特許第5777062号(P5777062)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5777062
(24)【登録日】2015年7月17日
(45)【発行日】2015年9月9日
(54)【発明の名称】イオン源、およびそれを備える質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/06 20060101AFI20150820BHJP
   H01J 49/10 20060101ALI20150820BHJP
   H01J 49/40 20060101ALI20150820BHJP
【FI】
   H01J49/06
   H01J49/10
   H01J49/40
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2011-505893(P2011-505893)
(86)(22)【出願日】2010年3月26日
(86)【国際出願番号】JP2010002191
(87)【国際公開番号】WO2010109907
(87)【国際公開日】20100930
【審査請求日】2013年3月21日
(31)【優先権主張番号】特願2009-80001(P2009-80001)
(32)【優先日】2009年3月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】510005753
【氏名又は名称】MSI.TOKYO株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(74)【代理人】
【識別番号】100165847
【弁理士】
【氏名又は名称】関 大祐
(74)【代理人】
【識別番号】100177699
【弁理士】
【氏名又は名称】野津 万梨子
(72)【発明者】
【氏名】豊田 岐聡
(72)【発明者】
【氏名】青木 順
(72)【発明者】
【氏名】三木 伸一
【審査官】 佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−036282(JP,A)
【文献】 特開2001−155677(JP,A)
【文献】 特開2008−300265(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/098086(WO,A1)
【文献】 特開2000−048763(JP,A)
【文献】 特開2003−257360(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 27/00−27/26、37/04、37/06−37/08、
37/248、40/00−49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をイオン化するとともに、当該イオン化したイオンを加速するための第1の電極、第2の電極、および第3の電極を備え、
上記第1の電極および上記第2の電極が、上記イオンの進行方向に対し、上記第1の電極、上記第2の電極の順に配置されているとともに、上記第3の電極が、上記第1の電極と上記第2の電極との間に配置されており、
上記第1の電極と上記第3の電極とのうち、少なくとも上記第3の電極、上記イオンの進行方向とは反対方向に湾曲したくぼみを有した形状であり、
上記第3の電極は、上記イオンが通過するメッシュ状であり、
上記第1の電極と上記第3の電極の間にはイオン生成領域が形成され、上記第3の電極と上記第2の電極の間には加速領域が形成されており、
上記第3の電極の湾曲したくぼみの形状に対応して、上記加速領域における等電位線が湾曲しており、
上記イオン生成領域内で生成されたイオンは前記加速領域内に引き出され、前記加速領域内に引き出されたイオンは前記等電位線に応じたフォーカス点に空間的に収束する
イオン源。
【請求項2】
試料をイオン化するとともに、当該イオン化したイオンを真空中で運動させ、質量電荷比に応じて分離および検出することにより得られた質量スペクトルを用いて当該試料を分析する質量分析装置であって、
上記イオン化のために、請求項1に記載のイオン源を備えていることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
上記質量分析装置は、上記イオンの飛行時間差を用いて上記分離および検出を行う飛行時間型質量分析装置であり、当該飛行時間型質量分析装置は、扇形電場を有し、上記イオンが当該扇形電場にてエネルギーを選択される飛行時間型質量分析装置であることを特徴とする請求項2に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湾曲したくぼみを有した形状(曲面形状)の電極を有し、イオンを生成し当該イオンを時間的・空間的に収束させて出力することが可能なイオン源、およびそれを備える質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置では、イオン源でイオンを生成し、当該イオンを真空中で運動させ電磁気力あるいは飛行時間差等により上記イオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部に導入する。イオン源では、イオンを効率よく生成し、質量分離部に向けて空間的に収束させて効率よく出力することが重要である。また、上記飛行時間差を用いた飛行時間型質量分析装置の場合、イオン源は、パルス的に(任意の一定時間)イオンを出力する必要があるため、空間的な収束だけでなく時間的な収束も重要となる。空間的な収束は検出感度に影響を与え、時間的な収束は検出分解能に影響を与える。
【0003】
飛行時間型質量分析装置に用いられるイオン源としては、2段加速法(非特許文献1参照)、タイムラグ法、および直交加速法のような時間的な収束を行うもの、また、引き出し電極(詳細は後述)にピンホールを形成するなどして空間的な収束を行うものが存在するが、時間的・空間的双方の収束を行うものは存在しない。よって従来は、押し出し電極(詳細は後述)および引き出し電極が無限に広い平行平板電極であれば平行な一様な場を生成することができるため、押し出し電極および引き出し電極をそのように構成することで、つまりイオン源のサイズを大きくすることで、時間的・空間的双方の収束を一応は満たすイオン源を実現していた。
【0004】
ところで、質量分析装置は、分析科学、バイオサイエンス、薬学、医学、環境科学、および宇宙科学をはじめとした様々な分野において必要不可欠の分析機器として幅広く用いられている。これまでは、研究機関に大型の装置を設置して利用するのが一般的であったが、近年は分析現場に装置を持ち込んで分析するという利用法が増加しており、それに伴って装置の可搬性が求められてきている。それゆえに、本発明者らは飛行時間型質量分析装置の小型化に尽力しており(非特許文献2および3参照)、そのためにイオン源を従来のサイズより小さく形成する必要があった。その結果、イオン源において時間的・空間的双方の収束を満たすことが困難となった。以下、この点について図5および図6を用いて説明しておく。
【0005】
図5は、従来のサイズより小さく形成したイオン源であるイオン源110の構造を概略的に示した図であって、図5(a)中の参照符号Aおよび図5(b)中の参照符号Bはそれぞれイオンの軌道を示している。イオン源110は、上記2段加速法を用いたイオン源である。
【0006】
イオン源110は、大略的には、イオンを生成し収束させて出力するための3個の電極と、電子線を出射する電子銃(不図示)とを備えている。この3個の電極は、図面向かって左側より、押し出し電極101、引き出し電極102、および引き込み電極103と称する。押し出し電極101は、イオン生成領域104の密閉性およびイオン源110の小型化のために図示のようにカップ状に形成されている。引き出し電極102は、イオンの通過のためにメッシュ状に形成されている。引き込み電極103は、イオンの通過のために孔が形成されている。電子銃より出射される電子線は、押し出し電極101と引き出し電極102とで囲まれ、イオンが生成される領域であるイオン生成領域104内へ導入される。当該導入が可能なように、カップ状に形成されている押し出し電極101の両側面部には、電子線が通過する孔(不図示)が形成されている。
【0007】
イオン源110は、押し出し電極101および引き出し電極102に同電位の電圧を印加するとともに引き込み電極103を0V(一例であって、この電位に限られるわけではない)として、押し出し電極101および引き出し電極102と引き込み電極103との間に電位差を生じさせて、イオン生成領域104内でイオンを生成する。その後、引き込み電極103は0Vのままとするとともに、押し出し電極101、引き出し電極102、および引き込み電極103間にそれぞれ電位差が生じるように電圧を印加する。イオン生成領域104内で生成されたイオンは、押し出し電極101および引き出し電極102により形成された電場によって、引き出し電極102と引き込み電極103との間の加速領域へと引き出される。上記加速領域へと引き出されたイオンは、加速されつつ、引き込み電極103の孔から出射される。なお、イオンの加速時、押し出し電極101は、上述のようにパルス的にイオンを出力させる必要があるため、パルス電圧が印加される。
【0008】
以上のように、イオン源110では、2段階でイオンを加速させることにより同時に加速した、イオン源内での初期位置の異なるイオンを特定の場所に同時に到着させることができる。また、押し出し電極101および引き出し電極102にそれぞれ印加する電圧を適切に調整することにより上記特定の場所を任意の位置に変更することができる。
【0009】
従来のサイズより小さく形成したイオン源110では、まず、図5(a)に示すように、従来の平行平板と同様である等電位線がほぼ平行な条件を設定した場合には、引き出し可能な領域が狭くなり、得られるイオン量が減少し検出されるピーク強度が小さくなる。一方、図5(b)に示すように、多くのイオンを引き出し可能な条件に設定すると、等電位線の湾曲によりイオンの時間収束が悪くなりピーク幅が大きくなる。つまり、ピーク強度とピーク幅との双方を同時に最適な値とすることができない。
【0010】
なお、上述のエネルギーがセレクションされる状態は、本発明者らが採用している飛行時間型質量分析装置が、イオン源から出力されたイオンを、飛行距離を伸ばすために同一空間を複数回周回させるマルチターン型であって(非特許文献2および3参照)、イオン源の後方に扇形電場が存在するためである。扇形電場が存在しない場合は、図示していないが、ピーク強度およびピーク幅ともに大きくなる状態が観測されることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許出願公開第5742049号明細書(1998年4月21日公開)
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】W. C. Wiley andI. H. McLaren, 「Time-of-Flight Mass Spectrometer withImprovedResolution」, THE REVIEW OF SCIENTIFICINSTRUMENTS, 1955, Vol.26, No.12, p.1150-1157
【非特許文献2】Michisato Toyoda,Daisuke Okumura, Morio Ishihara and Itsuo Katakuse, 「Multi-turnTime-of-Flight Mass Spectrometers with Electrostatic Sectors」, J. Mass Spectrom., 38 (2003), 1125-1142.
【非特許文献3】市原敏雄、他5名,「手のひらサイズのマルチターン飛行時間型質量分析計「MULTUM−S」の製作」,J. Mass Spectrom. Soc. Jpn,2007年,Vol.55,No.6,p.363−368
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のように、従来、飛行時間型質量分析装置に用いられるイオン源は、時間的・空間的双方の収束を行えるものが存在せず、イオン源のサイズを大型化することで理想的な状態を作り出していたために、小型化することによりその理想的な状態を維持できなくなったという問題がある。
【0014】
本発明は、上記の問題点を鑑みてなされたものであり、その目的は、装置の小型化が可能であって、イオンを生成し当該イオンを時間的・空間的に収束させて出力することが可能なイオン源、およびそれを備える質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係るイオン源(必要に応じて「第1イオン源」と称する)は、上記の課題を解決するために、試料をイオン化するとともに、当該イオン化したイオンを加速するための第1の電極および第2の電極を備え、上記第1の電極および上記第2の電極は、上記イオンの進行方向に対し、上記第1の電極、上記第2の電極の順に配置されており、少なくとも上記第1の電極が、上記イオンの進行方向とは反対方向に湾曲したくぼみを有した形状であることを特徴としている。
【0016】
上記の構成によれば、本発明に係るイオン源は、少なくとも第1の電極がイオンの進行方向とは反対方向に湾曲したくぼみを有した形状であることにより、イオン加速の際に最適なポテンシャル分布を形成することができ、湾曲した等電位面上にあるイオンに対してそれぞれの加速経路において時間的な等長性を与えて時間収束させつつ、多くのイオンを引き出すことができる。それゆえ、従来生じていた、ピーク強度とピーク幅との双方を同時に最適な値とすることができないという問題を解消し、イオンを時間的・空間的に収束させて、かつ、効率よく(出力するイオン量を大幅に向上させて)出力することが可能となる。
【0017】
また、第1の電極および第2の電極が上記くぼみを有した形状であることにより、上記効果がより一層高まる。
【0018】
以上により、上記イオン源は、装置の小型化が可能であって、イオンを生成し当該イオンを時間的・空間的に収束させて出力することが可能なイオン源を提供することができるという効果を奏する。
【0019】
本発明に係るイオン源は、上記の課題を解決するために、試料をイオン化するとともに、当該イオン化したイオンを加速するための第1の電極、第2の電極、および第3の電極を備え、上記第1の電極および上記第2の電極が、上記イオンの進行方向に対し、上記第1の電極、上記第2の電極の順に配置されているとともに、上記第3の電極が、上記第1の電極と上記第2の電極との間に配置されており、上記第1の電極と上記第3の電極との少なくとも一つが、上記くぼみを有した形状であることが好ましい。
【0020】
本発明に係るイオン源は、上記第1イオン源と比較して第3の電極をさらに備え、上記第1の電極と上記第3の電極との少なくとも一つが上記くぼみを有した形状であることによって、上記第1イオン源が奏する上記効果がより一層高まる。
【0021】
本発明に係る質量分析装置は、上記の課題を解決するために、試料をイオン化するとともに、生成したイオンを真空中で運動させ、質量電荷比に応じて分離および検出することにより得られた質量スペクトルを用いて当該試料を分析する質量分析装置であって、上記イオン化のために、上記イオン源を備えていることを特徴としている。
【0022】
また、本発明に係る質量分析装置は、上記イオンの飛行時間差を用いて上記分離および検出を行う飛行時間型質量分析装置であり、当該飛行時間型質量分析装置は、扇形電場を有し、上記イオンが当該扇形電場にてエネルギーを選択される飛行時間型質量分析装置であることが好ましい。
【0023】
上記の構成によれば、本発明に係る質量分析装置は、性能を維持したまま小型化が可能な上記イオン源を備えているため、小型で高性能な質量分析装置を実現することができるという効果を奏する。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係るイオン源(第1イオン源)は、試料をイオン化するとともに、当該イオン化したイオンを加速するための第1の電極および第2の電極を備え、上記第1の電極および上記第2の電極は、上記イオンの進行方向に対し、上記第1の電極、上記第2の電極の順に配置されており、少なくとも上記第1の電極が、上記イオンの進行方向とは反対方向に湾曲したくぼみを有した形状であるを特徴としている。
【0025】
上記の構成によれば、本発明に係るイオン源は、少なくとも第1の電極がイオンの進行方向とは反対方向に湾曲したくぼみを有した形状であることにより、イオン加速の際に最適なポテンシャル分布を形成することができ、湾曲した等電位面上にあるイオンに対してそれぞれの加速経路において時間的な等長性を与えて時間収束させつつ、多くのイオンを引き出すことができる。それゆえ、従来生じていた、ピーク強度とピーク幅との双方を同時に最適な値とすることができないという問題を解消し、イオンを時間的・空間的に収束させて、かつ、効率よく(出力するイオン量を大幅に向上させて)出力することが可能となる。
【0026】
以上により、上記イオン源は、装置の小型化が可能であって、イオンを生成し当該イオンを時間的・空間的に収束させて出力することが可能なイオン源を提供することができるという効果を奏する。
【0027】
また、本発明に係るイオン源は、上記第1イオン源と比較して第3の電極をさらに備え、上記第1の電極および上記第2の電極が、上記イオンの進行方向に対し、上記第1の電極、上記第2の電極の順に配置されているとともに、上記第3の電極が、上記第1の電極と上記第2の電極との間に配置されており、上記第1の電極と上記第3の電極との少なくとも一つが、上記くぼみを有した形状であることが好ましい。
【0028】
本発明に係るイオン源は、上記第1イオン源と比較して第3の電極をさらに備え、上記第1の電極と上記第3の電極との少なくとも一つが上記くぼみを有した形状であることによって、上記第1イオン源が奏する上記効果がより一層高まる。また特に,上記第2の電極と対になってイオンを加速する電極が上記くぼみを有した形状であることが重要であるので,上記第3の電極が上記くぼみを有した形状である形態を含む場合に,上記効果がより一層高まる。また,1つの電極よりは複数の電極が上記くぼみを有した形状であることで,上記効果がより一層高まる。
【0029】
また、本発明に係る質量分析装置は、試料をイオン化するとともに、生成したイオンを真空中で運動させ、質量電荷比に応じて分離および検出することにより得られた質量スペクトルを用いて当該試料を分析する質量分析装置であって、上記イオン化のために、上記イオン源を備えていることを特徴としている。
【0030】
上記の構成によれば、本発明に係る質量分析装置は、性能を維持したまま小型化が可能な上記イオン源を備えているため、小型で高性能な質量分析装置を実現することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明の実施形態に係るイオン源の構造を概略的に示した図である。
図2】本発明の実施形態に係る質量分析装置の構造を概略的に示したブロック図である。
図3】(a)は、図5に示す従来のイオン源内のポテンシャル分布を示す図であり、(b)は、図1に示したイオン源内のポテンシャル分布を示す図である。
図4図1に示したイオン源の各実施例を示しており、当該実施例に係るイオン源の構造を概略的に示した図である。
図5】従来のイオン源の構造を概略的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明の実施形態について、図1図4に基づいて説明すると以下の通りである。
【0033】
図1は、本発明の実施形態に係るイオン源10の構造を概略的に示した図である。図2は、本発明の実施形態に係る質量分析装置50の構造を概略的に示したブロック図である。
【0034】
質量分析装置50は、大略的には、図2に示すように、試料をイオン化するイオン源10と、生成したイオンを真空中で運動させ、電磁気力あるいは飛行時間差等によりそれらのイオンを質量電荷比に応じて分離分析する分析部20と、分離されたイオンを検出するとともに、検出されたデータを解析処理して得られた質量スペクトルを用いて上記試料を分析する検出/データ解析部30とを備えている。分析部20は、例えばリフレクトロン型、上記飛行時間差を用いた飛行時間型であって、扇形電場を有し、イオンが当該扇形電場にてエネルギーを選択される飛行時間型、もしくは当該飛行時間型であって、イオンを同一飛行空間を複数回周回させて上記分離および検出を行うマルチターン飛行時間型(非特許文献2および3参照)などで構成される。
【0035】
イオン源10は、大略的には、図1に示すように、試料をイオン化するとともに、生成したイオンをパルス的に加速するための、押し出し電極(第1の電極)1、引き出し電極(第3の電極)2、および引き込み電極(第2の電極)3と、3個の円筒電極からなる静電レンズ電極5と、イオン源10とイオン源10より後段の装置とを接続するための接続電極6と、電子線を出射する電子銃7とを備えている。押し出し電極1、引き出し電極2、引き込み電極3、静電レンズ電極5、および接続電極6は、この順で配置されており、この向きがイオンの進行方向である。
【0036】
静電レンズ電極5は、イオンの空間収束を高めることができるもので、当該電極がない形態も可能である。また、イオン源10は、2段加速法を用いたイオン源であるが、1段加速法を用いたイオン源であってもよい。1段加速法とは、押し出し電極と引き込み電極との2つの電極により、試料をイオン化するとともに、生成したイオンをパルス的に加速するものである。また,さらに多段の(例えば,3段,4段)加速法を用いたイオン源であってもよい。この場合,引き出し電極2と引き込み電極3との間に,加速領域4aの電場を制御するための電極(不図示)を何段の加速法とするかに基づき少なくとも1つ配置することになる。
【0037】
電子銃7より出射される電子線は、押し出し電極1と引き出し電極2とで囲まれ、イオンが生成される領域であるイオン生成領域4内へ導入される。当該導入が可能なように、カップ状に形成されている押し出し電極1の両側面部には、電子線が通過する孔が形成されている。
【0038】
押し出し電極1は、イオン生成領域4の密閉性およびイオン源10の小型化のためにカップ状に形成されている。引き出し電極2は、イオンの通過のためにメッシュ状に形成されている。なお、引き出し電極2は、メッシュ状に形成されているだけでなく、イオンが通過する孔が形成されているものでもよい。引き込み電極3は、イオンの通過のための孔が形成されている。なお、引き込み電極3の孔は、極小の孔、いわゆるピンホールであってもよく、その場合レンズ効果による収束作用が期待できる。押し出し電極1・引き出し電極2は、イオン生成領域4内で生成されたイオンを、引き出し電極2と引き込み電極3との間の、このイオンを加速するための領域である加速領域4aに押し出す・引き出すという機能を有していると表現できる。また、引き込み電極3は、加速領域4aで加速されたイオンを引き込み電極3の後段の領域へ引き込むという機能を有していると表現できる。
【0039】
ここで着目すべきは、本実施形態では、カップ状に形成した押し出し電極1の底部、引き出し電極2、および引き込み電極3を、イオンの進行方向とは反対方向に湾曲したくぼみを有した形状(曲面形状)としたことである。この構造により、イオン生成領域4内および加速領域4a内に最適なポテンシャル分布を形成することができ、湾曲した等電位面上にあるイオンに対してそれぞれの加速経路において時間的な等長性を与えて時間収束させつつ、多くのイオンを引き出すことができる。それゆえ、従来生じていた、ピーク強度とピーク幅との双方を同時に最適な値とすることができないという問題を解消し、イオンを時間的・空間的に収束させて、かつ、効率よく(引き出し効率を大幅に向上させて)出力することが可能となる。よって、イオン源10は、装置の小型化が可能であって、イオンを生成し当該イオンを時間的・空間的に収束させて出力することが可能なイオン源を提供することができる。
【0040】
なお、イオンを時間的に収束させるためには、イオン生成領域4内の様々な位置で生成されたイオンが引き出されるまでの、時間的な等長性がみたされていることが必要であり、イオンを空間的に収束させるためには、レンズ効果を有しており、かつフォーカス点が引き込み電極3の位置に調整可能であることが必要である。上記最適なポテンシャル分布とは、このような状態を満たす形状のポテンシャル分布と表現できる。また、上記最適なポテンシャル分布の形状は、等電位線が引き込み電極3の孔に対して同心円のような湾曲を持つ形状とも表現できる。
【0041】
図3(a)は、上述した従来のイオン源110内のポテンシャル分布を示す図であり、図3(b)は、イオン源10内のポテンシャル分布を示す図である。図3(a),(b)は、ポテンシャル強度に応じて着色したものであり、赤色で着色した部分が最もポテンシャル強度が高い部分である。同図から明らかであるように、従来のイオン源110の加速領域と比較して、イオン源10内の加速領域4aにおいて等電位線が湾曲しており、それぞれの加速経路に時間的な等長性を与えることに寄与している。また,イオン生成領域4内においても時間および空間収束に最適なポテンシャル分布を形成している。
【0042】
上記くぼみを有した形状の電極は、具体的には、押し出し電極1のみと、引き出し電極2のみ(後述する実施例1)と、押し出し電極1および引き出し電極2(後述する実施例2)と、押し出し電極1、引き出し電極2、および引き込み電極3といった組合せで設けることになる。一つの電極のみ上記くぼみを有した形状とするよりは、多数の電極を当該形状としたほうが、上述した効果がより一層高まる。
【0043】
イオン源10は、押し出し電極1および引き出し電極2に同電位の電圧を印加するとともに引き込み電極3を0V(一例であって、この電位に限られるわけではない)として、押し出し電極1および引き出し電極2と引き込み電極3との間に電位差を生じさせて、イオン生成領域4内でイオンを生成する。その後、引き込み電極3は0Vのままとするとともに、押し出し電極1、引き出し電極2、および引き込み電極3間にそれぞれ電位差が生じるように電圧を印加する。イオン生成領域4内で生成されたイオンは、押し出し電極1および引き出し電極2により形成された電場によって加速領域4aへと引き出され、この加速領域4aにおいて加速されて引き込み電極3を通過する。引き込み電極3を通過したイオンは、静電レンズ電極5によってさらに空間的に収束されて、接続電極6を経て後段の分析部20へ導入される。
【0044】
なお、イオンの加速時、押し出し電極1には、パルス的にイオンを出力させる必要があるため、パルス電圧が印加される。ただし、この形態に限らず、イオン化をパルス的に行ってもよい(例えばパルスレーザでイオン化する)。また、イオン化は、上述した電子イオン化法に限られるわけではない。
【0045】
イオン源10では、上述のように2段階でイオンを加速させることにより、同時に加速した初期位置が異なるイオンを特定の場所に同時に到着させることができる。また、押し出し電極1および引き出し電極2にそれぞれ印加する電圧を適切に調整することにより上記特定の場所を任意の位置に変更することができる。
【0046】
以上のように、本実施形態に係るイオン源10は、試料をイオン化するとともに、生成したイオンをパルス的に加速するための、押し出し電極1、引き出し電極2、および引き込み電極3の特定の組合せが、イオンの進行方向とは反対方向に湾曲したくぼみを有した形状である。この構造により、イオン生成領域4内および加速領域4a内に最適なポテンシャル分布を形成することができ、湾曲した等電位面上にあるイオンに対してそれぞれの加速経路において時間的な等長性を与えて時間収束させつつ、多くのイオンを引き出すことができる。それゆえ、従来生じていた、ピーク強度とピーク幅との双方を同時に最適な値とすることができないという問題を解消し、装置の小型化が可能であって、イオンを時間的・空間的に収束させて、かつ、効率よく出力することが可能なる。
【0047】
また、イオン源10を備えている本実施形態に係る質量分析装置50は、イオン源10が上述のように性能を維持したまま小型化が可能であるから、小型で高性能な質量分析装置を実現することができる。質量分析装置の小型化が実現できれば、従来にない質量分析装置の可搬性が実現され、このような質量分析装置は、分析科学、バイオサイエンス、薬学、医学、環境科学、および宇宙科学をはじめとした様々な分野において必要不可欠の分析機器としてより幅広くより重宝されることになるであろう。
【0048】
次に、イオン源10の実施例について、図4に基づいて説明する。図4は、イオン源10の実施例を示しており、当該実施例に係るイオン源の構造を概略的に示した図である。なお、説明の便宜上、図1にて示したイオン源10の部材と同じ機能を有する部材については、同じ符号を付記し、その説明を省略する。また、本実施例では、分析部20は、上記マルチターン飛行時間型で構成している。
【0049】
(実施例1)
図4(a)は、上述したイオン源10を示している。図4(b)は、イオン源10と比較すれば上記くぼみを有した電極を引き出し電極2のみとした(押し出し電極は、上記くぼみ無しの押し出し電極1a)イオン源10aを示している。なお、図4(a)中の参照符号aおよび図4(b)中の参照符号bは、それぞれイオンの軌道を示している。
【0050】
図4(a)に示すイオン源10では、押し出し電極1を半径15mmの曲面形状(曲率R=15mm)とするとともに、引き出し電極2を半径6.5mmの曲面形状(曲率R=6.5mm)としている。また、押し出し電極1−引き出し電極2間を6.5mm、引き出し電極2−引き込み電極3間を9mmとし、イオン加速時に押し出し電極1−引き出し電極2間で2.1kVの電位差が生じるように、また、引き出し電極2−引き込み電極3間で3.6kVの電位差が生じるように、それぞれ電圧を印加する。また、引き出し電極2は,直径0.5mmの孔を多数あけたメッシュ構造であり,引き込み電極3の孔は,直径を2mmとしている。この条件の場合、図示のように、引き出されたイオンは、図5と比較すればより明らかであるが、時間的・空間的双方の収束を同時に実現している。
【0051】
(実施例2)
また、図4(b)に示すイオン源10aでは、引き出し電極2を半径6.5mmの曲面形状(曲率R=6.5mm)としている。また、押し出し電極1a−引き出し電極2間を6.5mm、引き出し電極2−引き込み電極3間を9mmとし、イオン加速時に押し出し電極1−引き出し電極2間で1.75kVの電位差が生じるように、また、引き出し電極2−引き込み電極3間で、3.7kVの電位差が生じるように、それぞれ電圧を印加する。また、引き出し電極2は,直径0.5mmの孔を多数あけたメッシュ構造であり,引き込み電極3の孔は,直径を2mmとしている。この条件の場合、図示のように、引き出されたイオンは、図5と比較すればより明らかであるが、時間的・空間的双方の収束を同時に実現している。
【0052】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係るイオン源は性能を維持したまま小型化が可能であるため、当該イオン源を備えている本発明に係る質量分析装置は、小型で高性能な質量分析装置を実現することができる。上記質量分析装置は、分析科学、バイオサイエンス、薬学、医学、環境科学、および宇宙科学をはじめとした様々な分野において必要不可欠の分析機器として幅広く利用することができる。
【符号の説明】
【0054】
1、101 押し出し電極(第1の電極)
2、102 引き出し電極(第3の電極)
3、103 引き込み電極(第2の電極)
4、104 イオン生成領域
10 イオン源
50 質量分析装置
図1
図2
図3
図4
図5