【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者等は、工具基体表面に物理蒸着(PVD)法で硬質皮膜を形成した後、その最表面層を被覆形成するためのゾル−ゲル法について鋭意検討したところ、アルミニウムのアルコキシドにアルコールと酸を添加し、低温条件下で長時間の加水分解・低温熟成処理を行い、次いで、水を添加して高結晶化処理を施すことにより調製したアルミナゾルを、最表面層として塗布・乾燥した後焼成することにより、α型結晶構造を有する酸化アルミニウム層を被覆形成し得ることを見出したのである。
【0008】
即ち、アルミナゾルの調製に際し、低温熟成処理として、通常よりも低温下での攪拌と長時間の保持を行うことで、加水分解及び重縮合の反応速度を抑制し、Al−Oの結合からなる酸化アルミニウム前駆体を密に形成させた後に、高結晶化処理としてアルミニウムのアルコキシド中のアルミニウム量が所定濃度となるように水を添加し、所定温度における加熱を施した場合には、更なるアルミニウムアルコキシドの加水分解及び重縮合反応が促進され、コランダム型構造に近い八面体AlO
6をより多く形成することができるため、このアルミナゾルを硬質皮膜の最表面層として塗布し、乾燥・焼成すると、ち密かつ結晶性の高いコランダム型結晶構造を有するαアルミナ層からなる硬質皮膜の最表面層を形成し得ることを見出したのである。
【0009】
また、最表面層の酸化アルミニウム層と接する硬質皮膜を、該硬質皮膜中の金属成分に占めるAlの含有割合が40原子%以上である窒化物皮膜として形成した場合には、最表面層の酸化アルミニウム層との密着強度が高くなるため、切削加工時の衝撃等による酸化アルミニウム層の剥離、欠損等の発生抑制という観点から好ましい。
【0010】
そして、本発明の製造方法によって製造された表面被覆切削工具は、最表面の酸化アルミニウム層の表面が平滑であり、切屑に対する耐溶着性に優れることと相俟って、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を発揮することを見出したのである。
【0011】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、高速度鋼あるいは立方晶窒化硼素基超高圧焼結体からなる工具基体の最表面に、0.05〜5μmの膜厚を有し、コランダム型の結晶構造を有するαアルミナ構造の酸化アルミニウム層を被覆形成する表面被覆切削工具の製造方法において、
上記酸化アルミニウム層は、アルミニウムのアルコキシドにアルコールを添加し、さらに酸を添加した後、10℃以下の温度範囲にて攪拌してゾルを生成させ、該ゾルに含まれるアルミニウムと水のモル比が1:30〜1:150になるようにゾルに水を添加した後、15〜80℃の温度にて加熱・攪拌する高結晶化処理を施し、該高結晶化処理を施したゾルを、上記工具基体の表面あるいは工具基体表面に形成した硬質皮膜の最表面へ塗布し、それに続き100〜400℃で乾燥する処理を1回以上繰り返し行
うことによってアルミナの乾燥ゲルを形成し、次いで、500〜
900℃の温度範囲で焼成処理を行うゾル−ゲル法により被覆形成する、
ことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆切削工具の製造方法。
【0012】
(2) 上記工具基体の表面に、硬質皮膜として、周期律表の4a、5a、6a族、Al、Siから選ばれる少なくとも一種以上の元素を含有する窒化物を物理蒸着法、化学蒸着法もしくはゾル‐ゲル法によって被覆し、該硬質皮膜最表面に上記酸化アルミニウム層を形成することを特徴とする前記(1)に記載の耐摩耗性にすぐれた表面被覆切削工具の製造方法。
【0013】
(3) 上記工具基体の表面に、予め、窒化処理を施すことを特徴とする前記(1)に記載の耐摩耗性にすぐれた表面被覆切削工具の製造方法。
【0014】
(4) 上記のアルミニウムのアルコキシドにアルコールを添加する際に、平均粒径10〜300nmのαアルミナ粒子を含有するアルコールを添加することを特徴とする前記(1)乃至(3)のいずれかに記載の耐摩耗性にすぐれた表面被覆切削工具の製造方法。」
を特徴とするものである。
【0015】
以下、本発明について、詳細に説明する。
【0016】
この発明の表面被覆切削工具の製造方法では、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、高速度鋼あるいは立方晶窒化硼素基超高圧焼結体からなる工具基体の表面に直接、コランダム型の結晶構造を有するαアルミナ構造の酸化アルミニウム層をゾル−ゲル法により被覆形成する。
【0017】
また、この発明の表面被覆切削工具の製造方法では、上記工具基体の表面に、当業者において既に知られている硬質皮膜、即ち、周期律表の4a、5a、6a族およびSiから選ばれる少なくとも1種以上の元素とAlとを含有する窒化物からなる少なくとも1層以上の硬質皮膜(例えば、TiAlN膜、CrAlN膜等)を物理蒸着(PVD)法により形成した後、該硬質皮膜の最表面にコランダム型の結晶構造を有するαアルミナ構造の酸化アルミニウム層をゾル−ゲル法により被覆形成することもできる。
【0018】
なお、上記物理蒸着(PVD)法による硬質皮膜の形成に際しては、酸化アルミニウム層と接する硬質皮膜については、密着性を高めるという観点から、該硬質皮膜中の金属成分に占めるAlの含有割合が40原子%以上である窒化物皮膜として形成することが望ましい。
【0019】
これは、硬質皮膜中の金属成分に占めるAlの含有割合が40原子%以上の窒化物皮膜であると、窒化物皮膜と酸化アルミニウム皮膜との界面にアルミニウム濃度の高い酸化物を形成し、この酸化物が窒化物皮膜と酸化アルミニウム皮膜を強固に接着する作用を有するようになるため、という理由による。
【0020】
本発明のゾル−ゲル法による酸化アルミニウム層の被覆形成工程は、具体的には次のとおりである。
アルミナゾルの調製:
まず、アルミニウムのアルコキシド(例えば、アルミニウムセカンダリブトキシド、アルミニウムプロポキシド)にアルコール(例えば、エタノール、1−ブタノール。)を添加し、さらに、酸(例えば、塩酸、硝酸)を添加(同時に、平均粒径10〜300nmのαアルミナ粒子を添加してもよい)した後、10℃以下の温度範囲にて攪拌し、かつ、例えば、12時間以上の熟成処理を行うことによってアルミナゾルを形成する。
【0021】
なお、アルコール添加に際し、酸化アルミニウム層形成時における結晶核生成促進による低温成膜及び結晶性向上のために、平均粒径10〜300nmのαアルミナ粒子をあらかじめ含有させておいたアルコールを添加することが均一なゾルを作製する点から好ましい。それは、コーティングした際にαアルミナ粒子が結晶成長の起点となる核となるため、焼成工程の早い段階で結晶化させる効果があるためであるが、αアルミナ粒子を含有するアルコールを添加する場合、αアルミナ粒子の平均粒径が10nm未満であると、結晶成長の起点となりうる臨界核サイズに達しないため、αアルミナ粒子周囲のアルミナゾルからの結晶成長が起きず、孤立してしまい、焼成後は周囲の結晶粒との結合力が弱い箇所となりやすい。一方、平均粒径が300nmを超えると、αアルミナ粒子を起点とする結晶核が過度に粗大粒子として成長してしまい、膜硬度の低下、膜中欠陥を誘発するため、添加するαアルミナ粒子の平均粒径は10〜300nmとする。
また、アルコール中のαアルミナ粒子含有量は、アルミニウムのアルコキシドに対して0.5質量%未満であると、結晶核を一定密度以上で膜中に均一分布させるために必要な核生成数を満足できず、膜中の結晶性が場所によって不均一になってしまうため、切削の際に異常摩耗を誘発させやすい。アルミニウムのアルコキシドに対して5質量%を超えるとアルミナゾル中においてαアルミナ粒子の凝集が起きやすく、酸化アルミニウム層形成時に該凝集部が膜中の粗大粒子として形成し、膜中欠陥を誘発するという理由からαアルミナ粒子の添加量はアルミニウムのアルコキシドに対して0.5〜5質量%の範囲とすることが望ましい。
【0022】
また、添加する酸の濃度は、0.01〜4.0Nが望ましく、アルコールに対する酸の添加量は、0.5〜5倍(容量)が望ましい。
【0023】
通常行われるアルミナゾルの調製においては、40〜80℃での攪拌と、その攪拌温度で数時間程度の熟成処理が行われるが、この発明においては、10℃以下の低温度範囲における攪拌を、例えば、12時間以上という長時間をかけた低温熟成処理を行う。
【0024】
ここで、攪拌時の温度が10℃を超えると加水分解が急速に進んでしまうため、前駆体が密に形成されず、後工程の焼成工程でαアルミナが形成されなくなることから、攪拌時の温度を10℃以下の低温温度範囲とした。
【0025】
なお、熟成時間を12時間以上という長時間にしたのは、低温で徐々に加水分解を促し、酸化アルミニウム前駆体を密に生成させるという理由による。
【0026】
次いで、この発明では、上記低温熟成処理を行った上記アルミナゾルに対して、該ゾルに含まれるアルミニウムと水のモル比が1:30〜1:150になるようにゾルに水を添加した後、15〜80℃の温度にて加熱・攪拌する高結晶化処理を施す。
低温熟成処理を行った上記アルミナゾルに含まれるアルミニウムと水のモル比が1:30〜1:150になるようにゾルに水を添加する技術的な理由、及び、15〜80℃の温度にて加熱、攪拌する技術的な理由は、低温熟成処理により密に形成した酸化アルミニウム前駆体を起点として、上記水の添加と加熱により、更なるAl−Oの結合を促すことでαアルミナコランダムに近い八面体AlO
6をより強固に多く形成させることができ、添加後の水量の最終的なモル比が30未満では、水に含まれるOの供給が十分でないために、アルミニウムのアルコキシドの加水分解及び重縮合反応が十分進まず、αアルミナコランダムに近い八面体AlO
6を多く形成させ、結晶性向上を達成するために必要なAl−Oの結合数を満たさない。一方、150を超えると、アルミナゾルの体積あたりのAl−Oの結合数が少なくなってしまい、コーティングした際にち密な酸化アルミニウム膜とならないことから、アルミニウムと水のモル比を1:30〜1:150と定めた。
また、高結晶化処理の加熱・攪拌温度が15℃未満では、アルミニウムアルコキシドの加水分解及び重縮合反応が十分に促進されないため、αアルミナコランダムに近い八面体AlO
6が十分な数をもって形成せず、結晶性の高い酸化アルミニウム層が形成できない。
一方、加熱・攪拌温度が80℃を超えると溶媒の揮発が進み、低温熟成処理にて密に形成された酸化アルミニウム前駆体が破壊されてしまい、結晶性の高い酸化アルミニウム層を成膜できない。
故に、高結晶化処理の加熱・攪拌温度は15〜80℃と定めた。
【0027】
乾燥・焼成:
上記で調製したアルミナゾルを、工具基体の表面へ直接、あるいは、工具基体表面に物理蒸着(PVD)法で形成した硬質皮膜の最表面へ塗布し、それに続き100〜400℃、より好ましくは250〜350℃での乾燥処理を1回以上繰り返し行い、次いで、500〜1000℃、より好ましくは600〜900℃の温度範囲で焼成処理を行って酸化アルミニウム層を被覆形成する。
【0028】
上記乾燥処理によってアルミナの乾燥ゲルが形成され、次いで行う焼成処理によって、硬質皮膜表面に、コランダム型の結晶構造を有するαアルミナ構造の酸化アルミニウム層が被覆形成される。
【0029】
上記酸化アルミニウム層の膜厚は、アルミナゾルの塗布厚さおよび塗布回数に依存するが、被覆形成された上記酸化アルミニウム層の膜厚が0.05μm未満では、長期の使用にわたって表面被覆工具としてすぐれた耐摩耗性を発揮することができず、一方、膜厚が5μmを越えると酸化アルミニウム層が剥離を生じやすくなることから、上記酸化アルミニウム層の膜厚は0.05〜5μmと定めた。
【0030】
また、乾燥処理の温度範囲を100〜400℃、より好ましくは250〜350℃、焼成処理の温度範囲を500〜1000℃、より好ましくは600〜900℃と定めたのは、それぞれ、乾燥温度については、100℃未満では十分な乾燥が行えず、400℃を超えると焼成が同時に進行して膜にクラック等を発生し、皮膜が剥離等を生じやすくなるためであり、焼成温度については、500℃未満では切削に十分な結晶性を有する酸化アルミニウム層が形成されず、1000℃を越える温度で焼成した場合、特に大きな問題はないが、下地として成膜した(Ti,Al)N等の硬質皮膜の分解や酸化が生じたり、超硬合金やサーメット基体等の酸化が生じ、低温成膜の有利性が見られなくなるためという理由による。
【0031】
窒化処理:
上記酸化アルミニウム層は、工具基体に直接成膜することでも、その性能を発揮することは可能であるが、特に超硬合金や炭窒化チタン基サーメット、高速度鋼を基体とする場合には、あらかじめ工具基体表面を窒化処理により工具表面付近の金属結合相を窒化することによって表面硬化させ、その表面に酸化アルミニウム層を形成させることにより、酸化アルミニウム層と工具基体との密着強度が向上し、工具寿命を延長することが可能となる。