【文献】
Naomi Yokoyama,et al.,Construction of artificial chromosome in Plasmodium,第78回日本寄生虫学会大会プログラム・抄録集,2009年,p.59,1A-05
【文献】
油田正夫,ネズミマラリア原虫を用いたヒトマラリア原虫感染モデルの構築,遺伝子増幅RPA法に基づいた媒介蚊における迅速簡便病原体検出法の開発 平成20年度総括・分担研究報告書,2009年,p.37-43
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
マラリア原虫人工染色体が、ネズミマラリア原虫、熱帯熱マラリア原虫、または三日熱マラリア原虫由来のセントロメア領域を含むものである、請求項2〜4のいずれか1項に記載の方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、迅速かつ正確な、原虫の薬剤耐性遺伝子の同定法を提供すること、具体的には、迅速かつ正確な、マラリア原虫の薬剤耐性遺伝子の同定法を提供することにある。さらに、本発明の目的は、従来技術よりも効率のよいマラリア原虫への遺伝子導入法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、候補遺伝子断片を導入した遺伝子組換えマラリア原虫を作製して、非ヒト哺乳動物へ接種、もしくは赤血球存在下でin vitro培養することで赤血球に感染させ、薬剤投与後における動物体内もしくは培養系での該組換えマラリア原虫の生存を指標として、候補遺伝子が薬剤耐性遺伝子か否かを判定した。そして選択されたマラリア原虫内に導入されている人工染色体を回収し、その中に組み込まれた候補遺伝子断片の塩基配列を決定して薬剤耐性遺伝子を同定した。なお、候補遺伝子断片の導入には、発明者らが独自に開発した、迅速かつ簡便にマラリア原虫の遺伝子組換えを行うことができるマラリア原虫人工染色体(特願2009−051454)を用いた。このマラリア原虫人工染色体を用いることで、従来の方法に比べて迅速に薬剤耐性遺伝子の同定を行うことができた。
【0011】
また、候補遺伝子断片を導入した遺伝子組換え熱帯熱マラリア原虫を作製する際、熱帯熱マラリア原虫の細胞周期を同調させて赤血球侵入直前期のシゾント期の原虫を調製し、当該特定の細胞周期の原虫に遺伝子を直接導入することで、従来の方法に比べて短期間で遺伝子組換え熱帯熱マラリア原虫を得ることができた。
【0012】
すなわち、本発明は、薬剤耐性遺伝子をスクリーニングする方法であって、
(a)候補遺伝子断片を含む人工染色体を導入した組換え原虫を作製する工程、
(b)前記組換え原虫を非ヒト哺乳動物に接種した後、薬剤を投与する工程、または前記組換え原虫をin vitro培養し、培養系に薬剤を添加する工程、および
(c)前記非ヒト哺乳動物または前記培養系から薬剤耐性組換え原虫を回収し、前記原虫に含まれる候補遺伝子断片を薬剤耐性遺伝子として同定する工程を含み、
前記人工染色体が原虫由来のセントロメア領域を含む原虫人工染色体である方法に関する。
【0013】
また、本発明は、薬剤耐性遺伝子をスクリーニングする方法であって、
(a)候補遺伝子断片を含む人工染色体を導入した組換えマラリア原虫を作製する工程、
(b)前記組換えマラリア原虫を非ヒト哺乳動物に接種した後、薬剤を投与する工程、および
(c)前記非ヒト哺乳動物から薬剤耐性組換えマラリア原虫を回収し、前記マラリア原虫に含まれる候補遺伝子断片を薬剤耐性遺伝子として同定する工程を含み、
前記人工染色体がマラリア原虫由来のセントロメア領域を含むマラリア原虫人工染色体である方法に関する。
【0014】
また、本発明は、薬剤耐性遺伝子をスクリーニングする方法であって、
(a)候補遺伝子断片を含む人工染色体を導入した組換えマラリア原虫を作製する工程、
(b)赤血球を用いて前記組換えマラリア原虫をin vitro培養することで赤血球に感染させた後、薬剤を培養系に添加する工程、および
(c)前記培養系から薬剤耐性組換えマラリア原虫を回収し、前記マラリア原虫に含まれる候補遺伝子断片を薬剤耐性遺伝子として同定する工程を含み、
前記人工染色体がマラリア原虫由来のセントロメア領域を含むマラリア原虫人工染色体である方法に関する。
【0015】
前記非ヒト哺乳動物として、げっ歯類または霊長類を使用してもよい。
【0016】
前記マラリア原虫人工染色体としては、ネズミマラリア原虫、熱帯熱マラリア原虫、または三日熱マラリア原虫由来のセントロメア領域を含むものを使用することができる。
【0017】
前記マラリア原虫人工染色体は、環状人工染色体でも直鎖状人工染色体でもよい。
【0018】
前記候補遺伝子断片は、薬剤耐性マラリア原虫由来の遺伝子断片とすることができる。
【0019】
本発明の方法は、前記候補遺伝子断片の平均長が、2.5〜4.0kb、4〜10kb、及び10〜50kbであっても実施することができる。
【0020】
前記薬剤としては、例えばクロロキン、キニーネ、ピリメサミン、メフロキン、プリマキン、およびアルテミシニンからなる群から選択されるマラリア治療薬を使用することができる。
【0021】
さらに、本発明は、組換えマラリア原虫を作製する方法であって、
(a)赤血球侵入直前期のシゾント期マラリア原虫を調製する工程、および
(b)エレクトロポレーションにより、赤血球侵入直前期のシゾント期マラリア原虫に人工染色体を直接導入する工程を含み、
前記人工染色体がマラリア原虫由来のセントロメア領域を含むマラリア原虫人工染色体である方法に関する。
【0022】
前記マラリア原虫は、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫、およびサルマラリア原虫(P. cynomolgiおよびP. knowlesi)からなる群から選択されてもよい。
【0023】
前記組換えマラリア原虫を作製する方法を用いて候補遺伝子断片を含む人工染色体を導入した組換えマラリア原虫を作製し、前記薬剤耐性遺伝子をスクリーニングする方法を実施してもよい。
【0024】
ここで、前記マラリア原虫は、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫、およびサルマラリア原虫(P. cynomolgiおよびP. knowlesi)からなる群から選択されてもよい。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る同定法を用いると、薬剤耐性遺伝子を同定するまでに要する全工程を、1〜3週間程度で終了することが可能であり、従来の方法に比べて飛躍的に迅速かつ簡便に薬剤耐性遺伝子を同定することができる。また、本発明に係る同定法に従うと、薬剤存在下での組換えマラリア原虫の生存を指標として選択する、すなわち、実際に薬剤耐性を示す原虫を選択するため、確実に耐性遺伝子を同定することができる。さらに、本発明の方法を用いると、一度に複数の薬剤耐性遺伝子を同定することが可能である。
【0026】
また、本発明に係る組換えマラリア原虫作製方法を用いると、外来遺伝子の導入効率を、従来法の約1000倍以上改善することができるため、従来よりも短期間で組換えマラリア原虫を得ることができる。よって、本発明に係る組換えマラリア原虫作製方法を用いて本発明に係る薬剤耐性遺伝子のスクリーニング法を実施すると、さらに迅速かつ簡便に薬剤耐性遺伝子を同定することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明は、原虫人工染色体を利用して、薬剤耐性遺伝子をスクリーニングする方法に関する。具体的には、本発明は、マラリア原虫人工染色体を利用して候補遺伝子断片を導入した組換えマラリア原虫を作製して、非ヒト哺乳動物に接種した後、薬剤を投与し、もしくは赤血球を用いた血液ステージの原虫のin vitro培養系を用いて培養して薬剤を培養系に添加し、薬剤存在下での該組換えマラリア原虫の生存を指標として、候補遺伝子が薬剤耐性遺伝子か否かをスクリーニングする方法に関する。
【0029】
また、本発明は、マラリア原虫の細胞周期を同調させて赤血球侵入直前期のシゾント期のマラリア原虫を調製し、当該特定の細胞周期のマラリア原虫に遺伝子を直接導入して遺伝子組換えマラリア原虫を作製する方法に関する。
【0030】
1.定義
「薬剤耐性遺伝子」とは、例えば薬剤を不活性化する酵素をコードする遺伝子等、薬剤に対する抵抗性を与える分子をコードする遺伝子を指す。該遺伝子がコードする分子の働きによって耐性を得た生物に対しては、その治療薬が効かなくなる、または効きにくくなる。
【0031】
「原虫」とは真核単細胞の動物、即ち原生動物のことを指す。
【0032】
本発明において、「組換えマラリア原虫」とは、候補遺伝子断片を導入したマラリア原虫人工染色体を有するマラリア原虫のことをいう。
【0033】
「セントロメア領域」とは、細胞分裂期における染色体の均等分配に働くゲノム領域である。プラスモジウム属原虫では、一般的に、セントロメア領域はアデニン−チミジン塩基対に富み、繰り返し配列を有することが知られている。本発明において、セントロメア領域の配列は、セントロメアとしての機能を有する限り、その一部に改変を施されてもよい。ここで「一部に改変」とは、対象となる領域の配列において、1もしくは複数の塩基を置換、欠失、挿入、および/または付加することをいう。
【0034】
マラリア原虫の一般的なライフサイクルは、次の通りである。まず、蚊の吸血によりスポロゾイトが宿主へ注入される。スポロゾイトは血流に乗り、肝細胞へと到達、寄生し、増殖する。増殖した原虫は赤血球に感染可能なメロゾイト(肝臓メロゾイト)となり、肝細胞から血流へと放出され、赤血球に感染する。赤血球に感染すると、原虫は輪状体(リング)、栄養体(トロホゾイト)、分裂体(シゾント)と分化後、再びメロゾイト(赤血球メロゾイト)となる。メロゾイトは赤血球から放出後、再び赤血球へ感染し、前述の分化を繰り返す。一方、分化の過程で一部の原虫は雌雄の生殖母体(ガメトサイト)へと分化する。蚊に吸血されるとガメトサイトは蚊の中腸へと移動し、雌雄の生殖体(ガメート)となり、接合後、接合体(ザイゴート)、虫様体(オーキネート)と分化する。分化後、中腸でシスト(オーシスト)を形成し、シスト内にスポロゾイトが形成される。スポロゾイトはその後、中腸から唾液腺へと移動し、次の吸血を待ち、これによりマラリア原虫のライフサイクルが完成する。
【0035】
シゾント期マラリア原虫は、さらにシゾント期前期(early schizont)マラリア原虫とシゾント期後期(late schizont)マラリア原虫に区別することができる。ここで、シゾント期マラリア原虫とは、一般に、「核分裂が始まったところから、赤血球から放出される直前まで」のマラリア原虫を指し、シゾント期において、核の数が2個、4個と増えていき、32個まで増加することが知られている。また、シゾント期マラリア原虫が分化して形成される「メロゾイト期マラリア原虫」は、赤血球にも寄生胞にも含まれていないことが知られている(Michael J. Blackman: Cellular Microbiology, 10: 1925-1934, 2008)。
【0036】
そこで、本発明の方法においては、「シゾント期前期マラリア原虫」は、シゾント期マラリア原虫のうち核の数が2個、4個、または8個である原虫と、「シゾント期後期マラリア原虫」は、シゾント期マラリア原虫のうち核の数が16個または32個である原虫と定義する。
【0037】
本発明において、「赤血球侵入直前期のシゾント期マラリア原虫」または「成熟シゾント期マラリア原虫」とは、シゾント期後期マラリア原虫のうち、メロゾイトになる直前のマラリア原虫をいい、核の数が16個または32個であって、赤血球膜または寄生胞膜のどちらか一方が消失している原虫と定義する。
【0038】
本発明において、「密度勾配を形成する媒体」とは、それ自身で、または遠心分離により密度勾配を形成する液体状または粒子状の物質をいう。
【0039】
2.1 原虫人工染色体
本発明において、原虫人工染色体は、宿主原虫由来のセントロメア領域を含むものであって、さらにテロメア領域、マーカータンパク質をコードする遺伝子、およびレポーター遺伝子等の外来遺伝子を含んでもよい。外来遺伝子としては、追跡可能なマーカータンパク質をコードする遺伝子、例えば緑色蛍光タンパク質(GFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、およびシアン蛍光タンパク質(CFP)をコードする遺伝子、ならびに他のレポーター遺伝子が含まれる。原虫人工染色体は、さらに、外来遺伝子を発現させ、または外来遺伝子の発現を調節するために必要な領域である、制御領域を含んでもよい。
【0040】
原虫人工染色体のベースとしては、例えば、大腸菌を宿主とするpBR322、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119、pBluescript(登録商標)などから選択されるプラスミドを用いることができ、セントロメア領域の配列、テロメア領域の配列、制御領域の配列、および外来遺伝子配列は、人工染色体が機能しうる配置でプラスミドに組み込まれる。プラスミドとは、核酸を細胞へ導入するのに使用される独立したエレメントをいう。
【0041】
宿主原虫としては、例えば、トキソプラズマ属原虫(Toxoplasma)、バベシア属原虫(Babesia)、および、プラスモジウム属原虫(Plasmodium)等のアピコンプレクス門(Apicomplexa)に属する原虫、ならびにトリパノソーマ属原虫(Trypanosoma)を使用することができる。例えば、プラスモジウム属原虫では、一般的に、セントロメア領域はアデニン−チミジン塩基対に富み、繰り返し配列を有することが知られているので、セントロメア領域を推定することができる。他に、トリパノソーマ属原虫ではグアニン―シトシンに富む領域がセントロメア領域であると推定されている(Genome Biol. 2007;8(3):R37)。
【0042】
2.2 マラリア原虫人工染色体
本発明においては、発明者らが以前開発して特許出願を行った、マラリア原虫人工染色体(特願2009−051454)を使用することができる。該マラリア原虫人工染色体は、
(1)セントロメアの働きにより、細胞分裂時に娘原虫へ均一に分配され、結果人工染色体を持たない原虫は生じないため、通常のプラスミドより迅速に組換え原虫を作製することができる、
(2)セントロメアの働きにより、DNA複製時に相同組換えにより染色体に組み込まれず、常に核内で原虫染色体とは独立して存在する、
(3)通常のプラスミドで見られる異常な複製が起こらない(マラリア原虫では通常のプラスミドは複製時、ローリングサーキュラータイプの複製が起き、これにより、プラスミドの多量体化(Concatemerization)が起こる)、および
(4)均一な分配により、薬剤非存在下でも安定的に維持される(通常のプラスミドは不均一な分配のため、薬剤非存在下では安定的に原虫内で維持されず、最終的には原虫から失われてしまう)という利点を有する。
【0043】
マラリア原虫人工染色体のベースとしては、例えば、大腸菌を宿主とするpBR322、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119、pBluescript(登録商標)などから選択されるプラスミドを用いることができる。プラスミドとは、核酸を細胞へ導入するのに使用される独立したエレメントをいう。
【0044】
マラリア原虫人工染色体は、宿主マラリア原虫由来のセントロメア領域を含むものであって、さらにテロメア領域、マーカータンパク質をコードする遺伝子、およびレポーター遺伝子等の外来遺伝子を含んでもよい。外来遺伝子としては、追跡可能なマーカータンパク質をコードする遺伝子、例えば緑色蛍光タンパク質(GFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、およびシアン蛍光タンパク質(CFP)をコードする遺伝子、ならびに他のレポーター遺伝子、例えばクロラムフェニコールアセチル基転移酵素(chloramphenicol acetyltransferase (CAT))遺伝子が含まれる。
【0045】
また、マラリア原虫人工染色体では、外来遺伝子あるいはその制御領域の配列に、宿主と異なるマラリア原虫種由来の配列を用いることができる。外来遺伝子の制御領域に宿主と異種のマラリア原虫に由来する配列を利用することにより、導入遺伝子の宿主染色体への取り込みを抑制することができるので、予期せぬ宿主染色体への相同組換えによる組み込みが起こる可能性は排除され、より確実性を持って、正確な実験を行うことができる。
【0046】
なお、外来遺伝子の「制御領域」とは、マラリア原虫内で外来遺伝子を発現させ、または外来遺伝子の発現を調節するために必要な領域をいい、例えば、プロモーター領域、転写終結領域等が含まれる。
【0047】
マラリア原虫人工染色体において、セントロメア領域の配列、テロメア領域の配列、制御領域の配列、および外来遺伝子配列は、人工染色体が機能しうる配置でプラスミドに組み込まれる。
【0048】
本発明において使用しうる宿主マラリア原虫としては、熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、四日熱マラリア原虫(P. malariae)、卵形マラリア原虫(P. ovale)、サルマラリア原虫(P. cynomolgiおよびP. knowlesi)、ネズミマラリア原虫(P. berghei、P. chabaudi、P. yoelii)等が挙げられる。
【0049】
本発明において使用しうる宿主と異なるマラリア原虫としては、熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、四日熱マラリア原虫(P. malariae)、卵形マラリア原虫(P. ovale)、サルマラリア原虫(P. cynomolgiおよびP. knowlesi)、ネズミマラリア原虫(P. berghei、P. chabaudi、P. yoelii)等が挙げられる。
【0050】
本発明の1つの実施形態として、宿主がネズミマラリア原虫であって、5番染色体由来のセントロメア領域の配列(配列番号1)を有する、ネズミマラリア原虫用の人工染色体を使用することができる。
【0051】
別な実施形態として、宿主が熱帯熱マラリア原虫であって、1〜9番および11〜14番染色体由来のセントロメア領域の配列から選ばれるいずれかの配列を有し、あるいはその制御領域の配列としてネズミマラリア原虫由来の配列を含む、熱帯熱マラリア原虫用の人工染色体を使用することができる。本明細書では、熱帯熱マラリア原虫5番、1番、2番、3番、4番、6番、7番、8番、9番、11番、12番、13番、14番染色体に由来するセントロメア領域の配列を、それぞれ配列表の配列番号2〜14に示す。
【0052】
別な実施形態として、宿主が三日熱マラリア原虫(P. vivax)であって、三日熱マラリア原虫の染色体由来のセントロメア領域の配列を有する、三日熱マラリア原虫用の人工染色体を使用することができる。本明細書では、三日熱マラリア原虫の染色体に由来するセントロメア領域の配列と推定される配列を、配列表の配列番号16〜19に示す。
【0053】
本発明において使用するマラリア原虫人工染色体は、環状人工染色体であってもよいし、直鎖状人工染色体であってもよい。本発明を限定するものではないが、ネズミマラリア原虫人工染色体の場合、直鎖状人工染色体の方が、通常の環状プラスミドと比較し、10倍以上遺伝子導入効率が上昇するという利点を有するため、より簡便に本発明を実施できると考えられる。
【0054】
3.薬剤耐性遺伝子をスクリーニングする方法
本発明は、上記2に従って構築した原虫人工染色体を使用して、(1)候補遺伝子断片を含む人工染色体を導入した組換え原虫を作製する、(2)前記組換え原虫を非ヒト哺乳動物に接種した後、薬剤を投与する、または前記組換え原虫をin vitro培養し、培養系に薬剤を添加する、および(3)前記非ヒト哺乳動物または前記培養系から薬剤耐性組換え原虫を回収し、前記原虫に含まれる候補遺伝子断片を薬剤耐性遺伝子として同定することにより、薬剤耐性遺伝子をスクリーニングすることができる。例えば、マラリア原虫人工染色体を使用する場合には、以下の工程を実施することにより薬剤耐性遺伝子をスクリーニングすることができる。
【0055】
(1)候補遺伝子断片を含む人工染色体を導入した組換えマラリア原虫を作製する工程
候補遺伝子断片を、例えば、T4リガーゼ等のDNAリガーゼを用いてマラリア原虫人工染色体に組み込む。DNAリガーゼを用いた連結は、当業者に周知の方法により行うことができる。候補遺伝子断片を組み込まれた人工染色体は、当業者に周知の方法、例えばエレクトロポレーション法を使用して、野生型宿主マラリア原虫に導入される。以上の工程により、候補遺伝子断片を含む人工染色体を導入した組換えマラリア原虫が作製される。
【0056】
候補遺伝子断片としては、例えば、薬剤耐性を示すマラリア原虫由来のDNAフラグメント、他の原虫の薬剤耐性遺伝子に類似した配列等が挙げられる。
【0057】
候補遺伝子断片の平均長は、2.5〜4.0kb、好ましくは4.0〜10kb、より好ましくは10〜50kbである。大きな候補遺伝子断片を使用すると、薬剤耐性遺伝子のクローニングの確実性を向上させることができる。
【0058】
本発明の1つの実施形態として、薬剤耐性を示すマラリア原虫について遺伝子ライブラリーを作製し、かかる遺伝子ライブラリーを、本発明における候補遺伝子断片を含む人工染色体として使用して、スクリーニングを行うことができる。該実施形態においては、まず薬剤耐性を示すマラリア原虫から、染色体DNAを抽出し、該DNAを制限酵素で消化して候補遺伝子断片を含むDNA断片を得る。DNAの抽出および消化は、当業者に周知の方法により行うことができる。次に、得られた候補遺伝子断片を含むDNA断片を、DNAリガーゼを用いてマラリア原虫人工染色体に組み込み、遺伝子ライブラリーを作製する。限定するものではないが、DNAリガーゼは、例えば、T4リガーゼ等を使用することができる。DNAリガーゼを用いた連結は、当業者に周知の方法により行うことができる。なお、染色体DNAの抽出から遺伝子ライブラリーを作製するまでの工程は、約2日間で実施することができる。
【0059】
薬剤耐性を示すマラリア原虫は、熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、四日熱マラリア原虫(P. malariae)、卵形マラリア原虫(P. ovale)、サルマラリア原虫(P. cynomolgiおよびP. knowlesi)、ネズミマラリア原虫(P. berghei、P. chabaudi、P. yoelii)からなる群から選択することができる。
【0060】
(2)組換えマラリア原虫を非ヒト哺乳動物に接種した後、薬剤を投与する工程、または赤血球を用いてin vitro培養することで赤血球に感染させた後、薬剤を培養系に添加する工程
候補遺伝子断片を含む人工染色体を導入された組換えマラリア原虫を、導入後、直ちに、宿主マラリア原虫が感染しうる非ヒト哺乳動物に接種し、赤血球へ感染させる。本発明の方法において使用しうる非ヒト哺乳動物としては、げっ歯類および霊長類が挙げられる。例えば、ネズミマラリア原虫人工染色体を使用した場合、マウスまたはラットに接種することができ、熱帯熱マラリア原虫人工染色体を使用した場合、サルに接種することができる。
【0061】
または、候補遺伝子断片を含む人工染色体を導入された組換えマラリア原虫を、in vitro培養系において培養し、赤血球へ感染させる。
【0062】
熱帯熱マラリア原虫は連続培養法が確立されていることから、当該方法を用いて、in vitroで組換えマラリア原虫を培養できる(Trager, W. and Jensen. J.B. (1976) Human malaria parasite in continuous culture. Science 193, 673−675)。
【0063】
接種から一定時間経過後、組換えマラリア原虫を接種した非ヒト哺乳動物もしくは培養系の培地に、薬剤を投与または添加する。ここで使用しうる薬剤は、例えば、クロロキン、キニーネ、ピリメサミン、メフロキン、プリマキン、アルテミシニン等のマラリア治療薬である。例えば、ネズミマラリア原虫人工染色体を使用した場合には接種後20時間から30時間後から、熱帯熱マラリア原虫を使用した場合には接種後48時間後から、薬剤の投与を開始してもよい。薬剤の投与量、投与頻度、および投与期間は、各薬剤毎に、当業者により適宜調整される。
【0064】
本発明の1つの実施形態として、薬剤耐性を示すマラリア原虫の遺伝子ライブラリーを使用した場合、染色体DNAを抽出したマラリア原虫が耐性を示していたマラリア治療薬を薬剤として使用することができる。
【0065】
(3)非ヒト哺乳動物由来感染赤血球及びin vitro培養系における感染赤血球から薬剤耐性組換えマラリア原虫を回収し、マラリア原虫に含まれる候補遺伝子断片を薬剤耐性遺伝子として同定する工程
組換えマラリア原虫を、非ヒト哺乳動物に接種して一定期間薬剤を投与した後、またはin vitro培養系において赤血球に感染させて一定期間薬剤を培養系に添加した後、動物体内もしくは培養系内で生存したマラリア原虫を回収する。薬剤の投与により、野生型マラリア原虫および薬剤耐性遺伝子を有しない組換えマラリア原虫は動物の体内または培養系から排除されるので、かかる工程では、薬剤耐性を獲得した組換えマラリア原虫のみが回収される。
【0066】
候補遺伝子断片を含む人工染色体を野生型マラリア原虫に導入する工程から、薬剤耐性を獲得した組換えマラリア原虫を回収する工程まで、約5〜20日を要する。
【0067】
回収された組換えマラリア原虫に含まれる、マラリア原虫人工染色体に組み込まれた候補遺伝子断片を含むDNA断片を制限酵素を用いて切り出し、塩基配列を決定して薬剤耐性遺伝子として同定する。かかる工程は、当業者に周知の方法により実施することができる。
【0068】
回収した組換えマラリア原虫から人工染色体を回収し、候補遺伝子断片の塩基配列を同定する工程に、約2日を要する。
【0069】
4.組換えマラリア原虫を作製する方法
本発明を用いると、上記2.2に従って構築したマラリア原虫人工染色体を使用して、従来よりも迅速かつ簡便に人工染色体を導入した組換えマラリア原虫を作製することができる。
【0070】
(1)赤血球侵入直前期のシゾント期マラリア原虫を調製する工程
(i)シゾント期原虫の精製
マラリア原虫を培養している培養液を遠心して上清を除去し、マラリア原虫を高濃度に含むようにマラリア原虫溶液を調製する。該マラリア原虫溶液を密度勾配遠心に供してマラリア原虫をライフサイクル中の特定のステージごとに分離精製し、中間層にあるシゾント期原虫を回収する。一般に、リング期原虫とシゾント期原虫とでは、シゾント期原虫の方が比重が軽いことが知られている。シゾント期原虫は、蛍光顕微鏡観察により、核の分裂・形状を指標として選択することができる。また、シゾント期の原虫はギムザ染色後、顕微鏡観察により核の分裂、形状を指標として選択することもできる。
【0071】
密度勾配を形成する媒体としては、例えばショ糖、グリセロール、ニコデンツ(Nycodenz(登録商標)、Axis−Shield PoC AS製)が挙げられ、イオン性又は非イオン性のいずれのものも使用できる。また、フィコール(Ficoll(登録商標))、フィコール−パック(Ficoll−Paque(登録商標))やパーコール(Percoll(登録商標))(いずれもGEヘルスケアジャパン製)等の密度勾配形成用として市販されている媒体も好適に使用できる。好ましくは、パーコールまたはニコデンツが使用される。
【0072】
密度勾配を形成する媒体としてパーコールを使用する場合、ソルビトールも添加してパーコールソルビトール溶液を調製する。これを不完全培地で希釈して希釈系列を調製し、チューブ中に重層して密度勾配を作製する。
【0073】
密度勾配を形成した媒体上に、調製したマラリア原虫溶液を重層し、遠心する。
【0074】
(ii)ソルビトール処理
本発明の一態様では、前記(i)において精製したマラリア原虫を、赤血球とともに、混合ガス(N
2, 90%, O
2, 5%, CO
2, 5%)存在下、37℃にて完全培地で培養する。4時間培養した後、培養液を遠心し、赤血球を回収する。回収した赤血球に10倍量(v/v)のソルビトール溶液を加え、37℃に静置する。再度遠心して赤血球を回収し、赤血球に10倍量(v/v)の不完全培地を加え懸濁する。その後、再び遠心して赤血球を回収し、完全培地を加え、37℃にて培養する。この過程で、細胞周期が、赤血球感染直後〜4時間までのリング期原虫に同調される。さらに37℃での培養を約96時間程度続けることにより大量のシゾント期原虫を得ることができる。
【0075】
前記工程(i)および(ii)を繰り返すことにより、マラリア原虫を高度に同調培養することができる。
【0076】
(2)エレクトロポレーションにより、赤血球侵入直前期のシゾント期マラリア原虫に人工染色体を直接導入する工程
前記(1)により得られた、高度に同調培養されたマラリア原虫を含むマラリア原虫溶液について、再び前記工程(i)を行って、シゾント期原虫を精製する。精製された原虫を、50倍量(v/v)以上の完全培地に懸濁し、混合ガス(N
2, 90%, O
2, 5%, CO
2, 5%)存在下、37℃で培養する。
【0077】
培養開始から1時間おきにヘキスト(Hoechst33342)による核染色を行い、核の分裂、形状、および数、寄生胞膜、ならびに赤血球膜の観察を行う。核の数が16個または32個であって寄生胞膜または赤血球膜のどちらか一方が崩壊した成熟シゾント期原虫が、多数出現するタイミングを計る。
【0078】
観察により成熟シゾント期原虫が多数出現したタイミングを決定した後、直ちに当該原虫を回収し、エレクトロポレーションによりDNAを導入する。エレクトロポレーションは当業者に周知の方法に従って行うことができ、例えば、T-cell nucleofectorとNucleofector II(ロンザ社製)等、市販のエレクトロポレーション用試薬と装置とを使用することができる。
【0079】
エレクトロポレーション終了後、赤血球を含む完全培地中で、混合ガス(N
2, 90%, O
2, 5%, CO
2, 5%)存在下、37℃で培養して増殖させる。以降24時間ごとに感染赤血球を一部採取してギムザ染色を行い、原虫寄生率をモニターする。
【0080】
(3)特徴および利点
以上の工程により、従来法よりも高効率でマラリア原虫に外来遺伝子を導入することができ、短期間で遺伝子組換えマラリア原虫を作製することができる。
【0081】
赤血球膜からマラリア原虫が出現する機序は全てのマラリア原虫で大きく異なることはないと考えられることから、本発明の方法、すなわち、成熟シゾント期の原虫を調製してエレクトロポレーションにより直接外来遺伝子を導入する方法は、熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、四日熱マラリア原虫(P. malariae)、卵形マラリア原虫(P. ovale)、サルマラリア原虫(P. cynomolgiおよびP. knowlesi)等に適用することができる。本発明の方法は、好ましくは、熱帯熱マラリア原虫に適用される。
【0082】
アピコンプレクサ門に属するトキソプラズマ属、タイレリア属、バベシア属、プラスモディウム属は進化上、近い位置に存在し、有性生殖および無性生殖からなる生活環を有することやシストを形成する点で類似した生活環を有し、またアピカルコンプレックスと呼ばれる共通の細胞器官を有する点で細胞構造においても類似した性質を有する。したがって、本発明の方法は、プラスモディウム属に限らず、広く上記の原虫、すなわちアピコンプレクサ門に属するトキソプラズマ属原虫、タイレリア属原虫、バベシア属原虫、およびプラスモディウム属原虫へと応用可能であると考えられる。
【0083】
従来より、シゾント期熱帯熱マラリア原虫は、遺伝子導入後に直ちに赤血球に感染できること、並びに感染赤血球内に多数の原虫が存在することから、該ステージの原虫を使用すれば遺伝子導入効率が改善されるのではないかと考えられていた。しかしながらエレクトロポレーションにより死滅するため、実際に遺伝子導入に使用することはできなかった。
【0084】
これに対し本発明者はシゾント期熱帯熱マラリア原虫のうち、さらに特定の時期(本明細書において、成熟シゾント期または赤血球侵入直前期のシゾント期と定義した)の原虫では原虫周囲の膜が1つ減るという既知の知見に着目し、該特定の時期のシゾント期原虫を用いて遺伝子導入を行った結果、(1)該特定の時期のシゾント期原虫を用いれば、原虫周囲の膜が1つ減るために遺伝子導入効率が向上されること、並びに(2)該特定の時期のシゾント期原虫はエレクトロポレーションによって死滅しないという特徴を有することを発見した。また、そのような特徴を有する赤血球侵入直前期のシゾント期熱帯熱マラリア原虫を調製する新しい方法を開発した。
【0085】
本発明の方法を用いると、赤血球侵入直前期のシゾント期原虫を大量に調製することができる。シゾント期原虫は、他のステージの原虫に比べて1つの赤血球内に数多く存在するため、かかる点からも、本発明の方法により遺伝子導入に使用可能なマラリア原虫を大量に調製することが可能になるといえる。
【0086】
本発明の方法により、熱帯熱マラリア原虫に、従来法よりも1000倍以上も効率よく遺伝子を導入することが可能になる。ここで、遺伝子導入効率の改善は、以下のようにして算出する。
熱帯熱マラリア原虫は、一細胞周期(48時間、すなわち2日間)で10倍程度に増殖するため、従来法(間接導入法)で一定の寄生率を超えるのに要した日数をy日、本発明の方法(直接導入法)で一定の寄生率を超えるのに要した日数をx日とすると、
遺伝子導入効率の改善比=10
(y−x)/2
で求めることができる。
【0087】
本発明の方法を用いると、マラリア原虫に対して高効率に外来遺伝子を導入できるため、従来法に比べ、導入に使用するDNAが少量ですむ。
【0088】
以下、実施例をもって本発明をさらに詳しく説明するが、これらの実施例は本発明を制限するものではない。
【実施例】
【0089】
1.完全消化した、既知の薬剤耐性遺伝子を含むネズミマラリア原虫染色体DNAを用いた、薬剤耐性遺伝子のスクリーニング
図1に示した、マラリア原虫の薬剤耐性遺伝子をスクリーニングする方法の概略に従い、以下の実験を行った。
【0090】
薬剤耐性原虫として、薬剤耐性遺伝子を原虫染色体上の特定の位置に人工的に相同組換えを利用して組込んだネズミマラリア原虫を使用した。薬剤耐性遺伝子はヒト由来のジヒドロ葉酸還元酵素を使用し、かかる遺伝子は、マラリア原虫に対しピリメサミン耐性を付与する。
【0091】
実験には、
図2に示した、ネズミマラリア原虫人工染色体(配列番号15)を使用した。かかるネズミマラリア原虫人工染色体には、ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)の5番染色体由来のセントロメア配列(PbCen5)、ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)の5’−UTR HSP(熱ショックタンパク質の5’UTR)、オワンクラゲ由来GFP、ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)の3’−UTR Pbdhfr(ジヒドロ葉酸還元酵素の3’UTR)、およびネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)のテロメア配列(PbTelaおよびPbTelb)が組み込まれている。
【0092】
(1)遺伝子ライブラリーの作製
薬剤耐性原虫より原虫染色体DNAを抽出・精製し、制限酵素(HindIII)で完全に消化した。原虫染色体を完全消化した場合、薬剤耐性遺伝子(ジヒドロ葉酸還元酵素)を含む2966bpの候補遺伝子断片が得られることがわかっているため、消化産物をアガロースゲル電気泳動にかけ、約2.5kb〜約4.0kbの範囲の大きさを持つDNA断片を分離後、ゲルより回収した。
【0093】
人工染色体は原虫染色体DNAに対して使用したものと同じ制限酵素によって、完全消化し、ライゲーション反応時の自己閉環化を防ぐためにアルカリフォスファターゼ処理し、末端を脱リン酸化した。
【0094】
続いて、候補遺伝子断片を含む約2.5〜約4.0kbのDNA断片と制限酵素消化した人工染色体を混合し、ライゲーション反応を行なった。その後、フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール処理を行なって、反応液中のタンパク質を除去した後、エタノール沈殿を行ない、ライゲーション反応によりDNA断片が組込まれた人工染色体を回収した。以上の作業を経て、薬剤耐性原虫由来染色体DNAと人工染色体による遺伝子ライブラリーを構築した。
【0095】
次に、回収した人工染色体を制限酵素PmeIで消化し、直鎖化して、エレクトロポレーション法により原虫へ遺伝子ライブラリーを導入した。遺伝子導入には薬剤感受性原虫、即ち野生型原虫を用いた。
【0096】
(2)薬剤耐性遺伝子のスクリーニング
遺伝子ライブラリーを導入した原虫をマウスへ接種し、接種後20〜30時間後よりピリメサミン(終濃度7μg/ml)を混合した飲料水を与え、薬剤耐性原虫のスクリーニングを行なった。薬剤投与期間中は24時間毎に血液塗沫標本を作製し、ギムザ染色を行なって、原虫を検出した。
【0097】
薬剤投与開始から5日間から6日間経過した段階で、新たに薬剤耐性能を獲得した組換え原虫の出現を確認した。原虫寄生率が5〜10%程度まで上昇した段階で、選択した薬剤耐性原虫を精製し、染色体DNAを抽出・精製して導入された人工染色体を回収した。なお、「原虫寄生率」とは全赤血球のうちマラリア原虫に感染している赤血球が占める割合を計算して百分率で表すものである。
【0098】
PCRにより、選択した組換え原虫内に、人工染色体が導入されていること及び、ヒト由来のジヒドロ葉酸還元酵素(薬剤耐性遺伝子)が導入されていることを確認した(
図3)。
【0099】
さらに、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションによって、人工染色体に薬剤耐性遺伝子が組込まれていること、並びに薬剤耐性遺伝子を含む複数種類の長さを持つDNA断片が人工染色体に組込まれていることを確認した(
図4)。
【0100】
以上の実験により、薬剤耐性原虫由来染色体DNAとマラリア原虫人工染色体を用いた遺伝子ライブラリーを作製することによって、迅速に耐性遺伝子を同定することができることを証明した。
【0101】
2.部分消化した、既知の薬剤耐性遺伝子を含むネズミマラリア原虫染色体DNAを用いた、薬剤耐性遺伝子のスクリーニング
(1)遺伝子ライブラリーの作製
薬剤耐性原虫より原虫染色体DNAを抽出・精製し、制限酵素(HindIII)で部分消化した。消化産物を低融点アガロースゲルを用いた電気泳動にかけ、約10kb〜約50kbの範囲の大きさを持つDNA断片を分離後、β-agarase処理を行なって、DNA断片を回収した。また、回収したDNA断片中に目的とする薬剤耐性遺伝子が含まれていることをPCRによって確認した。
【0102】
続く人工染色体の調製、遺伝子ライブラリーの構築、野生型原虫への遺伝子ライブラリーの導入については上記1.に示した材料および方法に従って、操作を行なった。
【0103】
(2)薬剤耐性遺伝子のスクリーニング
遺伝子ライブラリーを導入した原虫をマウスへ接種し、20〜30時間後よりピリメサミン(終濃度7μg/ml)を混合した飲料水を与え、薬剤耐性原虫のスクリーニングを行なった。薬剤投与期間中は24時間毎に血液塗沫標本を作製し、ギムザ染色を行なって、原虫を検出した。
【0104】
薬剤投与開始から5日間から6日間経過した段階で、新たに薬剤耐性能を獲得した組換え原虫の出現を確認した。原虫寄生率が5〜10%程度にまで上昇した段階で選択した薬剤耐性原虫を精製し、低融点アガロースゲル中に包埋して、原虫アガロースブロックを調製した。これをCHEF(Clamped Homogeneous Electric Fields)電気泳動にかけ、その後、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子及びGFP遺伝子をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションによって、選択した原虫内に人工染色体が存在すること、及び人工染色体に薬剤耐性遺伝子が組込まれていることを確認した(
図5)。
【0105】
使用した人工染色体にはGFP遺伝子が組込まれているため、これをプローブとすることにより人工染色体のみを検出することができる。さらに、サザンハイブリダイゼーションの結果より、少なくとも10kb〜15kb程度の大きさで、且つ薬剤耐性遺伝子を含むDNA断片が人工染色体に組込まれていることを確認した。
【0106】
3.部分消化した薬剤耐性熱帯熱マラリア原虫由来染色体DNAを用いた遺伝子ライブラリーの作製
図6に示した、熱帯熱マラリア原虫の薬剤耐性遺伝子をスクリーニングする方法の作業過程に含まれる遺伝子ライブラリーの作製を目的とし、以下の実験を行った。
【0107】
実験には、
図7に示した、熱帯熱マラリア原虫人工染色体(配列番号20)を使用した。かかる熱帯熱マラリア原虫人工染色体には、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)の5番染色体由来のセントロメア配列(PfCen5)、3’−UTR PbHSP(ネズミマラリア原虫由来熱ショックタンパク質の3’−UTR)、オワンクラゲ由来GFP(gfp)、3’−UTR Pbdhfr(ネズミマラリア原虫由来ジヒドロ葉酸還元酵素の3’−UTR)、ヒト由来のジヒドロ葉酸還元酵素(hdhfr)、および5’−UTR Pbef&ef(ネズミマラリア原虫由来伸長因子配列の5’−UTR)が組み込まれている。ちなみにhdhfrは、マラリア原虫に対しピリメサミン耐性を付与する。
【0108】
(1)遺伝子ライブラリーの作製
薬剤耐性原虫(クロロキン耐性原虫)より原虫染色体DNAを抽出・精製し、制限酵素(BamHI)で部分消化した。消化産物をアガロースゲル電気泳動にかけ、約10kb〜約50kbの範囲の大きさを持つDNA断片を分離後、β-agarase処理を行なって、DNA断片をゲルより回収した。
【0109】
人工染色体は原虫染色体DNAに対して使用したものと同じ制限酵素によって、完全消化し、ライゲーション反応時の自己閉環化を防ぐためにアルカリフォスファターゼ処理し、末端を脱リン酸化した。
【0110】
続いて、候補遺伝子断片を含む約10〜約50kbのDNA断片と制限酵素消化した人工染色体を混合し、ライゲーション反応を行なった。その後、フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール処理を行なって、反応液中のタンパク質を除去した後、エタノール沈殿を行ない、ライゲーション反応によりDNA断片が組込まれた人工染色体を回収した。以上の作業を経て、薬剤耐性原虫(クロロキン耐性原虫)由来染色体DNAと人工染色体による遺伝子ライブラリーを構築した。
【0111】
(2)遺伝子ライブラリーの原虫への導入(直接導入法)
次に、直接導入法により、薬剤感受性原虫、即ち野生型熱帯熱マラリア原虫へ遺伝子ライブラリーを導入した。直接導入法は、以下の通りに行った。
【0112】
(i)工程1:シゾント精製
試薬
1:不完全培地:RPMI1640(インビトロジェン社製), 25mM HEPS, 0.005% ヒポキサンチン
2:完全培地:RPMI1640, 25mM HEPS, 0.005% ヒポキサンチン, 0.225% 炭酸水素ナトリウム, 10 mg/ml ゲンタマイシン, 0.25 % AlbumaxI(登録商標)(インビトロジェン社製),
3:90%パーコール・ソルビトール溶液:90mlPercoll溶液、10ml0xRPMI溶液、6g ソルビトール(これを原液とし、不完全培地で希釈して70%および40%パーコール・ソルビトール溶液を調製した。)
【0113】
手順
熱帯熱マラリア原虫(寄生率5〜10%)が感染している培養液(2%ヘマトクリット(Ht)、40ml)を3000rpmで5分間遠心し、残りが1.5ml程度になるまで、上清を除去した。
3mlの70%パーコール・ソルビトールを15mlチューブに入れ、その上に3mlの40%パーコール・ソルビトールを重層した。さらにその上に、上記で調製した1.5mlのマラリア原虫培養液を重層した。
3500rpmで25分間遠心し、最終的に中間層にあるシゾント期原虫を回収した。
【0114】
(ii)工程2:ソルビトール処理
試薬
1:5% ソルビトール
手順
工程1で精製したシゾント期原虫に20倍量(v/v)の赤血球(Ht, 50%)を加え、最終的にHt5%となるように完全培地で希釈した。その後、混合ガス(N2, 90%, O2, 5%, CO2, 5%)存在下で37℃、4時間培養した。
4時間後、3000rpmで5分間遠心した。回収した赤血球に10倍量(v/v)の5%ソルビトール溶液を加え、37℃で8分間静置した。
2500rpmで2分間遠心し、回収した赤血球に10倍量(v/v)の不完全培地を加え、懸濁した。その後、再び3000rpm、5分間遠心した。
遠心後、回収した赤血球に完全培地をHt2%となるように加えた。この過程で赤血球感染直後〜4時間までのリング期原虫に細胞周期が同調される。
引き続き、37℃で約96時間程度培養する。これにより大多数の原虫がシゾント期原虫となる。
【0115】
(iii)工程3:遺伝子直接導入
手順
工程2の培養終了後、再び工程1および2を繰り返した。この繰り返し操作によって高度に同調培養されたシゾント期熱帯熱マラリア原虫の集団を確立した。
次に、再び工程1のみ行って、シゾント期原虫を精製し、50倍量(v/v)以上の完全培地に懸濁し、混合ガス(N
2, 90%, O
2, 5%, CO
2, 5%)存在下、37℃で培養した。
培養開始から1時間置きにHoechst33342による核染色を行い、核の分裂・形状、寄生胞膜、および赤血球膜の観察を行った(
図8)。かかる観察により、寄生胞膜または赤血球膜が崩壊した成熟シゾント期原虫が多数出現するタイミングを計った。
観察によってタイミングが決定された後、直ちに1x10
8個の成熟シゾント期原虫を回収し、DNA(5mg−50mg)を含む100mlのT-cell nucleofector (Lonza社製)と混合した。
混合後、直ちにNucleofector II(U-33program)を使い、エレクトロポレーションを行った。終了後、完全培地を100ml添加し、これをHt2%, 5mlの完全培地に移し、混合ガス(N2, 90%, O2, 5%, CO2, 5%)存在下、37℃で培養を開始した。以降24時間毎に感染赤血球を一部採取し、ギムザ染色を行って、原虫寄生率を算出した。
【0116】
(3)遺伝子ライブラリーが導入された原虫のスクリーニング
上記の直接導入法により遺伝子ライブラリーを導入した野性型熱帯熱マラリア原虫を、ピリメサミン含有培地を用いて培養した。人工染色体が導入された原虫は全て、hdhfr遺伝子によりピリメサミン耐性となるため、ピリメサミン存在下で培養することにより、人工染色体を用いた遺伝子ライブラリーが導入された原虫を全て選択することができた。また、ピリメサミン存在下では遺伝子ライブラリーが導入されていない原虫は薬剤耐性を獲得しないため、死滅した。
【0117】
遺伝子導入効率を比較するためのコントロールとして、セントロメア配列を含まないコントロールプラスミド(すなわち、人工染色体ではないプラスミド)25μgを間接導入した場合、および人工染色体25μgを間接導入した場合についても、同様に原虫寄生率の変化をモニターし、原虫寄生率が1%を超えるのに要する日数を測定した。かかる日数は、コントロールプラスミドを間接導入した場合には25日、人工染色体を間接導入した場合には19日、本発明の方法を用いた場合には13日であった(
図9)。よって、本発明の方法を用いると、人工染色体を用いない場合に比べて10
6(10
(25−13)/2)倍、人工染色体を間接導入した場合に比べて10
3(10
(19−13)/2)倍、遺伝子導入効率が改善されることがわかった。
【0118】
さらに、使用した人工染色体の量が、間接導入法の場合には25μgである一方、直接導入法の場合には5μgであったことから、本発明に係る直接導入法は、従来の間接導入法に比べて10
3倍以上の導入効率であるといえる。
【0119】
(4)CHEFによるライブラリー構築の確認
上記(3)により選択した遺伝子ライブラリーが導入された原虫の集団より、個々の原虫をクローン化し、各原虫クローンに組込まれた人工染色体のサイズをCHEF(contour-clamped homogeneous electric field)で確認した。プローブとしてhdhfr遺伝子を用いたサザンハイブリダイゼーションにより、人工染色体を検出した(
図10)。その結果、クローン毎に組込まれた人工染色体のサイズが異なっていたことから、原虫に、異なるインサートDNAを持つ人工染色体が導入されていること、すなわち原虫DNAがライブラリー化されていることが確認された。1つの試料(レーン)において複数のシグナルが検出されたことは、原虫が2種の人工染色体を持つ、もしくは2種のクローンが混合している可能性を示す。
【0120】
4.薬剤耐性遺伝子(クロロキン耐性遺伝子)のスクリーニング
上記3に示した薬剤耐性熱帯熱マラリア原虫(クロロキン耐性原虫)由来の遺伝子ライブラリーを導入した野性型熱帯熱マラリア原虫を赤血球存在下、in vitroで培養する。培地にクロロキンを添加して、培養を行うことで、クロロキン耐性遺伝子が組込まれた人工染色体を有する薬剤耐性熱帯熱マラリア原虫を選択することができる。
【0121】
選択した原虫から人工染色体を回収し、配列決定を行い、クロロキン耐性遺伝子を同定する。
【0122】
上記3に示した方法に従い、他のマラリア治療薬(キニーネ、ピリメサミン、メフロキン、プリマキン、アルテミシニン等)に対する薬剤耐性熱帯熱マラリア原虫由来の染色体DNAを用いた遺伝子ライブラリーを作製し、該当する薬剤を用いて前述と同様のスクリーニングを行うことで薬剤耐性遺伝子を同定できる。