(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
さらに、Mg:0.0003〜0.005%、およびCa:0.0003〜0.005%よりなる群から選択される1種以上の元素を含む請求項1または2に記載の船舶上部構造物用耐食鋼材。
前記鋼材表面に、エポキシ樹脂系塗膜、塩化ゴム系塗膜、アクリル樹脂塗膜、およびウレタン樹脂塗膜よりなる群から選択される1種以上の塗膜を有する請求項1〜3のいずれかに記載の船舶上部構造物用耐食鋼材。
【背景技術】
【0002】
船舶の甲板上(船舶上部)には、上甲板、船橋、ハッチカバー、クレーン、各種配管、階段、手すりなど様々な鋼構造物(以下、「上部構造物」と総称することがある)が設けられている。これらの上部構造物には、腐食による劣化の防止やその他の要求特性に応じ、多種多様の防食塗料を用いた防食塗装が一般的に施されている。しかしこの防食塗装は、経時劣化(具体的には、紫外線による劣化や、歩行、荷役など機械的作用による劣化など)により損傷を受け、塗膜損傷部で鋼材腐食が進展しやすくなる。よって、定期的な防食塗膜のメンテナンスが必要となる。メンテナンスとしては、ドック時の定期検査時に防食塗膜を塗り替える場合もあるが、航海中に乗組員が塗膜損傷部をハケ塗りなどで補修することも少なくない。
【0003】
しかしながら、船橋の上部など足場が必要な高所や構造的に入り組んだ部位は、乗組員による航海中の上記補修が非常に困難であることから、上記部位の塗膜損傷部では腐食が進行しやすく、穴あきなどの問題が発生する懸念がある。
【0004】
よって船舶の上部構造物には、塗装メンテナンスの負荷低減や塗膜損傷部の腐食抑制が要望されている。これまでに、塗装耐食性の向上を図った技術として、例えば特許文献1には、WやSbなどの特殊な元素を含む化学成分組成とすることにより、鋼材自体の塗装耐食性(塗料を塗布して表面に塗膜を形成した鋼材において、その表面に存在する塗膜欠陥部から発生する塗膜膨れを低減させる性能)を向上させる技術が、船舶のバラストタンク向けに提案されている。しかし船舶バラストタンクでは、海水に満たされるため電気防食(亜鉛などの犠牲防食)法が有効であるのに対し、船舶の上部構造物は、基本的に海上大気環境にあるため電気防食法を適用することができず、別の防食手段を採用することが必要となる。
【0005】
電気防食法を適用できない大気腐食環境で、鋼材の耐食性(耐候性)を向上させる技術として、CuやNi等を含有させることにより鋼材表面に保護性のある錆層を形成し、腐食の進展を抑制する、いわゆる耐候性鋼が知られている。しかしながら、船舶の甲板上の様な高塩化物環境では保護性のある錆層が形成され難いため、十分な耐食効果が得られない。保護性錆が形成され難い高塩化物環境で耐食性を高めた鋼材として、例えば特許文献2には、Snなどの特殊な元素を含む化学成分組成の鋼材が提案されている。しかしながら船舶上部は、海水が直接降りかかる上、走行により高速風の作用を受けて、腐食作用が非常に著しい環境となるため、このような技術では十分な耐食性を実現することが難しいと思われる。
【0006】
厳しい腐食環境で使用できる耐食材料として、Crなどの合金元素を概ね13%以上含むステンレス鋼やチタン合金などが知られている。しかしこれらを船舶上部構造物の材料として用いた場合、例えば溶接部において通常の鋼材と接触させた場合に異種金属接触腐食が生じやすいといった問題がある。また溶接性やコスト面等でも残課題が多い。
【発明を実施するための形態】
【0017】
上述したとおり、船舶の甲板上は、海水が直接降りかかる上、走行により高速風の作用を受けるため、非常に厳しい腐食環境にある。本発明者らは、この様な船舶甲板上での鋼材の腐食メカニズムから研究をはじめ、下記(I)(II)の知見を得た。
【0018】
(I)まず1点目の知見について述べる。船舶の速度は、タンカーで15ノット(7.7m/s)程度、コンテナ船で28ノット(14.4m/s)程度であり、船舶走行時には海水が上部構造物に高速で衝突する。よって上部構造物には、海水衝突という機械的作用が腐食作用に重畳した腐食摩耗現象、いわゆるエロージョン・コロージョンが生じる。このエロージョン・コロージョンの現象として、材料そのものを直接侵食させない程度のごく弱い機械的力であっても、以下に説明するような酸素濃淡電池が形成されて腐食反応が加速される、といったことが生じる。鋼材の場合、約4m/s以上でエロージョン・コロージョンの作用が顕著になると言われている。よって、上記速度で走行する船舶において、その影響が非常に大きいことは容易に想定される。
【0019】
エロージョン・コロージョンが作用する場合、次の様な現象が生じる点で通常の腐食作用と大きく相違する(よって、最適な耐食鋼材設計・防食設計を行うにあたり、この相違点を十分に考慮する必要がある)。即ち、海水が衝突した部分では、腐食のカソード反応に関わる溶存酸素の供給が促進されるため、該部分のみ、酸素の還元反応が局部的に促進されて電位が貴化する。これに対し、その周辺部(酸素供給が比較的少ない部位)は海水衝突部よりも電位が相対的に卑となるため、全体として局部電池(酸素濃淡電池)が形成され、海水衝突周辺部の腐食が進行しやすくなる、といった現象が生じる。
【0020】
そこで本発明者らは、この酸素濃淡電池の形成を阻害して腐食を抑制するための手段について鋭意研究を重ねた。その結果、特に、TiおよびNの含有量とこれらの比率を制御してチタン窒化物(以下、「TiN」と示すことがある)を存在させれば(好ましくは微細なTiNを分散させれば)よいことを見出し、本発明を完成した。この作用効果について十分解明されたわけではないが、以下の様に考えられる。
【0021】
一般に介在物は、電気抵抗が高く電気が流れ難いため、腐食の電位化学反応に対して不活性であり、腐食への影響はほとんどないが、TiNは、窒化物の中でも電気抵抗が低いため、腐食のカソード反応サイトになりやすい。しかし、TiおよびNの含有量とこれらの比率を制御し、上記TiNを十分に形成すれば、腐食のカソード反応サイトになりやすいTiNを利用して、海水衝突部における、溶存酸素の還元反応に対する酸素過電圧を高めることができ、カソード反応を抑制できると考えられる。そしてその結果、海水衝突部での電位貴化が生じ難くなり、上記酸素濃淡電池の形成が阻害されて腐食が抑制されると推測される。
【0022】
(II)次に2点目の知見について述べる。即ち、本発明が想定している船舶上部は、下記(i)(ii)の点で通常の高塩分環境と異なることもわかった。
【0023】
(i)通常の高塩分環境では、塩分により錆の安定化が阻害される。これに対し船舶上部では、キャビテーションが生じることにより錆の安定化が阻害される点で相違する。キャビテーションとは、高速で流動する溶液環境において、溶液と材料表面の相対速度差が大きくなり、静圧が溶液の蒸気圧程度に下がることにより、局部的な沸騰が生じて小さな気泡が発生することをいう。また、このキャビテーションにより発生した溶液中の気泡が消滅するときに衝撃圧が発生するが、この衝撃圧により材料が損傷を受けることを「キャビテーション・エロージョン」という。中でもこの衝撃圧によって、材料表面の保護皮膜が破壊され、腐食が加速される現象を「キャビテーション・コロージョン」または「キャビテーション・エロージョン・コロージョン」という。
【0024】
船舶の甲板上では、上部構造物に海水が衝突することでこのキャビテーション・コロージョン作用が働き、腐食反応の保護皮膜として作用する鉄鋼表面の腐食生成物(錆)が破壊あるいは除去されて、腐食速度が加速するといったことが生じる。この様に、高塩分環境とは異なるメカニズムで錆層が破壊されるため、高塩分環境における対策(高塩分環境で保護性の高い錆層を形成するような成分設計)では、十分な耐食効果が得られない。
【0025】
(ii)次に、船舶甲板上の構造物に付着する塩分量が格段に多い点で通常の高塩分環境と異なる。例えば海上連絡橋(兵庫県A橋)での付着塩分量が200mg/m
2(NaCl換算)であり、また海岸からの距離が150mの橋梁(長崎県B橋)での付着塩分量が110mg/m
2(NaCl換算)であるのに対し、本発明者らが測定したところ、船舶甲板上の構造物(鋼材)の付着塩分量は、最大で5000mg/m
2(NaCl換算)と桁違いに多かった。このように船舶甲板上の鋼材の付着塩分量が多い理由は、海水を直接浴びることに加え、船舶の走行による塩分蓄積作用があることによると考えられる。この様な超高塩分環境だと保護性のある錆層が通常の高塩分環境よりも更に形成され難い。
【0026】
以上のようなキャビテーションの発生や超高塩分環境をも考慮して、船舶甲板上の腐食環境における耐食性を向上すべくその手段について鋭意研究を行った結果、前述したTiおよびNの含有量、ならびにこれらの比率を適正に調整することに加え、Cu、Ni、Cr、P、Sの含有量を適正に調整すればよいことを見出した。
【0027】
以下、本発明におけるTi、Nの含有量およびこれらの比率、ならびにCu、Ni、Cr、P、Sの含有量について詳述する。
【0028】
[Ti:0.005〜0.06%]
Tiは鋼材中でTiNを形成し、上述した通り、酸素濃淡電池形成による腐食を抑制する作用を有しており、耐食性向上に必要な元素である。本発明では、このような効果を発揮させるためTi量を0.005%以上とする。好ましくは0.006%以上であり、より好ましくは0.007%以上である。一方、Ti量が過剰になると、溶接性や熱間加工性が劣化するため、Ti量は0.06%以下とする。Ti量の好ましい上限は0.055%であり、より好ましい上限は0.05%である。
【0029】
[N:0.0030〜0.008%]
Nも、Tiと同様に、鋼材中でTiNを形成して、酸素濃淡電池形成による腐食を抑制する作用を有しており、耐食性向上に必要な元素である。このような効果を発揮させるため、N量を0.0030%以上とする。好ましくは0.0032%以上であり、より好ましくは0.0034%以上である。一方、N量が過剰になると固溶N量も増加しやすくなるが、この固溶Nは耐食性を低下させるため極力少ない方がよい。また、固溶Nは延性や靭性にも悪影響を及ぼす。よってN量の上限を0.008%とする。N量の好ましい上限は0.0075%であり、より好ましい上限は0.007%である。
【0030】
[Ti]/[N]:1.5以上17.0以下
上記TiNによる作用効果を確実に発現させると共に、特に固溶Nによる耐食性低下を抑制して優れた耐食性を確保するには、Tiの含有量[Ti]とNの含有量[N]の比([Ti]/[N])を適切に調整する必要がある。[Ti]/[N]が1.5に満たない場合、十分量のTiNを確保できないだけでなく、固溶Nの影響により耐食性がかえって低下する。
【0031】
よって本発明では、[Ti]/[N]が1.5以上となるようにする。[Ti]/[N]は好ましくは1.8以上であり、より好ましくは2.0以上である。[Ti]/[N]は更に好ましくは3.4以上、より更に好ましくは4.1以上である。一方、[Ti]/[N]が17.0を超えてNに対しTiが過剰に存在すると、TiNによる酸素濃淡電池形成の阻害効果が発現されにくくなる。よって[Ti]/[N]の上限は17.0とする。[Ti]/[N]は好ましくは15以下であり、より好ましくは14以下である。
【0032】
[Cu:0.10〜5.0%]
Cuは、鋼材表面に緻密なさび皮膜を形成して、キャビテーション・コロージョンを生じ難くする作用を有しており、耐食性向上に必要な元素である。このような効果を発揮させるため、Cu量を0.10%以上とする。好ましくは0.15%以上であり、より好ましくは0.2%以上である。更に好ましくは0.30%以上、より更に好ましくは0.40%以上、特に好ましくは0.50%以上である。一方、Cuを過剰に含有させると溶接性や熱間加工性が劣化することから、5.0%以下とする。Cu含有量の好ましい上限は4.8%であり、より好ましい上限は4.6%である。
【0033】
[Ni:0.10〜5.0%]
Niも、鋼材表面に緻密なさび皮膜を形成して、キャビテーション・コロージョンを生じ難くする作用を有しており、耐食性向上に必要な元素である。また、Niは母材靱性の向上にも有効な元素である。更には、Cuによる赤熱脆性の防止にも必要な元素である。こうした効果を発揮させるため、Ni量を0.10%以上とする。好ましくは0.12%以上であり、より好ましくは0.15%以上である。更に好ましくは0.20%以上、より更に好ましくは0.25%以上、特に好ましくは0.30%以上である。一方、Ni量が過剰になると、溶接性や熱間加工性が劣化することから、Ni量は5.0%以下とする。Ni量の好ましい上限は4.8%であり、より好ましい上限は4.6%である。
【0034】
[Cr:0.010〜0.4%]
Crは、耐候性鋼が用いられる程度の塩分環境では耐食性に有害な元素とされているが、本発明の鋼材が曝されるキャビテーションと超高塩分が作用する環境では、錆の保護性を高める作用を発揮し、耐食性向上に寄与する。この様な効果を発揮させるため、Cr量を0.010%以上とする。好ましくは0.015%以上であり、より好ましくは0.02%以上である。一方、Crが過剰に含まれると、溶接性や熱間加工性が劣化するため、Cr含有量は0.4%以下とする。Cr含有量の好ましい上限は0.38%であり、より好ましい上限は0.36%、更に好ましい上限は0.10%である。
【0035】
[P:0.005〜0.04%]
Pは、鋼材表面にリン酸塩を生成し、塩分による腐食の速度を低減させて、耐食性確保に寄与する元素である。このような効果を得るためP量を0.005%以上とする。P量は、好ましくは0.006%以上であり、より好ましくは0.007%以上である。しかし、Pが過剰に含まれると靭性や溶接性が劣化する。よってP含有量の上限を0.04%とする。P量の好ましい上限は0.038%であり、より好ましい上限は0.035%、更に好ましい上限は0.020%、より更に好ましい上限は0.015%である。
【0036】
[S:0.0005〜0.01%]
Sは、鋼材表面に硫酸塩を生成することにより塩分による腐食の速度を低減させて、耐食性確保に寄与する元素である。このような効果を得るためS量を0.0005%以上とする。S量は、好ましくは0.0006%以上であり、より好ましくは0.0008%以上である。しかし、Sが過剰に含まれると靭性や溶接性が劣化する。よってS含有量の上限を0.01%とする。S量の好ましい上限は0.009%であり、より好ましい上限は0.008%、更に好ましい上限は0.005%である。
【0037】
上記成分組成を採用することにより、環境負荷の面からあまり推奨されないSbやSnなどの元素を用いなくとも、船舶上部構造物の耐食性を向上させることができる。
【0038】
更に、構造材料として必要な機械特性や溶接性を具備させるには、上述の元素に加え、C、Si、Mn、Alの含有量を適切に調整することも必要である。以下、これらの元素について説明する。
【0039】
[C:0.01〜0.30%]
Cは、セメンタイトの生成により材料の機械特性を向上させる効果があり、強度確保のために必要な元素である。このような効果を得るためC量を0.01%以上含有させる。C量は、好ましくは0.02%以上であり、より好ましくは0.03%以上である。しかし、Cを過剰に含有させると、カソードサイトとして作用するセメンタイトの生成量が多くなり、耐食性が劣化する。よってC含有量は0.30%以下とする。C量の好ましい上限は0.29%であり、より好ましい上限は0.28%である。
【0040】
[Si:0.05〜1.0%]
Siは、脱酸と強度確保のために必要な元素である。本発明では、構造部材としての最低強度を確保するため、Si量を0.05%以上とする。Si量は、好ましくは0.08%以上であり、より好ましくは0.10%以上、更に好ましくは0.15%以上である。しかし、1.0%を超えて過剰に含有させると溶接性が劣化するため、本発明ではSi量の上限を1.0%とする。Si量の好ましい上限は0.95%であり、より好ましい上限は0.90%である。
【0041】
[Mn:0.1〜2.0%]
MnもSiと同様に脱酸および強度確保のために必要な元素である。本発明では、構造部材としての最低強度を確保するため、Mn量を0.1%以上とする。Mn量は、好ましくは0.15%以上であり、より好ましくは0.20%以上である。しかし、2.0%を超えて過剰に含有させると靱性が劣化するため、本発明ではMn量の上限を2.0%とする。Mn量の好ましい上限は1.9%であり、より好ましい上限は1.8%、更に好ましい上限は1.4%、より更に好ましい上限は1.25%である。
【0042】
[Al:0.005〜0.10%]
AlもSiやMnと同様、脱酸および強度確保のために必要な元素である。この様な効果を発揮させるため、Al量を0.005%以上とする。Al含有量は、好ましくは0.008%以上であり、より好ましくは0.010%以上である。しかし、Al量が0.10%を超えて含まれると、溶接性が劣化するため、本発明ではAl量の上限を0.10%とする。Al量の好ましい上限は0.09%であり、より好ましい上限は0.08%、更に好ましい上限は0.05%である。
【0043】
本発明鋼材の成分は上記の通りであり、残部は鉄および不可避不純物からなるものである。不可避不純物は鋼材の諸特性を害さない程度に含まれていてもよく、合計で0.1%程度以下、好ましくは0.09%程度以下におさえることによって、本発明の耐食性発現効果を十分に発揮させることができる。
【0044】
また、上記元素に加えて更に、下記に示す通りNbやZr、V、B、Mg、Caを適量含有させることにより耐食性を更に高めることができる。以下、これらの元素について詳述する。
【0045】
[Nb:0.001〜0.1%、Zr:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.1%、およびB:0.0001〜0.005%よりなる群から選択される1種以上の元素]
Nb、Zr、VおよびBは、窒化物を形成して、チタン窒化物の酸素濃淡電池による腐食抑制作用を助長する作用がある。また、鋼材の強度向上にも有効な元素である。これらの効果を発揮させるには、Nb、Zr、Vの場合、好ましい含有量はそれぞれ0.001%以上(より好ましくは0.002%以上、更に好ましくは0.003%以上)とするのがよい。また、Bを含有させる場合には、0.0001%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.0002%以上、さらに好ましくは0.0003%以上である。
【0046】
一方、これらの元素が過剰に含まれると母材靭性が劣化する。よってNb、Zr、Vのいずれの場合も、含有量の上限は0.1%とすることが好ましく、より好ましい上限は0.095%であり、さらに好ましい上限は0.09%である。またBの場合は、上限を0.005%とすることが好ましく、より好ましい上限は0.0045%、さらに好ましい上限は0.004%である。
【0047】
[Mg:0.0003〜0.005%、およびCa:0.0003〜0.005%よりなる群から選択される1種以上の元素]
MgおよびCaは、海水衝突部におけるカソード反応を抑制して耐食性を向上するのに有効な元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Mg、Caのいずれの場合も、0.0003%以上(より好ましくは0.0004%以上、さらに好ましくは0.0005%以上)とすることが好ましい。
【0048】
一方、これらの元素が過剰に含まれると加工性と溶接性が劣化する。よって、いずれの場合も、含有量の上限は0.005%とすることが好ましい。より好ましい上限はいずれも0.0045%であり、さらに好ましい上限はいずれも0.004%である。
【0049】
本発明の鋼材は、例えば以下の方法により製造することができる。まず、転炉または電気炉から取鍋に出鋼した溶鋼に対し、RH真空脱ガス装置を用いて、成分調整・温度調整を含む二次精錬を行う(好ましくは、RH真空脱ガス装置を用いて、溶鋼温度1550℃以上で成分調整することによりTiNを微細に分散させることができる)。その後、連続鋳造法、造塊法等の通常の鋳造方法で鋼塊とする。尚、脱酸形式としては、機械特性や溶接性の観点からキルド鋼を用いることが好ましく、さらに好ましくはAlキルド鋼が推奨される。
【0050】
次いで得られた鋼塊を、1000〜1300℃の温度域に加熱した後、熱間圧延を行って、所望の形状にすることが好ましい。このときの熱間圧延終了温度を、650〜850℃に制御し、熱間圧延終了後から500℃までの冷却速度を0.1〜15℃/秒の範囲に制御することが母材の機械特性を確保する観点から推奨される。
【0051】
本発明の船舶用鋼材は、基本的には塗装を施さなくても鋼材自体が優れた耐食性を発揮するが、必要によっては、鋼材表面に、エポキシ樹脂系塗膜、塩化ゴム系塗膜、アクリル樹脂塗膜、およびウレタン樹脂塗膜よりなる群から選択される1種以上の塗膜を、防食塗膜として形成するなど、他の防食法と併用することも可能である。
【0052】
上記エポキシ樹脂系塗膜の形成用塗料としては、防食塗料として用いられるものであれば、特に限定されず、ビヒクルとしてエポキシ樹脂を含むものであればよい。例えば、エポキシ樹脂塗料、変性エポキシ樹脂塗料、タールエポキシ樹脂塗料などが挙げられる。塩化ゴム系塗膜も、塩化ゴムや塩素化ポロオレフィンなどの塩素化樹脂を主原料としてなる塗料を用いて形成した塗膜であればよく、特に限定されない。また、アクリル樹脂塗膜としては、通常のアクリル樹脂塗料、アクリルエマルジョン樹脂塗料、アクリルウレタン系エマルジョン塗料、アクリルシリコン系エマルジョン塗料、アクリルラッカーなどの塗料を用いて形成した塗膜が使用できる。ウレタン樹脂塗膜としては、例えばポリウレタン樹脂塗料、ポリエステルウレタン樹脂塗料、湿気硬化ポリウレタン樹脂塗料、エポキシウレタン塗料、変性エポキシウレタン樹脂塗料、などを用いて形成した塗膜を使用できる。
【0053】
これらの樹脂塗膜は、乾燥膜厚で、例えば100〜400μmの厚さとすることが挙げられる。
【0054】
また、必要に応じて前記鋼材表面と前記塗膜との間に、Zn濃度が90質量%以上、かつ厚さが5〜30μmの中間層を形成することも可能である。この中間層には、高濃度の亜鉛粉末を含有するジンクリッチ塗料が施された被覆層(亜鉛粉末、アルキルシリケートまたはエポキシ樹脂、顔料および溶剤を主な原料としたジンクリッチプライマが挙げられる。JIS K 5552:2002に規定されているジンクリッチプライマとして、無機ジンクリッチプライマ、有機ジンクリッチプライマが挙げられる。)の他、溶融亜鉛めっき層、電気亜鉛めっき層、蒸着亜鉛めっき層、合金化亜鉛めっき層等が挙げられる。
【0055】
上記中間層の膜厚は、5μm以上が好ましく、より好ましくは10μm以上であり、30μm以下が好ましく、より好ましくは25μm以下である。
【0056】
本発明の耐食鋼材は、その形態として例えば鋼板、鋼管、棒鋼、線材、形鋼等のものが挙げられ、例えばタンカー、コンテナ船、バルカーなどの貨物船、貨客船、客船、軍艦等の船舶において、例えば上甲板、船橋、ハッチカバー、クレーン、各種配管、階段、手すりなど様々な上部鋼構造物に好適に用いられる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0058】
[供試材の作製]
表1および表2に示す種々の成分組成の鋼材を真空溶解炉により溶製し、50kgの鋼塊とした。得られた鋼塊を1150℃に加熱した後、熱間圧延を行って、板厚10mmの鋼素材とした。このときの熱間圧延終了温度は650〜850℃の範囲とし、熱間圧延終了後から500℃までの冷却速度を0.1〜15℃/秒以下の範囲で適宜調整した。上記鋼素材から大きさ100×30×5(mm)のテストピースを切り出した。すべてのテストピースは、全面をサンドブラストし、水洗およびアセトン洗浄を行ってから、試験面(100×30(mm)の片面)に以下の塗装を施した。
【0059】
まず、塗装Aとしては、塩化ゴム系塗料(中国塗料(株)製、「ラバックス」(登録商標))を乾燥膜厚が150μmとなるように塗装した。また、塗装Bとして、ジンクリッチプライマ(中国塗料(株)製、「セラボンド(登録商標)2000」)を平均乾燥膜厚が15μmとなるよう塗装し、その上に変性エポキシ樹脂系塗料(中国塗料(株)製、「ノバ2000」)を乾燥膜厚が200μmとなるように塗装した。塗装の後、試験面以外の面はテフロン(登録商標)テープにより被覆した。試験面に塗装した塗膜には、鋼材素地まで到達する長さ50mm、幅2mmのカット傷を形成した(
図1)。
【0060】
【表1】
【0061】
【表2】
【0062】
[腐食試験方法]
高塩分環境での耐食性評価方法として、塩水噴霧試験や塩分を付与した状態での乾湿繰り返し試験(複合サイクル試験)などが公知であるが、それらの試験では海水の衝突を加味できていないため船舶上部の環境を正しく模擬できない。そこで、船舶上部環境を模擬する腐食試験として、人工海水を試験面に吹き付けて腐食させる腐食促進試験を考案し、実施した。具体的には以下の通りである。
【0063】
即ち、試験溶液の人工海水は温度35℃、衝突する人工海水の流速は10m/sとした。人工海水を吹き付けるノズルの穴径は2mmφとした。ノズル先端から塗膜表面までの距離は5mmである。
図2(模式断面図)に示す通り、人工海水をカット傷全体にいきわたるようにスプレー状に10分間吹き付けて、その後50分間は放置(雰囲気は温度30℃の大気)するというサイクルを繰り返した。試験期間は3ヶ月間とした。
【0064】
そして、3ヶ月間の試験が終了した後、傷部の塗膜膨れ幅の最大値および傷部の鋼材の最大腐食深さを測定し、塗装耐食性を評価した。尚、傷部の塗膜膨れ幅の最大値は、
図3に示す通り、カット傷の端面から膨れ発生部分の最大距離を測定した。また、傷部の鋼材の最大腐食深さは焦点深度法により測定した。腐食試験には、表1および表2に示したNo.1〜47の鋼材のテストピースをそれぞれ3枚づつ用いた。そして、塗膜膨れ幅の最大値および傷部の鋼材の最大腐食深さは、上記テストピース3枚のうちの最大値とした。
【0065】
表3に試験結果を示す。尚、表3において、塗膜膨れ幅の最大値および傷部の鋼材の最大腐食深さの値は、No.1の鋼材(従来鋼)の値を100としたときの相対値で示している。また、表3における耐食性の評価は、下記基準によるものである。
◎◎…塗膜膨れ幅の最大値がいずれも30以下を満たすと共に、最大腐食深さがいずれも50以下を満たす場合
◎…塗膜膨れ幅の最大値がいずれも50以下を満たすと共に、最大腐食深さがいずれも60以下を満たす場合
○〜◎…塗膜膨れ幅の最大値がいずれも60以下を満たすと共に、最大腐食深さがいずれも70以下を満たす場合
○…塗膜膨れ幅の最大値がいずれも75以下を満たすと共に、最大腐食深さがいずれも75以下を満たす場合
△…塗膜膨れ幅の最大値がいずれも95以下を満たすと共に、最大腐食深さがいずれも96以下を満たす場合
×…全て100(No.1)
【0066】
【表3】
【0067】
これらの結果から次のように考察できる。まずNo.11〜47の鋼材は、成分組成が本発明の規定を満たしているため、いずれも塗膜膨れ幅および最大腐食深さが、No.1の鋼材(本発明で規定するCuやNi、Cr、Tiを含まない従来鋼)の80%以下に抑制されており、耐食性に優れている。この様な優れた耐食性は、Ti量、N量および[Ti]/[N]の制御、ならびにその他の成分の制御により、酸素濃淡電池形成の阻害作用が十分に発現されたことによると思われる。この耐食性は、更にNb、Zr、VおよびBよりなる群から選択される1種以上の元素や、MgおよびCaよりなる群から選択される1種以上の元素を規定量含有させることによって更に高まっていることがわかる。
【0068】
これに対し、No.2〜10は、Cu、Ni、CrおよびTiを含むが、その含有量等が本発明の規定範囲を外れているため、塗膜膨れ幅および最大腐食深さが従来鋼(No.1)の80〜95%程度であり、腐食抑制が十分ではない。
【0069】
具体的に、No.2、3および4は、それぞれCu、NiおよびCrの含有量が少なすぎるため、腐食抑制効果が不十分であったと考えられる。
【0070】
No.5は、Ti量および[Ti]/[N]が規定範囲を外れるため、本発明の耐食性向上効果が得られなかったと考えられる。
【0071】
No.6はN量が少なすぎるため、TiNの生成量が少なく、十分な耐食性が得られなかったものと考えられる。
【0072】
No.7はN量が多すぎるため、固溶N量も過剰となり、腐食抑制効果が得られなかったと考えられる。
【0073】
No.8および9は、TiおよびNの含有量は規定を満たすが、[Ti]/[N]が規定範囲を外れるため、固溶Nが耐食性を阻害して、腐食抑制効果が得られなかったと考えられる。
【0074】
No.10は、TiおよびNの含有量は規定を満たすが、[Ti]/[N]が規定の上限値を超えたため腐食抑制効果が得られなかったものと思われる。