【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミ基材と、このアルミ基材の表面に形成された酸素を含有する酸素含有皮膜と、この酸素含有皮膜の上に接合され、熱可塑性樹脂で形成された樹脂成形体とを有し、
前記熱可塑性樹脂が、繰返し単位中及び/又は末端に非共有電子対を持つ元素を有する熱可塑性樹脂であ
り、かつ、
前記酸素含有皮膜が、亜鉛イオン含有アルカリ水溶液を用いた亜鉛含有皮膜形成処理で得られた亜鉛元素を含有する皮膜であることを特徴とするアルミ樹脂接合体である。
【0012】
また、本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミ基材の表面に酸素含有皮膜を形成する皮膜形成工程と、この皮膜形成工程で得られた表面処理済アルミ基材の酸素含有皮膜の上に、熱可塑性樹脂の射出成形により樹脂成形体を形成する樹脂成形工程とを有し、前記酸素含有皮膜を介してアルミ基材と樹脂成形体とが接合されたアルミ樹脂接合体を製造するアルミ樹脂接合体の製造方法であり、
前記熱可塑性樹脂が、繰返し単位中及び/又は末端に非共有電子対を持つ元素を有する熱可塑性樹脂であ
り、かつ、
前記皮膜形成工程では、水酸化アルカリ(MOH)と亜鉛イオン(Zn2+)とを重量比(MOH/Zn2+)1〜100の割合で含む亜鉛イオン含有アルカリ水溶液中にアルミ基材を浸漬する亜鉛含有皮膜形成処理により、このアルミ基材の表面に亜鉛元素を含有する酸素含有皮膜を形成することを特徴とするアルミ樹脂接合体の製造方法である。
【0013】
更に、本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミ基材の表面に酸素含有皮膜を形成する皮膜形成工程と、熱可塑性樹脂の射出成形により樹脂成形体を形成する樹脂成形工程と、前記皮膜形成工程で得られた表面処理済アルミ基材の酸素含有皮膜の上に、前記樹脂成形工程で得られた樹脂成形体を熱圧着により接合するアルミ樹脂接合工程とを有し、前記酸素含有皮膜を介してアルミ基材と樹脂成形体とが接合されたアルミ樹脂接合体を製造するアルミ樹脂接合体の製造方法であり、
前記熱可塑性樹脂が、繰返し単位中及び/又は末端に非共有電子対を持つ元素を有する熱可塑性樹脂であ
り、かつ、
前記皮膜形成工程では、水酸化アルカリ(MOH)と亜鉛イオン(Zn2+)とを重量比(MOH/Zn2+)1〜100の割合で含む亜鉛イオン含有アルカリ水溶液中にアルミ基材を浸漬する亜鉛含有皮膜形成処理により、このアルミ基材の表面に亜鉛元素を含有する酸素含有皮膜を形成することを特徴とするアルミ樹脂接合体の製造方法である。
【0014】
本発明において、素地となるアルミ基材の材質や形状等については、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるものであれば特には制限されず、これを用いて形成されるアルミ樹脂接合体の用途やその用途に要求される強度、耐食性、加工性等の種々の物性に基づいて決めることができる。
【0015】
また、このようなアルミ基材の表面に皮膜形成工程で形成される酸素含有皮膜については、アルミ基材との密着性が良好であれば特に限定されるものではないが、好ましくは、亜鉛イオン含有アルカリ水溶液を用いた亜鉛含有皮膜形成処理で得られた亜鉛元素を含有する皮膜であるか、又は、湿式かつ無電解で行うアルミニウム皮膜形成処理に由来するAl(OH)
3、AlO(OH)、Al
2O
3、Al(PO
4)、Al
2(HPO
4)
3、Al(H
2PO
4)
3、及びAl(H
2PO
4)
3からなる群から選ばれたいずれか1種又は2種以上のアルミニウム化合物を含む皮膜から選ばれたいずれかの皮膜であるか、更には、レーザー処理によりアルミ基材の表面に形成された皮膜であるのがよい。
【0016】
ここで、アルミ基材の表面に酸素含有皮膜を形成するための皮膜形成工程で行われる亜鉛含有皮膜形成処理については、アルミ基材の表面に亜鉛元素と共に酸素を酸化亜鉛(ZnO)、酸化亜鉛鉄(ZnFeO)、酸化亜鉛アルミ(ZnAlO)等の形で含有する皮膜を形成することができればよく、これによって熱可塑性樹脂が非共有電子対を持つ元素を有する場合、この熱可塑性樹脂の射出成形により樹脂成形体を成形する際に、あるいは、この熱可塑性樹脂を成形して得られた樹脂成形体との熱圧着により、この酸素含有皮膜の上に形成される樹脂成形体との間に強固なアルミ−樹脂間の接合強度が達成される。
【0017】
そして、この亜鉛イオン含有アルカリ水溶液を用いる亜鉛含有皮膜形成処理については、好ましくは、水酸化アルカリ(MOH)と亜鉛イオン(Zn
2+)とを重量比(MOH/Zn
2+)1以上100以下の割合、好ましくは2以上20以下の割合、より好ましくは3以上10以下の割合で含む亜鉛イオン含有アルカリ水溶液を用い、この亜鉛イオン含有アルカリ水溶液を常温でアルミ基材の表面に接触させることにより、アルミ基材の表面に酸素を含む亜鉛含有皮膜を形成するのがよい。この水酸化アルカリ(MOH)と亜鉛イオン(Zn
2+)との重量比(MOH/Zn
2+)が1より小さい(MOH<Zn
2+)と、亜鉛が十分に溶解しないのでその効果が十分に発揮されず、反対に、100より大きい(MOH>100 Zn
2+)と、亜鉛の置換析出よりもアルミ基材の溶解が速くなり、このアルミ基材の表面に亜鉛が析出し難くなる。
【0018】
ここで、亜鉛イオン含有アルカリ水溶液中のアルカリ源については、好ましくは水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、及び水酸化リチウムから選ばれたいずれか1種以上が用いられ、また、この亜鉛イオン含有アルカリ水溶液中の亜鉛イオン源としては、好ましくは酸化亜鉛、水酸化亜鉛、過酸化亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、及び硝酸亜鉛から選ばれたいずれか1種以上が用いられる。
【0019】
そして、この亜鉛イオン含有アルカリ水溶液において、水酸化アルカリ濃度については、10g/L以上1000g/L以下、好ましくは50g/L以上300g/L以下であるのがよく、また、亜鉛イオン濃度については、1g/L以上200g/L以下、好ましくは10g/L以上100g/L以下であるのがよい。亜鉛イオン含有アルカリ水溶液の組成を上記の範囲内にすることにより、アルミ基材の表面ではアルミニウムと亜鉛イオンとが置換反応を起こし、アルミニウムは溶解し、また、亜鉛イオンは微細粒として析出し、その結果としてアルミ基材の表面に亜鉛元素を含有する酸素含有皮膜が形成される。すなわち、アルミニウムは凹部を形成しながら溶解し、この凹部内に亜鉛が析出し、亜鉛元素を含有する酸素含有皮膜が形成される。ここで、水酸化アルカリ濃度が10g/L未満では亜鉛元素を含有する酸素含有皮膜の形成が不十分になるという問題があり、反対に、1000g/Lを超えるとアルカリによるアルミの溶解速度が速く亜鉛元素を含有する酸素含有皮膜が形成されないという問題が生じる。また、亜鉛イオン濃度が1g/L未満では亜鉛含有皮膜の形成に時間がかかるという問題があり、反対に、200g/Lを超えると亜鉛析出速度が制御できず不均一な表面になるという問題が生じる。
【0020】
また、アルミ基材の表面に酸素含有皮膜を形成するための皮膜形成工程で行われるアルミニウム皮膜形成処理については、例えば、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミ基材を、50℃以上の温水に60秒以上浸漬する温水浸漬処理、0.1MPa以上及び1分間以上の加圧条件下の水蒸気雰囲気中に晒す水蒸気処理、リン酸イオン、リン酸一水素イオン、及びリン酸二水素イオンからなる群から選ばれたいずれか1種又は2種以上のリン酸イオン種を0.1〜100g/Lの範囲で含有するリン酸系水溶液中に30秒〜30分間浸漬した後に80〜400℃の熱風で30秒〜30分間乾燥させるリン酸処理等の湿式かつ無電解で行うアルミニウム皮膜形成処理で処理し、このアルミ基材の表面にAl(OH)
3、AlO(OH)、Al
2O
3、Al(PO
4)、Al
2(HPO
4)
3、Al(H
2PO
4)
3、及びAlOSiO
2から選ばれたいずれか1種又は2種以上のアルミニウム化合物を含有する酸素含有皮膜を形成することが行われる。
【0021】
また、これらの温水浸漬処理、水蒸気処理、及びリン酸処理は、そのいずれか1種の処理のみを行ってアルミ基材の表面に酸素含有皮膜を形成してもよく、また、必要によりそのいずれか2種の処理を組み合わせて行い、アルミ基材の表面に必要な酸素含有皮膜を形成してもよい。
【0022】
更に、アルミ基材の表面に酸素含有皮膜を形成するための皮膜形成工程で行われるレーザー処理については、アルミ基材の表面付近を、好ましくは表面付近のみを部分的に、アルミ基材の溶融温度以上まで加熱して酸化し、アルミ基材の表面付近に酸化アルミニウム(Al
2O
3)を析出させてこの酸化アルミニウム(Al
2O
3)を含む酸素含有皮膜を形成することができればよく、例えばレーザーエッチング装置等を用いて行うことができる。
【0023】
このようにして上記皮膜形成工程でアルミ基材の表面に酸素含有皮膜を形成して得られた表面処理済アルミ基材については、その最表面から3μmの深さまでの表層においてEPMAで測定される酸素量が0.1重量%以上48重量%以下、好ましくは0.5重量%以上20重量%以下、より好ましくは1重量%以上10重量%以下であるのがよい。この表面処理済アルミ基材の表層における酸素量が0.1重量%より低いと、アルミ−樹脂間の十分なアルミ−樹脂間の接合強度を達成するのが困難になる場合があり、反対に、酸素量を48重量%を超えて高くすることには製造上の困難が伴う。
【0024】
本発明において、上記皮膜形成工程で得られた表面に酸素含有皮膜を有する表面処理済アルミ基材については、その酸素含有皮膜の上に熱可塑性樹脂の射出成形により樹脂成形体を一体的に接合する樹脂成形工程でアルミ樹脂接合体を製造するか、あるいは、熱可塑性樹脂の射出成形により樹脂成形体を形成する樹脂成形工程と、得られた樹脂成形体を表面処理済アルミ基材の酸素含有皮膜の上にレーザー溶着、振動溶着、超音波溶着、ホットプレス溶着、熱板溶着、非接触熱板溶着、又は高周波溶着等の手段を用いた熱圧着により一体的に接合するアルミ樹脂接合工程とでアルミ樹脂接合体を製造する。
【0025】
そして、本発明においては、上記の樹脂成形工程で用いる熱可塑性樹脂としては、繰返し単位中及び/又は末端に非共有電子対を持つ元素を有する熱可塑性樹脂が用いられる。ここで、熱可塑性樹脂が有する非共有電子対を持つ元素としては、好ましくは、硫黄、酸素、及び窒素から選ばれたいずれか1種又は2種以上であるのがよい。なお、熱可塑性樹脂の繰返し単位中に含まれるこれら非共有電子対を持つ元素については、それが繰返し単位の主鎖に含まれていても、また、側鎖に含まれていてもよい。
【0026】
このような繰返し単位中及び/又は末端に非共有電子対を持つ元素を有する熱可塑性樹脂としては、具体的には、例えばポリフェニレンスルフィド(PPS)やサルフォン系樹脂等の硫黄元素を含有する樹脂、例えばポリブチレンテレフタレート(PBT)等のポリエステル系樹脂や、液晶ポリマー、ポリカーボネート系樹脂、ポリアセタール系樹脂、ポリエーテル系樹脂、ポリフェニレンエーテル系樹脂等の酸素原子を含有する樹脂、例えばポリアミド(PA)、ABS、ポリイミド、ポリエーテルイミド等の窒素原子を含有する熱可塑性樹脂等が挙げられる。
【0027】
本発明において、上述した酸素含有皮膜を有するアルミ基材の表面に接合される樹脂成形体を製造する上で、特に好ましい熱可塑性樹脂としては、IR分析においてカルボニル基(C=O)に由来するピーク(1730cm
-1付近)を有する樹脂成形体が成形されるような熱可塑性樹脂である。
【0028】
また、本発明においては、素地となるアルミ基材の表面全体に酸素含有皮膜を形成し、得られた表面処理済アルミ基材の必要な個所にのみ射出成形により、または、熱圧着により樹脂成形体を接合してもよく、あるいは、コスト性を考慮して、アルミ基材の表面の一部又は必要な個所のみに酸素含有皮膜を形成し、得られた表面処理済アルミ基材の必要な個所に射出成形により、または、熱圧着により樹脂成形体を接合してもよい。そして、アルミ基材の表面の一部又は必要な個所のみに酸素含有皮膜を形成する際には、酸素含有皮膜を形成する部分以外の部分を、例えばマスキングテープ等でマスキングした後に酸素含有皮膜を形成するための処理を行い、次いでこのマスキングした部分のマスキングテープ等を除去すればよい。
【0029】
本発明におけるアルミ樹脂接合体の製造方法においては、必要により上記酸素含有皮膜を形成する皮膜形成工程に先駆けて、アルミ基材の表面の前処理として、脱脂処理、エッチング処理、デスマット処理、化学研磨処理、及び電解研磨処理から選ばれたいずれか1種以上の処理を行ってもよい。
【0030】
上記前処理として行う脱脂処理については、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、界面活性剤等からなる通常の脱脂浴を用いて行うことができ、処理条件としては、通常、浸漬温度が15℃以上55℃以下、好ましくは25℃以上40℃以下であって、浸漬時間が1分以上10分以下、好ましくは3分以上6分以下である。
【0031】
また、上記前処理として行うエッチング処理については、通常、水酸化ナトリウム等のアルカリ水溶液、又は、硫酸−リン酸混合水溶液等の酸水溶液が用いられる。そして、アルカリ水溶液を用いる場合には、濃度20g/L以上200g/L以下、好ましくは50g/L以上150g/L以下のものを用い、浸漬温度30℃以上70℃以下、好ましくは40℃以上60℃以下、及び処理時間0.5分以上5分以下、好ましくは1分以上3分以下の処理条件で浸漬処理を行うのがよい。また、酸水溶液である硫酸−リン酸混合水溶液を用いる場合には、硫酸濃度10g/L以上500g/L以下、好ましくは30g/L以上300g/L以下、及びリン酸濃が10g/L以上1200g/L以下、好ましくは30g/L以上500g/Lのものを用い、浸漬温度30℃以上110℃以下、好ましくは55℃以上75℃以下、及び浸漬時間0.5分以上15分以下、好ましくは1分以上6分以下の処理条件で浸漬処理を行うのがよい。
【0032】
更に、上記前処理として行うデスマット処理については、例えば1〜30%濃度の硝酸水溶液からなるデスマット浴を用い、浸漬温度15℃以上55℃以下、好ましくは25℃以上40℃以下、及び浸漬時間1分以上10分以下、好ましくは3分以上6分以下の処理条件で浸漬処理を行うのがよい。
なお、上記前処理として行う化学研磨処理や電解研磨処理については、従来公知の方法を採用することができる。
【0033】
本発明におけるアルミ基材と樹脂成形体との間の接合の原理については、未だ不明な点も多いが、次のような検証結果から概ね以下のように考えている。
すなわち、アルミ基材の表面に酸素含有皮膜を有する複数の表面処理済アルミ基材を形成し、一部の表面処理済アルミ基材については、その表面にカルボニル基(C=O)を有するポリフェニレンスルフィド(PPS)の射出成形によりPPS成形体を接合してアルミPPS接合体とし、残りの表面処理済アルミ基材については、先ず、100℃に保持した電気炉中でステアリン酸を揮発させ、その中に表面処理済アルミ基材を24時間暴露し、酸素含有皮膜の上にステアリン酸の単分子膜を有するステアリン酸処理済アルミ基材とし、このステアリン処理済アルミ基材の表面にカルボニル基(C=O)を有するPPSの射出成形によりPPS成形体を接合してステアリン酸処理アルミPPS接合体とし、これらアルミPPS接合体とステアリン酸処理アルミPPS接合体との間における接合強度の違いを測定した。
結果は、ステアリン処理有アルミPPS接合体における接合強度は、アルミPPS接合体の接合強度に比べて明確に低下していた。
【0034】
ステアリン酸は親水基であるカルボキシル基(COOH)と疎水基であるアルキル基(C
17H
35)とを併せ持ち、1分子の厚みをもつ単分子膜を形成する性質がある。ステアリン酸処理アルミPPS接合体においては、そのアルミ基材の酸素含有皮膜とステアリン酸のカルボキシル基側が化学結合してしまい、アルキル基側がPPS成形体と接触するかたちとなるため、その結果として、アルミ基材とPPS成形体の化学結合を阻害され、アルミPPS接合体の接合強度に比べて接合強度が低下したものと考えられる。
【0035】
また、ステアリン酸処理前後の表面処理済アルミ基材について、その表面を観察して比較検討したが、ステアリン酸単分子膜の有無により表面の構造に違いは見られなかった。一方、ステアリン酸処理後の表面処理済アルミ基材について、液滴を垂らし、その接触角を測定すると、接触角は180°に近くなり、液滴はほぼ球形になった。このことは、ステアリン酸のアルキル基側がアルミ基材の最表層側に偏在していることを裏付ける結果である。
【0036】
以上から、本発明のアルミ樹脂接合体における表面処理済アルミ基材とカルボニル基(C=O)を有する樹脂成形体との間において、酸素含有皮膜の酸素と樹脂中のカルボニル基との間に化学的な結合が生じ、この化学的な結合による作用がアルミ基材と樹脂成形体との間の接合強度を高くする効果を発現しているものと考えられる。