特許第5776765号(P5776765)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧

特許5776765加工用潤滑剤、加工用添加剤および加工方法
<>
  • 特許5776765-加工用潤滑剤、加工用添加剤および加工方法 図000006
  • 特許5776765-加工用潤滑剤、加工用添加剤および加工方法 図000007
  • 特許5776765-加工用潤滑剤、加工用添加剤および加工方法 図000008
  • 特許5776765-加工用潤滑剤、加工用添加剤および加工方法 図000009
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5776765
(24)【登録日】2015年7月17日
(45)【発行日】2015年9月9日
(54)【発明の名称】加工用潤滑剤、加工用添加剤および加工方法
(51)【国際特許分類】
   C10M 145/00 20060101AFI20150820BHJP
   C10M 149/00 20060101ALI20150820BHJP
   C10N 20/04 20060101ALN20150820BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20150820BHJP
   C10N 40/24 20060101ALN20150820BHJP
【FI】
   C10M145/00
   C10M149/00
   C10N20:04
   C10N30:00 Z
   C10N40:24 A
【請求項の数】10
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-501090(P2013-501090)
(86)(22)【出願日】2012年2月22日
(86)【国際出願番号】JP2012054257
(87)【国際公開番号】WO2012115142
(87)【国際公開日】20120830
【審査請求日】2013年12月5日
(31)【優先権主張番号】特願2011-38664(P2011-38664)
(32)【優先日】2011年2月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松井 宗久
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】大森 俊英
(72)【発明者】
【氏名】遠山 護
【審査官】 馬籠 朋広
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−358495(JP,A)
【文献】 特開2010−095792(JP,A)
【文献】 特開2008−093713(JP,A)
【文献】 特開2007−136511(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00−177/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質炭素膜で被覆された加工具の被覆面とアルミニウムまたはアルミニウム合金からなり該被覆面に接触して加工される被加工材の被加工面との間に介在する加工用潤滑剤であって、
前記非晶質炭素膜は、ケイ素(Si)を含み残部がCおよびHからなるSi含有非晶質炭素膜であり、
カルボニル基、アミノ基、カルボキシル基またはヒドロキシル基の少なくとも一つ以上からなる表面官能基を有し分子量が3万〜100万である高分子化合物を、全体を100質量%としたときに8〜50質量%含むことを特徴とする加工用潤滑剤。
【請求項2】
非晶質炭素膜で被覆された加工具の被覆面とアルミニウムまたはアルミニウム合金からなり該被覆面に接触して加工される被加工材の被加工面との間に介在する加工用潤滑剤であって、
前記非晶質炭素膜は、ケイ素(Si)を含み残部がCおよびHからなるSi含有非晶質炭素膜であり、
カルボニル基、アミノ基、カルボキシル基またはヒドロキシル基の少なくとも一つ以上からなる表面官能基を有し分子量が8000〜100万である水溶性高分子化合物を、全体を100質量%としたときに8〜50質量%含むことを特徴とする加工用潤滑剤。
【請求項3】
塩素(Cl)、リン(P)または硫黄(S)の一種以上を有する環境負荷物質を、含まない請求項1または2に記載の加工用潤滑剤。
【請求項4】
炭素(C)、水素(H)、酸素(O)または窒素(N)の一種以上のみからなる請求項1〜3のいずれかに記載の加工用潤滑剤。
【請求項5】
前記水溶性高分子化合物は、カルボキシル基および/またはヒドロキシル基を有する請求項に記載の加工用潤滑剤。
【請求項6】
前記高分子化合物は、カルボニル基を有する油溶性高分子化合物であり、
分子量が6万〜100万である請求項1、3または4のいずれかに記載の加工用潤滑剤。
【請求項7】
前記高分子化合物は、カルボニル基およびアミノ基を有する油溶性高分子化合物である請求項1、3、または6のいずれかに記載の加工用潤滑剤。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の加工用潤滑剤に用いられる高分子化合物からなることを特徴とする加工用添加剤。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれかに記載の加工用潤滑剤を、非晶質炭素膜で被覆された加工具の被覆面とアルミニウムまたはアルミニウム合金からなり該被覆面に接触して加工される被加工材の被加工面との間に介在させて、該加工具により該被加工材を加工することを特徴とする加工方法。
【請求項10】
前記加工は、冷間塑性加工である請求項9に記載の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼付き等を生じさせることなくアルミニウム系金属の強加工を可能とする加工用潤滑剤、それに用いる加工用添加剤およびそれらを用いた加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高品質の部材を低コストで生産するためには高い加工性が必要となる。例えば、鍛造、しごき加工、絞り加工などの冷間塑性加工を行う場合、一回当たりの変形量等を大きくして生産性を上げつつ、加工面の品質を維持し、かつ高価な加工具の寿命を延ばすことが求められる。このためには、加工具と被加工材との間の摩擦係数の低減を図り、耐焼付性を向上させることが重要となる。そこで従来から、金型などの加工具の表面に摩擦係数の低減等に効果がある硬質膜を設けたり、種々の加工用潤滑剤(潤滑油)を用いたり、それらを組合わせたりして加工がされてきた。
【0003】
もっとも、アルミニウムまたはアルミニウム合金(以下、適宜、アルミニウムを含めて単に「アルミニウム合金」という。)からなる被加工材を冷間で強加工(例えば、表面積拡大率の大きな塑性加工)する場合、上記のような潤滑方法では焼付きが生じ易く、加工品質や加工具の寿命を確保することが困難であった。これはアルミニウム合金は、鉄鋼材料等と比較して、低強度、低延性であるためと考えられる。
【0004】
従来、そのような焼付きを防止するために、アルミニウム合金の表面に予め強固な固体潤滑被膜(ボンデ皮膜)を形成することが多くなされてきた。しかし、固体潤滑被膜の形成は、化成処理(下記の特許文献1参照)や金属石鹸の加熱乾燥工程等が必要となり、高コストである。また固体潤滑被膜は、環境負荷元素であるPやZnなどを含むことが多く、昨今の環境問題上、その使用抑制が望まれている。
【0005】
このような事情の下、固体潤滑被膜に替わるアルミニウム合金の加工用潤滑剤が提案されている。これらに関する記載が例えば下記のような特許文献2〜5にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−237667号公報
【特許文献2】特公平6−51875号公報
【特許文献3】特許3812849号公報
【特許文献4】特開平10−183151号公報
【特許文献5】特開2004−358495号公報
【特許文献6】特開2010−95792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2は、鉱油に脂肪酸を添加したアルミニウム合金の冷間鍛造用潤滑剤を提案している。しかし、分子量が高々数百程度の脂肪酸を添加した潤滑剤では、アルミニウム合金を冷間で強加工した際に焼付きを生じ得る。
【0008】
特許文献3は、アルミニウム合金DI缶の塑性加工に適した潤滑油を提供している。この潤滑油も特許文献2の潤滑剤と同様に耐焼付性等が不十分である。またこの潤滑油は、環境負荷元素である硫黄(S)やリン(P)を含む極圧剤を使用しており、環境上好ましくない。
【0009】
特許文献4もアルミニウム合金DI缶の塑性加工に適した潤滑油を提供しているが、添加剤に分子量が900〜1300の水溶性脂肪酸を用いている。しかし、その耐焼付性は特許文献3の場合と同様に不十分である。
【0010】
特許文献5は、アルミニウム合金の冷間引抜き加工に際して、治具の絞り部にDLC被膜を形成し、その絞り部に潤滑油を注油することを提案している。ここで用いている潤滑油は、鉱油に低分子量の脂肪酸エステルやリン酸亜鉛等を添加したものである。この潤滑油も環境負荷元素であるPやZnを含有しており、環境上好ましくない。
【0011】
なお、上記の特許文献6はアルミニウム合金の加工に特化した潤滑剤ではないが、分子量が比較的低い脂肪酸等を含む潤滑剤とSi含有非晶質炭素膜で被覆された金型等と組み合わせて加工することを提案している。
【0012】
本発明は、上述したような事情に鑑みて為されたものではある。すなわち、環境負荷物質である極圧剤等を使用することなく、アルミニウム合金からなる被加工材に対して加工度の大きな冷間塑性加工を行う場合でも、焼付き等を生じさせることのない加工用潤滑剤を提供することを目的とする。またその加工用潤滑剤の調製に用いる加工用添加剤およびそれらを用いた加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、従来、加工用潤滑剤には用いられていなかった非常に大きな分子量をもつ高分子化合物を用いることにより、環境負荷元素を含む極圧剤等を用いるまでもなく、アルミニウム合金を焼付きを生じさせることなく低い加工力で強加工できることを新たに見出した。そしてこの成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0014】
《加工用潤滑剤》
(1)本発明の加工用潤滑剤は、非晶質炭素膜で被覆された加工具の被覆面とアルミニウムまたはアルミニウム合金からなり該被覆面に接触して加工される被加工材の被加工面との間に介在する加工用潤滑剤であって、前記非晶質炭素膜は、ケイ素(Si)を含み残部がCおよびHからなるSi含有非晶質炭素膜であり、カルボニル基、アミノ基、カルボキシル基またはヒドロキシル基の少なくとも一つ以上からなる表面官能基を有し分子量が3万〜100万である高分子化合物を、全体を100質量%としたときに8〜50質量%含むことを特徴とする。また本発明の加工用潤滑剤は、非晶質炭素膜で被覆された加工具の被覆面とアルミニウムまたはアルミニウム合金からなり該被覆面に接触して加工される被加工材の被加工面との間に介在する加工用潤滑剤であって、前記非晶質炭素膜は、ケイ素(Si)を含み残部がCおよびHからなるSi含有非晶質炭素膜であり、カルボニル基、アミノ基、カルボキシル基またはヒドロキシル基の少なくとも一つ以上からなる表面官能基を有し分子量が8000〜100万である水溶性高分子化合物を、全体を100質量%としたときに8〜50質量%含むことを特徴とする。
【0015】
(2)本発明の加工用潤滑剤を用いることにより、被加工材がアルミニウム合金(アルミニウムを含む)からなる場合でも、この被加工材と非晶質炭素膜で被覆された加工具との間で焼付きを生じさせることなく、低い加工力で、高品質な強加工を行うことが可能となる。しかも、このような優れた効果が、非晶質炭素膜で被覆された加工具の被覆面とそれにより加工される被加工材の被加工面との間(以下適宜、単に「加工面間」という。)に本発明の加工用潤滑剤を介在させるだけで得られ、固体潤滑被膜の場合と異なり化成処理や加熱乾燥処理等は不要である。
【0016】
従って、アルミニウム合金を大きな加工率で冷間加工する場合でも、加工プロセスの簡略化、省エネルギー化および金型等の加工具の高寿命化を図れ、ひいてはアルミニウム合金製品の生産性向上や低コスト化を図れ得る。
【0017】
また本発明の加工用潤滑剤によれば、アルミニウム合金を強加工する場合でも、これまで使用されてきた環境負荷元素を含む極圧剤等を必要としない。ここでいう強加工とは、株式会社豊田中央研究所R&Dレビュー,Vol.28,No.3,P12-13(1993.9)の記載によれば、極圧剤含有加工油を用いたボール通し試験で、焼付なく鋼材のしごき加工が可能な減面率8%(詳細を実施例に示す)の加工をいう。従って本発明の加工用潤滑剤は環境性にも優れる。
【0018】
(3)ところで、本発明の加工用潤滑剤がそのような優れた特性を発現するメカニズムは必ずしも定かではないが、現状では次のように考えられる。本発明の加工用潤滑剤に含まれる高分子化合物は、その分子量が従来の加工用潤滑剤を構成する基油や添加剤よりも遙かに大きい。このため、本発明に係る高分子化合物は、加工具の被覆面(具体的には非晶質炭素膜上)または被加工材の被加工面に吸着する1分子あたりの物理的吸着力が大きく、粘性も高い。このためアルミニウム合金に対して強加工を行う場合でも、加工面間で油膜切れが生じ難いと考えられる。また、従来の固体潤滑被膜などは膜厚が数μm程度必要であったが、本発明の高分子化合物は分子量が大きいため、表面吸着した高分子化合物に他の高分子化合物が絡み重なることから、加工面間の固体接触を抑止し得る。さらに高分子化合物は、固体潤滑被膜とは異なりあくまでも吸着膜(液膜)であるから、加工時の塑性変形に追従し易く、この点でも加工面間における固体接触が抑止され易いと考えられる。
【0019】
さらに本発明に係る高分子化合物による吸着膜(液膜)が仮に局所的に微小な破断を生じたとしても、加工面間には耐焼付性、耐摩耗性、耐摺動性等に優れる非晶質炭素膜が存在する。この非晶質炭素膜が、いわば加工用潤滑剤または高分子化合物のバックアップとして機能し、金属間の固体接触による焼付き(または巨視的な凝着の発生)や摩擦係数の増大を有効に抑止していると考えられる。
【0020】
ここで高分子化合物は、加工具の被覆面または被加工材の被加工面に、主に物理的に吸着しているのみならず、非晶質炭素膜上に化学的吸着することにより、非常に大きな吸着性を発揮していると考えられる。これにより、加工面間において油膜切れが一層生じ難くなっていると考えられる。なお、その化学的吸着が生じるのは、本発明に係る高分子化合物がカルボニル基、アミノ基、カルボキシル基またはヒドロキシル基の少なくとも一つ以上からなる表面官能基を有するためと考えられる。特に、非晶質炭素膜がSi含有非晶質炭素膜(DLC−Si膜)である場合、その化学的吸着はDLC−Si膜上のSiによるSi−OH(シラノール)と高分子化合物の表面官能基との間で生じると考えられる。
【0021】
いずれにしても、本発明の加工用潤滑剤によれば、アルミニウム合金の強加工により加工面間に大きな剪断力が作用する場合でも、加工面間に安定した高分子化合物からなる潤滑膜(境界膜)が維持され、焼付きの防止や加工力の低減が図られる。
【0022】
《加工用添加剤》
本発明は加工用潤滑剤としてのみならず、その調製に用いる上述した高分子化合物からなる加工用添加剤として把握できる。
【0023】
《加工方法》
さらに本発明は、加工用潤滑剤や加工用添加剤としてのみならず、それらを用いた加工方法としても把握できる。すなわち本発明は、上述した加工用潤滑剤を、非晶質炭素膜で被覆された加工具の被覆面とアルミニウムまたはアルミニウム合金からなり該被覆面に接触して加工される被加工材の被加工面との間に介在させて、該加工具により該被加工材を加工することを特徴とする加工方法あってもよい。
【0024】
《その他》
特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は、下限値xおよび上限値yを含む。また、本明細書に記載した数値や本明細書に記載した数値範囲内の任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a〜b」のような数値範囲を設定し得る。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明に係る油溶性高分子化合物とその化学構造式を例示した図表である。
図2】本発明に係る水溶性高分子化合物とその化学構造式を例示した図表である。
図3】ボール通し試験装置の概略図である。
図4】試料No.A81に係る熱分解GC/MSによるパイログラムである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。本明細書で説明する内容は、本発明に係る加工用潤滑剤または加工用添加剤のみならず、それらを用いた加工方法等にも適用され得る。本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成を上述した本発明の構成に付加し得る。また加工方法に関する構成は、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物(加工物)に関する構成ともなり得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは使用対象や要求性能等によって異なる。
【0027】
《高分子化合物》
(1)本発明に係る高分子化合物は、分子量が8000〜100万である。この分子量が過小では上述した本発明の効果が乏しい。一方、分子量は大きくてもよいが、過大な分子量の高分子化合物を得ることは容易ではない。そこで高分子化合物の分子量は1万〜90万さらには3万〜85万程度であると好ましい。
【0028】
このような高分子化合物は公知の方法により得ることができる。例えば、高分子化合物はいわゆるモノマーを出発点として化学反応によりポリマーが合成される。この合成方法として、一般的に連鎖反応による重合や逐次反応によるポリ縮合、ポリ付加、付加縮合により合成されることが広く知られている。そして高分子化合物の分子量は、例えばモノマーの選択、重合時の温度、触媒量、連鎖移動剤量、連鎖回数などの選択または制御により、任意に調整可能である。このような方法により、任意の分子量の高分子化合物を得ることができる。しかも本発明に係る高分子化合物の少なくとも一部は、構造材料(固体)や粘度調整剤(液体)など、他用途向けの工業製品として市販されている。従って、本発明に係る分子量の大きい高分子化合物を調達することは容易である。
【0029】
ところで本発明に係る高分子化合物は、カルボニル基、アミノ基、カルボキシル基またはヒドロキシル基の少なくとも一つ以上からなる表面官能基を有する。表面官能基の種類によって、その高分子化合物は油溶性または水溶性となり得る。従って、本発明に係る高分子化合物は、カルボニル基および/またはアミノ基を有する油溶性高分子化合物でも良いし、またカルボキシル基および/またはヒドロキシル基を有する水溶性高分子化合物でもよい。
【0030】
(2)油溶性高分子化合物(主部)の一例として、図1に示すようなポリメタクリレート(PMA)、オレフィンコポリマー(OCP)、ポリイソブチレン(PIB)などが代表的である。この他、スチレン・イソプレンブロックポリマー水素化物(SDC)などもある。これらのポリマーを単独で用いてもよいし、複数種のものを混合して用いてもよい。ポリマーはモノマーの重合体であるが、そのモノマーを構成する炭化水素は、アルカン、アルケン、アルキン、シクロアルカン、芳香族炭化水素などいずれでもよい。末端に結合するアルキル基なども、直鎖状(ノルマル)、分岐状(イソ)、環状のいずれでもよい。
【0031】
このようなポリマーは、これまで加工用潤滑剤に用いられることはなかったが、高粘度の粘度指数向上剤等として知られており、種々のものが市販されている。勿論、市販されていないポリマーや独自に開発したポリマーを本発明の高分子化合物として用いても良いことはいうまでもない。
【0032】
油溶性高分子化合物は、そのようなポリマーを主部としつつ、カルボニル基(−C(=O)−)、アミノ基(−NH、−NHR、−NRR’:R、R’は炭化水素)、カルボキシル基(−C(=O)−OH)、またはヒドロキシル基(−OH)等の表面官能基をさらに有する。このような表面官能基は少なくとも一つ以上あればよいが、複数あってもまたは複数種あってもよい。カルボニル基は、アルデヒド、ケトン、カルボン酸、エステル、アミドなどいずれの形態でもよい。既述したように、このような表面官能基は油溶性高分子化合物の吸着性、特に化学的吸着性を高めると考えられる。
【0033】
ここで本発明に係る高分子化合物がカルボニル基を有する油溶性高分子化合物の場合、その分子量は6万〜100万、8万〜80万さらには10万〜60万であると好適である。また本発明に係る高分子化合物がカルボニル基およびアミノ基を有する油溶性高分子化合物の場合なら、分子量が3万〜100万、5万〜50万さらには8万〜35万であると好適である。
【0034】
(3)水溶性高分子化合物(主部)の一例として、図2に示すようなポリアクリル酸(PA)、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリビニルアルコール(PVA)などが代表的である。これらのポリマーは単独で用いられてもよいし、複数種のものを混合して用いられてもよい。この場合も、ポリマーを構成するモノマーは、アルカン、アルケン、アルキン、シクロアルカン、芳香族炭化水素などいずれでもよい。また末端に結合するアルキル基なども、直鎖状(ノルマル)、分岐状(イソ)、環状のいずれでもよい。
【0035】
水溶性高分子化合物も油溶性高分子化合物と同様に、種々のものが市販されており、種々の分子量をもつ所望の水溶性高分子化合物を比較的低コストで入手できる。勿論、市販されていないポリマーや独自に開発したポリマーを本発明の水溶性高分子化合物として用いても良い。
【0036】
水溶性高分子化合物も、そのようなポリマーを主部としつつ、前述したカルボキシル基、ヒドロキシル基、カルボニル基またはアミノ基等の表面官能基をさらに有する。このような表面官能基は少なくとも一つ以上あればよいが、複数あってもまたは複数種あってもよい。
【0037】
本発明に係る分子化合物がカルボキシル基および/またはヒドロキシル基を有する水溶性高分子化合物の場合、分子量が8000〜100万、2万〜90万さらには10万〜85万であると好ましい。
【0038】
(4)本発明に係る高分子化合物には種々のポリマーを利用でき、その構成元素までは問わない。もっとも高分子化合物は、環境負荷元素(Cl、P、S等)を含有していないと好適である。すなわち、本発明に係る高分子化合物は、炭素(C)、水素(H)、酸素(O)、窒素(N)などの元素のみで構成されており、それら以外の元素を含まないと好ましい。既に例示した本発明に係る高分子化合物(ポリマー)はいずれも、C、H、O、N等からなり環境負荷元素を含まない。
【0039】
《加工用潤滑剤》
(1)本発明の加工用潤滑剤は、上述した高分子化合物のみからなってもよいが、分子量の大きな高分子化合物は、通常、高粘度であって、そのままでは加工用潤滑剤として取り扱い難い。そこで適当な粘度の基油や水等に高分子化合物を添加したものを加工用潤滑剤として用いると好適である。油溶性高分子化合物なら基油を溶媒とし、水溶性高分子化合物なら水を溶媒とするとよい。
【0040】
高分子化合物の溶媒への添加量(配合量)は、加工用潤滑剤の加工面間への供給方法、溶媒や高分子化合物の種類・特性の他、加工条件(変形量、加工力、温度などの加工雰囲気、加工具または被加工材の種類・特性、非晶質炭素膜や被加工面の性状等)などにより異なる。
【0041】
もっとも高分子化合物は、加工用潤滑剤全体を100質量%としたときに8〜50質量%、15〜45質量%さらには25〜40質量%含まれると好ましい。高分子化合物が過少では効果が乏しく、過多では加工用潤滑剤の粘度が上昇して取扱性が低下する。なお、加工用潤滑剤の加工面間への供給は、加工用潤滑剤の噴霧または流込み、加工用潤滑剤への加工具または被加工材の浸漬等いずれでもよい。
【0042】
ちなみに基油に油溶性高分子化合物を添加した加工用潤滑剤なら、40℃における動粘度が5〜300mm/s、10〜250mm/sさらには15〜200mm/s程度とになるように調整されると好適である。
【0043】
(2)加工用潤滑剤に用いる基油は、特に限定されず、鉱油、合成油、油脂などを単独または組み合わせて使用できる。鉱油には、例えば、パラフィン系、ナフテン系等がある。合成油には、例えば、ポリ−α−オレフィン、ポリ−α−オレフィンの水素化物、イソブテンオリゴマー、イソブテンオリゴマーの水素化物、イソパラフィン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、ジエステル、ポリオールエステル、ポリオキシアルキレングリコール、ジアルキルジフェニルエーテル、ポリフェニルエーテル等がある。鉱油中または合成油中で、種類の異なるものを適当に混合した基油を用いてもよい。なお、基油自体も、環境負荷元素を含まないほど好ましい。つまり基油も、主部がCおよびHで構成され、残部がOまたはNのいずれかのみから構成されると好適である。
【0044】
(3)本発明の加工用潤滑剤は、溶媒と高分子化合物とのみで構成されると、低コスト化を図れるので好ましい。もっとも、さらなる加工性の向上や特定機能の向上を狙って、高分子化合物以外の添加剤を任意に含んでもよい。このような添加剤には、例えば、極圧剤や耐摩耗剤等があるが、いずれにもCl、S、P、Mo等の環境負荷元素を含まないものが好ましい。
【0045】
《加工具》
加工具は、基材の表面に非晶質炭素膜が成膜されてなる。
【0046】
(1)基材
加工具の基材は、加工の種類に適した材質、形状等が選択される。例えば、その材質は表面に非晶質炭素膜が形成可能である限り、炭素鋼、合金鋼、鋳鉄、アルミニウム合金などの金属製でも、アルミナ、窒化ケイ素、炭化ケイ素、超硬合金などのセラミックス製でもよい。
【0047】
(2)非晶質炭素膜
加工具の基材上に形成される非晶質炭素膜は、いわゆるダイヤモンドライクカーボン膜(以下「DLC膜」という。)である。加工具の表面に成膜されるDLC膜の組成、成膜方法、特性(硬度、ヤング率、耐剥離性等)などは問わないが、当然ながら、加工具の用途に応じた適切な特性を備えるのが好ましい。
【0048】
ここでDLC膜の特性は、その組成や製造方法により影響を受ける。例えば、C、HさらにはSiなどの含有量、電子軌道がsp混成軌道をとるC原子(以下「Csp」という。)と電子軌道がsp混成軌道をとるC原子(以下「Csp」という。)の存在割合などによってDLC膜の特性が変化し得る。
【0049】
このDLC膜は、Siを含むSi含有非晶質炭素膜(以下「DLC−Si膜」という)であると好適である。DLC−Si膜は硬質被膜であると共に摩擦摺動特性にも優れる。従って、加工具の表面がDLC−Si膜で被覆されると、耐焼付性の向上、加工力の低減、加工具の高寿命化等を図れて好ましい。
【0050】
DLC膜(以下、DLC−Si膜を含む。)の組成の一例を挙げると、膜全体を100原子%としたときに、H:0〜40原子%、5〜35原子%さらには10〜30原子%含み、残部がCであると好適である。DLC−Si膜なら、さらにSi:2〜30原子%さらには4〜20原子%含むと好ましい。
【0051】
Hは、DLC膜の靱性を高め、基材との密着性を向上させ得る。もっとも、Hが過少ではその効果が乏しく、Hが過多になるとDLC膜が逆に軟化して加工具の寿命や摩擦摺動特性が低下し得る。SiはDLC膜の硬質化や高分子化合物の吸着性を高めるシラノール(−Si−OH)の形成に有効である。Siが過少ではその効果が乏しく、Siが過多になるとDLC膜が硬化し過ぎて逆に摩擦摺動特性が低下し得る。
【0052】
C中のCspとCspとの割合は、DLC膜中の全C原子数を100%としたときに、Cspが20〜90%さらには60〜75%であると好ましい。Cspが存在することにより、DLC膜の靱性が高まり、摩擦摺動特性が向上し得る。もっともCspが過少ではその効果が乏しく、過多になるとDLC膜は軟化して好ましくない。
【0053】
ちなみに、DLC膜中のC量およびSi量は、電子線マイクロアナライザ(EPMA)、X線光電子分光分析(XPS)、ラザフォード後方散乱法(RBS)等より定量できる。またH量は、弾性反跳粒子検出法(ERDA)により定量できる。ERDAは、2MeVのヘリウムイオンビームを膜表面に照射して、膜からはじき出される水素イオンを半導体検出器により検出し、膜中の水素濃度を測定する方法である。さらにCsp量、Csp量は、固体NMRで定量性のあるマジックアングルスピニングを行う高出力デカップリング法(HD−MAS)により定量できる。
【0054】
DLC膜の成膜方法には、例えば、プラズマCVD法、イオンプレーティング法、スパッタリング法など、CVD法やPVD法を用いることができる。その一例として直流プラズマCVD法を用いる場合について説明すると、先ず、加工具(基材)を配置した真空炉内へ反応ガスおよびキャリアガスを導入する。次に、その真空炉内で放電させてプラズマを生成させる。そしてプラズマイオン化されたC、CH、Si等を加工具の被覆面へ付着させる。これにより、硬質なDLC膜が形成される。このとき用いる反応ガスとして、メタン(CH)、アセチレン(C)、ベンゼン(C)等の炭化水素ガスがある。またDLC−Si膜を成膜する場合であれば、さらに、Si(CH[TMS]、SiH、SiCl、SiH等のケイ素化合物ガスと水素ガスを用いても良い。キャリアガスにはアルゴンガスなどの不活性ガスを用いるとよい。
【0055】
ところで、非晶質炭素膜がSi含有非晶質炭素膜である場合、その表面上にシラノール層が形成されることにより、上述した極性をもつ表面官能基を有する高分子化合物がSi含有非晶質炭素膜の表面により強固に結合または吸着するようになる。なお、この高分子化合物は水溶性高分子化合物には限らず油溶性高分子化合物でもよい。前述した表面官能基を有する油溶性高分子化合物の場合、加工用潤滑剤中に僅かな水分を含むとシラノール層がSi含有非晶質炭素膜上に生成され易くなり好適である。なお、加工用潤滑剤中の水分は、全体を100質量%としたときに10ppm以上あると好ましい。
【0056】
DLC膜(DLC−Si膜を含む)の膜厚は、0.1〜6μmさらには0.3〜3μmであると好適である。この膜厚が過小ではDLC膜の耐久性が低下し、膜厚が過大では基材との密着性や耐剥離性が低下する。またDLC膜の硬さは、10GPa以上、15GPa以上さらには20GPa以上であると好適である。この硬さが過小ではDLC膜の耐久性が低下して好ましくない。
【0057】
《加工方法》
本発明でいう加工は、鍛造、しごき、絞り、プレス、転造、押出し、引抜き、圧延などの塑性加工が好適である。特に加工率や面積拡大率が大きい(例えば、減面率:5〜15%)しごき加工、絞り加工、鍛造等の塑性加工に本発明を用いると好ましい。この他、本発明でいう加工は切削、剪断、穴あけ等の加工でもよい。なお、加工具は加工の種類に応じたものであればよく、各種の金型(パンチ、ダイス等を含む)でも切削工具等でもよい。
【0058】
また本発明でいう加工は、冷間でも温間でも良い。DLC膜および加工用潤滑剤があまり変質しない範囲(例えば室温〜200℃)であれば加工温度は問わない。なお、被加工材はその形態等を問わず、素材でも中間材でも最終製品でもよい。
【実施例】
【0059】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0060】
《加工用潤滑剤の調製》
(1)試料No.A00〜A111(油系加工用潤滑剤)
表1に示すように、基油(試料No.A00)に種々の油溶性高分子化合物(添加剤)を添加して、アルミニウム合金を対象とした複数の加工用潤滑剤を調製した。
【0061】
基油には無添加鉱油(サンパー110/日本サン石油株式会社製)を用いた。この基油の動粘度は40℃で20.2mm/秒であった。各試料の油溶性高分子化合物の構造(主部および官能基)および分子量(Mw)は表1に併せて示した。なお、油溶性高分子化合物の主部であるポリメタクリレートまたはオレフィンコポリマーの化学構造は図1に示した通りである。
【0062】
油溶性高分子化合物の基油に対する添加量も、加工用潤滑剤全体を100質量%として表1に併せて示した。なお、表1中、試料No.A00と試料No.A01は同じ加工用潤滑剤であり、試料No.A60と試料No.A61は同じ加工用潤滑剤である。
【0063】
油溶性高分子化合物の官能基の種類や数および分子量は次のように調整、特定した。先ず油溶性高分子化合物の分子量はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)による重量平均分子量を測定した。この際の使用装置および測定条件は次の通りである。
【0064】
装置:LC−20AD(株式会社島津製作所製)
カラム:Shodex KF−806×2本、 KF−802×1本
またはK−806×2本 K−802×1本
測定温度:室温〜40℃
試料溶液:0.2質量%のTHF溶液または0.3質量%のクロロホルム
溶液注入量:150μl
検出装置:屈折率検出器
標準:ポリスチレン
【0065】
次に油溶性高分子化合物の官能基(カルボニル基、アミノ基、ヒドロキシル基)については赤外分光分析および核磁気共鳴(NMR)により特定した。
【0066】
なお、試料No.00〜A111の加工用潤滑剤はいずれも環境負荷物質を含まない。すなわち、それら加工用潤滑剤は、実質的にC、H、OまたはNのみからなり、環境負荷元素である金属(Zn等)、重金属(Mo等)、S、P、Cl等を含まない。
【0067】
(2)試料No.B11〜B51(水系加工用潤滑剤)
表2に示すように、蒸留水に種々の水溶性高分子化合物(添加剤)を添加して、アルミニウム合金を対象とした複数の加工用潤滑剤を調製した。
【0068】
それぞれの水溶性高分子化合物の構造(主部および官能基)と分子量(Mw)は表2に併せて示した。水溶性高分子化合物の主部であるポリアクリル酸、ポリアクリル酸ナトリウムまたはポリビニルアルコールの化学構造は図2に示した通りである。
【0069】
水溶性高分子化合物の蒸留水に対する添加量も、加工用潤滑剤全体を100質量%として、表2に併せて示した。なお、表2中、試料No.B20と試料No.B21は同じ加工用潤滑剤である。
【0070】
水溶性高分子化合物の官能基の種類や数および分子量も、前述した方法と同様に調整、特定した。但し、GPCによる水溶性高分子化合物の重量平均分子量の測定では、カラム:Shodex O Hpak(SB−G+SB−803HQ+SB−802HQ)、試料溶液:0.2質量%NaCl水溶液、溶液注入量:100μlとした。
【0071】
なお、試料No.B11〜B51の加工用潤滑剤はいずれも環境負荷物質を含まない。すなわち、それら加工用潤滑剤は、実質的にC、H、OまたはNaのみからなり、環境負荷元素である金属(Zn等)、重金属(Mo等)、S、P、Cl等を含まない。
【0072】
(3)試料No.C11〜C21および試料No.D10〜20
分子量が比較的小さい従来の潤滑油および市販されている加工用潤滑油も用意した。これらを表3に示した。なお、試料No.C20と試料No.C21は同じ加工用潤滑油である。また試料No.D10に示した市販油は、冷間鍛造用潤滑油(製品名:FW439A、メーカー:新日本石油株式会社) である。試料No.D20に示した市販油は、冷間鍛造用潤滑油(製品名:タイタンホーマーCCD220、メーカー:豊田ケミカルエンジニアリング株式会社)である。
【0073】
(4)試料No.E10およびE11
固体潤滑被膜に関する試料も用意した。固体潤滑被膜は、金型(加工具)等に塗布された加工用潤滑剤により形成される流動性被膜(液膜)ではなく、被加工材の表面に固着した非流動性被膜である。これも表3に併せて示した。
【0074】
この固体潤滑被膜は次のようにして形成した。アルミニウム合金からなる被加工材(基材)の最表面(内周面)に、先ず、ケイフッ化法を用いてフッ化アルミニウムからなる化成処理被膜を形成する。この上に、リン酸亜鉛の金属石鹸被膜さらにステアリン酸ナトリウムの金属石鹸被膜を、加熱乾燥を行いつつ順次形成した。こうして被加工材の表面に3層構造の固体潤滑被膜が形成された。ちなみに、この固体潤滑被膜は、従来の潤滑油等で対応困難な厳しい条件下でも、アルミニウム合金を冷間鍛造等できる潤滑方法として周知である。
【0075】
《加工性の評価方法》
(1)ボール通し試験
本実施例では、しごき加工等を行う際の金型と被加工材との間の摩擦抵抗(加工力)や耐焼付性などを代替的に評価できるボール通し試験により、各加工用潤滑剤の潤滑性(加工性)を評価した。このボール通し試験に用いた試験装置10の概要を図3に示す。試験装置10は、コンテナ1、パンチ2、ノックアウトパンチ3およびボール5から構成される。コンテナ1は、φ30mmの貫通穴1aが中央に設けられた鋼製(JIS SKH51)の雌型(ダイス)である。この貫通穴1aに、しごき加工の対象となる円筒状の被加工材4が嵌挿または挿入され得る。パンチ2は、コンテナ1にセットされた被加工材4の内筒部4aへ、雄型であるボール5を押し込む。このパンチ2が移動すると、被加工材4はボール5によってしごき加工がなされる。ノックアウトパンチ3は、そのパンチ2によって押込まれる被加工材4を下方から支持し、被加工材4を所定位置に保持する。
【0076】
ところで、パンチ2の上方には、パンチ2に付与する押込力(加工力)を計測する荷重計(図略)が設置してある。さらに、パンチ2の上方には、その移動量を計測する変位計(図略)も設置してある。こうして、ボール5を押し込んで被加工材4をしごき加工する際の加工力および変位量が、パンチ2を介して同時に計測される。
【0077】
(2)被加工材(ワーク)
被加工材4として、外径:φ29.9mm、内径:φ15.0mm、高さ50mm(その内、しごき長さ38mm)のアルミニウム合金(JIS A6061)の円筒材を用意した。試験に供した被加工材には、Ar雰囲気中で410℃×2時間加熱した焼鈍し処理を施した。
【0078】
(3)ボール(加工具)
上述のボール5として、φ16.67mmの鋼球(高速度工具鋼:AISI M50)を用意した。以下、これを「未処理ボール」という。この未処理ボールにDLC−Si膜を成膜したもの(以下「DLC−Si膜ボール」という。)も用意した。このDLC−Si膜の成膜は、直流プラズマCVD装置を用いて、メタン(CH)とテトラメチルシラン(TMS)の混合ガス(原料ガス)中でプラズマ放電をさせて行った。その際の流量比は、CH:TMS=1:100(全圧:500Pa)とした。こうして膜厚が2μmのDLC−Si膜を得た。このDLC−Si膜の組成は、C:66原子%、H:30原子%、Si:4原子%であった。なお、この膜中のSi含有量は電子プローブ微小部分析法(EPMA)により定量した。またH含有量は弾性反跳粒子検出法(ERDA)により定量した。
【0079】
(4)試験条件
上述した種々の加工用潤滑剤を加工具(ボール5)に塗布してボール通し試験を行った。また固体潤滑被膜を形成した被加工材についても同様にボール通し試験を行った。この際、被加工材4の減面率は8%である。減面率:8%の加工は、通常なら焼き付きを生じる厳しい加工である。具体的には、前述した固体潤滑被膜を被加工材4の内周面に形成していないと、従来なら焼き付きを生じるほど厳しい強加工である。ちなみに減面率(R)は加工にともない被加工材4の横断面積が減少する割合であり次のようにして求まる(図3参照)。
【0080】
減面率R=(Db−Di)×100/(Dc−Di
Db:ボール5の外径
Dc:コンテナ1の内径
Di:被加工材4の内径(加工前)
【0081】
ボール通し試験における加工用潤滑剤の供給は次のようにして行った(加工用潤滑剤を用いた全ての試験について同様である)。先ずボール5および被加工材4をアセトン50%、ヘキサン50%の混合液中で超音波洗浄して脱脂乾燥した。その後、被加工材4の内周面上部から加工用潤滑剤を滴下した。この被加工材4をコンテナ1内へ挿入した。次にボール5にも、その頂部からスポイトにより加工用潤滑剤を滴下した。このボール5を被加工材4の内周面上部に置いた。こうして加工面間に加工用潤滑剤を供給した。
【0082】
上記の試験に際して、ボール5の押込み長さ(しごき長さ)は38mm、ボール5の押込み速度(試験速度)は初速200mm/sとした。なお、この押込み速度は、ボール5が被加工材4を通過する際に生じる変形抵抗により終速180mm/sまで減速した(全ての試験について同様である)。
【0083】
《試験》
加工用潤滑剤または固体潤滑被膜と、DLC−Si膜ボールまたは未処理ボールとを組合わせた各試料について上述したボール通し試験を行うことにより得られた結果を表1〜3に併せて示した。表中の「最大荷重」は、パンチ2に作用する最大ボール押込み荷重を測定したものである。いずれの場合も、加工具であるボールは途中で止まることなく通過した。但し、ボール通し試験後のボールまたは被加工材を観察したところ、焼付きが生じているものがあった。焼付きが観察されなかった場合を○(焼付き無し)、焼付きが観察された場合を×(焼付き有り)で表1〜3に併せて示した。なお、試験途中で焼付きが生じても、ボールが貫通したのは、被加工材の一部がボールに付着したまません断されていたためである。
【0084】
《評価》
(1)従来の加工用潤滑剤等
先ず、表3の試料No.C11〜D20に示すように、従来の加工用潤滑剤を用いた場合、いずれもボール押込み時の最大荷重が50kN以上となって焼付きが生じた。これは加工具(ボール5)の表面が未処理の場合は勿論、その表面にDLC−Si膜がある場合でも同様であった。
【0085】
一方、表3の試料No.E10および試料No.E11に示すように、被加工材の表面に固体潤滑被膜を形成した場合、いずれも最大荷重が40kN程度で焼付きが生じなかった。これは、加工具(ボール5)の表面にDLC−Si膜がある場合は勿論、その表面が未処理の場合でも同様であった。この理由は、固体潤滑被膜が被加工材の表面に強固に結合していると共に延性を有し、従来の加工用潤滑剤(液体)からなる潤滑層と異なり潤滑膜切れを生じ難く、被加工材と加工具の固体接触が有効に抑止されたためと考えられる。
【0086】
このようにアルミニウム合金を冷間で強加工する場合、従来の加工用潤滑剤では焼付きを生じることがわかる。これは、加工具の表面に耐焼付きや摩擦低減等に効果があるDLC−Si膜を形成した場合でも、また加工用潤滑剤がその加工具の表面に吸着し易い官能基を有する場合でも同様であった。従ってこれまでは、被加工材の表面に固体潤滑被膜を形成して、アルミニウム合金を強加工するしかなかったことがわかる。
【0087】
(2)油系加工用潤滑剤の場合
次に、表1に示す結果から、分子量の大きな油溶性高分子化合物を基油に添加した加工用潤滑剤を用いた場合、ボール押込み時の最大荷重を、上記の固体潤滑被膜の場合よりもさらに低くでき、焼付きの発生を回避し得ることが明らかとなった(試料No.A41、試料No.A51、A61およびA81〜A101)。
【0088】
これらはいずれも、加工具の表面に非晶質炭素膜(DLC−Si膜)が形成されている場合であって、加工用潤滑剤が表面官能基を有する分子量3万以上の油溶性高分子化合物を8質量%以上含む場合であった。特に、油溶性高分子化合物の表面官能基がカルボニル基である場合、その分子量が6万以上さらには10万以上のときに、最大荷重が著しく低減して焼付きが発生しなかった。また油溶性高分子化合物の表面官能基がカルボニル基およびアミノ基である場合、その分子量が3万以上さらには5万以上のときに、最大荷重が著しく低減して焼付きが発生しなかった。
【0089】
試料No.A11〜A62と試料No.A71〜A101とを比較すると、分子量が同じ程度なら、カルボニル基に加えてアミノ基を有する油溶性高分子化合物を用いた方が最大荷重をより低減し得る。試料A81に用いた高分子の熱分解GC/MSによるパイログラム(分解温度:550℃)を図4に示す。2種のカルボニル基(図中I,IV)と2種のアミノ基(図中II,III)が認められたことから、高分子中の吸着点が多数存在していることがわかる。2種のアミノ基の中でIIIタイプ型のアミノ基が多く存在していることが、境界膜を強固にしている要因と考えられる。これは、カルボニル基単体またはアミノ基単体よりも、両者が併存することにより、油溶性高分子化合物の加工具(特にDLC−Si膜)への吸着性が向上したためと考えられる。従ってアルミ基がない場合には、吸着点が減少して潤滑性能が低下し得る。
【0090】
(3)水系加工用潤滑剤の場合
さらに、表2に示す結果から、分子量の大きな水溶性高分子化合物を蒸留水に添加した加工用潤滑剤を用いた場合も、ボール押込み時の最大荷重を上記の固体潤滑被膜の場合よりもさらに低くでき、焼付きの発生を回避し得ることが明らかとなった(試料No.B11およびB21〜B51)。これらの場合も同様に、加工具の表面に非晶質炭素膜(DLC−Si膜)が形成されており、加工用潤滑剤がカルボキシル基またはヒドロキシル基を有する分子量8000以上さらには1万以上の水溶性高分子化合物を8質量%以上含む場合であった。
【0091】
(4)試料No.A60と試料No.A61または試料No.B20と試料No.B21を比較するとわかるように、同じ加工用潤滑剤を用いて加工をする場合でも、加工具の表面にDLC−Si膜が存在するか否かにより、焼付きの発生や最大荷重が大きく変化した。これは次のように考えられる。DLC−Si膜が加工具の表面に存在すると、DLC−Si膜と高分子化合物の表面官能基との間に強力な結合力が生じ、高分子化合物がDLC−Si膜上に強固に吸着して、加工中も膜切れしない安定した潤滑膜が加工面間に形成される。そして、仮に潤滑膜が局所的に途切れるようなことがあっても、耐焼付性等に優れるDLC−Si膜がバックアップしたと考えられる。
【0092】
また試料No.B11と試料No.B51とを比較するとわかるように、高分子化合物の分子量を大きくすると、その添加量を減少させても最大荷重を低減し得る。逆にいえば、分子量が相対的に小さい高分子化合物でも添加量を増加させると最大荷重を低減して焼付きの発生を回避できる。ただし両者の比較から、最大荷重の低減や焼付きの回避を効率的に図るには、高分子化合物の分子量の増加が特に有効であると考えられる。
【0093】
(5)試料No.A01と試料No.A81に係る加工用潤滑剤と、表面被膜をDLC−Si膜からDLC膜に変えた加工具(ボール5)とを用いて、同様にボール通し試験を行い、加工性の評価を行った。この結果を表4に示した。なお、表4では、試料No.A01および試料No.A81に対応させて、それぞれ試料No.A02および試料No.A82とした。また、上記のDLC膜は、市販のDLC被覆処理(日本アイ・ティ・エフ株式会社、ジアスコートHT)により形成された水素含有DLC膜(H量:26%)である。
【0094】
試料No.A02と試料No.A82の最大荷重は、80kNと29kNであった。これらはそれぞれ、試料No.A01と試料No.A81の最大荷重とほぼ同様であった。このことから、加工具の表面がDLC−Si膜からDLC膜に変更されても、ほぼ同様な潤滑性能が得られることが確認された。
【0095】
【表1】
【0096】
【表2】
【0097】
【表3】
【0098】
【表4】
【符号の説明】
【0099】
1 コンテナ1
2 パンチ2
3 ノックアウトパンチ
4 被加工材
5 ボール
図1
図2
図3
図4