特許第5775540号(P5775540)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5775540皮膚の紫外線照射により負荷される紫外線ストレスの評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5775540
(24)【登録日】2015年7月10日
(45)【発行日】2015年9月9日
(54)【発明の名称】皮膚の紫外線照射により負荷される紫外線ストレスの評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20150820BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20150820BHJP
【FI】
   G01N33/50 Q
   G01N33/68
【請求項の数】3
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-33567(P2013-33567)
(22)【出願日】2013年2月22日
(65)【公開番号】特開2014-163749(P2014-163749A)
(43)【公開日】2014年9月8日
【審査請求日】2014年8月15日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(72)【発明者】
【氏名】石渡 潮路
(72)【発明者】
【氏名】加藤 恵美子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 美奈子
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2012/0114628(US,A1)
【文献】 特開2012−189581(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/046463(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/118812(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/075513(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚角層のDJ−1の発現量を測定し、その多寡を指標とする、皮膚ストレスの要因である紫外線曝露履歴の評価方法。
【請求項2】
被験者の評価対象部位の角層を採取する採取工程と、前記採取工程で採取された角層におけるDJ−1の発現量を測定する測定工程と、前記測定工程で測定されたDJ−1の発現量をあらかじめ測定した無作為に選択された標本集団の前記評価対象部位の角層のDJ−1の発現量分布と比較する比較工程と、を備えた請求項1に記載の評価方法。
【請求項3】
皮膚の角層を採取する工程がテープストリッピング法によるものである請求項1又は2に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト皮膚の紫外線照射により負荷される紫外線ストレスの評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの皮膚は常に外界と接触しており、さまざまな刺激を受けている。その刺激の代表的なものは紫外線である。紫外線は、外見上は大きな変化を肌に与えていない場合であっても、皮膚細胞のDNAの切断やコラーゲンの変性などを誘発し、皮膚老化の原因となって、常に肌にストレスを与え続けている。また女性にとっては、洗顔や化粧といった日常的な行為も皮膚に刺激を与えており、これらの刺激が肌には潜在的なストレスとして蓄積される。そしてこれらの刺激(ストレス)に対する抵抗性がなんらかの原因で減少すると敏感肌として認識されることとなる。このような紫外線や酸化等による皮膚の外的刺激の蓄積度を本発明では皮膚のストレス蓄積度という。一方敏感肌とは、明らかな皮膚病変はないが不利、有害な反応が起こりやすい肌として捉えられている。そしてこのような敏感肌の原因としてストレスの蓄積が一定レベルに到達し、肌の感受性が高まるためとも言われている。また敏感肌は、健常肌より外的刺激に対する抵抗性が低く、容易に皮膚トラブルを生ずる肌とも言える。近年、敏感肌を意識する女性が増加する傾向にあり、化粧品等についてもより刺激の少ないものが要望されるようになってきている。
【0003】
化粧品の販売現場では美容専門家による問診を行い、肌ストレスの蓄積状況や敏感肌か否かを評価して肌に与えるストレス(刺激)の少ない化粧品を選択してきた。しかし近年通信販売など、化粧品専門家の不在な販売方法が普及し、このため、肌のストレス状態を見極め、また敏感肌のレベルを専門家でなくとも簡便に評価することが望まれてきた。これが可能となれば、美容専門家の問診によらずとも、ユーザーの肌のストレス状態や敏感肌であるかどうかを評価して、適切な化粧品を自ら選択することが可能となる。またユーザーの肌に、より適した化粧品やケミカルピーリング剤を簡単に選択することができ、それによって、皮膚の炎症等の肌トラブルや副作用を回避し、化粧品によるスキンケアやケミカルピーリングの施術等の有益性をより高めることができる。上記のように、美容専門家の問診によらずとも、皮膚の外的刺激暴露履歴(肌ストレスの蓄積度)を評価し、さらに敏感肌であるかどうかを客観的に判別する方法が求められている。
【0004】
特許文献1には、皮膚に化粧料を塗布して、その後剥離してくる皮膚角層を回収して観察し、皮膚の敏感性を評価する方法が開示されている。しかしこの方法は、化粧品ごとにすべて検査しなければならず、またユーザーの肌ストレスの蓄積度は評価できない。
【0005】
特許文献2には、カプシノイドのような刺激性物質を皮膚に塗布して、敏感肌であるかどうかを評価する方法が開示されている。しかしカプシノイドのような刺激性の強い物質を用いる試験方法は、被験者にとっても好ましいものではない。
【0006】
特許文献3には、顔の角層のカルロプロテクチン存在量を測定して、敏感肌か否か評価する方法が開示されている。
【0007】
本出願人は、抗酸化作用を有するDJ−1タンパク質(別名PARK-7タンパク質)がアトピー性皮膚炎マーカーとして有用であることを見出して特許出願した(特許文献4)。一方、近年このDJ−1タンパク質が各種疾患のマーカーとして利用可能であることが徐々に明らかになってきている。特許文献4には酸化型DJ−1タンパク質を特異的に認識する抗体が開示されている。そして、この抗体を用いて酸化型DJ−1を測定することで、アルツハイマー病やパーキンソン病を診断する方法が提案されている。また特許文献5には、脳脊髄液や血液などのDJ−1タンパク質を測定することで脳障害性の疾患を診断する方法が開示されている。また特許文献6には、DJ−1タンパク質を測定することで糖尿病性網膜症を診断する方法と試薬が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−295648号公報
【特許文献2】特開2005−296007号公報
【特許文献3】特許第4469762号公報
【特許文献4】WO2007/046463号公報
【特許文献5】特表2007−506086号公報
【特許文献6】特開2009−168819号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、紫外線や酸化等による肌ストレスの蓄積度を評価し、敏感肌であるかどうかを客観的に評価する方法が望まれている。その評価方法は、外科的に皮膚を摘出したり、皮膚に刺激を与える等のユーザーに負担を与える方法ではないことが望ましい。本発明は、ユーザーに負担を与えることなく、肌のストレスの蓄積度を評価できる生化学的指標を用いた新規な評価方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は以下の構成である。
(1)皮膚角層のDJ−1の発現量を測定し、その多寡を指標とする、皮膚ストレスの要因である紫外線曝露履歴の評価方法。
(2)被験者の評価対象部位の角層を採取する採取工程と、前記採取工程で採取された角層におけるDJ−1の発現量を測定する測定工程と、前記測定工程で測定されたDJ−1の発現量をあらかじめ測定した無作為に選択された標本集団の前記評価対象部位の角層のDJ−1の発現量分布と比較する比較工程と、を備えた(1)に記載の評価方法。
(3)皮膚の角層を採取する工程がテープストリッピング法によるものである(1)又は(2)に記載の評価方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の評価方法によれば、肌ストレスの蓄積度を、角層におけるDJ−1の発現量を測定することで評価できる。さらに、本発明の評価方法は、テープストリッピング法など簡便な操作方法で評価試料を採取するため、被験者の負担が少なく、だれでも簡単に評価することが可能となる。また生化学的な試験方法であり、誰が測定しても同一の結果が得られるため、従来のような専門家の面談方式によるカウンセリングを必要としない敏感肌の評価が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】HaCaT細胞に過酸化水素による酸化ストレスを負荷し、細胞内タンパク量を測定した結果を示すグラフである。
図2】HaCaT細胞に過酸化水素による酸化ストレスを負荷し、細胞内DJ−1量を測定した結果を示すグラフである。
図3】HaCaT細胞に過酸化水素による酸化ストレスを負荷したとき培養液中に放出されるDJ−1量を測定した結果を示すグラフである。
図4】BSOによるタンパク産生に及ぼす影響を検討したグラフである。
図5】BSOによる培養ヒト表皮角化細胞のグルタチオン産生濃度を検討したグラフである。
図6】グルタチオン産生抑制剤であるBSOと過酸化水素によるストレスを負荷したヒト表皮角化細胞の細胞培養液中に分泌されたLDH量を示すグラフである。
図7】グルタチオン産生抑制剤であるBSOと過酸化水素によるストレスを負荷したヒト表皮角化細胞の細胞内タンパク量を示すグラフである。
図8】グルタチオン産生抑制剤であるBSOと過酸化水素によるストレスを負荷したヒト表皮角化細胞の細胞内DJ−1量を示すグラフである。
図9】グルタチオン産生抑制剤であるBSOと過酸化水素によるストレスを負荷したヒト表皮角化細胞の細胞培養液中に分泌されたDJ−1量を示すグラフである。
図10】培養表皮角化細胞にUVBを照射した24時間後の細胞内タンパク量を示し、UVB照射量に応じてタンパク量が減少していることを示すグラフである。
図11】培養表皮角化細胞にUVBを照射した24時間後の細胞内のDJ−1量を示し、UVB照射量に応じてDJ−1量が増加していることを示すグラフである。
図12】培養表皮角化細胞にUVBを照射した24時間後の培養上清中のDJ−1量を示し、UVB照射量に応じてDJ−1量が増加していることを示すグラフである。
図13】ヒト背部にUVBを照射した(ストレス負荷)後のDJ−1の測定結果を示し、照射によるストレスが皮膚角層に残存し続けていることを意味するグラフである。
図14】肌質のアンケート結果とDJ−1量の対応を示すグラフである。
図15】習慣的に紫外線を浴びた経験のアンケート結果とDJ−1量の対応を示すグラフである。
図16】無作為に選出した女性205名の皮膚のDJ−1の分布を示すグラフである。棒グラフはDJ−1の角層タンパク当たりの濃度及び人数を示す。折れ線グラフは、その人数の累計を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の評価方法は、皮膚角層におけるDJ−1の存在量を指標とすることを特徴としている。
【0014】
DJ−1は、分子質量21kDaの細胞内タンパク質である。上述した通り、パーキンソン病に関係したタンパク質として同定されたが、その後皮膚の創傷治癒過程での再上皮化(re−epithelialization)に関与することが明らかになった。また、その立体構造からプロテアーゼとしても働いている可能性が示唆されている。
【0015】
本発明では、敏感肌、健常肌という用語を使用する。敏感肌とは、明らかな皮膚病変はないが不利、有害な反応が起こりやすい肌を言う。また、健常肌より外的刺激に対する抵抗性が低く、容易にかぶれや肌荒れなどの皮膚トラブルを生ずる肌とも言える。一方、健常肌とは、上記のような敏感肌の性質を示さない健康で正常な肌を言う。
【0016】
また、角層は、皮膚の一番上にある組織をいう。角層は、体の外からの異物や刺激から皮膚を守る働きを有している。
【0017】
本発明における評価対象部位は、角層が入手できる部分であれば、いかなる部位をも包含しうるが、主な部位としては顔面、頚部、上腕部を挙げられ、従来の方法に従い、これらの部位の皮膚由来の角層を得ることができる。しかし、前述のように、外科的に皮膚を摘出する等の方法は、ユーザーに負担を与えるため、テープストリッピング、擦過等の簡便に角層を得られる方法が好ましい。
【0018】
こうして用意した各試料におけるDJ−1の発現量は、従来から知られている方法で測定することができる。例えば、DJ−1に対する抗体との反応に基づくエンザイムイムノアッセイ、ラジオイムノアッセイ、ウエスタンブロッティング等の方法を用いることができる。
【0019】
各試料からDJ−1をそれ自体既知の生化学的方法、たとえば凍結融解法、超音波破砕法、ホモジュネート法等を介して可溶性画分を調製し、抽出後、速やかに測定する。
【0020】
ストレスが蓄積された肌や敏感肌は、健常肌にくらべて角層におけるDJ−1の発現量が有意に高いため、角層におけるDJ−1の発現量の多寡を指標として、簡便にストレスの蓄積度又は肌が敏感肌であるかどうかを評価できる。本発明に用いる角層は、テープストリッピング等により角層の表層部分のみを角質テープで採取する簡単な方法で採取することができる。また、本発明は、皮膚に紫外線や化学物質等の刺激を与えることなくDJ−1の発現量を測定できる。このため、ユーザーに負担を与えることなく、ユーザーの肌のストレス蓄積度を評価することができる。特に、ユーザーの肌に、より適した化粧品やケミカルピーリング剤を簡単に選択することができ、それによって、皮膚の炎症等の肌トラブルや副作用を回避し、化粧品によるスキンケアなどに活用できる。
【0021】
本発明の評価方法は、角層を採取する採取工程と、前記採取工程で採取された角層におけるDJ−1の発現量を測定する測定工程と、前記測定工程で測定されたDJ−1の発現量をあらかじめ測定した無作為に選択された標本集団の角層におけるDJ−1の発現量の分布と比較する比較工程から構成される。以下にこの評価方法について説明する。
【0022】
まず、上記のようにして測定されたDJ−1の発現量を健常肌の角層におけるDJ−1の発現量と比較する。また、被験者のある評価対象部位の角層におけるDJ−1の発現量を測定し、測定されたDJ−1の発現量を、健常肌を有する人の同一評価対象部位の角層におけるDJ−1の発現量と比較してもよい。健常肌を有する人の角層のDJ−1の発現量は、複数人の健常肌を有する人からのデータの平均値を使用することによって、より客観的な評価ができる。
又は、被験者のある評価対象部位の角層におけるDJ−1の発現量を測定し、測定されたDJ−1の発現量を、標本集団の同一評価対象部位の角層におけるDJ−1の発現量の分布と比較してもよい。標本集団のDJ−1の発現量の分布を使用することによって、より客観的な評価ができる。
【0023】
このように比較した結果、測定されたDJ−1の発現量が、健常肌のDJ−1の発現量より有意に大きい場合、又は、標本集団のDJ−1の発現量分布と比較して、DJ−1の発現量が大きいと判断される場合には、ストレスの蓄積が大きいと評価することができる。この健常肌の試料は、DJ−1を測定する者から採取してもよく、DJ−1を測定する者と異なる者から採取してもよい。また、この標本集団は、統計的に有効な規模で、無作為に抽出することが好ましいが、目的に応じて、例えば、性別、年齢別に標本集団を抽出することも好ましい。
【0024】
また、被験者のある評価対象部位の角層におけるDJ−1の発現量が、健常肌を有する人の同一評価対象部位の角層におけるDJ−1の発現量より有意に大きい場合、又は、標本集団の同一評価対象部位の角層におけるDJ−1の発現量分布と比較して、DJ−1の発現量が大きいと判断される場合にも、ストレスの蓄積が大きいと評価する。またこの数値が顕著に高い場合に敏感肌を有すると評価する。
【0025】
すなわち、測定されるDJ−1の発現量の程度により、ストレスの蓄積度合の程度を評価できる。測定されるDJ−1の発現量が健常肌、又は、標本集団の発現量分布と比較して著しく多いと判断される場合は、その肌は、敏感肌の性質を強く示し、健常肌又は、標本集団の平均より外的刺激に対する抵抗性が顕著に低く、きわめて容易に皮膚トラブルを生ずる可能性が高い。
【0026】
本発明を試験例、実施例によって説明する。なお本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
試験例1
酸化ストレスによる皮膚由来細胞中のDJ−1量の変化を測定した。DJ−1の機能を確認するためDJ−1遺伝子をノックダウンさせた細胞を作成して、酸化ストレス負荷試験を行った。
ヒト由来の細胞株であるHaCaT細胞(J.Cell Biol. 106:761-771 (1988).)(DKFZ(Deutsches Krebsforschungszentrum)より購入)を用いて、酸化ストレスとDJ−1タンパクの関係を確認した。またsiRNAによりDJ−1遺伝子の発現を抑制し(ノックダウン)、DJ−1タンパク発現量の変化を確認した。
【0028】
(1)HaCaT細胞培養および過酸化水素(H2O2)処理による酸化ストレスの負荷ならびに siRNA処理によるDJ−1遺伝子のノックダウン操作
HaCaT細胞をPBS(-)にて洗浄後、トリプシン処理により細胞を剥離し、1200rpmで3min遠心し、細胞を得た。培養は10%FBS含有DMEM培地を用い、5000cells/cm2の密度でフラスコに播種し、2〜3日置きにサブコンフルエントの状態で継代した。
HaCaT細胞を10%FBS含有DMEM培地にて12ウェルプレートに2.1×105cells / well播種し24時間培養後、siRNA(終濃度3nM、Hs_PARK7_6 FlexiTube siRNA, SI02662107, Qiagen社製)、トランスフェクション試薬(2μl/well、HiPerFect Transfection Reagent, 301707, Qiagen社製)を前記培養培地と混合し、室温に10分放置した。ついでこの混合液を、100μl/well添加した。未処理の細胞をコントロールとした。
また、ノックダウン操作のネガティブコントロールとして、AllStars Negative Control siRNA (Qiagen社製)を用いて同様に操作した。
48時間培養後に、H2O2 (Wako製)を0、250、500、750、1000μM添加し、24時間後に培養上清を回収し、細胞をPBS(-)で洗浄後、Cell lysis buffer (50mM Tris-HCl , 1mM Na3VO4 , 0.4% NP-40 , 120mM NaCl)を100μl/well添加し、細胞溶解液を得た。
【0029】
(2)細胞タンパク量の測定
細胞溶解液のタンパク量をBCA protein kit (Thermo Scientific社製)を用いて測定した。測定はキットプロトコールに従った。
【0030】
(3)DJ−1発現量の測定
上清中および細胞溶解液中のDJ−1量をDouSet Park7/DJ−1 ELISA kit (R&D社製)を用いて測定した。測定はキットプロトコールに従った。
【0031】
(4)結果
過酸化水素(H2O2)によってストレス負荷した各細胞の細胞タンパク量を図1に示した。また、培養上清中のDJ-1量、細胞溶解液(細胞内)のDJ−1量を、それぞれ図2図3に示した。なお測定結果は3ウエル当たりの平均値±標準偏差(S.D.)で表した。
【0032】
H2O2は濃度依存的に細胞内タンパク量を減少させた。
またH2O2は、強いストレスとして細胞に影響することを確認できた。
さらにまた、培養液のH2O2濃度が750μMの条件下において、DJ−1siRNAで処理したノックダウン細胞はNegative Controlと比較し細胞内タンパク量が有意に減少した。(図1)。
【0033】
細胞中のDJ−1量は、どの細胞においても、培養液中のH2O2 濃度が1000μMのとき、増加した。
一方培養上清中のDJ−1量は、培養液中のH2O2が低濃度の場合においても増加した。
過酸化水素による酸化ストレスは、細胞内外でDJ−1を増加させることが確認できた(図2、3)。
さらにまた、ネガティブコントロールの細胞(非ノックダウン細胞)は培養液中のH2O2の有無に関わらず、コントロールに比べて細胞内DJ−1量が増加していた。これはトランスフェクション処理による影響が出ていると考えられた。
DJ−1siRNA処理により、細胞中のDJ−1量はネガティブコントロールと比較して約40%低下していた。
以上の試験から、ヒト皮膚由来HaCaT細胞において、ストレスに対応してDJ−1が産生され、その産生量はsiRNAの干渉によって抑制されることが明らかになった。
【0034】
試験例2
試験例1によりDJ−1遺伝子はストレスに対応してDJ−1を発現することが確認された。次にヒト表皮角化細胞(ケラチノサイト)初代培養細胞を用いて酸化ストレスによるDJ−1量の変化を測定した。また、酸化による細胞の障害を改善するグルタチオン産生能を低下させた、ストレス抵抗性の低下した角化細胞のDJ−1量の変化を測定した。
(1)グルタチオン合成阻害剤による酸化ストレス抵抗性の低下した細胞の作製
ヒト表皮角化細胞(Lonza社)をPBS(-)にて洗浄後、トリプシン処理により細胞を剥離し、1200rpmで3min遠心し、細胞を得た。培養はEpiLife培地(Life Technologies)を用い、5000〜7000cells/cm2の密度でフラスコに播種し、4〜7日置きにサブコンフルエントの状態で継代した。
ヒト表皮角化細胞をEpiLife培地(Gibco社)にて1×105 cells / 35mm dishに播種し、約5割の細胞密度になるまで培養した。
グルタチオン合成阻害剤L-Buthionine-sulfoximine(BSO: Sigma-Aldrich社)を用いてまずグルタチオン合成阻害を誘起する最適なBSO濃度決定を行った。
BSOを細胞培養液に添加し、24時間後に細胞をトリプシン処理で回収し、グルタチオン測定を行った。グルタチオンが検出されなくなるBSO濃度を次の酸化ストレス試験条件とした。
【0035】
(2)過酸化水素(H2O2)による酸化ストレス負荷試験の実施
ヒト表皮角化細胞(Gibco社)をEpiLife培地(Gibco社)にて1×105 cells / 35mm dishに播種し、約5割の細胞密度になるまで培養した。次いで、上記(1)で決定したBSO濃度(50μMまたは100μM)になるようBSOを添加し、さらに24時間経過後に過酸化水素を0、0.5、1mMになるように添加した。過酸化水素添加後、さらに24時間培養し、培養上清を回収した。また細胞をPBS(-)で洗浄後、cell lysis buffer 100μlで回収した。
得られた培養上清および細胞を用いてLDH(乳酸脱水素酵素)量、タンパク量、DJ−1量を測定した。
【0036】
(3)タンパク定量
細胞溶解液のタンパク量をBCA protein kit (Thermo Scientific社製)を用いて測定した。
【0037】
(4)LDHの測定
培養上清中のLDHをCytotoxicity Detection Kit PLUS (LDH) (Roche Applied Science社) を用いて測定した。測定はキットプロトコールに従い、490nmにおける吸光度で表した。
【0038】
(5)DJ−1発現量の測定
上清中および細胞溶解液中のDJ−1量をDuoSet Park7/DJ-1 ELISA kit (R&D社製)を用いて測定した。測定はキットプロトコールに従った。
【0039】
(6)グルタチオン測定
トリプシン処理により回収した細胞を、PBS(-)で洗浄し、MES buffer 100μlで再懸濁した。超音波処理1分により細胞溶解液としGluthathione Assay Kit (Cayman Chemical社) を用いてグルタチオン量を測定した。測定はキットプロトコールに従った。
【0040】
(7)結果
BSOを添加した細胞中のタンパク量を図4、グルタチオン量を図5に示した。
また、過酸化水素添加によるストレス負荷した細胞培養上清中のLDH量を図6、DJ-1量を図7に示した。
また同じく細胞中のタンパク量を図8に、DJ−1量を図9に示した。
タンパク質産生に影響を与えないでグルタチオン産生を阻害するBSO濃度は、50μMまたは100μMであることが明らかとなった。そしてこの濃度において、グルタチオン産生が阻害された細胞は、過酸化水素による酸化ストレスによってLDH放出が促進され(図6)、タンパク質量が減少している(図7)ことが明らかとなった。
またDJ−1も、過酸化水素の濃度に依存して上昇することが確認された(図8図9)。
【0041】
以上の試験例1、試験例2の結果からDJ-1はヒト表皮の酸化に伴うストレスを反映しており、その産生量はグルタチオン産生能や、遺伝子の干渉による複製低下に影響されることが明らかとなった。また、酸化ストレス抵抗性のない細胞ほどDJ−1が産生されることがわかった。すなわち、細胞の抵抗性が低下するとDJ−1が増加するものと判断した。
【0042】
試験例3
試験例2と同様に、ヒト表皮角化細胞(ケラチノサイト)初代培養細胞を用いて紫外線照射によるDJ−1量の変化を測定した。
(1)ヒト表皮角化細胞の培養及び紫外線の照射方法
ヒト表皮角化細胞(Gibco社)をEpiLife培地(Gibco社)にて1×105 cells / 35mm dishに播種し、培養3日目に細胞をPBS(-)で洗浄後、PBS(-)1mlを入れ、三共電気製ランプを用いて、UVBを0.2 mW/cm2の強度で、10、20、30 mJ/cm2照射した。照射後に培養培地に置換し、24時間培養後に培養上清を回収し、細胞はcell lysis buffer 200μlで回収し、試験例1、試験例2と同様にタンパク定量、DJ−1量測定を行った。
【0043】
(2)結果
培養上清中のタンパク量を図10に示す。また培養細胞中のDJ−1量を図11に、上清中のDJ−1量を図12、示す。
ヒト表皮角化細胞にUVBを照射し、24時間後のDJ−1量はUVBの照射線量依存的に障害を受け、タンパク量が減少した。一方細胞内、細胞外ともにDJ−1量は増加し、特に培養上清中で増加量が大きかった。
以上の試験例1〜3により、ヒト表皮角化細胞のDJ−1の値はストレスのレベルを反映することが明らかとなった。
【0044】
試験例4
試験例1〜3で、ヒト表皮角化細胞では、DJ−1がストレスを反映していることが明らかとなったため、ヒトの実際の皮膚ストレスを反映するか試験した。すなわちヒト皮膚にストレスとして紫外線を直接照射し、DJ−1の発現量の変化を観察、測定した。
(1)試験方法
<紫外線照射>
健常肌を有する男性10名の背部にデルマレイ(テルモ・クリニカルサプライ社製)を用いて20、40、60、80、100mJ/cm2紫外線を照射した。照射翌日の紅斑より、最小紅斑量(Minimum Erythema Dose : MED)を決定した。その値を用いて背部に0、0.5、1.0MED相当の紫外線を照射し、照射7、14日後に角層チェッカー(アサヒバイオメッド社)を用いてテープストリッピング法により角層を採取した。
【0045】
<角層中DJ−1測定>
ガラスビーズとT-PERバッファー(Thermo scientific社)500μlの入ったチューブに角層を採取した角層チェッカーを入れ、25分ボルテックスミキサーにて振とうし、角層タンパクを抽出した。各サンプルのタンパク量はBCA protein Assay Kit (Thermo Scientific社)で測定した。測定には角層サンプルを10μlに reagentA: reagentB=50:1で混和した液200μlを加え、60℃30分でインキュベーションしたのち、562nmの吸光度で測定した。同時にウシ血清アルブミン(BSA)で検量線を作成した。この検量線と吸光度の値からタンパク量を算出した。
角層抽出液中に含まれるDJ−1量はHuman Park7/DJ−1 DuoSet (R&D systems社)を用いて定量した。
【0046】
(2)結果
タンパク当たりのDJ−1測定結果を図13に示す。紫外線照射7、14日後において非照射部位と比較し、0.5、1.0MEDの紫外線を照射した部位では有意に角層中DJ−1量が増加した。
ヒトにおける皮膚ストレスの状態をDJ−1の測定で確認できることが明らかとなった。
【0047】
試験例5
試験例1〜3で、ヒト表皮角化細胞では、DJ−1がストレスを反映していることが明らかとなったため、ヒトの実際の皮膚ストレスを反映するか試験した。すなわちアンケートにより肌質(敏感性)を質問し、その回答と頬中DJ−1量を比較した。
(1)試験方法
<アンケート>
健常肌を有する女性575名に肌質(敏感性)を質問し、「非敏感」、「やや敏感」、「敏感」のいずれかを回答させた。
<角層採取>
アンケートをした健常肌を有する女性575名の頬部から、角層チェッカー(アサヒバイオメッド社)を用いてテープストリッピング法により角層を採取した。
【0048】
<角層中DJ−1測定>
ガラスビーズとT-PERバッファー(Thermo scientific社)500μlの入ったチューブに角層を採取した角層チェッカーを入れ、25分ボルテックスミキサーにて振とうし、角層タンパクを抽出した。各サンプルのタンパク量はBCA protein Assay Kit (Thermo Scientific社)で測定した。測定には角層サンプルを10μlに reagentA: reagentB=50:1で混和した液200μlを加え、60℃30分でインキュベーションしたのち、562nmの吸光度で測定した。同時にウシ血清アルブミン(BSA)で検量線を作成した。この検量線と吸光度の値からタンパク量を算出した。
角層抽出液中に含まれるDJ−1量はHuman Park7/DJ−1 DuoSet (R&D systems社)を用いて定量した。
【0049】
(2)結果
アンケートの結果、非敏感:281名、やや敏感:193名、敏感:101名であった。アンケート回答者ごとのタンパク当たりのDJ−1測定結果を図14に示す。敏感であるほどDJ−1量が高いことが分かった。
【0050】
試験例6
試験例1〜3で、ヒト皮膚角化細胞では、DJ−1がストレスを反映していることが明らかとなったため、ヒトの実際の皮膚ストレスを反映するか試験した。すなわちアンケートにより過去にマリンスポーツ等習慣的に紫外線を浴びた経験があるかどうかを質問し、その回答と頬中DJ−1量を比較した。
(1)試験方法
<アンケート>
健常肌を有する女性386名に過去にマリンスポーツ等習慣的に紫外線を浴びた経験があるかどうかを質問し、「無し」、「有り」のいずれかを回答させた。
<角層採取>
アンケートをした健常肌を有する女性386名の頬部から、角層チェッカー(アサヒバイオメッド社)を用いてテープストリッピング法により角層を採取した。
【0051】
<角層中DJ−1測定>
ガラスビーズとT-PERバッファー(Thermo scientific社)500μlの入ったチューブに角層を採取した角層チェッカーを入れ、25分ボルテックスミキサーにて振とうし、角層タンパクを抽出した。各サンプルのタンパク量はBCA protein Assay Kit (Thermo Scientific社)で測定した。測定には角層サンプルを10μlに reagentA: reagentB=50:1で混和した液200μlを加え、60℃30分でインキュベーションしたのち、562nmの吸光度で測定した。同時にウシ血清アルブミン(BSA)で検量線を作成した。この検量線と吸光度の値からタンパク量を算出した。
角層抽出液中に含まれるDJ−1量はHuman Park7/DJ−1 DuoSet (R&D systems社)を用いて定量した。
【0052】
(2)結果
アンケートの結果、無し:223名、有り:163名であった。アンケート回答者ごとのタンパク当たりのDJ−1測定結果を図15に示す。習慣的に紫外線を浴びた経験のある回答者ほどDJ−1量が高いことが分かった。
【0053】
試験例7
ヒトにおける皮膚のストレス蓄積状態を把握するため、多数の被験者を対象として角層のDJ−1を測定した。
(1)試験方法
1)試験試料の採取
無作為に選抜した女性205名を対象として、頬よりテープストリッピング法によって角層サンプルを採取した。サンプルは1部位より1枚採取した。
【0054】
2)皮膚角層中DJ−1測定方法
試験例4と同様の方法で行った。
ガラスビーズとT-PERバッファー(Thermo scientific社)500μlの入ったチューブに角層を採取した角層チェッカーを入れ、25分ボルテックスミキサーにて振とうし、角層タンパクを抽出した。各サンプルのタンパク量はPierce BCA protein Assay Kit (Thermo Scientific社)で測定した。測定には角層サンプルを10μlに reagentA: reagentB=50:1で混和した液200μlを加え、60℃30分でインキュベーションしたのち、562nmの吸光度で測定した。同時にウシ血清アルブミン(BSA)で検量線を作成した。この検量線と吸光度の値からタンパク量を算出した。
角層抽出液中に含まれるDJ−1量はHuman Park7/DJ-1 DuoSet (R&D systems, DY3995E)を用いて定量した。
【0055】
(2)結果
測定結果を図16に示す。
図16に示したとおり、DJ−1の発現量は、0.3pg/μg total proteinから5.0pg/μg total proteinを超える値までの広い範囲で分布している。平均値は2.6pg/μg total proteinであった。この度数分布と比較して、DJ−1の発現量が大きいと判断する基準は、自由に設定することが可能であるが、例えば、平均値である2.6pg/μg total protein 以上の値をDJ−1の発現量が大きいと判断する。あるいはまた、2.3pg/μg total proteinの累積度数が約50%なので、2.3pg/μg total protein を超える値を、DJ−1の発現量が大きいと判断することもできる。そして、DJ−1の発現量が大きいほど、ヒト皮膚のストレス蓄積度は大きいと判断できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16