(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
引張強度が500〜700MPaであることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板。
請求項1〜請求項4の何れか1項に記載の耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板を管状に成形した後、突合せ部をアーク溶接して製造され、
降伏応力が440MPa以上、引張強度が500〜700MPa、200℃での時効後の円周方向の圧縮の0.2%流動応力が450MPa以上であることを特徴とする厚肉高強度ラインパイプ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、近年は、深海に敷設する天然ガスや原油輸送用のラインパイプに対する要求特性は複雑化の傾向にあり、厚肉化、高強度化、低温靱性、耐サワー性、更には圧潰特性も要求されるようになった。
【0007】
前述の特許文献1の場合、耐サワー性、耐圧潰性への対応は考慮されていない。特に、島状マルテンサイトは破壊の起点になるため、破壊靱性を低下させるという問題がある。
【0008】
このような問題に対して、硬質のマルテンサイトの生成を抑制し、フェライトとベイナイトとの硬度差を抑制する方法や、微細なベイナイトの利用によって、バウシンガー効果を抑制する方法が提案されている(例えば、特許文献2〜4、参照)。
【0009】
近年では、ラインパイプに対する要求特性は多様化の傾向にあり、その中でも特に深海用ラインパイプの要求特性は複雑化している。具体的には、厚肉化、降伏応力(YS)、引張強度(TS)、低温靱性(−10℃でのDWTT延性破面率)に加え、耐サワー性、更に圧潰特性(200℃での時効後の円周方向の圧縮の0.2%流動応力)も要求されている。
しかしながら、従来の技術(例えば特許文献2〜5等)では、これらの特性をすべて両立しうることは非常に困難であった。
【0010】
特許文献2に開示された発明は、脆性き裂伝播停止性能及び低温靱性への対応が考慮されているが、耐サワー性、耐圧潰性への対応は考慮されていない。また、特許文献3に開示された発明は、低温靱性、圧潰特性が考慮されているが、耐サワー性への対応が考慮されていない。また、特許文献4に開示された発明は、圧縮強度及び低温靱性のバランス、高い圧縮強度と耐サワー性能との両立を図っているが、前述した圧潰特性(200℃での時効後の円周方向の圧縮の0.2%流動応力)が考慮されていない。
【0011】
特許文献5では、板厚が25mm以上の、米国石油協会(API)規格X80(引張強さ620MPa以上)までのラインパイプ用鋼管の場合、板厚の中央部を微細なベイナイト組織とすることは極めて困難であることが見出されている。このような技術的課題を解決するため、特許文献5では、Cの含有量を低下させ、金属組織を、ベイナイトを主体とする低温変態組織として靱性を向上させた鋼材を元に、Moを添加して焼入れ性を高め、Alの添加を押さえて粒内ベイナイトを活用する製造方法を提案している。
【0012】
特許文献5に開示された発明は、母材の焼き入れ性を高め、鋼板全体をベイナイト主体とする均一な金属組織で構成することにより、HAZの有効結晶粒を微細化している。特許文献5に開示された発明は、溶接部の低温靱性化を意図しているのであって、耐サワー性、耐圧潰性への対応は考慮されていない。
【0013】
また、板厚の中央部では、制御圧延による圧下及び制御冷却による冷却速度が不十分になる。そのため、焼入れ性が向上された場合であっても、板厚の増加に伴い、鋼板全体を均一な金属組織にすることは困難である。
【0014】
また、従来では、ラインパイプ用鋼板の板厚は20mm以下の薄肉であることが多く、API規格でX65級程度の強度であれば、耐サワー性、低温靱性、耐圧潰特性という多様な特性を容易に確保することができた。これは、熱間圧延では圧下率が十分に確保されて有効結晶粒径が微細になり、さらに加速冷却による表層と板厚中央部との冷却速度の差が小さく、金属組織が均質化するためである。ところが、板厚が25mm以上、特に30mm以上の厚肉になると、耐サワー性、低温靱性、耐圧潰特性の全てを満足することは困難になる。
【0015】
特に、耐圧潰特性の確保と低温靱性の確保は相反するものであり、従来技術では、耐圧潰特性と低温靱性を両立できるような材料設計はできていない。
【0016】
本発明は、このような実情に鑑み、天然ガスや原油輸送用のラインパイプの素材に最適な、耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性をバランス良く有する厚肉高強度ラインパイプと前記厚肉高強度ラインパイプ用鋼板の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、ラインパイプ用鋼板において、耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板を得るべく、金属組織及び結晶粒径に着目して鋭意検討した。その結果、厚肉ラインパイプ(「厚肉鋼管」ともいう。)において、(1)強度と耐サワー性との両立、(2)厚肉鋼管の強度と耐圧潰特性との両立、(3)厚肉鋼管の強度と低温靱性との両立、を達成するための、成分、金属組織、製造方法などについては、それぞれ、以下のように整理することができることを見出した。
【0018】
(1)強度と耐サワー性との両立
耐サワー性を損なわずに、ラインパイプの強度を高めるには、前記ラインパイプの母材である鋼板の金属組織を、アシキュラーフェライトやベイナイトの均一な組織にすることが有効である。また、耐サワー性を向上させるためには、中心偏析部の硬化を抑制することが必要である。
ここで、サワー環境において生じる割れのメカニズムについて説明する。サワー環境における割れ、特に水素誘起割れ(HIC)は、特に、鋼板の中心偏析部に存在する延伸したMnS系介在物など、鋼中の欠陥の周りに集積した水素に起因している。即ち、サワー環境では、鋼中に侵入した水素が、これら欠陥の周囲に集積してガスとなり、その圧力が鋼の破壊靱性値(KIC)を超えた場合に、割れが発生する。更に、鋼の中心偏析部、介在物の周辺などが硬化していると割れは伝播しやすくなる。したがって、サワー環境で使用されるラインパイプでは、延伸したMnSの生成や中心偏析の硬化相の形成を抑制することが有効であり、具体的には、加速冷却をやや高温で停止させること、例えば、鋼の中心偏析部の温度が400℃以上になるように、熱間圧延後の加速冷却を停止することが有効である。なお、中心偏析部とは、鋳造時の凝固偏析に起因し、鋼板の板厚中央部においてMn等の成分が濃化した部位である。
【0019】
(2)厚肉鋼管の強度と耐圧潰特性との両立
厚肉鋼管の場合、強度及び耐圧潰特性の両方を確保するには、Moなどを添加して焼入れ性を高め、熱間圧延後の加速冷却によって転位密度が高いマルテンサイトやベイナイトを生成させ、ひずみ時効を促進させることが有効である。具体的には、加速冷却の停止温度を、やや低温、例えば鋼板表面温度が400℃以下になるように制御すれば、マルテンサイトが生成し、厚肉鋼管の塗装焼付け処理(塗装時に200℃前後に加熱・保持する処理)時のひずみ時効を促進させることができる。
【0020】
(3)厚肉鋼管の強度と低温靭性との両立
厚肉鋼管の場合、薄肉の鋼管の場合と比べて、旧オーステナイト(加速冷却によって変態する前のオーステナイト)が粗大になり、低温靱性が低下する。また、ベイナイトの単独組織に比べると、アシキュラーフェライトの単独組織の有効結晶粒径は小さいが、それでも低温靱性が十分であるとはいえない。そのため、低温靱性の確保には、ポリゴナルフェライトの生成が有効である。ただし、ポリゴナルフェライトは強度を低下させるので、強度を確保するためには、ベイナイトやアシキュラーフェライトとの複合組織とすることが有効である。
【0021】
以上述べたように、上記(1)〜(3)を同時に満足させて、耐サワー性、低温靱性、耐圧潰特性の全てを確保することは困難であることが分かる。例えば、(2)の耐圧潰特性にはマルテンサイトが有効であるが、(1)の耐サワー性及び(3)の低温靱性に対してマルテンサイトは有害である。また、(3)の低温靱性にはポリゴナルフェライトが有効であるが、(1)の耐サワー性は、ポリゴナルフェライトの生成によって組織が不均一になるため、低下する。また、転位密度が低いポリゴナルフェライトは、耐圧潰特性を低下させる。
そこで、本発明者らは、厚肉であるという特徴を活かして、即ち、熱間圧延及びその後の加速冷却によって、板厚に起因する表面と中心部との温度差を利用して、組織を制御する方法を検討した。そして、板厚中央部では耐サワー性の確保が、そして表層では耐圧潰特性の確保が、それぞれ、非常に重要であるという点に留意した。また、低温靱性を確保するため、有効結晶粒径の微細化を検討した。
【0022】
まず、板厚中央部では、耐サワー性、強度、及び低温靭性を確保するために、加工フェライト及びマルテンサイト−オーステナイト混成物(以下、「MA」という。)の生成を抑制して硬化を抑え、アシキュラーフェライト、ベイナイトの一方又は両方からなる均質な組織とすることが有効であることが分かった。
ここで、板厚中央部では偏析によってMnが濃化しており、焼入れ性が高く、フェライトの生成は抑制される。しかし、低温靱性を確保するためには、フェライトの生成が有効であり、表層に向かってフェライト量が増加するような金属組織とすることが必要になる。
一方、低温靱性を確保するため、軟質のポリゴナルフェライトを生成させると、表層の円周方向の圧縮降伏応力が低下し、耐圧潰特性が低下してしまう。このような問題に対して、本発明者らは、表層に加工フェライトを生成させ、フェライトの転位密度を高めてひずみ時効を促進し、耐圧潰特性を向上させればよいと考えた。そこで、表層の組織は、耐圧潰特性を満足させるために面積率で5%以上の加工フェライトを生成させて、低温靱性を確保するためにMAを抑制し、残部をポリゴナルフェライト、ベイナイトの一方又は両方からなる組織とするとよいことを見出した。
【0023】
加工フェライトが多いと、圧潰強度は増加するが、その分低温靭性が悪化する。低温靭性を確保するには、ある程度加工フェライト量を規制する必要がある。つまり、圧潰強度を負担する部分と、低温靭性を負担する部分を板厚に応じて適正配分する必要がある。すなわち、板厚が薄くなるほど、表層部の加工フェライトの許容量は少なくなり、板厚が厚くなるほど、表層部の加工フェライトの許容量は多くなる。そこで発明者らは、加工フェライトの許容量と板厚の関係を調査し、最適な関係を見出した。
本発明は、これらの知見を基に成されたものであり、その要旨とするところは以下のとおりである。
【0024】
[1] 板厚が25mm以上45mm以下である鋼板であって、
その成分が、質量%で、
C:0.04〜0.08%、
Mn:1.2〜2.0%、
Nb:0.005〜0.05%、
Ti:0.005〜0.03%、
Ca:0.0005〜0.0050%、
N:0.001〜0.008%
を含有し、
Si:0.5%以下、
Al:0.05%以下、
P:0.03%以下、
S:0.005%以下、
O:0.005%以下
に制限し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
鋼板表面から厚さ方向に向かって0.9mm以上1.1mm以内の部分である表層部の組織が、面積率で、
加工フェライト:5%以上、且つ下記式1aで求めるS
fe1%以下
であり、
マルテンサイト−オーステナイト混成物:8%以下
に制限し、残部は、ポリゴナルフェライト、ベイナイトの一方又は両方からなり、
板厚中心から鋼板の表裏面の両方向に向かって1mm以内の部分である板厚中央部の金属組織が、面積率で、
加工フェライト:5%以下、
マルテンサイト−オーステナイト混成物:5%以下
に制限され、残部は、アシキュラーフェライト、ベイナイトの一方又は両方からなり、
表層部及び板厚中央部で電子線後方散乱分光法によって測定される有効結晶粒径の平均値が20μm以下である、
ことを特徴とする耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板。
S
fe1=0.6552×T
H−4.7826・・・式1a
但し、T
H:厚肉高強度ラインパイプ用鋼板の板厚
[2] 更に、質量%で、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.50%以下、
W:0.50%以下、
V:0.10%以下、
Zr:0.050%以下、
Ta:0.050%以下、
B:0.0020%以下、
Mg:0.010%以下、
REM:0.0050%以下、
Y:0.0050%以下、
Hf:0.0050%以下、
Re:0.0050%以下、
の1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする上記[1]に記載の耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板。
[3] Alの含有量が0.005%以下であることを特徴とする上記[1]又は[2]に記載の耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板。
[4] 引張強度が500〜700MPaであることを特徴とする上記[1]〜[3]の何れかに記載の耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板。
[5]
管状に成形し、突合せ部をアーク溶接することにより造管
した後の降伏応力が440MPa以上、引張強度が500〜700MPa、200℃での時効後の円周方向の圧縮の0.2%流動応力が450MPa以上となる
ことを特徴とする上記[1]〜[3]の何れかに記載の耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板。
[6] 上記[1]〜[4]の何れかに記載の耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板を管状に成形した後、突合せ部をアーク溶接して製造され、
降伏応力が440MPa以上、引張強度が500〜700MPa、200℃での時効後の円周方向の圧縮の0.2%流動応力が450MPa以上であることを特徴とする厚肉高強度ラインパイプ。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、天然ガスや原油輸送用のラインパイプの素材に最適な、耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板を提供できる。特に、肉厚が25〜45mm、造管後のYSが440MPa以上、TSが500〜700MPa、−10℃でのDWTT延性破面率が85%以上、かつ、200℃での時効後の円周方向の圧縮強度(0.2%流動応力)が450MPa以上、となる、耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板の提供が可能になり、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用鋼板(以下、単に「ラインパイプ用鋼板」または「鋼鈑」とも称する)とその製造方法について説明する。
以下、本実施形態のラインパイプ用厚肉高強度鋼板(ラインパイプの母材)における成分の限定理由について説明する。
なお、%の表記は特に断りがない場合は質量%を意味する。
【0028】
C:Cは、鋼板の強度を向上させる元素であり、本実施形態では0.04%以上の添加が必要である。好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.055%以上のCを添加する。一方、0.08%を超えるCを添加すると、低温靭性が低下するため、C量の上限を0.08%とする。好ましくはC量の上限を0.07%とし、より好ましくは上限を0.065%とする。
【0029】
Mn:Mnは、鋼板の強度及び靭性の向上に寄与する元素である。本実施形態では、鋼板の強度を確保するために、1.2%以上のMnを添加する。好ましくは1.4%以上、より好ましくは1.5%以上のMnを添加する。一方、Mnを過剰に添加すると板厚中央部の硬度が上昇し、耐サワー性を損なうため、Mn量の上限を2.0%以下とする。好ましくはMn量の上限を1.8%以下とし、より好ましくは1.7%以下とする。
【0030】
Nb:Nbは、炭化物、窒化物を形成し、強度の向上に寄与する元素である。また、熱延中の再結晶を抑制し、細粒化を促進する。そのため、Nb量の下限は、0.005%以上とする。好ましくは、Nb量の下限を0.010%以上とし、より好ましくは0.015%以上とする。一方、Nbを過剰に添加すると強度が過度に上昇して低温靱性を損なうため、Nb量の上限を0.05%以下とする。好ましくは、Nb量の上限を0.04%以下とし、より好ましくは0.03%以下とする。
【0031】
Ti:Tiは、窒化物を形成し、金属組織の細粒化に効果を発揮する元素である。Ti量の下限は、有効結晶粒径を微細にするため、0.005%以上とする。好ましくは、Ti量の下限を0.008%以上とし、より好ましくは0.01%以上とする。一方、Tiを過剰に添加すると粗大なTiNが生成し、低温靱性を損なうため、Ti量の上限を0.03%以下とする。好ましくは、Ti量の上限を0.02%以下とし、より好ましくは0.015%とする。
【0032】
Ca:Caは、硫化物の形態を制御し、耐サワー性を向上させる元素である。本実施形態では、CaSの生成を促進させて圧延方向に伸長したMnSの生成を抑制し、耐サワー性を確保するため、Ca量の下限を0.0005%以上とする。好ましくは、Ca量の下限値を0.0010%とし、より好ましくは0.0015%する。一方、Caを過剰に添加すると、粗大な酸化物が生成し、低温靱性が低下するため、Ca量の上限を0.0050%とする。好ましくは、Ca量の上限を0.0040%以下とし、より好ましくは0.0030%以下とする。
【0033】
N:本実施形態では、窒化物を利用して鋼の金属組織を微細化するため、Nの含有量を0.001%以上とする。好ましくは、N量を0.002%以上とし、より好ましくは0.003%以上する。一方、Nを過剰に含有すると、粗大な窒化物が生成し、低温靭性を損なうため、N量の上限を0.008%とする。好ましくは、N量の上限を0.007%以下、より好ましくは0.006%以下とする。
【0034】
Si及びAlは、脱酸元素であり、脱酸を目的として添加する場合は何れか一方を使用すればよいがともに使用してもよい。なおSi及びAlは、過剰に添加すると、鋼板の特性を損なうことから、本実施形態では、Si及びAlの含有量の上限を下記のとおりに制限する。
【0035】
Si:Siは、過剰に添加すると、特に溶接熱影響部(Heat Affected Zone、HAZという。)に硬質なMAを生成し、鋼管のシーム溶接部の靱性を低下させるため、Si量の上限を0.5%以下に制限する。好ましくは、Si量を0.3%以下とし、より好ましくは0.25%以下に制限する。なお、上述のようにSiは、脱酸に使用される元素であるとともに、強度の上昇にも寄与する元素であるため、好ましくは、Si量の下限を0.05%以上、より好ましくは0.10%以上とする。
【0036】
Al:上述のようにAlは、有用な脱酸元素であり、好ましくは、Al量の下限を0.001%以上、より好ましくは0.003%以上とする。しかし、Alは、過剰に添加すると、粗大な酸化物を生成して、低温靱性を低下させるため、Al量の上限を0.05%以下に制限する。好ましくは、Al量の上限を0.04%以下とし、より好ましくは0.03%以下に制限する。また、Al量を0.005%以下に制限することによって、HAZ部の靱性を高めることができる。
【0037】
P、S及びO(酸素)は、不可避的不純物として含有され、過剰に含有すると、鋼板の特性を損なうことから、本実施形態では、P、S及びOの含有量の上限を下記のとおりに制限する。
【0038】
P:Pは、鋼を脆化させる元素であり、0.03%を超えて含有すると、鋼の低温靭性を損なうため、上限を0.03%以下に制限する。好ましくは、P量の上限を0.02%以下、より好ましくは0.01%以下と制限する。
【0039】
S:Sは、MnS等の硫化物を生成する元素であり、0.005%超を含有すると、低温靱性や耐サワー性を低下させるため、上限を0.005%以下に制限する。好ましくは、S量を0.003%以下とし、より好ましくは、0.002%と制限する。
【0040】
O:Oは、0.005%を超えて含有すると、粗大な酸化物を生成し、鋼の低温靭性を低下させるため、含有量の上限を0.005%以下に制限する。好ましくは、O量の上限を0.003%以下とし、より好ましくは0.002%以下に制限する。
【0041】
更に、本発明においては、強度や低温靭性を改善する元素として、Cu、Ni、Cr、Mo、W、V、Zr、Ta、Bのうち、1種又は2種以上を添加することができる。
【0042】
Cu:Cuは、低温靭性を低下させずに、強度を上昇させる有効な元素である。好ましくは、0.01%以上のCuを添加し、より好ましくは、0.1%以上を添加する。一方、Cuは、鋼片を加熱する際や鋼管のシーム溶接を行う際に、割れを生じ易くする元素であるため、Cu量を0.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Cu量を0.35%以下とし、更に好ましくは、0.2%以下とする。
【0043】
Ni:Niは、低温靭性及び強度の改善に有効な元素である。好ましくは、0.01%以上のNiを添加し、より好ましくは、0.1%以上を添加する。一方、Niは、高価な元素であり、経済性の観点から、Ni量を0.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Ni量を0.35%以下とし、更に好ましくは、0.2%以下とする。
【0044】
Cr:Crは、析出強化によって鋼の強度を向上させる元素である。好ましくは、0.01%以上のCrを添加し、より好ましくは0.1%以上を添加する。一方、Crを過剰に添加すると、強度の上昇によって低温靭性が低下する場合があるため、Cr量の上限を0.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Cr量を0.35%以下とし、更に好ましくは、0.2%以下とする。
【0045】
Mo:Moは、焼入れ性を向上させ、炭窒化物を形成して、強度を改善する元素である。好ましくは、0.01%以上のMoを添加し、より好ましくは0.05%以上を添加する。一方、Moを過剰に添加すると、強度の上昇によって低温靭性が低下する場合があるため、Mo量の上限を0.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは、Mo量を0.2%以下とし、更に好ましくは、0.15%以下とする。
【0046】
W:Wは、Moと同様、焼入れ性を向上させ、炭窒化物を形成して、強度を改善する元素であり、好ましくは0.0001%以上を添加する。より好ましくは、W量を0.01%以上とし、更に好ましくは0.05%以上を添加する。一方、Wを過剰に添加すると、強度の上昇によって低温靭性が低下する場合があるため、W量の上限を0.50%以下とすることが好ましい。より好ましくは、W量を0.2%以下とし、更に好ましくは、0.15%以下とする。
【0047】
V:Vは、炭化物や窒化物を形成し、強度の向上に寄与する元素である。好ましくは、0.001%以上のVを添加し、より好ましくは、0.005%以上を添加する。一方、0.10%を超えてVを添加すると、低温靭性を低下させる場合があるため、V量を0.10%以下とすることが好ましい。より好ましくは、V量を0.05%以下とし、より好ましくは、0.03%以下とする。
【0048】
Zr、Ta:Zr及びTaは、Vと同様、炭化物や窒化物を形成し、強度の向上に寄与する元素である。Zr、Taはそれぞれ、好ましくは、0.0001%以上を添加し、より好ましくは、0.0005%以上、更に好ましくは、0.001%以上を添加する。一方、0.050%を超えて、Zr、Taを添加すると、低温靭性が低下することがあるため、Zr量、Ta量それぞれの上限を0.050%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.030%以下とする。
【0049】
B:Bは、微量の添加で焼入れ性を向上させうる元素である。強度を高めるには、0.0001%以上のBを添加することが好ましい。好ましくは、0.0003%以上のBを添加する。一方、Bを過剰に添加すると、Bの析出物が生成し、低温靭性を劣化させる場合があるため、B量を0.0020%以下とすることが好ましい。より好ましくは、B量を0.0010%以下とする。
【0050】
更に、本発明においては、硫化物や酸化物など、介在物の形態を制御し、低温靱性や耐サワー性を向上させるために、Mg、REM、Y、Hf、Reのうち、1種又は2種以上を添加することができる。
【0051】
Mg:Mgは、硫化物の形態制御や、微細な酸化物の形成により、耐サワー性や低温靱性の向上に寄与する元素である。好ましくは、0.0001%以上のMgを添加し、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.001%以上を添加する。一方、0.010%を超えてMgを添加すると、粗大な酸化物が生成し易くなり、HAZの靱性を損なう場合があるため、Mg量を0.010%以下とすることが好ましい。より好ましくはMg量を0.005%以下とし、更に好ましくは0.003%以下とする。
【0052】
REM、Y、Hf、Re:REM、Y、Hf、Reは、硫化物を生成し、圧延方向に伸長したMnSの生成を抑制し、特に、耐サワー性の改善に寄与する。REM、Y、Hf、Reは、何れも、0.0001%以上を添加することが好ましく、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.0010%以上とする。一方、REM、Y、Hf、Reは、何れも、0.0050%を超えて添加すると、酸化物が増加し、靱性を損なう場合があるため、上限を0.0050%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.0030%以下とする。
【0053】
また、本実施形態においては、上記した元素以外の残部は実質的にFeからなり、不可避不純物をはじめ、本発明の作用効果を害さない元素を微量に添加することができる。不可避的不純物とは、原材料に含まれる、あるいは製造の過程で混入する成分であり、意図的に鋼に含有させたものではない成分のことをいう。
【0054】
具体的には、Si、Al、P、S、O、N、Sb、Sn、Co、As、Pb、Bi及びHがあげられる。このうち、P、S、O、及びNは、上述のとおり、それぞれ、Si:0.5%以下、Al:0.05%以下、P:0.03%以下、S:0.005%以下、O:0.005%以下、N:0.008%以下となるように制御する必要がある。
【0055】
その他の元素については、通常、Sb、Sn、Co及びAsは0.1%以下、Pb及びBiは0.005%以下、Hは0.0005%以下の不可避的不純物としての混入があり得るが、通常の範囲であれば、特に制御する必要はない。
【0056】
また、本発明に係る厚肉高強度ラインパイプ用鋼板における任意の添加元素である、Cu、Ni、Cr、Mo、W、V、Zr、Ta、B、Mg、REM、Y、Hf及びReも、含有を意図しなくても不可避的不純物として混入することがあり得る。しかし、これらの元素は、上述した意図的に含有させる場合の含有量の上限以下であれば、下限未満であったとしても本発明に悪影響を与えるものではないので、問題はない。
【0057】
更に、本発明においては、焼入れ性を確保して、強度及び低温靱性を高めるため、C、Mn、Ni、Cu、Cr、Mo、Vの含有量[質量%]から計算される、下記(式2)の炭素当量Ceqを0.30〜0.50とすることが好ましい。Ceqの下限は、強度を高めるため、より好ましくは0.32以上、更に好ましくは0.35以上とする。また、Ceqの上限は、低温靱性を高めるため、より好ましくは0.45以下、更に好ましくは0.43以下とする。
【0058】
Ceq=C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5 …(式2)
【0059】
また、鋼板及びHAZの低温靭性を確保するために、C、Si、Mn、Cu、Cr、Ni、Mo、Vの含有量[質量%]から計算される、下記(式3)の割れ感受性指数Pcmを0.10〜0.20とすることが好ましい。Pcmの下限は、強度を高めるため、より好ましくは0.12以上、更に好ましくは0.14以上とする。また、Pcmの上限は、低温靱性を高めるため、より好ましくは0.19以下、更に好ましくは0.18以下とする。
【0060】
Pcm=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/15+V/10 …(式3)
【0061】
なお、選択的に含有される元素である、Ni、Cu、Cr、Mo、Vを意図的に添加しない場合は、上記(式2)及び(式3)においては、0として計算する。
【0062】
次に、本発明の鋼板の金属組織について説明する。
本発明の鋼板は、板厚が25mm以上、更には30mm以上の厚さであり、厚肉(25mm〜45mm)のラインパイプ用の鋼板として好適である。また本発明の鋼板は表層と板厚中央部との間において、熱間圧延の温度差や、加速冷却の冷却速度の差を利用して組織制御を行っており、表層と板厚中央部とでは、金属組織が異なっている。なお、本発明において、鋼板の表層部は、鋼板の表面から厚さ方向に0.9mm以上1.1mm以下の部分(つまり、鋼板表面から厚さ方向に1mmの位置を中心に鋼板の表裏両表面方向へ0.1mm以内の領域)であり、鋼板の中央部は、板厚中心から鋼板の表裏両表面方向へ1mm以内の領域である。
【0063】
表層部では、耐圧潰特性を高めるため、面積率で、5%以上の加工フェライトを生成させる。加工フェライトは、熱間圧延によって圧延方向に伸長したフェライトであり、圧延後の冷却によって生成したポリゴナルフェライトに比べて、転位密度が高く、耐圧潰特性の向上に有効である。本発明の鋼板の表層部の断面の光学顕微鏡写真を
図1に示す。尚、濃いグレーの部分が加工フェライトであり、その一部が矢印で示される。
図1に示される表層部は、加工フェライトを9.3%含有する。
【0064】
また、加工フェライトが多いと、圧潰強度は増加するが、その分低温靱性が悪化する。そこで、中央部の加工フェライトを抑制することにより低温靭性を高めることができることを見出した。鋼板の肉厚が大きくなるに従って表層と肉厚中央の温度差が大きくなる。そのため、鋼板の肉厚が厚くなるに従い、板厚の中央部において製造可能な加工フェライト量が少なくなる一方、表層部において製造可能な加工フェライト量が大きくなる。そこで発明者らは、鋼板の肉厚と表層部の加工フェライト量の関係を調査し、最適な範囲を見出した。
【0065】
図2は、板厚が25mm〜45mmであって、鋼板の板厚と、表層部における加工フェライトの面積率の上限S
fe1との関係を示す。
【0066】
図2から、天然ガスや原油輸送用のラインパイプの素材に最適な、耐圧潰特性及び低温靭性を得るには、鋼板の表層部における加工フェライトの面積率が次の下限値以上且つ上限値以下にする必要があることが分かった。
鋼板の表層部における加工フェライトの面積率の下限値:5%
鋼板の表層部における加工フェライトの面積率の上限値:S
fe1=0.6552×T
H−4.7826・・・式1a
(但し、T
H:厚肉高強度ラインパイプ用鋼板の板厚)
【0067】
尚、加工フェライトの面積率が前記S
fe1%を超えると、表層が硬化して、低温靱性を損なうため、加工フェライトの面積率を前記S
fe1%以下とする。また、好ましくは、鋼板の表層部における加工フェライトの面積率の上限が、以下の式1bを満たすことである。
より好ましい上限値: S
fe2=0.8×T
H−15・・・式1b
【0068】
前記式1a及び式1bに示されるように、天然ガスや原油輸送用のラインパイプの素材に最適な、耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性を得るための加工フェライトの面積率は、板厚依存性が存在する。表層と板厚中央部との間における熱間圧延の温度差や加速冷却の冷却速度の差は板厚に影響されやすいため、加工フェライトの前記面積率は板厚依存性を有すると考えられる。
【0069】
表層部では、耐圧潰特性を高めるためには、転位密度が高いMAを面積率で0.1%以上生成させることが好ましいが、MAは破壊の起点になり、過剰に生成すると低温靱性を損なう。そのため、表層部のMAを面積率で8%以下に制限する。好ましくは表層部のMAの面積率を5%以下とし、より好ましくは3%以下とする。
【0070】
表層部では、上記の加工フェライト及びMAの残部については、ポリゴナルフェライト、ベイナイトの一方又は両方からなる金属組織とする。ポリゴナルフェライトは低温靱性の向上に有効であり、表層部では生成し易く、板厚中央部に向かって次第に減少する。ベイナイトは強度の向上に有効であり、ポリゴナルフェライトとは異なり、表層部では少なく、板厚中央部に向かって次第に増加する。これは、板厚中央部では、表層に比べて、熱間圧延の圧延温度や加速冷却の開始温度が高くなるためである。
【0071】
板厚中央部では、低温靱性及び耐サワー性を確保するため、加工フェライトの生成を抑制することが必要であり、加工フェライトの面積率を5%以下に制限する。加工フェライトの面積率は3%以下が好ましく、0%がより好ましい。
板厚中央部では、破壊の起点になるMAの生成を抑制し板厚中央部の硬化を抑制することが好ましく、低温靱性を確保するため、MAの面積率を5%以下に制限する。好ましくは板厚中央部のMAの面積率を4%以下とし、より好ましくは2%以下とする。
【0072】
板厚中央部では、上記の加工フェライト及びMAの残部は、アシキュラーフェライト、ベイナイトの一方又は両方からなる金属組織とする。ポリゴナルフェライトは低温靱性の向上には有効であるものの、耐サワー性を損なうため、板厚中央部では、アシキュラーフェライト、ベイナイトの一方又は両方からなる均質な金属組織とすることが好ましい。
【0073】
ここで、上述してきた表層部及び板厚中央部の各金属組織は、光学顕微鏡で観察することができる。
具体的には、光学顕微鏡組織写真を画像解析することにより、加工フェライト及びMAの面積率を求めることができる。なお、MAについては、レペラーエッチングを行い、着色されない組織の面積率を画像解析によって求める。また、加速冷却の際に生成したポリゴナルフェライトの形態は粒状であり、加工フェライトは圧延方向に伸長している。また、加工フェライトは転位密度が高いため、ポリゴナルフェライトに比べて硬化している。
したがって、加工フェライトとポリゴナルフェライトとは、長径と短径との比(アスペクト比)や、硬さで区別することができる。アシキュラーフェライト、ベイナイトはラス状の組織であり、加工フェライト及びポリゴナルフェライトと区別することができる。
【0074】
鋼板の低温靱性を確保するためには、亀裂の進展の抵抗となる結晶粒界を増加させる、つまり結晶粒径を小さくすることが有効である。本発明では、方位差が15°以上の大傾角粒界で囲まれる領域の大きさである有効結晶粒径を小さくして、低温靱性を向上させる。表層部及び板厚中央部で電子線後方散乱分光法(Electron Backscatter Diffraction、EBSDともいう。)によって測定される有効結晶粒径の平均値を、20μm以下とすることにより、低温靱性を確保することができる。有効結晶粒径は小さければ小さいほど安定した高い靭性を得ることができ、好ましくは10μm以下である。
【0075】
なお、鋼板の低温靱性は、板厚中央部で有効結晶粒径を測定し、平均値を求めて評価を行うこととした。また、異なる金属組織の有効結晶粒径を測定する手段として、電子線後方散乱分光法を採用することとした。有効結晶粒径は、圧延後の鋼板の長手方向の組織をEBSDで解析して求めた、円相当径とする。なお、表層部では、加工フェライトやポリゴナルフェライトを利用することにより細粒化できるが、板厚中央部では加工フェライトやポリゴナルフェライトの生成は抑制されてしまうため、熱間圧延によって、旧オーステナイトを微細にすることが必要である。
【0076】
次に、本発明の鋼板の特性について説明する。
パイプラインの輸送効率を高めるため、輸送される原油や天然ガスの圧力を高める場合、内圧で破断しないようにするには、ラインパイプの強度を高め、肉厚を厚くすることが必要である。このような観点から、ラインパイプの内圧による破断(バースト)を避けるために、ラインパイプに用いる鋼板の板厚を25mm以上とすることが好ましい。また、鋼板は、500MPa以上の引張強度を有することが好ましい。また、造管後の鋼板、すなわち、溶接部及びHAZを除く鋼管部分、例えば、シーム部から90°〜180°位置(シーム部から3時〜6時の位置)の鋼管部分も、同様に、440MPa以上の降伏応力と500〜700MPa以上の引張強度を有することが好ましい。なお、鋼板の板厚はバーストを回避するために、30mm以上がより好ましく、更に好ましくは35mm以上とする。
【0077】
パイプラインが寒冷地に敷設される場合は、ラインパイプの低温靱性が必要とされる。低温靱性は、落重引裂試験(“Drop Weight Tear test”:「DWT試験」という)で評価することができ、本発明では、造管前の鋼板が有する−10℃でのDWTT延性破面率を85%以上とすることが好ましい。また、ラインパイプの厚肉化及び高強度化に伴い、低温靱性の確保が困難になるため、鋼板の板厚は45mm以下、鋼板の引張強度は700MPa以下とすることが好ましい。冷間加工で鋼管を製造する場合、造管後の鋼板の強度は、造管前の鋼板の強度よりも高くなる傾向にあるが、造管後の鋼管の引張強度も、700MPa以下とすることが好ましい。
【0078】
パイプラインを海底に敷設する場合は、ラインパイプの外圧に対する抵抗(耐圧潰特性)が必要とされる。耐圧潰特性は、鋼板を冷間加工で成形して、鋼管とする際に導入されるひずみの影響を受けるため、鋼管から試験片を採取し、圧縮試験で評価される。ラインパイプが外圧で圧潰しないように、200℃での時効後の円周方向の圧縮強度(0.2%流動応力)を450MPa以上とすることが好ましい。
【0079】
次に、本発明の鋼板の製造方法について説明する。
【0080】
本発明に係る鋼板は、表層と板厚中央部とで相違する組織を得るため、熱間圧延では表層の金属組織がフェライトとオーステナイトの二相になる温度域(二相温度域)で1パス以上の圧延を行い、さらに熱延後の加速冷却は、鋼板の表面の温度が400℃以下となり、停止後に復熱するような条件で、水冷等の手段により行う。
鋼板が厚肉の場合は、熱間圧延時の表層の温度は板厚中央部の温度よりも低下しており、板厚中央部では、表層に比べてフェライトの生成が抑制される。また、加速冷却の停止温度は、表面に比べて、板厚中央部では高くなり、表面の温度が加速冷却後に復熱するような条件にすれば、加速冷却の停止後の鋼板の中心部の温度を400℃以上にすることができ、板厚中央部の硬化を抑制することができ、耐サワー性を確保できる。
【0081】
また、低温靱性を確保するために、表層及び板厚中央部の平均の有効結晶粒径を20μm以下とする。表層では、加工フェライトやポリゴナルフェライトの生成によって、有効結晶粒径が小さくなる。一方、板厚中央部では、加工フェライトやポリゴナルフェライトの生成は抑制されてしまうので、旧オーステナイトの粒径を微細にする必要がある。表層で測定した有効結晶粒径と、板厚中央部で測定した有効結晶粒径との平均値を微細にすることにより、板厚全体の有効結晶粒径が微細になり、低温靱性を確保することができる。
そのため、熱間圧延では、再結晶域での圧下比を2.0以上とし、未再結晶域での圧下比を3.0以上とすることが必要になる。
【0082】
以上のように、熱間圧延及びその後の加速冷却の条件を適正に制御することにより、厚肉鋼板の強度及び低温靭性に加えて、造管後の耐サワー性及び耐圧潰特性との複合特性を満足することができる。
【0083】
本発明に係る鋼板の製造工程を、順を追って説明する。
まず、製鋼工程で上記の成分を含有する鋼を溶製した後、鋳造して鋼片とする。鋳造は常法で行えば良いが、生産性の観点から連続鋳造が好ましい。次に得られた鋼片を加熱し、熱間圧延を行い、加速冷却して、鋼板を製造する。なお、本実施形態では、熱間圧延のために行う鋼片の加熱を再加熱ともいい、この際の鋼片の加熱温度を再加熱温度ともいう。
【0084】
熱間圧延の再加熱温度は、鋼片に生成した炭化物、窒化物などを鋼中に固溶させるため、1000℃以上とする。また、再加熱温度を1000℃以上とすることにより、900℃超の再結晶域での熱間圧延(再結晶域圧延)を行うことができ、鋼の組織を微細にすることができる。なお、再加熱温度の上限は規定しないが、有効結晶粒径の粗大化抑制のためには、再加熱温度を1250℃以下とすることが好ましい。また再加熱温度は、低温靱性を確保するために、1200℃以下にすることがより好ましく、更に好ましくは1150℃以下とする。
【0085】
本実施形態に係る熱間圧延は、900℃超の再結晶域での圧延工程、900℃以下の未再結晶域での圧延、及び鋼板表面の温度がオーステナイトとフェライトとの二相になる温度域(二相域)での圧延を順に備える。
なお、熱間圧延は、再加熱を行う加熱炉から抽出後、直ちに開始しても良いため、熱間圧延の開始温度は特に規定しない。
【0086】
鋼板の板厚中央部の有効結晶粒径を微細化するためには、900℃超の再結晶域での圧下比を2.0以上とし、再結晶を促進させることが必要である。ここで、再結晶域での圧下比は、鋼片の板厚と900℃での板厚との比である。
【0087】
次に、900℃以下の未再結晶域での熱間圧延(未再結晶域圧延)を行う。熱間圧延後の加速冷却後の鋼板の表層部の有効結晶粒径を微細にするためには、未再結晶域圧延の圧下比を3.0以上とし、加速冷却による変態を促進することが必要である。より好ましくは未再結晶域圧延の圧下比を4.0以上とする。なお、本発明において、未再結晶域圧延の圧下比とは、900℃での板厚を未再結晶圧延終了後の板厚で除した比である。
【0088】
熱間圧延では、鋼板表面の温度がオーステナイトとフェライトとの二相になる温度域(二相域)での圧延(二相域圧延)を行う。二相域圧延は、鋼板の表面温度がフェライト変態開始温度Ar
3以下になるが、二相域圧延の開始から終了までの間、鋼板の板厚中央部の温度は、鋼板表面の温度よりも高く且つAr
3超になるように維持される温度域での圧延である。このような温度分布は、例えば、短時間加速冷却を行い、表層だけの温度を低下させることによっても実現できる。この二相域圧延では、パス数は1以上、圧下率は0.1〜40%とする。二相域圧延を行った結果、その後行う加速冷却の開始温度も二相域になるため、板厚中央部の硬化が抑制され、低温靱性を向上させることができる。尚、前記「圧下率」とは、圧延による鋼板の厚さの減少率、すなわち、圧延前の鋼板の厚さと圧延後の鋼板の厚さとの差を圧延前の鋼板の厚さで除算して得られた値であって、パーセント(%)等で表示しても良い。また、表層と板厚中央部と間の部位では、ポリゴナルフェライトの生成が促進され、低温靱性の向上に寄与する。
また、Ar
3は、C、Si、Mn、Ni、Cr、Cu、Moの含有量(質量%)によって計算することができる。
【0089】
Ar
3=905−305C+33Si−92(Mn+Ni/2+Cr/2+Cu/2+Mo/2)
【0090】
ここで、上記式中の、C、Si、Mn、Ni、Cr、Cu、Moは各元素の含有量[質量%]である。また、Ni、Cu、Cr、Moは、本発明においては選択的に添加される元素であり、意図的に添加しない場合は、式中では含有量を「0」として計算する。
【0091】
二相域圧延での圧下率の下限は、圧延方向に伸長した加工フェライトを生成させるために0.1%以上とする。好ましくは二相域圧延の圧下率を1%以上、より好ましくは2%以上とする。一方、二相域圧延での圧下率の上限は、変形抵抗が高くなる低温での圧下率を確保することが困難であるため、40%以下とする。好ましくは二相域圧延の圧下率を30%以下、より好ましくは20%以下、更に好ましくは10%未満とする。
【0092】
二相域圧延の終了温度、つまり熱間圧延終了温度は、加工フェライトが過剰に生成しないように、鋼板表面の温度で700℃以上とする。熱間圧延終了温度が700℃未満になると、板厚中央部でフェライト変態が生じ、加工フェライトに起因して、低温靱性及び耐サワー性が低下することがある。また、熱間圧延終了温度が低下すると、フェライトの生成によってオーステナイトにCが濃化し、MAの生成が促進される場合がある。一方、熱間圧延終了温度が高すぎると、加速冷却の停止温度を低下させた場合、板厚中央部が硬化し、低温靱性が低下することがある。
【0093】
次に、熱間圧延の終了後、直ちに、加速冷却を開始する。ただし、熱間圧延後、圧延機の出側から加速冷却装置まで搬送する間の空冷は許容される。
加速冷却の停止温度は、鋼板表面温度で、200〜400℃の温度範囲内とする。鋼板の表面の温度が400℃を超える温度で加速冷却を停止すると、板厚中央部にポリゴナルフェライトが生成し、耐サワー性が低下する。一方、鋼板の表面の温度が200℃未満になるまで加速冷却を行った場合、板厚中央部が硬化し、低温靱性が低下する。
加速冷却を停止した後は、そのまま空冷する。鋼板の表面温度が200〜400℃の温度範囲に到達した際に加速冷却を停止すると、その後、空冷の際に鋼板表層の温度は復熱する。そのため、板厚中央部の温度は、400℃以上に達して、硬度が低下し、低温靱性及び耐サワー性を向上させることができる。
【0094】
以上の製造方法により、本発明に係る高強度ラインパイプ用鋼板を製造できる。
また、本発明に係る高強度ラインパイプ用鋼板を素材とした場合、耐サワー性、耐圧潰特性及び低温靭性に優れた厚肉高強度ラインパイプ用の鋼管を製造することができる。なお、鋼管を製造する場合は、本発明に係る高強度ラインパイプ用鋼板をCプレス、Uプレス、OプレスするUOE工程を採用することが好ましい。或いは、JCOE工程により、本発明に係る高強度ラインパイプ用鋼板を用いて鋼管を製造しても良い。本発明に係る厚肉高強度ラインパイプは、本発明に係る高強度ラインパイプ用鋼板を管状に成形した後、突合せ部をアーク溶接することによって製造される。アーク溶接は、溶接金属の靭性と生産性の観点から、サブマージドアーク溶接を採用することが好ましい。
なお、本発明に係る厚肉高強度ラインパイプの耐圧潰特性は、前述の方法によって得られた鋼管から円周方向の圧縮試験片を採取して評価することが可能である。
【実施例】
【0095】
次に、本発明の実施例について説明するが、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
【0096】
表1−1、表1−2、表2−1及び表2−2の化学成分からなる鋼を溶製し、鋳造して鋼片とした。表3−1及び表3−2の「スラブ厚」は、得られた鋼片の厚さ(mm)を示す。前記鋼片をそれぞれ再加熱し、900℃超の再結晶域で熱間圧延を行った。尚、表3−1及び表3−2の「加熱温度」は、前記再加熱温度を示し、表3−1及び表3−2の「移送厚」は、前記再結晶域での熱間圧延後且つ後述する900℃以下の未再結晶域での熱間圧延前の900℃における板厚を示す。また、表3−1及び表3−2の「再結晶域での圧下比」は、前記スラブ厚を移送厚で除した比である。
【0097】
次いで、移送厚を有する鋼板に対して900℃以下の未再結晶域で熱間圧延を行った。表3−1及び表3−2の「板厚」は、前記未再結晶域での熱間圧延後且つ後述する二相域圧延前の板厚を示し、表3−1及び表3−2の「未再結晶圧下比」は、前記移送厚の値を前記未再結晶圧延終了後の板厚で除して得た値である。
【0098】
前記未再結晶域での熱間圧延後、加速冷却前に最終の熱間圧延工程を行った。前記最終の熱間圧延工程の終了時の鋼板の表面温度を表3−1及び表3−2の「仕上げ終了温度(℃)」に示す。また、前記最終の熱間圧延工程の際に行われた圧延回数、すなわち、パス数を表3−1及び表3−2の「α+γ圧下パス回数」に、前記最終の熱間圧延工程による鋼板の圧下率を表3−1及び表3−2の「α+γ圧下率(%)」にそれぞれ示す。
【0099】
前記最終の熱間圧延工程後、冷却ゾーンに移送後直ちに水冷による加速冷却を施した。鋼No.1〜46の鋼板の製造過程において行われた前記加速冷却の開始温度及び停止温度を、それぞれ表3−1及び表3−2の「水冷開始温度(℃)」及び「水冷停止温度(℃)」に示す。
以上の製造工程により、鋼No.1〜46の鋼板を得た。
【0100】
得られたNo.1〜46の鋼板の表層部及び板厚中央部から試験片を採取し、光学顕微鏡で組織観察を行い、加工フェライトの面積率及びMAの面積率を求め、残部組織を確認した。
残部組織は、No.1〜46の鋼板全てにおいて、表層部ではポリゴナルフェライト、ベイナイトの一方又は両方からなる金属組織であり、板厚中央部ではアシキュラーフェライト、ベイナイトの一方又は両方からなる金属組織であった。なお、MAの面積率の測定は、レペラーエッチングを施した試験片を用いて行った。
また、表層及び板厚中央部の有効結晶粒径の平均値をEBSDによって求めた。
【0101】
(鋼板の強度の測定)
また、得られたNo.1〜46の鋼板の板幅中心部から、幅方向を長手方向とし、アメリカ石油協会規格API 5L(以下、単に「API 5L」とする)に準拠した全厚試験片を2本ずつ採取し、API規格の2000に準拠して、室温で引張試験を行い降伏応力及び引張強度を求めた。この引張試験における最大荷重に基づき、引張強度を求めた。
【0102】
(鋼板のDWTT延性破面率の測定)
また、得られたNo.1〜46の鋼板の板幅中心部から、幅方向を長手方向とする全厚のDWT試験片を採取した。DWT試験もAPI規格2000に準拠して−10℃で行い、DWTT延性破面率を測定した。
【0103】
(鋼管の強度測定及び圧縮試験)
得られたNo.1〜46の鋼板を用いて、UOE工程で造管し、内外面に対して表5−1、表5−2に示す入熱にてサブマージドアーク溶接することによって、外径が30〜36インチの鋼管を製造した(鋼板No.と鋼管No.はそれぞれ対応している)。次いで、鋼管から試験片を採取し、強度測定及び圧縮試験を行った。
鋼管の強度の測定は、鋼管のシーム溶接部を0時として3時位置から引張り試験片の長手方向が鋼管長手方向と一致するように試験片を加工し、ASTM E9−09に準拠して行い、ラインパイプの長手方向の降伏強度及び引張強度を測定した。ここでは、0.5%アンダーロード耐力を、降伏強度と定義した。
鋼管の圧縮試験に用いる圧縮試験片は、鋼管のシーム溶接部を0時として6時位置において鋼管の内側面3mm上から22mm径66mm長さの部分を採取することにより得た。圧縮試験は、ASTM E9−09に準拠して行い、200℃で10分間時効した後の圧縮強度(0.2%流動応力)を求めた。
【0104】
(鋼管のHIC試験)
また、鋼管のシーム溶接部を0時として、3時、6時それぞれの位置から20mm幅100mm長さのHIC試験片を採取した。HIC試験片は鋼管の肉厚の中央部が試験位置になるように採取した。HIC試験はNACE(National Association of Corrosion and Engineer)のTM0284に準拠し、試験溶液はSolutionBを用いて行い、割れ長さ率(Crack Length Ratio、CLRという)で評価した。
【0105】
鋼板の特性を表4−1及び表4−2に、鋼管の特性を表5−1、5−2に示す。
No.1〜28の鋼板は本発明の例を示す。表4−1、4−2及び表5−1、5−2から明らかなように、これらの鋼板を用いて製造された鋼管の降伏応力は440MPa以上、引張強度は500〜700MPaの範囲内である。また、表4−1、4−2に示されるように、鋼板の引張強度は500MPa以上であり、−10℃でのDWTT延性破面率は85%以上である。また、表5−1、5−2に示したように、これらの鋼板を造管、溶接し、製造された鋼管は、HIC試験のCLRが10%以下、200℃でひずみ時効した後の圧縮試験が450MPa以上と良好であった。
【0106】
一方、鋼No.29〜46は比較例であり、鋼No.29〜40は化学成分の含有量が本発明の範囲外、鋼No.41〜46は金属組織が本発明の範囲外になっており、強度、低温靱性、耐圧潰特性、耐サワー性の少なくとも一つが劣っている。
鋼No.29はC量が少なく、強度及び耐圧潰特性が低下している。一方、鋼No.30はC量が多く、鋼No.31はSi量が多く、鋼No.32はMn量が多く、いずれの比較例も引張強度が過度に上昇し、低温靱性が低下している。
尚、鋼No.30のAr
3は700℃未満であり、鋼No.30の鋼板は、本発明における二相域での圧延を行われていない。しかし、含有されるC量が多いため、鋼No.30の板厚中央部でオーステナイトにCが濃化し、MAの生成が促進され、耐サワー性が低下した。また、鋼No.32はMnが3%と多いので、耐サワー性が低下している。
鋼No.33、34及び40は、不純物(P,S,O)の含有量が多く、低温靱性が低下している。鋼No.35〜39は、炭化物、窒化物、酸化物、硫化物の生成に寄与する元素の含有量が多く、析出物や介在物に起因して低温靱性が低下した例である。
鋼No.41及び42は、それぞれ、再結晶域の圧下率及び未再結晶域の圧下率が不足し、有効結晶粒径が大きくなり、低温靱性が低下した例である。
鋼No.43は、熱間圧延の終了温度が700℃以上であるものの、Ar
3が低く、本発明における二相域での圧延を行っていないため、表層に加工フェライトが生成せず、板厚中央部が硬化し、低温靱性が低下している。
鋼No.44は加速冷却の停止温度が高く、板厚中央部に加工フェライト及びMAが過剰に生成し、強度が低下した例である。また、鋼板の表面の温度が400℃を超える温度で加速冷却を停止しているため、板厚中央部にポリゴナルフェライトが生成し、耐サワー性が低下している。
鋼No.45及び46は、圧延終了温度が低く、表層部及び板厚中央部に、加工フェライト及びMAが過剰に生成し、低温靱性及び耐サワー性が低下した例である。
【0107】
【表1-1】
【0108】
【表1-2】
【0109】
【表2-1】
【0110】
【表2-2】
【0111】
【表3-1】
【0112】
【表3-2】
【0113】
【表4-1】
【0114】
【表4-2】
【0115】
【表5-1】
【0116】
【表5-2】
%以下を含み、マルテンサイト−オーステナイト混成物(MA):8%以下、残部、ポリゴナルフェライト及び/又はベイナイトからなり、板厚中央部の金属組織は、加工フェライト:5%以下、MA:5%以下、残部は、アシキュラーフェライト及び/又はベイナイトの一方又は両方からなり、表層部及び板厚中央部における有効結晶粒径の平均値が20μm以下である。