特許第5776902号(P5776902)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5776902スパッタリングターゲット及びその製造方法
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  • 特許5776902-スパッタリングターゲット及びその製造方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5776902
(24)【登録日】2015年7月17日
(45)【発行日】2015年9月9日
(54)【発明の名称】スパッタリングターゲット及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20150820BHJP
【FI】
   C23C14/34 A
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-46292(P2012-46292)
(22)【出願日】2012年3月2日
(65)【公開番号】特開2013-181220(P2013-181220A)
(43)【公開日】2013年9月12日
【審査請求日】2014年9月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120396
【弁理士】
【氏名又は名称】杉浦 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】梅本 啓太
(72)【発明者】
【氏名】張 守斌
【審査官】 浅野 裕之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−74418(JP,A)
【文献】 特表2011−507281(JP,A)
【文献】 特表2012−507631(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/147985(WO,A1)
【文献】 FOMINSKI,V. et al,"Pulsed laser deposition of antifriction thin-film MoSe x coatings at the different vacuum conditions",Surface and Coatings Technology,2007年 3月13日,Vol.201,pp.7813-7821
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
Science Direct
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スパッタリングターゲットのFおよびSを除く金属成分として、Se:53〜65wt%、Na:0.05〜10wt%を含有し、残部がMo及び不可避不純物からなる成分組成を有し、
NaがNaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物の状態で含有されていることを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項2】
請求項1に記載のスパッタリングターゲットにおいて、
ターゲット素地中にNaF,NaS,NaSeが分散している組織を有すると共に、前記NaF,NaS,NaSeの平均粒径が5μm以下であることを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のスパッタリングターゲットを製造する方法であって、
NaF,NaS,NaSe化合物から選択される1種類以上の粉末とMoSe粉末との混合粉末、NaF,NaS,NaSe化合物から選択される1種類以上の粉末とMo粉末とSe粉末との混合粉末、
又はNaF,NaS,NaSe化合物から選択される1種類以上の粉末とMoSe粉末とに加えMo粉末とSe粉末とから選択される1種類以上の粉末からなる成形体を、真空中、不活性ガス中または還元性雰囲気中で加圧焼結または常圧焼結する工程を有していることを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光吸収層としてCu−In−Ga−Se化合物膜(以下、CIGS膜と略記する。)を用いたCIGS光学変換デバイスにおいてCIGS膜とMo電極層との間にMoSe層を形成するときに好適なスパッタリングターゲット及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、カルコパイライト系の化合物半導体による薄膜型太陽電池などの光学変換デバイスが実用に供せられるようになった。この化合物半導体による光学変換デバイスは、ソーダライムガラス基板の上にプラス電極となるMo電極層を形成し、このMo電極層の上にCIGS膜からなる光吸収層が形成され、この光吸収層上にZnS、CdSなどからなるバッファ層が形成され、さらにこのバッファ層上にマイナス電極となる透明電極層が形成された基本構造を有している。
【0003】
上記光吸収層の形成方法として、蒸着法により成膜する方法が知られている。この方法により得られた光吸収層は高いエネルギー変換効率が得られるものの、蒸着法による成膜は蒸着速度が遅いため、大面積の基板に成膜した場合には、膜厚分布の均一性が低下しやすい。そのために、スパッタ法によって光吸収層を形成する方法も提案されている。
【0004】
スパッタ法により上記光吸収層を形成する方法としては、まず、Inターゲットを使用してスパッタによりIn膜を成膜する。このIn膜上にCu−Ga二元系合金ターゲットを使用してスパッタすることによりCu−Ga二元系合金膜を成膜し、得られたIn膜およびCu−Ga二元系合金膜からなる積層プリカーサ膜をSe雰囲気中で熱処理してCIGS膜を形成する方法(いわゆる、セレン化法)が提案されている。
【0005】
また、CIGS膜の形成過程ではMo電極層とCIGS膜との間に極薄のMoSe層が副次的に形成されることが知られている(特許文献1参照)。このMoSe層が介在することで、電子の伝達が向上する。
また、Mo電極層をスパッタ成膜した後に、この層を高温にて低圧Se雰囲気に暴露させることでMoSe層を形成する技術も提案されている(特許文献2参照)。
【0006】
一方、CIGS膜からなる光吸収層の発電効率を向上させるため、この光吸収層へのNaの添加が有効とされている。例えば、非特許文献1では、CIGS膜中のNa含有量を、0.1%程度としている。
NaをCIGS膜に添加するため、予めNaを含有したMo電極層を形成することが提案されている。このNa含有Mo電極層をスパッタ成膜するために、特許文献3には、Naを添加したMo系スパッタリングターゲットを用いることが提案されている。このMo系スパッタリングターゲットは、NaF粉末とMo粉末との焼結体から構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−191167号公報
【特許文献2】特表2007−528600号公報(段落番号0062)
【特許文献3】特開2011−74418号公報
【特許文献4】特開2000−178720号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】A.Romeo、「Development of Thin-film-Cu(In,Se)Se2 and CdTe Solar Cells」、Prog. Photovolt:Res. Appl. 2004;12:93-111 (DOI: 10.1002/pip.527
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記従来の技術には、以下の課題が残されている。
すなわち、特許文献2及び3に記載の技術では、MoSe層をCIGS膜形成過程の熱処理時に副次的に形成するか、Mo電極層を高温低圧のSe雰囲気に暴露することでMoSe層を形成しているが、これらの製法の場合、一定の膜厚で安定したMoSe層を得ることが困難であるため、スパッタリングターゲットを用いてスパッタ成膜することも検討されている。従来、例えば特許文献4に記載されているように、MoSe膜をスパッタ成膜可能なスパッタリングターゲットが知られている。しかしながら、MoSeは、層状構造の組織を有しているため、焼結体とした際にひび割れが生じ易く、割れ易いという不都合があった。このため、スパッタリングターゲットのハンドリングが困難になり、スパッタができないおそれもあった。
【0010】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、ひび割れ等が生じ難く、CIGS薄膜型太陽電池に用いるMoSe層に好適な膜をスパッタ可能なスパッタリングターゲット及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、MoSe系のスパッタリングターゲットに関して研究を行った結果、NaF,NaS,NaSe化合物を一定の範囲内で添加することにより、ターゲットのひび割れ等を抑制可能であることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は、上記知見から得られたものであり、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、第1の発明のスパッタリングターゲットは、スパッタリングターゲットのFおよびSを除く金属成分として、Se:53〜65wt%、Na:0.05〜10wt%を含有し、残部がMo及び不可避不純物からなる成分組成を有し、Naが,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物の状態で含有されていることを特徴とする。
【0013】
このスパッタリングターゲットでは、スパッタリングターゲットのFおよびSを除く金属成分として、Se:53〜65wt%、Na:0.05〜10wt%を含有し、残部がMo及び不可避不純物からなる成分組成を有し、NaがNaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物の状態で含有されているので、NaF,NaS,NaSeいずれかの化合物が焼結体の組織中に分散してMoSeの層状組織の成長を抑制し、ひび割れ等の割れを抑制することができる。また、ターゲット組織が小さくなってパーティクルの生成が抑制されることで、異常放電等を低減することができる。さらに、CIGS薄膜型太陽電池においてCIGS膜とMo電極層との間に本発明のスパッタリングターゲットを用いてMoSe層を形成する際には、MoSe層に含有されたNaがCIGS膜の形成過程でCIGS膜に添加され、高い変換効率の光吸収層を得ることができる。
なお、Na含有量がNa:10wt%を超えると、膜中にフッ素(F)あるいは硫黄(S)が大量に取り込まれ、後の太陽電池製造工程で除去することが困難となり、同時に膜中のNa量も多く含有され過ぎることから、Mo−MoSe−CIGS界面で剥がれが発生し、発電特性を劣化させるためである。また、Na含有量が0.05wt%より少ないと、MoSeターゲットに割れが発生してしまうためである。
【0014】
第3の発明のスパッタリングターゲットは、第1の発明において、ターゲット素地中にNaF,NaS,NaSeが分散している組織を有すると共に、前記NaF,NaS,NaSeの平均粒径が5μm以下であることを特徴とする。
半導体のMoSeターゲットに絶縁性の化合物であるNaF,NaS,NaSeを添加したことで、従来のMoSeターゲットと同様にRFスパッタを行おうとすると、NaF,NaS,NaSeに起因する異常放電が多発する。こうした異常放電を抑制すべく、本発明のスパッタリングターゲットでは、ターゲット素地中のNaF,NaS,NaSeの粒子サイズを最適化することで、従来のMoSeターゲットと同様のRFスパッタを可能にした。
すなわち、本発明のスパッタリングターゲットでは、ターゲット素地中にNaF,NaS,NaSeが分散している組織を有すると共に、NaF,NaS,NaSeの平均粒径を5μm以下にすることで、NaF,NaS,NaSeによる異常放電を抑制して安定したRFスパッタが可能になる。含有するNaF,NaS,NaSeは絶縁物であるため、平均粒径が5μmを越えると、異常放電が多発し、RFスパッタが不安定になる。したがって、本発明では、NaF,NaS,NaSeの平均粒径を5μm以下に設定することで、異常放電が抑制され、安定したRFスパッタが可能になる。
【0015】
第3の発明のスパッタリングターゲットの製造方法は、第1又は第2の発明のスパッタリングターゲットを製造する方法であって、NaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMoSe粉末との混合粉末、NaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMo粉末とSe粉末との混合粉末、又はNaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMoSe粉末とに加えMo粉末とSe粉末とから選択される1種類以上の粉末との混合粉末からなる成形体を、真空中、不活性ガス中または還元性雰囲気中で加圧焼結または常圧焼結する工程を有していることを特徴とする。
すなわち、このスパッタリングターゲットの製造方法では、NaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMoSe粉末との混合粉末、NaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMo粉末とSe粉末との混合粉末、又はNaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMoSe粉末とに加えMo粉末とSe粉末とから選択される1種類以上の粉末との混合粉末からなる成形体を、真空中、不活性ガス中または還元性雰囲気中で加圧焼結または常圧焼結する工程を有しているので、NaをNaF,NaS,NaSe化合物の形で均一に分散分布させたMoSe系スパッタリングターゲットを得ることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明に係るスパッタリングターゲット及びその製造方法によれば、スパッタリングターゲットのFおよびSを除く金属成分として、Se:53〜65wt%、Na:0.05〜10wt%を含有し、残部がMo及び不可避不純物からなる成分組成を有し、NaがNaF,NaS,NaSe化合物の状態で含有されているので、ひび割れ等を抑制することができる。また、その粒径が5μm以下であればスパッタリング時の異常放電を低減することもできる。したがって、このスパッタリングターゲットを用いたスパッタ法により、発電効率の向上に有効なNaを含有したMoSe膜を良好な生産性により成膜することができる。また、本発明のスパッタリングターゲットを用いてスパッタ成膜したNa含有MoSe膜を用いることで、CIGS薄膜型太陽電池における光吸収層へNaを効率的に添加することができ、発電効率の高い太陽電池を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係るスパッタリングターゲットおよびその製造方法において、CIGS薄膜型太陽電池における要部の拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係るスパッタリングターゲット及びその製造方法の一実施形態を、図1を参照して説明する。
【0019】
本実施形態のスパッタリングターゲットは、例えばCIGS薄膜型太陽電池におけるMoSe層を形成するためのスパッタリングターゲットであって、スパッタリングターゲットのF、Sを除く金属成分として、Se:53〜65wt%、Na:0.05〜10wt%を含有し、残部がMo及び不可避不純物からなる成分組成を有し、NaがNaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物の状態で含有されている。また、このスパッタリングターゲットは、ターゲット素地中にNaF,NaS,NaSeが分散している組織を有すると共に、前記NaF,NaS,NaSeの平均粒径が5μm以下である。
【0020】
このスパッタリングターゲットによりスパッタ成膜されたMoSe層1は、NaがNaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物の状態で含有されており、例えば図1に示すように、CIGS薄膜型太陽電池におけるMo電極層2とCIGS膜3との間に形成される。
【0021】
上記本実施形態のスパッタリングターゲットを製造する方法は、NaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMoSe粉末との混合粉末、NaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMo粉末とSe粉末との混合粉末、又はNaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMoSe粉末とに加えMo粉末とSe粉末とから選択される1種類以上の粉末との混合粉末からなる成形体を、真空中、不活性ガス中または還元性雰囲気中で加圧焼結または常圧焼結する工程を有している。
まず、NaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMoSe粉末との混合粉末、NaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMo粉末とSe粉末との混合粉末、又はNaF,NaS,NaSeから選ばれる1種以上の化合物粉末とMoSe粉末とに加え、Mo粉末とSe粉末とから選択される1種類以上の粉末との混合粉末を予め用意し、以下の3つの焼結方法で製造することができる。
【0022】
1.前記混合粉末を金型に充填し、冷間にてプレス成形した成形体あるいは成形モールドに充填、タッピングして一定のかさ密度を有する成形体を形成し、それを真空中、不活性ガス中または還元性雰囲気中において180〜210℃で焼結する。
2.混合粉末を真空または不活性ガス雰囲気中で100〜200℃の温度範囲内でホットプレスする。
3.混合粉末をHIP法で温度:100〜200℃、圧力:30〜150MPaにて焼結する。
【0023】
この混合粉末を用意するには、例えば以下の(1)〜(3)のいずれかの方法で行う。
(1)NaF,NaS,NaSe化合物は、純度2N以上であり、ターゲット中の酸素含有量を低減にするために、NaF,NaS,NaSe化合物中の吸着水分を混合する前に予め取り除く必要がある。例えば、真空乾燥機中で真空環境にて120℃、10時間の乾燥が有効である。
【0024】
解砕は、粉砕装置(例えば、ボールミル、ジェットミル、ヘンシェルミキサー、アトライター等)を用いて行う。得られる平均粒径は、異常放電の増加を抑制するために20μmより小さいものが好ましい。粉砕工程は湿度RH40%以下の乾燥した環境で行うことが好ましい。さらに、NaF,NaS,NaSe化合物は、吸湿性があり且つ水に溶解されるので、水を使う湿式粉砕混合装置の使用は不適である。尚、NaF,NaS,NaSe化合物を解砕する場合は、混合前に乾燥することが好ましい。例えば、前記同様、真空乾燥機中で120℃、10時間の乾燥が有効である。
【0025】
さらに、この乾燥させた解砕粉(NaF,NaS,NaSe化合物粉末)とターゲット組成のMoSe粉末又はMo粉末とSe粉末とを、乾式混合装置を用いて相対湿度RH40%以下の乾燥した環境にて混合し、焼結用原料粉を用意する。なお、混合は不活性ガス雰囲気中で行うことがさらに好ましい。なお、焼結性の低下を抑えるために、MoSe粉末の最大粒径を500μm未満にすることが好ましい。
なお、混合後の混合粉中の吸着水分を取り除く必要がある場合、例えば、真空乾燥機中で真空環境にて40℃、10時間以上の乾燥が有効である。
【0026】
(2)NaF,NaS,NaSe化合物は、上記解砕前の乾燥済みNaF,NaS,NaSe化合物粉末とあらかじめ用意したターゲット組成のMoSe粉末又はMo粉末とSe粉末とを、同時に粉砕混合装置(例えば、ボールミル、ロッキングミキサー、ジェットミル、ヘンシェルミキサー、アトライター、V型混合機等)に充填し、混合とNaF,NaS,NaSe化合物粉末の解砕とを同時に行い、NaF,NaS,NaSe化合物粉末の平均粒径が20μm未満になる時点で解砕を終了し、原料粉とする。上記(1)と同様に、MoSe粉末の最大粒径を500μm未満にすることが好ましい。混合は湿度RH40%以下の乾燥した環境にて行うことが好ましく、不活性ガス雰囲気中で行うことがさらに好ましい。なお、混合後の混合粉中の吸着水分を取り除く必要がある場合、例えば、真空乾燥機中で真空環境にて120℃、10時間以上の乾燥が有効である。
【0027】
(3)まず、MoSe粉末を乾燥済みのNaF,NaS,NaSe化合物粉末と混合してから、さらにSe粉末とMo粉末とを追加し、均一になるように混合して原料粉とする。以上の混合はすべて上記(1)および(2)のような低湿度環境で行う。なお、還元性雰囲気中で行うことがさらに好ましい。上記(1)と同様に、MoSe粉末の最大粒径を500μm未満にすることが好ましい。混合後の混合粉中の吸着水分を取り除く必要がある場合、例えば、真空乾燥機中で真空環境にて120℃、10時間以上の乾燥が有効である。
【0028】
次に、このように上記(1)〜(3)のいずれかの方法で混合した原料粉を、RH30%以下の乾燥環境でプラスチック樹脂性の袋に封入し保管する。これは、NaF,NaS,NaSe化合物の吸湿や吸湿による凝集を防止するためである。
また、MoSe粉末またはMo粉末の焼結中の酸化防止のため、常圧焼結、ホットプレスまたはHIPは還元性雰囲気中、真空中または不活性ガス雰囲気中で行う。
【0029】
常圧焼結においては、NaF,NaS,NaSe化合物を添加する場合、雰囲気中の水素の存在は焼結性の向上に有利である。雰囲気中の水素含有量は1%以上であることが好ましく、80%以上はより好ましい。
ホットプレスにおいては、ホットプレスの圧力がターゲット焼結体の密度に大きな影響を及ぼすので、好ましい圧力は100〜800kgf/cmとする。また、加圧は、昇温開始前からでもよいし、一定のホットプレス温度に到達してから行ってもよい。
HIP法においては、好ましい圧力は30〜150kgf/cmとする。
焼結体の焼結時間は組成により変わるが、1〜3時間が好ましい。
【0030】
次に、上記焼結したMoSe−NaF,NaS,NaSe化合物焼結体は、通常放電加工、切削加工または研削加工を用いて、ターゲットの指定形状に加工する。このとき、NaF,NaS,NaSe化合物は水に溶解するため、加工の際、冷却液を使わない乾式法または水を含まない冷却液を使用する湿式法が好ましい。また、湿式法で予め加工した後、さらに乾式法で表面を精密加工する方法もある。
【0031】
次に、加工後のスパッタリングターゲットを、Inを半田としてMo,SUS(ステンレス)又はその他金属からなるバッキングプレートにボンディングし、スパッタに供する。
なお、加工済みのターゲットを保管する際には、酸化、吸湿を防止するため、ターゲット全体を真空パックまたは不活性ガス置換したパックを施すことが好ましい。
【0032】
このように作製したMoSe−NaF,NaS,NaSe化合物ターゲットは、Arガスをスパッタガスとして高周波(RF)マグネトロンスパッタに供する。このとき、スパッタ時の投入電力は1〜10W/cmが好ましい。また、MoSe−NaF,NaS,NaSe化合物ターゲットで作製した膜の成膜の厚みは、100〜2000nmとする。
【0033】
この本実施形態のスパッタリングターゲットでは、スパッタリングターゲットのFおよびSを除く金属成分として、Se:53〜65wt%、Na:0.05〜10wt%を含有し、残部がMo及び不可避不純物からなる成分組成を有し、NaがNaF,NaS,NaSeいずれかの化合物の状態で含有されているので、NaF,NaS,NaSe化合物が焼結体の組織中に分散してMoSeの層状化を抑制し、ひび割れ等の割れを抑制することができる。また、CIGS薄膜型太陽電池においてCIGS膜とMo電極層との間に本発明のスパッタリングターゲットを用いてMoSe層を形成する際には、MoSe層に含有されたNaがCIGS膜の形成過程でCIGS膜に添加され、高い変換効率の光吸収層を得ることができる。
【0034】
また、このスパッタリングターゲットでは、ターゲット素地中にNaF,NaS,NaSeが分散している組織を有すると共に、NaF,NaS,NaSeの平均粒径が5μm以下であるので、異常放電が抑制され、安定したRFスパッタが可能になる。
【0035】
また、本実施形態のスパッタリングターゲットの製造方法では、上述したNaF,NaS,NaSe化合物粉末が混合された混合粉末を、真空または不活性ガス雰囲気中で加圧焼結または常圧焼結することで、NaがNaF,NaS,NaSe化合物を均一に分散分布させたMoSe系スパッタリングターゲットを得ることができる。
【実施例】
【0036】
次に、本発明に係るスパッタリングターゲット及びその製造方法を、上記実施形態に基づき作製した実施例により、評価した結果を説明する。
【0037】
「実施例」
まず、表1に示される成分組成および粒径を有するMoSe粉末とNaF,NaS,NaSe化合物粉末との混合粉末、又はMo粉末とSe粉末とNaF,NaS,NaSe化合物粉末との混合粉末を、表1に示される量になるように配合し、実施例1〜6の原料粉末とした。これらの原料粉末を、ロッキングミキサーで混合した。混合はアルゴン雰囲気で行った。
【0038】
このように得られた混合粉末を黒鉛モールドに充填して真空ホットプレスを行った。このホットプレスの条件は、ホットプレス温度:155℃、ホットプレス圧力:600kgf/cm、ホットプレス時間:1.5時間とした。
なお、焼結済みの焼結体に、乾式切削加工を施し、所定形状のターゲット(実施例1〜6)を作製した。
【0039】
【表1】
なお、表1においてNa化合物を便宜的にNa−Xと記載し、XがF,S,Seの場合を、それぞれNaF,NaS,NaSe化合物としている。また、作製されたターゲット中のこれらNa化合物の平均粒径が混合前の原料粉での平均粒径(平均2次粒径)より小さい理由は、混合粉砕による二次粒子の解砕によるものである。
【0040】
「評価」
まず、本実施例1〜6について、作製したターゲット中のSeとNaとMoとの含有量を、ICP法(高周波誘導結合プラズマ法)を用いて定量分析を行った。また、作製したターゲットから試験片を採取し、試験片から真密度を測定した。さらに、ホットプレス時におけるターゲットの割れ発生の有無を調べた。
【0041】
「比較例」
表1に示された成分組成及び粒径を有するMoSe粉末(比較例1)、Mo粉末とSe粉末との混合粉末(比較例2)、及びMoSe粉末とNaF化合物粉末との混合粉末(比較例3)を原料粉として用意した。これらの原料粉のうち比較例2及び3の混合粉末については、本発明の上記実施例と同様にロッキングミキサーで混合して作製した。これら各比較例の原料粉を、上記実施例と同様にホットプレスを行った。このように得られた比較例1〜3のターゲットは、Naの含有量が0.05〜10wt%の範囲外となっている。
【0042】
これら評価結果からわかるように、NaF,NaS,NaSe化合物を含有しない比較例1及び2では、ターゲットに亀甲状にひび割れが発生したのに対し、本実施例では、いずれもターゲットに割れが生じなかった。また、Naの含有量が本発明の範囲を超える比較例3では、ターゲットの密度が5.14g/cmと低いのに対し、本発明の実施例は、いずれも5.2g/cm以上が得られ高い密度となっている。さらに、比較例3では、ターゲット組織中のNaF平均粒径が8.2μmと高いのに対し、本発明の実施例は、いずれも5μm以下である。
【0043】
なお、本発明を、スパッタリングターゲットとして利用するためには、相対密度:90%以上、面粗さRa:1μm以下、粒径:50μm以下、抗折強度:70MPa以上、比抵抗:0.1Ω・cm以下、純度:99.9%以上であることが好ましい。
また、本発明の技術範囲は上記実施形態及び上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0044】
1…MoSe層、2…Mo電極層、3…CIGS膜
図1