottら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95:13726, 1998(非特許文献3); および米国特許第6,090,622号(特許文献2))。hESおよびhEGの両細胞は、長い間探されていた、多能性幹細胞の特徴を持つものであった。それらは、分化することなしに大量の培養を行うことができ、正常な核型を持ち、複数の種類の重要な細胞型を誘導することが可能である。
【0005】
多能性幹細胞の治療への使用のための有効な試みは、分化誘導を防ぐ目的で、これらをフィーダー細胞層上で伝統的な方法で培養することである(米国特許第5,843,780号(特許文献1);米国特許第6,090,622号(特許文献2))。Thomsonら(Science 282: 114, 1998(非特許文献2))によれば、フィーダー無しで培養されたhPS細胞は、直ぐに死に至るか、または雑多な種類の前駆細胞集団に分化する。白血病抑制因子(LIF)はマウスES細胞の分化を阻害するが、ヒトES細胞の分化を抑制する上でフィーダー細胞の役割を代わることはない。
【0006】
米国特許第6,800,480号(特許文献3)(Geron Corp.)は、「Methods and materials for the growth of primate-derived primordial stem cells」と題されている。国際特許公報第01/51616号(特許文献4)(Geron Corp.)は、「Techniques for growth and differentiation of human pluripotent stem cells」と題されている。Xuらによる論文(Nature Biotechnology 19:971,2001(非特許文献4))は、「Feeder-free growth of undifferentiated human embryonic stem cells」と題されている。Lebkowskiらの論文(Cancer J. 7 Suppl. 2:S83, 2001(非特許文献5))は、「Human embryonic stem cells: culture, differentiation, and genetic modification for regenerative medicine applications」と題されている。国際特許公報第03/020920号(特許文献5)は、「Culture System for Rapid Expansion of Human Embryonic Stem Cells」と題されている。Liらの論文(Biotechnology and Bioengineering, Published Online: 21 June 2005(非特許文献6))は、「Expansion of human embryonic stem cells」と題されている。これらの刊行物は、未分化の状態で胚性幹細胞を増殖させるための例示的な培養試薬および技術、ならびに人の医療のための細胞調製におけるこれらの使用を報告している。
【0007】
下記に記載される情報は、hES細胞培養科学を更に発展させ、未分化の多能性幹細胞の増殖および操作を容易にし、胚性細胞医療の完全な事業化の可能性を現実化することを助けるものである。
【0008】
【特許文献1】米国特許第5,843,780号
【特許文献2】米国特許第6,090,622号
【特許文献3】米国特許第6,800,480号
【特許文献4】国際特許公報第01/51616号
【特許文献5】国際特許公報第03/020920号
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:7844, 1995
【非特許文献2】Science 282: 114, 1998
【非特許文献3】Shamblottら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95:13726, 1998
【非特許文献4】Nature Biotechnology 19:971,2001
【非特許文献5】Cancer J. 7 Suppl. 2:S83, 2001
【非特許文献6】Biotechnology and Bioengineering, Published Online: 21 June 2005
【発明の開示】
【0009】
発明の概要
本開示は、霊長類多能性幹細胞(hES細胞)の培養および増殖のための改良されたシステムを提供するものである。この発明に係る懸濁培養システムは、治療及び創薬における使用のために、早くかつ容量効率的に高品質の胚性幹細胞を生産させることができる。
【0010】
この発明の一つの局面はヒト胚性幹(hES)細胞を懸濁培養することであり、そこでは、該hES細胞は、実質的に未分化の状態にある。培養液は、下記の一つまたは複数を含有する:それらは、高濃度の繊維芽細胞成長因子、TGFb、幹細胞因子(SCF)、またはFlt3リガンド(Flt3L)等の他の培地添加剤、ラミニンおよび/またはフィブロネクチン等の、一つまたは複数の可溶化されたもしくは懸濁された細胞外マトリックス成分、または、任意で多孔的な性質を持つもしくは細胞外マトリックスでコーティングされた様々な種類のの固体微粒子などである。
【0011】
この発明のもう一つの局面は、hES細胞を培養する方法であり、下記の点を含む:栄養培地に細胞を懸濁する工程、上記のシステムにおいて培養している間細胞を懸濁状態に保つ工程、定期的に培地を交換する工程、細胞密度を減少させるために任意で時々培養液を分割する工程、および最後に培養液から細胞を収集する工程。
【0012】
この発明のもう一つの局面は、hES細胞を懸濁培養するためのシステムまたはキットに関するものであり、既に記載した、またはこれから記載する一つまたは複数の構成要素を含む。
発明のこれらの局面または他の局面は、下記の記載によって明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】成長因子を補充した非馴化培地の固体表面での6継代後のhES細胞のコロニーを示す。(A)mEF馴化ES培地(対照)+ bFGF (8 ng/mL); (B) X-VIVO(商標) 10 + bFGF (40 ng/mL) ; (C) X-VIVO(商標) 10 + bFGF (40 ng/mL) + 幹細胞因子 (SCF, Steel factor) (15 ng/mL); (D) X-VIVO(商標) 10 + bFGF (40 ng/mL) + Flt3 リガンド (75 ng/mL); (E) QBSF(商標)-60 + bFGF (40 ng/mL)。これらの全ての基本培地(ES培地、X-VIVO(商標)10、およびQBSF(商標)-60)は、フィーダーフリーでの培養においてhES細胞を増殖させるために使用することができる。この図の中で、(C)に示される組み合わせで成長させた細胞は継代あたり8.2倍増えたのに対し、馴化培地で成長させた細胞は2.2倍増えた。
図2】実施例1に記載されたように、リアルタイムRT-PCRによって測定されたhTERTおよびOct3/4の遺伝子発現プロファイルを示す。
図3】非馴化培地において培養された細胞が多能性を保持していることを示す。hES細胞は、mEF馴化培地、またはbFGFおよびSCFを含有する非馴化X-VIVO(商標)10培地で7代継代された。細胞は次に、胚様体に分化され、プレーティングされ、三つの胚葉の各々を示す表現マーカーについて免疫細胞化学法によって分析された。細胞は、a-フェトプロテイン(内胚葉であることを示す)、筋肉アクチン(中胚葉であることを示す)、b-チューブリン III(外胚葉であることを示す)に関して染色が行われた。
図4】スピナーフラスコにおける懸濁培養で成長したhES細胞の細胞数を示す(実施例3)。培養物が樹立されると、細胞は同じ密度で成長を続けた(上図)。これらを通常の表面培養に戻すと、これらは典型的な未分化の表現型、即ち、標準的なhES細胞の形態を持つ識別可能な細胞コロニーの状態に戻った(下図)。
図5】懸濁液中で成長した細胞(図4)が、胚様体に分化し、プレーティングされ、次いで特定の細胞型について免疫細胞化学法によって分析された実験から取られる(上段)。通常の表面培養によって一貫して維持された細胞も示される(下段)。懸濁培養によって培養された細胞は完全な多能性を維持していることから、未分化hES細胞の重要な性質を維持する上で、懸濁培養系の有効性が示された。
図6】スピナーフラスコにおける他の懸濁培養の細胞数を示す。
図7】シェーカーデバイス上の懸濁培養液中に維持しされた別のhES細胞株に由来する細胞を示す。4週間後、細胞は固体表面上にプレーティングされ、細胞は、ここに見られるような標準的な未分化のhES細胞の形態を示した。培養はこの様式で3ヶ月以上続けられ、懸濁状態での細胞の実質的な増殖が認められた。
【発明を実施するための形態】
【0014】
詳細な説明
霊長類の多能性幹(hES)細胞細胞を増殖させる従来の技術は、固体表面上での培養を含むものであった。即ち、繊維芽細胞フィーダー細胞法(米国特許第6,200,806号)、または細胞外マトリックス法(米国特許第6,800,480号)であった。フィーダーフリーの方法は、迅速な増幅を可能にするように最適化されるのでWO 03/020920、商業目的のhES細胞製造コストを大幅に減少させる。
【0015】
下記に開示する情報は、hES細胞の培養を更に発展させる新しいシステムを提供する。具体的には、培養の生産能力が培地表面の二次元的大きさに制約されることはもはや無くなり、培養容器全体の三次元空間をより完全に利用することが可能となる。増殖条件は、hES細胞が3ヶ月以上懸濁状態で培養し続けられるものであることが割り出されている(実施例4)。懸濁培養されたhES細胞は、未分化細胞に特徴的な表現型を維持しており、三つの胚葉のいずれかを代表する組織型に分化する全能性を保持している(実施例3)。
【0016】
三次元空間においてhES細胞を培養する能力は、hES細胞の増殖を更に対費用効果の大きなものにし、hES細胞培養物の製造能力および増殖速度の最適化を図る更なる機会を提供する。また、懸濁培養の利用は、hES細胞培養法の閉鎖系への適用を促すものである。この閉鎖系では細胞および培地は無菌的な状態で導入され、かつ閉鎖系から無菌的な状態で収集されるが、そうでない場合は、培養系は綿密性の低い環境で扱われることになる。
【0017】
発明の更なる利点は、以降の節において理解されるであろう。
【0018】
定義
始原型である「霊長類多能性幹細胞」(pPS細胞)は、受精後の任意の時期における前胚組織、胚組織、または胎児組織に由来する多能性細胞であり、正常な条件の下でいくつかの異なる細胞型の子孫を作ることが可能であるという特徴を有する。pPS細胞は、適当な宿主において奇形腫を形成する能力、または培養液において三つの胚葉全ての組織型のマーカーを持つ細胞に分化する能力のように、標準的な技術的に容認された試験に従って、三つの胚葉、即ち内胚葉、中胚葉、および外胚葉のそれぞれの誘導体である子孫を作ることができる。
【0019】
pPS細胞の定義に含まれるものは、下記に定義されるhES細胞によって例示されるような様々な種類の胚細胞であり、アカゲザルまたはマーモセットの幹細胞(Thomson et al.、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:7844, 1995; Developmental Biology 38:133, 1998)や、ヒト胚性生殖(hEG)細胞(Shamblott et al.、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95:13726, 1998)のような他の霊長類由来の胚性幹細胞である。他の種類の全能性細胞もその用語に含まれる。胚性組織、胎児性組織、または他の起源に由来するかどうかに関わらず、三つ全ての胚葉の誘導体である子孫を作ることができる霊長類由来のいかなる細胞も含まれる。核型から見て正常であり、悪性の起源から由来したものではないpPS細胞を使うことは有益である。
【0020】
始原型である「ヒト胚性幹細胞」(hES細胞)は、Thomsonら(Science 282:1145, 1998; 米国特許第6,200,806号)によって記載されている。用語の範囲は、胚盤胞期、または三つの胚葉への細胞の実質的な分化の前のヒト胚に由来する多能性幹細胞を包含する。他で明確に要求される場合を除いて、用語はhES細胞に特徴的な表現型を持つ一次組織および樹立株を含むこと、およびそのような株の誘導体が依然として三つの胚葉のそれぞれの子孫を作ることができることを当業者は認識するであろう。
【0021】
集団中、相当な割合の幹細胞およびその誘導細胞が、胚または成人起源の分化細胞のものとは明らかに異なる、未分化細胞の形態学的特徴を示すとき、hES細胞培養物は「未分化」と記載される。未分化hES細胞は当業者によって容易に識別され、典型的には高い核/細胞質比率と顕著な核小体を有する二次元的顕微鏡像を現す。集団中の未分化細胞のコロニーは、しばしば分化した近隣細胞によって取り巻かれていると理解されている。それにもかかわらず、細胞集団が適当な条件で培養され継代されると、未分化コロニーは生き残り続け、個々の未分化細胞は細胞集団の相当の割合を占めるようになる。実質的に未分化である培養物は、継続的に(on an ongoing basis)少なくとも20%の未分化hES細胞を含み、より好ましくは、望ましい順に少なくとも40%、60%、または80%の未分化細胞を含み得る(明確に言えば、同じ遺伝子型でかつ未分化である細胞の割合(%))。
【0022】
培養物または細胞集団が、この開示において、「分化することなしに」増殖させることとして言及されるときは何時でも、その意味するところは増殖後細胞の組成が、前述の定義に従って実質的に未分化であることである。当初の培養物と同じ集密度の状態で評価した場合、分化なしで少なくとも4継代(約20倍化)の間増殖させた集団は、実質的に同じ割合の未分化の細胞(または、おそらくより高い割合の未分化細胞)を充分に含むであろう。
【0023】
「栄養培地」とは、増殖を促進させる栄養を含有する、細胞培養のための培地である。栄養培地は典型的に、等張生理食塩水、緩衝液、たんぱく質源(一種または複数種の添加たんぱく質またはアミノ酸)、および潜在的にはその他の外から加えられた栄養素および成長因子を含有する。
【0024】
「馴化培地」は、ある培地での最初の細胞集団を培養し、それから、その培地を回収することによって調製される。続いて、馴化培地は(細胞から培地に分泌されるいかなるものも含む)、第二の細胞集団の増殖を支持するために使われる。特殊な成分または因子が培地に加えられたと記載される場合には、該因子(または該因子を分泌するよう操作された細胞もしくは粒子)が意図的な操作によって培地に混合されることを意味する。
【0025】
「新鮮培地」は、最終的に支持する目的とされた種類の細胞に使われる前に、それと異なる種類の細胞を培養することによってわざわざ馴化培地とすることの無い培地である。そうでなければ、調製、保存、または使用の様式に関して制限が設けられることはない。これは、消耗したまたは上記の種類の細胞によって処理された最終的な培養物に、新たに(交換または注入によって)添加される。
【0026】
一般的技術
分子遺伝学、並びに遺伝子工学の一般的方法は、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, (Sambrook et al., Cold Spring Harbor);Gene Transfer Vectors for Mammalian Cells (Miller & Calos eds.);およびCurrent Protocols in Molecular Biology (F. M. Ausubel et al. eds., Wiley & Sons) の最新版に記載されている。細胞生物学、たんぱく質化学、および抗体技術は、Current Protocols in Protein Science (J. E. Colligan et al. eds., Wiley & Sons); Current Protocols in Cell Biology (J. S. Bonifacino et al., Wiley & Sons)、 およびCurrent Protocols in Immunology (J. E. Colligan et al. eds., Wiley & Sons)に見ることができる。この開示において引用される試薬、クローニングベクター、および遺伝子操作のためのキット類は、Biorad、Stratagene、Invitrogen、Clontech、およびSigma-Aldrich Co.等の民間の供給業者から入手可能である。
【0027】
細胞培養法は、Culture of Animal Cells: A Manual of Basic Technique (R. I. Freshney ed., Wiley & Sons); General Techniques of Cell Culture (M. A. Harrison & I. F. Rae, Cambridge Univ. Press)、およびEmbryonic Stem Cells: Methods and Protocols (K. Turksen ed., Humana Press)の最新版に広く記載されている。他の対象となる文献は、Culture Is Our Buisiness (M. McLuhan, Ballantine Books, 1970); およびUnderstanding Media (M. McLuhan, Signet, 1970)を含む。組織培養の供給品および試薬は、Gibco/BRL、Nalgene-Nunc International、Sigma Chemical Co.、およびICN Biomedicals等の民間の供給業者から入手可能である。
【0028】
幹細胞の供給源
胚性幹細胞は、霊長類種のメンバーの胚盤胞から採取することができる(米国特許第5,843,780号; Thomson et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92:7844, 1995)。ヒト胚性幹(hES)細胞は、Thomson et al. (米国特許第6,200,806号; Science 282:1145, 1998; Curr. Top. Dev. Biol. 38:133 ff., 1998)およびReubinoff et al. (Nature Biotech. 18:399, 2000)の技術に従って、初代マウス繊維芽細胞フィーダー細胞を用いてヒト胚盤胞細胞から調製することができる。hES細胞株はまた、ヒトフィーダー細胞上で(米国特許第6,642,048号)、または完全にフィーダーフリーの条件で(US 2002/0081724 A1)誘導されうる。hES細胞と同等の細胞型は、WO 01/51610 (Bresagen) において概説されたように、原始外胚葉様(EPL)細胞のような多能性派生物を含む。
【0029】
実施例部分で示される図説は、hES 細胞でなされた研究から得られた結果である。しかしながら、他に要求されることがなければ、本発明は、霊長類多能性幹細胞の定義に合う他の細胞を用いて実施することができる。
【0030】
本発明の実施が、hESまたは胚性幹細胞を生産する目的で、本発明の習熟のためにヒト胚盤胞の脱凝集を必要とすることは決してない。hES細胞は、公の寄託所(例えば、WiCell Research Institute, Madison WI U.S.A., またはAmerican Type Culture Collection, Manassas VA, U.S.A.) から入手可能な樹立株から入手できる。ヒト胚性生殖(hEG)細胞は、Shamblott et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95:13726, 1998 および米国特許第6,090,622)に記載された始原生殖細胞から調製できる。米国特許公報2003/0113910 A1は、多能性幹細胞が胚または胎児組織を使うことなしに誘導されることを報告している。また、多能性の表現型を誘導する因子を用いて、他の始原細胞をhES細胞に予め設定することも可能であり得る(Chambers et al., Cell 113:643, 2003; Mitsui et al., Cell 113:631, 2003)。適当な条件のもとでは、適当な増殖能力と分化能力を持つ細胞ならどんなものでも、本発明の使用のために分化組織を誘導するために使うことができる。
【0031】
hES細胞の増殖
最初にThomson (U.S. 5,843,780; U.S. 6,090,622)によって記載されたように、当初、この分野の科学者の多くは、分化を防ぐ目的でフィーダー細胞層の上でhES細胞を培養する方法を選んだ。
【0032】
開始して間もなく、Geron社の科学者達は、未分化表現型の増殖を促進させるためにフィーダー細胞によってもたらされる成分が、別の形で与えられ得る培養システムを発見した。米国特許第6,800,480号, WO 01/51616 (Geron Corp.), および Xu et al. (Nature Biotechnology 19:971, 2001)は、分化することなしに増殖を支持するフィーダーフリー培養環境について記載している。
【0033】
フィーダーフリー培養法の一つの局面は、細胞外マトリックス上で培養することによってhES細胞を支持するものである。マトリックスは、マトリックス形成細胞株(U.S. 6,800,480)、例えばSTOマウス繊維芽細胞株(ATCCアクセッション番号CRL-1503)またはヒト胎盤繊維芽細胞を前培養し、溶解させることによって沈着させることができる。マトリックスはまた、分離されたマトリックス成分と共に培養容器内に直接コーティングさせることができる。Matrigel(商標登録)は、Engelbreth-Holm-Swarm腫瘍細胞の可溶性調製物であり、室温でゲル化し、再構成された基底膜を形成する。他の適当な細胞外マトリックス成分には、ラミニン、フィブロネクチン、プロテオグリカン、ビトロネクチン、エンタクチン、ヘパラン硫酸等が単独で、または種々に組み合わされて含まれ得る。マトリックス成分は、ヒトおよび/または組換え体の発現によって作られ得る。本明細書に記載された実験的手順を用いて試験可能な基質には、単に他の細胞外マトリックス成分のみでなく、ポリアミン、ハイドロゲル、および他の市販の被覆剤が含まれる。
【0034】
フィーダーフリー培養法のもう一つの局面は、栄養培地である。培地は、一般に、等張緩衝液(すなわち、作業濃度に調整されたときに等張になる緩衝液)、必須塩類、および血清またはある種の血清代替物を含む、細胞の生存を促進させる通常の成分を含有する。
【0035】
hES支持因子を導入する直接的な方法は、米国特許第6,200,806号またはWO 01/51616に記載されたように調製され得る初代マウス胚性繊維芽細胞(mEF)で培地を前条件付けすることである。また、フィーダー細胞として適当なものは、テロメライズド細胞株、および分化したhES細胞から得られたヒト細胞株(米国特許第6,642,048号)、または他の種類の始原細胞である。hES細胞培地は、フィーダー細胞(通常は照射されるか、そうでなければ不活化される)を培養することによって条件付けすることができる。37℃で1〜2時間の培養によって条件付けされた培地は、約1〜2日間のhES細胞培養を支持する濃度の因子を含む。しかし、条件付けの期間は、何が適当な期間を構成するかを経験的に判断して、上向きに、または下向きに調整することが可能である。
【0036】
馴化培地の代替品として、hES細胞は、未分化細胞において適当なシグナル伝達経路を誘導させる添加因子を含有する新鮮培地(非馴化培地)で増殖させることができる。非条件付けでの使用に適当な基本培地は、経験的に決定され得る。培地は、一般的に等張液中の中性緩衝液(リン酸および/または高濃度の重炭酸等)、たんぱく質性の栄養(例えば、FBSなどの血清、血清代替物、アルブミン、または必須アミノ酸、そしてグルタミンなどの非必須アミノ酸)を含有する。また、培地は、一般的に脂質(脂肪酸、コレステロール、血清のHDLまたはLDL抽出物)およびこの種の大抵の保存培地に見出される他の成分(例えば、インスリンまたはトランスフェリン、ヌクレオシドまたはヌクレオチド、ピルビン酸、グルコースなどの糖供給源、任意のイオン化されたまたは塩の状態のセレン、ハイドロコーチゾンなどのグルココルチコイド、および/またはβ-メルカプトエタノールなどの還元剤)を含有する。
【0037】
多くの適当な、市販の基本培地は、造血細胞などの増殖性の細胞型の培養のために開発されている。その例としては、X-VIVO(商標)10 増殖培地(Biowhittaker)およびQBSF(商標)60 (Quality Biological Inc.)(実施例1)がある。また、WO 98/30679 (Life Technologies Inc.)およびU.S. 5,405,772 (Amgen)も参考にされたい。X-VIVO(商標)10の調合物は、医薬品グレードのヒトアルブミン、組換え型ヒトインスリン、および低温殺菌ヒトトランスフェリンを含有する。外来性の成長因子、細胞増殖のための人工的促進剤、または不確定の栄養補給物は、X-VIVO(商標)10培地には含まれない。それらはまた、いかなるプロテインキナーゼC促進剤も含まない。QBSF(商標)-60は、血清フリーの調合物であり、組換え型の、または低温殺菌されたヒトたんぱく質を含有する。他の可能性のある代替品は、JRH Biosciences製のEx-Cell VPRO(商標)培地とHyclone製のHYQ CDM4(商標)である。
【0038】
基本培地は、未分化の表現型の増殖を促進し、分化誘導を抑制する添加物を補給される。高濃度の繊維芽細胞成長因子は、特に分化誘導なしにhES細胞の増殖を促進させるのに効果的である。その例としては、塩基性FGF(FGF-2)およびFGF-4がある。しかし、このファミリーの他のメンバーもまた使用可能である。これらと等価の形態は、種のホモログ、人工的なアナログ、対応するFGF受容体に対する抗体、および他の受容体活性化分子である。未分化のhES細胞が酸性FGF (FGF-1) の受容体を発現することが遺伝子発現解析によって明らかにされている。高濃度では、FGF単独でも未分化の状態のhES細胞の増殖を十分促進する(実施例1および2)。単独で未分化のhES細胞の増殖を促進するのに効果のあるFGF濃度は、通常約20, 30, または40 ng/mLを下限とし、約200, 500, または1000 ng/mLを実際的な上限値とする。少なくとも60, 80, または100 ng/mLの濃度のbFGFは、信頼度が高くかつ費用対効果が大きい。FGFの他の形態およびアナログの同等の濃度は、bFGFから提案された代替物に培養物を慣らし、下記のマーカーシステムに従って分化について培養物をモニターすることによって経験的に決定することができる。
【0039】
hES細胞の懸濁培養
現在では、hES細胞は、固体の基質上で増殖させるよりもむしろ、懸濁培養によって増殖させることができることが発見されている。
【0040】
他の培養法によって増殖させた(または一次供給源から得られた)hES細胞は、細胞を懸濁状態で維持する目的で改造された容器に播種される。容器の壁面は、一般的に未分化hES細胞の接着に対して不活性であるか、または耐性である。また、細胞が沈殿するのを防ぐために、磁気的または機械的に駆動する攪拌棒またはパドルなどの攪拌機序、(一般的には容器の外側に取り付けられる)振とう培養装置、または反転機序(すなわち、細胞に掛かる重力の方向を変えるように容器を回転させる装置)などの手段も存在する。
【0041】
プロセス開発ための懸濁培養に適した容器は、通常の範囲の市販されているスピナーフラスコまたは振とうフラスコを含む。商業生産に適した醗酵槽は、Celligen Plus(商標) (New Brunswick Scientific Co.)およびStirred-Tank Reactor(商標) (Applikon Inc.)である。これらのバイオリアクターは、連続的に培地で灌流されるか、または流加的に使われるものであり、種々の大きさのものがある。
【0042】
未分化の表現型を維持させるのを助け、成長を支持する栄養培地が、必要に応じて変えられる(例えば、細胞を沈殿させ、培地を交換し、続いて細胞を再び懸濁させる)。増殖がモニターされ、更なる増殖のための空間が必要になれば、培養液は分割される。適当な培養期間の後、細胞が収集され、その意図された目的のために使われる。
【0043】
固体表面上でフィーダー無しでhES細胞を成長させるように計画された培地およびその他の成分はまた、懸濁培養においても機能し得る。馴化培地または新鮮培地が使用され得る(実施例4)。しかしながら、懸濁培養の動態は、その使用者に培養システムの種々の成分を最適化させる更なる機会を与える。理論によって制限されることは意図しないが、hES細胞が、間質細胞に部分的に分化した細胞に恐らく囲まれた小さい未分化細胞クラスター(固体表面上の未分化コロニーを3次元化したものと同等)を形成することが可能な場合、またはhES細胞は分散するが、分化誘導を引き起こす可能性のある動的な流れの力から保護される場合に懸濁培養が増強されることが発明の前提となっている。
【0044】
懸濁培養システムの最適化は、経験的な試験によって完成させることができる。従来の表面培養または懸濁培養からの未分化細胞が試験的条件で継代され、1週間またはそれ以上の期間培養される。細胞は、例えば次節で述べられ実施例1で示されるマーカーシステムを用いてhES細胞の特性について定期的に調べられ得る。細胞は、また十分に樹立された培養系に戻して継代することもでき、未分化細胞の古典的な形態学的性質によって評価することができる(実施例3)。hES細胞が、最終的に特別な組織型に分化することが意図される場合、その最終試験は未分化細胞培養物のマーカープロファイルではなく、要求どおりに細胞が分化する能力であり得る。hES懸濁培養の多能性は、細胞をサンプリングし、SCIDマウスでテラトーマを作らせるか、または三つの胚葉全てを表すマーカーに関してEB-由来細胞を染色することによって確認することができる(実施例3)。それによって、使用者は、高い成長速度を達成しながら細胞の多能性(または、少なくとも意図する関心対象の組織に細胞が分化する能力)を完全に保持するようにシステムを最適化することができる。
【0045】
更なる最適化によって恩恵を受ける培養システムの局面は、栄養培地を含む。代替えとなる基本培地、および代替えとなるFGF添加物は、前節に記載されている。次のような一つまたは複数の追加の添加物を用いることもまた、有利であり得る。
・幹細胞因子(SCF, Steel factor)、c-kitを二量体化する他のリガンドまたは抗体、および同じシグナル伝達経路の他の活性化因子
・他のチロシンキナーゼ関連受容体に対するリガンド、例えば、血小板由来成長因子(PDGF), マクロファージコロニー刺激因子、Flt-3リガンド、および血管内皮成長因子(VEGF)の受容体
・サイクリックAMPレベルを上昇させる因子、例えば、フォルスコリン
・gp130を誘導する因子、例えば、LIFまたはオンコスタチン-M
・造血成長因子、例えば、トロンボポイチン(TPO)
・トランスフォーミング成長因子、例えば、TGFβ1
・他の成長因子、例えば上皮成長因子(EGF)
・ニューロトロフィン、例えばCNTF
【0046】
細胞が互いに接着すること、容器の壁面に接着すること、または大きすぎるクラスターを形成することを防ぐという観点から、抗凝集剤、例えばInvitrogenから市販されているもの(カタログ番号0010057AE)を含むことは有益であり得る。
【0047】
細胞は、限られた範囲であるが、自身の細胞外マトリックスを形成する能力を持つが、培地中に溶解されたかまたは懸濁された、一つまたは複数の細胞外マトリックス成分を含むことも有益で有り得る。ラミニンを懸濁状態に保持するのに適当な作業範囲は約10〜33μg/mlである。懸濁培養のための他の候補マトリックス成分は、前に記載したもののいくつか、特にフィブロネクチン、プロテオグリカン、ビトロネクチン、およびそれらの人工的同等物を含む。細胞外マトリックスは、細胞が適当なサイズの小さな凝集物を形成するのを補助する可能性がある。
【0048】
もう一つの選択肢として、または追加として、懸濁培養は懸濁液中に表面を作る粒子担体を含んでもよい。しかし、それらは依然として細胞を三次元的空間で培養することの有益性も有している。粒子が培地交換の間容器内に保持され、細胞が分割される際に更に粒子が加えられることを除いて、細胞は、同じように培養され、継代される。
【0049】
一つのタイプのマイクロキャリアは、ガラス、プラスチック、デキストランで作られた固体の球形、または半球形の粒子であり、細胞の接着をしやすくするために正電荷を持つもの(Cytodex) などである。もう一つのタイプは、New Brunswick Scientific Co. Inc. で市販されているFibra-cel disks(商標)などの円盤型の培養用プラスチックである。1グラムのこの円盤は、1200 cm2の表面面積を提供する。固体の担体は、ラミニンなどのhES細胞と親和性のある細胞外マトリックスでコーティングされていてもよい。それによって、接着した細胞は、細胞が固体の表面にいるのと同じマイクロ環境を持つことになる。
【0050】
もう一つのタイプのマイクロキャリアは、細胞が孔の中と外に位置することができる、様々な孔径を持つ微孔性粒子であり、潜在的に保護的効果を増大させる。破壊を最小に抑えてhES細胞を収集するために、アガロースなどの物質から作られた粒子を使うことは有益である。それらは、穏やかな機械的または酵素的作用によって容易に溶解または分散し、それによって収集または更なる培養のために細胞を放出させる。
【0051】
未分化hES細胞の特性
この発明に従って培養されたヒトES細胞は、未分化幹細胞に特徴的な形態学的性質を持つ。二次元の標準的な顕微鏡像では、hES細胞は、画像の平面における高い核/細胞質比、よく目立つ核小体、およびよく識別できない細胞境界部を持つ密集したコロニー形成を有する。細胞株は、標準のGバンド法を用いて核型が調べられ(Oakland, CAのCytogenetics Labなどの日常業務の核型決定サービス業務を行う多くの臨床診断ラボが利用可能である)、公表されたヒト核型と比較される。細胞が正倍数体であり、顕著な変化をしていない全てのヒト染色体を持つ、「正常な核型」を持つ細胞を入手することが望ましい。
【0052】
hES細胞は、抗体(フローサイトメトリー、または免疫細胞化学)、または逆転写酵素PCRによって検出可能な細胞マーカーの発現によって特徴付けられ得る。hES細胞は、一般的には抗体で検出可能なSSEA-4, Tra-1-60, およびTra-1-81を持つが、SSEA-1は殆んど持たずく、アルカリ性フォスファターゼ活性を持つ。mRNAレベルで検出される好適なマーカーのパネルは、米国出願2003/0224411 A1 (Geron Corp.)に記載されている。その例としては、クリプト、ガストリン放出ペプチド(GRP)受容体、ポドカリキシン(podocalyxin)様ペプチド(PODXL)、ヒトテロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)、およびPOU転写因子Oct 3/4がある。
【0053】
前述の通り、増殖させたhES細胞の重要な性質は、三つ全ての胚葉:内胚葉、中胚葉、および外胚葉の細胞へ分化する能力である。hES細胞の多能性は、SCIDマウスにおいて奇形腫を形成し、三つ全てのの胚葉の代表的な組織についてそれらを調べることによって確認することができる。もう一つの選択肢としては、多能性は、hES細胞を非特異的に分化させ(例えば、胚様体を形成することによって)、次いで培養物において現れる細胞型を免疫組織化学によって決定することによって見極めることができる(実施例3)。hES細胞が特定の細胞株に分化する能力については、次節に記載される手順によって決定することができる。
【0054】
増殖させたhES細胞の利用
本発明は、多数の多能性細胞を商業的規模で生産する方法を提供するものである。該細胞は、未分化の状態で多数の研究および商業的目的で役に立つものであり、または、特定の細胞型へ分化させることに向けることができる。
【0055】
未分化のhES細胞は、培養中のhES細胞の性質に影響する(例えば、小分子薬物、ペプチド、ポリヌクレオチドなどの)因子、または(培養条件または操作のような)条件をスクリーニングすることに利用できる。hES培養物はまた、薬物研究における医薬化合物の試験のために使われ得る。候補となる医薬化合物の活性の評価は、一般に、本発明における分化した細胞を候補化合物と組み合わせること、なにか変化が起こるかどうか見極めること、次いで観察された変化を化合物の効果と関係付けることを含む。細胞毒性または代謝的効果は、細胞の生存率、形態学、ある特定のマーカー、受容体、または酵素の発現または放出、DNA合成または修復などによって決定することができる。
【0056】
本発明によって培養されたhES細胞は、種々の商業的および医療的に重要な組織型に属する分化細胞を作るために利用することができる。
【0057】
肝臓細胞
肝細胞は、米国特許第6,458,589号およびPCT公報 WO 01/81549 (Geron Corporation) に記載されたように、ヒストンデアセチラーゼの阻害剤を用いてhES細胞から分化させることができる。未分化のhES細胞は、ヒストンデアセチラーゼの阻害剤の存在下で培養される。
【0058】
hES細胞を肝細胞に分化させる段階的実験手順は、US 2005/0037493 A1 (Geron Corp.)に記載されている。細胞は、順に分化剤および成熟剤のいくつかの組み合わせで培養され、それによりhES細胞が最初に初期内胚葉または肝細胞前駆体に分化し、次に肝細胞様細胞に成熟する。簡単に言えば、内胚葉様細胞への分化は、ブチラート、DMSO、またはウシ胎児血清のいずれか、任意で繊維芽細胞成長因子との組み合わせを用いて開始される。分化は、次に、肝細胞成長因子(HGF)、表皮成長因子(EGF)、および/または骨形態形成たんぱく質(例えば、BMP-2、4、または7)などの因子の種々の組み合わせを含む市販されている肝細胞培養用培地を用いて継続させることができる。最後の成熟は、例えば、デキサメタゾンまたはオンコスタチン-Mのような薬剤の存在によって増強される。アシアログリコプロテイン、糖原貯蔵、チトクロームp450酵素発現、グルコース-6-フォスファターゼ活性、および肝細胞の形態学的性質を発現する細胞が得られる。
【0059】
神経細胞
神経細胞は、米国特許第6,833,269号; Carpentar et al., Exp. Neurol. 2001; 172(2):383-97; およびWO 03/000868 (Geron Corporation)に記載された方法に従ってhES細胞から生成されることができる。未分化hES細胞または胚様体細胞を、一つまたは複数のニューロトロフィン、および一つまたは複数の分裂促進物質を含有する培地で培養し、それにより少なくとも約60%の細胞がA2B5、ポリシアル酸化NCAM、またはネスチンを発現する細胞集団を生成し、かつこれは培養中に少なくとも20回の倍化を行うことができる。分裂促進物質の例は、EGF、塩基性FGF、PDGF、およびIGF-1である。ニューロトロフィンの例としては、NT-3およびBDNFがある。TGF-βスーパーファミリー拮抗剤の利用、またはcAMPとアスコルビン酸の組み合わせは、ドーパミン作動性ニューロンに特徴的なチロシンヒドロキシラーゼ陽性の神経細胞の比率を増加させるために使用することができる。増殖細胞は、さらに、分裂促進物質のない状態でニュートロフィンと共に培養することによって最終分化を行わせることができる。
【0060】
乏突起神経膠細胞は、FGFなどの分裂促進物質、ならびにトリヨードチロニン、セレン、およびレチノイン酸などの乏突起神経膠細胞分化因子を含む培地に懸濁された細胞凝集物として培養することによって、hES細胞から生成させることができる。次に、細胞を、固体表面上にプレーティングし、レチノイン酸を除き、集団を増殖させる。最終分化は、ポリ-L-リジン上にプレーティングし、全ての成長因子を取り除くことによってなし遂げられる。80%以上の細胞が乏突起神経膠細胞マーカーNG2プロテオグリカン、A2B5、およびPDGFRα陽性であり、ならびに神経細胞マーカーNeuN陰性である集団を得ることができる。PCT公開WO 04/007696およびKeirstead et al., J. Neurosci. 2005; 25(19):4694-705を参照されたい。
【0061】
心臓細胞
心筋細胞または心筋細胞前駆体は、WO 03/006950に記載された方法によってhES細胞から生成させることができる。細胞は、ウシ胎児血清または血清代替物、および任意で5-アザシチジンなどのDNAのメチル化に影響する心臓の栄養因子とともに懸濁状態で培養される。また、心筋細胞の集団は、アクチビンAおよび骨形態形成たんぱく質4の組み合わせを用いて固体基質上で直接分化させることができる:かくして、収縮細胞を、密度遠心分離によって集団中の他の細胞から分離することができる。
【0062】
更なるプロセス段階は、心臓体(商標)として公知のクラスターを形成するように細胞を培養すること、単一の細胞を除くこと、続いて分散させて心臓体(商標)を繰り返し再形成させることを含む。cTnI, cTnT, 心臓特異的ミオシン重鎖(MHC)、ならびに転写因子Nkx2.5に陽性の細胞染色を高い比率で示す集団が得られる。WO 03/006950, Xu et al., Circ. Res. 2002;91(6):501-8; および PCT/US2005/009081 (Geron Corporation)を参照されたい。
【0063】
他の細胞型
膵島細胞は、アクチビンA、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤(酪酸など)、分裂促進剤(bFGFなど)、およびTGF-βスーパーファミリー拮抗剤(ノギンなど)から選択されるいくつかの因子の組み合わせを含有する培地で培養することによってhES細胞の分化を開始させることにより、hES細胞から分化され得る。その後、該細胞をニコチンアミドと培養することによって成熟させることができ、細胞の少なくとも5%がPdx1、インスリン、グルカゴン、ソマトスタチン、および膵臓ポリペプチドを発現する細胞集団が得られる。WO 03/050249 (Geron Corp.)を参照されたい。
【0064】
造血細胞は、hES細胞をマウス骨髄細胞または卵黄嚢内皮細胞と共培養することによって作ることができ、造血マーカーを持つ細胞を生成させる目的で使われる(米国特許第6,280,718号)。造血細胞はまた、US 2003/0153082 A1 およびWO 03/050251 (Roberts Institute)に記載されたように、hES細胞を血液原性サイトカインおよび骨形態形成たんぱく質と共に培養することによって、作ることができる。
【0065】
間葉始原細胞は、WO 03/004605に記載された方法に従ってhES細胞から生成させることができる。次に、hES由来の間葉細胞は、骨形態形成たんぱく質(特に、BMP-4)などの骨形成因子、ヒトTGF-β受容体のリガンドまたはヒトビタミンD受容体のリガンド(WO 03/004605; Sotile et al., Cloning Stem Cells 2003;5(2):149-55)を含有する培地で骨芽系統細胞に更に分化させることができる。軟骨細胞またはその前駆細胞は、WO 03/050250 (Geron Corp.)に表記された分化因子の効果的な組み合わせを用いて、微細凝集塊状態のhES細胞を培養することによって生成することができる。
【0066】
当技術分野において公知であるか、またはその後に開発された他の分化させる方法を、本発明に従って培養されたhES細胞に応用することができる。hES由来の細胞は、薬物のスクリーニング、医薬組成物の調製、研究、および他の多くの有用な目的で使用することが可能である。
【0067】
商業的頒布
この発明に係る培養系の構成品は、売り物として提供され、販売され、またはそうでなければ、任意の目的での任意の企業による使用のために、製造場所から配布される。また、構成物は、次の二つまたはそれ以上の組み合わせの様々な有用な組み合わせで、一緒に販売または配布され得る。
・hES細胞を懸濁因子中で培養するための適当な培地
・培地に存在する、または添加されるべき細胞外マトリックス成分または増粘剤
・培地に存在する、または添加されるべきマイクロキャリア
・懸濁培養に合わせて改良された容器
・培養系において増殖している、または他の形態で貯蔵されるが培養系での使用が意図されたhES細胞それ自身
【0068】
生産物および生産物の組み合わせは、適当な容器に、任意でキットの形で包装され、かつ本発明に従う物質の使用、例えばhES細胞を維持または増幅させることに関する説明書が添付され得る。説明は、意図される使用者が利用可能かつ理解できる任意のコミュニケーションメデイアにおいて任意の言語で書かれ得る。これは、容器もしくはキットの上のラベルの形態、または容器と一緒に包装される一緒に 配布される産物の挿入物の形態を取ってもよい。同等の形態として、商業的に配布される生産物に付属させる参考文献または資料データとして使用者または意図される使用者が利用可能であるハードコピーまたは電子的に書かれた記述、手引書、または説明がある。
【0069】
次の実施例は、説明であり、請求される発明を制限することを意味するものではない。
【0070】
実施例
実施例1:迅速増殖培地における多能性幹細胞の成長
最初にマウス胚繊維芽細胞のフィーダー上で成長させ、それから米国特許第6,800,480号; Xu et al., Stem Cells 2005;23(3):315-23に詳しく述べられたようにMatrigel(商標登録)細胞外マトリックスと馴化培地を含むフィーダーフリー環境で20継代の間増殖させた、一系統のhES細胞を得た。
【0071】
このhES細胞は、次にBiowhittakerのX-VIVO(商標)10増殖培地、またはQuality Biological Inc.のQBSF(商標)-60上で慣らされた。これらの実験に使用するために、X-VIVO(商標)10培地は通常の物質:即ち、2 mM L-グルタミン、1%非必須アミノ酸(Gibco)、0.1 mM β-メルカプトエタノール、および8 ng/mL bFGFで補充された。培地は、さらに8 ng/mLもしくは40 ng/mL bFGF (Gibco);40 ng/mL bFGFおよび15 ng/mL SCF (R&D System);または、40 ng/mL bFGFおよび75 ng/mL Flt3 リガンド(R&D System)で補充された。QBSF(商標)-60培地は、0.1 mM β-メルカプトエタノール、1%非必須アミノ酸(Gibco)、および40 ng/mL bFGFで補充された。mEF馴化培地で培養されたhES細胞は、これらの実験において対照として使われた。
【0072】
hES細胞は、最初にコラゲナーゼIVを使ってMatrigel(商標登録)でコーティングされたプレート上で継代され、2日間馴化培地で培養された。馴化培地は、2日目に20% 増殖培地を加えた80%非馴化ES培地に置換された。細胞は、毎日新鮮なものを供給され、毎週継代された。細胞が完全に慣らされるまで増殖培地の比率は約2日ごとに20%ずつ増加され、さらに6回継代されるまで増やされた。
【0073】
図1は、次の培地における、(完全な適合に十分な)6継代の終わりでのhES細胞のコロニーを示す。(A) mEF馴化培地 + bFGF (8 ng/mL); (B) X-VIVO(商標)10 + bFGF (40 ng/mL); (C) X-VIVO(商標) 10 + bFGF (40 ng/mL) + 幹細胞因子 (SCF, Steel factor)(15 ng/mL); (D) X-VIVO(商標) 10 + bFGF (40 ng/mL) + Flt3 リガンド (75 ng/mL); (E) QBSF(商標)-60 + bFGF (40 ng/mL)。
【0074】
次の表は、mEF馴化培地で4回継代培養された、またはX-VIVO(商標) 10もしくはQBSF(商標)-60で7回継代培養された未分化hES細胞の、継代当りの平均の全細胞増殖を示す。
【0075】
(表1)ES細胞培養物の増殖速度
【0076】
X-VIVO(商標)10およびQBSF(商標)-60における継代当りの平均の細胞増殖は、mEF馴化培地で培養された細胞を上回った。mEF馴化培地の細胞は、平均7日毎に継代され、一方、X-VIVO(商標) 10またはQBSFTM-60の細胞は、平均5日毎に継代された。従って、非馴化X-VIVO(商標) 10またはQBSF(商標)-60における増殖の速度は、mEF馴化ES培地でのものより約3.2から5.2倍速かった。
【0077】
図2は、hTERTおよびOct3/4の遺伝子発現プロファイルを示す。RNAは、High Pure RNA Isolation Kit (Roche Diagnostics)を用いて細胞から分離され、Taqman(商標)アッセイ(リアルタイムRT-PCR)によって評価された。それぞれの試験条件での遺伝子発現は、対照の培養での発現を基準としてプロットされた。装置の誤差およびアッセイの変動性を考慮すると、試験サンプルおよび対照サンプルの発現の違いは、2倍以上大きいなら単に有意である。分析は、hTERTおよびOct3/4の発現は、非馴化X-VIVO(商標)10またはQBSF(商標)-60培地への適応によっていくらか減少する(各セットの初めの4つのバー)が、細胞をmEF馴化培地に戻し継代すると、標準のレベルに戻る(各セットの後の3つのバー)ことを示す。
【0078】
非馴化培地で培養された細胞が多能性を保持しているかどうかを確認するために、胚様体が形成され、三つの胚葉の各々を代表する表現型マーカーについて免疫細胞化学によって解析された。増殖培地での7回の継代の後、細胞は、200 U/mL コラゲナーゼIVを37℃で10分間用いて小さな塊に分解され、分化培地(DMEM + 10% FBS)において4日間懸濁培養された。その後、ポリ-L-オルニチンハイドロブロマイドでコーティングされたプレートに移され、更に10日間培養された。細胞は、4%パラフォルムアルデヒドで固定され、透過化処理され、免疫細胞化学法により標識された。
【0079】
図3は、その結果を示す。hES細胞は、非馴化X-VIVO(商標) 10培地で7回継代され、a-フェトプロテイン(内胚葉であることを示す)、筋肉アクチン(中胚葉であることを示す)、b-チューブリン III(外胚葉であることを示す)について染色された。
【0080】
従って、hES細胞は、新鮮培地(非馴化培地)においてフィーダーフリー環境で商業的生産に適した早い速度で - 馴化培地またはフィーダー細胞上の成長と比較して2倍から5倍またはそれ以上速く - 増殖することができる。細胞は、未分化hES細胞の形態を保持し、3つの全ての胚葉を代表する誘導細胞に分化することができる。
【0081】
実施例2:動物由来産物を含まない定義されたシステムにおけるhES細胞の培養
Matrigel(商標登録)上でMEF-CMにおいて培養されたhES細胞は、新鮮な(非馴化)血清非含有培地:グルタミン、非必須アミノ酸、およびβ-メルカプトエタノール+ Matrigel(商標登録)上の80 ng/mLヒト塩基性FGFで補足され、さらにヒトラミニンでコーティングされた表面に適合されたX-VIVO(商標)で継代された。あるいは、低温保存された細胞が、80 ng/mL hbFGFを含有する同じ培地に直接融解された。細胞は、コラゲナーゼIVを用いて5〜6日毎に継代された。
【0082】
これらの条件で成長した培養物は、Matrigel(商標登録)上の培養物と同等であるか、またはさらに優れている。(A) mEF馴化培地で成長した細胞の形態;(B) ラミニン上の、合成培地における形態;(C) mEF-CM (H1p62) または合成培地 (H1p34+28) における表面マーカーSSEA-4の発現;(D) mEF-CMまたは合成培地における表面マーカーTra-1-60の発現。ラミニン上での合成培地における培養の出来具合は優秀であった:培養細胞の約80%に相当するコロニーについて非常に大きなES細胞コロニーが観察された。マーカーの発現のレベルは次の通りであった。
【0083】
(表2)合成培地培養条件におけるマーカーの発現
*3つのRT-PCR測定に関する平均±SD
【0084】
未分化のhES細胞に特徴的な他のマーカーの発現もまた同様である:リアルタイムPCRで測定した場合、hTERTおよびクリプトのレベルは、合成培地では、mEF-CMに比べて、同等かまたはさらに大きいが、一方Oct3/4の発現は、約28%低いものであった(3回の実験の平均)。TRAP解析は、細胞がテロメラーゼ酵素活性を保持していることを示した。
【0085】
p34+11で完全に定義された培養システムにおいて成長した細胞(75日間)は収集され、多能性を評価するためにSCIDマウスにおいて奇形腫を作ることに用いられた。奇形腫は、色素性上皮(内胚葉)、腎臓組織(内胚葉)、間充組織(中胚葉)、および神経管(外胚葉)の関する証拠を示した。これにより、細胞が多能性を保持していることを確認された。
【0086】
実施例3:hES細胞の懸濁培養
培養液の体積当りのhES細胞の収量を増やす目的で、細胞は懸濁培養され、次に、形態および三つ全ての胚葉を代表する分化した細胞になる能力が調べられた。
【0087】
Matrigel(商標登録)上で成長したH9 hES細胞が、6-穴プレートから収集され、下記の条件でスピナーフラスコに播種された。
・容器:100 mLスピナーフラスコ
・接種(播種)密度:3.6 × 105 cells/mL
・培地量:スピナーフラスコ当り50 ml
・使用された培地:bFGF (8 ng/mL)を含有するmEF馴化培地
・攪拌速度:20 rpm (Bellco・キャリアー・マグネチック・スターラー)
・環境:37℃ CO2インキュベーター
・培地交換:隔日(細胞を沈下させ、上清を置換する)
H9 hES細胞は、これらの条件下で6日間スピナーフラスコ中で維持された。
【0088】
図4(上図)はその結果を示す。培養物が樹立される間の最初の減少の後、細胞数は、2日目から6日目の間に上昇し始める。
【0089】
この時点で、細胞がまだ未分化細胞の表現型を持つかどうかを見極めるためにMatrigel(商標登録)でコーティングされた6穴プレートにプレーティングした。培養は、bFGF (8 ng/ml) を含有するmEF-CM培地を用いて継続された。
【0090】
図4(下図)はその結果を示す。一回の継代の後、細胞は成長し、未分化細胞の形態を示した。
【0091】
細胞の多能性は、胚様体を形成することによって評価された。細胞は、コラゲナーゼIVによって集密的培養物から収集され、低接着性6穴プレートのDMEM + 20% FBS中に移された。EBが形成され、4日間維持された。それから、EBは、ポリオルニチンでコーティングされたチェンバースライド上に再びプレーティングされた。更なる11日間の後、EBの増殖産物は、α-フェトプロテイン(内胚葉)、筋肉アクチン(中胚葉)、および神経の形態を示すβ-チューブリン(外胚葉)について染色された。
【0092】
図5はその結果を示す。上の列は、懸濁培養で維持され、それから標準の条件下でラミニン上にプレーティングされたhES細胞から分化した細胞を示す。下の列は、プレーティングされた細胞として一貫して維持されてきた同じhES細胞株から分化した細胞を示す。これらの画像で示されるように、懸濁状態で維持されたhES細胞は、三つ全ての胚葉の誘導体に分化する完全な能力を保持した。
【0093】
もう一つの実験において、H9 hES細胞は、次の条件の下で培養された。
・容器:100 mLスピナーフラスコ
・接種(播種)密度:3.5 × 105 細胞/mL
・培地量:スピナーフラスコ当り50 mL
・使用された培地: mEF-CM + bFGF (8 ng/mL)
・攪拌速度:20 rpm (前述)
・培地交換:三日に一度
【0094】
図6は、その結果を示す。一度培養物が樹立されると、細胞は、問題なく12日間全体にわたって維持された。
【0095】
実施例4:長期懸濁培養
この実験は、別のhES細胞株を用いて行われた。細胞は、いくつかの異なる培養条件下でスピナーフラスコの代わりにシェーカーフラスコを用いて培養され、培養は、2ヶ月以上継続された。
【0096】
H1 hES細胞は、6穴プレートから収集され(mEF馴化培地においてMatrigel(商標登録)上で成長)、次の条件下でシェーカーフラスコ中に播種された。
・容器:100 mLシェーカーフラスコ
・接種(播種)密度:5.0 × 105 細胞/mL
・培地量:シェーカーフラスコ当り15 ml
・攪拌速度:80 rpm (37℃ CO2インキュベーター中のLabline ローテータ/シェーカー)
・培地交換:最初は隔日、その後2〜3日毎

使用された培地および培養期間は次の通りである。
A: mEF-CM + bFGF (8 ng/mL)。98日間維持。
B: mEF-CM + bFGF (8 ng/mL) + ラミニン(最初に33 μg/mL、その後の残りの培養で約10μg/ml)。49日間維持。
C: X-VIVO(商標)10 + FGF (40 ng/mL) + Flt-3 (75 ng/mL)。11日間維持。
D: X-VIVO(商標) 10 + FGF (40 ng/mL) + Flt-3 (75 ng/mL) + ラミニン(最初に33 μg/mL、その後の残りの培養で約10μg/ml)。11日間維持。

培養期間中の細胞数は次の表に示される。
(表3)懸濁培養におけるhES細胞の増殖
【0097】
細胞が未分化の表現型を保持しているかどうかを調べるために、培地Aで培養された細胞が、Matrigel(商標登録)上のbFGFを含有するmEF馴化培地にプレーティングされた。
【0098】
図7は、その結果を示す。継代の後、懸濁培養に由来する細胞が成長し、特徴的な未分化のhES細胞コロニーを示した。
【0099】
これらのデータは、hES細胞が少なくとも3ヶ月間懸濁培養として維持され得ること、および培養物が完全に樹立された後、潜在的には3倍から40倍増殖することができることを示す。
【0100】
実施例5:新鮮培地を用いた懸濁培養
次の実験では、懸濁培養において新鮮(非馴化)培地を用いる場合の代替えの添加物を評価する。
【0101】
hES細胞は、標準の条件下で新鮮培地の表面培養物から収集される(2 μg/cm2で6穴プレートにコーティングされたSigma製のヒトラミニン基質;80ng/mL bFGFおよび0.5 ng/mL TGFβ1を含有するX-VIVO 10(商標) 培地)。収集された細胞は、フラスコ当り50 mLで約5 × 105 細胞/mlの初期濃度を用いて100 mL スピナーフラスコ中の懸濁培養液に継代された。次の培地代替物が評価される。
1) X-VIVO(商標) 10+ bFGF (80ng/mL)
2) X-VIVO(商標) 10+ bFGF (80ng/mL) + TGFβ1 (0.5 ng/mL)
3) X-VIVO(商標) 10+ bFGF (40ng/mL) + TGFβ1 (0.5 ng/mL)
4) X-VIVO(商標) 10+ bFGF (80ng/mL) + TGFβ1 (0.5 ng/mL) + 10μg/mLヒトラミニン
5) X-VIVO 10(商標)+ bFGF (80ng/mL) + TGFβ1 (0.5 ng/mL) + 50μg/mL ヒト血清アルブミン
【0102】
各々のスピナーフラスコは、37℃ CO2インキュベーター内のBellco キャリアー・マグネチック・スターラー(Bellco Biotechnology, Vineland NJ) に20 rpmの初期攪拌速度で据え付けられる。攪拌速度は、細胞を懸濁状態に保ち、充分に通気を与える一方、剪断力を最小に保つように調整される。培地は、前述のように2〜3日毎に換えられ、細胞数がモニターされ、かつフラスコは必要に応じて分割される。
【0103】
定時的な間隔で、細胞は、各フラスコからサンプリングされ、形態を調べるためにラミニンでコーティングされた面の上にプレーティングされる。表面培養に戻された細胞および懸濁培養から直接採取された細胞は、実施例3にように、EB由来細胞の免疫細胞化学的染色によって多能性について試験される。
【0104】
上記の組成物ならびに工程は、請求された発明およびその同等物から逸脱することなく、効果的な改変が為され得るものである。
【0105】
本発明は以下の態様を含む。
(1)hES細胞が実質的に未分化の状態にある、ヒト胚性幹(hES)細胞の懸濁培養。
(2)細胞が少なくとも約40 ng/mLの濃度の繊維芽細胞成長因子を含有する培地で培養される、(1)に記載の培養。
(3)培地がトランスフォーミング成長因子ベータ(TGFβ)、幹細胞因子(SCF)、またはFlt3 リガンド(Flt3L)も含有する、(2)に記載の培養。
(4)細胞が一つまたは複数の、可溶性のまたは懸濁された細胞外マトリックス成分を含有する培地で培養される、(1)〜(3)のいずれかに記載の培養。
(5)細胞外マトリックス成分がヒトラミニンおよび/またはヒトフィブロネクチンを含む、(4)に記載の培養。
(6)細胞が固体微粒子と共に懸濁培養される、(1)〜(5)のいずれかに記載の培養。
(7)微粒子が、一つまたは複数の、可溶性のまたは懸濁された細胞外マトリックス成分でコーティングされる、(6)に記載の培養。
(8)hES細胞を培養する方法であって、以下の工程を含む方法:
a) 該細胞を栄養培地に懸濁する工程;
b) 培養している間、該細胞を懸濁状態に保つ工程;
c) 培地を定期的に交換する工程;
d) 必要に応じて培養液を時々分割し、細胞密度を減少させる工程;および最後に、
e) 培養液から細胞を収集する工程。
(9)細胞が少なくとも約40 ng/mLの濃度の繊維芽細胞成長因子を含有する培地で培養される、(8)に記載の方法。
(10)培地がトランスフォーミング成長因子ベータ(TGFβ)、幹細胞因子(SCF)、またはFlt3リガンド (Flt3L)も含有する、(9)に記載の方法。
(11)細胞が一つまたは複数の、可溶性のまたは懸濁された細胞外マトリックス成分を含有する培地で培養される、(8)〜(10)のいずれかに記載の方法。
(12)細胞外マトリックス成分がヒトラミニンおよび/またはヒトフィブロネクチンを含む、(11)に記載の方法。
(13)細胞が固体微粒子と共に懸濁培養される、(8)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(14)微粒子が、一つまたは複数の、可溶性のまたは懸濁された細胞外マトリックス成分でコーティングされる、(13)に記載の方法。
(15)細胞が少なくとも2ヶ月間懸濁培養される、(8)〜(14)のいずれかに記載の方法。
(16)細胞が、懸濁培養される間に少なくとも3倍増殖される、(8)〜(15)のいずれかに記載の方法。
(17)実質的に未分化の細胞集団が維持されるように、収集した細胞を固体表面にプレーティングして、該細胞の培養を継続する工程を更に含む、(8)〜(16)のいずれかに記載の方法。
(18)収集された細胞を分化させる工程を更に含む、(8)〜(17)いずれかに記載の方法。
(19)少なくとも約40 ng/mLの繊維芽細胞成長因子を含有する栄養培地を含む、hES細胞を懸濁培養するためのシステムまたはキット。
(20)培地に添加するための細胞外マトリックス成分または微粒子も含む、(19)に記載のシステムまたはキット。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7