(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0024】
1.表面加工用樹脂被覆金属板
本発明の表面加工用樹脂被覆金属板(以下、単に「樹脂被覆金属板」ともいう)は、(1)金属板と、(2)金属板の表面の一部を被覆する樹脂皮膜とを有する。そして、樹脂皮膜の降伏応力が20MPa以上であり、樹脂皮膜の厚さが5〜80μmである。以下、本発明の樹脂被覆金属板の詳細について説明する。
【0025】
(1)金属板
金属板は、機械研磨やブラスト処理等の加工方法によってその表面を加工することが可能なものであれば特に限定されない。金属板の例には、SUS304、SUS316等のオーステナイト系ステンレス鋼;SUS410、SUS430等のフェライト系ステンレス鋼が含まれる。機械的強度が要求される用途では、オーステナイト系、フェライト系ステンレス鋼を冷間圧延で加工硬化した材料、SUS420系等のマルテンサイト系ステンレス鋼板、またはSUS631等の析出強化型ステンレス鋼板を使用することが好ましい。また、ステンレス鋼板以外に、銅、炭素鋼、または鉄−ニッケル系合金を用いてもよい。
【0026】
また、金属板は意匠性を高める表面仕上げがされていることが好ましい。例えば、ステンレス鋼板であれば、光沢を上げるためのBA仕上げ、No8などの鏡面仕上げ、HLなどのヘヤライン仕上げなどがされていてもよい。
【0027】
(2)樹脂皮膜
樹脂皮膜は、金属板の表面の一部を被覆している。このため金属板の表面は、樹脂皮膜に覆われた非被加工面と、樹脂皮膜に覆われていない被加工面とを有する。樹脂皮膜は、機械研磨やショットブラスト処理等の表面加工に対する耐衝撃性を有しており、マスキング層としての機能を備えている。
【0028】
(2−1)樹脂皮膜の降伏応力
従来、ショットブラスト処理用のマスキング層の構成材料として用いられるインキ組成物には、マスキング層の耐衝撃性を向上させるために、耐衝撃性に優れたゴム系樹脂が添加される。しかしながら、ゴム系樹脂を添加された高粘度のインキ組成物をインクジェット法で塗布することは困難である。これに対して本発明では、インキ組成物をインクジェット法で塗布して形成したマスキング層(樹脂皮膜)であるにもかかわらず、ゴム系樹脂を用いた場合と同等の耐磨耗性および耐衝撃性に優れたマスキング層(樹脂皮膜)を形成することができる。すなわち本発明においては、硬化度と相関性を有する降伏応力に着目し、樹脂皮膜の硬化度を高めることで、降伏応力を所定の値以上とした。それにより、機械研磨やショットブラスト処理等の表面加工が可能な樹脂被覆金属板を実現した。
【0029】
本発明の樹脂被覆金属板を構成する樹脂皮膜の降伏応力は20MPa以上であり、好ましくは40MPa以上、さらに好ましくは60MPa以上である。樹脂皮膜の降伏応力を20MPa以上とすることで、機械研磨やショットブラスト処理等の表面加工に対する耐衝撃性が発揮される。樹脂皮膜の降伏応力の上限について特に限定されないが、実質的には100MPa以下であればよい。なお、樹脂皮膜の降伏応力は、例えば、インキ組成物に含まれる重合性モノマーの種類や組成比、光重合開始剤の種類や組成比、あるいは活性エネルギー線の照射条件(積算光量等)を調整することにより調整することができる。
【0030】
樹脂皮膜の降伏応力は、球形ナノインデンテーション法によって、金属板から樹脂皮膜を剥離することなく測定できる。球形ナノインデンテーション法とは、超微小な荷重で球形圧子を測定対象に押し込み、得られた荷重−変位曲線から、測定対象の最表面微小部層の硬さや弾性率を定量する方法である。ヘルツの接触理論では、接触の平均圧力P
mと、複合弾性率E
rとの関係は、以下の式で表される。
【0032】
上記式中、hは押し込み深さを示し、Rは球形圧子の先端極率半径を示す。球形圧子と測定対象との接触面積A
pは「A
p=πRh」と近似することができる。よって、荷重をPとすると、平均圧力P
mは以下の式で表される。すなわち、先端曲率半径Rの球形圧を用いて作成した加重変位曲線に対してフックの法則を適用すれば、P
mを「接触圧力」および(h/R)
0.5を「歪」とする接触圧力−歪曲線に変換することができる。
【0034】
本発明における「降伏応力」とは、バーコビッチ型圧子による球形ナノインデンテーション法により複合弾性率を解析し、解析した複合弾性率から描かれる弾性曲線(接触圧力−歪曲線)から乖離する圧力とする。
【0035】
(2−2)樹脂皮膜の厚さ
樹脂皮膜の厚さ(総膜厚)は5〜80μmであり、好ましくは10〜80μm、さらに好ましくは20〜60μmである。樹脂皮膜の厚さが5μm未満では、耐衝撃性が不十分となり、機械研磨やショットブラスト処理等の表面加工によって剥離しやすくなる。一方、樹脂皮膜の厚さが80μmを超えると、十分な解像度を得ることが困難となり、微細パターニングが困難となる。樹脂皮膜の厚さは、例えば、インクジェット法による印刷回数を調整することで制御することができる。
【0036】
(3)インキ組成物
樹脂皮膜は、インキ組成物を活性エネルギー線で硬化させた硬化物である。インキ組成物は、活性エネルギー線により重合可能な重合性モノマーと、光重合開始剤とを含む。そして、重合性モノマーの0.5〜13質量%は分子内にリン酸エステル基とエチレン性二重結合基を有する重合性リン酸エステル化合物であり、重合性モノマーの10〜75質量%は分子内に1個のエチレン性二重結合基を有し、リン酸エステル基を有さない単官能性モノマーである。
【0037】
(3−1)重合性リン酸エステル化合物
重合性リン酸エステル化合物は、分子内にリン酸エステル基とエチレン性二重結合基を有する化合物である。リン酸エステル基を有する化合物は、カルボキシル基を有する化合物に比べて金属密着性を向上させやすい。そのため、少量の重合性リン酸エステル化合物を含むインキ組成物であっても、十分な金属密着性を有する。少量の重合性リン酸エステル化合物を含むインキ組成物は、粘度も過剰には高まらないので、インクジェットで安定して吐出塗布されるという利点を有する。
【0038】
リン酸エステル基とは、下記式(a1)〜(a3)のいずれかで表される基をいう。リン酸エステル基としては、式(a2)または式(a3)で表される基、いわゆる酸性リン酸エステル基が好ましい。これらの基は、リン酸基を有するため、金属表面に存在する水酸基と縮合反応して、金属との密着性を向上させるからである。式(a3)で表される基を有する化合物を含む組成物は、特に金属との密着性に優れた樹脂皮膜を与える。また、式(a2)で表されるリン酸エステル基を含む組成物は、粘度が極めて低いという利点を有する。よって、リン酸エステル基の構造は、目的とする物性に応じて適宜選択すればよい。
【化5】
【0039】
エチレン性二重結合基とは、炭素と炭素の二重結合を有する基をいう。エチレン性二重結合基は置換基を有していてもよい。エチレン性二重結合基の例には、(メタ)アクリロイル基、ビニル基およびビニリデン基などが含まれる。なかでも入手が容易であることから、エチレン性二重結合基は(メタ)アクリロイル基であることが好ましい。(メタ)アクリロイル基とは、メタアクリロイル基またはアクリロイル基を意味する。よって、重合性リン酸エステル化合物は、分子内に(メタ)アクリロイル基と水酸基とを有する化合物を、リン酸でエステル化して得られる化合物が好ましい。
【0040】
分子内に(メタ)アクリロイル基と水酸基を有する化合物の例には以下のものが含まれる。
2-ヒドロキシメチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、4-ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、1,4-シクロヘキサンジメタノールモノ(メタ)アクリレートなどのヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート。
【0041】
エチレングリコール(メタ)アクリレート、ジエチレングリコール(メタ)アクリレート、トリエチレングリコール(メタ)アクリレート、テトラエチレングリコール(メタ)アクリレート等の(ポリ)エチレングリコール(メタ)アクリレート。
【0042】
なかでも、重合性リン酸エステル化合物は、下記一般式(A1)〜(A4)で表される化合物が好ましい。樹脂皮膜の金属との密着性を高めやすく、かつ入手が容易であるからである。
【化6】
【0043】
式(A1)において、Rは水素原子またはメチル基を表し、R
1は炭素数が1〜4のアルキレン基を表す。Rは、化合物の粘度を低くするためにメチル基であることが好ましい。またR
1は、金属との密着性とアルカリ剥離性のバランスを高めるためエチレン基であることが好ましい。R
1がエチレン基である化合物は、2-(メタ)アクリロイロキシエチルアシッドホスフェートまたはリン酸2-(メタ)アクリロイロキシエチルとも呼ばれる。
【化7】
【0044】
式(A2)において、Rは独立して水素原子またはメチル基を表し、R
1は独立して炭素数が1〜4のアルキレン基を表す。「独立して」とは、2つ以上のRまたはR
1が、互いに同一であっても異なっていてもよいことをいう。Rは、化合物の粘度を低くするためにメチル基であることが好ましい。またR
1は、化合物の金属との密着性と溶解性を高めるためエチレン基であることが好ましい。R
1がエチレン基である化合物は、ジ{2-(メタ)アクリロイロキシエチル}アシッドホスフェートまたはリン酸ジ2-(メタ)アクリロイロキシエチルとも呼ばれる。
【化8】
【0045】
式(A3)において、Rはそれぞれ独立に水素原子またはメチル基を表し、R
1は炭素数が1〜4のアルキレン基を表し、R
2は炭素数が1〜10のアルキレン基を表す。Rは、化合物の粘度を低くするためにメチル基であることが好ましい。R
1は、化合物と金属との密着性を高めるため、エチレン基であることが好ましく、R
2はペンテン基であることが好ましい。
【化9】
【0046】
式(A4)において、Rはそれぞれ独立に水素原子またはメチル基を表し、R
1はそれぞれ独立に炭素数が1〜4のアルキレン基を表し、R
2はそれぞれ独立に炭素数が1〜10のアルキレン基を表す。Rは、化合物の粘度を下げるためにメチル基であることが好ましい。R
1は、化合物の金属との密着性と溶解性のバランスを高めるためエチレン基であることが好ましく、R
2はペンテン基であることが好ましい。
【0047】
インキ組成物に含まれる重合性モノマーのうちの0.5〜13質量%は、重合性リン酸エステル化合物である。重合性リン酸エステル化合物の含有量が0.5質量%未満であると、インキ組成物の硬化物(以下、「硬化膜」ともいう)の金属との密着性が不十分となる。このため、樹脂皮膜の耐衝撃性が低下して、機械研磨やショットブラスト処理等の表面加工によって樹脂皮膜が欠落・剥離しやすく、マスキング層としての機能を維持できなくなる。また、前記含有量が13質量%を超えると、樹脂皮膜の物理的強度(引っかき硬度(鉛筆法))が十分でないだけでなく、インキ組成物の25℃における粘度が50mPa・sを超えて、インクジェット法で吐出できなくなる可能性が高くなる。硬化膜としたときの密着性、物理的強度(引っかき硬度(鉛筆法))に優れ、かつインキの適性粘度範囲を維持できるため、重合性リン酸エステル化合物の前記含有量は、4〜13質量%であることがより好ましい。
【0048】
インキ組成物は重合性リン酸エステル化合物を含有するため、金属板の表面に形成されたインキ組成物の硬化膜は、例えばアルカリ水溶液に浸漬する等の簡易な手法により剥離させることができる。
【0049】
(3−2)多官能性モノマー
インキ組成物は、分子内に2個以上のエチレン性二重結合基を有し、リン酸エステル基を有さない多官能性モノマーを含むことが好ましい。インキ組成物に含まれる重合性モノマーのうちの10〜75質量%が、好ましくは55〜65質量%が多官能性モノマーである。
【0050】
多官能性モノマーの例には、分子内にエチレン性二重結合基を2〜6個含有する化合物が含まれる。中でも、多官能性モノマーとしては、分子内に2個以上の(メタ)アクリロイル基を有する化合物が好ましい。入手が容易であり、かつ活性エネルギー線により重合しやすいからである。インキ組成物が多官能性モノマーを含むと、架橋密度か更に向上し、硬化膜の強度がより向上する。しかし、多官能性モノマーを添加しすぎると架橋密度が高くなりすぎて、硬化膜の硬化収縮により密着性が低下することがある。従って、多官能性モノマーの含有量は硬化膜の物理的強度と光重合開始剤の溶解性確保のバランスから適量設定するのがよい。
【0051】
多官能性モノマーは、公知のものを用いてよい。しかしながら、本発明においては、以下の一般式(B1)または(B2)で表される化合物を用いることが好ましい。
【化10】
【0052】
一般式(B1)において、Rはそれぞれ独立に水素原子またはメチル基を表す。R
10はそれぞれ独立に、炭素数が1〜5のアルキル基を表す。Pはベンゼン環に置換するR
10の数を示し、0〜4の整数である。Xは、単結合、メチレン基、イソプロピリデン基を表し、nとmはそれぞれ0〜6の数を表す。このような化合物は、エチレングリコール変性ビスフェノールの(メタ)アクリレートとして入手が可能である。また、このような化合物はビスフェノールをエチレングリコールで変性したものと、アクリル酸とを反応させて得られる。n+mは3〜5であることが好ましく、4であることがより好ましい。
【化11】
【0053】
一般式(B2)中、Rはそれぞれ独立に水素原子またはメチル基を表し、R
20は炭素数が3〜9のアルキレン基を表す。炭素数が3〜9のアルキレン基としては、ヘキシル基やペンチル基が好ましい。
【0054】
(3−3)単官能性モノマー
インキ組成物は、分子内に1個のエチレン性二重結合基を有し、リン酸エステル基を有さない単官能性モノマーを含む。単官能モノマーの例には、以下の化合物が含まれる。
【0055】
2-フェノキシエチルアクリレート、アクリロイルモルフォリン、N-ビニルカプロラクタム、2-ヒドロキシエチルアクリレート、2-ヒドロキシプロピルアクリレート、4-ヒドロキシブチルアクリレート、イソブチルアクリレート、t-ブチルアクリレート、イソオクチルアクリレート、イソボルニルアクリレート、シクロヘキシルアクリレート、2-メトキシエチルアクリレート、メトキシトリエチレングリコールアクリレート、2-エトキシエチルアクリレート、テトラヒドロフルフリルアクリレート、3-メトキシブチルアクリレート、ベンジルアクリレート、エトキシエチルアクリレート、ブトキシエチルアクリレート、エトキシジエチレングリコールアクリレート、メトキシジプロピレングリコールアクリレート、メチルフェノキシエチルアクリレート、ジプロピレングリコールアクリレート。
【0056】
なかでも、単官能性モノマーとしては、分子内に(メタ)アクリロイル基を含む化合物が好ましい。入手が容易であり、かつ活性エネルギー線により重合しやすいからである。
【0057】
単官能性モノマーは単独で用いてもよく、複数種を併用してもよい。これらの単官能性モノマーを含むインキ組成物は、低い粘性を示し、インクジェットによる安定な吐出が可能である。インキ組成物に含まれる重合性モノマーのうちの10〜75質量%が、単官能性モノマーである。単官能性モノマーの含有量が10重量%に満たないと、得られるインキ組成物の粘度が高くなり、インクジェットでの吐出が困難となる場合がある。前記含有量が75重量%を超えると、硬化膜の物理的強度(引っかき硬度(鉛筆法))が低下することがある。このため、硬化膜の耐衝撃性が低下して、機械研磨やショットブラスト処理等の表面加工によって硬化膜が欠落・剥離しやすく、マスキング層としての機能を維持できなくなる場合がある。
【0058】
(3−4)カルボキシル基含有重合性化合物
インキ組成物は、下記一般式(I)で表されるカルボキシル基含有重合性化合物を、全モノマー中に1〜30質量%含むことが好ましい。
【化12】
【0059】
一般式(I)中、Xは炭素数が1〜3のアルキレン基を表し、Yは炭素数が2または3のアルキレン基を表し、Rは水素原子またはメチル基を表す。
【0060】
一般式(I)で表されるカルボキシル基含有重合性化合物は、金属との密着性、耐エッチング液性、アルカリ剥離性に優れた硬化物を与える。金属との密着性は、カルボキシル基含有重合性化合物のカルボキシル基が、金属表面に存在する水酸基などと反応するために向上すると考えられる。耐エッチング液性は、カルボキシル基含有重合性化合物がエッチング液に対して安定な化学構造を有し、かつ他のモノマーとともに架橋構造を形成し強固な硬化物を与えることにより向上すると考えられる。アルカリ剥離性は、カルボキシル基含有重合性化合物のカルボキシル基またはこれに由来するエステル基が、アルカリにより加水分解されることにより向上すると考えられる。
【0061】
また、カルボキシル基含有重合性化合物は、下記一般式(1)で示すように分子内で会合しやすい。そのため、一般のカルボキシル基を有する化合物のように、他の分子と二量体(下記一般式(2)参照)を形成しにくい。よって、カルボキシル基含有重合性化合物は、硬化物と金属との密着性、耐エッチング液性、およびアルカリ剥離性を十分に向上させるために、インキ組成物に十分な量が添加されても、インキ組成物の粘度が高まりにくい。
【化13】
【化14】
【0062】
式(1)および(2)において、Zは任意の有機基を表し、Xは炭素数が1〜3のアルキレン基を表す。
【0063】
一般式(I)中、Xがメチレン基であると、カルボニル基とカルボキシル基が接近しやすいので、一般式(1)に示す分子内会合が生じやすい。また、Xがエチレン基またはプロピレン基であると、カルボニル基とカルボキシル基の距離はやや離れるものの、アルキレン基中の炭素−炭素結合が回転可能であるため分子内会合が生じやすい。これに対して、Xが炭素数4以上のアルキレン基であると、カルボニル基とカルボキシル基の距離が遠くなりすぎるため、分子内会合が起こりにくくなる。また、Xが1,2-フェニレン基のような芳香族炭化水素基であると、カルボニル基が結合する芳香環上の2つの炭素間の結合が回転できないため、分子内会合が起こりにくくなる。分子内会合が起こりにくい化合物は、前述のとおり、上記式(2)で表されるように他の分子と会合して二量化しやすくなる。
【0064】
炭素数が1〜3のアルキレン基の例には、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、イソプロピレン基およびイソプロピリデン基などが含まれる。なかでも、分子内会合が生じやすいため、Xはメチレン基またはエチレン基が好ましく、特にエチレン基が好ましい。カルボキシル基含有重合性化合物において、Xがメチレン基である化合物はマロン酸エステル化合物、Xがエチレン基である化合物はコハク酸エステル化合物、Xがプロピレン基である化合物はグルタル酸エステル化合物とも呼ばれる。
【0065】
一般式(I)におけるYで表される炭素数が2または3のアルキレン基の例には、エチレン基、プロピレン基、イソプロピレン基、およびイソプロピリデン基などが含まれる。前述のとおり、カルボキシル基は金属表面の水酸基などと結合し、重合性官能基は他の重合性官能基と重合反応する。Yの炭素数が多くなると、重合性官能基とカルボキシル基との間の分子量が大きくなるので、金属との結合部位と、重合部位との距離が長くなり、この間に水分が浸透しやすくなることがある。その結果、Yの炭素数が多くなると、硬化物の耐水性が低下することがある。このためYはエチレン基が好ましい。なお、Rは水素原子またはメチル基である。
【0066】
カルボキシル基含有重合性化合物の具体例には、2-アクリロイロキシエチルコハク酸、2-メタクリロイロキシエチルコハク酸、2-アクリロイロキシプロピルコハク酸、2-アクリロイロキシエチルマロン酸、および2-アクリロイロキシエチルグルタル酸が含まれる。
【0067】
2-アクリロイロキシエチルコハク酸の25℃における粘度は、180mPa・sである。また、2-メタクリロイロキシエチルコハク酸の25℃における粘度は、160mPa・sである。一方、一般式(I)に含まれない重合性化合物である2-アクリロイロキシエチルヘキサヒドロフタル酸の25℃における粘度は、4000mPa・s程度であり、カルボキシル基含有重合性化合物の粘度よりも高い。なお、これらの化合物の粘度は、コーンプレート型粘度計により25℃で測定される。コーンプレート型粘度計は公知のものを用いてよい。測定条件は、せん断速度:230(1/s)、回転数:60rpmとすることが好ましい。
【0068】
カルボキシル基含有重合性化合物は、市販されているものもあるが、合成してもよい。カルボキシル基含有重合性化合物は、例えば、(1)コハク酸等のジカルボン酸とエチレングリコール等のジオールを反応させてモノエステルを得る工程、(2)前工程で得たモノエステルと、アクリル酸またはメタアクリル酸を反応させる工程とで合成されうる。各工程は定法により行えばよい。
【0069】
インキ組成物に含まれる重合性モノマーのうちの1〜30質量%が、好ましくは1〜10質量%がカルボキシル基含有重合性化合物である。
【0070】
(3−5)光重合開始剤
インキ組成物には、光重合開始剤が含まれる。光重合開始剤は、インキ組成物に同じく含まれる重合性モノマーの重合を開始させることが可能な成分であれば、その種類は特に限定されない。ただし、光重合開始剤は、アシルフォスフィンオキサイド系開始剤と、骨格に含まれるフェニル基の数が1つ以下のα-ヒドロキシケトン系開始剤とを含むことが好ましく;アシルフォスフィンオキサイド系開始剤と、骨格に含まれるフェニル基の数が1つ以下のα-ヒドロキシケトン系開始剤とからなることがさらに好ましい。その理由を以下に説明する。
【0071】
α-ヒドロキシケトン系開始剤は、光硬化型のインキ組成物の表面硬化性の向上に寄与する。このため、α-ヒドロキシケトン系開始剤を光重合開始剤として用いると、インキ滴毎の表面硬化性が良好となる。一方、アシルフォスフィンオキサイド系開始剤は、α-ヒドロキシケトン系開始剤に比して長波長側に吸収域を有するので、光硬化型のインキ組成物の内部硬化性の向上に寄与する。このため、アシルフォスフィンオキサイド系開始剤を光重合開始剤として用いると、インキ滴が重なり合って形成される厚膜の内部硬化性が良好となる。
【0072】
また、アシルフォスフィンオキサイド系開始剤およびα-ヒドロキシケトン系開始剤以外の光重合開始剤は、本発明の光重合開始剤として適当でないことが多い。例えば、酸素による重合阻害を改善し、十分なUV硬化性を得るための一般的手段として添加されるアミン系光開始助剤は、重合性リン酸エステル化合物と酸塩基反応し、塩を形成して析出する。このため、アミン系光開始助剤は、重合性リン酸エステル化合物と併用することができない。同様の理由で、α-アミノケトン系開始剤も、重合性リン酸エステル化合物と反応するために使用することができない。これら塩基性の重合開始剤および光開始助剤を使用することができないため、使用できる重合開始剤の種類は大幅に限定される。
【0073】
これに対して、アシルフォスフィンオキサイド系開始剤とα-ヒドロキシケトン系開始剤との併用は、重合性リン酸エステル化合物と塩を形成しないので使用可能である。しかしながら、骨格に含まれるフェニル基の数が2つ以上のα-ヒドロキシケトン系開始剤は、他のインキ成分と相溶し難いため、得られるインキ組成物の粘度が過度に上昇してしまう。更に、骨格に含まれるフェニル基の数が2以上のα-ヒドロキシケトン系開始剤は、骨格に含まれるフェニル基の数が1つ以下のα-ヒドロキシケトン系開始剤に比して、インキ組成物に対する溶解度が低い。このため、インクジェット用のインキ組成物に、骨格に含まれるフェニル基の数が2つ以上のα-ヒドロキシケトン系開始剤を十分量添加することは困難である。
【0074】
そこで本発明においては、アシルフォスフィンオキサイド系開始剤とともに光重合開始剤を構成する成分として、骨格に含まれるフェニル基の数が1つ以下のα-ヒドロキシケトン系開始剤を用いる。骨格に含まれるフェニル基の数が2以上のα-ヒドロキシケトン系開始剤ではなく、骨格に含まれるフェニル基の数が1つ以下のα-ヒドロキシケトン系開始剤を用いることで、十分量の重合性リン酸エステル化合物を添加した場合であっても、過度に粘度が上昇することなく、インクジェット用として吐出可能な適度な粘度を有するインキ組成物とすることができる。インキ組成物には、骨格に含まれるフェニル基の数が2以上のα-ヒドロキシケトン系開始剤が実質的に含まれないことが好ましい。
【0075】
アシルフォスフィンオキサイド系開始剤の例には、以下の化合物が含まれる。
ビス(2,4,6-トリメチルベンジル)-フェニルフォスフィンオキサイド(BASF社製、商品名「イルガキュア819」)、2,4,6-トリメチルベンゾイル-ジフェニルフォスフィンオキサイド(BASF社製、商品名「ダロキュア TPO」)。
【0076】
また、骨格に含まれるフェニル基の数が1つ以下であるα-ヒドロキシケトン系光重合開始剤の例には、以下の化合物が含まれる。
2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン(BASF社製、商品名「ダロキュア1173」)、4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル-(2-ヒドロキシ-2-プロピル)ケトン(BASF社製、商品名「イルガキュア2959」)、1-ヒドロキシシクロヘキシル-フェニルケトン(BASF社製、商品名「イルガキュア184」)。
【0077】
光重合開始剤の添加量は、インキ組成物に対して1.0〜20.0質量%とすることが好ましく、10.0〜17.0質量%とすることが更に好ましい。光重合開始剤の添加量が1.0質量%未満であると、インキ組成物が十分に硬化しなくなる傾向にある。一方、光重合開始剤の添加量が20.0質量%を超えると、インキ組成物の粘度が過度に上昇する傾向があり、インクジェットヘッドからの吐出が困難になる場合がある。
【0078】
アシルフォスフィンオキサイド系開始剤(A)と、骨格に含まれるフェニル基の数が1つ以下であるα-ヒドロキシケトン系光重合開始剤(B)との含有質量比は、(A)/(B)=2/1〜1/3とすることが好ましく、(A)/(B)=1/1〜1/2とすることが更に好ましい。これらに成分の含有質量比を上記の範囲とすることで、インキ組成物の表面硬化性と内部硬化性とを両立することができる。
【0079】
(3−6)その他の添加物
更に、インキ組成物は、必要に応じて、上記以外の化合物であって他の成分と反応しない化合物、樹脂、無機充填剤、有機充填剤、カップリング剤、粘着付与剤、消泡剤、レベリング剤、可塑剤、酸化防止剤、重合禁止剤、紫外線吸収剤、難燃剤、顔料、または染料などを適宜併用することもできる。
【0080】
インキ組成物は、着色する必要は特にないが、ピンホールチェック等の印字品質の確認のために着色してもよい。その場合に使用できる着色顔料は特に限定されない。
【0081】
インキ組成物は、実質的に溶剤を必要としないが、例えば、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトンや、酢酸エチル、酢酸ブチル等の酢酸エステルや、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素や、エチレングリコールモノアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテル、ブチルアルコール等のアルコールや、その他一般によく用いられる有機溶剤を含んでいてもよい。
【0082】
(3−7)粘度
インキ組成物の25℃での粘度は、3〜50mPa・sであることが好ましい。更に、インキ組成物は、一般にインクジェットでの吐出温度とされる25〜80℃において、粘度が3〜35mPa・sであることが好ましく、7〜20mPa・sであることがより好ましい。前記温度範囲における粘度が前記範囲であるインキ組成物は、吐出安定性に優れる。すなわち、本発明において用いるインキ組成物は、インクジェット法によって金属板上に吐出して印字することが可能である。このため、高精細かつ意匠性の高い、マスキング層として機能する樹脂皮膜(硬化膜)を金属板の表面に形成することができる。
【0083】
インキ組成物の25℃での粘度が3mPa・s未満であると、10〜50kHzの高周波数のピエゾ型インクジェットヘッドにおいて吐出の追随性の低下が認められることがある。25℃での粘度が、50mPa・sを超えると、加熱装置をインクジェットのヘッドに配置したとしても、吐出が不安定となることがある。インキ組成物の粘度は、主に、重合性リン酸エステル化合物の含有量により調整されうる。粘度は、コーンプレート型粘度計により測定されることが好ましい。
【0084】
(3−8)表面張力
インキ組成物の表面張力は、20〜40mN/mであることが好ましい。表面張力は、インクジェットヘッドからの吐出性と、金属板にパターンを描画するときの解像度に影響する。表面張力が前記範囲にあるインキ組成物は、吐出性と前記解像度に優れる。表面張力は、各種の界面活性剤を添加する等、公知の方法により調整される。表面張力は、公知の方法、例えば、懸滴法やリング法により測定してよいが、プレート法にて測定することが好ましい。例えば、表面張力は、協和界面科学社製の商品名「CBVP−Z型」等を用いて測定できる。
【0085】
(3−9)インキ組成物の製造方法
インキ組成物は、混合機、分散機、撹拌機を用いて各成分を分散または溶解して製造される。撹拌混合機としては、プロペラ型撹拌機、ディゾルバー、ホモミキサー、ボールミル、サンドミル、超音波分散機、ニーダーおよびラインミキサーなどが使用できる。分散機としては、プロペラ型撹拌機、ピストン型高圧乳化機、ホモミキサー、超音波式乳化分散機、加圧ノズル式乳化機、高速回転高せん断型撹拌分散機、コロイドミル、メディア型分散機などが使用できる。メディア型分散機とは、ガラスビーズおよびスチールボール等の媒体を使用して粉砕・分散を行う装置である。その例には、サンドグラインダー、アジテーターミル、ボールミルおよびアトライターなどが含まれる。これらの分散機は2種以上を組み合わせて用いてもよい。また撹拌混合機を組み合わせて使用することもできる。インキ組成物は、孔径3μm以下、好ましくは1μm以下のフィルターにて濾過されうる。
【0086】
2.樹脂被覆金属板の製造方法
上述のインキ組成物を用いることにより、金属板が樹脂皮膜によって部分的に被覆された本発明の樹脂被覆金属板を製造することができる。樹脂被覆金属板は、本発明の効果を損なわない限り任意に製造してよいが、以下好ましい方法を説明する。樹脂被覆金属板は、(a)インキ組成物をインクジェット法により金属板にパターニング塗布する工程と、(b)前記インキ組成物のパターニング塗布物を、活性エネルギー線照射により硬化させる工程とを含む方法で製造されることが好ましい。
【0087】
(a)工程では、通常のインクジェット記録装置を用いて、金属板の表面にインキ組成物が吐出塗布される。インクジェット記録装置は、インキ組成物供給手段、温度センサー、活性エネルギー線照射手段を含むことが好ましい。インキ組成物供給手段は、インキ組成物を充填するための元タンク、供給配管、インクジェットヘッドの手前に配置されたインク供給タンク、フィルター、およびピエゾ型のインクジェットヘッドを含むことが好ましい。ピエゾ型のインクジェットヘッドは1〜100plのマルチドットが好ましい。解像度は320×320〜4000×4000dpiが好ましい。dpiとは2.54cm当たりのドット数である。
【0088】
インキ組成物の吐出は、インクジェットヘッド内のインキ組成物を35〜100℃に加熱しながら行うことが好ましい。インクジェット法による印刷の画質は、温度変化によるインキ組成物の粘度の変化に影響を受ける。そのため、インキ組成物の温度を上げながらその温度を一定に保つことが好ましい。インキ組成物の温度の制御幅は、設定温度に対して±5℃であることが好ましく、±2℃であることがより好ましく、±1℃であることがさらに好ましい。
【0089】
インクジェット法による印刷では、通常、同一箇所にインキ滴を重畳的に吐出塗布する。この場合、インキ滴の吐出毎に活性エネルギー線を照射し、各インキ滴を硬化させる(プレベークする)ことが好ましい。これにより、プレベークされたインキ組成物が重ね合わされて、厚みのある硬化膜を形成することができる。
【0090】
活性エネルギー線は、インキ滴が金属板に付着してから0.01〜2.0秒後までに照射されることが好ましく、0.01〜1.0秒後までに照射されることがより好ましい。照射タイミングを早くすることで、高精細な画像を形成できる。また、硬化に有効な波長域における最高照度が500〜6000mW/cm
2の活性エネルギー線を用いることが好ましい。
【0091】
(b)工程では、インクジェット法で塗布された塗布膜に活性エネルギー線を照射して、インキ組成物を硬化させる(本ベークする)。これにより、インキ組成物からなる塗布膜の内部まで硬化させる。活性エネルギー線とは、赤外線、可視光線、紫外線、X線、電子線、アルファ線、ベータ線、ガンマ線等をいう。活性エネルギー線源の好ましい例には、水銀ランプ、低圧水銀ランプ、各種メタルハライドランプ、低圧・固体レーザー、キセノンフラッシュランプ、ブラックライト、殺菌灯、冷陰極管、発光ダイオード(LED)およびレーザーダイオード(LD)が含まれる。
【0092】
好ましい活性エネルギー線源は、波長380〜450nmの光を強く発光する鉛系メタルハライドランプ、鉄系メタルハライドランプまたはガリウム系メタルハライドランプである。波長400〜430nmの光を強く発光するガリウム系メタルハライドランプは、硬化膜(樹脂皮膜)の内部硬化性が良好となるため特に好ましい。また、GaN系の紫外LED、紫外LDは水銀を使用しないため、環境保護の観点から好ましい。紫外LEDは小型、高寿命、高効率、かつ低コストであり、光硬化型インクジェット用光源として期待されている。
【0093】
好ましい活性エネルギー線は、硬化に有効な波長域における最高照度が500〜6000mW/cm
2であることが好ましい。
【0094】
図2は、UV照射装置の一例を示す模式図である。
図2に示すように、UV照射装置20は、UVランプ12と、UVランプ12の照射方向の反対側を覆う反射板16とを備える。(b)工程においては、上記(a)工程において形成されたインキ組成物からなる塗布膜24の内部まで硬化させる。そのために、塗布膜24が形成された金属板をコンベア30に載置し、1〜50m/分の速度で金属板を搬送しながら塗布膜24に対してUV光18を照射することが好ましい。また、UV光18を繰り返し照射し、積算光量を好ましくは800〜20000mJ/cm
2、さらに好ましくは2000〜18000mJ/cm
2とすることで、形成される硬化膜(樹脂皮膜)の降伏応力を所定の数値以上とすることができる。積算光量は、測定波長域340〜490nm、測定波長中心420nmの紫外線照度計・光量計(オーク製作所製 商品名:UV351―42)を使用して測定される。
【0095】
本発明におけるインキ組成物には、インキ塗布物の表面硬化性の向上に寄与するα-ヒドロキシケトン系開始剤と、内部硬化性の向上に寄与するアシルフォスフィンオキサイド系開始剤との二種類の光重合開始剤を含有する。このため、(a)工程において吐出されたインキ滴の表面を硬化させながら厚い塗布膜を形成するとともに、(b)工程において形成された塗布膜の内部を十分に硬化させることができる。
【0096】
(b)工程の後に、必要に応じて硬化膜(樹脂皮膜)に熱処理を施してもよい。硬化膜(樹脂皮膜)の内部応力緩和等の効果により密着性が向上する場合がある。
【0097】
3.金属化粧板の製造方法
本発明の樹脂被覆金属板を使用すれば、表面加工が施された加工面と、表面加工が施されていない非加工面と、を同一表面に有する金属化粧板を製造することができる。金属化粧板は、(1)上述の樹脂被覆金属板の、樹脂皮膜に被覆されていない前記金属板の表面を加工する工程と、(2)樹脂皮膜を金属板から除去する工程と、を含む方法で製造されることが好ましい。
【0098】
前述の通り、樹脂被覆金属板を構成する金属板の表面は、樹脂皮膜に覆われた非被加工面と、樹脂皮膜に覆われていない被加工面とを有する。(1)工程では、金属板の表面のうち、樹脂皮膜に覆われていない被加工面を加工する。被加工面を加工する方法の例には、機械研磨およびブラスト処理が含まれる。複数の加工方法を組み合わせてもよい。
【0099】
機械研磨の具体例としては、ヘアライン研磨およびバイブレーション研磨を上げることができる。ヘアライン研磨は、金属板の表面に研磨材を一方向または往復して擦り当てることにより、長く連続した研磨目を金属板の表面に形成する研磨方法である。研磨材としては、不織布パッド、布、フェルト、皮などに研磨剤を塗布したバフなどを用いることができる。
【0100】
バイブレーション研磨(多軸水平研磨)は、金属板の表面に研磨材をランダムな方向に繰り返し擦り当てることにより、方向性のない無数の螺施状の研磨目を金属板の表面に形成する研磨方法である。研磨材としては、ヘアライン研磨において用いられるものと同様のものを用いることができる。
【0101】
ブラスト処理の具体例としては、金属板の表面にショット材(砥粒)を吹きつけることで、金属板の表面を研磨して凹凸を形成するショットブラスト処理を挙げることができる。ショット材として、ガラスビーズ、スチールショット、スチールグリッド、カットワイヤ、けい砂、アルミナなどを用いることができる。
【0102】
(2)工程では、金属板の被加工面を加工した後、マスキング層として機能していた樹脂皮膜を除去する。樹脂皮膜を除去することにより、所望とする表面加工が施された加工面(意匠面)と、表面加工が施されていない非加工面(光沢面)と、を同一平面に有する金属化粧板を得ることができる。
【0103】
樹脂皮膜を除去する方法は特に限定されず、機械的に剥離することも可能である。ただし、本発明の樹脂被覆金属板の樹脂皮膜はアルカリ可溶性であることから、アルカリ水溶液を用いて溶解または剥離させることが、簡便かつ大量に処理することができるために好ましい。アルカリ水溶液に含まれるアルカリ成分としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどを用いることができる。アルカリ水溶液のpHは、通常14程度である。また、アルカリ水溶液の温度は、通常30〜80℃程度であればよい。
【実施例】
【0104】
以下の重合性モノマー、および光重合開始剤を準備した。
[式(A1)の化合物]
2-メタアクリロイロキシエチルアシッドホスフェート(共栄社化学社製、商品名「ライトエステルP−1M」)
[式(A2)の化合物]
ジ(2-メタアクリロイロキシエチル)アシッドホスフェート(共栄社化学社製、商品名「ライトエステルP−2M」)
【0105】
[多官能性モノマー]
トリプロピレングリコールジアクリレート(東亜合成社製、商品名「アニロックスM−220」)
EO変性ビスフェノールAジアクリレートn+m≒4(共栄社化学社製、商品名「ライトアクリレートBP−4EA」、エチレンオキサイドユニットの繰り返し数n+mが約4のジアクリレート)
【0106】
[単官能性モノマー]
ドデシルアクリレート(共栄社化学社製、商品名「ライトアクリレートL−A」)
【0107】
[α-ヒドロキシケトン系開始剤]
1-ヒドロキシシクロヘキシル-フェニルケトン(BASF社製、商品名「イルガキュア184」)
2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン(BASF社製、商品名「ダロキュア1173」)
【0108】
[アシルフォスフィンオキサイド系開始剤]
ビス(2,4,6-トリメチルベンジル)-フェニルフォスフィンオキサイド(BASF社製、商品名「イルガキュア819」)
2,4,6-トリメチルベンゾイル-ジフェニルフォスフィンオキサイド(BASF社製、商品名「ダロキュア TPO」)
【0109】
[実施例1]
7.0質量部のジ(2-メタアクリロイロキシエチル)アシッドホスフェートと、28.0質量部のEO変性ビスフェノールAジアクリレートn+m≒4と、32.0質量部のトリプロピレングリコールジアクリレートと、24.0質量部のドデシルアクリレートとをホモミキサーに入れて、遮光下、ドライエア雰囲気中35℃に加温しながら1時間撹拌して混合物を得た。
【0110】
得られた分散物に、光重合開始剤である4.5質量部の「イルガキュア184」と4.5質量部の「イルガキュア819」を添加し、光重合開始剤が溶解するまで穏やかに撹拌して混合物を得た。得られた混合物を孔径2μmのメンブランフィルターで加圧濾過してインキ組成物を得た。得られたインキ組成物の25℃における粘度を、東機産業社製のコーンプレート型粘度計(商品名「TVE−22L」)を用いて測定した。
【0111】
得られたインキ組成物を、ピエゾ型インクジェットヘッドを1個搭載したインクジェットプリンタを使用して、0.5mm厚みのSUS304 BAの表面に吐出して、1cm×1cmのベタ塗り画像を0.5cm間隔で複数描画(印刷)した。搭載したインクジェットヘッドは、商品名「KM512SH、コニカミノルタIJ社製」(液滴体積:4pl)、または商品名「KM1024SH、コニカミノルタIJ社製」(液滴体積:6pl))とした。
吐出中の金属板の搬送速度を555mm/secとした。
【0112】
インクジェットヘッドから吐出されたインキ滴に、金属板に着弾してから約0.4秒後にUVを照射した。インクジェットによる描画は8パス印刷で行い、UV照射装置は画像上を8往復した。照射は、以下の2つのいずれかの光源を搭載したノードソン社製のUV照射装置(商品名「CoorArc」)を使用した。
1)ガリウム系メタルハライドランプ(ノードソン社製、商品名「UV Star Gallium Lamp」、240W/cm)
2)高圧水銀ランプ(ノードソン社製、商品名「UV Star Marcury Lamp」、240W/cm)
【0113】
次に、得られた印刷物に、アイグラフィックス社製のコンベア式UV照射装置(商品名「ECS−301」)を使用してUVを照射して、樹脂被覆金属板を得た。UV照射装置には、ガリウム系メタルハライドランプ(アイグラフィックス社製のハイパワーメタルハライドランプ、型式「MA03―L31」、120W/cm)を搭載した。ランプの出力は100%とした。コンベアスピードを5m/mimとした。コンベアによる走査を10回繰り返して、照射を10回行った。
【0114】
その後、雰囲気温度170℃のオーブン中で3分間熱処理した。
【0115】
このようにして得られた樹脂被覆金属板を次のように評価した。
【0116】
(1)樹脂皮膜(硬化膜)の降伏応力
樹脂皮膜の降伏応力は、球形ナノインデンテーション法によって測定した。具体的には、
図3に示すように、バーコビッチ型の球形圧子32の先端を樹脂皮膜14に押し込む。このとき、ヘルツの接触理論では、接触の平均圧力P
mと、複合弾性率E
rとの関係は、以下の式で表される。
【数3】
【0117】
上記式中、hは押し込み深さを示し、Rは球形圧子の先端極率半径を示す。球形圧子と測定対象との接触面積A
pは「A
p=πRh」と近似することができる。よって、荷重をPとすると、平均圧力P
mは以下の式で表される。すなわち、先端曲率半径Rの球形圧を用いて作成した加重変位曲線に対してフックの法則を適用すれば、P
mを「接触圧力」および(h/R)
0.5を「歪」とする接触圧力−歪曲線に変換することができる。そして、得られた接触圧力−歪曲線から乖離する圧力を「降伏応力(MPa)」とした。
【数4】
【0118】
降伏応力の詳細な測定条件は以下の通りである。
・測定装置:Agilent Technologies社製、「Nano Indenter XP/DCM」
・解析ソフト:Agilent Technologies社製、「Test Works4」
・測定項目:硬さおよびヤング率
・インデンターヘッド:XP
・圧子:球状圧子(曲率半径R(実測値):6.5μm)
・測定モード:Basic(負荷−除荷法)
・最大負荷荷重:0.02gf
・負荷時間:50秒
・荷重保持時間:1秒
・除荷時間:5秒
・n数:20回
・測定点間隔:100μm
・測定温度:室温(23℃、空調装置を使用)
【0119】
(2)碁盤目密着性
金属板上の硬化膜に、JIS G3320に準じて碁盤目状の切り込みを入れた。次に、硬化膜の上に、粘着テープを貼付し、引き剥がすことによって、硬化膜の剥離状況を観察した。碁盤目100個当りの剥離がない碁盤目の個数により、硬化膜の密着性を評価した。50/100以上で実用可能である。
【0120】
(3)引っかき硬度(鉛筆法)
JIS K5600−5−4に準じて、鉛筆を使用して金属板上の硬化膜が凝集破壊(硬化膜が取れたひっかき傷又は破壊)する鉛筆硬度により引っかき硬度を評価した。引っかき硬度3H以上で実用可能と評価することができる。
【0121】
(4)ヘアライン研磨処理
粒度320番の不織布パッド(住友3M社製、商品名「スコッチブライト♯320」)を、樹脂被覆金属板の表面に載置し、圧力80g/cm
2、移動速度10m/min、送りピッチ25mmで操作することにより、乾式のヘアライン研磨処理を行った。ヘアライン研磨処理後の樹脂被覆金属板を、60℃の4.0質量%水酸化ナトリウム水溶液に12時間浸漬して硬化膜を剥離した。金属板の表面を目視観察し、以下の基準に従ってヘアライン研磨処理に対する適応性について評価した。
○:研磨による傷およびヘコミが認められなかった。
×:研磨による傷またはヘコミが認められた。
【0122】
(5)バイブレーション研磨処理
樹脂被覆金属板10にバイブレーション研磨処理を行った。バイブレーション研磨処理は、主軸40と、その回転軸42が主軸40に対して偏心位置となるように取り付けられたモーター44と、モーター44に取り付けられた円盤状のスポンジ46と、スポンジ46の表面に取り付けられた円盤状の不織布パッド48とを備えたバイブレーション研磨装置50(
図4参照)を使用して行った。
図4において、符号2は金属板を示し、符号4は樹脂皮膜を示す。不織布パッド48には、住友3M社製の商品名「スコッチブライト♯180」(粒度180番)を使用した。
【0123】
バイブレーション研磨処理は、圧力20g/cm
2、主軸回転数1000rpm、主軸移動速度10m/min、送りピッチ50mmとし、2回走査した。バイブレーション研磨処理後の樹脂被覆金属板を、60℃の4.0質量%水酸化ナトリウム水溶液に12時間浸漬して硬化膜を剥離した。金属板の表面を目視観察し、以下の基準に従ってバイブレーション研磨処理に対する適応性について評価した。
○:研磨による傷およびヘコミが認められなかった。
×:研磨による傷またはヘコミが認められた。
【0124】
(6)ショットブラスト処理
樹脂被覆金属板を、0.5m/minの移動速度で運転するベルトコンベアー上に載置し、上方からブレード回転数4500rpmの条件でショット材(平均粒径300〜400μmのガラスビーズ(#46、東芝バロティーニ社製))を18秒間吹き付けるブラストショット処理をインペラー方式で行った。ショットブラスト処理後の樹脂被覆金属板を、60℃の4.0質量%水酸化ナトリウム水溶液に12時間浸漬して硬化膜を剥離した。金属板の表面を目視観察し、以下の基準に従ってショットブラスト処理に対する適応性について評価した。
○:ショットブラストによる傷およびヘコミが認められなかった。
×:ショットブラストによる傷またはヘコミが認められた。
【0125】
[実施例2〜18]
表1に示す通りのモノマーと光重合開始剤を用いて、実施例1と同様にしてインキ組成物を得た。得られたインキ組成物を用いて、実施例1と同様にして樹脂被覆金属板を作製した。形成された硬化膜の膜厚は、インクジェットヘッドの種類、印刷回数および解像度を適宜変更することにより調整した。そして、各樹脂被覆金属板を評価した。結果を表1および2に示す。
【0126】
【表1】
【0127】
【表2】
【0128】
[比較例1〜4]
表3に示す通りのモノマーと光重合開始剤を用いて、実施例1と同様にしてインキ組成物を得た。得られたインキ組成物を用いて、実施例1と同様にして樹脂被覆金属板を作製し、評価した。結果を表3に示す。比較例2で得たインキ組成物は粘度が高すぎたためにインクジェットヘッドから吐出することができず、硬化膜を形成することができなかった。このため、比較例2については各種評価を行うことができなかった。
【0129】
【表3】
【0130】
表1および表2に示す結果から、実施例1〜18の樹脂被覆金属板の硬化膜(樹脂皮膜)は、金属板との碁盤目密着性がよく、および引っかき硬度(鉛筆法)が高いことが明らかである。また、実施例1〜18の樹脂被覆金属板を用いれば、樹脂皮膜で被覆された金属板の表面を傷付けることなく、所望とする加工面のみを表面加工可能であることが分かる。
【0131】
これに対して、表3に示すように、比較例1、3および4の樹脂被覆金属板は、いずれも樹脂皮膜で被覆された金属板の表面に傷が付いた。これにより、比較例1、3および4の樹脂被覆金属板は、表面加工用の樹脂被覆金属板として適切でないことが分かる。
【0132】
[参考実験]
参考実験として、UV源の種類と、照射したUV光の積算光量と、形成される樹脂皮膜の降伏応力との関係を調べた。
【0133】
実施例6で調製したインキ組成物を、インクジェット法で0.5mm厚みのSUS304 BAの表面に吐出して、厚さ38μmの塗布膜を形成した。ガリウム系メタルハライドランプ(120W/cm)または高圧水銀ランプ(120W/cm)をUVランプ12(UV源)として搭載したUV照射装置20(
図2参照)で、塗布膜24にUV光18を照射し、塗布膜24を硬化させて樹脂皮膜とした。コンベア30の速度を5m/minとし、繰り返しUV光を照射することで積算光量を調整した。積算光量は、測定波長域340〜490nm、波長中心420nmの紫外線照度計・光量計(オーク製作所製 商品名:UV351―42)を使用して測定した。
【0134】
形成された樹脂皮膜について、前述の「(1)樹脂皮膜(硬化膜)の降伏応力」の測定方法にしたがって接触圧力−歪曲線を作成し、降伏圧力を算出した。
図1は、接触圧力−歪曲線を示すグラフである。
【0135】
図1に示すように、UV源としてガリウム系メタルハライドランプを使用して硬化させた樹脂皮膜の接触圧力−歪曲線((1)〜(4))によれば、積算光量の増加にしたがって降伏応力も増大していることが分かる。これに対して、UV源として高圧水銀ランプを使用して硬化させた樹脂皮膜の接触圧力−歪曲線((5))によれば、降伏応力が所望とする20MPa以上にまで到達せず、弾性変形による圧力増加が認められなかった。以上より、インキ組成物を降下させるために照射する活性エネルギー線源としては、400〜430nmに強い発光があるガリウム系メタルハライドランプを用いることが有効であることが明らかである。