【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、この発明の転がり軸受は、内輪、外輪、および転動体を有する転がり軸受であって、下記の構成(a) 〜(c)
(k) を有することを特徴とする。
(a) 転動体は、炭素の含有率が0.80質量%以上1.20質量%以下で、炭素以外の元素の含有率はJIS G4805で規定されている高炭素クロム軸受鋼と同じである軸受鋼からなる。
(b) 転動体の転動面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の残留オーステナイト量(γ
Rb)が20体積%未満である。
(c) 転動体の転動面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)のビッカース硬さ(Hv
b )と残留オーステナイト量(γ
Rb:体積%)との関係が下記の(1) 式を満たす。
5.6γ
Rb+770≦Hv
b ≦5.6γ
Rb+870‥‥(1)
(k) 転動体の転動面の表層部のビッカース硬さ(Hvb )が832以上943以下である。
この発明の転がり軸受は、内輪および外輪のうちの少なくとも一方が、下記の構成(d) 〜(f) を有することが好ましい。
【0009】
(d) 炭素の含有率が0.80質量%以上1.20質量%以下で、炭素以外の元素の含有率はJIS G4805で規定されている高炭素クロム軸受鋼と同じである軸受鋼からなる。
(e) 軌道面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)の残留オーステナイト量(γ
Rr)が20体積%未満である。
(f) 軌道面の表層部(表面から深さ50μmまでの範囲)のビッカース硬さ(Hv
r )と残留オーステナイト量(γ
Rr:体積%)との関係が下記の(2) 式を満たす。
5.6γ
Rr+650≦Hv
r ≦5.6γ
Rr+750‥‥(2)
【0010】
前記構成(a) および(b) を有する転動体のうち前記構成(c) を有する(前記(1) 式を満たす)転動体は、前記構成(c) を有さない(前記(1) 式を満たさない)転動体と比較して降伏強度が高くなるため、表面性状安定性が高い。これにより、この発明の転がり軸受は、転動体の軌道輪との間に作用する接線力が小さくなるため、前記構成(c) を有さない転動体を備えた転がり軸受と比較して、軌道輪の剥離寿命が長くなる。
【0011】
特に、転動体が玉である玉軸受の場合は、以下の理由で軌道輪の剥離寿命の延長効果が大きい。一般に、剥離現象は周速の速い駆動側に比べて、周速の遅い従動側で生じやすいことが知られている。玉軸受の場合、剥離が生じる荷重負荷圏のHertz 面圧が高い接触域中央部において、軌道輪が従動側であるため、軌道輪に剥離が生じやすいことになる。したがって、転動体(玉)の表面性状安定性を向上させることで得られる、軌道輪の内部起点型剥離防止効果が高くなる。
【0012】
前記構成(b) に関し、転動体の転動面の表層部が硬くても、残留オーステナイト量が 多すぎると局部的に柔らかい部分ができて表面性状安定性が低くなるため、この発明の転がり軸受では、転動体の転動面の表層部の残留オーステナイト量を20体積%未満としている。また、前記構成(a) の軸受鋼を用いた場合、浸炭や浸炭窒化等の特殊な熱処理や表面処理を行わずに、ずぶ焼入れと焼戻しによる低コストの熱処理で達成できる表層部の残留オーステナイト量は20体積%未満である。つまり、前記構成(b) を有することで転 動体の熱処理コストが低くなる。
【0013】
この発明の転がり軸受は、内輪および外輪のうちの少なくとも一方(軌道輪)が前記構成(d) 〜(f) をさらに有する(軌道輪が前記(2) 式を満たす)ことで、前記構成(d) および(e) を有するが前記構成(f) を有さない(軌道輪が前記(2) 式を満たさない)転がり軸受と比較して、軌道面の表面性状安定性が良好になって、圧痕縁への応力集中が低減される。よって、軌道輪の剥離寿命をさらに延長することができる。
前記構成(e) に関し、前記構成(d) の軸受鋼を用いた場合、浸炭や浸炭窒化等の特殊な熱処理や表面処理を行わずに、ずぶ焼入れと焼戻しによる低コストの熱処理で達成できる表層部の残留オーステナイト量は20体積%未満である。つまり、前記構成(e) を有することで軌道輪の熱処理コストが低くなる。
【0014】
[前記(1) 式について]
上述のように、前記構成(a) および(b) を有する転動体のうち前記構成(c) を有する(前記(1) 式を満たす)転動体は、前記構成(c) を有さない(前記(1) 式を満たさない)転動体と比較して降伏強度が高くなるため、表面性状安定性が高い。これについて以下に説明する。
先ず、軸受稼働中の転動体表面性状悪化の抑制に降伏応力が関係している理由について述べる。転動体の表面性状安定性には、転動体表面の降伏強度が大きく関係していると考えられる。線傷、圧痕などが形成されるということは、局部的に降伏点以上の応力が作用し、塑性変形したということである。即ち、降伏強度が上がると、作用する応力が降伏強度以上になる確率が小さくなるため、線傷や圧痕は発生しにくくなり、その大きさや深さも小さくなる。
【0015】
図1に応力−歪み曲線の模式図を示す。a,bは、引張応力が同じ(σ
Ba=σ
Bb)で降伏応力が異なる(σ
Ya>σ
Yb)曲線を示している。線傷形成時にσ
c の応力が発生すると仮定すると、曲線aの場合はσ
Ya>σ
c なので弾性変形し、線傷は形成されない。これに対し、曲線bの場合はσ
Yb<σ
c となるため、歪みε
b だけ塑性変形し、線傷が形成される。即ち、引張応力は同じでも、降伏応力が高い曲線aの方が線傷や圧痕が少なく、表面性状の悪化も抑制されると考えられる。
【0016】
次に、前記(1) 式を満たす転動体は、前記(1) 式を満たさない転動体と比較して降伏強度が高くなる(表面性状安定性が高くなる)理由について述べる。
硬さと降伏応力の関係は一般的に知られており、硬さが高いほど降伏応力は大きくなる。しかし、硬さを高くするために、焼入れ温度を高くし過ぎたり、焼戻し温度を低くし過ぎたりすると、残留オーステナイト量が著しく増加し、局部的に降伏応力も低下するため、表面性状安定性が悪くなる。
【0017】
具体的に、表1に示すように、表層部の硬さ(Hv
b )と残留オーステナイト量(γ
Rb)を変化させたNo.1〜12の玉(呼び番号6206用の玉)を用意し、試験軸受(呼び番号6206の玉軸受)を組み立てて、転動体の表層部の硬さ(Hv
b )と残留オーステナイト量(γ
Rb)が表面性状安定性に及ぼす影響を調査した。
試験条件は、荷重:6223N、回転速度:3000min
-1、異物混入潤滑:潤滑油VG68に異物(硬さ:Hv870、サイズ:74〜147μm)を0.05g混入であり、この玉軸受を1時間稼働させた前後の玉の表面粗さ(Ra)を測定し、その差(ΔRa:試験により上昇した量)を算出した。その結果も表1に示す。
【0018】
【表1】
【0019】
また、No.1〜12の玉の表層部の硬さ(Hv
b )と残留オーステナイト量(γ
Rb)との関係を
図2にグラフで示し、(1) 式を満たす範囲を破線で囲って範囲Aとした。また、範囲Aに入るNo.1〜7のΔRaは0.014〜0.032であるのに対して、範囲Aから外れるNo. 8〜12のΔRaは0.052〜0.058と大きかった。ΔRaが大きいほど表面性状安定性は低くなるため、前記(1) 式を満たす玉(転動体)は、前記(1) 式を満たさない玉(転動体)と比較して表面性状安定性が高くなることが分かる。また、「Hv
b >5.6γ
Rb+870」となると、靭性が低下し、玉(転動体)が割れやすくなることが問題となる。
【0020】
[前記(2) 式について]
上述のように、この発明の転がり軸受を構成する内輪および外輪のうちの少なくとも一方(軌道輪)が前記(2) 式を満たすことで、前記(2) 式を満たさない内輪および外輪を有する転がり軸受と比較して、軌道面の表面性状安定性が良好になって、圧痕縁への応力集中が低減される。
前記(2) 式は、Hv
r ≧5.6γ
Rr+650且つHv
r ≦5.6γ
Rr+750である。軌道面の表層部の硬さ(Hv
r )が、残留オーステナイト量(γ
Rr)との関係で5.6γ
Rr+650より小さいと耐疲労特性が低下し、5.6γ
Rr+750より大きいと靭性が低下して剥離や割れが生じ易くなる。
【0021】
[前記(1) 式と(2) 式の関係について]
5.6γ
Rb+770≦Hv
b ≦5.6γ
Rb+870‥‥(1)
5.6γ
Rr+650≦Hv
r ≦5.6γ
Rr+750‥‥(2)
転動面の表層部に関する(1) 式と軌道面の表層部に関する(2) 式を比較すると、転動面の硬さHv
b が軌道面の硬さHv
r よりも高く設定されている。これにより、軌道輪より転動体の方が高い表面性状安定性を得られる。このように、剥離が生じやすい従動側となる軌道輪よりも駆動側となる転動体の表面性状の悪化を抑制して接線力を低減することで、軌道輪の剥離寿命を向上できる効果が高くなる。
(1) 式を満たす転動体と(2) 式を満たす軌道輪を組み合わせて転がり軸受を組み立てる場合、ΔHv(=Hv
b −Hv
r )を50以上150以下とすることが好ましい。
【0022】
[構成(a) および(d) について]
転動体、内輪、外輪を構成する軸受鋼として、炭素の含有率が0.80質量%以上1.20質量%以下で、炭素以外の元素の含有率はJIS G4805で規定されている高炭素クロム軸受鋼と同じであるものを使用する。その理由を以下に述べる。
炭素(C)はマトリックスに固溶してマルテンサイトを強化する元素であり、焼入れ焼戻し後の強度確保と疲労寿命を向上させるために不可欠である。一般に、炭素の含有量が0.80質量%未満では、こうした効果が得られにくい。一方で、炭素の含有量が1.22質量%を超えると、鋳造時に巨大炭化物が生成しやすく、加工性が悪くなることや、巨大炭化物が起点となって早期剥離することが懸念される。
転動体、内輪、外輪を構成する軸受鋼として、JIS G4805で規定されている高炭素クロム軸受鋼(SUJ2やSUJ3)に相当する鋼を使用することが好ましい。
【0023】
[製造方法について]
一般に、高炭素鋼の硬さを高める方法には、熱処理の焼入れ温度を高くして固溶炭素量を増加させる方法と、焼戻し温度を低くして歪み(転位)の開放の緩和を抑制する方法がある。これらの方法を夫々単独で行うよりも、焼入れ温度の上昇と焼戻し温度の低下を組合せることで、転動体の硬さを大幅に高くすることができる。
転動体表層部の硬さを高くする方法としては、ボールピーニング処理(以下、BPとも記す)後に表面から50μm以上70μm以下の深さ部分を研磨で除去する方法が挙げられる。
【0024】
鋼球に作用する圧縮残留応力が大きいほど硬さが高くなることが知られている。鋼球に圧縮残留応力を付与させる方法として、特公平1−12812号公報に記載の空気噴射法ピーニングなどが存在するが、一般的には熱処理後、BPを施す手法が用いられる。付与させる圧縮残留応力を大きくするには、BPの処理時間を長くすることや、重量を少なくすることが効果的である。しかし、鋼球はBPが施されることによって、内部に最大圧縮残留応力が発生する場合が多い。
【0025】
従って、転動体の表層部は圧縮残留応力が低いため、表面性状安定性を向上させるには効果的でない。つまり、転動体の表面性状安定性を向上させ、軌道輪の内部起点型剥離寿命を延長させるには、転動体の表層部に最大の残留圧縮応力を作用させればよい。そこで、BPの後に、表面から50μm以上70μm以下の深さ部分を研磨によって除去する。即ち、BPで生じた表面付近の圧縮残留応力の低い部分を研磨で除去することにより、転動体表面に高い圧縮残留応力を作用させ、硬さを高くすることができる。