【実施例1】
【0028】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明に係る車輪用軸受シールを備えた車輪用軸受の第1の実施形態を示す縦断面図、
図2(a)は、
図1のインナー側の車輪用軸受シールを示す縦断面図、(b)は、(a)の正面図、(c)は、(a)の車輪用軸受シールの反路面側の断面を示す拡大図、(d)は、(a)の車輪用軸受シールの路面側の断面を示す拡大図、
図3(a)は、
図2の車輪用軸受シールの変形例を示す縦断面図、(b)は、(a)の車輪用軸受シールの反路面側の断面を示す拡大図、(c)は、(a)の車輪用軸受シールの路面側の断面を示す拡大図、
図4(a)は、
図3の車輪用軸受シールの変形例を示す縦断面図、(b)は、(a)の車輪用軸受シールの反路面側の断面を示す拡大図、(c)は、(a)の車輪用軸受シールの路面側の断面を示す拡大図である。なお、以下の説明では、車両に組み付けた状態で車両の外側寄りとなる側をアウター側(
図1の左側)、中央寄り側をインナー側(
図1の右側)という。
【0029】
この車輪用軸受1は車輪用軸受装置に用いられ、第1世代と称されるもので、内周に複列の外側転走面2a、2aが一体に形成された外方部材2と、外周に前記複列の外側転走面2a、2aに対向する内側転走面3aが一体に形成された一対の内輪3、3と、両転走面間に収容された複列の転動体(ボール)4、4と、これらの転動体4、4を転動自在に保持する保持器5、5と、外方部材2と一対の内輪3、3との間に形成された環状空間の開口部に装着されたシール6、7とを備えている。
【0030】
外方部材2はSUJ2(JIS G 4805)等の高炭素クロム軸受鋼、あるいは浸炭鋼からなる。高炭素クロム軸受鋼の場合は820〜860℃でズブ焼入れされた後、160〜200℃で焼戻しされ、58〜64HRCの範囲に芯部まで硬化処理されている。また、浸炭鋼の場合は、表面が58〜64HRCの範囲に硬化処理されている。一方、内輪3も外方部材2と同様、SUJ2等の高炭素クロム軸受鋼、あるいは浸炭鋼からなり、高炭素クロム軸受鋼の場合は58〜64HRCの範囲に芯部まで硬化処理され、浸炭鋼の場合は、表面が58〜64HRCの範囲に硬化処理されている。また、転動体4はSUJ2等の高炭素クロム軸受鋼からなり、ズブ焼入れにより芯部まで58〜64HRCの範囲に硬化処理されている。
【0031】
この車輪用軸受1は、一対の内輪3、3の小径側(正面側)端面3b、3bが突き合された状態でセットされ、所謂背面合せタイプの複列のアンギュラ玉軸受を構成している。また、シール6、7によって、軸受内部に封入された潤滑グリースの外部への漏洩と、外部から雨水やダスト等が軸受内部に侵入するのを防止している。
【0032】
シール6、7のうちアウター側のシール6は、固定側部材となる外方部材2のアウター側端部の内周に所定のシメシロを介して圧入された芯金8と、この芯金8に加硫接着により一体に接合され、合成ゴム等で形成されたシール部材9とからなる一体型のシールで構成されている。
【0033】
また、インナー側のシール7は、互いに対向配置された環状のシール板10とスリンガ11とからなる複合型のシール、所謂パックシールで構成されている。シール板10は外方部材2に装着される芯金12と、この芯金12に加硫接着により一体に接合されたシール部材13とからなる。
【0034】
芯金12は、オーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)や防錆処理された冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)等の防錆能を有する鋼板からプレス加工にて断面略L字状に形成されている。この芯金12は、
図2(c)、(d)に拡大して示すように、外方部材2に圧入され、端部が僅かに縮径されて薄肉に形成された円筒状の嵌合部12aと、この嵌合部12aから径方向内方に延びる内径部12bとを備えている。
【0035】
シール部材13は、NBR(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)等の合成ゴムからなり、径方向外方に傾斜して延びるサイドリップ13aと、このサイドリップ13aの内径側に二股状に形成されたダストリップ13bとグリースリップ13cとを有している。そして、芯金12の嵌合部12aの端部外表面から内径部12bの内縁まで回り込んで固着され、図示しない外方部材との嵌合部の気密性を高めている。なお、シール部材13の材質としては、NBR以外にも、例えば、耐熱性に優れたHNBR(水素化アクリロニトリル−ブタジエンゴム)、EPM、EPDM(エチレン・プロピレンゴム)等をはじめ、耐熱性、耐薬品性に優れたACM(ポリアクリルゴム)、FKM(フッ素ゴム)、あるいはシリコンゴム等を例示することができる。
【0036】
さらに、本実施形態では、合成ゴムからなるシール部材13の低温弾性回復率10%を示す温度TR10(ゴムの弾性を表わす指標)が−35℃以下に設定されている。これにより、低温雰囲気でもリップの柔軟性を損なわずにリップ追従性を維持することができ、耐泥水性を発揮することができる。
【0037】
一方、スリンガ11は断面略L字状に形成され、図示しない内輪の外径に圧入される円筒部11aと、この円筒部11aから径方向外方に延びる立板部11bとを備えている。そして、シール部材13のサイドリップ13aが立板部11bに所定の軸方向シメシロを介して摺接されると共に、ダストリップ13bとグリースリップ13cが円筒部11aに所定の径方向シメシロを介して摺接されている。さらに、立板部11bのインナー側の側面には磁気エンコーダ14が加硫接着により一体に接合されている。この磁気エンコーダ14は、エラストマにフェライト等の磁性体粉が混入され、周方向等配で交互に磁極N、Sが着磁されてロータリエンコーダを構成している。
【0038】
ここで、
図2(c)に示すように、シール部材13の端部にシール板10とスリンガ11との間に形成される環状空間16を閉塞するひさし部15が一体に形成されている。具体的には、ひさし部15の内径d1が、磁気エンコーダ14の外径d2よりも小径(d1<d2)に設定されている。また、このひさし部15は、
図2(a)、(b)に示すように、ドレーン部DRとなる路面側に位置する下方部分を除く周方向部分に形成されている。そして、このひさし部15は磁気エンコーダ14と僅かなすきまを介して対向し、ラビリンスシール17を形成し、外部から泥水等がシール内部に浸入するのを防止している。なお、泥水がこのひさし部15を通してシール内部に浸入した場合、ドレーン部DR、すなわち、シール板10とスリンガ11との環状空間16を通して外部に排出することができ、密封性能を向上させた車輪用軸受シール1を提供することができる。
【0039】
ここでは、ひさし部15が形成されていないドレーン部DRは45〜75°の範囲に設定されている。この範囲が45°未満では、泥水の排出効果が半減すると共に、75°を超えた場合、路面から雨水等が跳ね掛けられてこの部分からシール内部に浸入する恐れがあるため好ましくない。
【0040】
なお、各シールリップ(サイドリップ13a,ダストリップ13b,グリースリップ13c)のシメシロのうちひさし部15を有する部分のシメシロがドレーン部DRに位置する部分のシメシロに比べ小さく設定されていれば、耐泥水性を維持したままシールの低トルク化を図ることができる。
【0041】
図3に、前述した車輪用軸受シール7の変形例を示す。この車輪用軸受シール18は、基本的にはシール部材の構成が一部異なるだけで、その他前述した実施形態と同一部品同一部位あるいは同様の機能を有する部品や部位には同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0042】
このシール18は、互いに対向配置された環状のシール板19とスリンガ11とからなるパックシールで構成されている。シール板19は外方部材2に装着される芯金12と、この芯金12に加硫接着により一体に接合されたシール部材20とからなる。
【0043】
シール部材20は、NBR等の合成ゴムからなり、径方向外方に傾斜して延びるサイドリップ13aと、このサイドリップ13aの内径側に二股状に形成されたダストリップ13bとグリースリップ13cとを有している。そして、芯金12の嵌合部12aの端部外表面から内径部12bの内縁まで回り込んで固着されている。
【0044】
そして、シール部材20の端部にシール板19とスリンガ11との環状空間16を閉塞するひさし部15が一体に形成されている。このひさし部15は、ドレーン部となる路面側に位置する下方部分を除く周方向部分に形成されている。ここで、本実施形態では、シール部材20のひさし部15から内径側に亙って、
図3(c)に示すドレーン部のシール部材20に比べ漸次厚肉になる傾斜部21が形成されている。すなわち、ドレーン部に位置する(c)に示すシール部材20の肉厚t2に比べ、ひさし部15を有する(b)に示すシール部材20の肉厚t1が大きく設定されている(t1>t2)。これにより、泥水がシール内部に浸入した場合でも、この傾斜部21に沿って泥水がシール板19とスリンガ11との環状空間16を通して容易に外部に排出することができ、密封性能を向上させることができる。
【0045】
なお、傾斜部21は、ひさし部15を有する部分からドレーン部に亙って、シール部材20の肉厚がt1からt2に漸次減少して行くように形成されているので、シール内部に浸入した泥水が、この傾斜部21に沿ってスムーズに外部に排出することができる。
【0046】
また、ここでは、ひさし部15が磁気エンコーダ14に僅かなすきまを介して対向するように設定されているが、これに限らず、僅かに磁気エンコーダ14に接触するようにしても良い。この場合、ひさし部15の摩耗を抑制するため、ひさし部15の先端部に予めグリースが塗布されるのが好ましい。このグリースは、軸受内部に封入されるグリースおよびシールリップに塗布されるグリースと同じ仕様、あるいは、少なくともその基油と増ちょう剤が同じものを使用すると良い。ここでは、軸受内部には、増ちょう剤としてウレア系有機化合物を含有させたウレア系グリース(日本石油製、商品名N6Bグリース)が封入されている。これにより、軸受内部に封入されたグリースと混ざっても、稠度等の性状が変化して潤滑性が劣化するのを防止することができる。
【0047】
図4に示す車輪用軸受シール22は、前述した車輪用軸受シール18の変形例である。この車輪用軸受シール22は、互いに対向配置された環状のシール板19とスリンガ11とからなるパックシールで構成されている。なお、この車輪用軸受シール22は、基本的にはスリンガ11に磁気エンコーダ14が接合されていない点が異なるだけで、その他前述した実施形態と同一部品同一部位あるいは同様の機能を有する部品や部位には同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0048】
シール板19は外方部材2に装着される芯金12と、この芯金12に加硫接着により一体に接合されたシール部材20とからなる。シール部材20は、NBR等の合成ゴムからなり、径方向外方に傾斜して延びるサイドリップ13aと、このサイドリップ13aの内径側に二股状に形成されたダストリップ13bとグリースリップ13cとを有している。そして、芯金12の嵌合部12aの端部外表面から内径部12bの内縁まで回り込んで固着されている。
【0049】
そして、シール部材20の端部にシール板19とスリンガ11との環状空間16を閉塞するひさし部15が一体に形成されている。このひさし部15は、ドレーン部となる路面側に位置する下方部分を除く周方向部分に形成されている。ここで、本実施形態では、シール部材20のひさし部15の内径d1がスリンガ11の立板部11bの外径d3よりも小径(d1<d3)に設定され、ひさし部15が立板部11bに僅かなすきまを介して対向し、ラビリンスシール17が形成されると共に、ドレーン部に位置する(c)に示すシール部材20の肉厚t2に比べ、ひさし部15を有する(b)に示すシール部材20の肉厚t1が大きく設定されている(t1>t2)。これにより、前述した実施形態と同様、泥水がこのひさし部15を通してシール内部に浸入した場合、この傾斜部21に沿って泥水がシール板19とスリンガ11との環状空間16を通して容易に外部に排出することができ、密封性能を向上させることができる。
【実施例4】
【0056】
図7は、本発明に係る車輪用軸受装置の第4の実施形態を示す縦断面図である。なお、前述した実施形態と同一部品同一部位あるいは同様の機能を有する部品や部位には同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0057】
この車輪用軸受装置は従動輪側の第3世代と称され、ハブ輪28と、このハブ輪28に固定された内輪3とからなる内方部材29と、この内方部材29に複列の転動体4、4を介して外挿された外方部材30とを備えている。
【0058】
ハブ輪28は、アウター側の端部に車輪取付フランジ31を一体に有し、外周に一方(アウター側)の内側転走面28aと、この内側転走面28aから軸方向に延びる小径段部28bが形成されている。内輪3は、外周に他方(インナー側)の内側転走面3aが形成され、ハブ輪28の小径段部28bに所定のシメシロを介して圧入されると共に、小径段部28bの端部を径方向外方に塑性変形させて形成した加締部28cによって所定の軸受予圧が付与された状態で軸方向に固定されている。
【0059】
ハブ輪28はS53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、内側転走面28aをはじめ、後述するアウター側のシール32のシールランド部となる車輪取付フランジ31のインナー側の基部31bから小径段部28bに亙って高周波焼入れによって58〜64HRCの範囲に表面が硬化処理されている。
【0060】
外方部材30は、外周に懸架装置を構成するナックル(図示せず)に取り付けられるための車体取付フランジ30bを一体に有し、内周に内方部材29の内側転走面28a、3aに対向する複列の外側転走面30a、30aが一体に形成されている。これら両転走面30a、28aおよび30a、3a間には保持器5を介して複列の転動体4、4が転動自在に収容されている。この外方部材30はS53C等の炭素0.40〜0.80wt%を含む中高炭素鋼で形成され、少なくとも複列の外側転走面30a、30aが高周波焼入れによって58〜64HRCの範囲に表面が硬化処理されている。
【0061】
また、外方部材30と内方部材29との間に形成される環状空間の開口部にはシール32、7が装着され、軸受内部に封入された潤滑グリースの外部への漏洩と、外部から雨水やダスト等が軸受内部に浸入するのを防止している。
【0062】
アウター側のシール32は、外方部材30のアウター側端部の内周に所定のシメシロを介して圧入された芯金33と、この芯金33に接合されたシール部材34とからなる一体型のシールで構成されている。シール部材34はNBR等の合成ゴムからなり、加硫接着によって芯金33に一体に接合され、径方向外方に傾斜して形成されたサイドリップ34aとダストリップ34b、および軸受内方側に傾斜して形成されたグリースリップ34cを一体に有している。
【0063】
車輪取付フランジ31のインナー側の基部31bは断面が円弧状の曲面に形成され、この基部31bにサイドリップ34aとダストリップ34bが所定のシメシロをもって摺接されると共に、グリースリップ34cが所定の径方向シメシロを介して摺接されている。なお、シール部材34の材質としては、NBR以外にも、例えば、耐熱性に優れたHNBR、EPDM等をはじめ、耐熱性、耐薬品性に優れたACM、FKM、あるいはシリコンゴム等を例示することができる。
【0064】
以上、本発明の実施の形態について説明を行ったが、本発明はこうした実施の形態に何等限定されるものではなく、あくまで例示であって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。