【実施例】
【0031】
以下、本発明について実施例によりさらに詳細に説明する。しかし、これらの実施例は、説明のためだけに提供されるものであり、よって本発明はそれらによって限定されるものではない。
【0032】
1.材料及び試験方法
(1)ヒト神経前駆細胞(hNPCs)の分離
母体の子宮筋無力症(uterine atonies)によって流産したおよそ14週齢の胎児から、ヒト神経前駆細胞を分離した。前記胎児サンプルは、事前に胎児の親からインフォームド・コンセント(informed consent)を得た上で取得した。サンプルの収集及び研究目的のためのその使用は、チャ(CHA)病院の倫理委員会から承認を受けた。
【0033】
Storch et al.2001及びMilosevic et al.2006,2007などに開示された方法によって、ヒト神経前駆細胞を分離した。14週齢の胎児の脳組織から中脳腹側部の組織(ventral midbrain tissue)を分離した後、0.1mg/mlのパパイン及び100μg/mlのDNaseを含む溶液中で、37℃でおよそ30分間処理して、単一細胞に分散した懸濁液を得た。前記懸濁液を、リン酸緩衝食塩水(PBS)で洗浄し、50μg/mlのアンチパイン中で、37℃で30分間インキュベーションした。15μg/mlのポリ−L−オルニチン及び4μg/mlのフィブロネクチンでコーティングした培養皿に、得られたヒト神経前駆細胞(hNPCs)を30,000cells/cm
2の密度で単層になるよう播種して培養した。
【0034】
(2)分化及び分離
ドーパミン性ニューロンへの分化は別段の記載がない限り、以下の方法で行った。hNPCsを、15μg/mlのポリ−L−オルニチン及び4μg/mlのフィブロネクチンでコーティングした培養皿に、30,000cells/cm
2の密度で播種し、2日または3日経過したところで、細胞を2%のB−27 minus−AO supplement(GIBCO社)、10μMのフォルスコリン、1mMのdb−cAMP及び1mMのフザリン酸などの分化誘導剤を含むNB培地中で、37℃で7日間培養した。
【0035】
分化した細胞、すなわち、ドーパミン性ニューロンは、次のようにして回収した:培養皿から培地を取り除き、細胞を緩衝液で洗浄した後、Accutase(PAA社)で30分間処理して、細胞を分離した。細胞を再び緩衝液で洗浄した後、1,000rpmでおよそ5分間遠心分離した。上澄み液を取り除いて、分化したドーパミン性ニューロンを回収した。
【0036】
(3)RNA抽出、逆転写及び定量的リアルタイムPCR
全細胞RNAは、トリゾール及びクロロホルムを使用してhNPCsから抽出した。500ngの全RNAから、RNA Superscript II RTase、Oligo−d(T)プライマー、DTT及びdNTPsを使用し、製造元のプロトコールに従ってcDNAを合成した。PCRは、1μlのcDNA及び1μlの10pMプライマーを含む最終容積20μl中、SYBR−Green mixtureを使用して遂行した。内部コントロールとしてRPL22を使用して、TH、DAT、GFAP、Nurr1、Tuj1及びLmx1aの発現を分析した。定量的リアルタイムPCRは、LightCycler Systemを使用して遂行した。蛍光染色剤であるSYBR Greenの二本鎖DNAとの結合量を測定することによって、増幅をモニタリングして分析した。標的DNAは、95℃で10秒、60℃で10秒、72℃で20秒の条件で、全40サイクルを遂行して増幅した。最終伸長(extension)は、72℃で10分間行った。結果は、比較Ct法により、遺伝子RPL22に対して相対的に示した。前記PCRに使用したプライマーは、次の表1の通りである。
【0037】
【表1】
【0038】
(4)免疫細胞化学(immunocytochemistry)
hNPCsをPBSで3回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドを含むPBSで10分間処理して固定した。細胞をPBSで3回洗浄した後、3%正常ヤギ血清、0.2%トリトンX−100及び1%BSAを含むPBSと室温で1時間反応させてブロッキングした。細胞を一次抗体、すなわち、抗TH(rabbit anti−TH、Pelfreez)、抗Tuj1(mouse anti−Tuj1 Millipore、CA、USA)、抗ネスチン(rabbit anti−nestin、COVANCE、CA、USA)、抗GFAP (mouse anti-GFAP Millipore, CA, USA)、抗Ki67 (mouse anti-Ki67, Leica)、抗O4 (mouse anti-O4, Millipore)、抗Sox2 (rabbit anti-Sox2, Abcam)、抗VMAT2 (rabbit anti-VMAT2, Abcam)、抗Pitx3 (rabbit anti-Pitx3, Millipore)、抗DAT (rabbit anti-DAT, Santa Cruz)、抗Nurr1 (rabbit anti-Nurr1, Santa Cruz)、抗NeuN (mouse anti-NeuN, Millipore)、抗GIRK2 (rabbit anti-GIRK2, Alomone lab)、抗Cal28K (mouse anti-Cal28K, Sigma)、抗グルタミン酸 (rabbit anti-Glutamate, Sigma)、抗GABA (rabbit anti-GABA, Sigma)、抗ChAT (mouse anti-ChAT, Millipore)、及び抗5−HT(rabbit anti−5−HT、ImmunoStar)と共に、4℃で一晩中インキュベーションした後、PBSで3回洗浄した。次いで、細胞を二次抗体、すなわち、抗マウス(Alexa Fluor
TM 488)、抗マウス(Alexa Fluor
TM 594)、抗ウサギ(Alexa Fluor
TM 488)及び抗ウサギ(Alexa Fluor
TM 594)と共に、室温で60分間インキュベーションした後、DAPI(4’,6−diamidino−2−phenylindole)で染色(counterstaining)した。
【0039】
(5)免疫ブロッティング(immunoblotting)
タンパク質は、プロテアーゼインヒビター(PI)(Roche Molecular Biochemicals)を含むRIPA緩衝液[10mM HEPES−KOH(pH7.9)、10mM KCl、1.5mM MgCl
2、0.1%NP−40]で抽出した。BCA法(Pierce)により、タンパク質濃度を測定した。タンパク質を、SDS−10%ポリアクリルアミドゲル上で分離した後、PVDF膜に転写した。前記膜を、5%スキムミルク(skim milk)を含むTBS−T緩衝液を用いて室温で2時間ブロッキングした後、一次抗体、すなわち、抗TH(rabbit anti−TH、Pelfreez、1:1000)、抗Tuj1(rabbit anti−Tuj1 COVANCE、1:5000)、抗ネスチン(rabbit anti−Nestin、Abcam、1:1000)、抗Sox2 (rabbit anti-Sox2, Abcam, 1:1000)、抗Bcl2 (mouse anti-Bcl2, Santa Cruz, 1:200)、抗PCNA (mouse anti-PCNA, Santa Cruz, 1:1000)、抗VMAT2 (rabbit anti-VMAT2, Abcam, 1:1000)、抗Pitx3 (rabbit anti-Pitx3, Millipore, 1:2000)、抗DAT (rabbit anti-DAT, Santa Cruz, 1:200)、抗Nurr1 (rabbit anti-Nurr1, Santa Cruz, 1:250)、及び抗アクチン(rabbit anti−Actin、Santa Cruz、1:5000)と共に、4℃で一晩中インキュベーションした。前記膜は、HRP(horse radish peroxidase)が結合(conjugation)した抗マウス及び抗ウサギの二次抗体と共に、1時間室温でインキュベーションした後、化学発光ウェスタンブロット検出試薬(chemiluminescence western blot detection reagents)と反応させた。
【0040】
2.結果及び考察
(1)分化条件(培地条件)の評価
Neurobasal培地[differentiation medium(DM) control]にインターロイキン1β、db−cAMP及びフザリン酸(Fus)を多様な濃度及び組み合わせで加えて得られた培地中で、hNPCsをドーパミン性ニューロンに分化させた。ドーパミン性ニューロンのマーカーであるTH、及び神経マーカーであるTuj1を、DAPI染色を介して測定した(
図1)。
図1の結果から、db−cAMP及びフザリン酸を含む培地を使用した場合、TH及びTuj1の発現レベルが最も高い、すなわち、分化効率が最も高いことが分かる。また、db−cAMP及びフザリン酸をそれぞれ100μMの濃度で使用した場合、最も高い分化効率が得られることが分かる。
【0041】
DMEM/F12(1:1) Glutamax培地中でhNPCsを増殖させた後、2%のB−27 minus−AO supplement(GIBCO社)、10μMのフォルスコリン及び1mMのdb−cAMPを含み、かつフザリン酸100μMを含むまたは含まないNeurobasal(NB)培地中でニューロンに分化させた。分化誘導後、TH及びTuj1の発現レベルを測定した(
図2)。免疫細胞化学分析及びRT−PCR分析の結果を
図3に示す。
図2及び
図3の結果から、フザリン酸を添加した場合、ドーパミン性ニューロンのマーカーであるTHが、著しく高く発現していることが分かる。また、フザリン酸を添加すると、神経マーカーであるTuj1の発現もまた増加した。
【0042】
使用が制限される高価な分化誘導剤SHH及びFGF8に対する代替可能性を評価するために、DMEM/F12(1:1)Glutamax培地中でhNPCsを増殖させた。2%のB27、200ng/mlのSHH、25ng/mlのFGF8、10μMのフォルスコリン、100μMのフザリン酸及び100μMのdb−cAMPを使用して、Neurobasal(NB)培地(Invitrogen社)中で分化を誘導した後、THの発現レベルを測定した(
図4)。
図4の結果から、SHH及びFGF8の代わりにフザリン酸で処理した場合に、細胞は最も効果的にドーパミン性ニューロンに分化することが分かる。また、SHH及びFGF8に追加でフザリン酸を加えた場合にも、ドーパミン性ニューロンへの分化が増加した。
【0043】
従って、前記
図1ないし
図4の結果から、フザリン酸を含む培地中でhNPCsの分化を誘導することにより、ドーパミン性ニューロンへの有意に高い分化効率を達成することが可能であることが分かる。
【0044】
(2)分化条件(培養条件)の評価
DMEM/F12(1:1)Glutamax培地中でhNPCsを増殖させた後、2%のB27、10μMのフォルスコリン、100μMのフザリン酸及び100μMのdb−cAMPを含むNeurobasal(NB)培地(Invitrogen社)中、低酸素条件(3%の酸素分圧)下または正常酸素条件(21%の酸素分圧)下で分化させた。分化誘導後、THの発現レベルを測定した(
図5)。
図5の結果から、細胞は、低酸素条件において、正常酸素条件より効率的にドーパミン性ニューロンに分化することが分かる。
【0045】
(3)フザリン酸の神経保護効果の分析
1−メチル−4−フェニルピリジウム(MPP:1−methyl−4−phenylpyridium)は、ドーパミン性ニューロンに対して細胞毒性を示すことが知られている。従って、MPP存在下における分化誘導により、分化過程でのフザリン酸の機能を評価した(
図6)。
【0046】
図6の結果から、フザリン酸を含む培地で分化を誘導した方が、MPP処理下でも、THを発現する細胞が多く生存していることが分かる。また、神経マーカーであるTuj1も相対的に多く発現していた。これらの結果から、フザリン酸は神経保護活性を有し、その結果、THを発現する細胞の生存に影響を及ぼし、相対的により多くのドーパミン性ニューロンを生存させるということが示唆される。
【0047】
(4)分化/増殖の評価
DMEM/F12(1:1)Glutamax培地中でhNPCsを増殖させた後、2日に1回培地を替えつつ、3%の酸素分圧の条件下で連続的に継代培養した。初期継代(第7継代)、中間継代(第11継代)、後期継代(第17継代)で得られたhNPCsを、2%のB27、10μMのフォルスコリン、100μMのフザリン酸及び100μMのdb−cAMPを含むNB培地(Invitrogen社)中、3%の酸素分圧の条件下で7日間培養して分化させた。
【0048】
初期継代(第7継代)、中間継代(第11継代)、後期継代(第17継代)で得られたそれぞれの細胞(増殖細胞及び分化細胞)におけるTH及びTuj1の発現レベルを測定した(
図7)。免疫細胞化学法により、細胞でのTH発現レベルを測定した(
図8)。また、免疫細胞化学法により、ネスチン(神経幹細胞マーカー)、Ki67(増殖性細胞マーカー)及びTuj1(神経マーカー)の発現レベルを測定した(
図9)。本発明によって分化した細胞中のTH陽性細胞数は、非分化誘導細胞(すなわち、増殖細胞)中のそれに比べて20%以上増加した。分化効率は、継代回数の増加と共に、およそ30%まで上昇した(
図7のA参照)。また、分化後のTuj1陽性細胞数も、分化前のおよそ10%から、40ないし45%まで増加し、これは、後期継代でも変わらなかった(
図7のB参照)。前記結果は、TH陽性細胞に対する免疫細胞化学分析の結果とも一致しており、分化効率は、継代が後期になるにつれて上昇した(
図8参照)。分化後のネスチン及びki67の発現は減少したが、一方でTuj1発現は増加した(
図9参照)。このような結果は、分化が進行するにつれて、増殖する細胞が幹細胞特性を徐々に失い、成熟したニューロンに分化することを示している。
【0049】
また、初期継代(第7継代)のhNPCに対して行った蛍光活性化細胞選別分析(FACSanalysis)の結果、神経幹細胞の表面マーカー、すなわち、CD15,184及び133は分化後、分化前より有意に減少した(
図10参照)。このような結果は、細胞が幹細胞の特性を失い、分化細胞に変化していることを示す。また、RT−PCR分析の結果、継代回数の増加と共に、ドーパミン性ニューロンのマーカーであるTHの発現は正常に維持されたが、神経マーカーであるTuj1の発現は増加し、神経幹細胞マーカーであるネスチン、sox2、musashi1の発現は減少した(
図11のA参照)。ウェスタンブロット分析の結果、継代回数の増加と共に、THの発現は正常に維持されたが、Tuj1の発現は増加し、ネスチン、sox2の発現は減少した(
図11のB参照)。これは、RT−PCR分析の結果と同様であった。また、Bcl2(抗アポトーシスマーカー)及びPCNA(増殖マーカー)も減少した(
図11のB参照)。
【0050】
従って、前記
図7ないし
図11の結果から、後期継代まで細胞を培養した後、前記分化培地で分化させた場合、初期継代の細胞と同様の分化効率で分化が誘導されることが分かる。
【0051】
(5)分化したドーパミン性ニューロンの特性分析
hNPCsを、2%のB27、10μMのフォルスコリン、100μMのフザリン酸及び100μMのdb−cAMPを含むNB培地(Invitrogen社)中、3%の酸素分圧の条件で14日間培養して分化させた。
【0052】
得られた細胞におけるTHの発現及び成熟したドーパミン性ニューロンのマーカー(NeuN、VMAT2、Nurr1及びPitx3)の発現を、免疫細胞化学法で測定した(
図12のA)。TH発現細胞のタイプ(A9タイプまたはA10タイプ)を確認するために、Girk2及びcal28Kの発現を、免疫細胞化学法で測定した(
図12のB)。Girk2及びTHが同時に発現している場合、細胞はA9タイプと見なされる。cal28K及びTHが同時に発現している場合、細胞はA10タイプと見なされる。
図12の結果から、本発明の分化方法によって得られたドーパミン性ニューロンは、A9タイプの成熟したドーパミン性ニューロンであることが分かる。
【0053】
また、RT−PCR分析の結果、THと共に、VMAT2、Pitx3、DAT、Nurr1などの成熟ドーパミン性ニューロンのマーカーは分化後(+)、分化前(−)より著しく増加した(
図13のA)。ウェスタンブロット分析において、THと共に、VMAT2、Pitx3、DAT、Nurr1などの成熟ドーパミン性ニューロンのマーカーは分化後(+)、分化前(−)より著しく増加した(
図13のB)。このような結果は、免疫細胞化学分析の結果とも一致した(
図13のC)。成熟ドーパミン性ニューロンのマーカーは、分化誘導後7日から14日の間に顕著に増加することを免疫細胞化学法により確認した。
【0054】
また、他のサブタイプ(subtype)のニューロンへの分化を確認するために、グルタミン酸、GABA、ChAT及びセロトニンの発現を、免疫細胞化学法で測定した(
図14)。
図14の結果から、他のサブタイプのニューロンは、ドーパミン性ニューロンより発現が有意に少ないことが分かる。