特許第5776229号(P5776229)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5776229
(24)【登録日】2015年7月17日
(45)【発行日】2015年9月9日
(54)【発明の名称】量子カスケードレーザ
(51)【国際特許分類】
   H01S 5/343 20060101AFI20150820BHJP
【FI】
   H01S5/343
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2011-49159(P2011-49159)
(22)【出願日】2011年3月7日
(65)【公開番号】特開2012-186362(P2012-186362A)
(43)【公開日】2012年9月27日
【審査請求日】2014年1月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100108257
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 伊知良
(72)【発明者】
【氏名】加藤 隆志
【審査官】 佐藤 宙子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−206340(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 5/00−5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子カスケードレーザであって、
複数の活性層と、
前記複数の活性層と共にカスケード構造を成す複数の注入層と、
を有するコア層を備え、
前記活性層と前記注入層とはカスケード構造を成すように予め定められた方向に向かって交互に設けられ、
前記活性層は、第1〜第3の量子井戸層と第1〜第4の障壁層とを含み、
前記第1の障壁層、前記第1の量子井戸層、前記第2の障壁層、前記第2の量子井戸層、前記第3の障壁層、前記第3の量子井戸層、前記第4の障壁層は、前記方向に向かって、順に設けられ、
前記第1の量子井戸層の膜厚は、前記第2の量子井戸層の膜厚よりも大きく、
前記第2の量子井戸層の膜厚は、前記第3の量子井戸層の膜厚よりも大きく、
前記第2の障壁層の膜厚は、前記第3の障壁層の膜厚よりも小さく、
前記第1の障壁層は、前記注入層に隣接して設けられると共に、前記第1の量子井戸層が、前記第1の障壁層に隣接して設けられ
前記注入層から前記活性層に注入された電子は、前記第1の量子井戸層、前記第2の障壁層、及び、前記第2の量子井戸層によって占められる領域に主に分布し、
前記活性層の上位準位から下位準位への電子の遷移によって発光が生じ、
前記上位準位における電子の波動関数、および前記下位準位の電子の波動関数が、前記第2の障壁層の厚み方向の中心を通る基準軸に対して、ほぼ対称に形成される、
ことを特徴とする量子カスケードレーザ。
【請求項2】
前記第1の量子井戸層の膜厚は、前記第2の量子井戸層の膜厚の1.05倍以上1.15倍以下の範囲にある、ことを特徴とする請求項1に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項3】
前記第2の障壁層の膜厚は、0.1nm以上1.2nm以下の範囲にある、ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項4】
前記第3の障壁層の膜厚は、1.2nmより大きく2.0nm以下の範囲にある、ことを特徴とする請求項1〜請求項3の何れか一項に記載の量子カスケードレーザ。
【請求項5】
前記第1の量子井戸層、前記第2の量子井戸層及び前記第3の量子井戸層のそれぞれと、前記第2の障壁層及び前記第3の障壁層のそれぞれとの伝導帯のエネルギーの差は、0.5eV以上1.0eV以下の範囲にある、ことを特徴とする請求項1〜請求項4の何れか一項に記載の量子カスケードレーザ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子カスケードレーザに関する。
【背景技術】
【0002】
量子カスケードレーザ(QCL:Quantum Cascade Laser)の構造が、例えば非特許文献1に開示されている。このような量子カスケードレーザの動作を、図4を参照して説明する。図4に、従来の量子カスケードレーザのコア層のバンド構造を示す。図4に示すように、量子カスケードレーザのコア層は、量子井戸構造を有する一の活性層と一の注入層とからなる単位構造が、数十周期繰り返された構造を持つ。この量子カスケードレーザに対して、電界が、図4において矢印によって示されている方向D11の向きに印加されており、共鳴トンネリングにより活性層に電子が注入される。この注入された電子が活性層の上位準位から下位準位に遷移すると、この遷移に応じて、上位準位と下位準位とのエネルギー差に相当する発光波長の光が活性層から放出される。光の放出を伴って下位準位に遷移した電子は、LOフォノン散乱により、下位準位から基底準位(緩和準位)に高速に緩和し、そして、注入層に入る。
【0003】
上記のような電子の振る舞いは、LOフォノン散乱が共鳴的に生じるように、下位準位と基底準位とのエネルギー差が、LOフォノンのエネルギーとなるように設計されていることに起因する。LOフォノン散乱が共鳴的に生じると、下位準位の電子は、比較的に短い散乱時間で基底準位に緩和する。このような比較的に高速なLOフォノンの緩和過程によって、上位準位と下位準位との間に反転分布が生じる。基底準位から注入層に入った電子は、次段の単位構造の活性層に注入されるように設計されているので、上記のような過程が、単位構造の数だけ数十周期繰り返されるので、最終的に大きな利得が得られ、レーザ発振が可能となる。このように、量子カスケードレーザは、量子井戸構造の伝導帯で三つの準位(上位準位、下位準位及び基底準位)のレーザ動作を行う。
【0004】
従来では、MBE法又はMOCVD法によって、例えば、コア層(活性層及び注入層)として、GaAs基板上にGaAs/AlGaAs混晶(量子井戸層の材料/障壁層の材料)が結晶成長され、又は、InP基板上にGaInAs/AlInAsやGaInAs/AlAsSb系の混晶が結晶成長される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第5457709号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図5に、従来の量子カスケードレーザの活性層のバンド構造を示す。図5に示すバンド構造は、図4に示す活性層のバンド構造に対応する。図5には、簡単のため、注入層のバンド構造は記載されていない。図5に示す量子カスケードレーザの活性層は、三つのGaInAs量子井戸層と、四つのAlInAs障壁層とを含む。図5に示す量子カスケードレーザの活性層は、具体的には、AlInAs障壁層B11,GaInAs量子井戸層W11(膜厚は1.0nm),AlInAs障壁層B12(膜厚は2.0nm),GaInAs量子井戸層W12(膜厚は6.4nm),AlInAs障壁層B13(膜厚は1.9nm),GaInAs量子井戸層W13(膜厚は4.9nm),AlInAs障壁層B14が、位置“0nm”の側からz方向に向けて、順に設けられている。図5のグラフG11は、上位準位における電子分布(電子の波動関数の二乗であり、電子の存在確率を示す。以下同様。)を示し、グラフG12は、下位準位における電子分布を示し、グラフG13は、基底準位における電子分布を示す。グラフG11のベースラインは、上位準位に存在する電子の固有エネルギーE11を示し、グラフG12のベースラインは、下位準位に存在する電子の固有エネルギーE12を示し、グラフG13のベースラインは、基底準位に存在する電子の固有エネルギーE13を示す。上位準位と下位準位とのエネルギー差に対応する発光波長は、6μm程度である。下位準位と基底準位とのエネルギー差は、34.1meV程度であり、LOフォノンのエネルギーは、33.0meV程度であるので、フォノン散乱が共鳴的に生じる。
【0007】
電子は、注入層(図5の左側)から、共鳴トンネリング効果によって、膜厚の最も小さい量子井戸層W11に注入される。発光は、上位準位から下位準位への電子の遷移によって生じるが、上位準位における電子分布の山は、下位準位における電子分布の山に対して、量子井戸層W11の影響で量子井戸W11の側に偏るので、下位準位へのLOフォノン散乱による遷移確率(発光を伴わない遷移確率)が、比較的に小さくなる。しかし、この場合、上位準位から下位準位へのLOフォノン散乱による遷移確率が減少する一方、発光を伴う遷移確率も減少する、というトレードオフが生じる。発光を伴う遷移確率が減少すると量子カスケードレーザの利得も減少し、レーザの閾値電流が大きくなる。ここで利得は後述する数式2で示されるが、単位距離あたりの光の増幅係数を表し、一般的な半導体レーザダイオードの利得測定と同様の測定方法で測定できる。そこで、本発明の目的は、上記の事項を鑑みてなされたものであり、比較的に高い利得の量子カスケードレーザを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る量子カスケードレーザは、複数の活性層と、前記複数の活性層と共にカスケード構造を成す複数の注入層と、を有するコア層を備え、前記活性層と前記注入層とはカスケード構造を成すように予め定められた方向に向かって交互に設けられ、前記活性層は、第1〜第3の量子井戸層と第1〜第4の障壁層とを含み、前記第1の障壁層、前記第1の量子井戸層、前記第2の障壁層、前記第2の量子井戸層、前記第3の障壁層、前記第3の量子井戸層、前記第4の障壁層は、前記方向に向かって、順に設けられ、前記第1の量子井戸層の膜厚は、前記第2の量子井戸層の膜厚よりも大きく、前記第2の量子井戸層の膜厚は、前記第3の量子井戸層の膜厚よりも大きく、前記第2の障壁層の膜厚は、前記第3の障壁層の膜厚よりも小さい、ことを特徴とする。本発明に係る量子カスケードレーザによれば、第1の量子井戸層の膜厚は第2の量子井戸層の膜厚よりも大きく、第2の量子井戸層の膜厚は第3の量子井戸層の膜厚よりも大きく、第2の障壁層の膜厚は第3の障壁層の膜厚よりも小さい、このような活性層のバンド構造のもとでは、発光を伴う上位準位から下位準位への遷移確率を増加できると共に、発光を伴わない上位準位から下位準位への遷移確率の増加を少なくできるため、総合的に利得を大きくすることができる。よって、量子カスケードレーザの利得を増加でき、よって、レーザの閾値電流を抑制できる。
【0009】
本発明において、前記第1の量子井戸層の膜厚は、前記第2の量子井戸層の膜厚の1.05倍以上1.15倍以下の範囲にあることが好ましい。従って、発光を伴う上位準位から下位準位への遷移確率を十分に増加できると共に、発光を伴わない上位準位から下位準位への遷移確率の増加を少なくできるため、総合的に利得を大きくすることができる。
【0010】
本発明において、前記第2の障壁層の膜厚は、0.1nm以上1.2nm以下の範囲にあることが好ましい。従って、発光を伴う上位準位から下位準位への遷移確率を十分に増加できると共に、発光を伴わない上位準位から下位準位への遷移確率の増加を少なくできるため、総合的に利得を大きくすることができる。
【0011】
本発明において、前記第3の障壁層の膜厚は、1.2nmより大きく2.0nm以下の範囲にあることが好ましい。従って、発光を伴う上位準位から下位準位への遷移確率を十分に増加できると共に、発光を伴わない上位準位から下位準位への遷移確率の増加を少なくできるため、総合的に利得を大きくすることができる。
【0012】
本発明において、前記第1の量子井戸層、前記第2の量子井戸層及び前記第3の量子井戸層のそれぞれと、前記第2の障壁層及び前記第3の障壁層のそれぞれとの伝導帯のエネルギーの差は、0.5eV以上1.0eV以下の範囲にあることが好ましい。従って、発光を伴う上位準位から下位準位への遷移確率を十分に増加できると共に、発光を伴わない上位準位から下位準位への遷移確率の増加を少なくできるため、総合的に利得を大きくすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、比較的に高い利得の量子カスケードレーザが提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、実施形態に係る量子カスケードレーザの構造を説明するための図である。
図2図2は、実施形態に係る量子カスケードレーザが有する活性層のバンド構造を説明するための図である。
図3図3は、実施形態に係る量子カスケードレーザの奏する効果を説明するための図である。
図4図4は、従来の量子カスケードレーザが有するコア層のバンド構造を説明するための図である。
図5図5は、従来の量子カスケードレーザが有するコア層に含まれる活性層のバンド構造を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照して、本発明に係る好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図面の説明において、可能な場合には、同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。図1を参照して、実施形態に係る量子カスケードレーザ1の構造を説明する。図1には、量子カスケードレーザ1の電流狭窄部に含まれる積層構造が模式的に示されている。量子カスケードレーザ1は、波長3μm以上30μm以下の中赤外領域のレーザ光を発光し、例えば、ガス分析などの分光システム、赤外イメージングシステム、及び、空間光通信に用いられる。
【0016】
図1に示すように、量子カスケードレーザ1は、基板3、クラッド層5、コア層7、クラッド層9、コンタクト層11、電極13、及び、電極15を備える。クラッド層5、コア層7、クラッド層9、コンタクト層11は、この順に、基板3上に積層されている。また、電極15は、コンタクト層11上に設けられ、電極13は、基板3の裏面に設けられる。
【0017】
基板3は、例えば、n型のInPの半導体基板であり、クラッド層5は、例えば、n型のInPの半導体層であり、クラッド層9は、例えば、n型のInPの半導体層であり、コンタクト層11は、例えば、n型のGaInAs混晶の半導体層である。
【0018】
クラッド層5及びクラッド層9の厚さは、何れも、例えば、1μm以上4μm以下であり、キャリア濃度は、例えば、2×1017cm−3以上7×1017cm−3以下である。電極15は、n型のGaInAs混晶のコンタクト層11の上に設けられている。
【0019】
コア層7は、n型のInPのクラッド層5とクラッド層9とによって挟まれている。コア層7は、複数の活性層71と複数の注入層73とを有する。コア層7は、カスケード構造を有する。コア層7のカスケード構造は、一つの活性層71と一つの注入層73とからなる単位構造が、例えば、20周期以上40周期以下の範囲で繰り返されている。活性層71と注入層73とは、カスケード構造を成すように交互に設けられている。
【0020】
活性層71は、第1、第2及び第3の量子井戸層、すなわち、三つの量子井戸層(第1〜第3の量子井戸層)を含む3QW(QW:quantum well)構造を有する。活性層71は、具体的には、量子井戸層W21、量子井戸層W22、及び、量子井戸層W23を有する。活性層71は、第1、第2、第3及び第4の障壁層、すなわち、四つの障壁層(第1〜第4の障壁層)、具体的には、障壁層B21、障壁層B22、障壁層B23、及び、障壁層B24を有する。障壁層B21、量子井戸層W21、障壁層B22、量子井戸層W22、障壁層B23、量子井戸層W23、障壁層B24が、順に設けられている。なお、これらの層が基板3上に積層される順(積層方向)は、障壁層B24、量子井戸層W23、障壁層B23、量子井戸層W22、障壁層B22、量子井戸層W21、障壁層B21の順であり、図2の方向D21と一致する。
【0021】
量子井戸層W21の膜厚Lw21は、量子井戸層W22の膜厚Lw22よりも大きい。量子井戸層W22の膜厚Lw22は、量子井戸層W23の膜厚Lw23よりも大きい。障壁層B22の膜厚Lb22は、障壁層B23の膜厚Lb23よりも小さい。
【0022】
量子井戸層W21の膜厚Lw21は、量子井戸層W22の膜厚Lw22の1.05倍以上1.15倍以下の範囲にある。障壁層B22の膜厚Lb22は、0.1nm以上1.2nm以下の範囲にある。障壁層B23の膜厚Lb23は、1.2nmより大きく2.0nm以下の範囲にある。量子井戸層W21、量子井戸層W22及び量子井戸層W23のそれぞれと、障壁層B22及び障壁層B23のそれぞれとの伝導帯のエネルギーの差は、何れも、0.5eV以上1.0eV以下の範囲にあるが、0.5eV以上0.6eV以下の範囲にあることができる。ただし、量子井戸層W21、量子井戸層W22及び量子井戸層W23のそれぞれと、障壁層B22及び障壁層B23のそれぞれとに生じる半導体基板3に対する歪み(圧縮歪みと引っ張り歪みとからなる歪み)を補償できる補償系のコア層7が設けられている場合、上記の伝導帯のエネルギー差は、0.5eV以上、1.0eV以下の範囲であることができる。例えば、GaInAs量子井戸のInP基板に対する圧縮歪みを1.28%(GaInAsにおけるGaの組成値は0.28であり、Inの組成値は0.72である。)、AlInAs障壁層のInP基板に対する引っ張り歪みを1.41%(AlInAsにおけるAlの組成値は0.68であり、Inの組成値は0.32である。)で、歪み補償系のコア層を形成した場合、上記の伝導帯のエネルギー差は、0.93eVとなる。
【0023】
量子井戸層W21、量子井戸層W22及び量子井戸層W23は、何れも、例えば、GaInAs混晶の半導体層である。障壁層B21、障壁層B22、障壁層B23及び障壁層B24は、何れも、例えば、AlInAs混晶の半導体層である。
【0024】
量子井戸層W21の膜厚は、例えば、5.5nm程度である。量子井戸層W22の膜厚は、例えば、4.7nm程度である。量子井戸層W23の膜厚は、例えば、3.7nm程度である。
【0025】
障壁層B22の膜厚は、例えば、0.9nm程度である。障壁層B23の膜厚は、例えば、1.8nm程度である。
【0026】
注入層73は、例えば、GaInAs/AlInAs混晶(量子井戸層の材料/障壁層の材料)の量子井戸構造で形成することができる。活性層71及び注入層73におけるGaIn1−xAsとAlIn1−xAsの組成値xは、InPとの格子整合系における値(GaInAsの場合、x=0.468であり、AlInAsの場合、x=0.476である。)、又は、歪み補償系における値(GaInAsの場合、x=0.3以上0.6以下であり、AlInAsの場合、x=0.2以上0.7以下)、である。
【0027】
量子カスケードレーザ1の共振器の長さは、例えば、0.5mm以上5mm以下である。量子カスケードレーザ1のレーザ端面は、劈開によって形成されるが、必要に応じて、α−SiやSiOなどの誘電体多層膜の反射膜が設けられる。
【0028】
なお、コア層7の量子井戸層及び障壁層の材料(量子井戸層の材料/障壁層の材料)は、GaInAs/AlInAs混晶に替えて、GaInAs/AlAsSb混晶系の材料を用いることができる。また、基板3の材料は、n型のInPに替えて、GaAsが利用できる。GaAsの基板の場合、コア層7の量子井戸層及び障壁層の材料(量子井戸層の材料/障壁層の材料)は、GaAs/AlGaAs混晶を用いることができる。
【0029】
図2に、実施形態に係る量子カスケードレーザ1の活性層71のバンド構造を示す。図2には、簡単のため、注入層73のバンド構造は記載されていない。図2のグラフG21は、上位準位における電子分布を示し、グラフG22は、下位準位における電子分布を示し、グラフG23及びグラフG24は、何れも、各準位における電子分布を示す。グラフG21のベースラインは、上位準位に存在する電子の固有エネルギーE21を示し、グラフG22のベースラインは、下位準位に存在する電子の固有エネルギーE22を示し、グラフG23のベースラインは、グラフG23に対応する準位23に存在する電子の固有エネルギーE23を示し、グラフG24のベースラインは、グラフG24に対応する準位24に存在する電子の固有エネルギーE24を示す。
【0030】
上位準位と下位準位とのエネルギー差に対応する発光波長は、6μm程度である。下位準位と準位23(固有エネルギーE23に対応する準位)とのエネルギー差は、50meV程度である。下位準位と準位24(固有エネルギーE24に対応する準位)とのエネルギー差は、80meV程度である。LOフォノンのエネルギーは、33.0meV程度である。
【0031】
グラフG21に示すように、上位準位の固有エネルギーE21の電子は、z方向と逆の方向(D21の方向)に電界を印加することによって、注入層73(図2の左側)から共鳴トンネリング効果によって活性層71に注入されると、量子井戸層W21、障壁層B22、及び、量子井戸層W22によって占められる領域に主に分布する。発光は、上位準位から下位準位への電子の遷移によって生じるが、活性層71のバンド構造から、図2に示す基準軸A1を中心とした発光を伴う遷移確率は、比較的に大きい。基準軸A1は、量子井戸層W21と量子井戸層W22との間にあり比較的に膜厚の薄い障壁層B22の厚み方向の中心を通る。
【0032】
基準軸A1を中心とした発光を伴う遷移確率が比較的に大きいことは、上位準位における電子の波動関数の対称性(偶奇性)と、下位準位における電子の波動関数の対称性(偶奇性)とに基づいて理解できる。電子の波動関数は、活性層71のバンド構造等から算出できる。上位準位における電子の波動関数の形状、及び、下位準位における電子の波動関数の形状は、障壁層B22の膜厚を変化させることによって、変化する。基準軸A1を中心とした発光を伴う遷移確率を増加させるには、障壁層B22の膜厚を調整することによって可能となる。
【0033】
ここで、量子カスケードレーザ1の製造方法を簡単に説明する。量子カスケードレーザ1は、量子カスケードレーザの従来の製造方法が適用できる。n型のInP基板を用意し、このn型のInP基板の主面に、例えば、MBE法又はMOCVD法によって、n型のInPクラッド層を結晶成長させ、このn型のInPクラッド層の上に、複数の活性層と複数の注入層がカスケード構造を成すコア層を結晶成長させる。
【0034】
活性層と注入層とは、交互に積層される。活性層は、GaInAs混晶の井戸層とAlInAs混晶の障壁層とが交互に積層される。注入層は、GaInAs混晶の井戸層と、AlInAs混晶の障壁層とが交互に積層される。
【0035】
そして、コア層の上に、n型のInPクラッド層を結晶成長させ、このn型のInPクラッド層の上にn型のGaInAsコンタクト層を結晶させる。そして、電流狭窄部を、エッチングによって形成する。エッチングによって除去された領域には、例えば、BCB(ベンジソクロブテン)樹脂を埋め込むが、BCB樹脂に替えて、半絶縁InP(FeがドープされたInP)を、この領域に結晶成長させることができる。また、エッチングによって形成されるエッチング面にはSiN等の誘電体で絶縁することができる。そして、n型のGaInAsコンタクト層の上に、電極を形成し、更に、n型のInP基板の裏面に他の電極を形成する。
【0036】
この後、へき開によって、量子カスケードレーザのチップを形成する。へき開によって形成される面には、必要に応じて、反射膜を形成する。この反射膜は、α−SiやSiO等の誘電体多層膜であることができる。
【0037】
以下、シュレディンガー方程式を数値計算により解くことにより得られた波動関数の計算結果を例示する。上位準位の電子の波動関数を、ψ1、とし、下位準位の電子の波動関数を、ψ2、とする。上位準位から下位準位へのLOフォノン散乱による散乱時間を、τ12、とし、上位準位から基底準位へのLOフォノン散乱による散乱時間を、τ1、とし、下位準位から基底準位へのLOフォノン散乱による散乱時間を、τ2、とする。上位準位から下位準位への発光を伴う遷移行列要素を、z12、とする。量子カスケードレーザの利得を、Gin、とする。なお、数式1の“z”は、z方向(方向D21と逆の方向)の位置を示す(図2の横軸に対応する。)。z12は、数式1のように表される。Ginは、数式2のように表される。
【0038】
【数1】
【0039】
【数2】
【0040】
図4及び図5に示す従来の量子カスケードレーザの場合の計算結果と、実施形態に係る量子カスケードレーザ1の場合の計算結果とを、図3に示す。図4及び図5に示す従来の量子カスケードレーザの場合の利得Ginを“1”とすると、実施形態に係る量子カスケードレーザ1の場合の利得Ginは、1.6程度となる。従って、実施形態に係る量子カスケードレーザ1は、図4及び図5に示す従来の量子カスケードレーザに比較して、略1.6倍程度の利得を得ることが可能となることが本計算結果によって理解できる。よって、実施形態に係る量子カスケードレーザ1によれば、発光を伴う上位準位から下位準位への遷移確率を十分に増加できると共に、発光を伴わない上位準位から下位準位への遷移確率の増加を少なくできるため、総合的に利得を大きくすることができる。
【0041】
以上により、実施形態に係る量子カスケードレーザ1は、図4及び図5に示す従来の量子カスケードレーザに比較して、LOフォノン散乱により発光を伴わない遷移確率に比べて、発光を伴う十分大きな遷移確率を得ることが可能であり、その結果、比較的に大きな利得を得ることができる。
【0042】
以上、好適な実施の形態において本発明の原理を図示し説明してきたが、本発明は、そのような原理から逸脱することなく配置および詳細において変更され得ることは、当業者によって認識される。本発明は、本実施の形態に開示された特定の構成に限定されるものではない。したがって、特許請求の範囲およびその精神の範囲から来る全ての修正および変更に権利を請求する。
【符号の説明】
【0043】
1…量子カスケードレーザ、11…コンタクト層、13…電極、15…電極、3…基板、5…クラッド層、7…コア層、71…活性層、73…注入層、9…クラッド層、B21…障壁層、B22…障壁層、B23…障壁層、B24…障壁層、D21…方向、Lb22…膜厚、Lb23…膜厚、Lw21…膜厚、Lw22…膜厚、Lw23…膜厚、W21…量子井戸層、W22…量子井戸層、W23…量子井戸層。
図1
図2
図3
図4
図5