(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)において、質量分析装置の各部のチューニングを行う際には含有成分の種類や濃度が既知である試料(一般的には較正用試料、標準試料などと呼ばれる)が用いられる。ここでいうチューニングとは、質量電荷比m/z較正、質量分解能調整、感度調整、などを目的として、各部への印加電圧やイオン化プローブの温度、ガス流量などの各種分析条件に関する制御パラメータを最適に設定する作業である。チューニング実行時には、調整対象である制御パラメータの値を順次変化させながら試料中の目的成分に由来するイオンの信号強度を監視し、該信号強度が最大になるパラメータ値を探索する。そのため、制御パラメータの最適値を見つけ出すのには或る程度時間を要し、従来一般的に、イオン源への試料の導入にはインフュージョン法が用いられている。インフュージョン法はシリンジポンプ等を用いて液体試料を連続的にイオン源へ導入する手法であり、比較的長い時間に亘って安定した分析が行える反面、試料の消費量が多いという欠点がある。
【0003】
これに対しフローインジェクション法は、液体クロマトグラフ用のインジェクタなどを用いて一定流量で送給される移動相中に所定量の試料を注入し、移動相の流れに乗せて試料をイオン源に導入する手法である(特許文献1など参照)。FIA法では上述したインフュージョン法に比べると、試料の使用量は格段に少なくて済む。しかしながら、フローインジェクション法では、イオン源に試料が導入される時間が短く、しかも時間経過に伴って目的成分の濃度は略山型状に変化する。そのため、装置チューニングのための試料導入にフローインジェクション法を用いる場合には、インフュージョン法を用いる場合に比べてデータ取得の時間的な制約が大きい。
【0004】
以下、装置チューニングの一例として、MS/MS分析が可能な三連四重極型質量分析装置においてイオンを衝突誘起解離(CID)させる際のコリジョンエネルギを最適化する場合を例に挙げて説明する。なお、CIDの際にイオンが持つコリジョンエネルギはコリジョンセルとその前段のイオン光学要素(イオンガイド又は前段四重極マスフィルタなど)とに印加される電圧で決まるから、コリジョンエネルギを調整する際に実際に調整されるのは電圧(以下「コリジョンエネルギ電圧」という)である。
【0005】
一般に、同一種のイオンであっても、CIDによる開裂の態様はコリジョンエネルギによって相違する。そのため、CID対象であるプリカーサイオンが同一種であっても、コリジョンエネルギ電圧の最適値は目的とする(分析したい)プロダクトイオンによって相違する。したがって、例えば多重反応モニタリング(MRM=Multiple Reaction Monitoring)測定などプロダクトイオンの質量電荷比を固定したMS/MS分析では、目的とするプロダクトイオンが複数種ある場合に、プロダクトイオン毎にそれぞれコリジョンエネルギ電圧の最適値を調べる必要がある。
【0006】
予め設定された複数のコリジョンエネルギ電圧の下で所定のプリカーサイオンを開裂させたときに生成される複数のプロダクトイオンのイオン強度をそれぞれ検出する手法として、特許文献2に記載の方法が知られている。この分析方法では、複数のコリジョンエネルギ電圧と複数のプロダクトイオンとの組合せの全てについて一通り実施する分析を1周期とし、この周期を繰り返すことでプロダクトイオン毎に異なるコリジョンエネルギ電圧の下でのイオン強度を取得するようにしている。
【0007】
しかしながら、上述のように網羅的にイオン強度を取得してゆく手法では、適切なコリジョンエネルギ電圧の範囲が全く不明である場合に、かなり広いコリジョンエネルギ電圧範囲に亘って比較的狭いステップ幅で以て値を順次変えながら各プロダクトイオンに対するイオン強度を測定する必要がある。そうなると1周期中で取得すべきデータ点数が多くなり、データの取得時間間隔を一定に維持すると1周期の時間が長くなってしまう。上述したようにフローインジェクション法ではイオン源へ導入される試料の成分濃度が略山型状に変化するため、1周期の分析結果だけではコリジョンエネルギ電圧の最適値を見つけることは難しい。そのため、数周期程度に亘ってイオン強度を積算してコリジョンエネルギ電圧の最適値を見つけ出す必要があるが、上述したように1周期の所要時間が長い場合、目的成分がイオン源に導入されている間に最適値を見つけることはかなり困難である。その結果、複数回同じ試料に対して同様の分析を実行する必要が生じ、試料の消費量が増えるとともにチューニングの所要時間も長くなるという問題がある。
【0008】
なお、上記問題は試料導入時間が限られるフローインジェクション法を用いた場合に特に大きいが、コリジョンエネルギ電圧を変えながらイオン強度を測定する回数が増えるほどチューニングの所要時間が長くなり試料の消費量が増えるという問題はインフュージョン法を用いた場合でも同様である。
【0009】
また、上記課題はコリジョンエネルギ電圧の最適化に限らず、質量分析装置において最適化が必要な全ての制御パラメータ、例えばイオンレンズに印加されるレンズ電圧、エレクトロスプレイイオン化(ESI)法や大気圧化学イオン化(APCI)法等によるイオン源に用いられるネブライズガスや乾燥ガスのガス流量、そうしたイオン源や生成されたイオンをイオン源から後段へと輸送する加熱キャピラリの加熱温度、さらには大気圧光イオン化(APPI)イオン源が使用される場合のレーザ強度、などについても同様である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、例えばフローインジェクション法により試料をイオン源に導入して装置各部のチューニングを行う際に、できるだけ少ない試料注入回数で以て最適な又はそれに近い制御パラメータを決定することができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料中の所定成分を質量分析した結果に基づいて、当該装置の各部の制御パラメータを最適化するチューニングを実行する機能を有する質量分析装置において、
a)調整対象である制御パラメータの値を所定範囲に亘り所定ステップ幅で変更する手段であって、制御パラメータ値を第1所定範囲に亘り第1ステップ幅で変更する粗調整モードと、制御パラメータ値を第1所定範囲よりも狭い第2所定範囲に亘り第1ステップ幅よりも狭い第2ステップ幅で変更する微調整モードとを切り替え可能であるパラメータ設定手段と、
b)前記パラメータ設定手段により制御パラメータ値が変更される毎に所定成分由来のイオンに対するイオン強度情報を取得する結果取得手段と、
c)試料中の所定成分が導入されている期間に、前記パラメータ設定手段により粗調整モードを実行し、そのときに前記結果取得手段により得られる
複数のイオン強度の中で最大のイオン強度と該最大イオン強度を与える制御パラメータ値に隣接する制御パラメータ値に対するイオン強度との差を、制御パラメータ値の一定の変化量に対するイオン強度の変化量
として求め、そのイオン強度差を閾値と比較することで、その粗調整モードにおいて得られたイオン強度情報から制御パラメータの最適値を決定するか、又は、引き続き微調整モードを実行しそのときに前記結果取得手段により得られるイオン強度情報から制御パラメータの最適値を決定するか、を判断するパラメータ最適化手段と、
を備えることを特徴としている。
【0013】
上記制御パラメータは、質量精度、質量分解能、感度などに影響を与えるパラメータであり、具体的には例えば、イオン源やイオン収束用のイオンレンズなどの各部への印加電圧、イオン源やイオン輸送用の加熱キャピラリなどの各部の温度、イオン源に用いられるネブライズガスや乾燥ガス等のガス流量、などが含まれる。また、コリジョンセルを備える三連四重極型質量分析装置においては、イオンの解離条件であるコリジョンエネルギ(コリジョンエネルギ電圧)やコリジョンセル内ガス圧、なども制御パラメータに含まれる。
【0015】
本発明に係る質量分析装置の一態様
として、前記パラメータ最適化手段は、微調整モードを実行しない場合、粗調整モードの実行に対して得られる複数のイオン強度の中で最大のイオン強度を与える制御パラメータ値を制御パラメータの最適値とし、微調整モードを実行する場合には該微調整モードの実行に対して得られる複数のイオン強度の中で最大のイオン強度を与える制御パラメータ値を制御パラメータの最適値とするとよい。
【0016】
さらにまた上記態様において、前記パラメータ設定手段は、粗調整モードの実行に対して得られる複数のイオン強度の中で最大のイオン強度を与える制御パラメータ値を含むように第2所定範囲を決めるようにするとよい。
【0017】
本発明に係る質量分析装置においてパラメータ最適化手段は、試料中の所定成分が本装置に導入されている状態で、まず調整対象である制御パラメータの値を相対的に広い第1所定範囲に亘って第1ステップ幅で変更しつつ、その変更毎に結果取得手段によりイオン強度を取得する。第1ステップ幅は粗いため、そのステップの刻みの間の値が制御パラメータの最適値である可能性があるが、その値を挟んだ両側の制御パラメータ値に対するイオン強度の差が小さければ、少なくともその制御パラメータ値付近ではその値の変化はイオン強度に大きな影響を与えないと考えることができる。即ち、高いイオン強度を得る上で、上記両側の制御パラメータ値は最適値と遜色ないといえるから、その場合には微調整モードを敢えて実行する必要はない。そこで、パラメータ最適化手段は粗調整モードの実行により得られるイオン強度情報に基づいて制御パラメータ値の一定の変化量に対するイオン強度の変化量を求め、そのイオン強度の変化量が小さければ、微調整モードを実行せずに粗調整モードにおいて得られたイオン強度情報から制御パラメータの最適値を決定する。
【0018】
一方、粗調整モードにおいて求めた上記イオン強度の変化量が大きい場合には、その制御パラメータ値付近においてその値の変化はイオン強度に大きな影響を与える可能性が高い。つまり、粗調整モード実行時にスキップされた制御パラメータ値が最適値であるとすると、該最適値に対するイオン強度はスキップされなかった(粗調整モードで測定された)制御パラメータ値に対するイオン強度よりも充分に高い可能性がある。そこでパラメータ最適化手段は、上記イオン強度の変化量が大きければ、粗調整モードに引き続いて微調整モードを実行し、先にスキップされた制御パラメータ値に対するイオン強度を細かく求めて、これに基づいて制御パラメータの最適値を決定する。
【0019】
これにより、イオン強度が最大又はそれに近くなる制御パラメータの最適値を的確に且つ短時間で見つけ出すことができるとともに、微調整モードを実行せずに済む場合には特に測定(或る制御パラメータの値の下でのイオン強度情報の取得)の回数を大幅に減らすことができるので調整時間の短縮及び試料の消費量の節約を図ることができる。
【0020】
本発明に係る質量分析装置が液体試料中の成分をイオン化する、ESI、APCI、APPI等の大気圧イオン源を具備する大気圧イオン化質量分析装置である場合、イオン源への試料導入はフローインジェクション法、インフュージョン法のいずれでもよく、また液体クロマトグラフのカラム出口から溶出した溶出液をイオン源に
導入するようにしてもよい。ただし、フローインジェクション法により試料を導入する場合やカラムからの溶出液を導入する場合には、いずれも移動相(溶媒)の流れに乗って試料中の所定成分がイオン源に導入され、その成分の濃度は時間経過に伴って略山型状(ピーク状)に変化する。即ち、所定成分が導入されている時間は限られている。
【0021】
そこで、本発明に係る質量分析装置が、1回の試料注入に対して濃度の時間変化がピーク状となる所定成分を含む液体試料を質量分析する質量分析装置である場合には、1回目の試料注入に対する所定成分が導入されている期間に粗調整モードを実行し、該粗調整モードの実行に対して得られるイオン強度に基づいて微調整モードを実行することが決定された場合には、2回目の試料注入に対する前記所定成分が導入されている期間に微調整モードを実行し、該微調整モードの実行に対して得られるイオン強度に基づいて制御パラメータの最適値を決めるようにするとよい。
この構成によれば、最大限2回の試料注入によって、制御パラメータの最適値を決定することができる。
【0022】
また本発明に係る質量分析装置が、1回の試料注入に対して濃度の時間変化がピーク状となる所定成分を含む液体試料を質量分析する質量分析装置である場合には、1回の試料注入に対する前記所定成分が導入されている期間であって導入される所定成分の濃度が最大となる時点以前の期間中に、粗調整モードを実行し該粗調整モードの実行に対して得られるイオン強度に基づいて微調整モードを実行することが決定された場合には、その1回の試料注入に対する前記所定成分が導入されている期間の残りの期間中に、微調整モードを実行し該微調整モードの実行に対して得られるイオン強度に基づいて制御パラメータの最適値を決めるようにしてもよい。
この構成によれば、1回のみの試料注入によって、制御パラメータの最適値を決定することができる。
【0023】
ここで「導入される所定成分の濃度が最大となる時点」を認識する方法として、既知の情報を利用して予め計算により求める方法と、分析実行中に検出器で得られる検出信号に基づいてリアルタイムに求める方法とが考えられる。
【0024】
例えばフローインジェクション法の場合、インジェクタで試料が移動相に注入された時点から試料成分がイオン源に導入され始めるまでの時間や、試料成分がイオン源に導入され始めた時点からその濃度がほぼ最大になるまでの経過時間については、主として移動相の移動速度に依存する。この移動速度は配管のサイズ(内径、長さ等)、移動相の供給流量などから求まるから、これら分析条件から上記時間を求めることは容易である。また、カラム出口からの溶出液中の目的成分を用いてチューニングを行う場合には、カラムでの目的成分の保持時間等が分かっていれば、同様に上記時間を求めることは比較的容易である。
【0025】
一方、質量分析結果に基づいて例えば制御パラメータの同一値の下でのトータルイオンクロマトグラムやマスクロマトグラム、若しくは、制御パラメータの複数の異なる値の下でのイオン強度を合算して求めたトータルイオンクロマトグラムやマスクロマトグラムをリアルタイムで作成し、そのクロマトグラムに対しピーク検出を行ってピークトップを求めたりカーブの傾斜からピークトップに至る前にその位置を予測したりすることにより、イオン源に導入される目的成分の濃度が最大となる時点を求めることが可能である。
【0026】
なお、上述のように本発明に係る質量分析装置が三連四重極型質量分析装置である場合に、コリジョンセルにおいてイオンが解離する際のコリジョンエネルギを上記制御パラメータとすることができるが、その場合、複数のプロダクトイオン毎にコリジョンエネルギの最適値を求めるようにするとよい。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係る質量分析装置によれば、例えば試料導入にフローインジェクション法を用いる場合に、試料の注入回数を減らしながら的確に制御パラメータの最適値を決定することができる。具体的には、1回又は最大でも2回の試料注入によって制御パラメータの最適値を決定することができ、装置をチューニングするために必要な試料の量が少なくて済むとともに、チューニングに要する時間も短くて済むので効率的な分析作業が行える。また、インフュージョン法のように連続的に試料を導入する場合でも、本発明により、測定回数を減らすことができるので、試料の消費量の節約、及びチューニングの所要時間の短縮に有効である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明に係る質量分析装置を含むLC/MS/MSの一実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は第1実施例のLC/MS/MSの概略構成図である。
【0030】
液体クロマトグラフ部(LC部)10は、移動相が貯留された移動相容器11と、移動相を吸引して一定流量で送給するポンプ12と、移動相中に予め用意された所定量の試料を注入するインジェクタ13と、後述する質量分析部(MS部)20に試料を導入する導入配管14と、を含む。ポンプ12は移動相容器11から移動相を吸引して一定流量で導入配管14に送給する。インジェクタ13から一定量の試料液が移動相中に導入されると、移動相の流れに乗って試料は導入配管14を通過し、MS部20に導入される。
【0031】
MS部20は、略大気圧であるイオン化室21と図示しない高性能の真空ポンプにより真空排気される高真空の分析室24との間に、段階的に真空度が高められた第1、第2中間真空室22、23を備えた多段差動排気系の構成である。イオン化室21には、試料溶液に電荷を付与しながら噴霧するESI用イオン化プローブ25が設置され、イオン化室21と次段の第1中間真空室22との間は細径の加熱キャピラリ26を通して連通している。第1中間真空室22と第2中間真空室23との間は頂部に小孔を有するスキマー28で隔てられ、第1中間真空室22と第2中間真空室23にはそれぞれ、イオンを収束させつつ後段へ輸送するためのイオンレンズ27、29が設置されている。分析室24には、多重極イオンガイド32が内部に設置されたコリジョンセル31を挟んで、質量電荷比に応じてイオンを分離する前段四重極マスフィルタ30と同じく質量電荷比に応じてイオンを分離する後段四重極マスフィルタ33、さらにはイオン検出器34が設置されている。
【0032】
MS部20において、ESI用イオン化プローブ25に液体試料が到達すると、該プローブ25先端から電荷が付与された液体試料が噴霧される。噴霧された帯電液滴は静電気力により分裂しながら微細化され、その過程で試料成分由来のイオンが飛び出す。生成されたイオンは加熱キャピラリ26を通して第1中間真空室22に送られ、イオンレンズ27で収束されてスキマー28頂部の小孔を経て第2中間真空室23に送られる。そして、試料成分由来のイオンはイオンレンズ29で収束されて分析室24に送られ、前段四重極マスフィルタ30の長軸方向の空間に導入される。なお、ESIに限らず、APCIやAPPIによりイオン化を行ってもよいことは当然である。
【0033】
MS/MS分析時には、前段四重極マスフィルタ30及び後段四重極マスフィルタ33の各ロッド電極にはそれぞれ所定の電圧(高周波電圧と直流電圧とが重畳された電圧)が印加され、コリジョンセル31内には所定ガス圧となるようにCIDガスが供給される。前段四重極マスフィルタ30に送り込まれた各種イオンの中で、前段四重極マスフィルタ30の各ロッド電極に印加されている電圧に応じた特定の質量電荷比を有するイオンのみが該フィルタ30を通過し、プリカーサイオンとしてコリジョンセル31に導入される。コリジョンセル31内でプリカーサイオンはCIDガスに衝突して解離し、各種のプロダクトイオンが生成される。このときの解離の態様は、コリジョンエネルギやコリジョンセル31内のガス圧などの解離条件に依存するから、コリジョンエネルギを変化させると生成されるプロダクトイオンの種類も変化する。生成された各種プロダクトイオンが後段四重極マスフィルタ33に導入されると、後段四重極マスフィルタ33の各ロッド電極に印加されている電圧に応じた特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが該フィルタ33を通過し、イオン検出器34に到達し検出される。
【0034】
イオン検出器34による検出信号はA/D変換器40においてデジタルデータに変換され、データ処理部41に入力される。データ処理部41は、本実施例に特徴的な構成要素であるチューニング時データ処理部42を機能ブロックとして含む。またLC部10やMS部20などの各部の動作をそれぞれ制御する分析制御部43は、本実施例に特徴的な構成要素であるチューニング時制御部44を機能ブロックとして含む。中央制御部45には入力部46や表示部47が付設され、入出力のインタフェイスや分析制御部43のさらに上位の制御を担う。なお、中央制御部45、分析制御部43、データ処理部41などの機能の一部は、汎用のパーソナルコンピュータをハードウエア資源とし該コンピュータに予めインストールされた専用のアプリケーションソフトウエアをコンピュータ上で実行することにより実現されるものとすることができる。
【0035】
次に、この第1実施例のLC/MS/MSにおいて特徴的であるチューニング実行時のデータ処理及び制御動作について、
図2〜
図4を参照して説明する。
図2は本実施例のLC/MS/MSにおいて実施されるコリジョンエネルギ電圧最適化処理のフローチャート、
図3は1回の試料注入でコリジョンエネルギ電圧最適値が求まる場合の実測例を示す図、
図4は2回の試料注入でコリジョンエネルギ電圧最適値が求まる場合の実測例を示す図である。
【0036】
ここでは、試料に含まれる所定成分に由来する特定の、つまり質量電荷比が固定されたプリカーサイオンを解離させたときに生成される1種のプロダクトイオンについてコリジョンエネルギ電圧の最適値を求める場合を例示するが、後述するようにプロダクトイオンは質量電荷比が相違する複数種類であってもよい。
【0037】
コリジョンエネルギ電圧最適化処理の実行が指示されると、チューニング時制御部44の制御の下に1回目の試料インジェクションが実行される(ステップS1)。即ち、インジェクタ13から移動相中に所定の試料が注入され、これとほぼ同時に又はこれよりも適宜先行した時点若しくは適宜遅れた時点で、MS部20は粗調整モードでのMRM測定によるMS/MS分析を開始する。この例では、目的のプロダクトイオンに対する適切なコリジョンエネルギ電圧が全く不明であるものとし、1回目の試料インジェクションに対して当初実行されるMRM測定では、最大限広いコリジョンエネルギ電圧範囲に亘り所定の粗いステップ幅でコリジョンエネルギ電圧値を変化させるようにする。
図3、
図4(a)に示す例では、コリジョンエネルギ電圧の変化範囲を10〜60[V]とし、ステップ幅を5[V]としている。この場合、コリジョンエネルギ電圧変化のステップは11段階である。なお、
図3と
図4とでコリジョンエネルギ電圧の極性が異なるのは、対象とするイオンの極性が異なるためであってここでは重要でない。
【0038】
MS部20では、所定成分由来の特定の質量電荷比を有するイオンが前段四重極マスフィルタ30を通過するように、前段四重極マスフィルタ30のロッド電極に印加される電圧が設定される。また、前段四重極マスフィルタ30を通過した上記イオンがCIDにより開裂して生成された各種プロダクトイオンのうちの、特定の質量電荷比を有するイオンが後段四重極マスフィルタ33を通過するように、後段四重極マスフィルタ33のロッド電極に印加される電圧が設定される。この状態で、コリジョンエネルギ電圧は順次変更され、各コリジョンエネルギ電圧に対応したプロダクトイオンに対する信号強度データがそれぞれ取得される。
図3、
図4(a)に示した例では、上述した11段階のコリジョンエネルギ電圧に対する一連のイオン強度の測定が1周期の測定であり、インジェクタ13において移動相中に試料が注入され、最適化処理が開始された時点から所定成分が溶出し終わるまでこれを繰り返す(ステップS2)。
【0039】
1周期の測定毎に各コリジョンエネルギ電圧に対するイオン強度データが得られるから、データ処理部41においてチューニング時データ処理部42は、全ての測定終了後に、同一コリジョンエネルギ電圧に対するイオン強度データを積算し、各コリジョンエネルギ電圧に対する積算のイオン強度を比較する(ステップS3)。そして、最大のイオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧を抽出し、そのコリジョンエネルギ電圧の前後(両隣接)のコリジョンエネルギ電圧に対するイオン強度と上記最大のイオン強度との差に基づくイオン強度の変化量を算出する(ステップS4)。
図3の例では、最大のイオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧:−35.0[V]と、その前後のコリジョンエネルギ電圧:−30.0[V]、−40.0[V]とに対するイオン強度から最大イオン強度を100%とした強度比(百分率)を求め、その強度比の差を変化量と定義している。
図3中に示すように、コリジョンエネルギ電圧:−30.0[V]〜−35.0[V]間におけるイオン強度の変化量は0.4%であり、コリジョンエネルギ電圧:−35.0[V]〜−40.0[V]間におけるイオン強度の変化量は11.5%である。
【0040】
次にチューニング時データ処理部42は、ステップS4で求めた2つのイオン強度変化量が共に所定の閾値を超えているか否かを判定する(ステップS6)。閾値は予め適宜に設定しておけばよく、
図3の例のように百分率のイオン強度比を変化量とする場合には5〜15%程度の範囲内の値を閾値にすればよい。ここでは閾値を10%としており、
図3の例の場合、一方の変化量は0.4%であって閾値以下であるのでステップS5でNoと判定されステップS10へと進む。ステップSからS10へと進んだ場合には後述する微調整モードは省略されるから、粗調整モードで得られたイオン強度の中で最大のイオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧を最適値として決定する。
図3の例では、コリジョンエネルギ電圧最適値は−35.0[V]となる。この場合には微調整モードが実行されないだけでなく、2回目の試料インジェクションも実行されない。
【0041】
粗調整モードにおいて最大イオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧付近の電圧範囲においてイオン強度の変化が小さい場合には、その電圧範囲付近のコリジョンエネルギ電圧に対するイオン強度は上記最大イオン強度に近いと推定できる。したがって、測定したコリジョンエネルギ電圧でない電圧がコリジョンエネルギ電圧の真の最適値であったとしても、その真の最適値に対するイオン強度と上記最大イオン強度との差は小さく、粗調整モードにおいて最大イオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧を最適値とみなすことが可能である。
【0042】
一方、
図4(a)の例では、最大のイオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧:15.0[V]とその前後のコリジョンエネルギ電圧:10.0[V]及び20.0[V]とに対するイオン強度からイオン強度変化量を求めると、10.0[V]〜15.0[V]間のイオン強度変化量は28.2%であり、15.0[V]〜20.0[V]間のイオン強度変化量は35.6%である。したがって、この2つの変化量はいずれも閾値を超えているのでステップS5からS6へと進む。チューニング時データ処理部42は、粗調整モードで得られた結果に基づいて、上記粗調整モードに引き続き実行される微調整モードでのコリジョンエネルギ電圧の変化範囲とステップ幅とを決定する。
【0043】
例えば、コリジョンエネルギ電圧変化範囲は、粗調整モードにおいて最大イオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧を中心値とし、その両隣接のコリジョンエネルギ電圧を上限及び下限として定めればよい。また、ステップ幅は粗調整モードのステップ幅よりも小さい適宜の値に設定すればよい。例えば、粗調整モードのステップ幅に1よりも小さい所定の係数を乗じて求めてもよいし、或いは、予めステップの段数を決めておき、上記のように定められたコリジョンエネルギ電圧変化範囲をステップ段数で除してステップ幅を導出してもよい。この微調整モードにおけるコリジョンエネルギ電圧変化範囲とステップ幅の求め方は適宜に定めることができるが、いずれにしても微調整モードでは粗調整モードに比べて、より狭い範囲内を細かい刻みでコリジョンエネルギ電圧を変化させるものとすることが重要である。
図4(b)に示した微調整モードの例では、コリジョンエネルギ電圧の変化範囲を10〜20[V]とし、ステップ幅を1[V]としている。
【0044】
次にチューニング時制御部44の制御の下に2回目の試料インジェクションが実行され(ステップS7)、1回目の試料インジェクション時と同様に、ただしコリジョンエネルギ電圧の変化範囲及びステップ幅のみが相違する条件で所定成分由来のプロダクトイオンの強度が繰り返し測定される(ステップS8)。そして、ステップS3と同様に、チューニング時データ処理部42は、全ての測定終了後に、同一コリジョンエネルギ電圧に対するイオン強度データを積算し、各コリジョンエネルギ電圧に対する積算のイオン強度を比較する(ステップS9)。そして、最大のイオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧を抽出し、これをコリジョンエネルギ電圧の最適値として決定する(ステップS10)。
【0045】
粗調整モードにおいて最大イオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧付近の電圧範囲においてイオン強度の変化が大きい場合には、その電圧範囲付近に上記最大イオン強度よりも大きなイオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧が存在する可能性が高いと推定できる。これに対し、上述したように微調整モードにより細かくコリジョンエネルギ電圧とイオン強度との関係を調べることにより、真に最大のイオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧を見いだすことができる。
図4(b)の例では、コリジョンエネルギ電圧:13[V]においてイオン強度が最大となるから、13[V]をコリジョンエネルギ電圧の最適値と定める。
【0046】
以上のようにして、本実施例のLC/MS/MSでは、チューニング時に、1回又は2回の試料インジェクションによりコリジョンエネルギ電圧の最適値を決定することができる。
【0047】
上記実施例のLC/MS/MSでは1回目の試料インジェクションの際に粗調整モードで測定を実行し、2回目の試料インジェクションの際に微調整モードで測定を行うようにしていたが、1回の試料インジェクションに対して所定成分がMS部20に導入されている期間中に粗調整モードでの測定と微調整モードでの測定を実行するようにしてもよい。
【0048】
図6は試料注入時点から時間経過に伴ってイオン化プローブ25に導入される或る成分の濃度の変化の一例を示す図である。例えば所定成分に対するトータルイオンクロマトグラムや所定成分中に対する特定の質量電荷比におけるマスクロマトグラムを作成すれば、そのカーブは
図6に示すような形状になる筈である。この
図6に示すように、所定成分の濃度は当初は低いが徐々に上昇する。したがって、上述したイオン強度の積算値は周期を増すに伴い増加し、コリジョンエネルギ電圧の相違に起因するイオン強度の差異は明確になる。一般的には、例えば濃度が最大となる、つまりはピークトップが現れる時点までの間にコリジョンエネルギ電圧の相違に起因するイオン強度の差異は明確になると考えられるから、例えばピークトップが現れる時点まで粗調整モードでの測定を実行し、その結果に基づいて必要であれば微調整モードでの測定を引き続き実行するようにしてもよい。
【0049】
図5は1回の試料インジェクションで粗調整モード及び微調整モードを実行する際のコリジョンエネルギ電圧最適化処理のフローチャートである。
図5においてS11〜S12、S14〜S20の各ステップの処理・制御は、
図2中のS1〜S6、S8〜S20の各ステップの各ステップの処理・制御に相当するものであるから説明を省略する。
図5では
図2中のステップS7に代えてステップS13が設けられている。即ち、粗調整モードにおいて各コリジョンエネルギ電圧に対するプロダクトイオンの強度データを収集し始めたならば、チューニング時データ処理部42はモード切替点に達したか否かを判定し(ステップS13)、モード切替点に達していなければステップS12へと戻って粗調整モードでの測定を継続し、モード切替点に達していればステップS14へと進んで粗調整モードで得られたデータの処理を実行する。上記のモード切替点は例えば
図6に示した所定成分濃度が最大を示す時点に決められる。
【0050】
成分濃度最大点を検出するために、例えばチューニング時データ処理部42は1周期内で或る1つのコリジョンエネルギ電圧に対するイオン強度の時間的変化(又は全てのコリジョンエネルギ電圧に対するイオン強度の総和の時間的変化)を監視し、その変化が増加から減少に転じた時点で濃度最大点を通過したと判断する。或いは、増加の変化率が急激に小さくなったことを検出することにより、より早い時点、つまりは濃度最大点を通過する前に濃度最大点に近いことを認識することができる。また、目的成分の濃度の時間変化にほぼ追従すると想定される実測イオン強度データに基づいてモード切替点を判断するのではなく、モード切替点を予め時間によって決めることもできる。即ち、質量分析装置に導入される所定成分の濃度の時間的な変化は、ポンプ12により送給される移動相の流速、導入配管14の長さ等のサイズ、などに依存する。したがって、こうした分析条件が分かれば、計算により試料注入時点から所定成分濃度がほぼ最大になる時点までの所要時間がおよそ求まる。そこで、このような所要時間を予め計算により求めておき、ステップS13の処理ではその所要時間に達したときにモード切替点に達したと判断すればよい。
【0051】
以上のようにして、1回の試料注入のみでコリジョンエネルギ電圧の最適値を決定することが可能である。ただし、移動相の線速度が大きく所定成分がMS部20に導入される時間が非常に短い、或いは、粗調整モードにおいてコリジョンエネルギ電圧の変化の段数が非常に多いなどの場合には、所定成分の濃度が最大となる時点までに粗調整モードでの測定に基づいて最大イオン強度を示すコリジョンエネルギ電圧を適切に決められないことがある。そうした場合には、
図2に示したフローチャートに従って最大2回の試料インジェクションを実施することが望ましい。
【0052】
また、上記実施例ではMRM測定で対象とするプロダクトイオンを1種類のみに限定したが、複数種のプロダクトイオンに対しそれぞれコリジョンエネルギ電圧の最適値を求めるように変形することは容易である。例えば質量電荷比が異なる3種のプロダクトイオンA、B、Cのそれぞれについてコリジョンエネルギ電圧の最適値を求めたい場合に、粗調整モードにおけるコリジョンエネルギ電圧の変化が5段階であれば、
図7に示すような順序で1周期の測定を実施すればよい。
【0053】
具体的には、MS部20において、5段階のコリジョンエネルギ電圧CE1、CE2、CE3、CE4、CE5のそれぞれについて、プロダクトイオンA→プロダクトイオンB→プロダクトイオンCの順に後段四重極マスフィルタ33を通過するイオンの質量電荷比が切り替わるように、後段四重極マスフィルタ33のロッド電極に印加される電圧が切り替えられる。即ち、
図7の例では、5段階のコリジョンエネルギ電圧と3種類のプロダクトイオンとを組み合わせた15回の測定(イオン検出)が1周期の測定となり、これが繰り返される。そして、イオン強度の比較を行う際には、プロダクトイオン毎に積算されたイオン強度を比較して最大イオン強度を与えるコリジョンエネルギ電圧を抽出すればよい。プロダクトイオン毎に微調整モードの実行の要否が判断されるから、或るプロダクトイオンについては微調整モードを実行するが、他のプロダクトイオンについては微調整モードを実行しないということもあり得る。また、微調整モードを実行する場合でも、
図8に示すように、プロダクトイオン毎に微調整モードで測定されるコリジョンエネルギ電圧の範囲やステップ幅が相違するということも起こり得る。いずれにしても、プロダクトイオンが複数種であってもそのプロダクトイオン毎にコリジョンエネルギ電圧の最適値を決定することが可能である。
【0054】
また上記実施例のLC/MS/MSでは、LC部10において試料中の成分分離を行わず、移動相に注入された試料を該移動相の流れに乗せてそのままMS部20に導入していたが、LC部10においてカラムにより試料中の成分分離を行い、その溶出液をMS部20に導入してもよい。その場合には、試料に複数の成分が含まれる場合でも、その中の特定の成分に由来するピークについて上記のような最適化処理を適用することができる。また、インフュージョン法のように或る成分を含む液体試料が連続的にMS部20に導入される場合でも(つまり、
図6に示すような濃度変化が生じない試料導入法であっても)、粗調整モードの実行時間、及びそれに引き続く微調整モードの実行時間を適宜に決めておくことで、上述した最適化手法を利用することができる。
【0055】
さらにまた、上記説明ではコリジョンエネルギ電圧の最適化について述べたが、それ以外の様々な装置の制御パラメータの最適化に同様の手法を適用可能であることは明白である。もちろん、イオンレンズ等への印加電圧の最適化など、イオンの解離操作とは無関係の制御パラメータの最適化に利用可能であることから、本発明の対象が三連四重極型質量分析装置に限るものでなく、それ以外の各種の質量分析装置に適用可能であることも当然である。
【0056】
また、上記実施例は本発明の一例であるから、上記記載以外の点において、本発明の趣旨の範囲で適宜に変形、追加、修正を行っても本願請求の範囲に包含されることは明らかである。