(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5772982
(24)【登録日】2015年7月10日
(45)【発行日】2015年9月2日
(54)【発明の名称】高純度クロロポリシランの製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 33/107 20060101AFI20150813BHJP
【FI】
C01B33/107 Z
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-549228(P2013-549228)
(86)(22)【出願日】2012年12月6日
(86)【国際出願番号】JP2012081672
(87)【国際公開番号】WO2013089014
(87)【国際公開日】20130620
【審査請求日】2014年4月16日
(31)【優先権主張番号】特願2011-275163(P2011-275163)
(32)【優先日】2011年12月16日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003034
【氏名又は名称】東亞合成株式会社
(72)【発明者】
【氏名】石川 幸二
(72)【発明者】
【氏名】高島 兼正
(72)【発明者】
【氏名】田口 裕務
【審査官】
森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−111544(JP,A)
【文献】
特開2010−018508(JP,A)
【文献】
特開昭63−233007(JP,A)
【文献】
特開平10−316691(JP,A)
【文献】
特表2011−524328(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0250116(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 33/00 − 33/193
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素以外の金属元素が金属ケイ素全体の中で2質量%以下であり、そのうちAlが金属ケイ素全体の中で0.5質量%以下、Tiが0.1質量%以下である金属ケイ素と、金属銅または銅化合物とから銅触媒体を生成させる第1工程と、前記銅触媒体の共存下、金属ケイ素の塩素化反応を行う第2工程を含む、(式1)で表されるクロロポリシランの製造方法。
SinCl2n+2 (式1)
(但し、式1においてnは2以上の整数である。)
【請求項2】
金属ケイ素が、レーザー回折式粒度分布計による体積基準のメジアン径が1μm以上5mm以下の粒状の金属ケイ素であり、金属銅または銅化合物が、メジアン径が1μm以上0.2mm以下の粒子である、請求項1に記載のクロロポリシランの製造方法。
【請求項3】
第2工程において、ケイ素以外の金属元素が金属ケイ素全体の中で2質量%以下であり、そのうちAlが金属ケイ素全体の中で0.5質量%以下、Tiが0.1質量%以下である金属ケイ素を、第1工程を経ることなく追加する、請求項1または2に記載のクロロポリシランの製造方法。
【請求項4】
(式1)で表されるクロロポリシランが、AlおよびTiの含有量が共に1000質量ppm以下である、請求項1〜3のいずれかに記載のクロロポリシランの製造方法。
【請求項5】
第2工程の反応温度を150〜300℃の範囲内で行う、請求項1〜4のいずれかに記載のクロロポリシランの製造方法。
【請求項6】
少なくとも第2工程を流動床反応器を用いて行う、請求項1〜5のいずれかに記載のクロロポリシランの製造方法。
【請求項7】
流動床反応器が振動流動床反応器である、請求項6に記載のクロロポリシランの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は半導体材料等に重用される、(式1)で表される高純度クロロポリシランの製造方法に関する。
Si
nCl
2n+2 (式1)
(但し、式1においてnは2以上の整数である。)
【背景技術】
【0002】
(式1)で表され、nが2以上の整数であるクロロポリシランの製造方法としては、特許文献1に、振動式反応器を用いて、ケイ素合金または金属ケイ素と塩素を反応させ、ヘキサクロロジシランの選択性の高い混合生成物が得られることが開示されている。そして、フェロシリコン、カルシウムシリコン、マグネシウムシリコン等のケイ素合金を用いるときは120〜250℃という比較的低温で反応させてヘキサクロロジシランを得ることができ、金属ケイ素を原料とする場合には、より高い反応温度である300〜500℃が好ましいが、500℃を超えるとヘキサクロロジシランの収率の低下につながることが開示されていた。
【0003】
特許文献2には、テトラクロロシランの製造方法が記載されており、クロロポリシランの製造方法については記載がないが、不活性なガスで3〜10倍(体積比)に希釈した塩素と、金属ケイ素とを半流動状態で反応温度450℃から800℃で反応させてテトラクロロシランを得ることができることが開示されている。ここでは金属ケイ素の純度が90%以上であることが好ましく、その理由は反応残渣を少なくできるからであり、残渣となる成分はTi,Fe,Al等の塩化物であることの記載がある。なお、反応温度が450℃未満では反応がきわめて遅く、600〜800℃の反応温度が好ましいが、かかる高温では反応器の腐食が問題となるために反応温度上限が800℃に限定されることの記載があった。
【0004】
特許文献3には、シリコン粒子に対して好ましくは0.1〜20重量%の銅または銅化合物を添加して塩素化反応を行うことにより、クロロポリシランの生成率を向上させる方法が開示されている。ここでは、金属ケイ素としてのシリコン粒子は高純度である方が不純物に起因する固形副生物の生成量が少ないため好ましく、純度は97%以上が好ましいことの記載があり、塩素化反応の温度は140℃〜300℃が好ましく、300℃を超えるとクロロポリシランの生成率が低下することが開示されている。
【0005】
こうしてみると、ケイ素合金または金属ケイ素を塩素化してクロロポリシランを得る方法に関する従来技術として、フェロシリコンやカルシウムシリコンなどのようなケイ素含有率の低いケイ素合金を原料に用いると、比較的低温で塩素化反応をすることができることは知られていた。しかしながら、金属ケイ素を用いて塩素と反応させ四塩化ケイ素を得る反応において、450℃未満ではきわめて遅い反応しかしないことが知られていたことから、金属ケイ素の純度が高くなるにしたがって塩素化反応には高温が必要になる傾向が予想される。触媒作用を有する鉄やカルシウムなどの不純物金属を含む金属ケイ素を用いるとクロロポリシランを得る反応は低温化できるものの、不純物金属に由来する鉄やカルシウムの塩素化物が固体副生物として生成固化する問題があって工業的な課題となっていた。
【0006】
これに対して、特許文献3では、シリコンに銅または銅化合物を添加することにより、好ましくは97%以上の純度を有する高純度シリコン粒子を原料とする場合でも、140℃〜300℃という比較的低温で塩素化反応が可能であり、クロロポリシランを得ることができることが開示されている。ここで、高純度のシリコン粒子が好ましい理由は、不純物による固体副生物の生成量が少ないことであって、高純度のクロロポリシランを得る課題の記載はなく、実施例で用いたシリコンについても、得られたクロロポリシランについても純度の具体的数値が開示されていなかった。すなわち、高純度のクロロポリシランを得るという課題に対する解決策を明示するものではなかった。また、工業的な連続反応を考えると、銅または銅化合物を含むことを必須とする原料を反応器に追加投入していけば銅または銅化合物が反応器内に蓄積していくことは避けられず、鉄やカルシウムと同様に固体副生物の固化の問題が起きるので、工業的に実施するためには未だ課題が残るものであった。
【0007】
特許文献3には、得られたクロロポリシランを半導体用シリコンやアモルファスシリコンの原料として用いる場合、いったん還元してSi
nH
2n+2の形にしてから用いることが記載されている。このような場合、クロロポリシランの形でいくら高純度化したとしても、続く還元工程で再び汚染が起こる可能性があるため、最終製品であるSi
nH
2n+2の形にしてから精製し、高純度化するのが技術常識であった。したがって、特許文献3の出願当時、クロロポリシランの純度はそれほど高くする必要はなく、高純度のクロロポリシランを製造する課題そのものがなかったといえる。
【0008】
しかし、最近、アモルファスシリコン半導体用途において、シリコンソースとしてヘキサクロロジシランを直接用いると、化学気相蒸着(CVD)によるシリコン膜の成長速度が非常に大きく、形成された膜の電気特性も優れていることが確認されてからは、CVD用原料としてヘキサクロロジシランを直接用いる方法がにわかに重用されるようになってきた。更に、一原子層レベルで均一な成膜ができるアトミックレイヤーデポジション(ALD)にもヘキサクロロジシランは用いられており、このために、ヘキサクロロジシランそのものについてppmレベルでの高純度が要求されるようになり、半導体原料として用いるための高純度のヘキサクロロジシランを得る方法が、新たな課題となった。また、オクタクロロトリシラン等のさらなる高次塩化物の応用も検討されている。
【0009】
本発明者は、高純度のヘキサクロロジシランを得るという課題に対して、蒸留精製を応用してみたところ、金属ケイ素に含まれる不純物である、AlやTiに由来する塩化物は、Alの塩化物は昇華現象があり,Tiの塩化物は沸点がヘキサクロロジシランに近いためにいずれもクロロポリシランと蒸留で分けることが難しいことを見出し、高純度のヘキサクロロジシランを得るためにはAlやTiの含有量が低い高純度の金属ケイ素を用いることが有効であると考えた。しかし、金属ケイ素の純度が高くなればなるほど塩素化反応が起きにくくなる傾向を考えると、高純度の金属ケイ素の塩素化反応は高温で行わなければならず、反応装置の耐久性やコストの問題があった。一方、シリコンに金属銅または銅化合物を添加する方法では、金属銅または銅化合物が蓄積してしまう問題についての解決策が示されていなかった。すなわち、産業界から高純度のクロロポリシランの製造が求められるようになったが、具体的な工業的製造方法の開発が未解決の課題であったということである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭62−12607号公報
【特許文献2】特開2002−173313号公報
【特許文献3】特開昭63−233007号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、高純度の金属ケイ素と塩素を原料として、比較的低温で反応させて高純度のヘキサクロロジシラン等のクロロポリシランを得ることのできる、製造方法を与えることである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
粒状の高純度金属ケイ素と、金属銅または銅化合物との混合物を、不活性雰囲気中で加熱することにより、あらかじめ金属ケイ素と塩素の反応に活性な触媒体を生成し、比較的低温で塩素化反応を実施して高純度のヘキサクロロジシランを得ることができる。さらに、いったん塩素化反応が開始したあとは金属ケイ素のみを追加することにより、金属銅または銅化合物の蓄積の問題を起こさずに、連続的に高純度のヘキサクロロジシラン等のクロロポリシランを得ることができることを見出した。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、通常の精製方法では減少させることが困難なAlやTi不純物の濃度が低いヘキサクロロジシラン等のクロロポリシランを、比較的低温で製造することができる。さらに、いったん反応が開始した後は、金属ケイ素のみを追加して反応を継続することも可能なので、低コストであり、銅を含む反応残渣を減らすこともできるので環境にも優しい方法である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明を実施する装置の一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の方法で製造できるクロロポリシランは、(式1)で表されるものである。
Si
nCl
2n+2 (式1)
(但し、式1においてnは2以上の整数である。)
本発明の方法では、n=1のクロロシランも副生し、生成したクロロシランは産業上利用できるものである。しかし、n=1のクロロシランは既に他の方法によって工業的に多量に生産されているものであり、必ずしも本発明の方法に依らなくても製造できる一方で、nが2以上のクロロポリシランでAlやTiの金属不純分濃度の低いものを効率よく得ることのできる方法は、本発明以外には知られていない。
【0016】
(式1)で表されるnが2以上のクロロポリシランの具体例としては、Si
2Cl
6、Si
3Cl
8、Si
4Cl
10、Si
5Cl
12、Si
6Cl
14等を挙げることができ、これらの内の2つ以上が共存するものも含まれる。また、これらの成分の中で1つ以上のCl基をBr、IなどのCl以外のハロゲノ基と置換したものも含まれる。これらの内で好ましいのは、具体的に生成物の主成分がSi
2Cl
6、Si
3Cl
8のいずれかであるものであり、なおかつ有用なSi
2Cl
6が、生成したクロロシラン類全体の中で10質量%以上であるものが好ましい。さらに好ましくはSi
2Cl
6が20質量%以上である。
【0017】
本発明の製造方法において、得られるクロロポリシランはAlやTiの金属不純分濃度が低いことが好ましく、得られるクロロポリシラン中のAlおよびTiの原子としての濃度とがクロロポリシラン全体の各々1000質量ppm以下であることが好ましい。さらに好ましくは各々100質量ppm以下である。
【0018】
本発明における金属ケイ素としては、金属不純物濃度の低いものであり、シリコンウェハ、多結晶シリコン、アモルファスシリコンなどを用いることができる。金属ケイ素の不純物濃度としてはケイ素以外の金属元素が金属ケイ素全体の中で2質量%以下、さらに金属元素のなかでもAlがアルミニウム元素として金属ケイ素全体の中で0.5質量%以下、Tiがチタン元素として0.1質量%以下であることが必須である。好ましい不純物濃度としては、金属元素が金属ケイ素全体の中で1質量%以下であり、さらに金属元素のなかでもAlが0.3質量%以下、Tiが0.05質量%以下、Feが0.2質量%以下、カルシウムが0.1質量%以下であり、さらに好ましくは金属元素が金属ケイ素全体の中で0.5質量%以下であり、さらに金属元素のなかでもAlが0.2質量%以下、Tiが0.01質量%以下、Feが0.1質量%以下、カルシウムが0.04質量%以下である。不純物濃度の下限については、イレブンナイングレードのシリコンウェハが知られており、不純物濃度が0.01質量ppbを下回る程度のものでも実施可能であるが、金属不純物濃度が1質量ppm以上のものは工業的に安価に入手できる点で、本発明を実施する際の原料として適している。
【0019】
本発明における金属ケイ素には、不純物として金属元素の他に炭素や酸素が含まれることが多いが、不純物としての炭素や酸素に由来する生成物はいずれもクロロポリシランとは蒸留などの精製方法によって容易に分離できるので、高純度のクロロポリシランを得るという目的に対して大きな障害とはならない。金属ケイ素は、これらの非金属不純物をも含めたケイ素純度として、好ましくはSiが金属ケイ素全体の95質量%以上、さらに好ましくは97質量%以上である。吸着水分は上記の不純物の定義には含めない。粉末の金属ケイ素の吸湿性はそれほど高くはなく、工業的に製造されたものでも吸着水分は3000質量ppm以下であり、本発明に使用するには差し支えないが、適当な方法で乾燥してから使用することもできる。
【0020】
金属ケイ素という名称でよばれるものは、二酸化ケイ素をカーボン電極を使用したアーク炉で還元して得られる、いわゆる金属グレードシリコンを限定して指す場合もあるが、本発明においては、さらに純度の高い高純度多結晶シリコン、太陽電池グレードシリコン、半導体グレードシリコン等もすべて含む。本発明において、金属ケイ素として用いるものは、ケイ素以外の金属元素が金属ケイ素全体の中で2質量%以下であり、そのうちAlが金属ケイ素全体の中で0.5質量%以下、Tiが0.1質量%以下であり、他に炭素や酸素などの不純分を含んでいてもよいものであり、好ましくは、ケイ素以外の金属元素が金属ケイ素全体の中で1質量%以下であり、そのうちAlが金属ケイ素全体の中で0.3質量%以下、Tiが0.05質量%以下である。
【0021】
本発明で用いる金属ケイ素の形状は粒状が好適であり、粒径は小さい方が表面積が大きいので触媒活性化や塩素化の反応が起き易く、また、粒径が大きいほうが、流動床反応器を用いるときの飛散量が少なくなるため好ましい。金属ケイ素の粒径は、例えばレーザー回折式粒度分布計で測定することができ、体積基準で粒度分布を解析して、メジアン径を粒径の代表値として用いることができる。本発明における金属ケイ素の好ましいメジアン径は1μmから5mmの間にあるものであり、さらに好ましくは100μmから3mmの間である。
【0022】
本発明においては、金属ケイ素の塩素化反応に用いる塩素は、窒素やアルゴン等の不活性ガスで希釈されたものでもよく、塩化ケイ素や塩化水素を含んでいても良い。塩化水素を含んでいるときは(式1)のClの一部がHに置き換わったケイ素塩化物が生成しうるが、好ましくは塩化水素を含まない塩素であり、さらに好ましくは不活性ガスを含む塩素であり、より好ましくは窒素ガスを含む塩素である。不活性ガスで希釈された塩素は、金属ケイ素との反応が温和になってケイ素粒子表面での急激な発熱が抑えられるので好ましい。不活性ガスによって希釈されるとき、好ましくは塩素が90質量%以下であり、さらに好ましくは50%以下である。塩素濃度の下限は0.1質量%である。
【0023】
本発明の製造方法においては、第2工程の塩素化反応を開始するために、金属ケイ素と銅または銅化合物とから銅触媒体を生成させる第1工程を含むことが必須である。銅または銅化合物は、金属銅、ハロゲン化銅、硫酸銅、硝酸銅、炭酸銅、塩基性炭酸銅、有機酸銅などが例示され、銅化合物の銅の酸化数は1価であっても2価であっても良く、異なる銅または銅化合物を併用することもできるが、このうち好ましいのは金属銅及び塩化銅であり、さらに好ましいのは金属銅である。これらの銅または銅化合物の形状は粒状が好適であり、粒径は小さい方が表面積が大きくなって触媒活性化の反応が起きやすいが、あまり小さいと凝集や取扱い時の粉立ちを発生させやすいので、銅または銅化合物の好ましいメジアン径としては1μmから0.2mmの間にあるものであり、さらに好ましくは10μmから0.1mmの間である。金属銅粉の場合は湿式還元銅粉やアトマイズ銅粉、スタンプ品と呼ばれる平らに押しつぶした形状など様々な製法によるものが知られておりいずれでも用いられるが、金属ケイ素との触媒活性化反応では、電解銅粉と呼ばれる樹枝状の銅粉も、好ましいものである。
【0024】
銅触媒体の生成は、金属ケイ素と金属銅または銅化合物とを接触させて250℃以上で加熱することによって実施できる。この工程に温度上限はないが、工業的な装置を考慮すると、高温を発生し、高温に耐える装置はコストが大きくなるので、その意味での好ましい上限は400℃である。さらに好ましくは280℃以上350℃以下で加熱することによって実施できる。好ましい加熱時間は10分以上24時間以内、さらに好ましくは1時間以上12時間以内である。銅触媒体の生成の好ましい形態は、不活性ガス雰囲気中で加熱することであるが、この意味は酸素によるケイ素や銅の酸化物が生成し、触媒活性が減ずることを防ぐためであり、水素などの還元雰囲気や、塩素雰囲気中で加熱することも可能である。もう一つの好ましい形態は金属ケイ素と金属銅または銅化合物とを流動させながら加熱することである。流動の方式としては振動流動床、気層流動床、パドル式などの公知の技術を応用できるが、ケイ素や銅または銅化合物は比重の大きな粒子であり、塩素化反応での気流量が少ないことから、振動流動床法がより好ましい。さらに好ましくは不活性ガス雰囲気中で流動させながら加熱することである。
【0025】
銅触媒体が生成したかどうかは、塩素化反応を開始してみればわかるが、塩素化反応をしなくても、触媒体の生成のために加え未反応に終わった銅または銅化合物を適当な溶剤で溶去して、金属ケイ素に残った銅成分濃度を測定してみればそれが銅触媒体濃度であると考えることができる、例えば触媒体が金属ケイ素と金属銅とから生成された場合、未反応の金属銅が硝酸によって溶去されるのに対して、ケイ素と銅が反応して触媒体に変わったものは硝酸によっては溶解しないので特定することができる。本発明における、好ましい銅触媒体の濃度は、金属ケイ素との合計のうち、2質量ppm以上10質量%以下、さらに好ましくは5質量ppm以上5質量%以下である。
【0026】
第1工程で銅触媒体が生成した後、または生成と同時に、反応器中の銅触媒体および金属ケイ素に塩素ガスを加えて第2工程の塩素化反応を開始することができる。塩素化反応に用いる反応器は塩素ガスによる腐食に耐えるものが好ましく、固定床方式でもよいが、流動床方式の方が好ましく、さらに好ましくは振動流動床方式である。また、塩素化反応を行う反応器は塩素ガスの導入口と生成ガスの排出口、原料ケイ素の導入口と反応残渣の排出口などを備えることが好ましく、内温調節ができる加熱冷却機構や温度計を備えることが好ましい。本発明においては、銅触媒体によって塩素化反応を開始した後は、金属ケイ素は塩素化されて消費されるが、反応器に銅触媒体を有するかまたは有しない金属ケイ素を追加することにより塩素化反応を継続することができる。
【0027】
金属ケイ素の塩素化反応は、触媒体の生成後、あるいは、触媒体の生成と同時に、塩素ガスの供給を開始することにより行うことができる。金属ケイ素の塩素化反応は、クロロシランにおける六塩化二ケイ素の選択率に優れるなどの観点から、150〜300℃の範囲内で行うことが好ましい。より好ましくは170〜270℃の範囲内、さらに好ましくは200〜250℃の範囲内、特に好ましくは210℃〜230℃である。塩素化反応の温度は、熱媒を用いて調整することができる。例えば反応初期には、所定の反応温度まで温度を上げるため、熱媒の温度を高めて加熱を行うと良い。塩素化反応が進むと、反応熱による温度上昇を考慮しながら、熱媒の温度を調節して所定の反応温度を維持すると良い。塩素化反応は、常圧下で行うこともできるし、加圧下あるいは減圧下で行うこともできる。加圧下では、塩素化反応の反応性がより高まる。
【0028】
また、塩素の供給量は多い方が塩素化反応は進みやすくなるが、塩素は有害なので排気に未反応の塩素が含まれているとそのまま排出することができず、分離して処理したりリサイクルするのに手間がかかる、塩素の供給量を減らせば、反応器に供給した塩素がすべて塩素化反応で消費されるようにすることができるが、減らしすぎると反応に時間がかかりすぎる。そこで、好ましい塩素の供給量は、金属ケイ素の10kgあたり、1〜500L/時間であり、さらに好ましくは10〜300L/時間であり、より好ましくは、25〜200L/時間の範囲内、特に好ましくは50〜100L/時間の範囲内である。この場合の体積Lは標準状態換算での体積を意味する。また、金属ケイ素に対して、吹き込み場所を複数箇所に分けて塩素を分散供給することも好ましい。塩素ガスは、連続的に供給しても良いし、間欠的に供給しても良い。また、金属ケイ素は、最初に所定量仕込んで反応終了まで追加供給しないようにしても良いし、反応途中で逐次供給して塩素化反応を連続的に行うこともできる。
【0029】
本発明においては,希釈ガスや原料塩素に水分が含まれると生成したクロロポリシランが加水分解し,収率を下げる原因となるため,含まれる水分は少ない方が好ましい。希釈ガスに関する好ましい水分量は10,000体積ppm以下であり、より好ましくは5,000体積ppm以下,特に好ましくは1,500体積ppm以下である,塩素に関しては、好ましい水分量は5,000体積ppm以下であり、より好ましくは1,000体積ppm以下,特に好ましくは500体積ppm以下である.下限は特にないが,水分を除去精製したり,設備の気密を保つためのコストを考慮すると,希釈ガスおよび塩素共に0.01体積ppb以上のものが好ましく,より好ましくは0.1体積ppb以上である.
【0030】
塩素化反応によって生成した、(式1)で表されるクロロポリシランは、凝縮器などによって液化され、受器に採られた後、ろ過、吸着、蒸留などの方法によって精製することができ、有用な成分を取り出すことができる。
【0031】
<作用>
Fe−SiやCa−Si合金を原料とする場合や、AlやTi等の不純物元素を多く含む金属ケイ素はケイ素と他原子との間の結合やSi−Si結合が切れやすい傾向があると考えられ塩素化反応が進みやすく、銅触媒が少ないかあるいは用いなくても比較的低温で塩素化反応をすることができるが、反応中に高純度の金属ケイ素を追加した場合、高純度の金属ケイ素は全く反応せず後に残ってしまう。しかし、本発明において、最初に銅触媒体を含む金属ケイ素を用いて塩素化反応を開始すると、追加の金属ケイ素には銅触媒体が含まれなくても塩素化反応が継続し、銅触媒体を含まない金属ケイ素も塩素化反応を受けることは驚くべきことである。この様な現象が起きる理由は明らかではないが、銅の塩化物は適度な昇華性を有し、なおかつ銅とケイ素の反応性が高いために、銅触媒体を含む金属ケイ素が塩素化反応で消費されるときに、銅触媒体を含まない金属ケイ素に銅触媒成分が移行するためではないかと考えられる。
【0032】
塩素化反応中に金属ケイ素を追加して反応させるとき、追加のタイミングは間欠的でも連続的でも良い。好ましい実施形態の一つは、反応器に接続する密閉式のホッパーで、投入口を通じて反応器に金属ケイ素を投入するものである。投入口にスクリューフィーダー等の定量移動手段を備えれば、連続的に金属ケイ素を投入できる。あまり多量の金属ケイ素を一度に投入すると、一時的に反応器内の反応バランスが狂って未反応塩素が流出する恐れがあり、追加する金属ケイ素が少なすぎれば、反応器内の金属ケイ素が消費され尽くしてしまう恐れもある。反応器内の粉面高さを測定しながら、粉面高さが変わらないように金属ケイ素の投入量をコントロールするのも良い方法のひとつである。
【実施例】
【0033】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例に制限されるものではない。なお、部は質量部を示し、ことわりのないppmは質量ppmを示す。%については面積%として示したもの以外は質量%である。
【0034】
<クロロポリシランのガスクロマトグラフ分析方法>
分析装置 :ガスクロマトグラフ(型式「5890」)、ヒューレットパッカード社製
検出器 :TCD
検出器温度:300℃
カラム :「TC−5」(長さ25m、内径0.53mm)、GLサイエンス社製
キャリアーガス:ヘリウム
試料注入口温度:270℃
カラム昇温条件:50℃〜300℃(昇温速度:毎分10℃)
チャートに現れた成分ピークの面積の、全ピーク面積の合計に対する比を、各成分の質量組成比の推定値として用いた。全ピーク面積の合計に対する成分ピーク面積の百分率を面積%と呼ぶ。
【0035】
<クロロポリシランの金属分析方法>
クロロポリシランに含まれる金属不純分の量は、クロロポリシランをフレームレス型原子吸光分析装置に直接注入して測定サンプル中の金属成分の濃度を測定し、クロロポリシラン中の金属原子の質量濃度として解析した。
【0036】
<実施例1>
まず第1工程として、
図1の1として示す振動流動床反応器に、金属ケイ素として表1に実施例1として示す金属ケイ素24.2kgと金属銅(電解銅粉)1.0kgとを仕込み、内部を窒素置換してから、窒素の吹き込み量を10L/時間とした。偏心モーターを用いて反応器1を振動数1500cpm(振動カウント数/分)および振幅3mmで振動させ、反応器1の外部を覆う熱媒ジャケットの熱媒温度を320℃にして3時間加熱し、銅触媒体を生成させた。
次に第2工程として、反応器1の外部を覆う熱媒ジャケットの熱媒を220℃にした。反応器1は振動数1500cpm(振動カウント数/分)および振幅3mmのままで振動を続けた。10L/時間の窒素を30分吹き込んだ後に、塩素+窒素(50体積%/50体積%)の混合ガスを吹き込んだ。
図1の2として示す吹き込み管は3本で、振動流動する粉面より下に吹き出し口が来るように長さを調節した。混合ガスは東亞合成製一般工業用液化塩素と一般用途向け窒素(純度99.5%以上)とを、それぞれマスフローコントローラーを用いて標準状態換算で250L/時間の流速で流したものを混合して3本の吹き込み管から均等に吹き込んだ。
【0037】
塩素ガスの流通を始めて間もなく、受器に生成液が流出を始めた。液化しなかった分の排気ガスは主にテトラクロロシランであり、排ガス処理装置に導入し、塩素ガス濃度をモニターしたが、塩素ガスは含まれていなかった。1時間反応を続け、1時間で得られた生成液0.93kgを受器5にとり、生成液のガスクロマトグラフおよび金属分析を行って結果を表2に示した。
【0038】
<実施例2>
実施例1の金属ケイ素を、表1の実施例2に示すものに変えた他は実施例1と同じようにして実施例2を実施して、得られた生成液を分析した結果を表2に示した。
【0039】
<実施例3>
実施例1の金属ケイ素を、表1の実施例3に示すものに変えた他は実施例1と同じようにして実施例3を実施して、得られた生成液を分析した結果を表2に示した。
【0040】
<実施例4>
実施例1と同じ反応において、第2工程の塩素化反応を1時間行った後、反応条件はそのままで、
図1の3の原料供給槽に実施例1と同じ金属ケイ素を5kg仕込み、180g/時間の供給速度で供給しつつ反応を継続した。原料供給槽中の金属ケイ素が少なくなった時には適宜新たな金属ケイ素を原料供給槽に追加した。なお、供給した金属ケイ素には銅触媒は添加していない。また、液化しなかった分の排気ガス中の塩素ガス濃度をモニターしたが、塩素ガスは含まれていなかった。95時間反応を続け、生成液93.5kgを得たので、一部を取り出してガスクロマトグラフおよび金属分析を行って結果を表2に示した。
【0041】
<実施例5>
あらかじめ実施例1と同じ第1工程を行った銅触媒添加金属ケイ素を準備し、
図1の3の原料供給槽にまず5kg仕込み、それ以外は実施例4と同じように連続反応を行った。原料供給槽中の金属ケイ素が少なくなった時には適宜第1工程を行った銅触媒添加金属ケイ素を原料供給槽に追加した。排気ガス中に塩素ガスは含まれていなかった。95時間反応を続け、生成液94.8kgを得たので、一部を取り出してガスクロマトグラフおよび金属分析を行って結果を表2に示した。
【0042】
<比較例1>
実施例1の金属ケイ素を、表1の比較例1に示すケイ素原料に変えた他は実施例1と同じようにして比較例1を実施して、得られた生成液を分析した結果を表2に示した。比較例1のケイ素原料は通常フェロシリコンと呼ばれて市販されている、ケイ素と鉄の合金である。
【0043】
【表1】
【0044】
金属ケイ素は金属元素の他の不純分として主に炭素を含む。表1中で金属ケイ素の純度と他の金属不純分の合計の間に差があるのは、主にこの炭素の含有量に基づくものである。
【0045】
【表2】
【0046】
表2のGC分析とはガスクロマトグラフ分析を意味し、その結果は、Si純度の低いフェロシリコンを原料とした場合、Si
2Cl6、Si
3Cl
8の生成効率はよかったことを示すが、金属分析の結果では1000ppmを超える多量のAlやTi不純物が含まれていたことを示している。AlやTiの塩化物は精製除去することが難しいので、高純度化するには手間やコストがかかり、収率も大幅に下がってしまうことを考えると、本発明はAlやTi不純物の含有量の少ないクロロポリシランの製造方法として、生産効率が高い優れた方法であると言える。
【0047】
また、連続反応で第1工程を経ない金属ケイ素を追加した実施例4では、生成液中のCu濃度が低くなるだけではなく、Ti濃度までもが低くなったことは驚くべき効果である。第1工程を経たために銅触媒体を随伴する金属ケイ素を追加した実施例5では、連続反応中に系内の銅濃度が高くなった結果、生成液中のCu濃度が上がったことは理解できるが、Ti濃度までもが高くなった理由は、銅が金属ケイ素中のTiの塩素化に対しても触媒作用を有し、Ti塩化物の生成を助長したのではないかと想像されるものの原因は不明である。第1工程を経ず、銅触媒体を有しない金属ケイ素を追加する製造方法は、単に製造コストや反応残渣を少なくするだけではなく、高純度のポリクロロシランを得る方法としても優れていると言える。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、ヘキサクロロジシランを多く含み、精製で除去しにくいAlやTi不純物の含有量の少ないクロロポリシランを製造できる方法であり、本発明の方法で得られるクロロポリシランは半導体製造用の原料として重用される。
【符号の説明】
【0049】
1.振動流動床反応器
2.塩素吹込み管
3.金属ケイ素供給槽
4.金属ケイ素
5.生成物受器