【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に従ったリング状部材の熱処理方法は、鋼からなるリング状部材の周面の一部に面するように配置され、リング状部材を誘導加熱する誘導加熱部材を、リング状部材の周方向に沿って相対的に回転させることにより、リング状部材に、上記鋼がオーステナイト化した環状の加熱領域を形成する工程と、加熱領域全体をM
S点以下の温度に同時に冷却する工程とを備えている。そして、加熱領域を形成する工程では、上記周面の各領域がA
1点温度を超える状態と、A
1点温度未満であって過冷オーステナイト状態が維持される温度の状態とを複数回繰り返すように加熱される。
【0009】
本発明のリング状部材の熱処理方法においては、リング状部材の一部に面するように配置された誘導加熱部材が周方向に沿って相対的に回転することにより、リング状部材に加熱領域が形成される。このとき、加熱領域全体がA
1点温度を超える状態に加熱するのではなく、上記周面の各領域がA
1点温度を超える状態と、A
1点温度未満であって過冷オーステナイト状態が維持される温度の状態とを周方向に順次繰り返すように加熱される。より具体的には、まず周面のうち誘導加熱部材に面する領域がA
1点温度を超える状態に加熱される。そして、誘導加熱部材がリング状部材の周方向に相対的に移動することにより、加熱された領域は誘導加熱部材に面する位置から離脱し、温度が低下する。ここで、当該領域の温度がA
1点温度未満にまで低下しても、材質によって定まる所定の温度を下回らない限り、過冷オーステナイト状態を維持することができる。そして、過冷オーステナイト状態が維持されたまま、当該領域が再度誘導加熱部材に面するようになると、再度温度が上昇し、A
1点温度を超える状態となる。これを繰り返すことにより、鋼がオーステナイト状態を維持しつつ、A
1点温度を超える状態に保持される時間が積算されていき、炭素の母材への固溶状態が焼入に適した状態となった後、加熱領域全体がM
S点以下の温度に同時に冷却され、焼入硬化される。
【0010】
このようなプロセスで焼入処理が実現されることにより、たとえ誘導加熱部材に加熱領域全体をA
1点温度を超える状態にする能力が無くても、加熱領域全体を同時に焼入硬化することができる。そのため、たとえば大型のリング状部材を焼入硬化する場合でも、加熱領域全体を同時にA
1点温度を超える状態にすることが可能な大型のコイルや当該コイルに対応する大容量の電源を準備する必要がない。その結果、焼入装置の製作コストを抑制することが可能となる。
【0011】
上記リング状部材の熱処理方法においては、加熱領域を形成する工程では、誘導加熱部材は、リング状部材の周方向に沿って複数個配置されてもよい。これにより、加熱領域を形成する工程において過冷オーステナイト状態を維持することが容易となる。
【0012】
上記リング状部材の熱処理方法においては、上記リング状部材を構成する鋼は、0.43質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.60質量%以上1.10質量%以下のマンガンと、0.30質量%以上1.20質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.75質量%以下のモリブデンとを含有し、残部鉄および不純物からなるものであってもよい。
【0013】
また、上記リング状部材の熱処理方法においては、上記リング状部材を構成する鋼は、0.43質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.60質量%以上1.10質量%以下のマンガンと、0.30質量%以上1.20質量%以下のクロムと、0.15質量%以上0.75質量%以下のモリブデンと、0.35質量%以上0.75質量%以下のニッケルとを含有し、残部鉄および不純物からなるものであってもよい。
【0014】
このように、適切な成分組成を有する鋼を採用することにより、本発明の熱処理方法によって転がり軸受の軌道輪など、高硬度かつ耐久性に優れたリング状部材を得ることができる。
【0015】
ここで、鋼の成分範囲を上記の範囲に限定した理由について説明する。
炭素:0.43質量%以上0.65%質量%以下
炭素含有量は、焼入硬化後における鋼の硬度に大きな影響を与える。リング状部材を構成する鋼の炭素含有量が0.43質量%未満では、焼入硬化後における十分な硬度を確保することが困難となる。一方、炭素含有量が0.65質量%を超えると、焼入硬化の際の割れの発生(焼割れ)が懸念される。そのため、炭素含有量は0.43質量%以上0.65%質量%以下とすることが好ましい。
【0016】
珪素:0.15質量%以上0.35質量%以下
珪素は、鋼の焼戻軟化抵抗の向上に寄与する。リング状部材を構成する鋼の珪素含有量が0.15質量%未満では、焼戻軟化抵抗が不十分となり、焼入硬化後の焼戻や、リング状部材の使用中における温度上昇により硬度が大幅に低下する可能性がある。一方、珪素含有量が0.35質量%を超えると、焼入前の素材の硬度が高くなり、素材を成形する際の冷間加工における加工性が低下する。そのため、珪素含有量は0.15質量%以上0.35質量%以下とすることが好ましい。
【0017】
マンガン:0.60質量%以上1.10質量%以下
マンガンは、鋼の焼入性の向上に寄与する。マンガン含有量が0.60質量%未満では、この効果が十分に得られない。一方、マンガン含有量が1.10質量%を超えると、焼入前の素材の硬度が高くなり、冷間加工における加工性が低下する。そのため、マンガン含有量は0.60質量%以上1.10質量%以下とすることが好ましい。
【0018】
クロム:0.30質量%以上1.20質量%以下
クロムは、鋼の焼入性の向上に寄与する。クロム含有量が0.30質量%未満では、この効果が十分に得られない。一方、クロム含有量が1.20質量%を超えると、素材コストが高くなるという問題が生じる。そのため、クロム含有量は0.30質量%以上1.20質量%以下とすることが好ましい。
【0019】
モリブデン:0.15質量%以上0.75質量%以下
モリブデンも、鋼の焼入性の向上に寄与する。モリブデン含有量が0.15質量%未満では、この効果が十分に得られない。一方、モリブデン含有量が0.75質量%を超えると、素材コストが高くなるという問題が生じる。そのため、モリブデン含有量は0.15質量%以上0.75質量%以下とすることが好ましい。
【0020】
ニッケル:0.35質量%以上0.75質量%以下
ニッケルも、鋼の焼入性の向上に寄与する。リング状部材の外径が大きい場合など、リング状部材を構成する鋼に特に高い焼入性が求められる場合に、ニッケルを添加することができる。ニッケル含有量が0.35質量%未満では、焼入性向上の効果が十分に得られない。一方、ニッケル含有量が0.75質量%を超えると、焼入後における残留オーステナイト量が多くなり、硬さの低下、寸法安定性の低下などの原因となるおそれがある。そのため、必要に応じて0.35質量%以上0.75質量%以下の範囲で添加することが好ましい。
【0021】
上記リング状部材の熱処理方法においては、加熱領域を形成する工程において、上記周面の各領域がA
1点温度を超える状態に累積時間で1分間以上保持された後、加熱領域全体を冷却する工程が実施されてもよい。これにより、より確実に、鋼を構成する炭素が母材に適切に固溶した状態で焼入処理を実施することができる。
【0022】
上記リング状部材の熱処理方法においては、加熱領域を形成する工程では、上記周面が1000℃を超えることがないように上記加熱領域が形成されてもよい。これにより、鋼の結晶粒が粗大化することによる特性の低下を抑制することができる。
【0023】
上記リング状部材の熱処理方法においては、上記リング状部材の内径は1000mm以上であってもよい。このような大型のリング状部材を焼入処理する場合でも、本発明のリング状部材の熱処理方法によれば、焼入装置の製作コストを抑制することができる。
【0024】
本発明に従ったリング状部材の製造方法は、鋼からなるリング状の成形体を準備する工程と、成形体を焼入硬化する工程とを備えている。そして、成形体を焼入硬化する工程では、上記本発明のリング状部材の熱処理方法を用いて成形体を焼入硬化する。本発明のリング状部材の製造方法では、上記本発明のリング状部材の熱処理方法を用いて成形体を焼入硬化することにより、焼入設備の製作コストを抑制することができる。
【0025】
上記リング状部材の製造方法においては、上記リング状部材は軸受の軌道輪であってもよい。周面の全周にわたって均質な焼入硬化を実現することが可能な上記リング状部材の製造方法は、軸受の軌道輪の製造に好適である。
【0026】
上記リング状部材の製造方法においては、上記軌道輪は、風力発電装置において、ブレードに接続された主軸を支持する転がり軸受に用いられるものであってもよい。大型のリング状部材の製造が可能な本発明のリング状部材の製造方法は、直径の大きい風力発電用転がり軸受の軌道輪の製造に好適である。
【0027】
なお、A
1点とは鋼を加熱した場合に、鋼の組織がフェライトからオーステナイトに変態を開始する温度に相当する点をいう。また、M
s点とはオーステナイト化した鋼が冷却される際に、マルテンサイト化を開始する温度に相当する点をいう。