【文献】
Organic Letters,2012年 7月 9日,14(14),pp. 3720-3723
【文献】
Journal of the Chemical Society, Perkin Transactions 1,1981年,6,pp. 1782-1789
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1に記載の製造方法であって、2−デオキシ―アルドヘキソース水溶液を蒸発させずに加圧状態で高温加熱する工程を含むことを特徴とする該シクロペンテノン誘導体の製造方法。
請求項2の製造方法であって、加熱する工程における温度は150℃〜300℃の範囲とし、加熱時間は10分〜300分とする工程を含むことを特徴とする該シクロペンテノン誘導体の製造方法。
【背景技術】
【0002】
医薬、香料、農薬などのいわゆる生理活性を持つ化合物の中には、シクロペンテノン骨格、特に2−ヒドロキシシクロペンテノン骨格及び4−ヒドロキシシクロペンテノン骨格を有するものがあり、制ガン作用、抗菌作用等の薬理作用を有するプロスタグランジン(prostaglandin)様の構造を有する4−ヒドロキシ−2−シクロペンテノン類については数多くの研究がなされている(例えば、特許文献1参照)。また、4,5−ジヒドロキシ−2−シクロペンテノン類は制ガン作用などを有しているとされている(例えば、特許文献2参照)。シクロペンテノン骨格を有するシクロペンテノイド類として多数の化合物が知られており、その合成方法は従来から多くの報告があり、工業的製法についても、多くの研究が行われている(例えば、非特許文献1参照及び非特許文献2参照)。
【0003】
本発明のシクロペンテノン誘導体は、構造式(1)に示される化合物で4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンである。この化合物はプロスタグランジン、ペンテノマイシン(pentenomycin)、ベルチマイシン(vertimycin)などの医薬品原料となる有望な合成ブロックであるとされ、その製造方法についてはすでに文献に報告されている(非特許文献3参照)。
【0004】
【化1】
【0005】
非特許文献3では、原料としてクロロアセトアルデヒドとアセト酢酸エチルを用いた構造式(1)の(4RS)体の製造方法と、原料としてキナ酸を用いた構造式(1)の(4R)体の製造方法が示されている。クロロアセトアルデヒドとアセト酢酸エチルを用いる製造方法では、クロロアセトアルデヒドとアセト酢酸エチルが反応し、フラン誘導体(2−メチル−3−フランカルボン酸エチル、収率66%)が生成する。このフラン誘導体は水素化リチウムアルミニウムで還元されて3−ヒドロキシメチル−2−メチルフランとなり、シリカゲルクロマトグラフィによる精製後(3−ヒドロキシメチル−2−メチルフランの収率52%)にメタノール-エーテル溶液(臭素を含む)中での反応とトリエチルアミンの添加によってジヒドロフラン誘導体(2,5−ジヒドロ−3−ヒドロキシメチル−2,5−ジメトキシ−2−メチルフラン、収率80%)に変換される。このジヒドロフラン誘導体がリン酸緩衡液でpH調整されたジオキサン水溶液(ヒドロキノンを含む)でフラン環の開環反応と分子内アルドール反応を引き起こし、上記構造式(1)に示されるシクロペンテノン誘導体(溶媒抽出およびシリカゲルクロマトグラフィ精製後の収率50%)を生成する。5段階の反応ステップを経たシクロペンテノン誘導体の全収率は約14%に留まる。
【0006】
キナ酸を用いる製造方法では、メタノール塩酸中でキナ酸を加熱してキナ酸メチル(収率100%)を生成する。次に、キナ酸メチルのメタノール溶液中でアンモニアと反応させて、キナ酸のアミド誘導体(収率74%)を生成する。キナ酸のアミド誘導体は、アセトン(塩化水素を含む)と反応し、反応生成物(混合物)中からシリカゲルクロマトグラフィで2つのイソプロピリデン基を持つキナ酸のアミド誘導体(1,1‘−ON−イソプロピリデン−3,4−O−イソプロピリデン−キナ酸アミド、分離精製後の収率38%)が分離精製される。この2つのイソプロピリデン基を持つキナ酸のアミド誘導体は、水酸基がベンゾイル基で置換(収率86%)された後に、酢酸水溶液中の加熱によってイソプロピリデン基(キナ酸骨格の3,4位に結合)が脱離してジオール誘導体(5−O−ベンゾイル−1,1‘−ON−イソプロピリデン−キナ酸アミド、収率82%)を生成する。ジオール誘導体は、過ヨウ素酸ナトリウム水溶液中での酸化後にベンゼン溶液中での酢酸ピロリジニウムとの反応で5員環構造のシクロペンテンカルボアルデヒド(シリカゲルクロマトグラフィ精製後の収率67%)を生成する。シクロペンテンカルボアルデヒドは、水素化ほう素ナトリウムによるアルデヒド基の還元(収率99%)とメタノリシスによるベンゾイル基の脱離によりオキサゾリジノン誘導体(シリカゲルクロマトグラフィ精製後の収率80%)を生成する。オキサゾリジノン誘導体は、ヒドラジン水和物中でヒドラジン誘導体(1,4−ジヒドロキシ−2−ヒドロキシメチルシクロペンテン−2−オン−1−カルボヒドラジド、シリカゲルクロマトグラフィ精製後の収率80%)となり、さらに亜硝酸水溶液によるアジ化と水中の加熱によって構造式(1)に示すシクロペンテノン誘導体(シリカゲルクロマトグラフィ精製後の収率42%)を生成する。10段階の反応ステップを経たシクロペンテノン誘導体の全収率は約3.5%に留まる。
【0007】
このようにして製造される構造式(1)に示すシクロペンテノン誘導体の全収率は、多段階の反応ステップを要するためかなり低い値とならざるを得ない。また、各反応ステップにおける反応中間体の製造や分離精製に多大な手間と労力がかかる点は、工業的な製造方法として適当とは言えず、所詮は学術研究の範囲内に留まることが示唆される。このようなことから構造式(1)に示すシクロペンテノン誘導体は、医薬品等の原料・反応中間体として有望な化合物として期待されているものの、生成物収率が高く簡略的に製造する方法が見当たらず、工業的に多量に製造する方法が確立されていない。試薬としてさえも、国内外にかかわらずにまったく市販されておらず、試薬メーカへの受注生産(受託合成)に依頼するほかないのが現状である。
【0008】
構造式(1)に示すシクロペンテノン誘導体が工業的に製造されるためには、製造工程がより簡略化され、高い収率で生成物が得られる製造方法が確立されなければならない。さらに、製造方法が環境調和型であるためには、植物バイオマス等の自然由来の資源を工業用原料として使用し、一方で化石資源に由来する有機溶媒等の使用をできる限り抑制することが望まれる。このような状況の中で、発明者らは、上記従来技術を鑑みて、これらの諸問題を抜本的に解決することを可能にするためには、植物バイオマス資源の主成分であり、反応性が高く多種多様の生成物に幅広く変換可能な単糖類を工業用の原料に使用し、さらに有機溶媒の代わりに高温高圧状態の水を反応溶媒として使用することにより様々な有用化合物を製造する方法を研究してきている(特許文献3、非特許文献4、5、6参照)。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態は本発明を実施する一例であって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0022】
本発明の実施形態に係るシクロペンテノン誘導体は、構造式(1)で示される4―ヒドロキシ―2―ヒドロキシメチル―2―シクロペンテン―1―オンである。
【0023】
構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体は、出発原料として2−デオキシ−アルドヘキソースを用いて製造される。
【0024】
出発原料である2−デオキシ―アルドヘキソースとして、例えば、2−デオキシ−D−グルコース、2−デオキシ−L−グルコース、2−デオキシ−D−ガラクトース、2−デオキシ−L−ガラクトース、2−デオキシ−D−グロース、2−デオキシ−L−グロース、2−デオキシ−D−アロース、2−デオキシ−L−アロース等があげられる。
【0025】
出発原料である2−デオキシ―アルドヘキソースは、ピラノース環構造または、フラノース環構造の環状異性体構造をとってもよい。また、その時、それぞれα型、β型のどちらのアノマー異性体構造であってもよいし、それらの混合物であってもよい。
【0026】
これらの2−デオキシ―アルドヘキソースは、対応するアルドヘキソースを出発原料として発酵法などの公知の方法により製造することができる。
【0027】
また、構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体は、2−デオキシ―アルドヘキソースの水溶液を蒸発させずに高温加熱する工程を含むことにより製造されることが好ましい。
【0028】
以下、本発明に係る構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体の製造方法について説明する。
【0029】
本実施形態に係る構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体の製造に使用される反応装置は、流通式反応装置1と回分式反応装置20が用いられる。流通式反応装置の操作では、反応器に反応物が連続的に供給され、生成物及び未反応の反応物が連続的に反応器から排出される。これに対し、回分式反応装置の操作では、反応器に反応物が仕込まれ、反応終了後に生成物(及び未反応物を含む混合物)が容器外に一括して取り出される。
【0030】
図1は、流通式反応装置の概略の構成を示す図である。流通式反応装置1は、蒸留水2を高圧に加圧するための高圧ポンプ3と高温状態まで加熱するための予熱炉4により高温高圧の状態の蒸留水を混合部7に連続的に供給する系と、反応物が溶解した水溶液5を高圧ポンプ6により加圧し混合部7に供給する系を備えている。8は管型反応器である。8は高温のソルトバス9により一定温度に保温される。反応を停止するために、蒸留水10が高圧ポンプ11により加圧され、混合部12に供給される。13は補助的な冷却器である。14は背圧弁である。15は反応物の回収液である。16a、16b圧力計である。17a、17b、17cは熱電対式温度計である。
【0031】
混合部7及び12は、ステンレス鋼(SUS316)製の混合器(T型混合器)の使用が多いが、耐食性に優れたインコネル625等のニッケル合金製の混合器が使用される場合もある。
【0032】
管型反応容器8はステンレス鋼管(SUS316)の使用が多いが、耐食性に優れたインコネル625等のニッケル合金管が使用される場合もある。なお、反応温度が低ければ、耐圧性のあるガラスやプラスチックス等を使用することも可能である。管の外径は1/8または1/16インチの場合が多く、内径は0.25〜3ミリメートル程度のものが使用される。
【0033】
ソルトバス9は、溶融塩を加熱することにより混合部7及び管型反応器8を高温に保持する加熱器として使用される。ソルトバス9として、公知のスズ浴等の金属浴を使用してもよい。ソルトバス9はヒーター等の加熱手段によって加熱される。ソルトバス9の温度は、熱電対温度計17cによって計測され、この計測結果によってヒーター等の出力が調節され、ソルトバス9内の温度が一定に制御される。
【0034】
背圧弁14は、管型反応器8内の圧力を所定の圧力に維持するために使用される。
【0035】
次に、この流通式反応装置を用いた本発明に係るシクロペンテノン誘導体の製造方法について説明する。
【0036】
蒸留水2を高圧ポンプ3により加圧し、予熱炉4において所定の温度に加熱し、高温高圧状態の予熱水とする。予熱水の温度計測は、17aの熱電対式温度計を用いて行なう。原料(反応物)である2−デオキシ―アルドヘキソースを溶媒である水に溶解させた水溶液に対して、例えば大気圧から数気圧程度の圧力のアルゴンガス、窒素ガス等の不活性ガスを通気させて反応物水溶液内にもともと含まれる空気成分を除去して、反応物が溶解した水溶液5として用意しておく。
【0037】
この反応物の水溶液5を高圧ポンプ6により加圧する。高温高圧の予熱水と反応物が溶解した水溶液は、混合部7で混合され管型反応器8に保持される。この混合により常温の反応物の水溶液は急速に温度上昇し、反応物の反応が開始される。この混合部7における温度計測は、17bの熱電対式温度計で行う。
【0038】
管型反応器8は、高温のソルトバス9で一定の温度に保温されており、管型反応器8の体積(長さ)に応じてあらかじめ設定された反応時間で生成物が生成する。
【0039】
反応を停止するためには、蒸留水10を高圧ポンプ11で加圧し、混合部12に供給し、高温高圧の状態の水溶液と混合する。
【0040】
この混合により高温高圧の状態の水溶液は、急速に温度が下降し、反応物の反応が停止する。さらに、補助的な冷却器13によって冷却され、背圧弁14で常圧に減圧され、回収液15として回収される。
【0041】
次に回分式反応装置20について説明する。
図2は、シクロペンテノン誘導体の製造に使用される回分式反応装置20の概略の構成を示す図である。反応装置20は回分式反応器25と流動砂浴26とヒーター27と熱電対28a、28bとを備える。反応装置20において、流動砂浴26内に回分式反応器25とヒーター27が設置されており、熱電対28aは先端が流動砂浴26の砂内に位置するように、熱電対28bは先端が回分式反応器25内に位置するように設置されている。
【0042】
回分式反応器25は、密閉型の反応器であり、主材料としてステンレス鋼(SUS316)が多く使用されるが、耐食性に優れたインコネル625等のニッケル合金が使用される場合がある。なお、反応温度が低ければ、耐圧性のあるガラスやプラスチックス等を使用することも可能である。
【0043】
流動砂浴26は、流動化した砂を加熱することにより回分式反応装置25に温度をかける加熱器として使用される。加熱器としては、流動砂浴26の代わりに公知のオイルバス、スズ浴などの金属浴、溶融塩浴を使用してもよい。
【0044】
流動砂浴26は、ヒーター27等の加熱手段により加熱される。流動砂浴26の温度は、熱電対温度計28aによって計測され、この計測結果によってヒーター27の出力が調節されることで、流動砂浴26内の温度が一定に制御される。なお、熱電対温度28aの代わりに公知の温度測定手段を用いてもよい。
【0045】
原料である2−デオキシ―アルドヘキソースが溶けた水溶液を回分式反応管25に所定の量を仕込む。仕込んだ後に、例えば大気圧から3MPa程度の圧力のアルゴンガス、窒素ガス等の不活性ガスにより回分式反応器25内の空気を置換しておく。そして、流動砂浴26の温度が設定した温度に達したら、速やかに回分式反応器25を投入し反応を開始させる。ここで、回分式反応器25の反応温度は熱電対28bにより測定されるが、流動砂浴26内の温度を反応温度としてもよい。
【0046】
ヒーター27の出力を調節して、回分式反応器25内の温度を所定の反応温度、所定の時間維持する。
【0047】
所定の時間経過後、回分式反応器25を氷浴または、冷水浴等に浸すことにより急冷して反応を停止させる。氷浴の水温の範囲については、回分式反応器25を急冷できればよく特に制限がないが、例えば、0℃〜10℃である。冷水浴の水温については、回分式反応器25を急冷できればよく特に制限がないが、例えば、10℃〜25℃である。なお、ここで、反応時間は、流動砂浴26に回分式反応器25を投入した時点から氷浴または冷水浴に投入した時点までの時間とする。つまり、反応時間には昇温時間も含まれる。昇温時間は、昇温過程での副反応の抑制等の点からできるだけ短い方が好ましく、通常は1分以内〜3分以内に常温から反応温度まで到達することが好ましい。
【0048】
本実施形態に係る
図1に示す流通式反応装置及び
図2に示す回分式反応装置のどちらの装置を用いた場合においてもシクロペンテノン誘導体の製造方法において使用する材料は、原料の2−デオキシ―アルドヘキソースと反応溶媒としての水だけであり、その他のものは使用しない。すなわち本製造方法は、反応物として2−デオキシ―アルドヘキソースだけが溶解している水溶液中における無触媒条件下での2−デオキシ―アルドヘキソース変換反応を用いて、構造式(1)に示すシクロペンテノン誘導体を得る非常に簡易な方法である。
【0049】
流通式反応装置を用いる場合は、高温高圧にした蒸留水と原料の2−デオキシ―アルドヘキソースが溶解している高圧の水溶液を管型反応器内で混合させて加熱する加熱工程及び、常温の高圧の蒸留水により冷却する冷却工程によって、構造式(1)に示されるシクロペンテノン誘導体を得る簡易な方法である。
【0050】
回分式反応装置を用いる場合は、原料の2−デオキシ―アルドヘキソースが溶解している水溶液を仕込んだ密閉型反応容器を、高温に加熱した流動砂浴に投入して加熱する加熱工程及び、所定時間経過後に流動砂浴から取り出して冷却する冷却工程により、構造式(1)に示されるシクロペンテノン誘導体を得る簡易な方法である。
【0051】
反応溶媒として使用する水としては、流通式反応装置及び回分式反応装置の場合でも水道水、イオン交換水等の純水、超純水等が挙げられるが、生成物収率を向上させるためには、不純物の少ないイオン交換水等の純水、超純水を使用することが好ましく、空気中に含まれる酸素による酸化反応を防止するためにイオン交換水、超純水を脱気した状態で使用することがより好ましい。水のpHは6〜8の中性の範囲であることが好ましい。酸性条件あるいはアルカリ性条件下では、副反応が起こり、目的とするシクロペンテノン誘導体の収率が低下する場合がある。水道水を高温で使用する場合は水道水に含まれる微量の化合物(炭酸カルシウムやシリカなど)が反応装置内にスケール等を発生させることがあるので装置の点検が必要となる。
【0052】
本明細書において「高温」とは具体的に150℃以上の温度のことをいう。反応温度は150℃以上であればよいが、150℃〜300℃の範囲であることが好ましく、150℃〜200℃の範囲が特に好ましい。反応温度が100℃未満あるいは300℃を超えた温度では、構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体の収率が著しく低下する。一方、反応温度が150℃〜200℃の範囲であると構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体の収率が高くなる。
【0053】
本製造方法において反応時間は、反応温度が150℃〜300℃の範囲内であれば、10〜300分が好ましい。反応時間が短すぎると未反応物(原料)が多く残るので生成物収率は低下する。反応時間をある程度長い方が生成物収率は向上するが、長すぎると副反応によって生成物収率は低下する。このため反応時間は300分より長くすることは好ましくない。以上のことから反応時間は10分〜300分までとするのが好ましい。なお、反応温度それぞれに対して最適な反応時間を設定することで、構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体を高収率で得ることができる。
【0054】
なお、本実施形態では、
図1に示す流通式反応装置及び
図2に示す回分式反応装置の双方を用いて行ったが、これに限るものではなく、SUS316等のステンレス鋼、ハステロイ等の金属を主材料として構成される公知の半回分式反応装置などの反応器を用いて行うことも可能である。
【0055】
本実施形態では、反応温度等の反応条件を適切に選択すれば、高収率、高選択率で、構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体を得ることができるため、反応生成物を含む水溶液をそのままクルード(Crude)状のシクロペンテノン水溶液として使用でき、さらに水分を蒸発させたクルード状のシクロペンテノン(ペースト)として使用してもよい。また、純度をさらに高めるために、必要に応じて公知の方法により精製してもよい。精製方法としては、クロマトグラフィ、溶媒抽出、再沈殿、蒸留等が挙げられる。
【0056】
合成化学の手法を駆使する従来の製造方法においては、酸・アルカリ及び有機溶媒、金属やハロゲン化物を反応物や触媒に使用するので、これらの化合物が混合した反応後の溶液から生成物を積極的に分離精製しなければならず、中和工程、洗浄工程が一般に必須となる。一方、本発明の反応工程では酸・アルカリを使用しないので中和工程は不要であり、有機溶媒を使用しないので有機溶媒を取り除く洗浄工程も不要となる。分離工程においても生成物収率が高いので、分離に要する有機溶媒等の使用の抑制が期待される。
【0057】
本実施形態に係る構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体は下記(2)の反応式に示すように2−デオキシ−D-グルコースから2分子の水分子が脱水する反応とシクロペンテノン骨格を形成する閉環反応が組み合わされることで生成すると考えられる。
【0059】
構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体は、ラセミ構造をなしており、立体特異性が見られない。よって、2−デオキシ−D-グルコース以外の2−デオキシ−アルドヘキソースについても、理論的に脱水反応とシクロペンテノン骨格を形成する閉環反応が進行し、構造式(1)で示されるシクロペンテノン誘導体が生成すると考えられる。
【0060】
本実施形態にかかわる本シクロペンテノン誘導体は、類似シクロペンテノン化合物(4,5−ジヒドロキシ−2−シクロペンテン―1-オン)と同様に何らかの薬理活性、生理活性を有することが期待できるだけでなく、例えば下記(3)の化学式に示す簡単な反応工程の追加により新たな薬理活性が期待できる化合物に変換したり、(4)に示す化学式により種々のシクロペンテノイド系医薬品を合成するための有用な合成ブロックに変換することも可能である。
【0063】
構造式(1)に示されるシクロペンテノン誘導体を出発物質として、構造式(5)に示されるプロスタグランジンE2、構造式(6)に示されるペンテノマイシン(4R−4β,5β−ジヒドロキシ−5−ヒドロキシメチル−シクロペンテン−1−オン)、デヒドロペンテノマイシン、キサントマイシン、ベルテマイシン(2−2−(ヒドロキシエトキシ)−5−(ヒドロキシメチル)−1−シクロペンタノン)等をより少ない工程で合成することも可能であり、医薬品原料・反応中間体としての利用も大いに期待される。
【0066】
以上のように、本実施形態に係るシクロペンテノン誘導体の製造方法では、2−デオキシ−アルドヘキソースを高温水中で反応させることにより、医薬、農薬あるいは医薬、農薬等の原料や中間体として有用である4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンをわずか1つの反応工程で簡単に得ることができる。また、最適な反応温度等の反応条件を設定することにより、構造式(1)に示されるシクロペンテノン誘導体を高収率で得ることができる。
【0067】
本反応において使用する材料は、2−デオキシ−アルドヘキソース及び水だけであるので、単離が容易となり、精製工程を省略することもできる。したがって、構造式(1)に示されるシクロペンテノン誘導体を低コストで工業的に生産することも可能である。また、反応に使用する溶媒は水であり有機溶媒を用いる必要がないため、環境に対する負荷の少ないグリーンプロセスとして期待できる。さらに出発原料である2−デオキシ−アルドヘキソースは、天然に大量に存在する素材である糖類を原料とするために化石資源を代替する化学工業用原料の一つとして環境負荷低減に寄与することができる。以下、3つの実施例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0068】
2-デオキシーアルドヘキソースとして2−デオキシ−D−グルコースを用いて構造式(1)に示されるシクロペンテノン誘導体の製造を、回分式反応装置を用いて行った例である。<1>原料の仕込み:2−デオキシ−D−グルコース(Sigma−aldrich製 GradeII、純度98%)と超純水製造装置(ADVANTEC製、CPW−101)を用いて精製した超純水を用いて、2−デオキシ−D−グルコースの濃度が1wt%となるようにあらかじめ調整した水溶液をSUS316製回分式反応器(長さ105.7mm、内径12.7mm、反応管の厚さ2.1mm、内容積6cm3)に仕込む。回分式反応器内をアルゴンガス(圧力:数気圧)により置換した。本実施例においては、水道水を用いて島津製の蒸留水製造装置で蒸留水を製造し、この蒸留水を用いて超純水製造装置で超純水を製造した。<2>反応の開始と停止:反応は、予め反応温度180℃に設定した流動砂浴内に回分式反応器を投入することにより開始させた。ここでは、流動砂浴の温度を反応温度とした。続いて所定の反応時間180分経過後、流動砂浴から取り出した回分式反応器を冷水浴に投入することにより反応を停止させた。反応液を回分式反応器から取り出して濾過し、溶媒である水を減圧除去した後、減圧乾燥することにより、目的物である4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オン(クルード、淡黄油状物質)が得られた。
【0069】
4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オン(クルード、淡黄油状物質)の分子量は、GC−MS質量分析によるm/z値から決定された。
図3、
図4にGC−MS分析結果を示す。ここで、GC−MS試料はTMS化したものを用いた。
図4のGC−MSフラグメントピークには、メチル基(m/z値15)が脱離した大きなピーク(m/z値=257)がみられる。このことから、GC−MS試料の分子量が128(メチル基の分を加えTMSの分を差し引いて得られる)と確認された。
【0070】
質量分析計(GC−MS)は以下の条件で測定を行った。(GC−MS条件)GC:HP−6890、Agilent社製、MS:MS−5973、Agilent製、(GC条件)カラム:Ultra1、管長25m、内径0.32 、キャリアガス:He、注入口:オンコラム、注入温度:280℃、オーブン温度:100℃〜230℃、サンプル注入量:1μL、(MS条件)キャリアガス:He、イオン化モード:electron ionization(EI)、加速電圧:70V、イオン源温度:180℃、質量範囲:m/z 50-550、スキャン速度:1.6−2.7スキャン/秒。
【0071】
4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オン(クルード、淡黄油状物質)の構造は、核磁気共鳴装置(Varian社製Inova−500)を用いて確認した。1H−NMR、13C−NMRのスペクトル測定を行った結果は以下の通りである。また、2次元NMR測定による確認も行った。1H-NMR δ(CD3CN): 2.10−2.20 (1H, dd, J 18.5 and 2Hz, COC H HCH),2.60−2.80 (1H, dd, J 18.5 and 6Hz, COCH H CH),2.90−3.40 (1H, br m, O H, D2O添加で消失),4.10−4.30 (2H, m, C H2 OH),4.80−4.90 (1H, m, CH2C H OH), 7.30−7.40 (1H, m, CHC H =C)、13C-NMR δ(CD3CN):46.12 (メチレン炭素)、57.10(ヒドロキシメチル基)、69.00(メチン炭素)、147.89(4級炭素)、158.26 (2重結合を持つメチン炭素)、203.64 (カルボニル炭素)。
【0072】
さらに、赤外分光光度計(HORIBA社製FT-720)によりIRスペクトル測定を行った。3405.67cm−1に水酸基、1700.91cm−1にシクロペンテノン骨格のカルボニル基のピークが確認できる。
【0073】
本発明では、高純度の4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンの標準試料が入手できなかったので、便宜的にHPLCチャートにおける各成分の面積を比較した。4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンは、リテンションタイム10.53分のピークとして表わされる。このピーク面積をピーク総面積で除すると、約71%となる。一方、他の生成物のリテンションタイムのピーク面積は、9.66分で5.87%、18.09分で4.07%、10.16分で3.97%、12.47分で3.83%などであり、これらの生成物のピーク面積は、4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンのピーク面積に比べ圧倒的に小さな値である。4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンが高収率で生成することが確認された。
【0074】
HPLCの分析は以下の条件で測定を行った。検出器:Jasco社製UV−1570、Jasco社製RI−2030、カラム:Shodex社製KC−811、溶離液:5mMリン酸水溶液、流量:1cc/min、カラム温度:80℃。
【実施例2】
【0075】
実施例2は実施例1と同様に回分式反応装置を用いて行った。2−デオキシ−D-グルコースの濃度が7wt%となるようにあらかじめ調整した水溶液を回分式反応器に仕込んで反応実験を行った。反応は、予め反応温度160℃に流動砂浴に回分式反応器を投入することにより反応を開始させた。所定の反応時間240分(4時間)経過後、流動砂浴から取り出した回分式反応容器を冷水に投入することにより反応を停止させた。
【0076】
この反応条件で得られた生成物のHPLCチャートから、4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンは、リテンションタイム10.53分のピークとして表わされる。この場合のピーク面積比は約78%となり、実施例1よりも上昇した。一方、他の生成物のリテンションタイムのピーク面積は、10.16分で6.22%、9.66分で5.76%、9.01分で2.93%、8.18分で1.91%などこれらの生成物のピーク面積は、4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンのピーク面積に比べ小さな値である。4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンが高収率で生成することが確認された。反応時間が長くなるが、反応温度を下げることで収率の増加が見込める実施例である。
【実施例3】
【0077】
実施例3は、流通式反応装置を用いた実施例である。2−デオキシ−D−グルコースが溶解した水溶液を加圧し、蒸留水を高温高圧にして連続的に反応を行った。反応条件は、反応開始時の2−デオキシ−D−グルコースの濃度が0.2wt%、反応温度200℃、反応圧力20MPa、反応時間12.16分(736秒)である。この反応条件で得られた生成物のHPLCチャートから、4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンは、リテンションタイム10.53分のピークとして表わされる。この場合のピーク面積比は約30%となり、回分式反応装置を用いた実施例1及び実施例2よりもよりも低い値であるが、流通式反応装置を使用して短い反応時間でも、4−ヒドロキシ−2−ヒドロキシメチル−2−シクロペンテン−1−オンが得られることが確認できた。