(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5772969
(24)【登録日】2015年7月10日
(45)【発行日】2015年9月2日
(54)【発明の名称】大気圧イオン化質量分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20060101AFI20150813BHJP
H01J 49/10 20060101ALI20150813BHJP
【FI】
G01N27/62 G
H01J49/10
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-539426(P2013-539426)
(86)(22)【出願日】2011年10月17日
(86)【国際出願番号】JP2011073821
(87)【国際公開番号】WO2013057777
(87)【国際公開日】20130425
【審査請求日】2013年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 学
(72)【発明者】
【氏名】奥村 大輔
【審査官】
藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−190526(JP,A)
【文献】
特開2006−208379(JP,A)
【文献】
特表2002−526892(JP,A)
【文献】
特開2009−133661(JP,A)
【文献】
特開2003−322639(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2004/0046126(US,A1)
【文献】
山口 健太郎,「衛生化学領域における分析技術の最近の進歩シリーズVII 液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)による有機,衛生化学,社団法人日本薬学会,1996年10月31日,Vol. 42, No. 5,p. 367-384
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気圧雰囲気であるイオン化室内に液体試料を噴霧する噴霧手段と、該噴霧手段から噴霧される微小液滴から生成されるイオンを低ガス圧雰囲気である後段へと輸送するために該イオンを吸い込むイオン吸込み口であってその中心軸が前記噴霧手段からの噴霧流の中心軸と一致しないように配置されたイオン吸込み口と、を具備する大気圧イオン化質量分析装置において、
前記イオン吸込み口の周囲であって該イオン吸込み口の中心軸を挟んで前記噴霧手段の噴霧口が位置する側と反対側に配設された乾燥ガス噴出孔のみから、前記イオン吸込み口を経たイオン吸込み方向と反対方向に乾燥ガスを噴出可能としたことを特徴とする大気圧イオン化質量分析装置。
【請求項2】
大気圧雰囲気であるイオン化室内に液体試料を噴霧する噴霧手段と、該噴霧手段から噴霧される微小液滴から生成されるイオンを低ガス圧雰囲気である後段へと輸送するために該イオンを吸い込むイオン吸込み口であってその中心軸が前記噴霧手段からの噴霧流の中心軸と一致しないように配置されたイオン吸込み口と、を具備する大気圧イオン化質量分析装置において、
a)前記イオン吸込み口を囲むようにその周囲に設けられた複数の乾燥ガス噴出孔と、
b)該複数の乾燥ガス噴出孔からそれぞれ噴出する乾燥ガスの量を独立に調整するための流量調整手段と、
を備えることを特徴とする大気圧イオン化質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の大気圧イオン化質量分析装置であって、
前記複数の乾燥ガス噴出孔は前記イオン吸込み口の同心円上に一定角度間隔で設けられていることを特徴とする大気圧イオン化質量分析装置。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の大気圧イオン化質量分析装置であって、
前記流量調整手段により各乾燥ガス噴出孔からそれぞれ噴出する乾燥ガスの量を調整しながらイオン検出信号を監視し、イオン検出感度が最良になるようにそれぞれの乾燥ガスの量を設定する制御手段をさらに備えることを特徴とする大気圧イオン化質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、略大気圧雰囲気の下で液体試料をイオン化する大気圧イオン源を備えた大気圧イオン化質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ(LC)の検出器として質量分析装置(MS)を用いた液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)では、カラムから溶出した液体試料中の成分をイオン化するために、エレクトロスプレイイオン化法(ESI)、大気圧化学イオン化法(APCI)、大気圧光イオン化法(APPI)などのイオン化法による大気圧イオン源が用いられる。
【0003】
ESIでは、液体試料が導入される細径のノズルの先端部に数kV程度の高電圧を印加しておき、この高電圧により生成される電場の作用によって液体試料を電荷分離する。電荷分離した液体試料は主としてクーロン引力又は斥力によって引きちぎられるように霧化し、その液滴は周囲の空気に衝突して微細化され、同時に液滴中の溶媒や移動相が蒸発する。その過程で液滴中の試料成分(試料分子や原子)は電荷を持って液滴から飛び出し気体イオンとなる。またAPCIでは、液体試料が導入される細径のノズルの先端部の前方に針電極を配置しておく。そして、加熱されたノズルにより霧化した液体試料の液滴から飛び出した試料成分に、針電極からのコロナ放電によって生成したキャリアガスイオン(バッファイオン)を化学反応させることで、試料成分をイオン化する。またAPPIでは、加熱されたノズルにより霧化した液体試料の液滴から飛び出した試料成分に光を照射することにより、試料成分をイオン化する。
【0004】
いずれのイオン化法においても、ノズルから噴出する噴霧流(通常、完全には溶媒等が気化していない微小液滴が混じったイオン流)の進行前方にイオン吸込み口が設けられ、該イオン吸込み口から吸い込まれたイオンは脱溶媒管を経て真空雰囲気である後段へと輸送される(特許文献1〜3参照)。脱溶媒管は加熱されたパイプであり、単にイオンを輸送するだけでなく、微小液滴中の溶媒の気化を促進させることで気体イオンの発生を促進する作用も有する。
【0005】
上述したような大気圧イオン源においてイオン生成効率を上げるには、ノズルから噴霧された液滴中の移動相や溶媒を迅速に揮発させることが必要である。そのため、従来の大気圧イオン化質量分析装置では、イオン吸込み口の周囲から高温の乾燥ガスを噴出させることで、噴霧流が乾燥ガスに晒されるような構成が採られている。例えば特許文献1、2に記載の大気圧イオン化質量分析装置では、脱溶媒管と同軸で該管を取り囲むように配設された乾燥ガス管末端の噴出口から、イオン吸込み方向と反対方向に円環状に乾燥ガスを噴出させるようにしている。また、イオン吸込み口を取り囲むように複数の乾燥ガス噴出孔を設け、各乾燥ガス噴出孔から乾燥ガスを噴出させる構成のものも知られている。
【0006】
一方、特許文献3に記載の大気圧イオン化質量分析装置では、ノズルからの噴霧流に効率良く乾燥ガスが当たるように、イオン吸込み口の手前側に乾燥ガスを噴出させる噴出孔が設けられている。さらに、この特許文献3に記載の装置では、乾燥ガスの噴出流量を調整する手段を設けることで、イオン検出効率が最大になるように乾燥ガス流量の調整が可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−71722号公報
【特許文献2】特開2006−190526号公報
【特許文献3】特開2003−322639号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、本願発明者は上述したような従来の大気圧イオン源の構成、より具体的には液滴中の溶媒や移動相の揮発を促進するための乾燥ガス供給部の構成・構造が、イオン検出感度を上げる上で必ずしも適切でないことを実験により見いだした。本発明はこうした点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、質量分析に供するイオンの量を増加させイオン検出感度を向上させることができる大気圧イオン化質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するためになされた本発明の第1の態様は、大気圧雰囲気であるイオン化室内に液体試料を噴霧する噴霧手段と、該噴霧手段から噴霧される微小液滴から生成されるイオンを低ガス圧雰囲気である後段へと輸送するために該イオンを吸い込むイオン吸込み口であってその中心軸が前記噴霧手段からの噴霧流の中心軸と一致しないように配置されたイオン吸込み口と、を具備する大気圧イオン化質量分析装置において、
前記イオン吸込み口の周囲であっ
て該イオン吸込み口の中心軸を挟んで前記噴霧手段の噴霧口が位置する側と反対側
に配設され
た乾燥ガス噴出孔のみから
、前記イオン吸込み口を経たイオン吸込み方向と反対方向に乾燥ガスを噴出可能としたことを特徴としている。
【0010】
また上記課題を解決するためになされた本発明の第2の態様は、大気圧雰囲気であるイオン化室内に液体試料を噴霧する噴霧手段と、該噴霧手段から噴霧される微小液滴から生成されるイオンを低ガス圧雰囲気である後段へと輸送するために該イオンを吸い込むイオン吸込み口であってその中心軸が前記噴霧手段からの噴霧流の中心軸と一致しないように配置されたイオン吸込み口と、を具備する大気圧イオン化質量分析装置において、
a)前記イオン吸込み口を囲むようにその周囲に設けられ、該イオン吸込み口を経たイオン吸込み方向と反対方向に乾燥ガスを噴出するように配設された複数の乾燥ガス噴出孔と、
b)該複数の乾燥ガス噴出孔からそれぞれ噴出する乾燥ガスの量を独立に調整するための流量調整手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
この第2の態様による大気圧イオン化質量分析装置では、好ましくは、前記複数の乾燥ガス噴出孔は前記イオン吸込み口の同心円上に一定角度間隔で設けられている構成とするとよい。
【0012】
上記第2の態様による大気圧イオン化質量分析装置では乾燥ガス噴出孔は複数であるのに対し、第1の態様による大気圧イオン化質量分析装置では乾燥ガス噴出孔は1つのみであってもよいし、その特徴的な構成の乾燥ガス噴出孔を含む複数であってもよい。
【0013】
また、上記第1及び第2の態様による大気圧イオン化質量分析装置において「大気圧雰囲気」は、温度等に依存する厳密な大気圧条件を意味するものではなく、大気圧と同程度の雰囲気であることは当該分野の技術常識から明らかである。
【0014】
また、上記第1及び第2の態様による大気圧イオン化質量分析装置において、イオン吸込み口の中心軸が噴霧手段からの噴霧流の中心軸と一致しないように配置された状態とは、具体的には、両者の中心軸が直交する又は斜交する状態、両者の中心軸が平行であって同一直線上に位置しない状態、又は、両者の中心軸が平行でもなく交差もしない状態、を含む。ただし、いずれの場合でも、イオン吸込み口が噴霧流から生成されたイオンを吸い込み可能な位置に配置されることは当然である。
【0015】
第1の態様による大気圧イオン化質量分析装置では、上記乾燥ガス噴出孔から乾燥ガスが噴出すると、その乾燥ガス流の作用により、イオン吸込み口周囲において該イオン吸込み口から見て噴霧手段の噴霧口に近い領域よりも遠い領域(乾燥ガス噴出孔が位置する付近の領域)のガス圧が低くなる。そのため、前者の領域から後者の領域に向かって空気流が生じ、その流れに乗って噴霧流中の又は噴霧流から生じたイオンはイオン吸込み口近傍に近づき易くなる。その結果、イオンがイオン吸込み口に入り込む確率が高くなり、後段へと送られるイオンの量が増加して検出感度の向上に繋がる。また、イオン吸込み口周囲において該イオン吸込み口から見て噴霧手段の噴霧口に近い領域に乾燥ガスを直接噴出させないことで、イオン吸込み口に近付く方向に移動しているイオンを押し戻す、つまりはイオン吸込み口から遠ざけるようなことがなくなるので、乾燥を促進させることによるイオンの吸込み効率の低下を回避することができる。
【0016】
一方、第2の態様による大気圧イオン化質量分析装置では、イオン吸込み口を囲むように複数の乾燥ガス噴出孔が配置されているが、流量調整手段によって各乾燥ガス噴出孔から噴出する乾燥ガス量の調整が可能となっている。したがって、例えばイオン吸込み口周囲において該イオン吸込み口から見て噴霧手段の噴霧口に近い位置に配置されている乾燥ガス噴出孔からの乾燥ガス噴出を停止し、該イオン吸込み口から見て噴霧手段の噴霧口から遠い位置に配置されている乾燥ガス噴出孔のみから乾燥ガスを噴出させるようにすれば、第1の態様による大気圧イオン化質量分析装置と同様の作用が生じ、イオン吸込み効率を改善することができる。
【0017】
また第2の態様による大気圧イオン化質量分析装置では、イオン吸込み口周囲において該イオン吸込み口から見て噴霧手段の噴霧口に近い位置に配置されている乾燥ガス噴出孔からの乾燥ガス噴出を完全には停止せずに微量(イオン吸込み口から見て噴霧手段の噴霧口から遠い位置に配置されている乾燥ガス噴出孔からのガス流量に比べて少ない量)の乾燥ガスを流すことにより、イオンの吸込み効率に影響を殆ど及ぼすことなく液滴の乾燥効率を向上させ、総合的にイオンの検出感度を改善することもできる。
【0018】
このように、第2の態様による大気圧イオン化質量分析装置では、イオン吸込み口を囲むように配置された複数の乾燥ガス噴出孔から噴出する乾燥ガスの量を自在に設定できるので、例えば噴霧手段から噴霧される液体試料の量、つまりは噴霧手段に供給される液体試料の流量や流速、液体試料の粘性、周囲の温度、などの様々な分析条件に応じて、イオン検出感度が最良になるようにそれぞれの乾燥ガス量を調整することが可能である。
そこで、第2の態様による大気圧イオン化質量分析装置は、前記流量調整手段により各乾燥ガス噴出孔からそれぞれ噴出する乾燥ガスの量を調整しながらイオン検出信号を監視し、イオン検出感度が最良になるようにそれぞれの乾燥ガスの量を設定する制御手段をさらに備える構成とするとよい。
【0019】
上記構成では例えば、目的試料の分析に先立ち、該分析と同じ分析条件の下で標準試料等既知の試料を分析しながら上記制御手段により乾燥ガス量の適正値を見いだし、それを分析パラメータの1つとして記憶しておく。そして、目的試料の分析に際して記憶しておいた分析パラメータに従って流量調整手段を制御して乾燥ガス量を決めれば、そのときの分析条件に応じた最良のイオン検出感度を達成することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る大気圧イオン化質量分析装置によれば、イオン化室で生成されたイオンを効率よく後段へと輸送し質量分析に供することにより、従来に比べてイオン検出感度を向上させることができる。特に本発明の第2態様による大気圧イオン化質量分析装置によれば、様々な分析条件に応じてイオンの検出感度を最良にすることができるので、例えば、一般的なESIイオン源からナノESI(又はマイクロESI)と呼ばれるごく低流量の液体試料を噴霧するイオン源まで、様々な構成のイオン源においてイオン検出感度の向上を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の第1実施例である大気圧イオン化質量分析装置の全体構成図。
【
図2】第1実施例の大気圧イオン化質量分析装置におけるイオン吸込み部周辺の平面図(a)及び断面図(b)。
【
図3】第1実施例の大気圧イオン化質量分析装置における乾燥ガス供給部の制御系構成図。
【
図4】本発明の第2実施例である大気圧イオン化質量分析装置におけるイオン吸込み部周辺の平面図(a)及び断面図(b)。
【
図5】本発明の第3実施例である大気圧イオン化質量分析装置におけるイオン源の構成図(a)及びイオン吸込み部周辺の断面図(b)。
【
図6】本発明の第4実施例である大気圧イオン化質量分析装置におけるイオン源の構成図(a)及びイオン吸込み部周辺の断面図(b)。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る大気圧イオン化質量分析装置の第1実施例について、添付図面を参照しつつ説明する。
図1は第1実施例の大気圧イオン化質量分析装置の全体構成図、
図2は第1実施例の大気圧イオン化質量分析装置におけるイオン吸込み部周辺の平面図(a)及び概略断面図(b)、
図3は第1実施例の大気圧イオン化質量分析装置における乾燥ガス供給部の制御系構成図である。
【0023】
本実施例の大気圧イオン化質量分析装置は、略大気圧雰囲気に維持されるイオン化室1と、図示しないターボ分子ポンプ等の真空ポンプによる真空排気によって高真空雰囲気に維持される分析室4と、それぞれ真空ポンプによる真空排気によってイオン化室1内のガス圧と分析室4内のガス圧との中間のガス圧に維持される第1中間真空室2、第2中間真空室3と、を備える。即ち、この大気圧イオン化質量分析装置では、イオン化室1から分析室4に向かって各室毎にガス圧が低くなる(真空度が上がる)多段差動排気系の構成が採られている。
【0024】
イオン化室1には、図示しないLCのカラム出口端に接続されたイオン化プローブ5が配設され、分析室4には四重極マスフィルタ13及びイオン検出器14が配設されている。また、第1及び第2中間真空室2、3にはイオンを後段へ輸送するための第1イオンガイド11及び第2イオンガイド12が配設されている。イオン化室1と第1中間真空室2との間は細径の脱溶媒管9を介して連通しており、また第1中間真空室2と第2中間真空室3との間、第2中間真空室3と分析室4との間は、それぞれ小径の通過孔を介して連通している。
【0025】
イオン化室1内に向いた脱溶媒管9の端部開口はイオン吸込み口9aとなっており、このイオン吸込み口9aは、図示しないヒータにより略均一に加熱されるブロックヒータ8に取り付けられた裁頭円錐形状であるサンプリングコーン7の円形裁頭面7aの中心に突出している。その円形裁頭面7aには、イオン吸込み口9aを取り囲むように該イオン吸込み口9aの同心円上に一定角度(この例では60°)間隔で複数(この例では6個)の乾燥ガス噴出孔10が設けられている(
図2(a)参照)。この第1実施例の構成では、イオン化プローブ5の先端のノズル6の中心軸、つまりは後述するノズル6からの噴霧流の中心軸Sと、イオン吸込み口9aの中心軸Cとは略直交した状態となっている。
【0026】
図3に示すように、6個の乾燥ガス噴出孔10はそれぞれ独立の乾燥ガス供給支管20の末端開口であり、各乾燥ガス供給支管20には開度を電気的に調整可能な流量バルブ21が設けられている。各流量バルブ21の開度は制御部25により制御され、該制御部25には流量バルブ21の開度又は流量を分析パラメータの1つとして記憶しておく分析パラメータ記憶部26が接続されている。また、制御部25には、イオン検出器14からの検出信号を処理するデータ処理部27からその処理結果が与えられている。
【0027】
即ち、乾燥
ガス供給主管22を通して供給された乾燥ガス(通常はN
2ガスだが、ガスの種類はこれに限らない)はそれぞれ流量バルブ21で個別に流量が調整され、乾燥ガス供給支管20を通して乾燥ガス噴出孔10に至る。従来の構成では、各乾燥ガス噴出孔10からイオン化室1内に噴出する乾燥ガスの流量を個別に調整することはできなかったが、この第1実施例の構成では、各乾燥ガス噴出孔10から噴出する乾燥ガスの流量を自由に調整することができる。もちろん、一部の乾燥ガス噴出孔10からの乾燥ガスの噴出を停止することもできる。
【0028】
以下、第1実施例の大気圧イオン化質量分析装置の動作の一例を説明する。なお、以下の説明ではイオン化プローブ5としてESI用のものを使用した場合について説明するが、APCI用やAPPI用のものを使用した場合にはイオン化のメカニズムが相違するだけであって、本発明の特徴的な部分について何ら変わりはない。
【0029】
分析実行時には、ノズル6の先端に図示しない直流高圧電源より数kV程度の高電圧が印加される。イオン化プローブ5に導入された液体試料がノズル6の先端に達すると、片寄った電荷を付与されてイオン化室1内に噴霧される。噴霧流中の微小液滴は多くの移動相や溶媒を含むが、イオン化室1内には高い密度で(後段の中間真空室2、3に比べて)大気ガスが存在するため、微小液滴は大気ガスに接触して微細化され、さらに移動相や溶媒が揮発することでさらに微細化が進む。この過程で液滴に含まれる試料成分(分子又は原子)は電荷を持って液滴から飛び出し、気体イオンとなる。したがって、ノズル6から噴出した噴霧流はイオンと微小液滴が入り混じったものとなり、進行するに伴いイオンの割合が増加する。
【0030】
流量バルブ21が開放状態である場合、
図2(b)に示すように、1又は複数の乾燥ガス噴出孔10から乾燥ガスが噴出する。この乾燥ガスは噴霧流中の帯電液滴からの溶媒や移動相の揮発を促進する作用を有するが、そのほかに、溶媒や移動相が気化せずに脱溶媒管9の入口端(イオン吸込み口9a付近)に付着して汚染することを防止する作用もある。ただし、乾燥ガス噴出孔10からの乾燥ガスの噴出方向はイオン吸込み口9aを経たイオンの吸込み方向とは逆方向であるため、イオン吸込み口9aから見てノズル6が位置する側の乾燥ガス噴出孔10(この例ではイオン吸込み口9aの上方に位置する乾燥ガス噴出孔)から噴出する乾燥ガスは、イオン吸込み口9aに入り込もうとするイオンを押し戻すことにもなる。つまり、一般に乾燥ガス噴出孔10から噴出する乾燥ガスはイオンの生成効率を向上させる上では有効であるが、生成されたイオンの吸込み効率の上では不利になることがある。
【0031】
従来の大気圧イオン化質量分析装置では複数の乾燥ガス噴出孔10から噴出する乾燥ガスの総量しか調整できなかったのに対し、本実施例の大気圧イオン化質量分析装置では、複数の乾燥ガス噴出孔10から噴出する乾燥ガスの流量が個別に調整できるようになっている。そこで、典型的には、イオン吸込み口9aの上方に位置する乾燥ガス噴出孔10か
ら噴出するガス流量を減らし、吸込み口9aの下方に位置する乾燥ガス噴出孔10か
ら噴出するガス流量を増加させる。すると、ベルヌーイの定理によってイオン吸込み口9aの上側の領域に比べて下側の領域のガス圧が低くなり、このガス圧差によって生じる空気流に乗って、噴霧流中のイオンはイオン吸込み口9a付近に集まり易くなる。イオン吸込み口9aに近づいたイオンは、イオン化室1と第1中間真空室2との差圧により形成される、イオン吸込み口9aを経て脱溶媒管9中に吸い込まれる大気ガスの流れに乗ってイオン吸込み口9aに入り込む。即ち、イオン吸込み口9aの上方に位置する乾燥ガス噴出孔10か
ら噴出するガス流量を減らす又はゼロにすることによって近づいて来るイオンの押し戻しをなくすとともに、乾燥ガスの流れにより新たに生起される空気流の作用によってイオンをイオン吸込み口9a近傍に誘引することによって、より多くの量のイオンがイオン吸込み口9aに吸い込まれ、脱溶媒管9中を通って第1中間真空室2へと送られるようになる。
【0032】
第1中間真空室2へ導入されたイオンは第1イオンガイド11により収束されて第2中間真空室3へと送られ、さらに第2イオンガイド12により収束されて分析室4へと送られる。四重極マスフィルタ13に導入されたイオンの中で、該フィルタ13の各電極に印加されている電圧に応じた特定の質量電荷比m/zを有するイオンのみが該フィルタ13を通り抜けイオン検出器14に到達して検出される。したがって、第1中間真空室2へ送り込まれるイオンの量が多いほど四重極マスフィルタ13で分析の対象となるイオンも多くなり、結果的にイオン検出感度が向上する。
【0033】
また、イオン化室1においてノズル6から噴出する噴霧流の速度や拡がり状態、或いは溶媒や移動相の揮発度合いは、イオン化プローブ5に導入される液体試料の流速や粘度などに依存する。イオン化プローブ5の前段にLCのカラムが接続されている場合には、液体試料の流速や粘度などはLCの分析条件である。本実施例の大気圧イオン化質量分析装置では、各乾燥ガス噴出孔10から噴出する乾燥ガスの流量を個別に調整することが可能であるため、LC分析条件が相違する場合でもイオン検出感度が最大になるように乾燥ガスの流量を適切に調整することができる。
【0034】
例えば、イオン化プローブ5に導入される液体試料の流量が少なければ、ノズル6から噴霧される時点で溶媒や移動相は殆ど揮発しており、乾燥ガスによる乾燥の作用はあまり重要ではない。そこで、そうした分析条件の下では、イオン吸込み口9aの上方に位置する乾燥ガス噴出孔10からの乾燥ガスの噴出を完全に停止させ、吸込み口9aの下方に位置する乾燥ガス噴出孔10からのみ乾燥ガスを噴出する。それにより、イオン吸込み口9aの上方に位置する乾燥ガス噴出孔10からの乾燥ガスの噴出によってイオンが押し戻されることを回避し、イオンの吸込み効率を上げることができる。一方、イオン化プローブ5に導入される液体試料の流量が多いような分析条件の下では、噴霧流中の液滴から移動相や溶媒が蒸発しにくい状況にある。そのため、この場合には乾燥を促進させることを重視して、イオン吸込み口9aの上方に位置する乾燥ガス噴出孔10からも少量の乾燥ガスを噴出させる。これによって、或る程度イオンの押し戻しが生じるものの、液滴の乾燥が進んでイオン生成効率が上がることによって、相対的にイオン検出感度は向上する。
【0035】
制御部25は上述したような分析条件に応じた乾燥ガス流量の最適化を自動的に実施する機能を有する。即ち、目的試料の分析に先立って自動調整の実施がユーザ等により指示されると、制御部25はイオン化プローブ5に標準試料が導入される状態で分析を実行し、各流量バルブ21の開度をそれぞれ調整することで乾燥ガスの量を変化させながら、既知成分に対するイオン強度を監視する。そして、最大のイオン強度を与える各流量バルブ21の開度を求め、これを分析パラメータとして分析パラメータ記憶部26に格納する。そして、目的試料の分析の際に、制御部25は分析パラメータ記憶部26に格納されている分析パラメータを読み出してきて、それに従って各流量バルブ21の開度を設定する。なお、こうしたパラメータの最適化は各部の印加電圧等の最適化(いわゆるオートチューニング)と同時に行うことができる。これによって、ユーザは特に意識することなく、そのときの分析条件に最適な乾燥ガス流量の下で分析を行うことができ、分析条件に拘わらず高い検出感度での分析が可能となる。
【0036】
次に、本発明の第2実施例による大気圧イオン化質量分析装置について
図4により説明する。この第2実施例による大気圧イオン化質量分析装置は、特に乾燥ガスの噴出に関連した乾燥ガスの噴出孔10の構成などが第1実施例と異なるのだけであるので、その点についてのみ説明する。
【0037】
図4は
図2と同様の、第2実施例の大気圧イオン化質量分析装置におけるイオン吸込み部周辺の平面図(a)及び概略断面図(b)である。第1実施例では、イオン吸込み口9aを取り囲むように複数の乾燥ガス噴出孔10が配置されていたが、この第2実施例では、イオン吸込み口9aの下方にのみ、1個の乾燥ガス噴出孔10が配置されている。ここで、イオン吸込み口9aの下方とは、イオン吸込み口9aから見たときに噴霧流を生じるノズル6とは反対側の位置である。即ち、第1実施例では、複数の乾燥ガス噴出孔10から噴出する乾燥ガスの量が個別に調整可能となっており、それによってイオン吸込み口9aの下方に位置する乾燥ガス噴出孔10のみから乾燥ガスを噴出することが可能であったが、この第2実施例では、もともとイオン吸込み口9aの下方にのみ乾燥ガス噴出孔10が配置されている。なお、図示しないが、イオン吸込み口9aの下方に配置された乾燥ガス噴出孔10に乾燥ガスを供給する乾燥ガス管路には流量バルブが設けられており、乾燥ガスの量の調整は可能となっている。
【0038】
この第2実施例では、イオン吸込み口9aの下方に位置する乾燥ガス噴出孔10のみから、イオンの吸込み方向と反対方向に乾燥ガスが噴出されるため、上述したように、イオン吸込み口9aの下方の領域で上方の領域よりもガス圧が低くなり、空気流が生起される。また、イオン吸込み口9aの上方には乾燥ガス噴出孔がないので、近づいて来たイオンを押し戻すような乾燥ガス流も殆ど生じない。そのため、従来の構成に比べてイオンの吸込み効率が向上し、結果的にイオン検出感度を向上させることができる。
【0039】
なお、この構成においても、唯一の乾燥ガス噴出孔10から噴出する乾燥ガスの量を分析条件に応じて最適化するために、上述したように制御部25による制御の下に自動的な調整を行うようにすることができる。
【0040】
図4の構成は、
図1に示したように、ノズル6からの噴霧流の中心軸Sとイオン吸込み口9aの中心軸Cとが略直交した配置であるが、ノズル6とイオン吸込み口9aとの位置関係はこれに限らない。
【0041】
例えば
図5はノズル6からの噴霧流の中心軸Sとイオン吸込み口9aの中心軸Cとが略平行であって一直線上にはない場合の例である。この場合でも、イオン吸込み口9aから見たときに噴霧流を生じるノズル6とは反対側の位置、つまりイオン吸込み口9aの下方に乾燥ガス噴出孔10が設けられている。それによって、ノズル6からの噴霧流中のイオンはイオン吸込み口9a近傍に誘引され、イオン吸込み口9aに吸い込まれる。
【0042】
また
図6はノズル6からの噴霧流の中心軸Sとイオン吸込み口9aの中心軸Cとが斜交している場合の例である。この場合でも、イオン吸込み口9aから見たときに噴霧流を生じるノズル6とは反対側の位置、つまりイオン吸込み口9aの下方に乾燥ガス噴出孔10が設けられている。それによって、ノズル6からの噴霧流中のイオンはイオン吸込み口9a近傍に誘引され、イオン吸込み口9aに吸い込まれる。
【0043】
さらにまた、ノズル6からの噴霧流の中心軸Sとイオン吸込み口9aの中心軸Cとが交差しておらず(つまり、同一平面上にはなく)平行でもない場合であっても、同様に、イオン吸込み口9aから見たときに噴霧流を生じるノズル6とは反対側の位置に乾燥ガス噴出孔10が設けるようにすればよい。それによって、ノズル6からの噴霧流中のイオンをイオン吸込み口9a近傍に誘引し、効率よくイオン吸込み口9aに吸い込むことができる。
【0044】
また、ノズル6と吸込み口9aとの位置関係を
図5や
図6に示したように定めた構成において、第1実施例に示したように複数の乾燥ガス噴出孔10を設ける構成としてもよいことは当然である。
【0045】
また、上記実施例では、イオン化プローブ5がESI用である場合について説明したが、APCI用やAPPI用などのイオン化プローブを用いた場合、即ち、イオン化法がESI以外の大気圧イオン化法である場合でも本発明を適用可能であることは当然である。また、上記実施例は本発明の一例であり、上記記載以外の事項について、本発明の趣旨の範囲で適宜変更、修正、追加などを行っても本願請求の範囲に包含されることは明白である。
【符号の説明】
【0046】
1…イオン化室
2…第1中間真空室
3…第2中間真空室
4…分析室
5…イオン化プローブ
6…ノズル
7…サンプリングコーン
8…ブロックヒータ
9…脱溶媒管
9a…イオン吸込み口
10…乾燥ガス噴出孔
11…第1イオンガイド
12…第2イオンガイド
13…四重極マスフィルタ
14…イオン検出器
20…乾燥ガス供給支管
21…流量バルブ
22…乾燥
ガス供給主管
25…制御部
26…分析パラメータ記憶部
27…データ処理部
C…イオン吸込み口の中心軸
S…噴霧流の中心軸