【実施例】
【0111】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0112】
〔実施例1〕
<GSH1過剰発現株の作製>
クラミドモナス由来のγ−グルタミルシステイン合成酵素(配列番号1)をコードするGSH1遺伝子(配列番号2)を、PsaD遺伝子のプロモーター(PsaDプロモーター)の下流に連結したプラスミドを作製した。
【0113】
具体的には、クラミドモナス用ベクターである環状DNA、pSP124S(Plant Journal (1998) Vol. 14(4): 441-447. を参照)を、制限酵素EcoRIおよびEcoR5を同時処理することによりで開環し、配列番号4のポリヌクレオチド(約3.13キロ塩基対)を連結すると同時に再度環状化させた。この環状DNAを公知の方法で、大腸菌を用いて増幅させ、大腸菌より抽出・精製した。
【0114】
配列番号4で示されるポリヌクレオチドは、以下の方法によって作製した。
【0115】
(1)クラミドモナス・ラインハルディCC503株(クラミドモナスセンター、米国、デューク大学より分譲を受けた)をTAP培地、24℃、50μE/m
2/秒の条件で4日間培養した。この培養物より集めた細胞を材料に、cDNA合成試薬キット(タカラバイオ社製、Solid phase cDNA synthesis kit)を用いcDNAの混合物を調製した。このcDNA混合物を鋳型として、配列番号5および6のオリゴヌクレオチドを用いて、公知の方法によりPCR反応(アニーリング温度は58℃)を実施し、クラミドモナスGSH1遺伝子をORFとこれに続く3‘UTR領域を連続した約2.27キロ塩基対のポリヌクレオチドとして回収した。さらに、制限酵素EcoR1を用いて末端構造を加工した。
【0116】
(2)上記(1)と同様に培養、集積したCC503の細胞を材料に、DNA抽出試薬キット(日本ジーン社製、Isoplant)を用いてゲノムDNAを調製した。このゲノムDNAを鋳型として、配列番号7および8のオリゴヌクレオチドを用いて、公知の方法によりPCR反応(アニーリング温度は56℃)を実施し、クラミドモナスPsaD遺伝子のプロモーター領域を約0.86キロ塩基対のポリヌクレオチドとして回収した。さらに、制限酵素Hpa1を用いて末端構造を加工した。
【0117】
(3)上記(1)および上記(2)で調製した2種類のポリヌクレオチド断片をDNAリガーゼ(東洋紡社製、Ligation High)を用いて、公知の方法により連結させた。以上の実験操作により、一端が平滑末端(blunt end)であり、他の一端がEcoR1による粘着性末端(sticky end)である、PsaDプロモーター−GSH1遺伝子のポリヌクレオチド断片が調整できた。配列番号4に示される塩基配列のうち、第853位〜第855位が開始コドンであり、第2294位〜第2296位が終止コドンである。すなわち、クラミドモナスGSH1遺伝子は、配列番号3に示される塩基配列のうち、第853位〜第2296位をオープンリーディングフレーム(ORF)として有している。
・5’GCTCTCGCCTCAGGCGTT 3’(配列番号5)
・5’GGGGAATTCCTGAGCGAGGGCCTTACAAG 3’(配列番号6)
・5’ATCAGCACACACAGCAGGCTCAC 3’(配列番号7)
・5’TGTTAACCATTTTGGCTTGTTGTGAGTAGC 3'(配列番号8)
上述のごとく作製した、PsaDプロモーター−GSH1のポリヌクレオチドを含むプラスミドを、制限酵素EcoR1により線状化し、エレクトロポレーション法(Funct. Plant Biol. (2002)vol. 29: 231-241を参照)により、クラミドモナス・ラインハルディ(Chlamydomonas reinhardtii)CC503株(以下、「クラミドモナス」と称する。)へ導入した。当該ポリヌクレオチドがゲノムDNAへ挿入され、細胞の複製に伴い子世代へ安定に受け継がれる形質転換株(以下、「GSH1過剰発現株」と称する。)を、CC503株がブレオマシシン耐性を獲得したことを指標に選抜した。当該ポリヌクレオチドを含むプラスミドDNAのゲノムDNAへの挿入はPCR法により確認した。
【0118】
なお、PsaD遺伝子は、光合成に関与する遺伝子である。このため、照射する光の強さを変えることによって、PsaDプロモーターの活性を調節し、GSH1遺伝子の発現量を調節することができる。つまり、GSH1過剰発現株に対して強い光を照射すると、GSH1過剰発現株における外因性のGSH1の発現量は多くなり、弱い光を照射すると、GSH1過剰発現株における外因性のGSH1の発現量は少なくなる。
【0119】
〔実施例2〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現株を、トリス−酢酸−リン酸(TAP)培地、pH7(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 54, 1665-1669.を参照)を用いて、半従属栄養条件下で培養し、増殖能およびデンプン産生能を評価した。コントロールとして、野生型クラミドモナス株であるCC503株(以下、「親株(野生型株)」と称する)を用いた。それぞれの試料の培養条件を表1および表2に示す。
【0120】
【表1】
【0121】
【表2】
【0122】
試料2および試料6において、TAP培地中に加えたL-Buthionine-sulfoximine(略称BSO(型番B2515、シグマ・アルドリッチ社製)は、GSH合成酵素の阻害剤である。
【0123】
結果を
図1および
図2に示す。
図1の(a)は、GSH1過剰発現株の増殖能を表すグラフであり、(b)は、培養開始309時間後の培養液の状態を表す図である。
図2の(a)は、親株(野生型株)の増殖能を表すグラフであり、(b)は、培養開始215時間後の培養液の状態を表す図である。
図1の(a)および
図2の(a)のグラフの縦軸は、光学密度(OD)を表し、横軸は、培養時間を表している。縦軸に示した光学密度は、赤外線(950nm)の透過光量に基づいてOD値を測定する装置(タイテック社製、ODSensor-S/ODBox-A)により測定した。また、グラフ中に記入した矢印は、フローサイトメトリー(FCM)を行ったタイミングを表している。
【0124】
図1の(a)に示したように、試料1〜4の細胞は、すべて、半従属栄養条件下において、増殖能を有していた。それぞれの試料の増殖能に大きな違いがなかったことから、外因性のGSH1遺伝子の発現は、クラミドモナスの増殖に影響を与えないことが確認された。また、
図1の(b)に示したように、試料1や試料4では、培養液の白濁が認められた。
【0125】
なお、本実施例でいう「半従属栄養」とは、培地中の酢酸を主な炭素源として培養しているが、光を照射しかつ培養フラスコを密封していないため、酢酸と比べて、成長へ寄与度は少ないが、大気中の二酸化炭素も炭素源として利用している状態のことをいう。
【0126】
培養液の白濁が認められた試料4の培養液をマイクロチューブに回収し、遠心分離によって得られた白色の沈殿物について、ヨウ素デンプン反応を行った。その結果を、
図1の(c)に示す。
図1の(c)に示すように、試料4から回収した白色粒子は、ヨウ素デンプン反応によって青紫色に着色することから、デンプンが凝集したものであることが明らかになった。従って、培養液の白濁が認められた試料1や試料4では、デンプンが産生されたことが明らかになった。なお、GSH1過剰発現細胞内で産生されたデンプンは、デンプン粒として、細胞外に排出されると考えられた。
【0127】
一方、試料2や試料3では、培養液が白濁する現象が認めらなかった。GSH合成酵素の阻害剤であるBSOを加えた試料2では、BSOによって試料2のGSH1過剰発現株におけるGSHの合成が阻害されたため、デンプンが細胞外に排出されなかったと考えられた。また、試料1や試料4よりも弱い光を照射した試料3では、試料1や試料4よりもGSH1過剰発現株における外因性のGSH1の発現量が少ないため、培養液の白濁が認められる程度にデンプンが細胞外に排出されなかったと考えられた。
【0128】
これに対して、
図2の(a)に示すように、試料5〜8の細胞は、すべて、半従属栄養条件下において、増殖能を有していたが、
図2の(b)に示したように、試料5〜8では、培養液の白濁は認められなかった。つまり、親株(野生型株)では、TAP培地において、80μE/m
2/秒以下の光量の光を照射する培養条件では、デンプン粒が細胞外に排出されなかった。
【0129】
さらに、試料4のGSH1過剰発現株および試料8の親株(野生型株)の状態をさらに詳細に解析するために、フローサイトメトリーを行った。具体的には、それぞれの細胞に488nmの励起光を照射し、600nm付近の蛍光強度を測定した。かかる600nm付近の蛍光は、クロロフィルの蛍光に相当する。クロロフィルの蛍光と同時に、細胞の密度を測定するための内部標準として、ベックマン・コールター製の蛍光性微粒子(商品名:Flow count)を共存させ、488nmの励起光により発する525nm〜700nmの蛍光を測定した。また、前方散乱光および側方散乱光を測定することによって、細胞(粒子)の大きさおよび細胞(粒子)内部の複雑さを測定した。
【0130】
結果を
図3および
図4に示す。
図3の(a)は、試料8の親株(野生型株)におけるクロロフィルの蛍光を示す細胞(粒子)のヒストグラムを表す図であり、(b)は、試料8の親株(野生型株)の培養物中に浮遊する粒子の大きさと粒子内部の複雑さとの相関を表す図である。また、
図4の(a)は、試料4のGSH1過剰発現株におけるクロロフィルの蛍光を示す細胞(粒子)のヒストグラムを表す図であり、(b)は、試料4のGSH1過剰発現株の培養物中に浮遊する粒子の大きさと粒子内部の複雑さとの相関を表す図である。なお、
図3の(a)および
図4の(a)の図中に記載した矢印は、内部標準のピークを表している。また、
図3の(b)および
図4の(b)の図中に記載した四角の枠は、生細胞が存在している画分を表している。
【0131】
図3の(a)および(b)に示したように、試料8の親株(野生型株)では、ほとんどの細胞が葉緑体(クロロフィル)を有する、生細胞であることが確認された。
【0132】
これに対して、
図4の(a)に示すように、試料4のGSH1過剰発現株では、クロロフィルの蛍光がほとんど検出されなかった。そして、
図4の(b)に示すように、試料4のGSH1過剰発現株では、生細胞があまり存在していなかった。
図4の(b)において、四角の枠外に存在している粒子は、細胞外に排出されたデンプン粒であると考えられた。つまり、GSH1過剰発現株では、細胞内で産生されたデンプンは、細胞の死を伴って、デンプン粒として細胞外に排出されていると考えられた。
【0133】
図3の(a)の図および
図4の(a)の図における、「励起光(488nm)照射によりクロロフィル由来の蛍光を発した粒子の密度」を表3に示し、「励起光(488nm)照射によりクロロフィル由来の蛍光を発しなかった粒子の密度」を表4に示す。なお、表3および表4に示した細胞(粒子)の個数は、内部標準の値を基準に算出し、培養液1mLに含まれる粒子数を10の3乗で除した数値で表した。
【0134】
【表3】
【0135】
【表4】
【0136】
〔実施例3〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現株を、窒素飢餓条件下で培養し、増殖能およびデンプン粒の産生能を評価した。具体的には、GSH1過剰発現株を、実施例2と同じTAP培地を用いて、光量17μE/m
2/秒の連続光、24℃にて8日間、旋回台上で振とう培養した。その後、培養液を交換するために遠心分離(2000g、5分間)により細胞を沈降物として回収し、回収した細胞を2等分し、一方の細胞を、窒素源を含まないTAP N−free培地(GormanおよびLevine(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 54, 1665-1669.を参照)考案のTAP培地の組成のうち、塩化アンモニウムを同量の塩化カリウムで置換した培地)を用いて再懸濁し、他方の細胞を、アンモニウムを含む通常のTAP培地を用いて再懸濁した。再懸濁したときの細胞密度は、TAP培地を用いた前培養終了時の細胞密度の約1.1倍となるように調整した。すなわち、前培養90mLに含まれる細胞を、100mLの新しい培地で再懸濁した。光量80μE/m
2/秒にて、旋回台上で振とう培養し、一日毎に培養物の一部を分取し、増殖能およびデンプン産生能を評価した。コントロールとして、親株(野生型株、CC503株)を用いた。それぞれの試料の培養条件を表5および6に示す。
【0137】
【表5】
【0138】
【表6】
【0139】
結果を
図5および
図6に示す。
図5は、試料9および試料10における、「クロロフィルの蛍光を示す細胞(粒子)の密度」および「クロロフィルの蛍光を示さない細胞(粒子)の密度」の経時的な変化を表すグラフである。
図6は、試料11および試料12における、「クロロフィルの蛍光を示す細胞(粒子)の密度」および「クロロフィルの蛍光を示さない細胞(粒子)の密度」の経時的な変化を表すグラフである。
図5および
図6のグラフにおいて、縦軸は、細胞(粒子)の密度を示し、横軸は、培養時間を示す。培養時間は、培養液を交換したときを0時間として表している。また、
図5および
図6において、上記「クロロフィルの蛍光を示さない細胞(粒子)の密度」は、「デンプン粒の密度」に相当する。また、
図5および
図6において、(b)および(c)の凡例中にある「TAP normal」、「TAP N-free」は、それぞれ「窒素源を含むTAP培地」、「窒素源を含まないTAP培地」の意味である。
【0140】
図5の(a)に示したように、GSH1過剰発現株においては、窒素源を含有している培養液中では、葉緑体を有している細胞の密度は、培養後開始後に一旦増加し、その後減少する傾向があった。一方、窒素源を含有していない培養液中では、葉緑体を有している細胞はほとんど増殖しなかった。また、培養液中の窒素源の有無に関係なく、デンプン粒の密度は、経時的に増加した。さらに、培養液中の細胞(葉緑体を有している細胞)の密度が減少してくると、デンプン粒の密度が増加する傾向があった。
【0141】
これに対して、
図6の(a)に示したように、親株(野生型株)においては、窒素源を含有している培養液中では、細胞は増殖するが、窒素源を含有していない培養液中では、細胞は緩やかに増殖した。また、親株(野生型株)においては、培養液中の窒素源の有無に関係なく、デンプン粒の密度は増加しなかった。親株(野生型株)では、窒素飢餓条件下においてデンプンの蓄積が起こることが報告されている。しかし、通常、クラミドモナスを培養する条件の光の強さ(80μE/m
2/秒)では、窒素飢餓条件下であっても、デンプン粒が細胞外に排出されることはない。結果は示さないが、250μE/m
2/秒の光を照射した場合も同様に、親株(野生型株)ではデンプン粒が細胞外に排出されることはなかった。
【0142】
試料9,10,11および12の培養液から、1日ないし2日の間隔で、一部を抜き取ったサンプルに含まれるデンプンを定量した。定量にはグルコース・テスト・ワコー(和光純薬工業社製)を使用した。その結果を
図5の(b),(c)および
図6の(b),(c)に示す。
【0143】
図5の(b)および
図6の(b)に示すように、窒素飢餓条件の場合(TAP N−free培地)では、GSH1過剰発現株および親株(野生型株)のいずれも培養液中のデンプン濃度は高まっている。一方、窒素飢餓条件でない場合(TAP 培地(N含有))、親株(野生型株)ではほとんど培地中のデンプン濃度は上昇しないが、GSH1過剰発現株では、窒素飢餓条件の場合と同様にデンプン濃度は上昇している。
【0144】
また、
図5の(c)および
図6の(c)に、培養液中のデンプン量を100万個の葉緑体を有する細胞あたりの数値で表現した結果を示す。同図に示すように、GSH1過剰発現株の細胞あたりの生産性は、親株(野生型株)に比べて、窒素飢餓条件の有無に関わらず、著しく向上していることがわかる。これは、デンプンの蓄積に関して、原料の一部である培地成分に対する歩留まりが、GSH1過剰発現株の方が親株(野生型株)より優れていることを意味する。また、細胞構成成分からなる廃棄物の発生量が、GSH1過剰発現株の方が、親株(野生型株)と比べて、低いことも意味し、さらにはデンプンの精製に関し、GSH1過剰発現株の方が、親株(野生型株)と比べて、容易であることも意味する。また、細胞を増殖段階から生産段階へと移行させる場合、実際には細胞密度を高めることも簡便なことから、細胞あたりの生産性が向上していることは、非常に優位性がある。
【0145】
なお、
図5および
図6で示した実験と同じ実験を独立して繰り返し行った結果を
図19および
図20に示す。
図19は、
図5と同様に、試料9および試料10における、「クロロフィルの蛍光を示す細胞(粒子)の密度」および「クロロフィルの蛍光を示さない細胞(粒子)の密度」の経時的な変化を表すグラフである。
図20は、
図6と同様に、試料11および試料12における、「クロロフィルの蛍光を示す細胞(粒子)の密度」および「クロロフィルの蛍光を示さない細胞(粒子)の密度」の経時的な変化を表すグラフである。
図19および
図20に示したように、
図5および
図6で示した実験と同じ実験を繰り返し行った場合に、得られた結果は
図5および
図6に示した結果と同じ傾向を示したことから、データの再現性が高いことが確認された。
【0146】
〔実施例4〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現株を独立栄養条件下で培養し、増殖能およびデンプン粒の産生能を評価した。具体的には、GSH1過剰発現株を、TAP培地で前培養した後、HSM培地(Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1960) 46, 83-91.を参照)へ植え継ぎ、培養容器底付近へ挿入したガラス管を介して無菌の空気を送気しながら、光照射した。培養液の攪拌には、マグネチック・スターラーを使用した。詳しい培養条件は表7のとおりである。コントロールとして、同条件にて、親株(野生型株)を培養し、増殖能およびデンプン粒の産生能を評価した。
【0147】
【表7】
【0148】
エアレーションに伴う蒸散により減少する培地量をおおむね300mLに維持するため、適時、滅菌水を補充した。
【0149】
結果を
図7に示す。
図7の(a)は、GSH1過剰発現株および親株(野生型株)における、「葉緑体の蛍光を示す細胞(粒子)の密度」および「葉緑体の蛍光を示さない細胞(粒子)の密度」の経時的な変化を表すグラフであり、(b)は、培養液あたりのデンプン量の経時的な変化を表すグラフである。
図7の(a)のグラフにおいて、縦軸は、細胞(粒子)の密度を示し、横軸は、培養時間を示す。培養時間は、独立栄養条件下で培養を開始したときを0時間として表している。また、
図7の(a)のグラフにおいて、上記「葉緑体の蛍光を示さない細胞(粒子)の密度」は、「デンプン粒の密度」に相当する。
【0150】
図7の(a)に示したように、GSH1過剰発現株においては、親株(野生型株)と比較すると増加速度が遅いものの、細胞の密度が、経時的に増加した。また、細胞の密度の増加に伴って、デンプン粒の密度が、経時的に、直線的に増加する傾向があった。これに対して、野生型株においては、細胞の密度は増加するが、デンプン粒はほとんど細胞外に排出されなかった。
【0151】
さらに、独立栄養条件下で培養後10日目の、GSH1過剰発現株および親株(野生型株)について、ヨウ素デンプン反応を行った。具体的には、GSH1過剰発現株の培養液1mLから、細胞(粒子)を遠心分離によって回収した。親株(野生型株)についても同様にして培養液から細胞(粒子)を回収した。回収した細胞(粒子)を、アセトンを用いて処理し、細胞からクロロフィルを除き、その後、ヨウ素デンプン反応を行った。細胞からクロロフィルを除くのは、ヨウ素デンプン反応の結果を見やすくするためである。
【0152】
結果を
図8に示す。
図8は、GSH1過剰発現株および親株(野生型株)におけるヨウ素デンプン反応の結果を表す図である。
図8に示したように、GSH1過剰発現株においては、ヨウ素デンプン反応によって白色の粒子が濃い青紫色に着色することから、デンプン粒が細胞外に排出されていることが確認された。また、親株(野生型株)においても、着色は弱いが、若干のヨウ素デンプン反応が認められた。この結果から、独立栄養条件下では、窒素飢餓条件下でなくとも、親株(野生型株)においても、ある程度のデンプンが産生されていることが示唆された。
【0153】
図7の(a)に示される独立栄養条件下での培養について、一日毎に経時的に採取した培養液サンプル1mLを用いて、デンプンの定量を行った。定量にはグルコース・テスト・ワコー(和光純薬工業社製)を使用した。
【0154】
結果を
図7の(b)に示す。GSH1過剰発現株においては、親株(野生型株)と比較するとデンプンの生産開始が早い。また、GSH1過剰発現株においては、同じ培養時を経た親株(野生型株)と比較するとデンプンの生産量が多い。例えば、培養10日目の培養液中のデンプン濃度は、培養液1Lあたり、GSH1過剰発現株では416.8mg、親株(野生型株)では196.4mgであった。従って、培養液あたりの生産性は、GSH1過剰発現株の方が、親株(野生型株)の2倍以上高かった。これは、デンプンの蓄積に関して、原料の一部である培地成分に対する歩留まりが、GSH1過剰発現株の方が親株(野生型株)より優れていることを意味する。また、細胞構成成分からなる廃棄物の発生量が、GSH1過剰発現株の方が、親株(野生型株)と比べて、低いことも意味し、加えてデンプンの精製に関し、GSH1過剰発現株の方が、親株(野生型株)と比べて、容易であることも意味する。さらには、
図7の(a)および(b)に示された実施例の結果は、デンプン生産量に対して細胞増殖量が抑えられていることから、GSH1過剰発現株は、親株(野生型株)と比較して、培地成分をより有効利用できる株であり、光合成によるデンプン生産を連続的に行う際の細胞株として、より好ましいことを示唆している。
【0155】
〔実施例5〕
100mlのTAP培地に実施例1で作製したGSH1過剰発現株を接種し、80μE/m
2/秒の連続光下で培養した。赤外線(950nm)の透過光量に基づいてOD値を連続的にモニターし、対数増殖期または定常期に、培養液を5mL抜き取り、抜き取った培養液を新しい100mLのTAP培地へ移植(継代)し、同様に培養を継続した。
【0156】
図9は、GSH1過剰発現株の増殖能を調べた結果を表す図である。
図9中に示した矢印は、その始点が、培養液を抜き取った時点を表している。また、
図9中、「初代」は初代培養を意味し、「継代1」は1回目の継代培養を意味し、「継代2」は2回目の継代培養を意味し、「継代3」は3回目の継代培養を意味し、「継代4」は4回目の継代培養を意味する。
【0157】
図9に示したように、GSH1過剰発現株は、対数増殖期のみならず、定常期に入ってから約150時間経過した培養であっても、種培養(Seed culture)として新たに増殖が可能であることが確認できた。なお、初代培養(初代)の指数関数的成長区間の近似線は、y=0.0067x−0.4287で表され、R
2=0.9959であった。また、継代1回目(継代1)の指数関数的成長区間の近似線は、y=0.0085x−1.774で表され、R
2=0.9952であった。
【0158】
但し、定常期に入ってから約150時間経過した培養を種(Seed)とする場合は、定常期に入ってすぐの培養を種とする場合と比べて、増殖の立ち上がりが18時間程度遅かった。この結果から、GSH1過剰発現株では、対数増殖期が終了した時点において、全ての細胞が細胞死を運命付けられているのではなく、対数増殖期が終了した集団の中には増殖能力を有している細胞が含まれていることが明らかになった。すなわち、GSH1過剰発現株では、対数増殖期および定常期の細胞を種として反復バッチ培養が可能であることが明らかになった。
【0159】
各増殖期におけるGSH1過剰発現株の特徴をさらに詳細に解析した結果を
図10に示す。
図10は、各継代時点でのGSH1過剰発現株の状態を調べた結果を表し、(a)は、
図9に示す「継代1」を行ったときのGSH1過剰発現株の細胞の大きさと細胞内部の複雑さとの相関を表す図であり、(b)は、
図9に示す「継代2」を行ったときのGSH1過剰発現株の細胞の大きさと細胞内部の複雑さとの相関を表す図であり、(c)は、
図9に示す「継代3」を行ったときのGSH1過剰発現株の細胞の大きさと細胞内部の複雑さとの相関を表す図である。
【0160】
図10に示すように、GSH1過剰発現株では、いかなる培養時期(対数増殖期および定常期)であってもデンプン粒の放出が認められることが確認された。なお、
図10の(a)〜(c)の前方散乱と側方散乱との相関図において、左下角に認められる粒子の集団がデンプン粒に相当する。
図10の(a)〜(c)から、デンプン粒が豊富に含まれていることが確認された。以上の結果から、対数増殖期の培養物においても、GSH1過剰発現株からデンプン粒が放出されていることが明らかになった。
【0161】
〔実施例6〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現株において、細胞外へ放出されたデンプン粒の形状を観察した。具体的には、細胞外へ放出されたデンプン粒を1mLの0.01%のTween20(登録商標、シグマ社製、型番P1379)に懸濁し、さらに9mLのPercoll(登録商標、シグマ社製、型番P1644)加えて分散させ、遠心分離(9,100×g、30分間)して精製し、得られたデンプン粒を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。
【0162】
図11は、GSH1過剰発現株から細胞外へ放出されたデンプン粒の形状を観察した結果を示す図である。
図11の(a)は、デンプン粒を走査型電子顕微鏡を用いて観察した結果を表す図である。
図11の(a)に示したように、GSH1過剰発現株によって生成されるデンプン粒は、その平均粒径が長径で1.3μm(標準偏差0.181)、短径で1.0μm(標準偏差0.204)の微小であり、かつ大きさの揃った粒子であることが確認された。トウモロコシ、ジャガイモ、コムギ等によって作られる一般的なデンプン粒は平均粒径が10〜50μmであることから、GSH1過剰発現株によって生成されるデンプン粒がいかに微小であるかがわかる。
【0163】
このように、GSH1過剰発現株によって生成されるデンプン粒は、トウモロコシ、ジャガイモ、コムギ等によって作られる一般的なデンプン粒に比べて微小である。かかる微小なデンプン粒は、医薬品の製造において有用である。
【0164】
また、GSH1過剰発現株におけるデンプン粒の放出は、細胞の破裂に伴う放出である。細胞の破裂に前後して、自己融解(autolysis)が起きるが、デンプン粒自体は自己融解を担う酵素による分解を受けない。このため、GSH1過剰発現株では、不純物の少ないデンプン粒が得られる。
【0165】
具体的には、細胞が自己融解しない場合は、細胞内に蓄積するデンプン粒を取り出すために、磨砕など化学的、物理的手段よって細胞を壊す工程が必要であり、また壊れた細胞の破片が残渣となってデンプン粒に混入する。一方、細胞が自己融解する場合は、酵素反応により、高分子のタンパク質、炭水化物、膜系等は、より低分子の物質に分解されるため、細胞の破片の発生は少なくなる。さらに、細胞が残らないということは、原料(培地成分)あたりのデンプン粒の生産効率が高いということであり、歩留まりが良いと言える。また、自己融解によって生じる低分子物質は、藻類の増殖に利用可能であると考えられ、このような物質のリサイクルにより、藻類の増殖に必要な培地の節約が期待できると考えられる。細胞の自己融解は、野生型株では起きず、GSH1過剰発現株でのみ起きる。
【0166】
なお、
図11の(b)は、GSH1過剰発現株から放出されたデンプン粒のおけるヨウ素デンプン反応の結果を表す図であるが、
図11の(b)に示したように、GSH1過剰発現株から放出されたデンプン粒は、対照として用いたコーンスターチと同様に、ヨウ素デンプン反応によって青紫色に着色することが確認された。
【0167】
また、
図11の(c)は、GSH合成酵素の阻害剤であるBSOを添加した場合の、GSH1過剰発現株のデンプン産生能を表す図であるが、BSOを加えなかったGSH1過剰発現株では、GSHの合成が阻害されないためデンプンが細胞外に排出されるのに対して、BSOを加えたGSH1過剰発現株では、BSOによってGSHの合成が阻害されたため、デンプンが細胞外に排出されないことが確認された。
【0168】
〔実施例7〕
GSH1過剰発現株における油脂産生能について検討した。具体的には、実施例1で作製したGSH1過剰発現株を、200mLのTAP培地(窒素源を含む)中で、17μE/m
2/秒の連続光下で4日間にわたり前培養した。次に、90mLの培養物に含まれる細胞を遠心分離(2,000g、5分)により回収し、集めた細胞を、新しい窒素源を含むTAP培地(100mL)または新しい窒素源を含まないTAP培地(100mL)に再懸濁することで培地交換を行った。その後、80μE/m
2/秒の連続光下で6日間にわたり培養した。前培養終了時および培地交換後6日目の細胞をナイルレッドで染色し、染色した細胞をフローサイトメトリーへ供した。
【0169】
コントロールとして、GSH1過剰発現株の親株であるクラミドモナス・ラインハルディCC503株(野生型株)を用いて同じ実験を行った。
【0170】
図12は、GSH1過剰発現株の油脂産生能を調べた結果を表し、(a)は、親株(野生型株)におけるナイルレッド由来の蛍光を示す細胞のヒストグラムを表す図であり、(b)は、GSH1過剰発現株におけるナイルレッド由来の蛍光を示す細胞のヒストグラムを表す図であり、(c)は、前培養に含まれるナイルレッド染色した親株(野生型株)の共焦点レーザー顕微鏡による観察結果を表す図であり、(d)は、前培養に含まれるナイルレッド染色したGSH1過剰発現株の共焦点レーザー顕微鏡による観察結果を表す図である。なお、
図12の(a)および(b)の上段のヒストグラムにおいて、薄い灰色ピークは窒素源を含むTAP培地で培養した細胞に相当し、白抜きのピークは窒素源を含まないTAP培地で培養した細胞に相当し、一番右(一番蛍光強度が強い)のピークは粒子密度を決めるために加えた人工蛍光ビーズ(内部標準)に相当する。
図12の(a)および(b)の下段のヒストグラムは、前培養に含まれるナイルレッド染色された細胞に相当する。
【0171】
図12に示したように、GSH1過剰発現株では、細胞あたりの蛍光強度が、4日間培養した前培養(窒素源あり)の培養試料、窒素源ありの培地に交換して6日後の培養試料、および窒素源なしの培地に交換して6日後の培養試料のこれら3点いずれの培養試料においても、親株と比較して増加していた。この結果は、個々の細胞に含まれる油脂の量に関し、GSH1過剰発現株は親株(野生型株)と比べて多いことを示している。具体的には、GSH1過剰発現株におけるナイルレッド由来の蛍光の蛍光強度は、親株(野生型株)と比べて約10の0.5乗倍(およそ3,2倍)強かった。
【0172】
図13は、GSH1過剰発現株の状態を調べた結果を表し、(a)は、GSH1過剰発現株の細胞の大きさと細胞内部の複雑さとの相関を表す図であり、(b)は、GSH1過剰発現株の細胞の大きさとナイルレッド由来の蛍光強度との相関を表す図であり、(c)は、(b)の図において四角で囲った領域に含まれている細胞に関して、細胞の大きさと細胞内部の複雑さとの相関を表す図であり、(d)は、親株(野生型株)の細胞の大きさと細胞内部の複雑さとの相関を表す図である。
【0173】
図13の(c)に示したように、
図13の(b)において強く蛍光を発する粒子の集団(
図13の(b)中の四角で囲った領域内の粒子)に対してゲートをかけると、細胞が強く光っていることがわかった。一方、細胞から遊離した微小粒子(すなわち、デンプン粒が属する微小粒子の集団)は光っていないことがわかった。以上のことから、デンプン粒と同程度の前方散乱を示し、かつデンプン粒と同程度の側方散乱を示す、微粒子の集団に油脂から成る微粒子は含まれないことを確認することができた。
【0174】
なお、ナイルレッド由来の蛍光が強く発せられるのは、細胞がその形態を残している場合であり、細胞が壊れ、そこに含まれる油脂が細胞から遊離した場合は、フローサイトメーター(FCM)では検出できない(検出されにくい)。このため、GSH1過剰発現株における細胞の崩壊が進むと、GSH1過剰発現株と親株(野生型株)との間の油脂量の差は実際よりも小さく見積もられる可能性が考えられた。
【0175】
そこで、GSH1過剰発現株と親株(野生型株)との間の油脂量の差をより明確にするために、それぞれの細胞から脂肪酸を抽出して、定量定量分析を行った。具体的には、上記フローサイトメトリーに供した細胞と同じ細胞(GSH1過剰生産株を、窒素源を含むTAP培地または窒素源を含まないTAP培地中で、80μE/m
2/秒の連続光下で6日間培養した細胞)を用い、GSH1過剰発現株によって産生された脂肪酸をBlighとDyerにより開発された方法(Can. J. Biochem. Physiol. 37(8): 911-917.を参照)によって回収し、回収した脂肪酸をメチルエステル化した後に、ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)へ供した。GC/MSでは、内部標準としてペンタデカン酸を添加した。ペンタデカン酸は、全ての試料に対して同じ量添加した。コントロールとして、GSH1過剰発現株の親株であるクラミドモナス・ラインハルディCC503株(野生型株)を用いて同じ実験を行った。
【0176】
すなわち、GC/MSへ供した試料は、以下の4種類である:
(i)窒素存在下で培養した親株(野生型株)
(ii)窒素飢餓条件下で培養した親株(野生型株)
(iii)窒素存在下で培養したGSH1過剰発現株
(iv)窒素飢餓条件下で培養したGSH1過剰発現株。
【0177】
なお、脂肪酸の標準品として次の市販品を用いた。ペンタデカン酸(ジーエルサイエンス社製、型番1021−43150)、パルミチン酸(シグマ社製、型番P0500)、パルミトレイン酸(シグマ社製、型番P9417)、ステアリン酸(シグマ社製、型番S4751)、オレイン酸(シグマ社製、型番O1008)、リノール酸(シグマ社製、型番L1376)、リノレン酸(シグマ社製、型番L2376)。
【0178】
図14は、ガスクロマトグラフ質量分析の結果を表す図である。
図14に示すように、全ての試料において、標準品に含まれているパルミチン酸(C
16:0)に相当するピークが認められた。この結果、親株(野生型株)およびGSH1過剰発現株において、脂肪酸としてパルミチン酸が産生されていることが確認された。
【0179】
親株(野生型株)およびGSH1過剰発現株に含まれている油脂量を定量した結果を表8に示す。
【0180】
【表8】
【0181】
表8に示したように、細胞100万個当たりに含まれている油脂量を比較したところ、GSH1過剰発現株に含まれている油脂量は、親株(野生型株)と比べて5倍以上多いことが確認された。以上のことから、藻類において葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させることによって細胞に含まれる油脂量が増加することが確認された。
【0182】
〔実施例8〕
クラミドモナス・ラインハルディsta6欠損変異株(「sta6変異株」ともいう。)は、野生型(クラミドモナス・ラインハルディSTA6)株に比べて油脂の含量が多いことが報告されている。細胞内油脂の貯蔵体であるオイルボディをナイルレッドで染色すると、sta6変異株は、野生型と比べて、より大きく、より多くのオイルボディを含むことが報告されている(Wang et al. (2009) Eukaryotic Cell Vol. 8 (12): 1856-1868.(非特許文献1)を参照)。
【0183】
そこで、sta6欠損変異株を親株として用いてGSH1過剰発現株を作製した。具体的には、クラミドモナス・ラインハルディCC503株の代わりに、sta6変異株であるCC4333株(クラミドモナスセンター、米国、デューク大学より分譲を受けた。)を用いた以外は、実施例1と同じ方法でGSH1過剰発現株(「GSH1過剰発現株(sta6
−背景)」と称する。)を作製した。
【0184】
図15は、GSH1過剰発現株(sta6
−背景)およびその親株(sta6
−)の状態を調べた結果を表し、(a)は、親株(sta6
−)の細胞の大きさと細胞内部の複雑さとの相関を表す図であり、(b)は、GSH1過剰発現株(sta6
−背景)の細胞の大きさと細胞内部の複雑さとの相関を表す図である。
【0185】
図15に示したように、前方散乱と側方散乱との相関図に関しては、GSH1過剰発現株(sta6
−背景)と親株(sta6
−)との間に差は認められなかった。これは、フローサイトメトリーで観測する限りでは、GSH1過剰発現株(sta6
−背景)と親株(sta6
−)との間で細胞の大きさや細胞内の構造について差が認められないことを意味している。
【0186】
次いで、100mlのTAP培地にGSH1過剰発現株(sta6
−背景)を接種し、17μE/m
2/秒の連続光下で5日間、前培養した。その後、90mLの培養物に含まれる細胞を遠心分離(2,000g、5分)により集めた。集めた細胞を、90mLの新しい窒素源を含むTAP培地、または90mLの新しい窒素源を含まないTAP培地に再懸濁することにより培地交換を行い、さらに3日間、80μE/m
2/秒の連続光下で培養した。前培養終了時および培地交換後3日目の細胞をナイルレッドで染色し、染色した細胞をフローサイトメトリーへ供した。コントロールとして、GSH1過剰発現株(sta6
−背景)の親株であるsta6変異株(CC4333株、sta6
−)を用いて同じ実験を行った。
【0187】
図16は、前培養後および培地交換後3日目のGSH1過剰発現株(sta6
−背景)およびその親株(sta6
−)の油脂産生能を調べた結果を表し、(a)は、前培養後のGSH1過剰発現株(sta6
−背景)およびその親株(sta6
−)におけるナイルレッド由来の蛍光を示す細胞のヒストグラムを表す図であり、(b)は、培地交換後3日目のGSH1過剰発現株(sta6
−背景)およびその親株(sta6
−)におけるナイルレッド由来の蛍光を示す細胞のヒストグラムを表す図である。なお、
図16の(a)および(b)において、親株(sta6
−)の結果は濃い灰色のヒストグラムで表し、GSH1過剰発現株(sta6
−背景)の結果は薄い灰色のヒストグラムで表している。
【0188】
図16の(b)に示したように、培地交換後3日目のGSH1過剰発現株(sta6
−背景)株では、親株(sta6
−)と比べて、蛍光強度の分布域が強い方(右側)へとシフトしていた。これは、GSH1過剰発現株(sta6
−背景)株は、親株(sta6
−)と比べて、細胞内の油脂含量が多いことを示している。
【0189】
以上の結果から、藻類において葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させることによって細胞に含まれる油脂量が増加することが確認された。
【0190】
〔実施例9〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現株を、トリス−酢酸−リン酸(TAP)培地、pH7(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 54, 1665-1669.を参照)に接種し、24℃の培養チャンバー内に置き、振とうを与え、100μE/m
2/秒の連続光を照射するという半従属栄養条件下において、培養した。2日毎に、1mLの培養物に含まれる細胞を集め、組成が80%アセトン/20%水から成る溶媒を用いて、クロロフィルaおよびクロロフィルbを抽出した。分光光度計を使い、波長645nm、663nmにける吸光度を測定し、これらの値からPorraらが提唱する計算式(Biochim. Biophys. Acta (1989)、975巻、384-394を参照)によって、クロロフィルaおよびクロロフィルbの量を算出した。
【0191】
図17は、実施例1で作製したGSH1過剰発現株のクロロフィル量を調べた結果を表す図である。
図17に示すように、クロロフィル総量(クロロフィルa量とクロロフィルb量の和)は、培養4日目から培養10日目までは、細胞の増殖に伴い増加するが、その後は主にクロロフィルaの分解により減少する。クロロフィル総量は、培養10日目に最大値に達し培養液あたり3.8μg/mLであった。これは、親株(野生型株)のクロロフィル総量である7.6μg/mLより小さい。つまり、培養液あたりのクロロフィル総量は、全培養期間をとおして、GSH1過剰発現株の方が親株(野生型株)より少ない。
【0192】
培養液あたりのクロロフィル総量が小さい方が、藻体による過剰な光吸収による光エネルギーの損失が小さいと言える。換言すれば、同じ光量の下に液体培養を実施する場合、培養液あたりのクロロフィル総量が小さい方が、培養のより深部にまで光エネルギーを送達することできると言える。クロロフィルbの量を減少させ、光化学系2のクロロフィルアンテナサイズを小さくする研究が報告されている(田中ら(1998) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95巻、12719-12723、Polleら(2000) Planta 211巻、335-344を参照)。クロロフィルb量を減少させる操作も、培養のより深部にまで光エネルギーを送達させる効果がある。
【0193】
光合成に係る色素の総量、構成比を変化させることは、光合成産物の生産性向上に寄与すると示唆される。
【0194】
図17に示すごとく、GSH1の過剰発現により、色素の総量、色素の構成比を変化せしめることが可能であり、従って、GSH1の過剰発現は光合成産物の生産性向上に寄与すると示唆される。
【0195】
〔実施例10〕
藍藻(ラン藻)Synechococcusにおいて大腸菌由来のγグルタミルシステイン合成酵素遺伝子であるgshAを発現させることを目的に、以下の手順によって組換えDNA分子を作成した。
【0196】
(1)大腸菌ベクターpACYC187(日本ジーン製、型番313−02201、配列番号9)の3700番目の塩基をアデニンからシトシンに置換し、制限酵素SmaIの認識サイトを作製した。続いて、このベクターを2種類の制限酵素SmaIおよびSalIで処理し、クロラムフェニコール耐性遺伝子および複製オリジン(p15A ori)を含む約2.7kbのDNA断片を調製した。
【0197】
(2)gshA遺伝子を含む約1.6kbのDNA断片(配列番号10)を、大腸菌JM109株のゲノムDNAを鋳型とし、2種類のプライマーDNA(配列番号12および配列番号13)を使ったPCR法により調製した。得られたPCR断片を、制限酵素XhoIで処理した。
【0198】
(3)手順(1)および(2)で調製したDNA断片をT4DNAリガーゼにより連結し、大腸菌を用いて増幅させた。各種制限酵素による分解物の大きさを調べ、目的とするクロラムフェニコール耐性遺伝子(以下、CATと略す。)の下流にgshAがつながった構造(以下、「CAT−gshAの遺伝子カセット」と呼ぶ。)を有するプラスミドが完成したことを確認した。このプラスミドを「pACYC184R-SmaI-E.c.gshA」と命名した。
【0199】
(4)次に、ラン藻内において自律的なDNA複製をドライブする複製領域と呼ばれる遺伝子領域をクローニングした。具体的には、文献(Akiyamaら(1999)DNA RESEARCH 5巻, 327-334)を参考に、ラン藻Synechococcus PCC7002株(アメリカンタイプカルチャーコレクションATCC27264)の菌体内に存在するプラスミドpAQ1に含まれる複製領域(配列番号11)をPCR法によって増幅させた。使用した2種類のPCRプライマーの配列は配列番号14および配列番号15に示す。得られた約3.4kbのPCR断片とプラスミドベクターpZero2(登録商標、インビトロジェン社)を制限酵素EcoRVで開環したDNA断片をT4DNAリガーゼにより連結し、大腸菌を用いて増幅させた。各種制限酵素による分解物の大きさを調べ、目的とするラン藻内で自律的にDNA複製を可能にする遺伝子領域を有するプラスミドが完成したことを確認した。このプラスミドを「pZero2-pAQ1-ori」と命名した。
【0200】
(5)最終的に、大腸菌gshAをCATのリードスルーにより発現させる遺伝子カセットをラン藻内で自律的に複製するプラスミド上に載せた。具体的には、手順(3)で作製したpACYC184R-SmaI-E.c.gshAを鋳型として、2種類のPCRプライマー(配列番号16および配列番号17)を使い、PCR法によって増幅させた。得られた約2.7kbのPCR断片と、手順(4)で作製したpZero2-pAQ1-oriを制限酵素StuIで分解することにより生じた約6.2kbのDNA断片を、T4DNAリガーゼにより連結し、大腸菌を用いて増幅させた。各種制限酵素による分解物の大きさを調べ、目的とするラン藻内で自律的にDNA複製を可能にする遺伝子領域およびCAT−gshAの遺伝子カセットを有するプラスミドが完成したことを確認した。このプラスミドを「pSyn5」と命名した。
【0201】
(6)pSyn5をラン藻に導入する実験の対照実験に用いるプラスミドを構築した。これは、CATのみを有し、gshAは有さないプラスミドである。具体的には、pACYC184を鋳型として、2種類のPCRプライマー(配列番号16および配列番号18)を用い、PCR法で増幅させた。得られた約1.1kbのPCR断片と、手順(4)で作製したpZero2-pAQ1-oriとを制限酵素StuIで分解することにより生じた約6.2kbのDNA断片を、T4DNAリガーゼにより連結し、大腸菌を用いて増幅させた。各種制限酵素による分解物の大きさを調べ、目的とするラン藻内で自律的にDNA複製を可能にする遺伝子領域およびCAT遺伝子を有するプラスミドが完成したことを確認した。このプラスミドを「pSyn3」と命名した。
【0202】
プラスミドpSyn5およびpSyn3を、別々に、ラン藻Synechococcus PC7002株へ、公知の方法(Fringaardら(2004)Methods in Molecular Biology、 274巻、 325-340を参照)により導入した。それぞれのプラスミドを導入された形質転換体を「E.c.gshAプラス株」、「E.c.gshAマイナス株」と命名した。E.c.gshAプラス株では大腸菌由来のγグルタミルシステイン合成酵素が機能する。一方、E.c.gshAマイナス株では、大腸菌由来のγグルタミルシステイン合成酵素は存在しない。
【0203】
これら2種類のラン藻を、別々に、80mLのダイゴ培地(精製水1Lに、ダイゴIMK培地(日本製薬製、型番398−01333)500mg、人工海水SP(日本製薬製、型番395−01343)36g、トリスヒドキシメチルアミノメタン(ナカライ製、型番35434−21)1g、炭酸水素ナトリウム(和光純薬製、型番198−01315)1g、クロラムフェニコール(和光純薬製、型番034−10572)10mgを溶解し、ろ過滅菌したもの)に接種し、大気を通気しながら攪拌し、30℃に保温し、70μE/μE/m
2/秒の連続光を照射して、3日間培養した。
【0204】
培養物1mLに含まれる細胞を遠心分離により集め、水0.2mLに懸濁した。次に、アセトン0.8mLを加え、激しく攪拌することで色素を抽出した。遠心分離で細胞残渣を除き、澄んだ色素の溶液の吸光スペクトルを、分光光度計を用いて測定した。
【0205】
図18は、ラン藻の形質転換体である、E.c.gshAプラス株およびE.c.gshAマイナス株より抽出した色素類の吸光スペクトルを調べた結果を表す図である。
図18の(a)は、E.c.gshAプラス株の吸光スペクトルを表す図であり、(b)は、E.c.gshAマイナス株の吸光スペクトルを表す図であり、(c)は、E.c.gshAプラス株のスペクトルからE.c.gshAマイナス株のスペクトル差し引いたスペクトルを表す図である。実施例9で得た結果と同様に、ラン藻の場合もE.c.gshAプラス株は、E.c.gshAマイナス株に比べて、色素組成が変化していることが示された(
図18)。このことにより、γグルタミルシステインシンセターゼをラン藻で過剰発現させた場合も、実施例1で作製したGSH1過剰発現株と同様な光合成に対する効果が得られることが示された。