(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5771791
(24)【登録日】2015年7月10日
(45)【発行日】2015年9月2日
(54)【発明の名称】サトイモの栽培方法
(51)【国際特許分類】
A01G 1/00 20060101AFI20150813BHJP
【FI】
A01G1/00 301Z
【請求項の数】3
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2006-281116(P2006-281116)
(22)【出願日】2006年10月16日
(65)【公開番号】特開2008-92907(P2008-92907A)
(43)【公開日】2008年4月24日
【審査請求日】2009年10月2日
【審判番号】不服2013-24278(P2013-24278/J1)
【審判請求日】2013年12月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】592102940
【氏名又は名称】新潟県
(73)【特許権者】
【識別番号】307013857
【氏名又は名称】株式会社ロッテ
(74)【代理人】
【識別番号】100085165
【弁理士】
【氏名又は名称】大内 康一
(72)【発明者】
【氏名】大原 誠資
(72)【発明者】
【氏名】橋田 光
(72)【発明者】
【氏名】牧野 礼
(72)【発明者】
【氏名】竹田 宏行
(72)【発明者】
【氏名】西原 英治
(72)【発明者】
【氏名】大澤 謙二
(72)【発明者】
【氏名】清水 和正
(72)【発明者】
【氏名】細見 和雄
【合議体】
【審判長】
本郷 徹
【審判官】
小野 忠悦
【審判官】
竹村 真一郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開2000−109838(JP,A)
【文献】
特開2003−71278(JP,A)
【文献】
特開昭60−197294(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G1/00
A01G7/00
B01J20/00-20/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
土壌調整材を混和した土壌中でのサトイモの栽培方法であって、前記土壌調整材はカカオ豆の外皮そのままあるいは外皮を砕片化処理したもので構成し、この土壌調整材を複雑煩瑣な前処理等を一切必要とせず畑地の土壌に単に混和するという簡易な作業により、サトイモの根に係る土壌の三相(気相、液相、固相)の状態が根菜類の生育に好適な状態すなわち通気性、透水性、保肥性、団粒構造を改善するとともに地力の劣化も防止する一方、サトイモ新鮮物のカドミウムの基準値を国際基準値の0.1ppm未満に抑制できるようにしたことを特徴とするサトイモの栽培方法。
【請求項2】
請求項1記載のサトイモの栽培方法において、前記カカオ豆の外皮そのままで構成される土壌調整材の施用量を1平方メートル当たり150g〜2100gとなして、カドミウム吸収抑制率を24.3%〜52.4%となすようにしたことを特徴とするサトイモの栽培方法。
【請求項3】
請求項1記載のサトイモの栽培方法において、前記カカオ豆の砕片化処理した外皮で構成される土壌調整材の施用量を1平方メートル当たり150g〜500gとなして、それぞれ親イモでは16.3%〜76.6%、孫イモでは66.3%〜75.6%のカドミウム吸収抑制率を得るようにしたことを特徴とするサトイモの栽培方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、野菜類、特に根菜類の栽培ならびにその土壌改良技術に関し、詳しくは
サトイモの生育に好適な土壌の物理的特性の確保と土壌中の重金属の不溶化を図り安全かつ優れた品質の根菜類の育成を実現する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
化学肥料工業の発展、各種農薬の急速な進歩、それに伴う農業技術の革新などによりわが国の農林生産は顕著に増大している反面、有機物の不足による土壌の荒廃という問題が生じている。このため、農林経営の合理化対策の一つとして、地力回復・維持のための自給堆肥の増産が意図されているものの、原料となる有機物や労力の不足等もあり充分な成果が見られないのが現状であり、現在のところ抜本的な対策は提案されていない。
【0003】
他方、工業生産の拡大に伴い、有害重金属類、例えばカドミウムによる土壌汚染も頻発しヒトの一般的な生活安全性に関する危惧を増大しているなかで、特に農産物への蓄積が食の安全に対する信頼を揺るがせているのも事実である。
カドミウム等の重金属類の吸着技術が諸種実現されているが、農産物の育成の見地から、土壌の物理的特性の改善と重金属対策を低廉かつ簡易に併せて行い得る技術は今日のところ未だ実現していない。
【0004】
土壌、特に農地に係る土壌改良における物理的特性は、通気性、透水性、保水性、固粒構造の発達等であり、化学肥料などの多年にわたる施用によりこのような物理的特性が劣化し、いわゆる地力の低下を招来する。これを是正するためには、従来より堆肥はもちろんのこと、その他各種の有機性土壌改良材が提供されている。
また、カドミウム等の重金属により汚染された土壌の浄化に関しても従来様々な対策手段が採用されている。
【0005】
なお、本願発明に関連する技術が以下のような文献において開示されている。
【特許文献1】特表2005−510620
【特許文献2】特開2005−46666
【特許文献3】特開2005−13786
【特許文献4】特開2005−125171
【特許文献5】特開昭57−190
【特許文献6】特開2005−239489
【特許文献7】特開2003−212680
【特許文献8】特開2002−047085
【特許文献9】特開2002−37686
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願発明は、土壌特に農地の土壌において、通気性、透水性、保水性等の維持向上、あるいは、固粒構造の発達等その物理的特性の改善を図るとともに、併せて土壌中のカドミウムその他重金属類の不溶化をなして安全な農作物を高い収率の下に栽培できる技術を実現し、従来土壌改良と重金属排除という2重の手間とコストを必要とすることに起因する種々の不都合を解消し、安全かつ生育に好適な土壌環境で高品質な農産物を低廉なトータルコストの下に収穫することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明は、
土壌調整材を混和した土壌中でのサトイモの栽培方法であって、前記土壌調整材はカカオ豆の外皮そのままあるいは外皮を砕片化処理したもので構成し、この土壌調整材を複雑煩瑣な前処理等を一切必要とせず畑地の土壌に単に混和するという簡易な作業により、サトイモの根に係る土壌の三相(気相、液相、固相)の状態が根菜類の生育に好適な状態すなわち通気性、透水性、保肥性、団粒構造を改善するとともに地力の劣化も防止する一方、サトイモ新鮮物のカドミウムの基準値を国際基準値の0.1ppm未満に抑制するようにしたサトイモの栽培方法を提供して、上記従来の課題を解決しようとするものである。
【0008】
また、上記段落0007のサトイモの栽培方法において、前記カカオ豆の外皮そのままで構成される土壌調整材の施用量を1平方メートル当たり150g〜2100gとなして、
24.3%〜52.4%のカドミウム吸収抑制率を得るように構成することがある。
【0009】
さらにまた、上記段落0007のサトイモの栽培方法において、前記カカオ豆の砕片化処理した外皮で構成される土壌調整材の施用量を1平方メートル当たり150g〜500gとなして、それぞれ親イモでは16.3%〜76.6%、孫イモでは66.3%〜75.6%のカドミウム吸収抑制率を得るように構成することがある。
【発明の効果】
【0010】
以上の構成により本願発明にあっては、安全かつ優れた生育環境の下に高品質の農作物、特に野菜類を低廉なコストの下に生育させることができる。 すなわち、野菜類を栽培する土壌は、通気性、透水性、保水性、保肥性などが向上し、土壌の固結が防止できるなど、物理的特性が向上して高品質の作物を土壌中に土壌調整材を混和させるという簡易な施用作業により高収率で収穫できる。
そして同時に、土壌中のカドミウム等の重金属類は不溶化され、根、茎、葉等にカドミウム等が吸収・蓄積されることがなく、食用上、安心できる野菜を収穫することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本願発明において、有機植物性土壌調整材は慣用手段で破砕処理したカカオ豆の外皮(以下、カカオハスクと言う)で構成するが、未処理のカカオハスクでも充分な効果は得られ、かつ、土壌における通気性、透水性、保水性、保肥性などの物理的特性は向上する。
そして、全量を前記のような処理あるいは未処理のカカオハスクとせず、他の有機植物性肥料又は土壌改良材と混合してもよい。
【0012】
カカオハスクは、チョコレートやココアの主原料であるカカオ(アオギリ科カカオ属の樹木
Theobromacacao L.)の種子の外皮である。これは、チョコレート等の製造工程で大量に発生するが、現在は食品廃棄物として未利用のまま処分されている。このカカオハスクに関しては、これを蒸煮爆砕し、水やアルコール等で溶媒抽出した後に得られる抽出残渣の重金属吸収能に着目し、これを重金属吸着剤として利用する技術も提案されているが、内容としては実験室レベルの規模で試験管中にカドミウム水溶液とカカオハスクを混合すると、カドミウムがカカオハスクに吸着されて液中のカドミウム濃度が低減するというものであり、いわば水系での重金属吸着剤として利用する複雑煩瑣で取り扱いも簡便なものではなく、さらにコスト的な問題も残されている。
そもそも、土壌中の重金属の存在形態は、pH等の状況によって多種多様であり、水溶液と上記のような水溶液中とは異なった状態で存在している。 したがって、土壌中の重金属吸着剤のカドミウム吸着作用について、水中での作用を基礎に簡単容易に推測することは不可能である。
本願発明は、実証試験によりこのような複雑な前処理を必要とすることなく、単に砕片化処理したカカオハスクあるいはカカオハスクをそのまま土壌中に撒布、攪拌するのみで所定の効果を得られることを明らかにした結果に導かれるものである。
【0013】
また、本願発明に係る土壌調整材の重金属不溶化の対象はカドミウムを対象とするのが望ましく、栽培対象農産物は野菜類、特にサトイモなどの根菜類が好ましい。
すなわち、2005年7月に開催されたコーデックス委員会(FAO/WHO合同食品企画委員会)総会において、野菜類のカドミウム国際基準値が採択され、例えばサトイモの基準値は新鮮物あたり0.1ppm未満に定められた。 他方、わが国の農林水産省が行った国内産野菜の実態調査において、サトイモは217検体中で11.1%が前記国際基準値の0.1ppmを超えており、カドミウムの吸収抑制技術の開発が緊急課題となっているのが現状である。
【0014】
本願発明にあっては、畑地の土壌に単に砕片化処理したカカオハスクあるいはカカオハスクをそのまま混和するという簡易な作業により、土壌中のカドミウムを不溶化する一方、併せて土壌の物理的特性の維持・向上に資することができる。
すなわち、カカオハスクの施用により、農作物の根に係る土壌の三相(気相、液相、固相)の状態が野作物の生育に好適な状態、すなわち通気性、透水性、保肥性、団粒構造などが改善され、地力の劣化も防止できる。
【0015】
上述のような国際機関の動向、わが国産野菜のカドミウム蓄積の現状から、本願発明に係る栽培対象は、例えば、サトイモなどの根菜類が望ましく、消費量の大きさ、根部を食用に供する点等から現実的である。
すなわち、わが国における、農産物のカドミウム濃度の基準値は、米においてのみ設定されており、玄米カドミウム含量の流通上の基準値は0.4ppm未満である。 イネ栽培に関しては、カドミウム吸収を抑制するための栽培技術として従来二つの方法が確立している。 一方は、アルカリ資材(肥料としての石灰類、熔成リン肥、ケイ酸カルシウム資材等)を土壌に施用してpHを高める手法であり、他方は、イネの登熟期に湛水状態で管理し、土壌を還元的に保つことにより対処している。これらいずれの技術も土壌中のカドミウムをリン酸や硫黄等他の物質と結合させて不溶化させることにより、イネの吸収を抑制しようとするものである。
【0016】
ところが、イネとは対照的にサトイモを始めとする野菜のカドミウム吸収抑制技術は、基準値が設定されていないこともあり対処技術は実用されておらず、試験例等もごくわずかである。
イネに関する前記技術すなわちアルカリ資材をサトイモに施用しても効果は小さく、他方サトイモを湛水条件で栽培すると収量、品質を著しく損なうことになる。
【0017】
カドミウムをはじめとする重金属を吸着する素材は従来様々なものが知られており、天然素材を使ったものとしてはリグニン、タンニン、カテキンなどがある。しかしながら、これらを重金属吸着材として使用するには、元々の素材に種々の化学反応を施して誘導体に変換したり、木炭に吸着させて不溶化する等、所定の二次処理が不可欠となっている。
しかしながら、本願発明によれば、カカオハスクは複雑煩瑣な前処理等を一切必要とせず、所定量を土壌に撒布混和させるのみで所要の効果を得られる。
【0018】
カカオハスクの畑地土壌への投入は一般的な有機物の施用と同様に、土壌の物理性や地力維持向上に資するところが大きく、農作物の生育環境改善効果が顕著である。
【実施例】
【0019】
以下、本願発明に係る第1実施例を説明する。
(1)栽培条件(施用:カカオハスクそのまま)
1平方メートルあたり、150g、300g、600g、900g、1500g、2100g(それぞれ10アールあたり150kg、300kg、600kg、900kg、1500kg、2100kg)の未処理カカオハスクを畑地土壌に施用してサトイモを栽培した。これ以外の栽培管理条件は現地慣行法に従い、定植は平成17年5月19日、収穫は同年11月7日に行った。なお、従来、施用される通常の有機資材の投入は行っていない。
【0020】
(2)カドミウム濃度の測定
収穫したサトイモにつき、孫イモ(70〜100gのもの)をそれぞれ3個供試して、皮をむいた孫イモ内部のカドミウム濃度を公定法により測定した。
その結果、
図1のグラフに示すように、全く処理をしない区(対照区)のイモ中カドミウム濃度は、0.071mg/kgFWであったのに対し、カカオハスクを150g,300g,600g,900g,1500g,2100g施用した区ではでそれぞれ0.060,0.048,0.048,0.044,0.053,0.038mg/kgFWであった。
【0021】
(3)評価
以上の結果から、
図2のグラフに示すように、カカオハスクを150g、300g、600g、900g、1500g、2100g施用した区のカドミウム吸収抑制率は、24.3%、39.4%、38.9%、43.7%、33.0%、52.4%となり、顕著な効果が見られた。また、収穫されたサトイモは従来の有機資材投入により生育させたものに比較して収量、品質ともに有意義な差は認められなかった。
【0022】
次に、本願発明に係る第2実施例を説明する。
(1)栽培条件(施用:慣用手段により砕片化処理したカカオハスク)
1平方メートルあたり、150g、300g、500g(それぞれ10アールあたり150kg、300kg、500kg)の砕片化処理したカカオハスクを畑地土壌に施用してサトイモを栽培した。これ以外の栽培管理条件は現地慣行法に従い、定植は平成16年5月26日、収穫は同年11月1日に行った。なお、従来、施用される通常の有機資材の投入は行っていない。
【0023】
(2)カドミウム濃度の測定
収穫したサトイモの親イモと孫イモ(第2次分球 70〜100gのもの)をそれぞれ3個供試して、皮をむいた可食部のカドミウム濃度を公定法により測定した。
その結果、
図3のグラフに示すように、全く処理をしない区(対照行区)のイモ中カドミウム濃度は、親イモで0.54mg/kgFW、孫イモで0.16mg/kgFWであったのに対し、破砕処理したカカオハスクを150g,300g,500g施用した区では親イモでそれぞれ0.45,0.32,0.13mg/kgFW、孫イモで0.05,0.06,0.04mg/kgFWであった。
【0024】
(3)評価
以上の結果から、
図4のグラフに示すように、砕片化処理したカカオハスクを150g、300g、500g施用した区のカドミウム吸収抑制率は、親イモではそれぞれ16.3%、41.9%、76.6%となり、孫イモ(第2次分球)に関しては、66.3%、61.0%、75.6%であり、顕著な効果が見られた。また、収穫されたサトイモは従来の有機資材投入により生育させたものに比較して収量、品質ともに有意義な差は認められなかった。
【0025】
上記において、カカオハスク施用に伴う生育、収量への影響を検討する。
図5のグラフに示すように、未処理のカカオハスクおよび砕片化処理したカカオハスクの量を変えて施用したとき、親イモの短径(タテ、ヨコのうち値の小さいほうの径)は対照区に比較して大きな差はみられず生育への影響は小さいことが判明する。
これに対し、
図6に示すように孫イモの1株あたりの重量は、いずれかのカカオハスクを施用した区が大きくなる傾向が見られる。
しかし、施用量に対する重量の増加程度については、一定の傾向は認められず、また株間のバラつきも大きかったことから、増収に対する効果は判然としないとも言い得る結果であった。
以上のことから、サトイモ圃場への砕片化処理したカカオハスクあるいは未処理のカカオハスクの施用による養分の吸着、腐熟に伴う窒素収奪、生育阻害物質の発生等による生理障害が起こる可能性は極めて低く、栽培上安全な資材であると考えられる。
【0026】
上述のように、サトイモの栽培において、未処理カカオハスクあるいは砕片化処理したカカオハスクを有機資材とカドミウム吸収抑制資材とを兼ねた資材として畑地に施用することにより、カドミウム含有量が少なく安心安全なサトイモを他の有機資材を投入した場合に比べて遜色のない収量、品質を保持して収穫できた。
現在、カカオハスクは産業廃棄物として未利用であり、安価に入手できるから農産物生産に関連して容易に利用でき、その効果も上記のように顕著であるばかりか、廃棄物としての処理に係る環境負荷軽減に資するところが大きい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】慣行畑地および本願土壌調整材としての未処理カカオハスクの施用量別の畑地で栽培したサトイモにおけるカドミウム含量を示すグラフである。
【
図2】本願土壌調整材としての未処理カカオハスクの施用量別カドミウム吸収抑制率を示すグラフである。
【
図3】慣行畑地および本願土壌調整材としての砕片化処理カカオハスクの施用量別の畑地で栽培したサトイモにおけるカドミウム含量を示すグラフである。
【
図4】本願土壌調整材としての砕片化処理カカオハスクの施用量別カドミウム吸収抑制率を示すグラフである。
【
図5】カカオハスクの種類とそれらの施用量が親イモの短径に与える影響を示すグラフである。
【
図6】カカオハスクの種類とそれらの施用量が孫イモの収量に与える影響を示すグラフである。