【文献】
株式会社島津製作所,「無細胞系タンパク質合成試薬キット Transdirect insect cell」 実験プロトコル「合成タンパク質のアフィニティ精製」,2007年10月,第3頁,URL,http://www.an.shimadzu.co.jp/bio/reagents/trans/prtcl04.pdf
【文献】
J. Biol. Chem., (1991), Vol. 266, No. 6, p. 3987-3994
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記抽出処理が、前記抽出用バッファー中に懸濁した前記培養細胞を急激に凍結させ、凍結させた前記培養細胞を融解させることによって行われる、請求項1に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0027】
[1.培養細胞]
本発明において無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液の材料となる培養細胞は真核細胞であれば特に限定されない。従来から無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液の調製に用いられている培養細胞を用いることができる。例えば、昆虫細胞、哺乳動物細胞(ヒト由来細胞、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)由来細胞、HeLa細胞など)や抗体産生用のハイブリドーマなどの培養細胞を用いることができる。
【0028】
本発明においては、培養細胞は昆虫培養細胞であることが好ましい。以下、昆虫培養細胞についてさらに記載するが、その他の培養細胞についても、当業者であれば適宜用意することができる。
昆虫細胞としては、特に制限はなく、たとえば、鱗翅目、直翅目、双翅目、膜翅目、鞘翅目、甲虫目、脈翅目、半翅目などの昆虫由来の細胞を使用することができる。中でも、培養細胞株が多く樹立されていることから鱗翅目、半翅目などの昆虫由来の細胞が好ましい。また、昆虫細胞としては、いかなる組織由来の細胞であってもよく、たとえば、血球細胞、生殖巣由来細胞、脂肪体由来細胞、胚由来細胞、孵化幼虫由来細胞などを特に制限なく使用することができる。中でも、タンパク質生産能が高いと考えられる生殖巣由来細胞を使用することが好ましい。特に、細胞系においてタンパク質合成能が高く、また無血清培地にて培養が可能であることから、Trichoplusia niの卵細胞由来の細胞であるHigh Five(Invitrogen社製)やSpodoptera frugiperda卵巣細胞由来の細胞であるSf21(Invitrogen社製)を昆虫細胞として用いることが好ましい。なお本発明においては、単一種の昆虫における単一の組織由来の昆虫細胞に限らず、単一種の昆虫における複数種の組織由来であってよく、複数種の昆虫における単一の組織由来であってもよく、無論、複数種の昆虫における複数種の組織由来であってもよい。
【0029】
本発明の調製方法において昆虫細胞培養細胞を用いる場合、培養細胞は、後述の抽出の工程に直接供することができる。また、特に必要ではないが、抽出の工程の前に洗浄工程を行うことを除外するものではない。例えば、後述の抽出工程の前に、プロテアーゼインヒビター及びグリセロールを含有しない以外は後述する抽出用バッファーと同じ組成を有する洗浄液にて、昆虫細胞を予め洗浄しておくことも許容する。洗浄液での洗浄は、昆虫細胞に洗浄液を添加し、これを遠心分離(たとえば、700×g、10分間、4℃という条件)することによって行う。洗浄に用いる洗浄液の量は、培地を完全に洗い流すという理由から、湿重量1gの昆虫細胞に対し5mL〜100mLであることが好ましく、10mL〜50mLであることがより好ましい。洗浄回数は、1回〜5回行うことが好ましく、2回〜4回行うことがより好ましい。
また本発明の調製方法に供する昆虫培養細胞の量は、特に制限されるものではないが、抽出効率を最適に保つため、抽出用バッファー1mLに対して0.1g〜5gであることが好ましく、0.5g〜2gであることがより好ましい。
【0030】
[2.抽出処理物の調製]
[2−1.抽出]
培養細胞に対する抽出処理は、培養細胞を破砕することによって行われるものであり、抽出用バッファーを用いて、従来から行われている方法を特に限定することなく用いることができる。当業者であれば、その方法を適宜選択することができる。例えば、抽出用バッファー中に懸濁した培養細胞を凍結し、解凍するか、又は乳鉢中で乳棒を用いてすり潰す方法、抽出用バッファー中に懸濁した培養細胞又はさらに凍結した培養細胞を、ダウンスホモジナイザーや、ガラスビーズを用いて破砕する方法などが挙げられる。
【0031】
本発明の調製方法では、抽出用バッファー中に懸濁した培養細胞を急激に凍結する方法を用いて抽出を行うことが好ましい(たとえば
図1に例示する態様において行われる)。
この方法において、「急激に凍結」とは、凍結処理に付した後、10秒以下、好ましくは2秒以下で培養細胞を凍結させることを指す。本発明において、培養細胞の凍結を急激に行わなかった場合には、タンパク質合成に必須な成分が不活化する虞、または細胞からの抽出効率が低下する虞がある。培養細胞を急激に凍結させる温度としては、通常−80℃以下であり、好ましくは−150℃以下である。−80℃を越える温度で急激に凍結させると、タンパク質合成に必須な成分が失活してタンパク質合成能が低下してしまう傾向にあるためである。
【0032】
培養細胞の急激な凍結は、たとえば、液体窒素や液体ヘリウムなどの不活性ガスを使用することなどによって実現できる。例えば、入手が容易であり安価な液体窒素を用いて行うことが好ましい。
【0033】
上記急激に凍結した培養細胞は、解凍することによって抽出を完了させることができる(たとえば
図1に例示する態様において行われる)。特に、動物細胞由来の培養細胞(例えば昆虫培養細胞)であれば、この方法を用いると細胞の破砕が容易である点で好ましい。さらに、凍結及び解凍による抽出を行うことによって得られる抽出液にはタンパク質合成に必須な成分が活性を保持した状態で含まれているため、タンパク質合成能の高い抽出液を得ることができるという点でも好ましい。
【0034】
上記急激に凍結した培養細胞の解凍は、たとえば−10℃〜20℃の水浴または氷水浴中での解凍、室温(25℃)にての放置などによって実現できる。タンパク質合成に必須な成分の失活を防止し、タンパク質合成能の低下を確実に防ぐことから、0℃〜20℃(特には、4℃〜10℃)の水浴または氷水浴中で解凍を行うことが好ましい。
【0035】
本発明においては、上記の抽出によって得られた抽出混合液そのものが、又は後述のようにして抽出混合液から得られる上清が、後述のチューブリン重合反応に供されるべき抽出処理物となりうる。
【0036】
[2−2.上清の取得]
上記の抽出によって得られた抽出混合液は、後述のチューブリン重合反応の前に、核や膜成分を含む細胞残渣除去のための遠心分離に供されることができる。遠心分離によって、抽出混合液から上清を取得することができ、取得された上清がチューブリン重合応に供されるべき抽出処理物となりうる。
遠心分離の具体的な条件は、核や膜成分を含む細胞残渣の分離が達成され、且つ上清のタンパク質合成能を適切に保つことができるならば、特に限定されない。具体的には、例えば10,000×g〜50,000×g、1〜60分間の条件にて行うことができる。上記範囲を下回ると、核や膜成分を含む細胞残渣が上清中に残りうる傾向にある。上記範囲を上回ると、上清のタンパク質合成能が低下する傾向にある。この場合の温度条件としては、例えば0〜10℃とすることができる。
遠心分離は、例えば上記の条件で遠心分離を行う場合では、1回又は2回行うことができる。このうちでも、タンパク質合成活性の観点から、1回行うことが好ましい場合がある。
【0037】
[2−3.抽出用バッファー]
上述の抽出に用いられる抽出用バッファーとしては特に限定されるものではないが、プロテアーゼインヒビターを少なくとも含有することが好ましい。プロテアーゼインヒビターを含有する抽出用バッファーを用いると、培養細胞由来の抽出物に含有されるプロテアーゼの活性が阻害され、前記プロテアーゼによる抽出混合液中の活性タンパクの不所望な分解を防止でき、結果として、得られる無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液のタンパク質合成能を有効に引き出すことができるという利点がある。
【0038】
上記プロテアーゼインヒビターとしては、プロテアーゼの活性を阻害し得るものであるならば特に制限はなく、たとえば、フェニルメタンスルホニルフルオリド(以下、「PMSF」ということがある。)、アプロチニン、ベスタチン、ロイペプチン、ペプスタチンA、E−64(L−trans−エポキシスクシニルロイシルアミド−4−グアニジノブタン)、エチレンジアミン四酢酸、ホスホラミドンなどを使用することができる。培養細胞由来の抽出物にはセリンプロテアーゼが含まれうることから、上記中でもセリンプロテアーゼに対して特異性の高いインヒビターとして働くPMSFを使用することが好ましい。また、1種類のプロテアーゼインヒビターのみならず、数種類の混合物(プロテアーゼインヒビターカクテル)を用いてもよい。
【0039】
前記抽出用バッファー中におけるプロテアーゼインヒビターの含有量に特に制限はないが、本発明の作用に必須な酵素類の分解阻害能を好適に発揮できる観点から、1μM〜50mM含有されることが好ましく、0.01mM〜5mM含有されることがより好ましい。プロテアーゼインヒビターが1μM未満であると、プロテアーゼの分解活性を充分抑えることができない傾向にあるためであり、またプロテアーゼインヒビターが50mMを越えると、タンパク質合成反応を阻害する傾向にあるためである。
【0040】
また本発明に用いる抽出用バッファーは、上記プロテアーゼインヒビターに加えて、カリウム塩、マグネシウム塩、ジチオトレイトール、キレート剤及び緩衝剤を少なくとも含有することが好ましい。
上記カリウム塩としては、本発明の作用を阻害するようなものでなければ特に制限はなく、たとえば酢酸カリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、塩化カリウム、リン酸水素二カリウム、クエン酸水素二カリウム、硫酸カリウム、リン酸二水素カリウム、ヨウ化カリウム、フタル酸カリウムなど一般的な形態で使用することができ、中でも酢酸カリウムを使用することが好ましい。カリウム塩は、タンパク質合成反応における補助因子として作用する。
【0041】
前記抽出用バッファー中におけるカリウム塩の含有量に特に制限はないが、保存安定性の観点から、たとえば酢酸カリウムなど1価のカリウム塩である場合、10mM〜500mM含有されることが好ましく、50mM〜300mM含有されることがより好ましい。カリウム塩が10mM未満または500mMを越えると、タンパク質合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0042】
上記マグネシウム塩としては、本発明の作用を阻害するようなものでなければ特に制限はなく、たとえば酢酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、クエン酸マグネシウム、リン酸水素マグネシウム、ヨウ化マグネシウム、乳酸マグネシウム、硝酸マグネシウム、シュウ酸マグネシウムなど一般的な形態で使用することができ、中でも酢酸マグネシウムを使用することが好ましい。マグネシウム塩も、タンパク質合成反応における補助因子として作用する。
【0043】
前記抽出用バッファー中におけるマグネシウム塩の含有量に特に制限はないが、保存安定性の観点から、たとえば酢酸マグネシウムなど2価の塩である場合、0.1mM〜10mM含有されることが好ましく、0.5mM〜5mM含有されることがより好ましい。マグネシウム塩が0.1mM未満または10mMを越えると、タンパク質の合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0044】
上記ジチオトレイトール(DTT)は、酸化防止の目的で配合されるものであり、前記抽出用バッファー中において0.1mM〜10mM含有されることが好ましく、0.5mM〜5mM含有されることがより好ましい。DTTが0.1mM未満または10mMを越えると、タンパク質の合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0045】
上記キレート剤としては、本発明の作用を阻害するようなものでなければ特に制限はなく、たとえばグリコールエーテルジアミン四酢酸(EGTA)、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)など一般的な形態で使用することができ、中でもEGTAを使用することが好ましい。キレート剤はチューブリンの脱重合を促進するカルシウムをキレートし、チューブリンの脱重合を阻害する。
【0046】
前記抽出用バッファー中におけるキレート剤の含有量に特に制限はないが、保存安定性の観点から、たとえばEGTAである場合、0.2mM〜20mM含有されていることが好ましく、1mM〜10mM含有されることがより好ましい。キレート剤が0.2mM未満または20mMを超えると、チューブリンが脱重合されたり、タンパク質の合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0047】
上記緩衝剤は、抽出用バッファーによる抽出により得られる抽出処理物において、例えば酸性または塩基性物質の添加などによって起こるpHの急激な変化による抽出物の変性を防止する目的で配合される。このような緩衝剤としては、特に制限はなく、たとえば、HEPES−KOH、Tris−HCl、酢酸−酢酸ナトリウム、クエン酸−クエン酸ナトリウム、リン酸、ホウ酸、MES、PIPESなどを使用することができる。
緩衝剤は、抽出により得られる抽出処理物のpHが4〜10に保持されるようなものを使用することが好ましく、pHが6.5〜8.5に保持されるようなものを使用することがより好ましい。抽出液のpHが4未満またはpHが10を越えると、本発明の反応に必須な成分が変性する虞があるためである。このような観点より、上記中でもHEPES−KOH(pH6.5〜8.5)を使用することが特に好ましい。
【0048】
前記抽出用バッファー中における緩衝剤の含有量に特に制限はないが、好適な緩衝能を保持する観点から、5mM〜200mM含有されることが好ましく、10mM〜100mM含有されることがより好ましい。緩衝剤が5mM未満であると、酸性または塩基性物質の添加によりpHの急激な変動を引き起こし、抽出物が変性する傾向にあるためであり、また緩衝剤が200mMを越えると、塩濃度が高くなり過ぎ、タンパク質合成に必須な成分が不安定になる傾向にあるためである。
【0049】
抽出用バッファーにおいては、上記組成に加えて、グリセロールをさらに含みうる。このような抽出用バッファーの使用は、タンパク質合成能がより向上された無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液を得ることができるため好ましい。
グリセロールの添加量については特に制限されるものではないが、上記タンパク質合成能の向上の効果を有効に発揮し得る観点より、抽出用バッファー中5(v/v)%〜80(v/v)%となるように添加されることが好ましく、10(v/v)%〜50(v/v)%となるように添加されることがより好ましい。
【0050】
[2−4.培養細胞抽出処理物]
上述の抽出用バッファーを用いることにより、少なくとも抽出処理によって得られる抽出処理物は、例えば以下の組成を有するものとして調製することができる。すなわち、培養細胞由来の抽出物をタンパク質濃度で1mg/mL〜200mg/mL、好ましくは10mg/mL〜100mg/mL含有するとともに、10mM〜500mM、好ましくは50mM〜300mMのカリウム塩(例えば酢酸カリウム);0.1mM〜10mM、好ましくは0.5mM〜5mMのマグネシウム塩(例えば酢酸マグネシウム塩);0.1mM〜10mM、好ましくは0.5mM〜5mMのDTT;0.2mM〜20mM、好ましくは1mM〜10mMのキレート剤(たとえばEGTA);1μM〜50mM、好ましくは0.01mM〜5mMのプロテアーゼインヒビター(例えばPMSF);5mM〜200mM、好ましくは10mM〜100mMの緩衝剤(例えばHEPES−KOH(pH6.5〜8.5));5(v/v)%〜80(v/v)%、好ましくは10(v/v)%〜50(v/v)%のグリセロールを含有するように実現されうる。
【0051】
[3.チューブリン重合]
培養細胞抽出処理物は、チューブリン重合反応に供され、重合されたチューブリンを含む反応混合液が得られる。
[3−1.重合試薬]
チューブリンの重合試薬としては、チューブリンへ結合し、チューブリンの重合促進(脱重合阻害)及び微小管安定化をさせる作用を有する物質(有糸分裂阻害剤)を特に限定することなく用いることができる。このような物質として、例えば、タキサン化合物やエポチロン化合物が挙げられる。
【0052】
タキサン化合物は、タキサン環(トリシクロ[9.3.1.0
3,8]ペンタデカン)を基本骨格とする化合物である。例えば、パクリタキセル(例えばタキソール(登録商標))やドセタキセル(例えばタキソテール(登録商標))などのタキサン系抗がん剤が挙げられる。
エポチロン化合物は、16員環マクロライド構造と側鎖チアゾール環とを有する化合物である。例えば、エポチロンA及びその類似体、エポチロンB及びその誘導体(例えばイグザベピロン)などのエポチロン系抗がん剤が挙げられる。
【0053】
上述の重合試薬は、例えば、重合反応系中において0.1μM〜500μM、好ましくは5μM〜100μM、例えば20μMとすることができる。上記範囲を下回ると、チューブリンが重合されない傾向にある。上記範囲を上回ると、タンパク質合成に必須な成分が不安定となる傾向にある。
【0054】
また、上記の試薬に加えて、グアノシン三リン酸(GTP)が用いられる。チューブリンの重合工程においては、GTPが結合したチューブリンニ量体が重合する。重合反応系におけるGTPの濃度は、例えば0.01mM〜50mM、好ましくは0.5mM〜10mM、例えば2mMとすることができる。上記範囲を下回ると、チューブリンが重合されない傾向にある。上記範囲を上回ると、タンパク質合成に必須な成分が不安定となる傾向にある。
【0055】
抽出処理において使用される抽出用バッファーには、チューブリン重合に関与する成分が予め含まれ、チューブリン重合反応系を構築した際にも、反応系において、その成分が重合反応に十分な量で(例えばGTPやタキソールであれば上記の濃度を満たす程度に)含まれる場合がある。この場合には、チューブリン重合工程において改めてチューブリン重合に関与する成分を加えなくてもよい。
また、抽出用バッファーに予めチューブリン重合に関与する成分が含まれていたとしても、重合反応系を構築した際に、反応系において、その成分が十分でない場合もある。このような場合には、チューブリン重合工程において、不足する量の前記成分を足すことによって、反応系においてその成分が重合反応に十分な量(例えばGTPやタキソールであれば上記の濃度を満たす程度)となるように調整することができる。
【0056】
なお、重合反応系において、上述の培養細胞抽出処理物の含有量は、50(v/v)%〜99(v/v)%、好ましくは80(v/v)%〜99(v/v)%に調整することができる。タンパク質合成能を損なわない為に可能な限り希釈を抑える必要があり、上記範囲を下回ると、タンパク質合成能が低下する傾向にある。
【0057】
重合反応温度は、室温でよい。具体的には、10〜40℃、好ましくは15〜35℃において重合反応を行うことができる。上記範囲を上回ると、タンパク質合成能が低下する傾向にあり、上記範囲を下回ると、チューブリンの重合反応が十分に進行しない傾向にある。
また、重合反応時間は、5〜120分、好ましくは20〜60分とすることができる。上記範囲を上回ると、タンパク質合成能が低下する傾向にあり、上記範囲を下回ると、チューブリンの重合反応が十分に進行しない傾向にある。
【0058】
[4.チューブリン重合物の除去及びバッファー交換]
チューブリン重合反応によって得られた反応混合液は、チューブリン重合物の除去及びバッファー交換に供され、無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液が得られる。
[4−1.チューブリン重合物の除去]
チューブリン重合物の除去は、分離によって、反応混合液から上清を取得することによって行うことができる。分離の具体的方法は特に限定されない。無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液の調製分野において行われる分離法を当業者が適宜選択することができる。好ましくは、遠心分離が行われる(たとえば
図1に例示する態様において行われる)。さらに具体的には、この分野において通常行われている条件(例えば10,000×g〜50,000×g、0℃〜30℃、10分間〜60分間)で行うことができる。
分離を行う回数は特に限定されず、1回又は2回行うことができるが、無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液のタンパク質合成能の観点からは1回行うことが好ましい場合がある。
【0059】
[4−2.バッファー交換]
上記除去によって得られた上清は、バッファー交換に供される。バッファー交換によって、低分子不純物の除去が行われ、無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液が得られる。
バッファー交換に用いられる交換用バッファーとしては特に限定されず、当業者が適宜決定する事ができる。例えば、10mM〜100mMの緩衝剤(例えばHEPES−KOH)(pH6.5〜8.5)、50mM〜300mMのカリウム塩(例えば酢酸カリウム)、0.5mM〜5mMのマグネシウム塩(酢酸マグネシウム)、0.5mM〜5mMのDTT、1(v/v)%〜20(v/v)%のグリセロール、0.01mM〜5mMのプロテアーゼインヒビター(例えばPMSF)を含有するものを用いることができる。
【0060】
バッファー交換を行うための具体的な方法としては特に限定されず、当業者が適宜選択することができる。
本発明においては、ゲル濾過を行うことが好ましい。ゲル濾過は、脱塩カラムを用いることができ(たとえば
図1に例示する態様において行われる)、好ましく使用することができるものとしてはPD−10(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)が挙げられる。常法にしたがって、ゲル濾過用緩衝液にてカラムを平衡化した後、試料を供給し、上記ゲル濾過用緩衝液にて溶出する、というような条件下で行えばよい。ゲル濾過用緩衝液としては、従来公知の適宜の組成のものを特に制限なく使用することができ、例えば、上記の組成を有する交換用バッファーをゲル濾過用緩衝液として用いることができる。
【0061】
また、本発明においては、バッファー交換の後、抽出液を濃縮することができる。例えば、上記ゲル濾過後の濾液において、吸光度が高い画分を分取することにより、培養細胞抽出物が濃縮された抽出液を得ることができる。これは、タンパク質合成能の観点から好ましい。ゲル濾過して得られる濾液は、通常のゲル濾過で行われているように、0.1mL〜1mLを1画分とすればよく、高いタンパク質合成能を有する画分を効率よく分取するという観点より、0.4mL〜0.6mLを1画分とすることが好ましい。これら画分のうち、分光光度計などの機器を用いて、280nmにおける吸光度が10以上、好ましくは30以上の画分(すなわち吸収の大きな画分を)を分取することが好ましい。このように分取された画分を、無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液として使用することができる。
【0062】
[5.無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液]
本発明の方法にて調製された無細胞系タンパク質合成用の培養細胞抽出液は、培養細胞由来の抽出物をタンパク質濃度で1mg/mL〜200mg/mL含有することが好ましく、10mg/mL〜100mg/mL含有することがより好ましい。前記抽出物の含有量がタンパク質濃度で1mg/mL未満であると、本発明の作用に必須な成分の濃度が低くなり、充分な合成反応が行えなくなる虞があるためであり、また前記抽出物の含有量がタンパク質濃度で200mg/mLを越えると、抽出液自体が高い粘性を有し、操作しづらい虞があるためである。
該抽出液中の培養細胞由来の抽出物の含有量は、タンパク質濃度を測定することで決定されうる。例えば、BCA Protein assay Kit(PIERCE社製)を使用し、タンパク質濃度を測定することによって決定されうる。例えば、反応試薬2mLに対してサンプルを0.1mL加え、37℃で30分間反応させ、分光光度計(Biospec−mini、島津製作所社製)を用いて、562nmにおける吸光度を測定する。コントロールとしては、通常、ウシ血清アルブミン(BSA)を使用し、検量線を作成する。このような手法により測定することができる。
【0063】
また、抽出液中に含有される抽出物がいかなる細胞由来のものであるか否かは、たとえば、抽出液中のリボソームRNAの塩基配列解析を行うことによって判別することができる。
【0064】
本発明の抽出液は、培養細胞由来の抽出物をタンパク質濃度で10mg/mL〜100mg/mL含有するとともに、50mM〜300mMのカリウム塩(例えば酢酸カリウム)、0.5mM〜5mMのマグネシウム塩(例えば酢酸マグネシウム)、0.5mM〜5mMのDTT、0.01mM〜5mMのプロテアーゼインヒビター(例えばPMSF)、10mM〜100mMの緩衝剤(例えばHEPES−KOH(pH6.5〜8.5))を含有するように実現されることが好ましい。さらに、前記抽出液において、1(v/v)%〜20(v/v)%のグリセロールを含有することが好ましい。上記範囲を上回ると、タンパク質合成能が低くなる傾向にある。また、上記範囲を下回ると、抽出物の保存安定性が悪くなる傾向にある。前記抽出液におけるグリセロール濃度は、抽出処理物におけるグリセロール濃度より低くなりうる。
【0065】
[6.無細胞系タンパク質合成]
本発明の無細胞系タンパク質合成用細胞抽出液は、無細胞系タンパク質合成に関わる添加物を添加し、無細胞系タンパク質合成用反応液として調製することができる。上記添加物に特に制限はなく、無細胞系のタンパク質合成の分野において従来より一般に使用されているものであればよい。
なお、無細胞系タンパク質合成用反応液は、本発明の抽出液が10(v/v)%〜80(v/v)%、特には30(v/v)%〜60(v/v)%含有されるように調製されることが好ましい。
すなわち、上記反応液の全体において、昆虫細胞由来の抽出物の含有量が、タンパク質濃度で0.1mg/mL〜160mg/mLとなるように調製されることが好ましく、3mg/mL〜60mg/mLとなるように調製されることがより好ましい。前記抽出物の含有量がタンパク質濃度で0.1mg/mL未満または160mg/mLを越えると、目的のタンパク質の合成速度が低下する虞があるためである。
【0066】
通常、上記反応液としては、上記抽出液を除く成分として、カリウム塩、マグネシウム塩、DTT、アデノシン三リン酸、グアノシン三リン酸、クレアチンリン酸、クレアチンキナーゼ、アミノ酸成分、RNaseインヒビター、tRNA、外来mRNA、緩衝剤を少なくとも含有するものを用いる。これにより、短時間で大量のタンパク質の合成が可能であるというような利点をさらに有する無細胞系タンパク質合成用の反応液を実現できる。
【0067】
前記反応液中におけるカリウム塩としては、抽出用液の成分として上述した各種のカリウム塩、好適には酢酸カリウム、を好ましく使用できる。カリウム塩は、上述した抽出用液におけるカリウム塩の場合と同様の観点から、前記反応液中において、10mM〜500mM含有されることが好ましく、50mM〜150mM含有されることがより好ましい。
【0068】
前記反応液中におけるマグネシウム塩としては、抽出用液の成分として上述した各種のマグネシウム塩、好適には酢酸マグネシウム、を好ましく使用できる。マグネシウム塩は、上述した抽出液におけるマグネシウム塩の場合と同様の観点から、前記反応液中において、0.1mM〜10mM含有されることが好ましく、0.5mM〜3mM含有されることがより好ましい。
【0069】
前記反応液中におけるDTTは、上述した抽出用液におけるDTTの場合と同様の観点から、0.1mM〜10mM含有されることが好ましく、0.2mM〜5mM含有されることがより好ましい。
【0070】
前記反応液中におけるアデノシン三リン酸(ATP)は、タンパク質合成の速度の観点から、前記反応液中において0.01mM〜10mM含有されることが好ましく、0.1mM〜5mM含有されることがより好ましい。ATPが0.01mM未満または10mMを越えると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0071】
当該反応液中におけるグアノシン三リン酸(GTP)は、タンパク質合成の速度の観点から、当該反応液中において0.01mM〜10mM含有されることが好ましく、0.05mM〜5mM含有されることがより好ましい。GTPが0.01mM未満または10mMを越えると、タンパク質合成の速度が低下する傾向にあるためである。
【0072】
当該反応液中におけるクレアチンリン酸は、タンパク質を継続的に合成するための成分であって、ATPとGTPを再生する目的で配合される。クレアチンリン酸は、タンパク質合成の速度の観点から、当該反応液中において1mM〜200mM含有されることが好ましく、10mM〜100mM含有されることがより好ましい。クレアチンリン酸が1mM未満であると、充分な量のATPとGTPが再生されにくく、結果としてタンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためであり、またクレアチンリン酸が200mMを越えると、阻害物質として働き、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0073】
当該反応液中におけるクレアチンキナーゼは、タンパク質を継続的に合成するための成分であって、クレアチンリン酸と共にATPとGTPを再生する目的で配合される。クレアチンキナーゼは、タンパク質合成の速度の観点から、当該反応液中において1μg/mL〜1000μg/mL含有されることが好ましく、10μg/mL〜500μg/mL含有されることがより好ましい。クレアチンキナーゼが1μg/mL未満であると、充分な量のATPとGTPが再生されにくく、結果としてタンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためであり、またクレアチンキナーゼが1000μg/mLを越えると、阻害物質として働き、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0074】
当該反応液中におけるアミノ酸成分は、20種類のアミノ酸、すなわち、バリン、メチオニン、グルタミン酸、アラニン、ロイシン、フェニルアラニン、グリシン、プロリン、イソロイシン、トリプトファン、アスパラギン、セリン、トレオニン、ヒスチジン、アスパラギン酸、チロシン、リシン、グルタミン、シスチン、アルギニン、の20種類のアミノ酸を少なくとも含有する。このアミノ酸には、ラジオアイソトープ標識されたアミノ酸も含まれる。さらに、必要に応じて、修飾アミノ酸を含有していてもよい。当該アミノ酸成分は、通常、各種類のアミノ酸を概ね等量ずつ含有してなる。
本発明においては、タンパク質合成の速度の観点から、当該反応液中において上記のアミノ酸成分が1μM〜1000μM含有されることが好ましく、10μM〜200μM含有されることがより好ましい。アミノ酸成分が1μM未満または1000μMを越えると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあるためである。
【0075】
当該反応液中におけるRNaseインヒビターは、抽出液に混在する昆虫細胞由来のRNaseによって、本発明の無細胞系タンパク質合成の際にmRNAやtRNAが不所望に消化されて、タンパク質の合成を妨げるのを防ぐ目的で配合されるものであり、当該反応液中において0.1U/μL〜100U/μL含有されることが好ましく、1U/μL〜10U/μL含有されることがより好ましい。RNaseインヒビターが0.1U/μL未満であると、RNaseの分解活性を充分抑えることができない傾向にあるためであり、またRNaseインヒビターが100U/μLを越えると、タンパク質合成反応を阻害する傾向にあるためである。
【0076】
当該反応液中における外来mRNAにおいては、昆虫細胞に由来しないmRNAであるならば、コードするタンパク質(ペプチドを含む)に特に制限はなく、毒性を有するタンパク質をコードするものであってもよいし、また糖タンパク質をコードするものであってもよい。反応液に含有されるmRNAが外来mRNAであるか昆虫細胞に由来するmRNAであるかは、まず、抽出液中より、mRNAを単離精製後、逆転写酵素によりcDNAを合成し、得られたcDNAの塩基配列を解析し、既知の外来mRNAの塩基配列と比較することで判別することができる。
【0077】
なお用いる外来mRNAは、塩基数に特に制限はなく、目的とするタンパク質を合成し得るならば外来mRNA全てが同じ塩基数でなくともよい。また、目的とするタンパク質を合成し得る程度に相同な配列であれば、各外来mRNAは、複数個の塩基が欠失、置換、挿入または付加されたものであってよい。
本発明に用いる外来mRNAは、市販のものでもよいし、目的とするタンパク質のORF(Open reading frame)を市販のベクター、たとえば、pTD1 Vector(島津製作所社製)のポリヘドリン5‘UTRの下流に挿入し、これを用いて転写反応で得られたmRNAを用いても構わない。また、転写反応の際にメチル化されたリボヌクレオチドなどを加えることにより付加されたキャップ構造を有する外来mRNAを用いてもよい。
【0078】
当該反応液中において、外来mRNAは、タンパク質合成の速度の観点から、5μg/mL〜2000μg/mL含有されることが好ましく、20μg/mL〜1000μg/mL含有されることがより好ましい。外来mRNAが5μg/mL未満または2000μg/mLを越えると、タンパク質合成の速度が低下する傾向にあるためである。
【0079】
当該反応液中におけるtRNAは、上記20種類のアミノ酸に対応した種類のtRNAを概ね等量ずつ含有してなる。本発明においては、タンパク質合成の速度の観点から、当該反応液中において1μg/mL〜1000μg/mL含有されることが好ましく、10μg/mL〜500μg/mL含有されることがより好ましい。tRNAが1μg/mL未満または1000μg/mLを越えると、タンパク質合成の速度が低下する傾向にあるためである。
【0080】
反応液に含有される緩衝剤としては、上述した本発明の抽出液と同様のものが好適に使用でき、同様の理由から、HEPES−KOH(pH6.5〜8.5)を使用することが好ましい。また、緩衝剤は、上述した抽出液における緩衝剤の場合と同様の観点から、5mM〜200mM含有されることが好ましく、10mM〜50mM含有されることがより好ましい。
【0081】
また上記反応液は、EGTAを含有することが好ましい。EGTAを含有すると、EGTAが抽出液中の金属イオンとキレートを形成することでリボヌクレアーゼ、プロテアーゼ等が不活化することにより、本発明のタンパク質合成に必須な成分の分解を阻害することができるためである。該EGTAは、上記反応液中において、上記分解阻害能を好適に発揮し得る観点から0.01mM〜50mM含有されることが好ましく、0.1mM〜10mM含有されることがより好ましい。EGTAが0.01mM未満であると必須な成分の分解活性を充分に抑えることができない傾向にあるためであり、また、50mMを越えるとタンパク質合成反応を阻害する傾向にあるためである。
【0082】
すなわち、本発明の無細胞系タンパク質合成方法に用いる反応液は、上記抽出液を30(v/v)%〜60(v/v)%含有するとともに、50mM〜150mMのカリウム塩(例えば酢酸カリウム)、0.5mM〜3mMのマグネシウム塩(例えば酢酸マグネシウム)、0.2mM〜5mMのDTT、0.1mM〜5mMのATP、0.05mM〜5mMのGTP、10mM〜100mMのクレアチンリン酸、10μg/mL〜500μg/mLのクレアチンキナーゼ、10μM〜200μMのアミノ酸成分、1U/μL〜10U/μLのRNaseインヒビター、10μg/mL〜500μg/mLのtRNA、20μg/mL〜1000μg/mLの外来mRNA、10mM〜50mMの緩衝剤(たとえばHEPES−KOH(pH6.5〜8.5))、及び0.3(v/v)%〜12(v/v)%のグリセロールを含有するように実現されることが好ましい。また、上記に加えてさらに0.1mM〜10mMのEGTAを含有するように実現されることがより好ましい。
【0083】
本発明の無細胞系タンパク質合成方法は、上記のような本発明の抽出液を用いて、従来公知のたとえば低温恒温槽にて行う。反応に際しては、通常、上記抽出液を含有する反応液を調製して、これを用いて行う。
【0084】
また反応温度は、通常、10℃〜40℃、好ましくは15℃〜30℃の範囲内である。反応温度が10℃未満であると、タンパク質の合成速度が低下する傾向にあり、また反応温度が40℃を越えると、必須な成分が変性する傾向にあるためである。
反応の時間は、通常、1時間〜72時間、好ましくは3時間〜24時間である。
【0085】
本発明の無細胞系タンパク質合成方法にて合成されたタンパク質の量は、酵素の活性の測定、SDS−PAGE、免疫検定法などによって測定できる。
【実施例】
【0086】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0087】
[参考例1]昆虫細胞の培養
細胞数1.1×10
8個の昆虫細胞Sf21(Invitrogen社製)を、Sf900 II無血清培地(Invitrogen社製)を入れた1L培養三角フラスコ内で、27℃、100rpmで64時間培養した。結果、細胞数1.6×10
9個、湿重量6.4gとなった。
【0088】
[実施例1]チューブリン除去抽出液の調製
上記参考例1で培養した昆虫細胞を集菌し、下記組成の抽出用バッファー8mLに懸濁した。
〔抽出用バッファーの組成〕
40mM HEPES-KOH (pH7.9)
100mM 酢酸カリウム
2mM 酢酸マグネシウム
20%(v/v) グリセロール
1mM DTT
2mM EGTA
0.5mM PMSF
【0089】
この懸濁液を液体窒素中にて急速(10秒以内)に凍結させた。充分に凍結させた後、約4℃の氷上で解凍した。完全に解凍した後、15000×g、4℃で10分間遠心分離(himac CR20G、日立工機社製)し、上清を回収した。回収した上清9mLに対して、100mM GTP 190μL、2mM タキソール(登録商標) 90μLを添加し(最終濃度はそれぞれ2mM、20μM)、22℃で30分間インキュベートした。これを45000×g、20℃で30分間遠心分離し、上清を回収した。
【0090】
この上清2.5mLを下記組成のゲル濾過用緩衝液で平衡化したPD-10脱塩カラム(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)にアプライした。
〔ゲル濾過用緩衝液の組成〕
40mM HEPES-KOH(pH7.9)
100mM 酢酸カリウム
2mM 酢酸マグネシウム
5%(v/v) グリセロール
1mM DTT
0.5mM PMSF
【0091】
アプライした後、ゲル濾過用緩衝液5mLにて溶出し、分光光度計(Biospec-mini、島津製作所社製)を用いて、280nmにおける吸光度が30以上の画分を回収し、これを昆虫細胞抽出液とした。
【0092】
[比較例1]従来法による抽出液の調製
まず、上記参考例1で培養した昆虫細胞を集菌し、下記組成の抽出用バッファー8mLに懸濁した。
〔抽出用バッファーの組成〕
40mM HEPES-KOH (pH7.9)
100mM 酢酸カリウム
2mM 酢酸マグネシウム
2mM 塩化カルシウム
20%(v/v) グリセロール
1mM DTT
0.5mM PMSF
【0093】
この懸濁液を液体窒素中にて急速(10秒以内)に凍結させた。充分に凍結させた後、約4℃の氷上で解凍した。完全に解凍した後、15000×g、4℃で10分間遠心分離(himac CR20G、日立工機社製)し、上清を回収した。これをさらに45000×g、4℃で30分間遠心分離し、上清を回収した。
【0094】
この上清2.5mLを下記組成のゲル濾過用緩衝液で平衡化したPD-10脱塩カラム(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)にアプライした。
〔ゲル濾過用緩衝液の組成〕
40mM HEPES-KOH(pH7.9)
100mM 酢酸カリウム
2mM 酢酸マグネシウム
5%(v/v) グリセロール
1mM DTT
0.5mM PMSF
【0095】
アプライした後、ゲル濾過用緩衝液5mLにて溶出し、分光光度計(Biospec-mini、島津製作所社製)を用いて、280nmにおける吸光度が30以上の画分を回収し、これを昆虫細胞抽出液とした。
【0096】
[実施例2]電気泳動による本発明の抽出液と従来の抽出液との比較
実施例1で調製した本発明のチューブリン除去抽出液、及び比較例1で調製した従来の抽出液それぞれ1.25μLを10% SDS-PAGEにて分離後、CBBにて染色した。結果を
図2に示す。50kDa付近に検出されている太いバンド(黒矢印)がチューブリンであり、これがチューブリン除去抽出液では除去されていることが判明した。
【0097】
[参考例2]mRNAの調製
従来の方法により調製された抽出液を用いて合成した場合にも問題なく精製されるタンパク質によって、本発明のチューブリン除去抽出液のタンパク質合成能を評価するため、β-ガラクトシダーゼをコードするmRNAを以下のように調製した。
【0098】
Transdirect insect cell (島津製作所社製)に含まれるControl DNA(発現ベクターpTD1にβ-ガラクトシダーゼ遺伝子が組み込まれ、さらに直鎖化されたDNA)とmRNA合成キットT7 RiboMAX
TM Express Large Scale RNA Production System(Promega社製)とを用いて、製品プロトコルに従い、mRNAを合成した。合成終了後の反応液をNick Column(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)にアプライし、滅菌水400μLで溶出した。溶出画分を回収し、酢酸カリウムを終濃度0.3Mとなるように添加し、エタノール沈殿を行った。合成されたmRNAの定量は、260nmの吸光度を測定して行った。その結果、100μLスケールの反応で約450μgのmRNAが合成された。
【0099】
[実施例3]チューブリン除去抽出液によるβ-ガラクトシダーゼの無細胞合成
実施例1の本発明のチューブリン除去抽出液及び参考例2のmRNAを用いて、下記組成の反応液を調製し、無細胞系でのタンパク質合成を行った。
〔反応液の組成〕
50(v/v)% 実施例1で得たチューブリン除去抽出液
40mM HEPES-KOH (pH7.9)
100mM 酢酸カリウム
1.5mM 酢酸マグネシウム
2mM DTT
0.25mM ATP(シグマ社製)
0.1mM GTP(シグマ社製)
20mM クレアチンリン酸
200μg/mL クレアチンキナーゼ
80μM アミノ酸(20種)(シグマ社製)
0.1mM EGTA
200μg/mL tRNA(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)
2.5(v/v)% グリセロール(昆虫細胞抽出液由来)
0.25mM PMSF(昆虫細胞抽出液由来)
320μg/mL mRNA(β-ガラクトシダーゼ遺伝子をコード)
【0100】
反応装置として低温アルミブロック恒温槽MG-1000を用いた。反応液量は25μL、反応温度は25℃、反応時間は5時間で実施した。合成されたβ-ガラクトシダーゼの活性は、β-ガラクトシダーゼアッセイキット(プロメガ社製)を用いて定量した。取扱説明書に従い、分光光度計(Biospec-mini、島津製作所社製)を用いて検量線を作成し、β-ガラクトシダーゼの活性を算出した。
図3は作成した検量線を示す。これに対して10倍希釈のサンプルでABS
420=0.840であったため、酵素活性は44.9U/mLと算出された。
【0101】
[比較例2]従来抽出液によるβ-ガラクトシダーゼの無細胞合成
比較例1の従来法で調製した抽出液及び参考例2のmRNAを用いて(すなわち実施例1の本発明の方法で調製したチューブリン除去抽出液を使用する代わりに比較例1の従来法で調製した抽出液を用いたことを除いては)、実施例3と同様の操作を行い、β-ガラクトシダーゼを合成し、その活性を算出した。
10倍希釈のサンプルでABS
420=0.818であったため、酵素活性は43.7U/mLと算出された。
これにより、チューブリン除去抽出液は従来抽出液とほぼ同等のタンパク質合成能を有している事が示された。
【0102】
[参考例3]発現ベクターの構築
従来の方法により調製された抽出液を用いて合成した場合に精製が困難なタンパク質によって、チューブリン除去の効果を評価するため、OCT4遺伝子をコードする発現ベクターを、以下の配列を有するDNA断片を用いて調製した。
【0103】
配列番号1:G8-FLAG-F
GGGAATTCGGTACCGGATCCGGTGGAGGTGGAGGTGGAGGTGGAGACTACAAGGATGACGATGACAAGTAATCTAGAGC
配列番号2:G8-FLAG-R
GCTCTAGATTACTTGTCATCGTCATCCTTGTAGTCTCCACCTCCACCTCCACCTCCACCGGATCCGGTACCGAATTCCC
配列番号3:T7 promoter
GCAGATTGTACTGAGAGTG
配列番号4:OCT-Fw
ATGGCGGGACACCTGG
配列番号5:OCT-Rv
GGGAATTCGTTTGAATGCATGGGAGAGC
【0104】
Transdirect insect cell (島津製作所社製)に含まれる発現ベクターpTD1に精製用FLAGタグを導入する為、配列番号1に記載の塩基配列を有するDNA断片(G8-FLAG-F)と配列番号2に記載の塩基配列を有するDNA断片(G8-FLAG-R)とを混合し、アニールした後、EcoRI及びXbaIで消化した。この消化とは別に、pTD1をEcoRI及びXbaIにて消化した。次にLigation-Convenience Kit(ニッポンジーン社製)を用いて、これらのDNA断片をライゲーションした後、大腸菌DH5α(ニッポンジーン社製)を形質転換した。形質転換した大腸菌からアルカリ-SDS法により調製したプラスミドDNAを、配列番号3に記載の塩基配列を有するプライマー(T7 promoter)及びBig Dye Terminator Cycle Sequecing FS(アプライドバイオシステムズ社製)を用いてシークエンシング反応(96℃10秒、50℃5秒、60℃4分、30サイクル)を行った。この反応液をABI PRISM 310 Genetic Analyzer(アプライドバイオシステムズ社製)に供し、塩基配列解析を行った。
pTD1ベクターのマルチプルクローニングサイト下流にグリシン8個からなるスペーサー配列とFLAGタグ配列が挿入されたプラスミドをpTD1-FLAGと命名した。
【0105】
pF1KB7614(プロメガ社製)を鋳型とし、配列番号4に記載の塩基配列を有するプライマー(OCT-Fw)と、配列番号5に記載の塩基配列を有するプライマー(OCT-Rv)と、KOD plus(東洋紡績社製)とを用いて、97℃15秒、50℃30秒、68℃60秒、30サイクルのPCRを行った。エタノール沈殿によりDNA断片を精製した後、EcoRIで消化した。この消化とは別に、上記のpTD1-FLAGをEcoRV及びEcoRIにて消化した。次にLigation-Convenience Kit(ニッポンジーン社製)を用いて、これらのDNA断片をライゲーションした後、大腸菌DH5α(ニッポンジーン社製)を形質転換した。形質転換した大腸菌からアルカリ-SDS法により調製したプラスミドDNAを、配列番号3記載の塩基配列を有するプライマー(T7 promoter)及びBig Dye Terminator Cycle Sequecing FS(アプライドバイオシステムズ社製)を用いてシークエンシング反応(96℃10秒、50℃5秒、60℃4分、30サイクル)を行った。この反応液をABI PRISM 310 Genetic Analyzer(アプライドバイオシステムズ社製)に供し、塩基配列解析を行った。
pTD1-FLAGのマルチプルクローニングサイトにOCT4遺伝子をコードする発現ベクターをpTD1-FLAG-OCT4と命名した。
【0106】
[参考例4]mRNAの調製
参考例3のpTD1-FLAG-OCT4とmRNA合成キットT7 RiboMAX
TM Express Large Scale RNA Production System(Promega社製)を用いて製品プロトコルに従い、mRNAを合成した。合成終了後の反応液をNick Column(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)にアプライし、滅菌水400μLで溶出した。溶出画分を回収し、酢酸カリウムを終濃度0.3Mとなるように添加し、エタノール沈殿を行った。合成されたmRNAの定量は、260nmの吸光度を測定して行った。その結果、100μLスケールの反応で約603μgのmRNAが合成された。
【0107】
[実施例4]チューブリン除去抽出液によるOCT4の無細胞合成及びアフィニティ精製
実施例1のチューブリン除去抽出液及び参考例4のmRNAを用いて、下記組成の反応液を調製し、無細胞系でのタンパク質合成を行った。
〔反応液の組成〕
50(v/v)% 実施例1で得たチューブリン除去抽出液
40mM HEPES-KOH (pH7.9)
100mM 酢酸カリウム
1.5mM 酢酸マグネシウム
2mM DTT
0.25mM ATP(シグマ社製)
0.1mM GTP(シグマ社製)
20mM クレアチンリン酸
200μg/mL クレアチンキナーゼ
80μM アミノ酸(20種)(シグマ社製)
0.1mM EGTA
200μg/mL tRNA(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)
2.5(v/v)% グリセロール(昆虫細胞抽出液由来)
0.25mM PMSF(昆虫細胞抽出液由来)
320μg/mL mRNA(OCT4遺伝子をコード)
【0108】
反応装置として低温アルミブロック恒温槽MG-1000を用いた。反応液量は1000μL、反応温度は25℃、反応時間は5時間で実施した。反応終了後、反応液を15000xg、25℃、15分間遠心分離し、その上清を50 mM Tris-HCl、 pH8.0、 150 mM NaCl(Buffer A)で平衡化したPD-10(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)にアプライし脱塩した。この溶出液をBufferAで平衡化したAnti-FLAG
(R) M2 Agarose from mouse(SIGMA社製)のオープンカラム(0.5 mL)にアプライした。1.0 mLのBuffer Aでカラムを洗浄した。この洗浄を合計5回繰り返した後、100μg/ mL FLAG Peptide(SIGMA社製)を含むBuffer Aを2.5 mL添加し溶出し、溶出液をスピンタイプの限外ろ過で50μLまで濃縮した。この溶出液5μLを10% SDS-PAGEにて分離後、CBBにて染色した。結果を
図4に示す。ほぼ単一のバンドとして検出された。
【0109】
[比較例3]従来抽出液によるOCT4の無細胞合成及びアフィニティ精製
比較例1の従来法で調製した抽出液及び参考例4のmRNAを用いて(すなわち実施例1の本発明の方法で調製したチューブリン除去抽出液を使用する代わりに比較例1の従来法で調製した抽出液を用いたことを除いては)、実施例4と同様にしてOCT4を合成し、アフィニティ精製を行った。
実施例4と同様にして10% SDS-PAGEにて分離後、CBBにて染色した。結果を
図4に示す。OCT4も検出されているものの、チューブリンがメインのバンドとして検出され、またチューブリン以外にも複数本のバンドが検出された。
【0110】
上記実施例4と比較例3との比較より、本発明のチューブリン除去抽出液は、従来の抽出液を用いた場合にはチューブリンの混入により精製純度が低いタンパク質であっても、純度の高い精製を可能にすることが示された。