【実施例】
【0027】
試験例1
酸化ストレスによる皮膚由来細胞中のDJ−1量の変化を測定した。DJ−1の機能を確認するためDJ−1遺伝子をノックダウンさせた細胞を作成して、酸化ストレス負荷試験を行った。
ヒト由来の細胞株であるHaCaT細胞(J.Cell Biol. 106:761-771 (1988).)(DKFZ(Deutsches Krebsforschungszentrum)より購入)を用いて、酸化ストレスとDJ−1タンパクの関係を確認した。またsiRNAによりDJ−1遺伝子の発現を抑制し(ノックダウン)、DJ−1タンパク発現量の変化を確認した。
【0028】
(1)HaCaT細胞培養および過酸化水素(H
2O
2)処理による酸化ストレスの負荷ならびに siRNA処理によるDJ−1遺伝子のノックダウン操作
HaCaT細胞をPBS(-)にて洗浄後、トリプシン処理により細胞を剥離し、1200rpmで3min遠心し、細胞を得た。培養は10%FBS含有DMEM培地を用い、5000cells/cm
2の密度でフラスコに播種し、2〜3日置きにサブコンフルエントの状態で継代した。
HaCaT細胞を10%FBS含有DMEM培地にて12ウェルプレートに2.1×10
5cells / well播種し24時間培養後、siRNA(終濃度3nM、Hs_PARK7_6 FlexiTube siRNA, SI02662107, Qiagen社製)、トランスフェクション試薬(2μl/well、HiPerFect Transfection Reagent, 301707, Qiagen社製)を前記培養培地と混合し、室温に10分放置した。ついでこの混合液を、100μl/wel
l添加した。未処理の細胞をコントロールとした。
また、ノックダウン操作のネガティブコントロールとして、AllStars Negative Control siRNA (Qiagen社製)を用いて同様に操作した。
48時間培養後に、H
2O
2 (Wako製)を0、250、500、750、1000μM添加し、24時間後に培養上清を回収し、細胞をPBS(-)で洗浄後、Cell lysis buffer (50mM Tris-HCl , 1mM Na
3VO
4 , 0.4% NP-40 , 120mM NaCl)を100μl/well添加し、細胞溶解液を得た。
【0029】
(2)細胞タンパク量の測定
細胞溶解液のタンパク量をBCA protein kit (Thermo Scientific社製)を用いて測定した。測定はキットプロトコールに従った。
【0030】
(3)DJ−1発現量の測定
上清中および細胞溶解液中のDJ−1量をDouSet Park7/DJ−1 ELISA kit (R&D社製)を用いて測定した。測定はキットプロトコールに従った。
【0031】
(4)結果
過酸化水素(H
2O
2)によってストレス負荷した各細胞の細胞タンパク量を
図1に示した。また、培養上清中のDJ-1量、細胞溶解液(細胞内)のDJ−1量を、それぞれ
図2、
図3に示した。なお測定結果は3ウエル当たりの平均値±標準偏差(S.D.)で表した。
【0032】
H
2O
2は濃度依存的に細胞内タンパク量を減少させた。
またH
2O
2は、強いストレスとして細胞に影響することを確認できた。
さらにまた、培養液のH
2O
2濃度が750μMの条件下において、DJ−1siRNAで処理したノックダウン細胞はNegative Controlと比較し細胞内タンパク量が有意に減少した。(
図1)。
【0033】
細胞中のDJ−1量は、どの細胞においても、培養液中のH
2O
2 濃度が1000μMのとき、増加した。
一方培養上清中のDJ−1量は、培養液中のH
2O
2が低濃度の場合においても増加した。
過酸化水素による酸化ストレスは、細胞内外でDJ−1を増加させることが確認できた(
図2、3)。
さらにまた、ネガティブコントロールの細胞(非ノックダウン細胞)は培養液中のH
2O
2の有無に関わらず、コントロールに比べて細胞内DJ−1量が増加していた。これはトランスフェクション処理による影響が出ていると考えられた。
DJ−1siRNA処理により、細胞中のDJ−1量はネガティブコントロールと比較して約40%低下していた。
以上の試験から、ヒト皮膚由来HaCaT細胞において、ストレスに対応してDJ−1が産生され、その産生量はsiRNAの干渉によって抑制されることが明らかになった。
【0034】
試験例2
試験例1によりDJ−1遺伝子はストレスに対応してDJ−1を発現することが確認された。次にヒト表皮角化細胞(ケラチノサイト)初代培養細胞を用いて酸化ストレスによるDJ−1量の変化を測定した。また、酸化による細胞の障害を改善するグルタチオン産生能を低下させた、ストレス抵抗性の低下した角化細胞のDJ−1量の変化を測定した。
(1)グルタチオン合成阻害剤による酸化ストレス抵抗性の低下した細胞の作製
ヒト表皮角化細胞(Lonza社)をPBS(-)にて洗浄後、トリプシン処理により細胞を剥離し、1200rpmで3min遠心し、細胞を得た。培養はEpiLife培地(Life Technologies)を用い、5000〜7000cells/cm
2の密度でフラスコに播種し、4〜7日置きにサブコンフルエントの状態で継代した。
ヒト表皮角化細胞をEpiLife培地(Gibco社)にて1×10
5 cells / 35mm dishに播種し、約5割の細胞密度になるまで培養した。
グルタチオン合成阻害剤L-Buthionine-sulfoximine(BSO: Sigma-Aldrich社)を用いてまずグルタチオン合成阻害を誘起する最適なBSO濃度決定を行った。
BSOを細胞培養液に添加し、24時間後に細胞をトリプシン処理で回収し、グルタチオン測定を行った。グルタチオンが検出されなくなるBSO濃度を次の酸化ストレス試験条件とした。
【0035】
(2)過酸化水素(H
2O
2)による酸化ストレス負荷試験の実施
ヒト表皮角化細胞(Gibco社)をEpiLife培地(Gibco社)にて1×10
5 cells / 35mm dishに播種し、約5割の細胞密度になるまで培養した。次いで、上記(1)で決定したBSO濃度(50μMまたは100μM)になるようBSOを添加し、さらに24時間経過後に過酸化水素を0、0.5、1mMになるように添加した。過酸化水素添加後、さらに24時間培養し、培養上清を回収した。また細胞をPBS(-)で洗浄後、cell lysis buffer 100μlで回収した。
得られた培養上清および細胞を用いてLDH(乳酸脱水素酵素)量、タンパク量、DJ−1量を測定した。
【0036】
(3)タンパク定量
細胞溶解液のタンパク量をBCA protein kit (Thermo Scientific社製)を用いて測定した。
【0037】
(4)LDHの測定
培養上清中のLDHをCytotoxicity Detection Kit
PLUS (LDH) (Roche Applied Science社) を用いて測定した。測定はキットプロトコールに従い、490nmにおける吸光度で表した。
【0038】
(5)DJ−1発現量の測定
上清中および細胞溶解液中のDJ−1量をDuoSet Park7/DJ-1 ELISA kit (R&D社製)を用いて測定した。測定はキットプロトコールに従った。
【0039】
(6)グルタチオン測定
トリプシン処理により回収した細胞を、PBS(-)で洗浄し、MES buffer 100μlで再懸濁した。超音波処理1分により細胞溶解液としGluthathione Assay Kit (Cayman Chemical社) を用いてグルタチオン量を測定した。測定はキットプロトコールに従った。
【0040】
(7)結果
BSOを添加した細胞中のタンパク量を
図4、グルタチオン量を
図5に示した。
また、過酸化水素添加によるストレス負荷した細胞培養上清中のLDH量を
図6、DJ-1量を
図7に示した。
また同じく細胞中のタンパク量を
図8に、DJ−1量を
図9に示した。
タンパク質産生に影響を与えないでグルタチオン産生を阻害するBSO濃度は、50μMまたは100μMであることが明らかとなった。そしてこの濃度において、グルタチオン産生が阻害された細胞は、過酸化水素による酸化ストレスによってLDH放出が促進され(
図6)、タンパク質量が減少している(
図7)ことが明らかとなった。
またDJ−1も、過酸化水素の濃度に依存して上昇することが確認された(
図8、
図9)。
【0041】
以上の試験例1、試験例2の結果からDJ-1はヒト表皮の酸化に伴うストレスを反映しており、その産生量はグルタチオン産生能や、遺伝子の干渉による複製低下に影響されることが明らかとなった。また、酸化ストレス抵抗性のない細胞ほどDJ−1が産生されることがわかった。すなわち、細胞の抵抗性が低下するとDJ−1が増加するものと判断した。
【0042】
試験例3
試験例2と同様に、ヒト表皮角化細胞(ケラチノサイト)初代培養細胞を用いて紫外線照射によるDJ−1量の変化を測定した。
(1)ヒト表皮角化細胞の培養及び紫外線の照射方法
ヒト表皮角化細胞(Gibco社)をEpiLife培地(Gibco社)にて1×10
5 cells / 35mm dishに播種し、培養3日目に細胞をPBS(-)で洗浄後、PBS(-)1mlを入れ、三共電気製ランプを用いて、UVBを0.2 mW/cm
2の強度で、10、20、30 mJ/cm
2照射した。照射後に培養培地に置換し、24時間培養後に培養上清を回収し、細胞はcell lysis buffer 200μlで回収し、試験例1、試験例2と同様にタンパク定量、DJ−1量測定を行った。
【0043】
(2)結果
培養上清中のタンパク量を
図10に示す。また培養細胞中のDJ−1量を
図11に、上清中のDJ−1量を
図12、示す。
ヒト表皮角化細胞にUVBを照射し、24時間後のDJ−1量はUVBの照射線量依存的に障害を受け、タンパク量が減少した。一方細胞内、細胞外ともにDJ−1量は増加し、特に培養上清中で増加量が大きかった。
以上の試験例1〜3により、ヒト表皮角化細胞のDJ−1の値はストレスのレベルを反映することが明らかとなった。
【0044】
試験例4
試験例1〜3で、ヒト表皮角化細胞では、DJ−1がストレスを反映していることが明らかとなったため、ヒトの実際の皮膚ストレスを反映するか試験した。すなわちヒト皮膚にストレスとして紫外線を直接照射し、DJ−1の発現量の変化を観察、測定した。
(1)試験方法
<紫外線照射>
健常肌を有する男性10名の背部にデルマレイ(テルモ・クリニカルサプライ社製)を用いて20、40、60、80、100mJ/cm
2紫外線を照射した。照射翌日の紅斑より、最小紅斑量(Minimum Erythema Dose : MED)を決定した。その値を用いて背部に0、0.5、1.0MED相当の紫外線を照射し、照射7、14日後に角層チェッカー(アサヒバイオメッド社)を用いてテープストリッピング法により角層を採取した。
【0045】
<角層中DJ−1測定>
ガラスビーズとT-PERバッファー(Thermo scientific社)500μlの入ったチューブに角層を採取した角層チェッカーを入れ、25分ボルテックスミキサーにて振とうし、角層タンパクを抽出した。各サンプルのタンパク量はBCA protein Assay Kit (Thermo Scientific社)で測定した。測定には角層サンプルを10μlに reagentA: reagentB=50:1で混和した液200μlを加え、60℃30分でインキュベーションしたのち、562nmの吸光度で測定した。同時にウシ血清アルブミン(BSA)で検量線を作成した。この検量線と吸光度の値からタンパク量を算出した。
角層抽出液中に含まれるDJ−1量はHuman Park7/DJ−1 DuoSet (R&D systems社)を用いて定量した。
【0046】
(2)結果
タンパク当たりのDJ−1測定結果を
図13に示す。紫外線照射7、14日後において非照射部位と比較し、0.5、1.0MEDの紫外線を照射した部位では有意に角層中DJ−1量が増加した。
ヒトにおける皮膚ストレスの状態をDJ−1の測定で確認できることが明らかとなった。
【0047】
試験例5
試験例1〜3で、ヒト表皮角化細胞では、DJ−1がストレスを反映していることが明らかとなったため、ヒトの実際の皮膚ストレスを反映するか試験した。すなわちアンケートにより肌質(敏感性)を質問し、その回答と頬中DJ−1量を比較した。
(1)試験方法
<アンケート>
健常肌を有する女性575名に肌質(敏感性)を質問し、「非敏感」、「やや敏感」、「敏感」のいずれかを回答させた。
<角層採取>
アンケートをした健常肌を有する女性575名の頬部から、角層チェッカー(アサヒバイオメッド社)を用いてテープストリッピング法により角層を採取した。
【0048】
<角層中DJ−1測定>
ガラスビーズとT-PERバッファー(Thermo scientific社)500μlの入ったチューブに角層を採取した角層チェッカーを入れ、25分ボルテックスミキサーにて振とうし、角層タンパクを抽出した。各サンプルのタンパク量はBCA protein Assay Kit (Thermo Scientific社)で測定した。測定には角層サンプルを10μlに reagentA: reagent
B=50:1で混和した液200μlを加え、60℃30分でインキュベーションしたのち、562nmの吸光度で測定した。同時にウシ血清アルブミン(BSA)で検量線を作成した。この検量線と吸光度の値からタンパク量を算出した。
角層抽出液中に含まれるDJ−1量はHuman Park7/DJ−1 DuoSet (R&D systems社)を用いて定量した。
【0049】
(2)結果
アンケートの結果、非敏感:281名、やや敏感:193名、敏感:101名であった。アンケート回答者ごとのタンパク当たりのDJ−1測定結果を
図14に示す。敏感であるほどDJ−1量が高いことが分かった。
【0050】
試験例6
試験例1〜3で、ヒト皮膚角化細胞では、DJ−1がストレスを反映していることが明らかとなったため、ヒトの実際の皮膚ストレスを反映するか試験した。すなわちアンケートにより過去にマリンスポーツ等習慣的に紫外線を浴びた経験があるかどうかを質問し、その回答と頬中DJ−1量を比較した。
(1)試験方法
<アンケート>
健常肌を有する女性386名に過去にマリンスポーツ等習慣的に紫外線を浴びた経験があるかどうかを質問し、「無し」、「有り」のいずれかを回答させた。
<角層採取>
アンケートをした健常肌を有する女性386名の頬部から、角層チェッカー(アサヒバイオメッド社)を用いてテープストリッピング法により角層を採取した。
【0051】
<角層中DJ−1測定>
ガラスビーズとT-PERバッファー(Thermo scientific社)500μlの入ったチューブに角層を採取した角層チェッカーを入れ、25分ボルテックスミキサーにて振とうし、角層タンパクを抽出した。各サンプルのタンパク量はBCA protein Assay Kit (Thermo Scientific社)で測定した。測定には角層サンプルを10μlに reagentA: reagentB=50:1で混和した液200μlを加え、60℃30分でインキュベーションしたのち、562nmの吸光度で測定した。同時にウシ血清アルブミン(BSA)で検量線を作成した。この検量線と吸光度の値からタンパク量を算出した。
角層抽出液中に含まれるDJ−1量はHuman Park7/DJ−1 DuoSet (R&D systems社)を用いて定量した。
【0052】
(2)結果
アンケートの結果、無し:223名、有り:163名であった。アンケート回答者ごとのタンパク当たりのDJ−1測定結果を
図15に示す。習慣的に紫外線を浴びた経験のある回答者ほどDJ−1量が高いことが分かった。
【0053】
試験例7
ヒトにおける皮膚のストレス蓄積状態を把握するため、多数の被験者を対象として角層のDJ−1を測定した。
(1)試験方法
1)試験試料の採取
無作為に選抜した女性205名を対象として、頬よりテープストリッピング法によって角層サンプルを採取した。サンプルは1部位より1枚採取した。
【0054】
2)皮膚角層中DJ−1測定方法
試験例4と同様の方法で行った。
ガラスビーズとT-PERバッファー(Thermo scientific社)500μlの入ったチューブに角層を採取した角層チェッカーを入れ、25分ボルテックスミキサーにて振とうし、角層タンパクを抽出した。各サンプルのタンパク量はPierce BCA protein Assay Kit (Thermo Scientific社)で測定した。測定には角層サンプルを10μlに reagentA: reagentB=50:1で混和した液200μlを加え、60℃30分でインキュベーションしたのち、562nmの吸光度で測定した。同時にウシ血清アルブミン(BSA)で検量線を作成した。この検量線と吸光度の値からタンパク量を算出した。
角層抽出液中に含まれるDJ−1量はHuman Park7/DJ-1 DuoSet (R&D systems, DY3995E)を用いて定量した。
【0055】
(2)結果
測定結果を
図16に示す。
図16に示したとおり、DJ−1の発現量は、0.3pg/μg total proteinから5.0pg/μg total proteinを超える値までの広い範囲で分布している。平均値は2.6pg/μg total proteinであった。この度数分布と比較して、DJ−1の発現量が大きいと判断する基準は、自由に設定することが可能であるが、例えば、平均値である2.6pg/μg total protein 以上の値をDJ−1の発現量が大きいと判断する。あるいはまた、2.3pg/μg total proteinの累積度数が約50%なので、2.3pg/μg total protein を超える値を、DJ−1の発現量が大きいと判断することもできる。そして、DJ−1の発現量が大きいほど、ヒト皮膚のストレス蓄積度は大きいと判断できる。