(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
末梢神経は、中枢神経系以外のすべての神経、すなわち脳と脊髄(せきずい)以外のすべての神経であり、運動神経や感覚神経を含む。末梢神経が、虚血、抗癌剤投与、糖尿病、感染症などの内的因子や、事故による外傷などの外的因子により侵されると、末梢神経の機能障害(末梢神経障害)が起こり、感覚障害、麻痺、疼痛、筋力低下、筋肉萎縮、深部腱反射低下、血管運動神経症状等の末梢神経障害症状が生じる。末梢神経障害の症状は長期間持続することが多く、患者の生活の質(Quality of life:QOL)を低下させる。
【0003】
末梢神経障害の中でも、抗癌剤投与や糖尿病によるものは、症状が重篤になり得ることや、障害に罹患している患者数が多いことから、特に問題とされている。例えば、パクリタキセル(タキソール(登録商標))は、卵巣癌、乳癌、肺癌など多くの種類の悪性腫瘍に対して用いられる最も効果的な抗癌剤のひとつである。しかし、パクリタキセルを投与すると、副作用として末梢神経障害(機械誘発性アロディニア、冷感アロディニア、継続する灼熱痛、うずき、しびれ)や骨髄抑制が高率で発生することが知られている。このような末梢神経障害に対しては、鎮痛剤、ビタミン剤(ビタミンB剤)、ステロイド等の対症療法が行われているが、十分な効果は得られない。そのため、末梢神経障害がパクリタキセルの用量規制因子となり、化学療法中断の原因となることも少なくない。
【0004】
以上のようなことから、末梢神経障害を改善する手段が強く求められている。そのため、末梢神経障害を改善する試みがこれまでにもなされている。例えば特許文献1には、ホスファチジルセリンを有効成分とする末梢神経障害改善剤が記載されている。また、特許文献2には、脳下垂体アデニレートサイクラーゼ活性化ポリペプチドを有効成分とする薬剤投与による末梢神経障害の軽減剤が記載されている。
【0005】
L−セリン((S)−2−アミノ−3−ヒドロキシプロピオン酸)は、非必須アミノ酸の1種である。L−セリンは、プリン、ピリミジン、システインなどの生合成に関与するため、代謝において重要である。生体内では、L−セリンは、解糖系の中間体である3−ホスホグリセリン酸から、3−ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ(EC 1.1.1.95)、ホスホセリンアミノトランスフェラーゼ(EC 2.6.1.52)、及び、ホスホセリンホスファターゼ(EC 3.1.3.3)の3つの酵素の働きを順に経て合成される。
【0006】
非特許文献1には、L−セリンが、ニワトリの胚細胞における後根神経節の神経突起の伸長をインビトロにおいて促進することが記載されている。また、非特許文献2には、L−セリンが、ラット胎児細胞由来の海馬ニューロンの生存をインビトロにおいてサポートすることが記載されている。さらに、非特許文献3には、L−セリンが、ラット胎児由来の小脳のプルキンエニューロンの生存や分化をインビトロにおいて促進することが記載されている。このように、非特許文献1〜3はいずれも、L−セリンが発生期における中枢神経系に対してどのような作用を示すかをインビトロにおいて確認したに過ぎない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】パクリタキセル処理群(Paclitaxel)やビヒクル処理群(Vehicle)のvon Freyテストの結果、及び、感覚神経伝導速度試験の結果を示す図である。
図1A:von Freyテストの結果を示す図である。A1は、4gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、A2は、8gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、A3は、15gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示す。
図1B:感覚神経伝導速度試験の結果を示す図である。なお、
図1〜7のすべての図において、*P<0.05で表している。また、Dの数値は、パクリタキセル処理又はビヒクル処理の開始日からの経過日数を表す。
【
図2】パクリタキセル処理群(Paclitaxel)やビヒクル処理群(Vehicle)の各種神経におけるセリン量のHPLCによる測定結果を示す図である。
図2A:左のグラフはL−セリン及びD−セリンを含む標準溶液の結果を示し、右のグラフはDRGサンプルの結果を示す。
図2B:脊髄におけるL−セリン量の測定結果を示す。
図2C:坐骨神経におけるL−セリン量の測定結果を示す。
図2D;DRGにおけるL−セリン量の測定結果を示す。なお、Dの数値は、パクリタキセル処理又はビヒクル処理の開始日からの経過日数を表す。
【
図3】パクリタキセル処理群(Paclitaxel)やビヒクル処理群(Vehicle)のDRG中の3PGDHに対するウェスタンブロットの結果を示す図である。上パネル:ウェスタンブロットの結果得られたバンドを示す。下パネル:3PGDHのバンドのシグナル強度をβ−アクチンのシグナル強度で標準化した相対強度(相対発現量)を示す。なお、Dの数値は、パクリタキセル処理又はビヒクル処理の開始日からの経過日数を表す。
【
図4】健常ラットのDRGにおける3PGDHの局在を免疫組織化学的に解析した結果を示す図である。
図4A:DRGの組織切片を、3PGDH、PGP9.5(ニューロンのマーカー)、CD31(血管マーカー)について三重染色したイメージを示す。
図4B1:3PGDHについて染色したイメージを示す。
図4B2:S100βについて染色したイメージを示す。
図4B3:
図4B1と
図4B2のイメージを重ねたイメージを示す。なお、
図4Aや
図4B1におけるバーは、20μmを表す。
【
図5】パクリタキセルによる末梢神経障害モデルラットに対して、0.01mmol/kgのL−セリンを腹腔内投与した場合(0.01mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群;L-serine 0.01mmol/kg (i.p.))、0.03mmol/kgのL−セリンを腹腔内投与した場合(0.03mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群;L-serine 0.03mmol/kg (i.p.))、0.1mmol/kgのL−セリンを腹腔内投与した場合(0.1mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群;L-serine 0.1mmol/kg (i.p.))、0.1mmol/kgのL−セリンを経口投与した場合(0.1mmol/kgのL−セリン経口投与群;L-serine 0.1mmol/kg (p.o.))、ビヒクル(0.9%NaCl)を腹腔内投与した場合(ビヒクル腹腔内投与群;0.9%NaCl)のvon Freyテストの結果、及び、感覚神経伝導速度試験の結果を示す図である。
図5A:von Freyテストの結果を示す図である。A1は、4gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、A2は、8gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、A3は、15gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示す。
図5B:感覚神経伝導速度試験の結果を示す図である。なお、Dの数値は、パクリタキセル処理又はビヒクル処理の開始日からの経過日数を表す。
【
図6】オキサリプラチンによる末梢神経障害モデルラットに対して、0.1mmol/kgのL−セリンを腹腔内投与した場合(L−セリン腹腔内投与群;OX+0.1S)や、ビヒクル(生理食塩水)を腹腔内投与した場合(ビヒクル腹腔内投与群;OX)のvon Freyテストの結果、及び、感覚神経伝導速度試験の結果を示す図である。4gは、4gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、8gは、8gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、15gは、15gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、SNCVは感覚神経伝導速度試験の結果を示す。
【
図7】ラットに対して、STZ(糖尿病誘発剤)及び0.1mmol/kgのL−セリンを腹腔内投与した場合(STZ及びL−セリン腹腔内投与群;STZ+0.1S(i.p.))、STZを腹腔内投与し、0.1mmol/kgのL−セリンを経口投与した場合(STZ腹腔内投与及びL−セリン経口投与群;STZ+0.1S(p.o.))、STZを腹腔内投与した場合(STZ腹腔内投与群;STZ)、非投与の場合(非投与群;NS)のvon Freyテストの結果、及び、感覚神経伝導速度試験の結果を示す図(上パネル)、並びに、血糖値(BS)、及び、体重(BW)を示す図(下パネル)である。上パネルにおける4gは、4gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、8gは、8gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、15gは、15gのvon Freyフィラメントを用いた結果を示し、SNCVは感覚神経伝導速度試験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の末梢神経障害の予防・治療剤(以下、単に「本発明の予防・治療剤」とも表示する。)としては、L−セリンを含有している組成物であれば特に制限されず、また本発明と技術的に同範疇の発明として、末梢神経障害の予防・治療方法や、L−セリンの使用方法の発明を挙げることができる。上記末梢神経障害の予防・治療方法としては、L−セリンを対象に投与する方法であれば特に制限されず、そしてまた、L−セリンの使用方法としては、L−セリンを末梢神経障害の予防・治療剤の調製のために使用する方法であれば特に制限されない。後述の実施例の結果から明らかなように、L−セリンは様々な原因による末梢神経障害に対する予防・治療効果を有しているからである。なお、本明細書における「末梢神経障害に対する予防・治療効果」とは、末梢神経障害の発症を抑制(予防)、及び/又は、末梢神経障害を改善(治療)する効果を意味し、中でも、機械誘発性アロディニアや痛覚過敏や感覚神経伝導速度(SNCV)の低下を予防及び/又は治療する効果を好適に含む。
【0017】
本発明におけるL−セリンとしては、市販のものを用いることができ、天然物由来であってもよいし、合成したものであってもよい。
【0018】
本発明の予防・治療剤中のL−セリンの含有量としては、特に制限されないが、該予防・治療剤全量に対して例えば0.01〜100質量%、好ましくは0.5〜100質量%、より好ましくは5〜100質量%、さらに好ましくは20〜100質量%、より好ましくは50〜100質量%、さらに好ましくは70〜95質量%を好適に例示することができる。
【0019】
本発明の予防・治療剤中に含まれる全アミノ酸(又はアミノ酸残基)のモル数に対する、L−セリンのモル数の好適な割合(%)としては、例えば10%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは60%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上、最も好ましくはL−セリン以外のアミノ酸を含まないことを好適に例示することができる。また、本発明の予防・治療剤中のD−セリンのモル数に対するL−セリンのモル数の好適な割合(%)としては、例えば40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上を好適に例示することができ、さらには、D−セリンを含まないことを最も好適に例示することができる。
【0020】
本発明の末梢神経障害の予防・治療効果を確認する方法としては、特に制限されないが、感覚障害、麻痺、疼痛、筋力低下、筋肉萎縮、深部腱反射低下、血管運動神経症状等の末梢神経障害症状が軽減するかを確認する公知の方法を利用することができる。
【0021】
本発明の予防・治療剤における末梢神経障害の予防・治療効果の好適な程度としては、2mg/kgのパクリタキセルを隔日で4回(D1、D3、D5、D7)腹腔内注入したラットに、本発明の予防・治療剤をD1〜D28まで毎日腹腔内投与または経口投与したときのD29におけるvon Frey刺激(4g、8g又は15g)に対する引込み反応の割合が、本発明の予防・治療剤を投与しなかった場合のその割合と比較して、20%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上低下することを好適に例示することができる。
【0022】
また、本発明の予防・治療剤における末梢神経障害の予防・治療効果の好適な程度の他の態様としては、2mg/kgのパクリタキセルを隔日で4回(D1、D3、D5、D7)腹腔内注入したラットに、本発明の予防・治療剤をD1〜D28まで毎日腹腔内投与または経口投与したときのD29における感覚神経伝導速度試験(記録用の針電極は尾部の肛門から2cm及び8cmの位置に注入し、刺激電極は肛門から12cmの位置に設置し、また、ラットの皮膚温度は36〜37℃に維持して行った試験)で、2箇所の記録用針電極で記録された電位の潜時が、本発明の予防・治療剤を投与しなかった場合のその潜時と比較して、4%以上、好ましくは6%以上、さらに好ましくは8%以上低下することを好適に例示することができる。
【0023】
本発明の予防・治療剤は、所望の末梢神経障害の予防・治療効果が得られる限り、L−セリンの他に、他の末梢神経障害の予防・治療剤等の任意成分を含んでいてもよい。
【0024】
本発明の予防・治療剤に含有されるL−セリンは、常法によって適宜の製剤とすることができる。製剤の剤型としては散剤、顆粒剤などの固形製剤であってもよいが、末梢神経障害の優れた予防・治療効果を得る観点からは、溶液剤、乳剤、懸濁剤などの液剤とすることが好ましい。前述の液剤の製造方法としては、例えばL−セリンを溶剤と混合する方法や、さらに懸濁化剤や乳化剤を混合する方法を好適に例示することができる。以上のように、本発明におけるL−セリンを製剤とする場合には、製剤上の必要に応じて、適宜の薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、緩衝剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、吸着剤、甘味剤、希釈剤などの任意成分を配合することができる。
【0025】
本発明の予防・治療剤の投与方法としては、所望の末梢神経障害の予防・治療効果が得られる限り特に制限されず、静脈内投与、腹腔内投与、経口投与等を例示することができ、中でも、静脈内投与、経口投与を好適に例示することができる。また、本発明の予防・治療剤の投与量や投与回数や投与濃度は、投与対象の末梢神経障害の状態や、投与対象の体重等に応じて、適宜調節することができるが、一日あたりのL−セリン換算で、例えば、0.001nmol/kg〜1mol/kg、好ましくは0.1nmol/kg〜100mmol/kg、より好ましくは1nmol/kg〜10mmol/kg、さらに好ましくは10nmol/kg〜5mmol/kgを投与することができる。
【0026】
本発明の予防・治療剤の適用対象となる末梢神経障害の種類としては、特に制限されず、抗癌剤投与、糖尿病、虚血、感染症などの内的因子により引き起こされる末梢神経障害であってもよいし、事故による外傷などの外的因子によって引き起こされる末梢神経障害であってもよいが、抗癌剤投与、糖尿病、虚血、感染症などの内的因子により引き起こされる末梢神経障害を好適に例示することができ、中でも、抗癌剤投与や、糖尿病により引き起こされる末梢神経障害をより好適に例示することができ、中でも、抗癌剤投与により引き起こされる末梢神経障害をさらに好適に例示することができる。かかる抗癌剤としては、投与により末梢神経障害を引き起こし得る抗癌剤である限り特に制限されないが、パクリタキセル、ドセタキセル等のタキサン系抗癌剤;オキサリプラチン、シスプラチン、カルボプラチン等の白金錯体系抗癌剤;ビンクリスチン等のビンカアルカロイド系抗癌剤;イホスファミド等のアルキル化剤系抗癌剤;メトトレキサート、フルオロウラシル、シタラビン等の代謝拮抗性抗癌剤;ドキソルビシン、ブレオマイシン等の抗生物質系抗癌剤;を好適に例示することができ、中でも、パクリタキセル、ドセタキセル等のタキサン系抗癌剤;オキサリプラチン、シスプラチン、カルボプラチン等の白金錯体系抗癌剤;をより好適に例示することができ、中でも、パクリタキセル、オキサリプラチンを特に好適に例示することができる。また、本発明の予防・治療剤の適用対象となるその他の好ましい末梢神経障害としては、DRGにおけるL−セリン濃度の低下が関与する末梢神経障害を例示することができる。
【0027】
本発明の予防・治療剤の投与対象としては、哺乳動物である限り特に制限されず、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ等を好適に例示することができ、中でもヒトをより好適に例示することができる。
【0028】
本発明の末梢神経障害の予防・治療方法におけるL−セリンの投与方法等については、本発明の予防・治療剤について前述したのと同様である。また、本発明の予防・治療剤の調製のための使用において、L−セリンを本発明の予防・治療剤に調製する方法も、本発明の予防・治療剤について前述したのと同様である。
【0029】
本発明の末梢神経障害の予防・治療剤のスクリーニング方法としては、(A)末梢神経障害モデル非ヒト哺乳動物に被検物質を投与する工程:(B)末梢神経障害モデル非ヒト哺乳動物の後根神経節におけるL−セリン濃度を測定する工程:(C)工程(B)におけるL−セリン濃度の測定値を、被検物質を投与しなかった場合のL−セリン濃度の測定値と比較する工程:及び、(D)工程(B)におけるL−セリン濃度の測定値が、被検物質を投与しなかった場合のL−セリン濃度の測定値と比較して高い場合に、該被検物質を末梢神経障害の予防・治療剤と評価する工程:を有するか、又は、(a)末梢神経障害モデル非ヒト哺乳動物に被検物質を投与する工程:(b)末梢神経障害モデル非ヒト哺乳動物の後根神経節における3−ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ(3PGDH)の発現量を測定する工程:(c)工程(b)における3PGDHの発現量を、被検物質を投与しなかった場合の3PGDHの発現量と比較する工程:及び、(d)工程(b)における3PGDHの発現量が、被検物質を投与しなかった場合の3PGDHの発現量と比較して高い場合に、該被検物質を末梢神経障害の予防・治療剤と評価する工程:を有している限り特に制限されない。このような本発明の末梢神経障害の予防・治療剤のスクリーニング方法によれば、末梢神経障害の予防・治療剤を効率良くスクリーニングすることができ、すなわち、実用性の高い末梢神経障害の予防・治療剤を効率良くスクリーニングすることができる。
【0030】
上記のスクリーニング方法における末梢神経障害モデル非ヒト哺乳動物としては、末梢神経障害を自然に発症した非ヒト哺乳動物であってもよいし、抗癌剤(好ましくはパクリタキセル、オキサリプラチン)や糖尿病誘発剤(好ましくはストレプトゾトシン)等の末梢神経障害誘導剤を投与することによって末梢神経障害を人為的に発症させた非ヒト哺乳動物であってもよい。
【0031】
上記の工程(B)におけるL−セリン濃度の測定は、HPLC等を用いて行うことができ、上記の工程(b)における3PGDHの発現量の測定は、後根神経節細胞についてのウェスタンブロット等により行うことができる。
【0032】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0033】
[使用した動物、及び、該動物の一般的な健康状態]
本願実施例のすべての実験は、札幌医科大学動物実験委員会により承認され(No.08−028)、アメリカ国立衛星研究所(National Institutes of Health)の倫理指針に従って行われた。本願実施例の実験には、成熟した雄のSprague-Dawley ラット(実験開始時の体重160〜200g;日本エスエルシー社製)を用いた。ラットは、温度制御(21±1℃)された室内で12時間の明暗周期で飼育し、食品及び水は自由に与えた。
【0034】
なお、実験開始時のラットの平均体重は、ビヒクル処理群、パクリタキセル処理群でそれぞれ、167g及び175gであった。ビヒクル処理群及びパクリタキセル処理群の各ラットは、通常通りに体重が増加し続け、実験期間終了時(D43)のラットの平均体重は、ビヒクル処理群、パクリタキセル処理群でそれぞれ、403g及び407gであった。実験の43日間中の、2つの群の平均体重増加量に有意な差はなかった。全てのラットは、脱毛症(alopecia)や下痢を含む健康障害を示すことなく、実験の終了時まで生存した。
【0035】
また、以下のすべての実施例におけるデータは、平均値±S.E.Mで表した。また、各データは、Mann-Whitney U test又はKruskal-Wallis test及びその後のBonferroni’s testにより分析した。p<0.05で有意差ありとした。統計分析は、Statview 5.0ソフトウェア(Abacus Concepts社製)及びNP Multi (Nagata T 社製)を用いて行った。
【実施例2】
【0036】
[パクリタキセルによる末梢神経障害モデルラットの作製]
パクリタキセル(Sigma社製)を、6mg/mLでクレモフォールEL/無水エタノールに溶解し、次いで、最終濃度2mg/kg/mLになるまで生理食塩水で希釈することによって、投与用のパクリタキセル溶液を調製した。また、パクリタキセルを用いずに、前述のパクリタキセル溶液と同様の割合でクレモフォールEL/無水エタノールと生理食塩水とを混合することによって、ビヒクル(コントロール溶液)を調製した。
【0037】
実施例1で用意したパクリタキセル処理群のラットには前述のパクリタキセル溶液を、また、ビヒクル処理群のラットには前述のビヒクルを、Polomano et al(Pain 2001; 94:293-304)記載の方法で、隔日4回(D1、D3、D5、D7)腹腔内注入した。なお、パクリタキセル処理又はビヒクル処理の開始前と開始後に各ラットの体重を測定し、記録した。
【0038】
(von Freyテスト)
これらの両群のラットについて、文献(Pain 2006; 122: 245-57)記載のvon Freyテストを行い、機械感受性の評価を行った。具体的には以下のような方法で行った。
【0039】
透明のプラスチック製の折畳み式ケージ (寸法29×18×13cm)内に、金網床をある程度の高さになるように配置した。この金網床の上に、各ラットを収容して20分間放置し、この環境に順応させた。次に、曲げに要する力が4g、8g、及び15gである3本のvon Freyフィラメントを用意し、それぞれのvon Freyフィラメントで、ラットの後肢の足裏の皮膚に1回につき5秒ずつ、10回の刺激を与えた。von Freyフィラメントに対する後肢の引込み反応を計測し、後肢の引込み反応の回数を、与えた刺激の回数に対する割合(%)として表した。
【0040】
このvon Freyテストを、パクリタキセル又はビヒクル処理前(D0)及び、処理開始後のD8、D15、D22、D29、D36及びD43に、両群(各群n=6)について行った。なお、パクリタキセルに誘導される4gに対する反応は、一般的にアロディニアと呼ばれ、15gに対する反応は知覚過敏症と呼ばれ、8gに対する反応はそれらの中間である(Pain 2004; 109:150-161)。このvon Freyテストの結果を
図1Aに示す。
図1Aの結果から分かるように、パクリタキセル溶液又はビヒクルの初回の注入前のD0には、パクリタキセル処理群とビヒクル処理群との間に、4g、8g又は15gのvon Frey 刺激に対する反応に有意な差はみられなかった。しかし、パクリタキセル処理群の4g及び15gのvon Frey刺激に対する引込み反応の割合は、ビヒクル処理群と比較して、D22、D29、及びD36で有意に上昇した(
図1A)。さらに、パクリタキセル処理群の8gに対する反応も、ビヒクル処理群と比較して、D22及びD29で有意に上昇した(
図1A)。これらの結果から、パクリタキセルに誘導される機械的アロディニア/知覚過敏症の発症が示された。
【0041】
(感覚神経伝導速度試験)
次に、前述のパクリタキセル処理群のラット及びビヒクル処理群のラットについて、感覚神経伝導速度試験を行った。各ラットにおけるvon Freyフィラメントに対する後肢の引込み反応を測定した直後、すなわち、パクリタキセル又はビヒクル処理前(D0)及び、処理開始後のD8、D15、D22、D29、D36及びD43に、各ラットの尾部の感覚神経伝導速度(SNCV)を、刺激及び、記録用の電子機器(Neuropak 2: 日本光電工業株式会社製)を使用して測定した。尾部のSNCVは、文献(Clin Cancer Res 2003; 9: 5756-67)記載の通りに測定した。具体的には、以下のような方法で行った。
【0042】
ペントバルビタール腹腔内注射でラットに軽麻酔を施した。次いで、記録用の針電極を、尾部の肛門から2cm及び8cmの位置に注入した。刺激電極は、肛門から12cmの位置に設置した。神経刺激後、2箇所で記録された電位の潜時(ピークからピークまで)を測定し、それによりSNCVを算出した。なお、ラットの皮膚温度は、実験中36〜37℃に維持した。算出したSNCVの結果を
図1Bに示す。
図1Bの結果から分かるように、D0では、パクリタキセル処理群とビヒクル処理群ではSNCVは同程度だった。しかし、処理後においては、パクリタキセル処理群では、ビヒクル処理群と比較してSNCVが低下した(
図1B)。特に、D15(34.6±0.7 vs 38.4±0.9m/s、P<0.05)、D29(39.5±0.9 vs 42.8±1.1m/s、P<0.05)及びD36(41.6±0.5 vs 43.0±0.6m/s、P<0.05)においては、パクリタキセル処理群では、ビヒクル処理群と比較してSNCVが有意に低下した(
図1B)。
【0043】
以上のことから、パクリタキセル処理により、末梢神経障害モデルラットが作製されたことが示された。
【実施例3】
【0044】
[パクリタキセル処理の、神経におけるセリン量への効果]
神経におけるセリン量が、パクリタキセル処理によりどのような影響を受けるかを調べるために、以下の実験を行った。
【0045】
von Freyフィラメントへの反応測定及びSNCVの測定前のD0、並びに、測定後のD8、D15、D22、D29及びD43に、ウレタンでラットに深麻酔を施し、ラットを断頭した。そのラットから脊髄、坐骨神経及びL3/4/5DRGを迅速に除去し、−80℃で凍結した。脊髄、坐骨神経及びDRGのサンプルを、氷上のメタノールでホモジネートした。メタノールの添加量は、サンプル重量の10倍であった。ホモジネートを、15,000×gで20分間、4℃で遠心分離した。上清を、10倍量の蒸留水で希釈し、1/4量(v)の5mM オルトフタルアルデヒド(OPA)/N−アセチルシステイン(NAC)溶液を添加した。室温で2分間静置させた後、反応液を20μL、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)システムに注入した。HPLCシステムは、2つのEP−300ポンプ(Eicom Corporation社製)、DG−300移動相脱ガス装置(Eicom Corporation社製)、ATC−300カラムオーブン(Eicom Corporation社製)及びFLD−370蛍光検出器(Eicom Corporation社製)を備える。サンプルと標準溶液を自動的に誘導体化し、M−231SLオートサンプラー(Eicom Corporation社製)にてMPLCシステムに注入した。OPA/NAC中のD−セリン及びL−セリンのジアステレオマー誘導体を、SC−5ODS逆相カラム(150×3mm i.d.、粒径5μm;Eicom Corporation社製)にて分離し、340nmの励起波長及び445nmの発光波長でモニタリングした。5mg/LのEDTA−2Naを含むメタノールと0.1M リン酸緩衝液(pH6.0)との混合物(86:14、v/v)を移動相として使用した。D−セリン及びL−セリン誘導体の溶出後、5mg/LのEDTA−2Naを含むメタノールと0.05M リン酸緩衝液(pH6.0)との混合物(8:2、v/v)で遅い溶出ピークを流出させた。流出は、注入後14.0分から15.0分にかけて行った。移動相流出速度は、0.5mL/分に設定し、カラム温度は、30℃に設定した。D−セリン及びL−セリンの保持時間は、それぞれ11.45分と12.5分であった。この方法は、本発明者が修正したAswad(Anal Biochem 1984; 137: 405-9)の方法にしたがった、アミノ酸の光学的異性体分離法に基づくものである。
【0046】
これらのHPLCの結果を
図2に示す。
図2Aの左のグラフには、L−セリン及びD−セリンを含む標準溶液についてのHPLCの結果を示し、
図2Aの右のグラフには、DRGサンプルについてのHPLCの結果を示す。
図2Aの結果から分かるように、このHPLCにおいて、L−セリン及びD−セリンを同時に分離し、測定することができることが示された。
図2Bには脊髄におけるL−セリン量の測定結果を示し、
図2Cには坐骨神経におけるL−セリン量の測定結果を示し、
図2DにはDRGにおけるL−セリン量の測定結果を示す。坐骨神経及び脊髄におけるL−セリン濃度に関しては、ビヒクル処理群とパクリタキセル処理群との間に有意な差は見られなかった(
図2B及びC)。一方、末梢神経であるDRGにおけるL−セリン濃度に関しては、パクリタキセル処理群では、ビヒクル処理群と比較して低下傾向を示し、特に、D15(5.9±0.42 vs 10.0±0.99ng/mg、P<0.05)及びD22(7.7±0.5 vs 9.5±0.5ng/mg、P<0.05)においては、有意な低下を示した(
図2D)。なお、D−セリン濃度についても同様の測定を行ったが、坐骨神経、脊髄及びDRGのいずれにおいても、ビヒクル処理群とパクリタキセル処理群との間に有意な差は見られなかった(データは示さず)。
【実施例4】
【0047】
[パクリタキセル処理の3PGDH発現への効果]
DRGにおける3PGDHの発現量が、パクリタキセル処理によりどのような影響を受けるかを調べるために、以下のウェスタンブロットを行った。なお、3PGDHは、3−ホスホグリセリン酸からのL−セリン生合成における初期酵素であり、3−ホスホグリセリン酸から3−ホスホヒドロキシピルビン酸を生成する酵素である。
【0048】
ビヒクル又はパクリタキセル処理後のD8、D15、D12、D22、D29及びD43に、ウェスタンブロットを行った。具体的には以下のような方法で行った。ラットの腹腔内にウレタン(3.0g/kg)を注入して深麻酔を施した後、ラットを断頭した。そのラットから、両側のL3−5 DRGを迅速に除去し、そのDRGを、氷上のPBS及びプロテアーゼ阻害剤カクテル(Sigma社製)中でホモジネートした。粗ホモジネートを、15,000×gで20分間、4℃で遠心分離した。上清を回収した後、上清中のタンパク質濃度を、ウシ血清アルブミンを標準としたDCタンパク質アッセイ(Bio-Rad Laboratories社製)により測定した。等量のタンパク質を、ラウリル酸硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミド電気泳動(4%)で分離し、ポリフッ化ビニリデン膜(Millipore社製)に転写した。この膜を、10%スキムミルクを含むPBS中のモルモット抗3PGDH抗体(1μg/mL)にて、4℃で、一晩インキュベートした。次いで、上記膜におけるモルモット抗3PGDH抗体を免疫反応で検出することにより、DRG中の3PGDH濃度を測定した。また、ハウスキーピングタンパク質である、アクチンの濃度も、ウサギ抗アクチン抗体(1:5,000;A2066、Sigma社製)を用いて測定した。なお、免疫反応については、化学発光増幅法及び化学発光検出システム(AmershamBiosciences社製)を用いて可視化した。なお、バンドの強度は、イメージデンシトメーター(NIHImage 1.63; National Institutes of Health社製)を用いて判定し、β−アクチンの強度で標準化した。
【0049】
これらのウェスタンブロットの結果を
図3に示す。
図3の結果から分かるように、パクリタキセル処理群におけるDRGの3PGDHタンパク質レベル(3PGDH/βアクチン)は、ビヒクル処理群のそのレベルと比較して、D15(2.5±0.2 vs 3.9±0.3、P<0.05)、及びD22(3.0±0.3 vs 4.6±0.2、P<0.05)に有意な低下が示された。DRGにおける3PGDH発現のこの経時変化は、DRGにおけるL−セリン濃度の経時変化(
図2D)と一致した。
【実施例5】
【0050】
[DRGにおける3PGDHの局在]
DRGにおける3PGDHの局在を調べるために、以下の免疫組織化学的解析を行った。
【0051】
免疫組織化学的解析には、以下のポリクロナール抗体を使用した。モルモット抗3PGDH抗体(1.0μg/mL;北海道大学から提供)、ウサギ抗タンパク質遺伝子産物9.5(PGP9.5)(1:4000、RA95101;Ultraclone社製)、マウス抗CD31抗体(1:100、10R−CD31gRT;Fitzgerald社製)及びウサギ抗S−100β抗体(1:100、RY330;矢内原研究所製)。なお、これまでの研究により、上記の抗3GPDH抗体の特異性が確認されている(J. Neurosci 2001; 21: 7691-704; Arch Histol Cytol2003; 66: 429-36)。ラットに50mg/kgのケタミンを腹腔内注射して、深麻酔を施した後、4%のパラホルムアルデヒド(PFA)を含むリン酸緩衝液(96mM NaH
2PO
4−12H
2O及び25mM Na
2HPO
4−2H
2Oを含む水溶液)で経心的に灌流を行った。左側のL4 DRGを除去し、4%パラホルムアルデヒド(PFA)を含むリン酸緩衝液(PB)に2時間浸漬して固定した。次にDRGを、25%スクロースを含むPBS(9.6mM NaH
2PO
4−12H
2O、2.5mM Na
2HPO
4−2H
2O及び136mM NaClを含む水溶液)内で一晩4℃にて凍結保護した。このDRGを、Tissue-Tek包埋培地(Sakura社製)内に入れた後、急速凍結した。凍結した切片を、スライディングクリオスタット(Sakura社製)を用いて20μmに切断し、ゼラチンでコーティングされたスライド上に解凍して載せた。この組織切片をPBS中で洗浄し、10%の正常ロバ血清及び0.2%のTritonX-100(Sigma社製)を含むPBS(PBS−T)からなるブロッキング溶液で、室温にて1時間インキュベートした。その後、切片を、一次抗体の混合物中で一晩インキュベートした。切片をPBS−Tでリンスした後、PBS−Tで501倍希釈したAlexa Fluor 488-、Alexa 597-、及びAlexa 647 標識種特異的二次抗体(Invitrogen社製)溶液でその切片を室温にて2時間インキュベートした。2次抗体の蛍光イメージは、共焦点レーザー走査顕微鏡(Digital Eclipse C1; Nikon社製)で得た。にじみや蛍光色素分子の交差励起を防ぐために、line-by-line 連続スキャニングにより、各イメージにつき1つのスタックを得た。
【0052】
これらの免疫組織化学的解析の結果を
図4に示す。
図4Aは、DRGの組織切片を、3PGDH、PGP9.5(ニューロンのマーカー)、CD31(血管マーカー)について三重染色したイメージを表している。3PGDHの強力な免疫染色が、DRGニューロンの体細胞の多くを取り巻く大きなリング様構造として観察された(
図4A)。次に、DRGの組織切片を、3PGDH、S100β(衛星細胞のマーカー)について二重染色した。
図4B1は3PGDHについて染色したイメージを示し、
図4B2はS100βについて染色したイメージを示し、
図4B3は
図4B1と
図4B2のイメージを重ねたイメージを示す。
図4B1〜B3から分かるように、3PGDHの免疫染色と、S100β(衛星細胞のマーカー)の免疫染色とが重複することが観察された。このことから、3PGDHは、文献(Neurosci Res 1998; 30: 195-9)記載の通り、衛星細胞に局在していることが示された。さらに3PGDHの免疫染色は、血管マーカーであるCD31の免疫染色と隣接していた(
図4A)。以上の結果から、3PGDHが、血管とDRGニューロンの細胞体との間に位置する衛星細胞に局在していることが示された。
【実施例6】
【0053】
[パクリタキセルによる末梢神経障害モデルラットに対する、L−セリン投与の効果]
末梢神経障害(特に、機械的アロディニア/知覚過敏症、及び、SNCVの低下)に対するL−セリンの効果を確認するために、上記実施例2で作製した末梢神経障害モデルラットを用いたL−セリン投与を行い、von Freyテスト及び感覚神経伝導速度試験を行った。具体的には、腹腔内投与群については、ラットにパクリタキセル溶液を注入した日から、28日間連続して毎日1回、0.01mmol/kg(1mL)、0.03mmol/kg(1mL)若しくは0.1mmol/kgのL−セリン溶液(1mL)、又は、ビヒクル(0.9%の生理食塩水)(1mL)をさらに腹腔内投与したこと以外は、前述の実施例2に記載の方法と同じ方法でvon Freyテスト及び感覚神経伝導速度試験を行った。また、経口投与群については、ラットにパクリタキセル溶液を注入した日から、28日間連続して毎日1回、0.1mmol/kgのL−セリン溶液(1mL)をさらに経口投与(胃管を経口的に挿入して投与)したこと以外は、前述の実施例2に記載の方法と同じ方法でvon Freyテスト及び感覚神経伝導速度試験を行った。
【0054】
これらのvon Freyテストの結果を
図5Aに示し、感覚神経伝導速度試験の結果を
図5Bに示す。
図5Aの結果から分かるように、0.1mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群や0.1mmol/kgのL−セリン経口投与群では、ビヒクル腹腔内投与群と比較して、機械的アロディニア/知覚過敏症が改善された。特に、0.1mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群や0.1mmol/kgのL−セリン経口投与群では、D22及びD29における4gのvon Frey刺激に対する引っ込み反応の割合、D29における8gのvon Frey刺激に対する引っ込み反応の割合、及び、D29における15gのvon Frey刺激に対する引っ込み反応の割合が、ビヒクル腹腔内投与群のその割合と比較して有意に減少した。また、0.01mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群でも、D22における4gのvon Frey刺激に対する引っ込み反応の割合がビヒクル腹腔内投与群のその割合と比較して有意に減少した。なお、各群はn=6で実験を行った。
【0055】
また、
図5Bの結果から分かるように、0.1mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群や0.1mmol/kgのL−セリン経口投与群では、ビヒクル腹腔内投与群と比較して、SNCVの低下が改善された。特に、0.1mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群や0.1mmol/kgのL−セリン経口投与群のD15、D22、D29及びD36におけるSNCVは、ビヒクル腹腔内投与群のSNCVと比較して有意に上昇していた。また、0.01mmol/kg又は0.03mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群のD22におけるSNCVは、ビヒクル腹腔内投与群のSNCVと比較して有意に上昇していた。なお、本実施例6においては、いずれのL−セリンの用量でも、ラットは標準通り体重が増加し、好ましくない行動的影響は示されなかった。
【0056】
以上の結果から、L−セリンは、パクリタキセルによる末梢神経障害の改善効果を有していることがin vivoにおいて実証された。
【実施例7】
【0057】
[オキサリプラチンによる末梢神経障害モデルラットに対する、L−セリン投与の効果]
パクリタキセル以外の要因による末梢神経障害へのL−セリンの効果を確認するために、別の抗癌剤であるオキサリプラチンを用いた実験を行った。具体的には、実施例2及び実施例6の実験において、パクリタキセルに代えてオキサリプラチン(2mg/kg)を用い、1週間に2回、計9回腹腔内投与したこと以外は同様の実験を行った。このオキサリプラチンによる末梢神経障害モデルラットを用いたvon FreyテストのD29における結果、及び、感覚神経伝導速度試験のD29における結果を
図6に示す。
図6の結果から分かるように、0.1mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群(OX+0.1S)では、ビヒクル腹腔内投与群(OX)と比較して、von Frey刺激(4g、8g、15g)に対する反応が有意に減少した。また、感覚神経伝導速度についても、0.1mmol/kgのL−セリン腹腔内投与群(OX+0.1S)では、ビヒクル腹腔内投与群(OX)と比較して、有意に上昇していた。なお、各群はn=6で実験を行った。
【0058】
以上の結果から、L−セリンは、オキサリプラチンによる末梢神経障害に対しても、改善効果を有していることがin vivoにおいて実証された。
【実施例8】
【0059】
[糖尿病性末梢神経障害モデルラットに対する、L−セリン投与の効果]
抗癌剤投与以外の要因による末梢神経障害へのL−セリンの効果を確認するために、ストレプトゾトシン(STZ)を用いた実験を行った。具体的には、前述の実施例1で用意したのと同様のラットを3群に分け、非投与群(NS)、STZ腹腔内投与群(STZ)、STZ及びL−セリン腹腔内投与群(STZ+0.1S (i.p.))、STZ腹腔内投与及びL−セリン経口投与群(STZ+0.1S(p.o.))とした。STZ腹腔内投与群には、D1に50mg/kgのSTZを腹腔内注入し、STZ及びL−セリン腹腔内投与群には、D1に50mg/kgのSTZを腹腔内注入した後、D1から連日0.1mmol/kgのL−セリンを腹腔内注入した。また、STZ腹腔内投与及びL−セリン経口投与群には、D1に50mg/kgのSTZを腹腔内注入した後、D1から連日0.1mmol/kgのL−セリンを経口投与した。なお、ストレプトゾトシンは膵臓のβ細胞に取り込まれ、そこでラジカル反応を生じることによって、β細胞を破壊する性質を有しているため、糖尿病モデルを作製する際に一般的に用いられている。上記の4群(非投与群、STZ腹腔内投与群、STZ及びL−セリン腹腔内投与群、STZ腹腔内投与及びL−セリン経口投与群)のラットについて、上記実施例2に記載の方法で行ったvon FreyテストのD29における結果、及び、感覚神経伝導速度試験のD29における結果を
図7の上パネルに示す。
図7の上パネルの結果から分かるように、STZ腹腔内投与群(STZ)では、非投与群と比較してvon Frey刺激(4g、8g、15g)に対する反応が上昇し、また、STZ及びL−セリン腹腔内投与群(STZ+0.1S(i.p.))や、STZ腹腔内投与及びL−セリン経口投与群(STZ+0.1S(p.o.))では、STZ腹腔内投与群(STZ)と比較して、von Frey刺激(4g、8g、15g)に対する反応が有意に減少した。さらに、感覚神経伝導速度については、STZ腹腔内投与群(STZ)では、非投与群と比較して有意に低下し、また、STZ及びL−セリン腹腔内投与群(STZ+0.1S(i.p.))や、STZ腹腔内投与及びL−セリン経口投与群(STZ+0.1S(p.o.))では、STZ腹腔内投与群(STZ)と比較して、有意に上昇した。なお、上記の4群について、D29における血糖値と体重を測定した結果を
図7の下パネルに示す。
図7の下パネルの結果から分かるように、STZ腹腔内投与群や、STZ及びL−セリン腹腔内投与群や、STZ腹腔内投与及びL−セリン経口投与群(STZ+0.1S (p.o.))では、非投与群と比較して血糖値(BS)が有意に増加しており、また、体重が有意に低下していた。すなわち、STZ腹腔内投与群や、STZ及びL−セリン腹腔内投与群や、STZ腹腔内投与及びL−セリン経口投与群(STZ+0.1S (p.o.))は糖尿病を発症していることが示された。なお、各群はn=6で実験を行った。
【0060】
以上の結果から、L−セリンは、糖尿病による末梢神経障害に対して、予防・改善効果を有していることがin vivoにおいて実証された。