特許第5773929号(P5773929)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5773929曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5773929
(24)【登録日】2015年7月10日
(45)【発行日】2015年9月2日
(54)【発明の名称】曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20150813BHJP
   C22C 9/04 20060101ALI20150813BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20150813BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20150813BHJP
   H01L 23/48 20060101ALI20150813BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20150813BHJP
【FI】
   C22C9/06
   C22C9/04
   H01B1/02 A
   H01B5/02 Z
   H01L23/48 V
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 604
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 661A
   !C22F1/00 661Z
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 684A
   !C22F1/00 684C
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 692B
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 694B
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-73986(P2012-73986)
(22)【出願日】2012年3月28日
(65)【公開番号】特開2013-204083(P2013-204083A)
(43)【公開日】2013年10月7日
【審査請求日】2014年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100100974
【弁理士】
【氏名又は名称】香本 薫
(72)【発明者】
【氏名】桂 進也
【審査官】 相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−196042(JP,A)
【文献】 特開2008−266783(JP,A)
【文献】 特開2010−275622(JP,A)
【文献】 特開平11−335756(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/126046(WO,A1)
【文献】 特開2009−242926(JP,A)
【文献】 特開2008−075151(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/104615(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00−9/10
C22F 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni:1.5〜4.0mass%、Ni/Siの質量比が4.0〜5.0となるSi、及びSn:0.01〜1.3mass%含み、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金からなり、平均結晶粒径が5〜20μm、かつ結晶粒径の標準偏差が2σ<10μmを満たし、板面に鉛直方向と圧延方向に平行方向により構成される断面で観察される粒径30〜300nmのNi−Si分散粒子の中で、粒径90〜300nmの粒子の個数の割合が20%以上であることを特徴とする曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板。
【請求項2】
前記断面で観察される粒径30〜300nmのNi−Si分散粒子の中で、粒径120〜300nmの個数の割合が30%以上であることを特徴とする請求項1に記載された曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板。
【請求項3】
平均結晶粒径が10μmを超え、20μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載された曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板。
【請求項4】
前記銅合金が、さらにMg:0.005〜0.2mass%を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載された曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板。
【請求項5】
前記銅合金が、さらにZn:0.01〜5.0mass%を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載された曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板。
【請求項6】
前記銅合金が、さらにMn:0.01〜0.5mass%、Cr:0.001〜0.3mass%の1種又は2種を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載された曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板。
【請求項7】
前記銅合金のS含有量が0.02mass%以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載された曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は端子・コネクタ、リレーなどの電気電子部品、半導体用材料(リードフレーム、放熱板)、電気回路用材料(自動車用ジャンクションブロック、民生用電気部品用回路)等に用いられる電気電子部品用銅合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車分野において環境規制対応、快適性、安全性の追及から、多くの電気電子部品が搭載されるようになり、使用される端子・コネクタやリレー部品等は狭ピッチ化や小型化が要求されている。また、情報通信や民生分野においても同様な要求がある。このため、電気電子部品用銅合金として、より高い0.2%耐力、導電性、曲げ加工性、耐応力緩和特性を有する材料が求められている。
0.2%耐力とは材料が0.2%の塑性変形をするために必要な力であり、0.2%耐力が高いと、接点部に強い力を加えたまま接触を保持することが可能である。また、同一の接触圧力を狭い板幅又は薄い板で得ることが可能である。
【0003】
導電性は電気の通しやすさであり、純銅(IACS)の導電率を100%としたときの比率[%IACS]で表される。導電率は体積抵抗率[μΩ・cm]と反比例の関係にある。導電率が高い場合は体積抵抗率が低くなり、通電した時のジュール発熱を抑えることができる。
曲げ加工性は、割れの発生しない最小曲げ半径Rと板厚tの比[R/t]で評価される。曲げ加工性の良好な材料は品質の安定に寄与する他、プレス加工の設計自由度を向上させる。従来、厳しい曲げ加工は圧延方向に直角の曲げ線(G.W.)で行われていたが、設計手法の多様化により圧延方向に平行の曲げ線(B.W.)で行われるケースも多くなっている。
【0004】
耐応力緩和特性とは、高温環境下で接触圧力が経時的に低下する現象、すなわち応力緩和に対する耐久性である。耐応力緩和特性は所定の負荷応力、温度、時間に保持した後の応力緩和率又は残存応力を[%]で示す。耐応力緩和特性が良好な材料は、例えば自動車のエンジンルーム近傍においても使用可能となり、電子機器の設計自由度及び信頼性の向上に大きく寄与する。
【0005】
Cu−Ni−Si系銅合金は、これらの特性を兼備するものであり、現在、電気電子部品用銅合金板として広く用いられている。Cu−Ni−Si系合金は、過飽和固溶体からNi−Si化合物を時効析出させ、0.2%耐力及び導電性を高めた合金である。Cu−Ni−Si系合金に対し溶体化処理と呼ばれる高温短時間熱処理を行うと、再結晶粒組織を形成することが可能である。再結晶粒組織を有する材料は、加工組織を有する材料に比べ曲げ加工性が著しく改善する。
また、Cu−Ni−Si系合金は析出強化型合金であるため、従来の固溶強化型合金と比較して、加工歪みを低くしたまま高い0.2%耐力を得ることが可能である。加工歪みを多く蓄積させると、材料組織内の転位が緩和されやすくなり、耐応力緩和特性が低下する。すなわち、Cu−Ni−Si系合金は耐応力緩和特性に関しても他の合金系と比較して優れている。
【0006】
一方、前述したCu−Ni−Si系合金において、さらに0.2%耐力、導電率、曲げ加工性又は耐応力緩和特性のいずれかの特性を改善すると、他の特性が低下する、いわゆるトレードオフの関係があり、これにより特性改善が妨げられることが多い。特に曲げ加工性と耐応力緩和特性は、結晶粒径が小さいときに曲げ加工性が良好となり、結晶粒径が大きいときに耐応力緩和特性が良好となるため、特に両立が難しい。そのため、従来は、主に曲げ加工性の改善を結晶粒径制御によって行い、耐応力緩和特性の改善を添加元素によって行う手法が用いられてきた。
【0007】
特許文献1〜5には、Cu−Ni−Si系銅合金において、曲げ加工性又は応力緩和特性を改善する手段が開示されている。このうち特許文献1〜3には、Cu−Ni−Si系銅合金の結晶粒径制御による曲げ加工性の改善方法が開示されている。特許文献4には、Cu−Ni−Si系銅合金の添加元素制御による耐応力緩和特性の改善方法が開示されている。特許文献5には、添加元素の制御による耐応力緩和特性の改善と結晶粒径制御による曲げ加工性の改善方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−75152号公報
【特許文献2】特開2008−196042号公報
【特許文献3】特開2008−266783号公報
【特許文献4】特開2007−146293号公報
【特許文献5】特開平11−335756号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1〜5に示されるように、Cu−Ni−Si系合金において、従来の曲げ加工性改善は主として結晶粒径の制御によって行われ、耐応力緩和特性の改善は主として添加元素の制御によって行われている。しかしながら、前記特許文献1〜5には記載されていないが、結晶粒径の制御、具体的には結晶粒径の微細化による曲げ加工性の改善は耐応力緩和特性の低下を伴い、添加元素による耐応力緩和特性の改善には導電性及び曲げ加工性の低下を伴うという問題点がある。また、所望の曲げ加工性及び耐応力緩和特性を得るため、溶体化処理により結晶粒径を所定の寸法に再結晶させるが、目的の結晶粒径によっては処理温度の変化に対して結晶粒が急激に粗大化し、製品の特性にばらつきが発生するという問題がある。
【0010】
従って、本発明は、Cu−Ni−Si系銅合金を用い、曲げ加工性及び耐応力緩和特性が共に優れた電気電子部品用銅合金板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、Cu−Ni−Si系銅合金板について、加工熱処理条件を種々変化させて実験を行った結果、再結晶粒の成長に伴って、曲げ加工で発生する割れの形態が粒内割れから粒界割れへと変化する領域があることを見出した。また、分散粒子の分布状態により溶体化処理温度の変化に対する再結晶粒の寸法変化が異なることを知見し、適正な結晶粒径を安定的に制御することで曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる本発明の銅合金に到達した。
【0012】
本発明に係わる電気電子部品用銅合金板は、Niを1.5〜4.0mass%、Ni/Siの質量比が4.0〜5.0となるSi、Snを0.01〜1.3mass%含み、残部が銅及び不可避不純物からなる銅合金からなり、平均結晶粒径が5〜20μm、かつ結晶粒径の標準偏差が2σ<10μmを満たし、板面に鉛直方向と圧延方向に平行方向により構成される断面で観察される粒径30〜300nmの分散粒子の中で、粒径90〜300nmの粒子の個数の割合が20%以上であることを特徴とし、曲げ加工性及び応力緩和特性に優れている。
【0013】
上記銅合金板は、前記断面で観察される粒径30〜300nmの分散粒子の中で、粒径120〜300nmの粒子の個数の割合が30%以上(前記範囲内で粒径の大きい粒子の割合がより大きい)であることが望ましく、また平均結晶粒径が10μmを超え、20μm以下(前記範囲内で平均結晶粒径がより大きい)であることが望ましい。
上記銅合金は、Ni,Si,Snのほか、必要に応じてMg:0.005〜0.2mass%、Zn:0.01〜5.0mass%の1種又は2種を含有することができる。また、必要に応じて、Mn:0.01〜0.5mass%、Cr:0.001〜0.3mass%の1種又は2種を含有することができる。上記銅合金中のS含有量は、0.02mass%以下であることが望ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、Cu−Ni−Si系銅合金を用い、曲げ加工性及び耐応力緩和特性に優れる電気電子部品用銅合金板を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係るCu−Ni−Si系銅合金板の合金組成、結晶粒の状態、Ni−Si分散粒子の状態、及び製造方法について、具体的に説明する。
[合金組成]
・Ni,Si
Ni,Siは、Cu−Ni−Si系銅合金板においてNiSiの分散粒子を生成し、合金の機械的特性を向上させる元素である。Ni添加量は1.5〜4.0mass%、Si添加量はNi/Si質量比が4.0〜5.0となるようにNi添加量に対応した量を添加する。Ni添加量が1.5mass%より少ないと、機械的特性が低下する。Ni添加量が4.0mass%を超えると、鋳造時にNi又はSiが晶出又は析出し、熱間加工性が低下する。Ni/Si質量比が4.0未満又は5.0を超えると、過剰となったNi又はSiが固溶することにより導電性が低下する。Ni添加量は望ましくは1.7〜3.6mass%、さらに望ましくは1.7〜3.4mass%、さらに望ましくは1.7〜2.8mass%である。
【0016】
・Sn
Snは、銅合金の組織中に固溶することによって、その機械的特性及び耐応力緩和特性を向上させる。そのためには0.01mass%以上添加する必要がある。一方、添加量が1.3mass%を超えると導電率及び曲げ加工性が低下する。従って、Sn添加量は0.01〜1.3mass%とする。望ましくは0.01〜0.6mass%、さらに望ましくは0.01〜0.3mass%である。
【0017】
・Mg
Mgは、銅合金の組織中に固溶することによって、その機械的特性及び耐応力緩和特性を向上させる。そのためには0.005mass%以上の添加が必要である。一方、添加量が0.2mass%を超えると曲げ加工性及び導電率が低下する。従ってMgの添加量は0.005〜0.2mass%とする。望ましくは0.005〜0.15mass%、さらに望ましくは0.005〜0.05mass%である。
【0018】
・Zn
Znは銅合金のSnめっき剥離性を向上させる。そのためには0.01mass%以上の添加が必要である。一方、5mass%を超えると導電率が低下する。従ってZnの添加量は0.01〜5mass%とする。望ましくは0.01〜2mass%、さらに望ましくは0.01〜1.2mass%である。
【0019】
・Cr
Crは銅合金の熱間加工性を向上させる。そのためには0.001mass%以上の添加が必要である。一方、0.3mass%を超えると晶出物を生成して曲げ加工性が低下する。従ってCrの添加量は0.001〜0.3mass%とする。望ましくは0.001〜0.1mass%である。
・Mn
Mnも銅合金の熱間加工性を向上させる。そのためには0.01mass%以上の添加が必要である。一方、0.5mass%を超えると導電率が低下する。従ってMnの添加量は0.01〜0.5mass%とする。望ましくは0.01〜0.3mass%である。
【0020】
・S
Sは、他の固溶元素と化合物を形成することで、耐応力緩和特性及び曲げ加工性を低下させる。そのため不可避不純物としてのS含有量は0.02mass%以下とすることが望ましく、さらに望ましくは0.01mass%、さらに望ましくは0.005mass%以下、さらに望ましくは0.002mass%以下とする。
【0021】
[結晶粒の状態]
電気電子部品用銅合金板に要求される曲げ加工性は、一般的に平均結晶粒径が小さいほど良好となる。これは、結晶粒径が大きくなるほど粒界面積が減少し、結晶粒界に固溶元素の偏析及び応力集中が生じやすくなるためである。そして応力集中の度合いが一定量を超えると、銅合金の結晶粒界から割れが生じ、粒界割れに至る。一方、結晶粒界への応力集中が低い場合は、結晶粒内にすべりが発生し、厳しい曲げの場合は粒内割れに至る。通常、粒内割れに比べて粒界割れは曲げに対する割れの感受性が強い。
【0022】
具体的に本発明に係るCu−Ni−Si系合金板においては、平均結晶粒径が20μm以下の時、割れ形態が粒内割れであり、平均結晶粒径が20μmを超える時、割れ形態が粒界割れとなる。また、平均結晶粒径が20μm以下であっても部分的に粒径の大きい粒子が存在する場合には粒界割れに至る。そのため平均結晶粒径のばらつき、つまり結晶粒径の標準偏差2σを抑える必要がある。Cu−Ni−Si系合金板において、結晶粒径の標準偏差2σを10未満とすることにより、粒界割れが抑制される。
一方、銅合金板に要求される耐応力緩和特性は、平均結晶粒径を大きくするに従い改善される。電気電子部品用銅合金として良好な耐応力緩和特性を得るには、5μm以上の平均結晶粒径が必要である。
【0023】
このような銅合金板の曲げ加工性及び耐応力緩和特性に対する結晶粒径の影響を考慮すると、銅合金板に前記両特性を兼備させるには、銅合金板の平均結晶粒径は粒界割れを抑制できる範囲内とし、その中で結晶粒径を大きくすることが望ましい。すなわち、平均結晶粒径は5〜20μm、結晶粒径の標準偏差は2σ<10である。平均結晶粒径は望ましくは7〜20μm、さらに望ましくは10μmを超える範囲である。
【0024】
[Ni−Si分散粒子の状態]
本発明者は、溶体化を伴う再結晶処理(後述する製造方法参照)の前にNi−Si粒子の析出処理を行ったCu−Ni−Si系銅合金板について、曲げ加工性及び耐応力緩和特性を調査したところ、これらの特性が目標値を満足する銅合金板は、粒径30〜300nmのNi−Si粒子が多数析出し(概ね50〜500個/100μmの範囲内)、そのうち粒径90nm以上の粒子の個数の割合が20%以上であることが明らかになった。また、曲げ加工性と耐応力緩和特性が特に優れる銅合金板では、30〜300nmのNi−Si分散粒子の中で、粒径120nm以上の粒子の個数の割合が30%以上であった。
粒径30〜300nmのNi−Si分散粒子は、溶体化を伴う再結晶処理において再結晶粒の成長を制御し、かつ溶体化を伴う再結晶処理後に母材中に残存したものである。粒径30〜300nmのNi−Si分散粒子の中で粒径90nm以上の粒子の個数の割合が20%以上、あるいは粒径120nm以上の粒子の個数の割合が30%以上であるとき、溶体化を伴う再結晶処理において、再結晶粒が成長して一定の大きさを超えたとき成長速度が一気に加速する現象が緩和され、再結晶粒の粒径及び標準偏差の制御が容易となる。
【0025】
[製造方法]
本発明組成のCu−Ni−Si系銅合金板において、従来の標準的な製造方法は、溶解・鋳造→均熱処理→熱間圧延→熱間圧延後の急冷→冷間圧延→溶体化を伴う再結晶処理→冷間圧延→時効処理である。また、溶体化を伴う再結晶処理後に時効処理→冷間圧延の順で行う工程も高強度化に有効である。さらに良好なばね性を得るため、最後に低温焼鈍を実施する場合もある。
一方、本発明に係る銅合金板を得るには、溶体化を伴う再結晶処理より前の段階で、Ni−Si分散粒子の析出処理を行う必要がある。具体的には前述の従来の標準的な製造方法の各工程のほか、熱間圧延開始後、再結晶を伴う溶体化処理前の適当な段階で、Ni−Si分散粒子を析出させる析出工程を少なくともひとつ付加すればよい。
なお、溶体化処理後の時効処理において析出した析出物は微細で、一般に粒径が数nm〜20nmであり、一方、晶出物は粗大で一般に粒径が1000nmを超えるものが多い。従って、最終の銅合金板において見られる粒径30〜300nmのNi−Si分散粒子は、全部又は大部分が、溶体化を伴う再結晶処理の前の析出工程で析出させたものである。
【0026】
続いて、前記製造方法の各工程についてより詳細に説明する。
・均熱処理及び熱間圧延
均熱処理は850〜1000℃の温度で0.2〜16時間保持する条件で行い、続いて熱間圧延を行う。
【0027】
・Ni−Si分散粒子の析出処理
析出処理は、例えば、(1)熱間圧延終了を700℃以上で終了後、700℃から200℃までを平均100℃/hr以下の冷却速度で徐冷、(2)熱間圧延終了を700℃以上で終了後水冷(300℃までの冷却速度を400℃/分以上とする)し、溶体化を伴う再結晶処理を行なうまでの間に、500℃超〜700℃、望ましくは550℃超〜700℃、さらに望ましくは600℃超〜700℃の温度で1分〜20時間加熱を行う。いずれにしても、この析出処理により、溶体化を伴う再結晶処理後に残留するNi−Si分散粒子を析出させる。
なお、本発明に係る結晶粒組織、Ni−Si分散状態を達成するには、この析出処理工程においてNi−Si分散粒子が母材中に均一に析出することが望ましく、上記(2)の方法で行う場合、500℃超〜700℃の温度への昇温速度を一定にすることが望ましい。
【0028】
・冷間圧延
この冷間圧延により所定の板厚とされた銅合金板は、その板厚で溶体化を伴う再結晶処理を受ける。溶体化を伴う再結晶処理の板厚は、製品板厚と溶体化を伴う再結晶処理後の冷間圧延の加工率から決められる。この冷間圧延は、前記析出処理の前後に行うこともできる。
【0029】
・溶体化を伴う再結晶処理
溶体化を伴う再結晶処理の目的は、時効処理の前段階としてNi及びSiを固溶させるとともに、曲げ加工性及び耐応力緩和特性が良好となる再結晶組織を形成することである。溶体化を伴う再結晶処理の好適な条件は、銅合金中のNi,Si含有量及び前工程の析出条件に影響される。Ni,Si含有量が少ない場合はより低温に、Ni,Si含有量が多い場合はより高温となる。また、析出条件が長時間のときは高温に、短時間のときは低温になる。具体的には700〜900℃で5〜300秒の保持という条件から選択すればよい。この溶体化を伴う再結晶処理において、析出していたNi−Si分散粒子は、再結晶処理の間ピン止め効果を発揮し、再結晶処理後も残留する。溶体化を伴う再結晶処理の条件が低温又は短時間であるほど、平均結晶粒径が小さくなり曲げ加工性が向上し、逆に高温又は長時間であるほど、Ni及びSiの固溶量が多くなって製品板の強度特性が向上し、かつ平均結晶粒径が大きくなり耐応力緩和特性が向上する。
【0030】
・冷間圧延
溶体化を伴う再結晶処理後の冷間圧延を、加工率10〜50%の条件で行う。この冷間圧延により析出物の核生成サイトが導入される。この冷間圧延の加工率が50%を超えると曲げ加工性が低下する。
・析出処理
析出処理は350〜500℃で30分〜24時間の析出処理を行う。保持温度が350℃未満であるとNiSiの析出が不十分となる。保持温度が500℃を超えると銅合金板の強度が低下し、必要な強度特性を得ることが出来ない。また、保持時間が30分未満ではNiSiの析出が不十分となり、24時間を超えると生産性が阻害される。
【0031】
なお、以上述べた製造方法において、熱延後に冷間圧延と溶体化を伴う再結晶処理を繰り返し行ったり、最終冷間圧延を時効処理後に行ったり、最終工程として低温焼鈍を実施することもできる。時効処理後に冷間圧延を行う場合、その加工率は時効処理前の冷間圧延の加工率と合わせて50%以下とすることが望ましい。
【実施例】
【0032】
表1,2に示すNo.1〜50の組成の銅合金を、クリプトル炉で大気中、木炭被覆下で溶解・鋳造を行った。鋳塊を800〜1000℃×1〜3時間の条件で均熱処理を行い、続いて熱間圧延を700℃以上で終了した。続いてNo.1〜28,33〜48については速やかに水冷し、No.29〜32については平均100℃/hr以下の冷却速度で徐冷し、No.49〜50については500℃まで50℃/分の冷却速度で急冷し、500℃で2時間保持した後室温まで水冷した。これらの処理の結果、厚さ20mmの熱延材を得た。なお、No.33は熱間圧延時に割れが生じたため、熱延材は得られず、以後の工程を中止した。
得られた熱延材の両面を1mmずつ面削して板厚18mmとし、適当な加工率(0%を含む)で冷間圧延した。続いてNo.1〜25,34〜43,47〜48については600℃超〜700℃、No.26〜28については500℃超〜600℃の温度にそれぞれ0.5〜10℃/分で加熱し、5〜20時間の保持を行い、所定時間保持後炉冷し、Ni−Si分散粒子を析出させた。なお、No.29〜32に関しては、熱間圧延後の徐冷によりNi−Si分散粒子を析出させている。No.44〜46に関しては再結晶処理前の析出処理を行わなかった。
【0033】
【表1】
【0034】
【表2】
【0035】
次に板材の酸化膜をエメリー紙で除去した後、冷間圧延を実施し板厚0.3〜0.2mmとした。
続いてNo.1〜32,34〜46,49〜50については700〜900℃の温度で、No.47については700℃未満の温度で、No.48については900℃より高い温度で、いずれも5〜300秒の範囲で保持後水に焼入れて溶体化を伴う再結晶処理を行った。
その後最終冷間加工を行って板厚0.15mmの材料を取得し、続いて430〜480℃×2時間の析出処理を行った。
【0036】
以上の工程で製造されたNo.1〜32,34〜50の銅合金板から試験片を切り出し、引張試験による0.2%耐力測定、導電率測定、W曲げ試験、結晶組織の観察及び測定、分散粒子の観察及び測定、耐応力緩和特性調査を下記の要領で行った。その結果を表3,4に示す。
[引張試験]
圧延方向を長手方向としたJIS5号試験片を用い、JIS Z2241に準拠した引張試験を行い、0.2%耐力を求めた。今回の実施例では0.2%耐力が550N/mm以上で合格とした。
【0037】
[導電率測定]
圧延方向を長手とした幅10mm×長さ300mmの試験片を用い、JIS H0505に示された非鉄金属材料導電率測定法に準拠し、ダブルブリッジ式電気抵抗測定装置により電気抵抗を測定し、平均断面積法により導電率を算出した。今回の実施例では導電率が35%IACS以上で合格とした。
【0038】
[W曲げ試験]
JCBA T307に示されたW曲げ試験に準拠し、L.D.(圧延方向に対して平行)及びT.D.(圧延方向に対して直角)の各方向を長手とする幅10mm×長さ30mmの試験片を用い、曲げ半径R=0.05mmとしてW曲げ試験を行った。W曲げ試験後、冷間埋め込み樹脂を用いて曲げ軸に直角方向の観察面を得た後、2400番手の耐水研磨紙、1μmのダイヤモンドスプレーを塗布したバフにて仕上げ研磨を行った。さらにクロム酸及び塩化第二鉄で結晶粒界を腐食させることによって観察試料を得た。観察試料の曲げ頂点を観察し、割れの有無及び割れ形態をそれぞれ3試料について調査した。割れなしの場合は○(合格)、割れありの場合は×(不合格)と評価した。
【0039】
[平均結晶粒径の測定]
冷間埋め込み樹脂を用いて圧延方向と板厚方向からなる観察面を得た後、2400番手の耐水研磨紙、1μmのダイヤモンドスプレーを塗布したバフにて仕上げ研磨を行った。さらにクロム酸及び塩化第二鉄で結晶粒界を腐食させることによって観察試料を得た。組織観察は光学顕微鏡を用い400倍の倍率で組織写真を取得した。平均結晶粒径の測定は切断法を用い、線分の方向を圧延方向に平行方向とし、1本あたりの長さ250μmの線分を組織写真上に4本引き、それぞれの線分に対して求めた結晶粒度の加算平均を平均結晶粒径とした。
【0040】
[結晶粒径の標準偏差の測定]
TSL社製後方散乱電子回折像システムを搭載した電解放出型走査電子顕微鏡を用い、結晶方位解析法により測定した。測定エリア100×100μmに対して0.4μmステップで電子線を照射し、結晶方位差が15°以上を結晶粒界とみなした。エリア内の各結晶粒の面積を測定し、円相当の各結晶粒径を求めた。測定された結晶粒の数をn、各結晶粒径をDa(a=1,2,3,…,n)としたとき、結晶粒径の標準偏差σを下記式(1)で求めた。
【数1】
【0041】
[分散粒子の観察]
圧延方向と板厚方向からなる断面をイオンミリングにて作製し、電解放出型走査電子顕微鏡を用いて15000倍の倍率で観察を行った。各試料に対して100μmの領域について30〜300nmの分散粒子の数を測定した。また、粒径30〜300nmの分散粒子の中で、粒径とその出現頻度を調査し、粒径90〜300nmの粒子の個数の割合と、粒径120〜300nmの個数の割合を求めた。なお、本発明において、分散粒子の粒径は粒子の長径(最大長さ)を意味する。
【0042】
[応力緩和率測定]
応力緩和率の測定は、日本電子材料工業会標準規格EMAS01011に準拠した片持ち梁方式で行った。試験片は圧延方向直角方向を長手とした幅10mm×長さ60mmの短冊状のものを用いた。
上記試験片を用い、下記(2)式より、負荷応力が0.2%耐力の80%となるようにスパン長さを設定し、試験片をジグに固定した。
【数2】
【0043】
試験片をジグに固定した状態でオーブンにより150℃×1000hr.の加熱を行った。加熱後、試験片から負荷応力を除荷し、除荷後のたわみ変位δ[mm]を測定し、下記式(3)から応力緩和率RS[%]を算出した。今回の実施例では、応力緩和率15%以下を合格とした。
【数3】
【0044】
【表3】
【0045】
【表4】
【0046】
表3,4に示すように、合金組成、平均結晶粒径、結晶粒径の標準偏差、Ni−Si分散粒子の粒径分布が本発明の規定を満たすNo.1〜32は、0.2%耐力、導電率、曲げ加工性、耐応力緩和特性の全てに優れる。なお、No.1〜32において、粒径30〜300nmの分散粒子の数は50〜500個/100μmの範囲内であった。
一方、合金組成が本発明の規定を満たさないNo.33〜43と、平均結晶粒径、結晶粒径の標準偏差、Ni−Si分散粒子の粒径分布のうち、少なくともいずれか1つが本発明の規定を満たさないNo.44〜50は、0.2%耐力、導電率、曲げ加工性、耐応力緩和特性の少なくとも1つの特性が劣る。
【0047】
具体的には、No.33はNi含有量が過剰であり、熱間圧延時に割れが生じて試験材を作製することができなかった。No.34はNi含有量が不足し、0.2%耐力が小さい。No.35はNi/Si比が低く、No.36はNi/Si比が高く、いずれも導電率が低い。No.37はSnを含有せず、応力緩和率が高い。No.38,40,41はそれぞれSn,Mg,Crを過剰に含有し、いずれも導電率がひくく、曲げ加工性が劣る。No.39はZnを過剰に含有し、導電率が低く、応力緩和率が高い。No.42はMnを過剰に含有し、導電率が低い。No.43は不可避不純物のSが過剰で、曲げ加工性が劣り、応力緩和率が高い。
【0048】
No.44〜46は、溶体化を伴う再結晶処理の前にNi−Si分散粒子の析出処理を行わなかったもので、結晶粒径の標準偏差が規定より大きく、かつ90〜300nm及び120〜300nm分散粒子の割合が低く、曲げ加工性が劣る。
No.47は溶体化を伴う再結晶処理の温度が低すぎたため、平均結晶粒径が規定より小さく、応力緩和率が高い。No.48は溶体化を伴う再結晶処理の温度が高すぎたため、平均結晶粒径及び結晶粒径の標準偏差が規定より大きく、かつ30〜300nmの分散粒子が観察されず、曲げ加工性が劣る。No.48は粒界割れが生じていた。
No.49,50は特許文献2に記載された方法を適用したもので、90〜300nm及び120〜300nm分散粒子の割合が低く、平均結晶粒径が規定より小さく、応力緩和率が高い。