(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【0004】
しかしながら、上記従来のロックアップクラッチの制御装置のように、スリップ制御の実行中にロックアップクラッチを保護すべく一律にロックアップ(ロックアップクラッチの完全係合)を実行すると、ロックアップに伴う回転変動、音の変化、振動等により車両の乗員に違和感を与えてしまうおそれがある。また、スリップ制御の実行中にロックアップクラッチを保護すべく一律にロックアップクラッチを解放したとしても、同様に、ロックアップクラッチの解放に伴う原動機の回転変動や、振動、ノイズ等により車両の乗員に違和感を与えてしまうおそれがある。
【0005】
そこで、本発明は、ロックアップクラッチを保護するためのスリップ制御の中止をより適正に実行することを主目的とする。
【0006】
本発明によるロックアップクラッチの制御装置および制御方法は、上記主目的を達成するために以下の手段を採っている。
【0007】
本発明によるロックアップクラッチの制御装置は、
車両の原動機に接続された入力部材と変速装置の入力軸とを連結すると共に両者の連結を解除することができるロックアップクラッチの制御装置において、
前記ロックアップクラッチの半係合により前記入力部材と前記入力軸との回転速度差を前記車両の状態に応じた目標スリップ速度に一致させるスリップ制御を実行するスリップ制御手段と、
前記ロックアップクラッチのクラッチ温度を取得するクラッチ温度取得手段と、
前記スリップ制御の実行中に前記クラッチ温度が所定温度以上になった場合に、少なくとも前記原動機の状態に基づいて、前記ロックアップクラッチを完全係合させるか、または解放させるかを判定する判定手段と、
前記判定手段の判定結果に応じて、前記ロックアップクラッチを完全係合させるか、または解放させることにより前記スリップ制御を中止させるスリップ制御中止手段と、
を備えることを特徴とする。
【0008】
このロックアップクラッチの制御装置は、スリップ制御の実行中にクラッチ温度が所定温度以上になった場合に、少なくとも原動機の状態に応じてロックアップクラッチを完全係合させるか、または解放させるか判定するものである。これにより、ロックアップクラッチを保護するためにスリップ制御を中止させる際に、少なくとも原動機の状態に応じて、ロックアップクラッチの完全係合および解除のうち、例えば原動機の回転変動、音の変化、振動等の顕在化をより良好に抑制し得る一方を選択することが可能となり、スリップ制御の中止に伴って車両の乗員に違和感を与えてしまうのを抑制することができる。従って、このロックアップクラッチの制御装置によれば、ロックアップクラッチを保護するためのスリップ制御の中止をより適正に実行することが可能となる。
【0009】
また、前記判定手段は、前記原動機から前記入力部材に伝達される入力トルクおよび該原動機の回転数の少なくとも何れか一方に基づいて、前記ロックアップクラッチを完全係合させるか、または解放させるかを判定するものであってもよい。
【0010】
更に、前記判定手段は、前記入力トルクが所定トルクを上回っているか、あるいは前記原動機の回転数が所定回転数を上回っている場合に前記ロックアップクラッチを完全係合させると判断し、前記入力トルクが前記所定トルク以下であり、かつ前記原動機の回転数が前記所定回転数以下である場合に前記ロックアップクラッチを解放させると判断するものであってもよい。これにより、ロックアップクラッチを完全係合させるか、または解放させるかをより適正に判定することが可能となる。
【0011】
また、前記スリップ制御中止手段は、前記原動機に対するトルク要求がなされており、かつ前記変速装置の変速が要求されている場合、前記変速のイナーシャ相で前記ロックアップクラッチを解放させることにより前記スリップ制御を中止させるものであってもよい。すなわち、変速のイナーシャ相では、ロックアップクラッチの係合状態に拘わらず原動機や変速装置の入力軸の回転が変動することから、当該イナーシャ相でロックアップクラッチを解放することで、当該ロックアップクラッチの解放に伴う回転変動、音の変化、振動等が顕在化するのを抑制することができる。
【0012】
更に、前記スリップ制御中止手段は、前記原動機に対するトルク要求がなされていない場合、直ちに前記ロックアップクラッチを解放させることにより前記スリップ制御を中止させるものであってもよい。すなわち、原動機に対するトルク要求がなされていない場合、原動機や変速装置の入力軸の回転数が低下することから、ロックアップクラッチの解放に伴う回転変動、音の変化、振動等が顕在化するおそれは少なく、ロックアップクラッチを直ちに解放することでロックアップクラッチを良好に保護することができる。
【0013】
また、前記スリップ制御中止手段は、前記入力トルクが所定トルクを上回っているか、あるいは前記入力軸の回転数が所定回転数を上回っている場合に、前記ロックアップクラッチを完全係合させることにより前記スリップ制御を中止させると共に、前記入力トルクが所定トルク以下であり、かつ前記入力軸の回転数が所定回転数以下である場合に、前記ロックアップクラッチを解放させることにより前記スリップ制御を中止させるものであってもよい。これにより、ロックアップクラッチを保護すべきときに、ロックアップクラッチの完全係合および解放のうち、より好適な一方によりスリップ制御を中止することが可能となる。
【0014】
本発明によるロックアップクラッチの制御方法は、
車両の原動機に接続された入力部材と変速装置の入力軸とを連結すると共に両者の連結を解除することができるロックアップクラッチの制御方法において、
(a)前記ロックアップクラッチの半係合により前記入力部材と前記入力軸との回転速度差を前記車両の状態に応じた目標スリップ速度に一致させるスリップ制御を実行するステップと、
(b)前記スリップ制御の実行中に前記クラッチ温度が所定温度以上になった場合に、少なくとも前記原動機の状態に基づいて、前記ロックアップクラッチを完全係合させるか、または解放させるかを判定するステップと、
(c)ステップ(b)における判定結果に応じて、前記ロックアップクラッチを完全係合させるか、または解放させることにより前記スリップ制御を中止させるステップと、
を含むものである。
【0015】
この方法によれば、ロックアップクラッチを保護するためにスリップ制御を中止させる際に、少なくとも原動機の状態に応じて、ロックアップクラッチの完全係合および解除のうち、例えば原動機の回転変動、音の変化、振動等の顕在化をより良好に抑制し得る一方を選択することが可能となり、スリップ制御の中止に伴って車両の乗員に違和感を与えてしまうのを抑制することができる。従って、ロックアップクラッチを保護するためのスリップ制御の中止をより適正に実行することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に、本発明を実施するための形態を実施例を用いて説明する。
【0018】
図1は、本発明によるロックアップクラッチの制御装置を含む車両である自動車10の概略構成図である。同図に示す自動車10は、ガソリンや軽油といった炭化水素系の燃料と空気との混合気の爆発燃焼により動力を出力する原動機としてのエンジン(内燃機関)12や、エンジン12を制御するエンジン用電子制御ユニット(以下、「エンジンECU」という)14と、図示しない電子制御式油圧ブレーキユニットを制御するブレーキ用電子制御ユニット(以下、「ブレーキECU」という)16、エンジン12に接続されると共にエンジン12からの動力を左右の駆動輪DWに伝達する動力伝達装置20等を含む。動力伝達装置20は、トランスミッションケース22や、流体伝動装置23、有段式の自動変速機30、油圧制御装置50、これらを制御する変速用電子制御ユニット(以下、「変速ECU」という)21等を有する。
【0019】
エンジンECU14は、図示しないCPUを中心とするマイクロコンピュータとして構成されており、CPUの他に各種プログラムを記憶するROM、データを一時的に記憶するRAM、入出力ポートおよび通信ポート(何れも図示せず)等を有する。
図1に示すように、エンジンECU14には、アクセルペダル91の踏み込み量(操作量)を検出するアクセルペダルポジションセンサ92からのアクセル開度Accや車速センサ99からの車速V、クランクシャフトの回転位置を検出する図示しないクランクシャフトポジションセンサといった各種センサ等からの信号、ブレーキECU16や変速ECU21からの信号等が入力され、エンジンECU14は、これらの信号に基づいて電子制御式のスロットルバルブ13や図示しない燃料噴射弁および点火プラグ等を制御する。また、エンジンECU14は、クランクシャフトポジションセンサにより検出されるクランクシャフトの回転位置に基づいてエンジン12の回転数Neを算出すると共に、例えば回転数Neや図示しないエアフローメータにより検出されるエンジン12の吸入空気量あるいはスロットルバルブ13のスロットル開度THR、予め定められたマップあるいは計算式に基づいてエンジン12から出力されているトルクの推定値であるエンジントルクTeを算出する。
【0020】
ブレーキECU16も図示しないCPUを中心とするマイクロコンピュータとして構成されており、CPUの他に各種プログラムを記憶するROM、データを一時的に記憶するRAM、入出力ポートおよび通信ポート(何れも図示せず)等を有する。
図1に示すように、ブレーキECU16には、ブレーキペダル93が踏み込まれたときにマスタシリンダ圧センサ94により検出されるマスタシリンダ圧や車速センサ99からの車速V、図示しない各種センサ等からの信号、エンジンECU14や変速ECU21からの信号等が入力され、ブレーキECU16は、これらの信号に基づいて図示しないブレーキアクチュエータ(油圧アクチュエータ)等を制御する。
【0021】
変速ECU21も図示しないCPUを中心とするマイクロコンピュータとして構成されており、CPUの他に各種プログラムを記憶するROM、データを一時的に記憶するRAM、入出力ポートおよび通信ポート(何れも図示せず)等を備える。
図1に示すように、変速ECU21には、アクセルペダルポジションセンサ92からのアクセル開度Accや車速センサ99からの車速V、複数のシフトレンジの中から所望のシフトレンジを選択するためのシフトレバー95の操作位置を検出するシフトレンジセンサ96からのシフトレンジSR、油圧制御装置50の作動油の油温Toilを検出する油温センサ55、自動変速機30の入力回転数(タービンランナ25または自動変速機30の入力軸31の回転数)Niを検出する回転数センサ33(
図2参照)といった各種センサ等からの信号、エンジンECU14やブレーキECU16からの信号等が入力され、変速ECU21は、これらの信号に基づいて流体伝動装置23や自動変速機30、すなわち油圧制御装置50を制御する。
【0022】
動力伝達装置20の流体伝動装置23は、ロックアップクラッチ28を有する流体式トルクコンバータとして構成されており、
図2に示すように、入力部材としてのフロントカバー18を介してエンジン12のクランクシャフト16に接続される入力側流体伝動要素としてのポンプインペラ24や、タービンハブを介して自動変速機30の入力軸31に固定される出力側流体伝動要素としてのタービンランナ25、ポンプインペラ24およびタービンランナ25の内側に配置されてタービンランナ25からポンプインペラ24への作動油の流れを整流するステータ26、ステータ26の回転方向を一方向に制限するワンウェイクラッチ27等を含む。流体伝動装置23は、ポンプインペラ24とタービンランナ25との回転速度差が大きいときにはステータ26の作用によりトルク増幅機として機能し、両者の回転速度差が小さくなると流体継手として機能する。
【0023】
ロックアップクラッチ28は、ポンプインペラ24すなわち入力部材としてのフロントカバー18とタービンランナ25(タービンハブ)すなわち自動変速機30の入力軸31とを連結するロックアップと当該ロックアップの解除(完全解放)とを実行可能なものである。そして、自動車10の発進後、所定のロックアップオン条件が成立すると、ロックアップクラッチ28の完全係合によりポンプインペラ24とタービンランナ25とがロック(直結)され、エンジン12からの動力が入力軸31に機械的かつ直接的に伝達されるようになる。実施例のロックアップクラッチ28は、フロントカバー18と対向する面に摩擦材(クラッチフェーシング)29fが固定されたロックアップピストン29を含む単板摩擦式クラッチである。
【0024】
自動変速機30は、変速段を複数段階に変更しながら入力軸31に伝達された動力を図示しない出力軸に伝達可能なものであり、複数の遊星歯車機構や、入力軸31から出力軸までの動力伝達経路を変更するための複数のクラッチ、ブレーキ、ワンウェイクラッチ等を含む。そして、自動変速機30の出力軸は、図示しないギヤ機構および差動機構を介して駆動輪DWに連結される。また、複数のクラッチやブレーキは、油圧制御装置50からの油圧により係脱される。
【0025】
油圧制御装置50は、流体伝動装置23や自動変速機30への油圧を生成するために、図示しないオイルポンプからの作動油を調圧してライン圧PLを生成するプライマリレギュレータバルブや、例えばプライマリレギュレータバルブのドレン圧を調圧してセカンダリ圧Psecを生成するセカンダリレギュレータバルブ、ライン圧PLを調圧して一定のモジュレータ圧Pmodを生成するモジュレータバルブ、例えばモジュレータ圧Pmodをアクセル開度Accあるいはスロットルバルブ13の開度THRに応じて調圧してプライマリレギュレータバルブへの信号圧を生成するソレノイドバルブ、シフトレバー95の操作位置に応じて作動油を自動変速機30の複数のクラッチやブレーキに供給可能とするマニュアルバルブ、それぞれマニュアルバルブからの作動油(ライン圧PL)を調圧して対応するクラッチやブレーキに出力可能な複数のリニアソレノイドバルブ等を含む(何れも図示省略)。
【0026】
また、油圧制御装置50は、印加される電流値に応じてモジュレータ圧Pmodを調圧してロックアップソレノイド圧Psluを生成するロックアップソレノイドバルブ(リニアソレノイドバルブ)SLUと、ロックアップソレノイドバルブSLUからのロックアップソレノイド圧Psluに応じて上記セカンダリ圧Psecを調圧してロックアップクラッチ28へのロックアップクラッチ圧Plucを生成するロックアップコントロールバルブ51と、ロックアップソレノイドバルブSLUからのロックアップソレノイド圧Psluを信号圧としてロックアップコントロールバルブ51から流体伝動装置23のロックアップ室23bへのロックアップクラッチ圧Plucの供給を許容・規制するロックアップリレーバルブ52とを含む。
【0027】
実施例において、ロックアップソレノイドバルブSLUは、印加される電流値が比較的小さいときにはロックアップソレノイド圧Psluを値0に設定し(ロックアップソレノイド圧Psluを生成せず)、印加される電流値がある程度大きくなると、それ以後、電流値が大きいほどロックアップソレノイド圧Psluを高く設定する。また、ロックアップコントロールバルブ51は、ロックアップソレノイドバルブSLUによりロックアップソレノイド圧Psluが生成されるときにロックアップソレノイド圧Psluが高いほど元圧であるセカンダリ圧Psecを減圧してロックアップクラッチ圧Plucを低く設定し、ロックアップソレノイド圧Psluが予め定められたロックアップ係合圧P1以上であるときにロックアップクラッチ28の完全係合に要求されるロックアップクラッチ圧Plucを出力する。更に、ロックアップリレーバルブ52は、ロックアップソレノイドバルブSLUからロックアップソレノイド圧Psluが供給されないときに流体伝動装置23のロックアップ室23bにセカンダリレギュレータバルブからのセカンダリ圧Psecを供給し、かつロックアップソレノイドバルブSLUからロックアップソレノイド圧Psluが供給されるときに流体伝動室23aにセカンダリレギュレータバルブからのセカンダリ圧Psecを供給すると共にロックアップ室23bにロックアップコントロールバルブ51からのロックアップクラッチ圧Plucを供給するように構成されている。
【0028】
これにより、ロックアップソレノイドバルブSLUによりロックアップソレノイド圧Psluが生成されないときには、ロックアップリレーバルブ52からロックアップ室23bに作動油(セカンダリ圧Psec)が供給されると共にロックアップ室23bから流体伝動室23aに作動油が流入してロックアップ室23b内と流体伝動室23a内とが等圧になるため、ロックアップクラッチ28はロックアップを実行することなく解放される。なお、ロックアップ室23bから流体伝動室23aに流れ込んだ作動油の一部は、作動油出入口を介してロックアップリレーバルブ52側に流出する。一方、ロックアップソレノイドバルブSLUにより生成されたロックアップソレノイド圧Psluがロックアップコントロールバルブ51およびロックアップリレーバルブ52に供給されるときには、ロックアップコントロールバルブ51により生成されたロックアップクラッチ圧Pluc(セカンダリ圧Psecよりも低い圧力)がロックアップリレーバルブ52からロックアップ室23bに供給されると共にセカンダリレギュレータバルブからのセカンダリ圧Psecがロックアップリレーバルブ52から流体伝動室23a内に供給されることになる。これにより、ロックアップ室23b内の圧力低下に伴ってロックアップピストン29が係合側に移動し、ロックアップソレノイド圧Psluがロックアップ係合圧P1以上に至るとロックアップクラッチ28が完全係合してロックアップが完了する。
【0029】
上述の油圧制御装置50に含まれるソレノイドバルブや、複数のリニアソレノイドバルブ、ロックアップソレノイドバルブSLUは、変速ECU21により制御され、変速ECU21には、
図2に示すように、CPUやROM,RAMといったハードウエアと、ROMにインストールされた制御プログラムといったソフトウェアとの協働により、変速制御モジュール210、ロックアップスリップ制御モジュール211、およびスリップ制御中止モジュール212が機能ブロックとして構築される。
【0030】
変速制御モジュール210は、予め定められた図示しない変速線図からアクセル開度Acc(あるいはスロットルバルブ13の開度THR)および車速Vに対応した目標変速段を取得すると共に、現変速段から目標変速段への変更に伴って係合されるクラッチやブレーキに対応したリニアソレノイドバルブへの係合圧指令値と、現変速段から目標変速段への変更に伴って解放されるクラッチやブレーキに対応したリニアソレノイドバルブへの解放圧指令値を設定する。また、変速制御モジュール210は、現変速段から目標変速段への変更中や目標変速段の形成後に、係合されているクラッチやブレーキに対応したリニアソレノイドバルブへの保持圧指令値を設定する。
【0031】
ロックアップスリップ制御モジュール211は、上述のロックアップソレノイドバルブSLUに対する油圧指令値を設定するものであり、ロックアップソレノイドバルブSLUには、当該油圧指令値に応じた電流が図示しない補機バッテリから印加される。また、ロックアップスリップ制御モジュール211は、予め定められたスリップ制御実行条件が成立すると、ロックアップクラッチ28の半係合により入力部材としてのフロントカバー18と自動変速機30の入力軸31との回転速度差(スリップ速度)を自動車10の状態に応じた目標スリップ速度に一致させるスリップ制御を実行する。すなわち、ロックアップスリップ制御モジュール211は、上記スリップ速度を算出すると共に、シフトレンジSR、回転数センサ33により検出される自動変速機30の入力回転数Nin、およびエンジントルクTeに基づいて自動車10の状態に応じた目標スリップ速度を設定し、スリップ速度が目標スリップ速度に一致するようにロックアップソレノイドバルブSLU等を制御する。このようなスリップ制御をロックアップクラッチ28のロックアップに際して実行することで、ロックアップクラッチ28のトルク容量を徐々に増加させて、ロックアップに伴うトルク変動に起因した振動の発生を抑制することができる。また、自動車10の加速中や減速時等にロックアップクラッチ28にスリップを生じさせるようにスリップ制御を実行することで、動力の伝達効率やエンジン12の燃費を向上させることができる。
【0032】
そして、スリップ制御中止モジュール212は、ロックアップスリップ制御モジュール211によりスリップ制御が実行されている間に、ロックアップピストン29の摩擦材29fの過熱を抑制してロックアップクラッチ28を保護するために必要に応じてスリップ制御を中止させるものである。
【0033】
次に、上記自動車10におけるスリップ制御の中止手順について説明する。
図3は、変速ECU21のスリップ制御中止モジュール212により実行されるスリップ制御中止判定ルーチンの一例を示すフローチャートである。
図3のスリップ制御中止判定ルーチンは、ロックアップスリップ制御モジュール211によりスリップ制御が実行されている間に、スリップ制御中止モジュール212により所定時間おきに繰り返し実行される。
【0034】
スリップ制御中止判定ルーチンの開始に際して、変速ECU21のスリップ制御中止モジュール212は、アクセルペダルポジションセンサ92からのアクセル開度Acc、クラッチ温度Tcl、原動機の状態を示す情報としての回転数センサ33からの入力回転数NinやエンジンECU12からのエンジントルクTe、変速要求フラグFscの値といった判定に必要なデータを入力する(ステップS100)。実施例において、クラッチ温度Tclは、変速ECU21により別途算出されて所定の記憶領域に格納されたロックアップピストン29の摩擦材29fの表面温度の推定値である。クラッチ温度Tclは、自動変速機30の入力回転数Nin、油温Toil、エンジン12の回転数NeおよびエンジントルクTe、ロックアップクラッチ28の状態(解放、スリップ制御中、および完全係合の何れか)に基づいて算出される。変速要求フラグFscは、変速制御モジュール210により、アクセル開度Acc(あるいはスロットルバルブ13の開度THR)および車速Vと上記変速線図とに基づいて自動変速機30の変速段を変更すべきと判断されたときに値1に設定されると共に、変速段を維持する際に値0に設定され、所定の記憶領域に格納されるものである。
【0035】
ステップS100にて必要なデータを入力したならば、スリップ制御中止モジュール212は、入力したクラッチ温度Tclが予め定められたスリップ制御禁止温度Tref(所定温度)未満であるか否かを判定する(ステップS110)。スリップ制御禁止温度Trefは、摩擦材29fの過熱を抑制してロックアップクラッチ28を保護する観点からスリップ制御を禁止すべきときの摩擦材29fの表面温度であり、実験・解析を経て予め定められる。クラッチ温度Tclがスリップ制御禁止温度Tref未満である場合(ステップS110:YES)、スリップ制御中止モジュール212は、ステップS110以降の処理を実行することなく本ルーチンを一旦終了させ、次の実行タイミングが到来した時点で再度本ルーチンを開始する。
【0036】
一方、クラッチ温度Tclがスリップ制御禁止温度Tref以上であってロックアップクラッチ28を保護すべき場合(ステップS110:NO)、スリップ制御中止モジュール212は、所定のフラグFが値1であるか否かを判定し(ステップS120)、フラグFが値0であれば(ステップS120:NO)、図示しないタイマをオンすると共にフラグFを値1に設定する(ステップS130)。なお、フラグFが値1であると判定された場合には(ステップS120:YES)、ステップS130の処理はスキップされる。次いで、スリップ制御中止モジュール212は、ステップS100にて入力したエンジントルクTeすなわちエンジン12から入力部材としてのフロントカバー18に伝達される入力トルクが所定トルクT1を上回っているか、あるいは入力回転数Ninが所定回転数N1を上回っているか否かを判定する(ステップS140)。所定トルクT1は、
図4に示すように、予め定められたロックアップクラッチ28のスリップ領域を規定するエンジントルクTeの範囲内に含まれるトルク値であり、所定回転数N1は、当該スリップ領域を規定する入力回転数Ninの範囲内に含まれる回転数である。
【0037】
エンジントルクTeが所定トルクT1を上回っているか、あるいは入力回転数Ninが所定回転数N1を上回っている場合(ステップS140:YES)、スリップ制御中止モジュール212は、ロックアップクラッチ28を完全係合させるべく、ロックアップスリップ制御モジュール211にロックアップクラッチ完全係合指令を送信し(ステップS145)、上記タイマをオフすると共にフラグFを値0に設定し、更にスリップ制御禁止フラグをオンした上で(ステップS200)、本ルーチンを終了させる。ロックアップ完全係合指令を受信したロックアップスリップ制御モジュール211は、ロックアップクラッチ28が完全係合してロックアップを実行するようにロックアップソレノイドバルブSLUを制御する。
【0038】
このように、実施例では、クラッチ温度Tclがスリップ制御禁止温度Tref以上であり、かつエンジントルクTeが所定トルクT1を上回っているか、あるいは入力回転数Ninが所定回転数N1を上回っている場合、ロックアップクラッチ28の完全係合(ロックアップオン)によりスリップ制御が中止されることになる。また、スリップ制御禁止フラグがオンされると、ロックアップスリップ制御モジュール211によるスリップ制御の実行が禁止される。そして、ステップS140に否定判断がなされた場合には、以下に説明するように、ロックアップクラッチ28の解放(ロックアップオフ)によりスリップ制御が中止される。
【0039】
エンジントルクTeが所定トルクT1以下であり、かつ入力回転数Ninが所定回転数N1以下である場合(ステップS140:NO)、スリップ制御中止モジュール212は、ステップS100にて入力したアクセル開度Accが値0を上回っており、かつ変速要求フラグFscが値1であるか否かを判定する(ステップS150)。アクセル開度Accが値0を上回っており、運転者からエンジン12にトルクが要求されるパワーオン状態であって、かつ変速要求フラグFscが値1であって変速段の変更が要求されている場合(ステップS150:YES)、スリップ制御中止モジュール212は、当該変速段の変更中のイナーシャ相にてロックアップクラッチ28を解放させるべく、イナーシャ相クラッチ解放指令をロックアップスリップ制御モジュール211に送信し(ステップS155)、上記タイマをオフすると共にフラグFを値0に設定し、更にスリップ制御禁止フラグをオンした上で(ステップS200)、本ルーチンを終了させる。イナーシャ相クラッチ解放指令を受信したロックアップスリップ制御モジュール211は、変速段の変更中のイナーシャ相が到来した段階で、ロックアップクラッチ28を解放するための制御を開始する。
【0040】
また、アクセル開度Accが値0を上回っていないか、あるいは変速要求フラグFscが値0である場合(ステップS150:NO)、スリップ制御中止モジュール212は、ステップS100にて入力したアクセル開度Accが値0であるか否かを判定する(ステップS160)。アクセル開度Accが値0であって運転者からエンジン12にトルクが要求されていないパワーオフ状態である場合(ステップS160:YES)、スリップ制御中止モジュール212は、ロックアップクラッチ28を解放させるべく、ロックアップスリップ制御モジュール211にロックアップクラッチ解放指令を送信し(ステップS190)、上記タイマをオフすると共にフラグFを値0に設定し、更にスリップ制御禁止フラグをオンした上で(ステップS200)、本ルーチンを終了させる。ロックアップクラッチ解放指令を受信したロックアップスリップ制御モジュール211は、直ちにロックアップクラッチ28を解放するための制御を開始する。
【0041】
更に、アクセル開度Accが値0ではないと判定した場合(ステップS160:NO)、スリップ制御中止モジュール212は、上記タイマによる計時時間tが所定時間tref以上であるか否かを判定する(ステップS170)。所定時間trefは、クラッチ温度Tclがスリップ制御禁止温度Tref以上である状態の許容継続時間に基づいて実験・解析を経て予め定められる。計時時間tが所定時間tref以上である場合(ステップS170:YES)、スリップ制御中止モジュール212は、ロックアップクラッチ28を解放させるべく、ロックアップスリップ制御モジュール211にロックアップクラッチ解放指令を送信し(ステップS190)、上記タイマをオフすると共にフラグFを値0に設定し、更にスリップ制御禁止フラグをオンした上で(ステップS200)、本ルーチンを終了させる。ロックアップクラッチ解放指令を受信したロックアップスリップ制御モジュール211は、直ちにロックアップクラッチ28を解放するための制御を開始する。
【0042】
また、上記タイマによる計時時間tが所定時間tref未満であると判定した場合(ステップS170:NO)、スリップ制御中止モジュール212は、ステップS100にて入力したクラッチ温度Tclがスリップ制御禁止温度Trefよりも高い上限温度Tlimを上回っているか否かを判定する(ステップS180)。クラッチ温度Tclが上限温度Tlimを上回っている場合(ステップS180:YES)、スリップ制御中止モジュール212は、ロックアップクラッチ28を解放させるべく、ロックアップスリップ制御モジュール211にロックアップクラッチ解放指令を送信し(ステップS190)、上記タイマをオフすると共にフラグFを値0に設定し、更にスリップ制御禁止フラグをオンした上で(ステップS200)、本ルーチンを終了させる。ロックアップクラッチ解放指令を受信したロックアップスリップ制御モジュール211は、直ちにロックアップクラッチ28を解放するための制御を開始する。
【0043】
なお、ステップS180にてクラッチ温度Tclが上限温度Tlim以下であると判定した場合(ステップS180:NO)、スリップ制御中止モジュール212は、自動車10の状態がスリップ制御を中止するのに適した状態にはないとみなして本ルーチンを一旦終了させ、次の実行タイミングが到来した時点で再度本ルーチンを開始する。また、ステップS200にてオンされたスリップ制御禁止フラグは、クラッチ温度Tclがスリップ制御禁止温度Trefよりも低いスリップ制御禁止解除温度以下になった時点でオフされ、それによりロックアップスリップ制御モジュール211によるスリップ制御の実行が許可される。
【0044】
以上説明したように、変速ECU21のスリップ制御中止モジュール212は、ロックアップスリップ制御モジュール211によるスリップ制御の実行中にクラッチ温度Tclがスリップ制御禁止温度Tref以上になった場合に、エンジン12から入力部材としてのフロントカバー18に伝達されるエンジントルクTeと自動変速機30の入力回転数Ninとに応じてロックアップクラッチ28を完全係合させるか、または解放させることによりスリップ制御を中止させるものである。これにより、ロックアップクラッチ28を保護するためにスリップ制御を中止させる際に、自動車10の走行状態に応じて、ロックアップクラッチ28の完全係合および解除のうち、エンジン12等の回転変動、エンジン12の音や走行音の変化、自動車10やエンジン12の振動等の顕在化をより良好に抑制し得る一方を選択することが可能となり、スリップ制御の中止に伴って自動車10の乗員に違和感を与えてしまうのを抑制することができる。具体的には、エンジントルクTeが低く、かつ入力回転数Ninが低い場合には、エンジン12の振動が大きいため、ロックアップクラッチ28の係合を解除することで、上述したような効果を良好に得ることができる。従って、自動車10では、ロックアップクラッチ28を保護するためのスリップ制御の中止をより適正に実行することが可能となる。
【0045】
なお、
図3のステップS140において、入力回転数Ninが所定回転数N1を上回っているか否かを判定する代わりに、エンジンECU14からのエンジン12の回転数Neが所定回転数を上回っているか否かを判定してもよい。すなわち、ステップS100にてエンジンECU14からエンジン12の回転数Neを入力し、エンジントルクTeが所定トルクT1を上回っているか、あるいはエンジン12の回転数Neが所定回転数を上回っている場合にロックアップクラッチ28を完全係合させると判断し、エンジントルクTeが所定トルクT1以下であり、かつ回転数Neが所定回転数以下である場合にロックアップクラッチ28の解放を許容してもよい。これにより、ロックアップクラッチ28を完全係合させるか、または解放させるかをより適正に判定することが可能となり、ロックアップクラッチを保護するためにスリップ制御を中止させる際に、エンジン12の状態に応じて、ロックアップクラッチ28の完全係合および解除のうち、エンジン12の回転変動、音の変化、振動等の顕在化をより良好に抑制し得る一方を選択することができる。そして、ステップS140では、エンジントルクTeと所定トルクT1との比較のみが行われてもよく、回転数NinあるいはNeと所定回転数(N1)との比較のみが行われてもよい。
【0046】
また、変速ECU21のスリップ制御中止モジュール212は、エンジントルクTeが所定トルクT1を上回っているか、あるいは入力回転数Ninが所定回転数N1を上回っている場合に、ロックアップクラッチ28を完全係合させることによりスリップ制御を中止させると共に(ステップS140,S145)、エンジントルクTeが所定トルクT1以下であり、かつ入力回転数Ninが所定回転数N1以下である場合に、ロックアップクラッチ28を解放させることによりスリップ制御を中止させるものである(ステップS150〜S190)。これにより、ロックアップクラッチ28を保護すべきときに、ロックアップクラッチ28の完全係合および解放のうち、より好適な一方によりスリップ制御を中止することが可能となる。
【0047】
更に、変速ECU21のスリップ制御中止モジュール212は、ロックアップクラッチ28の解放によりスリップ制御を中止させる際にエンジン12に対するトルク要求がなされており、かつ自動変速機30の変速が要求されている場合、変速のイナーシャ相でロックアップクラッチ28を解放させる(ステップS150,S155)。すなわち、変速のイナーシャ相では、ロックアップクラッチ28の係合状態に拘わらずエンジン12や自動変速機30の入力軸31の回転が変動することから、当該イナーシャ相でロックアップクラッチ28を解放することで、当該ロックアップクラッチ28の解放に伴う回転変動、音の変化、振動等が顕在化するのを抑制することができる。
【0048】
また、変速ECU21のスリップ制御中止モジュール212は、ロックアップクラッチ28の解放によりスリップ制御を中止させる際にエンジン12に対するトルク要求がなされていない場合、直ちにロックアップクラッチ28を解放させる(ステップS160,S190)。すなわち、エンジン12に対するトルク要求がなされていない場合、エンジン12や自動変速機30の入力軸31の回転数が低下することから、ロックアップクラッチ28の解放に伴う回転変動、音の変化、振動等が顕在化するおそれは少なく、ロックアップクラッチ28を直ちに解放することでロックアップクラッチ28を良好に保護することができる。
【0049】
なお、上記実施例のロックアップクラッチ28は単板摩擦式クラッチとして構成されているが、ロックアップクラッチ28は多板摩擦式クラッチとして構成されてもよい。また、上記ロックアップクラッチ28は、流体伝動装置23に含まれるものであるが、本発明は、流体継手やトルクコンバータ等と組み合わされない単独あるいはダンパ装置のみと組み合わされるロックアップクラッチにも適用されてもよい。更に、
図3のステップS150およびS160では、アクセル開度Accに基づいてエンジン12に対するトルク要求の有無が判定されるが、当該ステップS150およびS160では、アクセル開度Accの代わりに、スロットルバルブ13のスロットル開度THRや、アクセル開度Accおよび車速Vあるいはスロットル開度THRに基づいて設定されるエンジン12に対する要求トルクに基づいてエンジン12に対するトルク要求の有無が判定されてもよい。また、クラッチ温度Tclは、ロックアップクラッチ28の保護を可能とするものであれば、例えばロックアップ室23b内の油温といった摩擦材29fの表面温度以外の温度であってもよい。
【0050】
ここで、実施例の主要な要素と発明の概要の欄に記載した発明の主要な要素との対応関係について説明する。すなわち、上記実施例では、自動車10のエンジン12に接続されたフロントカバー18と自動変速機30の入力軸31とを連結すると共に両者の連結を解除することができるロックアップクラッチ28が「ロックアップクラッチ」に相当し、ロックアップクラッチ28の半係合によりフロントカバー18と入力軸31との回転速度差を自動車10の状態に応じた目標スリップ速度に一致させるスリップ制御を実行するロックアップスリップ制御モジュール211が「スリップ制御手段」に相当し、ロックアップクラッチ28のクラッチ温度Tclを算出する変速ECU21が「クラッチ温度取得手段」に相当し、スリップ制御の実行中にクラッチ温度Tclがスリップ制御禁止温度Tref以上になった場合に、エンジン12からフロントカバー18に伝達されるエンジントルクTeと入力回転数Ninとに応じてロックアップクラッチ28を完全係合させるか、または解放させることによりスリップ制御を中止させるスリップ制御中止モジュール212が「スリップ制御中止手段」に相当する。
【0051】
ただし、実施例の主要な要素と発明の概要の欄に記載された発明の主要な要素との対応関係は、実施例が発明の概要の欄に記載された発明を実施するための形態を具体的に説明するための一例であることから、発明の概要の欄に記載した発明の要素を限定するものではない。すなわち、実施例はあくまで発明の概要の欄に記載された発明の具体的な一例に過ぎず、発明の概要の欄に記載された発明の解釈は、その欄の記載に基づいて行なわれるべきものである。
【0052】
以上、実施例を用いて本発明の実施の形態について説明したが、本発明は上記実施例に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において様々な変更をなし得ることはいうまでもない。