(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5773603
(24)【登録日】2015年7月10日
(45)【発行日】2015年9月2日
(54)【発明の名称】採取容器と、揮発性油類の採取方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/00 20060101AFI20150813BHJP
G01N 27/62 20060101ALI20150813BHJP
B65D 39/04 20060101ALI20150813BHJP
【FI】
G01N1/00 101H
G01N27/62 F
B65D39/04 J
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2010-217924(P2010-217924)
(22)【出願日】2010年9月28日
(65)【公開番号】特開2012-73108(P2012-73108A)
(43)【公開日】2012年4月12日
【審査請求日】2013年9月25日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 平成22年9月1日 社団法人 石油学会発行の「Journal of the Japan Petroleum Institute 第53巻 第5号」に発表
(73)【特許権者】
【識別番号】591043581
【氏名又は名称】東京都
(74)【代理人】
【識別番号】100081961
【弁理士】
【氏名又は名称】木内 光春
(72)【発明者】
【氏名】倉田 正治
(72)【発明者】
【氏名】伊與泉 剛
(72)【発明者】
【氏名】相澤 直之
【審査官】
土岐 和雅
(56)【参考文献】
【文献】
特開平09−041252(JP,A)
【文献】
特開平10−288573(JP,A)
【文献】
実用新案登録第3147435(JP,Y2)
【文献】
特開2003−279450(JP,A)
【文献】
実開平03−110348(JP,U)
【文献】
特開2007−040777(JP,A)
【文献】
特開平04−184253(JP,A)
【文献】
特開2000−292325(JP,A)
【文献】
特表2001−505660(JP,A)
【文献】
特開平04−140659(JP,A)
【文献】
特開昭63−042469(JP,A)
【文献】
特表2003−521711(JP,A)
【文献】
特表2001−523820(JP,A)
【文献】
特開平08−327553(JP,A)
【文献】
特開2003−073622(JP,A)
【文献】
CAMP M J ,Analytical techniques in Arson investigation.,Anal Chem,米国,1980年,Vol.52 No.3 ,Page.422A-424A,426A
【文献】
橋本敬,火災現場用資料採取フィルムの検討,日本法科学技術学会誌,日本,2008年 4月19日,Vol.13(1),93-99
【文献】
京都市 消防局,油類の鑑識・検査法 軽質油(揮発油),京消研究レポート集,1992年 3月,No.11,Page.1-50
【文献】
塚原昌尚, 松浦壽,火災鑑識用「ガス採取による油分検出法」の考案 ,フェスク,日本,2011年 2月25日,No.353,Page.30-33
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N1/00〜1/44、27/60〜27/92、30/00〜30/96
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鑑識活動時の揮発性油類の採取に用いられる採取容器であって、
上面が開口したガラス瓶と、
前記開口を封止するとともに、上面に穴部を有し、該穴部が質量分析計の採取針で穿刺可能な隔壁部材でシールされたキャップと、
前記揮発性油類を吸着し、前記ガラス瓶へ出し入れ可能なポリプロピレン製の不織布シートであるTERRA(テラ、商品名、吉国産業株式会社、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律施行規則第37条の3の2第1項の規定に基づく型式承認番号P−519)からなる吸着体と、
を備えていることを特徴とする採取容器。
【請求項2】
前記ガラス瓶は、ヘッドスペースバイアルであること、
を特徴とする請求項1記載の採取容器。
【請求項3】
前記隔壁部材は、セプタムであり、
前記ガラス瓶は、クリンプバイアルであること、
を特徴とする請求項1記載の採取容器。
【請求項4】
前記隔壁部材は、セプタムであり、
前記キャップは、当該キャップの底面と前記セプタムとの間に介在するスタースプリングを有すること、
を特徴とする請求項1記載の採取容器。
【請求項5】
前記ガラス瓶は、スクリューバイアルであること、
を特徴とする請求項1記載の採取容器。
【請求項6】
前記吸着体は、有機溶剤が浸されていること、
を特徴とする請求項1乃至5の何れかに記載の採取容器。
【請求項7】
前記有機溶剤は、ペンタンであること、
を特徴とする請求項6記載の採取容器。
【請求項8】
前記有機溶剤は、エチルアルコールであること、
を特徴とする請求項6記載の採取容器。
【請求項9】
上面が開口したガラス瓶内に、鑑識対象となる揮発性油類を吸着するポリプロピレン製の不織布シートであるTERRA(テラ、商品名、吉国産業株式会社、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律施行規則第37条の3の2第1項の規定に基づく型式承認番号P−519)からなる吸着体を予め収納して、
前記ガラス瓶の上面開口部を、上面に穴部を有し、該穴部が質量分析計の採取針で穿刺可能な隔壁部材でシールされたキャップによって密封しておき、
採取時において、前記ガラス瓶のキャップを外して容器内部の吸着体を取り出して、吸着体に対して有機溶剤を含ませてから、吸着体によって揮発性油類の拭き取りを行い、
揮発性油類を拭き取った吸着体を前記ガラス瓶内に収納し、その開口部を封止し、
このガラス瓶内に密封された揮発性油類を、前記キャップに設けられた隔壁部材から質量分析計の採取針をガラス瓶内に挿入して、質量分析計によって検出することを特徴とする揮発性油類の採取方法。
【請求項10】
前記有機溶剤が、エチルアルコールである請求項9に記載の揮発性油類の採取方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鑑識活動時の揮発性油類の採取に用いられる採取容器
と、鑑識活動時における揮発性油類の採取方法に関する。
【背景技術】
【0002】
法科学分野では、現場に残された物的証拠を収集及び鑑定することで、犯行事実の特定及び裁判の備えとしている。この物的証拠は、採取から鑑定までの適正な保存が大変重要となる。
【0003】
従来は、物的証拠が液体の場合、ガーゼや脱脂綿で拭き取ることで当該液体を採取し、鑑定に備えてプラスチック袋に収容して保存することが一般的である。放火事件や恐喝事件等で撒き散らされた揮発性油類の収集及び保存についても同様の方法が採られており、ガーゼや脱脂綿で拭き取り、プラスチック袋に収容している。鑑定時には、例えば、ジエチルエーテル等を用いた溶媒抽出の後、ガスクロマトグラフ質量分析計による分析を行う。
【0004】
しかし、揮発性油類の収集から鑑定までの間に一定程度の期間が経過してしまうと、採取当時には残存していた揮発性油類の多くが揮発してしまい、鑑定において同定不能となり、証拠として採用できないおそれがあった。
【0005】
そこで、近年、ガーゼや脱脂綿に代えてポリプロピレン製の多孔質フィルムを用いて揮発性油類を収集し、ナイロン―ポリエチレンラミネート構造の揮発性試料採集袋で保存する方法が提案されている(非特許文献1参照)。この方法では、当該フィルムによる水分を除いた油のみの選択的吸着、及び揮発性試料採集袋による気密性により、揮発性油類の残存性を高めている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】橋本敬,法科学技術,13(1),93−99(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1において、ナイロン―ポリエチレンラミネート構造の揮発性試料採集袋による密封保管によると、1日程度であれば残存油類の経時変化は見られないことが報告されている。しかし、ガーゼ、脱脂綿、又はポリプロピレン製の多孔質フィルムによる収集、プラスチック袋、又はナイロン―ポリエチレンラミネート構造の揮発性試料採集袋による密封保管の何れの組み合わせにしろ、吸着体の保持力及び収集袋の気密性には限界があり、揮発性油類の長期間保存には不向きである。
【0008】
また、気密性の高い特殊な材質のプラスチック袋においては、製造時期によっては溶剤抽出すると灯油や軽油等の石油類に含まれる成分が検出される場合が認められるため、それらプラスチック袋を付着程度の微量な石油試料の保存用に用いることは証拠の汚染につながるおそれがある。
【0009】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決するために提案されたもので、採取した揮発性油類を消失及び汚染させてしまうことなく長期間保存可能な容器
と、揮発性油類の採取方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の採取容器は、鑑識活動時の揮発性油類の採取に用いられる採取容器であって、(1) 上面が開口したガラス瓶と、
(2) 前記開口を封止するとともに、上面に穴部を有し、該穴部が質量分析計の採取針で穿刺可能な隔壁部材でシールされたキャップと、
(3) 前記揮発性油類を吸着し、前記ガラス瓶へ出し入れ可能なポリプロピレン製の不織布シート
であるTERRA(テラ、商品名、吉国産業株式会社、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律施行規則第37条の3の2第1項の規定に基づく型式承認番号P−519)からなる吸着体と、
を備えていることを特徴とする。
本発明の揮発性油類の採取方法は、
(1) 上面が開口したガラス瓶内に、鑑識対象となる揮発性油類を吸着するポリプロピレン製の不織布シート
であるTERRA(テラ、商品名、吉国産業株式会社、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律施行規則第37条の3の2第1項の規定に基づく型式承認番号P−519)からなる吸着体を予め収納して、
(2) ガラス瓶の上面開口部を、上面に穴部を有し、該穴部が質量分析計の採取針で穿刺可能な隔壁部材でシールされたキャップによって密封しておき、
(3) 採取時において、前記ガラス瓶のキャップを外して容器内部の吸着体を取り出して、吸着体に対して有機溶剤を含ませてから、吸着体によって揮発性油類の拭き取りを行い、(4) 揮発性油類を拭き取った吸着体を前記ガラス瓶内に収納し、その開口部を封止し、
(5) このガラス瓶内に密封された揮発性油類を、前記キャップに設けられた隔壁部材から質量分析計の採取針をガラス瓶内に挿入して、質量分析計によって検出する、
ことを特徴とする。
【0011】
また、前記瓶は、ヘッドスペースバイアルとしてもよい。
【0012】
また、前記隔壁部材は、セプタムであり、前記瓶は、クリンプバイアルとしてもよい。
【0013】
また、前記隔壁部材は、セプタムであり、前記キャップは、当該キャップの底面と前記セプタムとの間に介在するスタースプリングを有するようにしてもよい。
【0014】
また、前記瓶は、スクリューバイアルとしてもよい。
【0015】
また、前記吸着体は、合成樹脂としてもよい。合成樹脂としては、疎水性で親油性の高いポリプロピレン、親油性を示すポリエステル系やポリオレフィン系、例えば、エチレン−ブテン共重合体、ポリエチレンテレフタレート、ポリ4−メチルペンテン−1、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン、1−ヘプテン、1−オクテン等の炭素数2乃至8の単独又は共重合体等を用いることができる。
【0016】
前記合成樹脂としては、ポリプロピレンがより好ましい。
【0017】
前記吸着体は、有機溶剤が浸されているようにしてもよい。有機溶剤としては、石油系溶剤やアルコール類溶剤やアセトン等のケトン類溶剤を用いることができる。石油系溶剤としては、ペンタン、ヘキサン、ヘキサンを主成分とするペンタンやヘプタンを含有する混合物である石油エーテル、エチルエーテルを用いることができる。アルコール類溶剤としては、メチルアルコール、エチルアルコール(エタノール)を用いることができる。
【0018】
前記有機溶剤としては、石油系溶剤が好ましく、より好ましくはペンタンである。
【0019】
また、前記有機溶剤としては、アルコール類溶剤が好ましく、より好ましくはエチルアルコールである。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、鑑識活動時の揮発性油類の採取では、揮発性油類を吸着する吸着体で該揮発性油類を採取し、上面が開口した瓶に収納し、上面の穴部が隔壁部材でシールされたキャップで瓶の開口を封止すれば、採取した揮発性油類を消失及び汚染させてしまうことなく、長期間保存することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図3】評価方法1によって得られたトータルイオンクロマトグラム(TIC)である。
【
図4】評価方法2によって得られたガーゼを使用した場合のTICである。
【
図5】評価方法2によって得られた吸着体を使用した場合のTICである。
【
図6】評価方法2によって得られた自動車ガソリンの全成分面積強度と保存能力の優劣の比較結果を示す図である。
【
図7】評価方法3によって得られたガーゼを使用した場合のTICである。
【
図8】評価方法3によって得られた吸着体を使用した場合のTICである。
【
図9】評価方法3によって得られた灯油の全成分面積強度と保存能力の優劣の比較結果を示す図である。
【
図10】評価方法4に係る各経過時間後の自動車ガソリンの分析結果を示す図である。
【
図11】評価方法5に係る各経過時間後の工業ガソリンの分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態に係る採取容器について図面を参照しつつ詳細に説明する。
【0023】
図1は、採取容器100の一例を示す平面図である。
図1の(a)は上面図、(b)は側面図である。
図2は、採取容器100の他の例を示す斜視図である。
【0024】
図1及び
図2に示すように、採取容器100は、瓶1とキャップ2と吸着体3とを備えている。瓶1は、上面が開口した円筒形状を有するガラス瓶である。キャップ2は、瓶1の開口を封止するアルミ製の蓋体である。
【0025】
吸着体3は、瓶1の中空内部へ収容可能及び開口から出し入れ可能なサイズで揮発性油類を吸着する合成繊維シートである。合成繊維としては、疎水性で親油性の高いポリプロピレン製不織布シートが用いられる。その他、親油性を示すポリエステル系やポリオレフィン系、例えば、エチレン−ブテン共重合体、ポリエチレンテレフタレート、ポリ4−メチルペンテン−1、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン、1−ヘプテン、1−オクテン等の炭素数2乃至8の単独又は共重合体等を用いることができる。ポリプロピレン製不織布シートとしては、TERRA(テラ、商品名、吉国産業株式会社、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律施行規則第37条の3の2第1項の規定に基づく型式承認番号P−519)を用いることができる。
【0026】
この採取容器100は、揮発性油類を吸着させた吸着体3を瓶1の中空内部に収容した上でキャップ2により封止することで揮発性油類の長期保存を可能としている。
【0027】
尚、揮発性油類を採取する際には、吸着体3に有機溶剤を浸透させてもよい。有機溶剤としては、石油系溶剤やアルコール類溶剤やアセトン等のケトン類溶剤を用いることができる。石油系溶剤としては、ペンタン、ヘキサン、石油エーテル、エチルエーテル等を用いることができる。石油エーテルは、ヘキサンを主成分とするペンタンやヘプタン等を含有する混合物である。アルコール類溶剤としては、メチルアルコール、エチルアルコール(エタノール)等を用いることができる。
【0028】
人体から揮発性油類を採取することを考慮して毒性が低い有機溶剤が要求される場合には、揮発性油類の採取のために用いられる有機溶剤としてエチルアルコールを用いることがより好ましい。
【0029】
また、ヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析計(HSGCMS)による分析(HSGCMS分析)の検出効率のためには、揮発性油類の採取のために用いられる有機溶剤としてペンタンを用いることがより好ましい。ペンタンは、ヘキサンと比べて揮発性が高く、揮発性油類を採取する過程では、ヘキサンの場合よりも多く気散する。そのため、採取容器100に吸着体3を戻したときの揮発性油類の吸着量はヘキサンを用いた場合と同様であると推定できるが、吸着体3に浸されたペンタンの量は、ヘキサンよりも多くの割合で当初よりも減少しており、総重量に対する揮発性油類の割合は、ペンタンを有機溶剤として用いた場合の方がヘキサンを用いた場合よりも高くなる。従って、HSGCMS分析で注入される揮発性油類の割合は、ペンタンを有機溶剤として用いた方がヘキサン等の他の溶剤を用いた場合と比較して多くなり、その検出効率が高まる。このペンタンには、n−ペンタンの他、異性体も含まれる。
【0030】
瓶1は、ヘッドスペースサンプラー付きガスクロマトグラフ質量分析計による分析が可能なヘッドスペースバイアルでもよい。この場合、キャップ2は、上面壁を貫通する穴部21と、該穴部21を封止する隔壁部材22とを備える。隔壁部材22は、採取針を穿刺可能なゴム状部材であり、キャップ2に貼着されていてもよいし、別体として構成されていてもよい。吸着体3は、瓶1にヘッドスペースを発生させ、ヘッドスペースサンプラー付きガスクロマトグラフ質量分析計による分析が可能な大きさを有する。
【0031】
この瓶1は、スクリューバイアルとすることができる。
図1に示すスクリューバイアルの瓶1は、開口周辺に螺旋溝が穿設されている。対応するように、キャップ2側も瓶1の螺旋溝に螺合する螺旋溝が内周面に穿設されている。隔壁部材22は、キャップ2に固着している。
【0032】
また、
図2に示すように、瓶1はクリンプバイアルを採用することもできる。クリンプバイアルの瓶1は、瓶上部にフランジを有する。この場合、キャップ2は、クリンパで側縁が折り曲げられることでフランジに係合されるクリンプキャップである。
【0033】
このクリンプバイアルの瓶1は、隔壁部材22としてセプタム221とスタースプリング222を備える。セプタム221は、採取針を穿刺可能で且つリシールが可能なスリットを有するゴム状部材である。スタースプリング222は、密封性を向上させる板状部材である。このスタースプリング222は、ばね機能を有するようにしてもよい。
【0034】
このクリンプバイアルの瓶1では、開口を封止する際、キャップ2の裏面にスタースプリング222を押し込み、次いでスタースプリング222を介在させた状態でキャップ2の裏面にセプタム221を押し込んだ後、キャップ2を瓶1に被せてクリンパで封止する。
【0035】
図1及び
図2に示すキャップ2は、アルミ等の金属製のほか、プラスチックを採用することができる。
【0036】
以上の採取容器100は、鑑識現場に携行される。ピンセットで吸着体3を瓶1から取り出し、現場に存在する揮発性油類を吸着体3で拭き取った後、吸着体3を瓶1の中空内部に戻し、キャップ2で封止する。吸着体3は疎水性で親油性が高いため、水分を弾いて揮発性油類のみを採取できる。揮発性油類が目視では認められず、油臭のみの場合には、有機溶剤を吸着体3に含ませてから揮発性油類の拭き取り処理を行う。揮発性油類は、この状態で鑑定段階まで保存される。
【0037】
鑑定段階では、ヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析計等の各種分析装置の試料載置位置へ採取容器100を直接セットすることで分析を行う。予備的な試験として、紫外線照射下で観察してもよく、採取容器100外からUVランプによる紫外線照射を行い、目視による検査を行う。紫外線照射検査によっては、色調の相違から自動車ガソリン、灯油、油脂等の油の種類が推定可能である。
【0038】
以下、実施例に基づいて採取容器100の揮発性油類の保存能力評価を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0039】
(実施例の容器)
採取容器100は、スクリューバイアル(株式会社島津ジーエルシー社製、P/N18−03−1309及び18−09−1307)を採用した。
【0040】
瓶1は、直径22.5mm、底部からキャップ2の上面までの高さ75.5mmである。
【0041】
キャップ2は、セプタム付き金属製スクリューキャップであり、直径18mm、キャップ2の高さ10mm、穴部21の直径8mm、青シリコン・白ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の隔壁部材22を有する。
【0042】
(比較例1の袋)
容器は、チャック付きポリエチレン製のプラスチック袋(生産日本社製、ユニパック E−4、縦140mm×横100mm×厚み0.04mm)
(比較例2の袋)
容器は、ナイロン―ポリエチレンラミネート製のプラスチック袋(生産日本社製、ラミジップ LZ−12、縦180mm×横120mm×厚み0.1mm)
(比較例3の袋)
容器は、エバール樹脂製(エチレン―ビニルアルコール共重合体樹脂)のプラスチック袋(ピー・エス・インダストリー社製、密閉棒PS6041C付きさいしゅくん PS6042C1、縦240mm×横190mm)
【0043】
(吸着主体1)
20mm角及び厚さ4mmとするTERRAを吸着体3として採用した。
(吸着主体2)
20mm角のガーゼである。
【0044】
(分析条件)
分析条件は以下の通りである。
(装置)
(1)ヘッドスペースサンプラー:Turbo Matrix HS40(パーキンエルマー社製)
オーブン温度:100℃、加圧時間3分
ニードル温度:110℃
インジェクション時間:0.04分
トランスファー温度:120℃
引き上げ温度:0.5分
保温時間:20分
サンプルバイアル容量:20ml
(2)GCMS:GC−2010/QP2010Plus(島津製作所製)
カラム:DB−5MS(J&W社製) 内径0.25mm、全長30m、フィルム厚0.25μm
カラム温度:50℃(5分間保持)、50〜80℃(2℃/分昇温)、80〜100℃(5℃/分昇温)、100〜250℃(10℃/分昇温)
インターフェイス温度:230℃
注入口温度:320℃
注入法:スプリットレス法
検出器電圧:0.8kV
イオン化法:EI法(70eV)、測定質量数範囲:m/z=15〜900
【0045】
(評価方法1)
容器内側のジエチルエーテル抽出物の比較
実施例及び比較例1乃至3の内側を20mlのジエチルエーテルで洗浄することで得られる抽出物を200μl、20μlに濃縮し、それぞれ2μlをGCMS分析し、油類の同定に支障があるか否かを比較検討した。
【0046】
(評価方法2)
自動車ガソリンの保存能力の比較
吸着主体1の吸着体3及び吸着主体2のガーゼに自動車ガソリン10μlを滴下後、吸着体3又はガーゼと、実施例の採取容器100又は各比較例1乃至3の何れかのプラスチック袋の計8サンプルの組み合わせについて封止後に室温で3日間放置した。滴下から3日経過後にヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析計(HSGCMS)による検出成分の強度比較をトータルイオンクロマトグラム(TIC)により評価し比較した。尚、比較内容を類似条件とするために採取容器100については別のバイアルに移し替えてHSGCMS分析を行った。
【0047】
(評価方法3)
吸着主体1の吸着体3及び吸着主体2のガーゼに灯油10μlを滴下後、吸着体3又はガーゼと、実施例の採取容器100又は各比較例1乃至3の何れかのプラスチック袋の計8サンプルの組み合わせについて封止の上で室温で3日間放置した。滴下から3日経過後にヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析計(HSGCMS)による検出成分の強度比較をTICにより評価し比較した。尚、比較内容を類似条件とするために採取容器100については別のバイアルに移し替えてHSGCMS分析を行った。
【0048】
(評価方法4)
ガーゼ、ポリプロピレン製の吸着体3、及びTERRAの吸着体3を蓋のないシャーレ上に大気暴露状態で設置し、自動車ガソリン0.1mlを滴下して10分〜1週間後のHSGCMS分析を行い、自動車ガソリンが同定可能か判定した。
【0049】
(評価方法5)
ガーゼ、ポリプロピレン製の吸着体3、及びTERRAの吸着体3を蓋のないシャーレ上に大気暴露状態で設置し、工業ガソリン0.1mlを滴下して10分〜1週間後のHSGCMS分析を行い、工業ガソリンが同定可能か判定した。
【0050】
(評価方法1の結果)
各TICをまとめた結果を
図3に示す。
図3の(a)〜(d)は、順にポリエチレン製プラスチック袋(比較例1)、ナイロン―ポリエチレンラミネート製のプラスチック袋(比較例2)、エバール樹脂製のプラスチック袋(比較例3)、採取容器100(実施例)に関してGCMS分析により得られたTICである。各TICの左上の数値は、フルスケールの強度である。
【0051】
図3に示すように、ナイロン―ポリエチレンラミネート製のプラスチック袋についての抽出物(
図3(b)参照)及びエバール樹脂製のプラスチック袋についての抽出物(
図3(c)参照)からは、滑剤の脂肪酸アミド等の他に油類成分のパラフィン(炭素数分布が10程度〜22程度の偶数個の炭素数でトップピークが炭素数14程度の直鎖パラフィン)が検出され、それらはポリエチレンのオリゴマー由来と推定された。これら検出されたパラフィン成分は、灯油、軽油等の油類成分の一部と一致し、付着程度の微量な揮発性油類の分析の際には妨害物質になりかねない。
【0052】
一方、
図3(d)に示すように、採取容器100についての抽出物からはジエチルエーテルの安定剤ジブチルヒドロキシトルエンであるBHT以外は何も検出されず、微量の揮発性油類の鑑定の際に行われるジエチルエーテル抽出工程における容器由来の汚染や妨害物質の心配はない。
【0053】
(評価方法2の結果)
各TICをまとめた結果を
図4乃至6に示す。
図4の(a)〜(d)は、順にポリエチレン製プラスチック袋(比較例1)、ナイロン―ポリエチレンラミネート製のプラスチック袋(比較例2)、エバール樹脂製のプラスチック袋(比較例3)、採取容器100(実施例)に関してガーゼを用いたTICである。
図5の(a)〜(d)は、順にポリエチレン製プラスチック袋(比較例1)、ナイロン―ポリエチレンラミネート製のプラスチック袋(比較例2)、エバール樹脂製のプラスチック袋(比較例3)、採取容器100(実施例)に関して吸着体3を用いたTICである。
図6は、実施例及び比較例1乃至3についての自動車ガソリンの全成分面積強度と保存能力の優劣の比較結果を示す図である。
【0054】
図4乃至6に示すように、3日経過後であっても採取容器100の場合には吸着体3又はガーゼのいずれを用いても自動車ガソリンの検出強度が経時変化することなく検出可能であり、最も保存能力に優れていることが示された。特に、採取容器100、即ち吸着体3と瓶1とを備えた場合にあっては、その全成分面積強度は最良であった。
【0055】
(評価方法3の結果)
各TICをまとめた結果を
図7乃至9に示す。
図7の(a)〜(d)は、順にポリエチレン製プラスチック袋(比較例1)、ナイロン―ポリエチレンラミネート製のプラスチック袋(比較例2)、エバール樹脂製のプラスチック袋(比較例3)、採取容器100(実施例)に関してガーゼを用いたTICである。
図8の(a)〜(d)は、順にポリエチレン製プラスチック袋(比較例1)、ナイロン―ポリエチレンラミネート製のプラスチック袋(比較例2)、エバール樹脂製のプラスチック袋(比較例3)、採取容器100(実施例)に関して吸着体3を用いたTICである。
図9は、実施例及び比較例1乃至3についての灯油の全成分面積強度と保存能力の優劣の比較結果を示す図である。
【0056】
図7乃至9に示すように、3日経過後であっても採取容器100の場合には吸着体3又はガーゼのいずれを用いても灯油の検出強度が経時変化することなく検出可能であり、最も保存能力に優れていることが示された。
【0057】
(評価方法4の結果)
自動車ガソリン0.1mlを滴下後、各経過時間で分析を行った評価方法4の結果を
図10に示す。
図10では、各サンプルの10分〜1週間後のHSGCMS分析の結果を、同定可能(Identifiable)、推定可能(Presumable)、推定不能(Unidentifable)、及び不検出(Not detected)に分け、かつトルエン及び1,2,4−トリメチルベンゼンの検出強度を示している。尚、同定可能は、自動車ガソリン成分のトルエンを含めたその保持時間以降の成分が検出された場合とした。推定可能は、1,2,4−トリメチルベンゼンを含めたその保持時間以降の成分が検出された場合とした。推定不能は、ガソリン成分の一部が検出されたが1,2,4−トリメチルベンゼンを含めたその保持時間以降の成分が検出されない場合とした。
【0058】
図10に示すように、同定可能と判断できる期間を比較すると、長い順にTERRAの吸着体3を用いた場合(2日)>ポリプロピレン製の吸着体3を用いた場合(1日)>ガーゼを用いた場合(10分)となった。また、推定可能と判断できる期間を比較すると、長い順にTERRAの吸着体3を用いた場合(4日)>ポリプロピレン製の吸着体3を用いた場合(1〜2日の間)>ガーゼを用いた場合(30分)となった。
【0059】
(評価方法5の結果)
また、工業ガソリン0.1mlを滴下後、各経過時間で分析を行った評価方法4の結果を
図11に示す。
図11では、各サンプルの10分〜1週間後のHSGCMS分析の結果を、同定可能(Identifiable)、推定可能(Presumable)、推定不能(Unidentifable)、及び不検出(Not detected)に分け、かつオクタン及びノナンの検出強度を示している。尚、同定可能は、工業ガソリン成分のオクタンを含めたその保持時間以降の成分が検出された場合とした。推定可能は、ノナンを含めたその保持時間以降の成分が検出された場合とした。推定不能は、ガソリン成分の一部が検出されたがノナンを含めたその保持時間以降の成分が検出されない場合とした。
【0060】
図11に示すように、同定可能と判断できる期間を比較すると、長い順にTERRAの吸着体3を用いた場合(4日)>ポリプロピレン製の吸着体3を用いた場合(半日)>ガーゼを用いた場合(30分)となった。また、推定可能と判断できる期間を比較すると、長い順にTERRAの吸着体3を用いた場合(4日〜1週間の間)>ポリプロピレン製の吸着体3を用いた場合(半日〜1日の間)>ガーゼを用いた場合(30分〜1時間)となった。
【0061】
以上のように、鑑識活動時の揮発性油類の採取では、揮発性油類を吸着する吸着体3で該揮発性油類を採取し、上面が開口した瓶1に収納し、上面の穴部21が隔壁部材22でシールされたキャップ2で瓶1の開口を封止するようにした。これにより、採取した揮発性油類を消失又は汚染させてしまうことなく、長期間保存することが可能となる。
【0062】
尚、隔壁部材22をセプタム221とし、瓶1をクリンプバイアルとしてもよく、スタースプリング222を介在させるようにしてもよい。吸着体3をポリプロピレン等の合成樹脂とすることもできる。また、キャップ2をプラスチック製とすることもできる。
【0063】
また、瓶1をヘッドスペースバイアルとすることで、ヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析計等の各種分析装置の試料載置位置へ採取容器100を直接セットすれば分析が可能となるため、分析段階で揮発性油類を揮発させてしまったり、汚染させてしまったりするおそれを低下させ、もって精度の高い分析結果が得られるとともに、労力が軽減される。
【0064】
また、瓶1をスクリューバイアルとすることで、キャップ2を容易に開け閉めすることができるため、捜査員の鑑識活動における経験や科学的知見の有無に関係なく、現場で容易に扱うことが可能となり労力の軽減となる。さらに、クリンプバイアルと比べれば、採取容器100の使用前であってもキャップ2の穴部21が隔壁部材22の固着によってシールされていることにより採取容器100の内部の密閉性が保たれていること、及びクリンパの汚染の採取物への波及の恐れがないことから、更に揮発性油類が汚染するおそれを低下させ、もって更に精度の高い分析結果が得られる。
【0065】
また、吸着体3に有機溶剤が浸されているようにすることで、目視困難な少量の揮発性油類であっても有機溶剤に溶かし込むことで十分に採取可能となる。特にエチルアルコールは、人体からの揮発性油類の採取において、他の有機溶剤と比べた毒性の低さから特に有用である。
【符号の説明】
【0066】
1 瓶
2 キャップ
21 穴部
22 隔壁部材
221 セプタム
222 スタースプリング
3 吸着体
100 採集容器