特許第5778055号(P5778055)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5778055熱間鍛造用圧延棒鋼および熱間鍛造素形材ならびにコモンレールおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5778055
(24)【登録日】2015年7月17日
(45)【発行日】2015年9月16日
(54)【発明の名称】熱間鍛造用圧延棒鋼および熱間鍛造素形材ならびにコモンレールおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20150827BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20150827BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20150827BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20150827BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Y
   C22C38/12
   C22C38/58
   !C21D8/06 A
【請求項の数】8
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2012-30158(P2012-30158)
(22)【出願日】2012年2月15日
(65)【公開番号】特開2013-166983(P2013-166983A)
(43)【公開日】2013年8月29日
【審査請求日】2014年4月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(74)【代理人】
【識別番号】100093469
【弁理士】
【氏名又は名称】杉岡 幹二
(74)【代理人】
【識別番号】100134980
【弁理士】
【氏名又は名称】千原 清誠
(72)【発明者】
【氏名】松井 直樹
(72)【発明者】
【氏名】東田 真志
(72)【発明者】
【氏名】松本 斉
(72)【発明者】
【氏名】根石 豊
(72)【発明者】
【氏名】牧野 泰三
(72)【発明者】
【氏名】森田 耕司
(72)【発明者】
【氏名】谷村 圭宏
(72)【発明者】
【氏名】佐嶋 尚之
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 登史政
【審査官】 坂巻 佳世
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−195599(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/064013(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/103772(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/12
C22C 38/58
C21D 8/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、C:0.25〜0.50%、Si:0.40〜1.0%、Mn:1.0〜1.6%、S:0.005〜0.035%、Al:0.005〜0.050%、V:0.10〜0.30%およびN:0.005〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物におけるPおよびOの含有量が、P:0.035%以下およびO:0.0030%以下であり、かつ、下式(i)で表されるFn1が0.90〜1.20である熱間鍛造用圧延棒鋼であって、
圧延棒鋼の縦断面のR/2部(Rは圧延棒鋼の半径)の非金属介在物の幅をW(μm)として極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅が100μm以下であり、
圧延棒鋼の横断面のR/2部の単位面積あたりに観察される円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度が500個/mm以上であることを特徴とする熱間鍛造用圧延棒鋼。
Fn1=C+Si/10+Mn/5+5Cr/22+1.65V−5S/7・・・(i)
ただし、上式(i)中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにTi:0.030%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の熱間鍛造用圧延棒鋼。
【請求項3】
化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにCu:0.30%以下、Ni:0.20%以下、Cr:0.50%以下およびMo:0.10%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱間鍛造用圧延棒鋼。
【請求項4】
化学組成が、質量%で、C:0.25〜0.50%、Si:0.40〜1.0%、Mn:1.0〜1.6%、S:0.005〜0.035%、Al:0.005〜0.050%、V:0.10〜0.30%およびN:0.005〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物におけるPおよびOの含有量が、P:0.035%以下およびO:0.0030%以下であり、かつ、下式(i)で表されるFn1が0.90〜1.20である熱間鍛造素形材であって、
素形材の縦断面の、R/2部(Rは素形材の半径)またはT/4部(Tは素形材の厚さ)の非金属介在物の幅をW(μm)として極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅が100μm以下であり、
内部組織がフェライト・パーライト組織であり、
素形材の横断面のR/2部またはT/4部の平均パーライト粒径が150μm以下であり、
素形材中心部のミクロ組織に占めるパーライト面積率が75%以下であることを特徴とする熱間鍛造素形材。
Fn1=C+Si/10+Mn/5+5Cr/22+1.65V−5S/7・・・(i)
ただし、上式(i)中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項5】
化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにTi:0.030%以下を含有することを特徴とする請求項4に記載の熱間鍛造素形材。
【請求項6】
化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにCu:0.30%以下、Ni:0.20%以下、Cr:0.50%以下およびMo:0.10%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする請求項4または請求項5に記載の熱間鍛造素形材。
【請求項7】
請求項4から請求項6までのいずれかに記載の熱間鍛造素形材を素材として用いることを特徴とするコモンレール。
【請求項8】
請求項4から請求項6までのいずれかに記載の熱間鍛造素形材を切削加工して交差孔を形成することを特徴とするコモンレールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間鍛造用圧延棒鋼、熱間鍛造素形材およびコモンレールならびにコモンレールの製造方法に係り、詳しくは、ディーゼルエンジン燃料噴射システムに使用されるコモンレールの素材として好適な熱間鍛造用圧延棒鋼およびそれを成形した熱間鍛造素形材ならびにコモンレールおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現代の環境問題を背景に、燃費向上へのニーズが高まっており、自動車、産業機械等に用いる機械構造用部品においては小型化を目的に部品の高強度化が望まれている。
【0003】
近年、自動車の排ガス規制はますます厳しくなる傾向にある。ディーゼルエンジン燃料噴射システムは、燃料の噴射圧力を高くすることでエンジンの燃焼効率を高めることができるため、ディーゼルエンジンに噴射される燃料の噴射圧力は高くなる傾向にある。コモンレールは、ディーゼルエンジン燃料噴射システムに使用され、高圧化された燃料をエンジンへ噴射する前に一旦貯めておくための中空形状の部品である。
【0004】
コモンレールの内部には高い内圧が繰り返し付加されるため、コモンレールとして使用される鋼材には、内圧に対する高い疲労強度を有すること、繰り返し付加される内圧によって疲労き裂が生じたとしても脆性破壊しないように高い破壊靱性値を有すること、部品に加工される複数の交差孔を加工しやすくするため、高い被削性を有すること、などが求められる。燃料噴射システムの噴射圧力の高圧化に伴い、コモンレールに使用される鋼材にもさらなる高性能化が望まれている。
【0005】
一方、部品の製造コストの観点から、コモンレールには、熱間圧延で製造された棒鋼(以下、熱間圧延で製造された熱間圧延ままの状態の棒鋼を「圧延棒鋼」という。)に熱間鍛造で成形を行い(以下、圧延棒鋼を熱間鍛造で成形したままの状態を「熱間鍛造素形材」という。)、焼入れおよび焼戻しの熱処理、つまり、「調質処理」を施さずに所望の強度が得られる非調質の鋼材を用いるのが望ましい。
【0006】
このように、コモンレールに使用される鋼材には、熱間鍛造によって熱間鍛造素形材を製造した後、調質処理を施すこと無く切削加工して部品形状へ成形して使用することができる圧延棒鋼を適用することが望まれている。
【0007】
燃料噴射システムに使用される部品の疲労強度等を改善する技術がこれまで種々提案されている。
【0008】
特許文献1には、Bi及びSを介在物生成元素として含有させた、高疲労強度と良好な被削性とを兼ね備えた、快削鋼及びそれを用いた燃料噴射システム部品が開示されている。
【0009】
特許文献2には、REMを含有させ、硫化物系介在物、窒化物系介在物および酸化物系介在物の分散形態を制御した、疲労特性の優れたコモンレール用鋼およびコモンレールが開示されている。
【0010】
特許文献3には、Nb、TiおよびVよりなる群から選択される1種以上とAlを適量含む鋼材を用い、熱間鍛造後の冷却を制御することで鋼材の金属組織をフェライト、残留オーステナイト、並びにベイナイト及び/又はマルテンサイトからなるものとした、耐衝撃特性と強度‐延性バランスに優れた鋼製高強度加工品が開示されている。
【0011】
特許文献4には、Mn硫化物系介在物の長さと幅との比を一定値以下とした、疲労特性の優れた鋼とその鋼から作製した鋼部品が開示されている。
【0012】
特許文献5には、特にC、SおよびVの含有量を調整した、疲労強度に優れ、かつ、超硬ドリルなどによる切削加工性に優れたフェライト・パーライト型熱間鍛造用非調質鋼ならびにそれを用いたコモンレールが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005−154886号公報
【特許文献2】特開2009−287108号公報
【特許文献3】特開2007−231353号公報
【特許文献4】特開2004−83986号公報
【特許文献5】特開2010−265506号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】鈴木章、鈴木武、長岡豊、岩田至弘:炭素含有量の異なる炭素鋼の2次デンドライトアームの間隔について、日本金属学会誌、32(1968)、第1301−1305頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
特許文献1および特許文献2に記載の技術は、被削性向上のために鋼にBi、REM等の高価な合金元素を含有させる必要があるため、コストが高くなる。特許文献2は、調質処理を行うため、さらにコストが嵩む。
【0016】
また、特許文献3に記載された技術は、部品の金属組織をフェライト、残留オーステナイト、並びにベイナイト及び/又はマルテンサイトからなるものとするための製造プロセスが複雑であり、部品の製造コストが高くなる。さらに、鋼材に含有されるAl量が高く、マルテンサイトまたはベイナイトを含む金属組織であるため、必ずしもその部品の素材である鋼は被削性に優れるものではない。
【0017】
特許文献4に記載の技術は、Mn硫化物系介在物の長さと幅との比を制御するため、鋼にMg、Ca、Zr、Te、REMのうち、1種または2種以上を含有する。そのため、素材に含有させる合金元素のコストが高くなる。また、鋼中に粗大な酸化物が存在する場合もあり、必ずしも優れた疲労強度が得られるものではない。
【0018】
特許文献5に記載の技術は、被削性を高めるために鋼にSを含有させ鋼中に硫化物を分散させているが、粗大な硫化物または酸化物によって必ずしも優れた疲労強度が得られるものではない。また、フェライトとパーライトとの混合組織(以下、「フェライト・パーライト組織」という。)が適正化されておらず、より高い噴射圧力の燃料噴射システム用に使用されるコモンレールに必要な優れた破壊靱性値が得られるものではない。
【0019】
そこで、本発明は、調質処理を行わずとも、疲労強度、破壊靭性値および被削性に優れており、高い噴射圧力で使用される燃料噴射システム用のコモンレールの素材として好適な、低コストで製造可能な熱間鍛造用圧延棒鋼および圧延棒鋼を熱間鍛造して製造される熱間鍛造素形材、ならびに素形材を用いたコモンレールの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
高い噴射圧力で使用される燃料噴射システム用のコモンレールは次のような方法で製造される。まず、素材となる圧延棒鋼を加熱した後、熱間鍛造により圧延棒鋼の圧延方向に対して垂直となる方向に圧下を加えて、熱間鍛造素形材に成形される。そして、熱間鍛造素形材は、ドリルを用いて切削加工によってその横断面中心部の中心軸方向(素材である圧延棒鋼の圧延方向)に貫通孔が設けられ、さらにその貫通孔と交差するように微小孔も切削加工により設けられる。中心部に貫通孔が設けられたコモンレールの内部には、高い圧力で燃料の蓄圧(加圧)および排圧(減圧)が繰り返される。そのため、コモンレールの貫通孔内面の円周方向に、引張り応力が繰り返し作用する。したがって、コモンレールには、その中心軸の垂直方向の応力に対して、高い疲労強度(以下、中心軸の垂直方向の応力に対する疲労強度を「横目疲労強度」という。)が要求される。
【0021】
上述のように、熱間鍛造素形材は、素材である圧延棒鋼の圧延方法に対して垂直となる方向に圧下して成形加工されて製造されるため、熱間圧延で圧延方向に延伸された非金属介在物の圧延棒鋼での大きさおよび分布状態が、熱間鍛造素形材にもほとんどそのまま引き継がれる。そのため、熱間鍛造素形材の中心部に貫通孔が設けられたコモンレールでは、中心軸と平行な方向(素材である圧延棒鋼の圧延方向)に延伸された非金属介在物が分布することになり、横目疲労強度は低くなる傾向がある。
【0022】
高い横目疲労強度のコモンレールを得るためには、貫通孔や微小孔を設けられる前の熱間鍛造素形材の状態で横目疲労強度を高めなければならず、そのためには熱間鍛造素形材の引張り強度が高くなければならない。しかしながら、非調質の熱間鍛造素形材の引張り強度を高めると、非調質の状態で熱間鍛造素形材に施される切削工程において、被削性の低下を招く。そして、その結果、切削コストが上昇するとともに切削時間が長くなる。
【0023】
さらに、横目疲労強度のために引張り強度を高めた非調質の熱間鍛造素形材は、破壊靱性値が低くなる傾向がある。破壊靱性値が低いと、コモンレールの内部に繰り返し付加される内圧によって疲労き裂が生じた場合、脆性破壊を起こすおそれがある。よって、熱間鍛造素形材は、引張り強度と同時に破壊靱性値も高くなければならない。
【0024】
また、近年、軽量化のためにコモンレールの小型化が進んでいるため、熱間鍛造後の冷却速度も自ずと速くなる傾向にある。熱間鍛造後の冷却速度が速くなると、ベイナイトが生成しやすくなる。ベイナイトが生成すると熱間鍛造素形材の被削性および破壊靱性値にとっては好ましくない。
【0025】
そこで本発明者らは、鋼材の化学組成、組織、非金属介在物の大きさおよび分布と、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性との関係を詳細に調査した。その結果、以下の知見を得るに至った。
【0026】
(a)熱間鍛造した後に横目疲労強度および破壊靱性値に優れた非調質の熱間鍛造素形材とするためには、熱間鍛造素形材の表面に生成する脱炭層を除いた内部組織をフェライト・パーライト組織にする必要がある。
【0027】
(b)熱間鍛造した後にベイナイトの生成を避け、かつ高い引張り強度(特に900MPa以上の引張り強度)を具備させるためには、焼入れ性を向上させる合金元素の含有量を厳密に管理する必要がある。
【0028】
(c)非調質の熱間鍛造素形材の破壊靱性値を高くするためには、熱間鍛造後のオーステナイト粒界の面積を増大させる、すなわち熱間鍛造時のオーステナイト粒の成長を抑制することが有効である。オーステナイト粒の成長を抑制することで微細な金属組織の熱間鍛造素形材を得ることができる。
【0029】
(d)熱間鍛造時のオーステナイト粒の成長を抑制するには、素材である圧延棒鋼の状態で0.3〜1.0μmの微細な硫化物を多数分散させることが有効である。0.3〜1.0μmの微細な硫化物の個数密度は、凝固条件およびその後の分塊圧延および棒鋼圧延の際の加熱条件によって決定される。凝固時の冷却速度が異なる鋳片とインゴットを同一の温度で加熱して圧延し、圧延棒鋼中の微細な硫化物の個数密度と熱間鍛造後の熱間鍛造素形材のミクロ組織を比較したところ、同じ化学組成の鋼であっても凝固開始から凝固完了までの冷却速度が速い場合に、圧延棒鋼の微細な硫化物の個数密度が増加し、熱間鍛造後の素形材の組織は、微細なフェライト・パーライト組織となることが分かった。
【0030】
(e)熱間鍛造素形材の横目疲労強度は、同じ化学組成の鋼であっても、幅が大きな非金属介在物が存在すると低下する。そのため、高い横目疲労強度の熱間鍛造素形材を得るには、圧延棒鋼を圧延方向に平行に切断した面のR/2部(「R」は圧延棒鋼の半径)に相当する位置において極値統計処理によって予測される累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅が100μm以下でなければならない。
【0031】
(f)熱間圧延において、一定以上の圧下を加えることで、粗大な非金属介在物を延伸、分断させ、非金属介在物の幅を小さくすることができる。
【0032】
(g)さらに、化学組成と熱間鍛造素形材の中心部のパーライトの面積率を適正化することで、熱間鍛造素形材の中心部に貫通孔を設ける際の被削性が向上する。
【0033】
(h)その結果、引張り強度が900MPa以上、横目疲労強度が430MPa以上、破壊靱性値Kが40MPa・m1/2以上および被削性に優れた非調質の熱間鍛造素形材を得ることが出来る。
【0034】
(i)こうして得た非調質の熱間鍛造素形材は、引張り強度、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性に優れており、ディーゼルエンジンの燃料噴射システム用のコモンレールに好適である。
【0035】
本発明は上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記の(1)〜(3)に示す熱間鍛造用圧延棒鋼、(4)〜(6)に示す熱間鍛造素形材、(7)に示すコモンレール、および(8)に示すコモンレールの製造方法にある。
【0036】
(1)化学組成が、質量%で、C:0.25〜0.50%、Si:0.40〜1.0%、Mn:1.0〜1.6%、S:0.005〜0.035%、Al:0.005〜0.050%、V:0.10〜0.30%およびN:0.005〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物におけるPおよびOの含有量が、P:0.035%以下およびO:0.0030%以下であり、かつ、下式(i)で表されるFn1が0.90〜1.20である熱間鍛造用圧延棒鋼であって、
圧延棒鋼の縦断面のR/2部(Rは圧延棒鋼の半径)の非金属介在物の幅をW(μm)として極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅が100μm以下であり、
圧延棒鋼の横断面のR/2部の単位面積あたりに観察される円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度が500個/mm以上であることを特徴とする熱間鍛造用圧延棒鋼。
Fn1=C+Si/10+Mn/5+5Cr/22+1.65V−5S/7・・・(i)
ただし、上式(i)中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【0037】
(2)化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにTi:0.030%以下を含有することを特徴とする上記(1)に記載の熱間鍛造用圧延棒鋼。
【0038】
(3)化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにCu:0.30%以下、Ni:0.20%以下、Cr:0.50%以下およびMo:0.10%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の熱間鍛造用圧延棒鋼。
【0039】
(4)化学組成が、質量%で、C:0.25〜0.50%、Si:0.40〜1.0%、Mn:1.0〜1.6%、S:0.005〜0.035%、Al:0.005〜0.050%、V:0.10〜0.30%およびN:0.005〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物におけるPおよびOの含有量が、P:0.035%以下およびO:0.0030%以下であり、かつ、下式(i)で表されるFn1が0.90〜1.20である熱間鍛造素形材であって、
素形材の縦断面の、R/2部(Rは素形材の半径)またはT/4部(Tは素形材の厚さ)の非金属介在物の幅をW(μm)として極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅が100μm以下であり、
内部組織がフェライト・パーライト組織であり、
素形材の横断面の、R/2部またはT/4部の平均パーライト粒径が150μm以下であり、
素形材中心部のミクロ組織に占めるパーライト面積率が75%以下であることを特徴とする熱間鍛造素形材。
Fn1=C+Si/10+Mn/5+5Cr/22+1.65V−5S/7・・・(i)
ただし、上式(i)中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【0040】
(5)化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにTi:0.030%以下を含有することを特徴とする上記(4)に記載の熱間鍛造素形材。
【0041】
(6)化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、さらにCu:0.30%以下、Ni:0.20%以下、Cr:0.50%以下およびMo:0.10%以下から選択される1種以上を含有することを特徴とする上記(4)または(5)に記載の熱間鍛造素形材。
【0042】
(7)上記(4)から(6)までのいずれかに記載の熱間鍛造素形材を素材として用いることを特徴とするコモンレール。
【0043】
(8)上記(4)から(6)までのいずれかに記載の熱間鍛造素形材を切削加工して交差孔を形成することを特徴とするコモンレールの製造方法。
【0044】
なお、「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料または製造環境などから混入するものを意味する。
【0045】
本発明においては、以下の(イ)〜(チ)に列挙する定義に従うものとする。
【0046】
(イ)非金属介在物とは、鋼中に存在するMnSを主成分とした硫化物、Alを主成分とした酸化物、TiNを主成分とした窒化物を指す。
【0047】
(ロ)R/2部とは、縦断面および横断面を光学的顕微鏡によって観察した際に、その視野にR/2の位置が含まれる部分を指す。また、R/2部とは、縦断面または横断面を光学顕微鏡等によって観察した際に、その視野にR/2の位置が含まれる部分を指し、T/4部とは、縦断面または横断面を光学顕微鏡等によって観察した際に、その視野にT/4の位置が含まれる部分を指す。
【0048】
(ハ)縦断面とは、熱間鍛造用圧延棒鋼を、その中心軸を通って圧延方向に平行に切断した面、熱間鍛造素形材を中心軸を通って中心軸(素材である圧延棒鋼の圧延方向)に平行に切断した面をいう。同様に、横断面とは、熱間鍛造用圧延棒鋼を圧延方向と垂直に切断した面、熱間鍛造素形材を中心軸方向(素材である圧延棒鋼の圧延方向)と垂直に切断した面をいう。
【0049】
(ニ)交差孔とは、熱間鍛造素形材の中心部の中心軸方向に設けられる貫通孔と、その貫通孔と交差するように設けられる微小孔とを指す。
【0050】
(ホ)内部組織とは、熱間鍛造時に熱間鍛造素形材の表面に生成する場合のある脱炭層を除いた部分の組織を意味する。
【0051】
(ヘ)熱間鍛造用圧延棒鋼の縦断面のR/2部(Rは圧延棒鋼の半径)の非金属介在物の幅をW(μm)として極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅を、以下、「圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅」と略すことがある。
【0052】
(ト)熱間鍛造素形材の縦断面のR/2部(Rは素形材の半径)またはT/4部(Tは素形材の厚さ)の非金属介在物の幅をW(μm)として極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅を、以下、「素形材の非金属介在物の予測最大幅」と略すことがある。
【0053】
(チ)熱間鍛造用圧延棒鋼の横断面のR/2部の単位面積あたりに観察される円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を、以下、「圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度」と略すことがある。
【発明の効果】
【0054】
本発明の熱間鍛造用圧延棒鋼を素材として用いることにより、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性に優れた非調質の熱間鍛造素形材を得ることが可能となる。また、本発明の熱間鍛造素形材に交差孔を設けることにより、高い噴射圧力で使用される燃料噴射システム用のコモンレールを安価に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
図1】極値統計処理によって得られた、累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅が41.7μmであった場合の例を示した図である。
図2】実施例において、破壊靭性値を求めるのに用いた、ASTM E 399−06に規定されるSE(B)試験片(長さ115mm、幅25mm、厚さ12.5mm)の形状を示した図である。
図3】(a)および(b)は、それぞれ試験番号31および試験番号32の熱間鍛造素形材の幅約60mmの1/2の位置のT/4部のミクロ組織の光学顕微鏡写真である。
図4】コモンレール形状の熱間鍛造素形材を示した図である。
図5】熱間鍛造素形材に対し、切削加工によって、その中心部の中心軸方向に貫通孔を、その貫通孔と交差するように微小孔を設けたコモンレールを示した図である。(a)はその正面図であり、(b)はその側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0056】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0057】
1.熱間鍛造用圧延棒鋼および熱間鍛造素形材の化学組成
C:0.25〜0.50%
Cは、鋼を強化する元素であり、0.25%以上含有させる必要がある。一方、Cの含有量が0.50%を超えると、熱間鍛造後の引張り強度は高くなるものの、破壊靱性値および被削性が低下する。したがって、Cの含有量は0.25〜0.50%とする。Cの含有量は0.29%以上とすることが好ましく、0.45%以下とすることが好ましい。
【0058】
Si:0.40〜1.0%
Siは、脱酸元素であるとともに、固溶強化によってフェライトを強化し、熱間鍛造後の引張り強度を高めるのに必要な元素である。これらの効果を確保するには、Siを0.40%以上含有させる必要がある。一方、Siの含有量が1.0%を超えると、その効果が飽和するだけでなく、熱間鍛造用圧延棒鋼および非調質の熱間鍛造素形材の表面の脱炭が著しくなる。したがって、Siの含有量は0.40〜1.0%とする。Siの含有量は0.45%以上とすることが好ましく、0.80%以下とすることが好ましい。
【0059】
Mn:1.0〜1.6%
Mnは、固溶強化によってフェライトを強化し、熱間鍛造後の引張り強度を高めるのに必要な元素であり、1.0%以上を含有させる必要がある。一方、Mnの含有量が1.6%を超えると、その効果が飽和するだけでなく、焼入れ性が高くなり、熱間鍛造後にベイナイトが生成し、破壊靱性値の低下を招くおそれがある。したがって、Mnの含有量は1.0〜1.6%とする。Mnの含有量は1.1%以上とすることが好ましく、1.4%以下とすることが好ましい。
【0060】
S:0.005〜0.035%
Sは、本発明において重要な元素である。SはMnと結合して硫化物を形成する。特に、圧延棒鋼に円相当直径が0.3〜1.0μmの硫化物が多数存在すると、熱間鍛造においてオーステナイト粒の成長を抑制する効果がある。そのため、微細な硫化物の個数密度を増加すれば、熱間鍛造素形材の組織を微細化し、破壊靱性値を向上させることができる。さらには、硫化物によって被削性が改善する。これらの効果を得るには、Sを0.005%以上含有させる必要がある。一方、Sの含有量が0.035%を超えると、幅が大きな硫化物が存在するようになり、横目疲労強度の低下を招く。したがって、Sの含有量は0.005〜0.035%とする。Sの含有量は0.010%以上であることが好ましく、0.030%未満であることが好ましく、0.025%以下であることがより好ましい。
【0061】
Al:0.005〜0.050%
Alは、脱酸作用を有するだけでなく、Nと結合して微細なAlNを形成し、ピンニング効果によって熱間鍛造時のオーステナイト粒の成長を抑制するため、熱間鍛造素形材の組織を微細化し、破壊靱性値を改善する効果がある。このため、Alは0.005%以上含有させる必要がある。一方、Alの含有量が0.050%を超えると、その効果は飽和する。したがって、Alの含有量は0.005〜0.050%とする。Alの含有量は0.010%以上とすることが好ましく、0.040%以下とすることが好ましい。
【0062】
V:0.10〜0.30%
Vは、CおよびNと結合して、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成し、非調質の熱間鍛造素形材の横目疲労強度を効果的に高める作用を有する。このため、Vは0.10%以上含有させる必要がある。一方、Vの含有量が0.30%を超えると、その効果が飽和するだけでなく、製造コストの上昇および破壊靱性値の低下を招く。したがって、Vの含有量は0.10〜0.30%とする。Vの含有量は0.14%以上とすることが好ましく、0.29%以下とすることが好ましい。
【0063】
N:0.005〜0.030%
Nは、Vと結合して微細な窒化物または炭窒化物を形成し、非調質の熱間鍛造素形材の横目疲労強度を高める作用を有する。また、Alと結合して微細なAlNを形成し、ピンニング効果によって熱間鍛造時のオーステナイト粒の成長を抑制するため、熱間鍛造素形材の組織を微細化し、破壊靱性値を改善する効果がある。このため、Nは0.005%以上含有させる必要がある。しかしながら、Nの含有量が0.030%を超えると、鋼中にピンホールが形成される場合がある。したがって、Nの含有量は0.005〜0.030%とする。Nの含有量は0.008%以上とすることが好ましく、0.020%以下とすることが好ましい。
【0064】
本発明の圧延棒鋼および熱間鍛造素形材の化学組成は、上述のCからNまでの元素を含有し、残部がFeおよび不純物からなる。なお、既に述べたように、「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップまたは製造環境などから混入するものを意味する。
【0065】
ただし、本発明においては、不純物中のPおよびOは制限する必要があり、その含有量をそれぞれ、P:0.035%以下およびO:0.0030%以下にする必要がある。以下、このことについて説明する。
【0066】
P:0.035%以下
Pは、鋼中に不純物として含まれる元素であり、特にその含有量が0.035%を超えると偏析が著しくなり、横目疲労強度の低下を招くおそれがある。したがって、Pの含有量は0.035%以下とする。Pの含有量は0.030%以下とすることが好ましい。また、不純物として含まれるPの含有量は、製鋼工程でのコスト上昇をきたさない範囲でできる限り少なくすることが望ましい。
【0067】
O:0.0030%以下
Oは、Al、Siなどの脱酸元素と結合して、酸化物を形成する。粗大な酸化物は疲労破壊の起点となり、非調質の熱間鍛造素形材の横目疲労強度を低下させる。特に、幅の大きな酸化物が存在すると、横目疲労強度を低下させる原因になる。Oの含有量が0.0030%を超えると、非金属介在物の予測最大幅を100μm以下にすることは困難となり、その結果、横目疲労強度が低下する。したがって、Oの含有量は0.0030%以下とする。Oの含有量は0.0015%以下とすることが好ましい。また、不純物として含まれるOの含有量は、製鋼工程でのコスト上昇をきたさない範囲でできる限り少なくすることが望ましい。
【0068】
本発明の熱間鍛造用圧延棒鋼および熱間鍛造素形材の他の1つは、上記Feの一部に代えて、さらに以下に示す量のTi、Cu、Ni、CrおよびMoから選択される1種以上を含有するものである。
【0069】
Ti:0.030%以下
Tiは、Nと結合してTiNを形成し、オーステナイト粒の成長を抑制する効果がある。そのため、熱間鍛造素形材の組織を微細化し、破壊靱性値を向上させることができる。そのため、必要に応じてTiを含有させても良い。しかしながら、Tiの含有量が0.030%を超えると、Ti炭化物による析出強化が顕著となり、破壊靭性値の低下を招くおそれがある。したがって、Tiを含有させる場合、0.030%以下とする。Tiの含有量は0.020%以下とすることがより好ましい。上記の効果を安定して得るには、Tiを0.002%以上含有させることが好ましい。Tiの含有量は0.004%以上とすることがより好ましい。
【0070】
Cu:0.30%以下
Cuは、固溶強化によって鋼を強化する元素であるので、必要に応じて含有させても良い。しかしながら、Cuの含有量が0.30%を超えると、その効果が飽和するだけでなく、焼入れ性が高くなり、熱間鍛造後にベイナイトが生成してしまい、破壊靱性値および被削性の低下を招くおそれがある。したがって、Cuを含有させる場合、0.30%以下とする。Cuの含有量は0.20%以下とすることがより好ましい。上記の効果を安定して得るには、Cuを0.03%以上含有させることが好ましい。Cuの含有量は0.05%以上とすることがより好ましい。
【0071】
Ni:0.20%以下
Niは、固溶強化によって鋼を強化する元素であるので、必要に応じて含有させても良い。しかしながら、Niの含有量が0.20%を超えると、その効果が飽和するだけでなく、焼入れ性が高くなり、熱間鍛造後にベイナイトが生成してしまい、破壊靱性値および被削性の低下を招くおそれがある。したがって、Niを含有させる場合、0.20%以下とする。Niの含有量は0.10%以下とすることがより好ましい。上記の効果を安定して得るには、Niを0.03%以上含有させることが好ましい。Niの含有量は0.05%以上とすることがより好ましい。
【0072】
Cr:0.50%以下
Crは、固溶強化によって鋼を強化する元素であるので、引張り強度を高めたい場合、含有させても良い。しかしながら、Crの含有量が0.50%を超えると、その効果が飽和するだけでなく、焼入れ性が高くなり、熱間鍛造後にベイナイトが生成してしまい、破壊靱性値および被削性の低下を招くおそれがある。したがって、Crを含有させる場合、0.50%以下とする。Crの含有量は0.30%以下とすることが好ましい。上記の効果を安定して得るには、Crを0.03%以上含有させることが好ましい。Crの含有量は0.05%以上とすることがより好ましい。
【0073】
Mo:0.10%以下
Moは、固溶強化によって鋼を強化する元素であるので、引張り強度を高めたい場合、含有させても良い。しかしながら、Moの含有量が0.10%を超えると、その効果が飽和するだけでなく、焼入れ性が高くなり、熱間鍛造後にベイナイトが生成してしまい、破壊靱性値および被削性の低下を招くおそれがある。したがって、Moを含有させる場合、0.10%以下とする。Moの含有量は0.08%以下とすることが好ましい。上記の効果を安定して得るには、Moを0.02%以上含有させることが好ましい。Moの含有量は0.04%以上とすることがより好ましい。
【0074】
上記のCu、Ni、CrおよびMoはそのうち1種のみ、または2種以上の複合で含有させることができる。これらの元素を複合して含有させる場合の合計量は、0.60%以下とすることが好ましい。
【0075】
Fn1:0.90〜1.20
Fn1は、下式(i)で表わされ、引張り強度に与える影響の指標となるパラメーターである。熱間鍛造用圧延棒鋼を用いて熱間鍛造して得られる熱間鍛造素形材において、フェライト・パーライト組織の中のフェライトの比率が多くなった場合においても、900MPa以上の高い引張り強さを確保するためには、Fn1の値が規定する範囲になるよう各元素の含有量を調整する必要がある。Fn1の値が0.90未満であると、非調質の熱間鍛造素形材の引張り強度が低くなり、所望の横目疲労強度を得ることができない。よって、Fn1の値は0.90以上にする必要がある。Fn1の値は0.95以上とすることが好ましい。一方、Fn1の値が1.20を超えると熱間鍛造後に熱間鍛造素形材にベイナイトが生成する可能性がある。ベイナイトが生成すると、熱間鍛造素形材の破壊靭性値および被削性が低下する。したがって、Fn1の値は1.20以下とする。Fn1の値は1.16以下とすることが好ましい。
Fn1=C+Si/10+Mn/5+5Cr/22+1.65V−5S/7・・・(i)
ただし、上式(i)中の各元素記号は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【0076】
2.熱間鍛造用圧延棒鋼および熱間鍛造素形材における非金属介在物の幅
本発明に係る熱間鍛造用圧延棒鋼および熱間鍛造素形材においては、それぞれ、縦断面R/2部(Rは圧延棒鋼の半径)、および縦断面のR/2部(Rは素形材の半径)またはT/4部(Tは素形材の厚さ)における非金属介在物の幅をW(μm)として極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅を100μm以下とする。
【0077】
極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅は、以下の手法によって求めることができる。以下では、熱間鍛造用圧延棒鋼の場合に限って説明するが、熱間鍛造素形材においても同様である。
【0078】
熱間鍛造用圧延棒鋼のR/2部を含む縦断面が被検面になるように幅5mm×長さ15mmの試験片を10個切り出した後、鏡面研磨し、その研磨面を被検面とする。その後、1視野の被検面積を光学顕微鏡の倍率100倍で観察される範囲である2.954mmとして、1個の試験片で5視野、合計50視野観察し、各視野内に観察される非金属介在物のうちで、最大の幅を有する介在物の幅W(μm)を測定する。
【0079】
上記で求めた各視野における最大の幅を有する介在物の幅Wの値を、50視野について小さなものから順に並べ直して、それぞれW(j=1〜50)とし、それぞれのjについて累積分布関数F=100(j/51)(%)を計算する。
【0080】
下記式で与えられる基準化変数Yを縦軸に、Wを横軸にとったグラフを作成し、最小二乗法によって近似直線を求める。
=−ln(−ln(j/51))
【0081】
最小二乗法によって求めた直線から、累積分布関数が99.99%となるとき(すなわち基準化変数Y=9.21のとき)のWの値を読み取り、これを「極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅」とする。図1に、極値統計処理によって得られた、累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅が41.7μmであった場合の例を示す。
【0082】
熱間鍛造素形材の中心部に設けられた貫通孔内面の円周方向に引張り応力が加えられるコモンレールでは、貫通孔の内面付近に幅の大きな非金属介在物が存在すると疲労強度が低下する。コモンレールとしての疲労強度は、非調質の熱間鍛造素形材における横目疲労強度と密接な関わりがある。
【0083】
コモンレールは、熱間鍛造用圧延棒鋼の圧延方向に対して垂直となる方向に圧下を加えて、成形加工される。このような方向に圧下して成形される熱間鍛造素形材では、熱間圧延で圧延方向に延伸された非金属介在物の圧延棒鋼での大きさおよび分布状態が、ほとんどそのまま引き継がれる。したがって、熱間鍛造素形材における横目疲労強度は、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅の影響を受ける。なお、非金属介在物とは、鋼中に存在する酸化物、硫化物および窒化物を指す。圧延棒鋼の非金属介在物は、熱間圧延によって延伸し、分断され、幅が小さくなる。幅の大きな非金属介在物が圧延棒鋼に存在すると、熱間鍛造素形材の横目疲労強度が低下する。
【0084】
極値統計処理によって得られる圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅は、例えば以下の方法によって小さくすることができる。
【0085】
Alを主成分とする粗大な酸化物は、ある確率で鋼中に存在し得る。酸化物は溶鋼中で凝集し、クラスター化して粗大化するので、精錬の段階で充分に取り除く。さらに精錬段階で凝集する酸化物を取り除いて凝固させて鋳片またはインゴットとする。その鋳片またはインゴットは、棒鋼圧延または、分塊圧延と棒鋼圧延の工程を経て、最終的に熱間鍛造用圧延棒鋼となる。
【0086】
具体的には、鋳片またはインゴットを圧延する方向に垂直な横断面の断面積をS、最終の熱間圧延が完了した時点での熱間鍛造用圧延棒鋼の圧延方向に垂直な横断面の断面積をSとした時、両者の比で表される総圧下比、S/Sを40以上とする。鋳片から圧延棒鋼までの総圧下比(S/S)を40以上とすることで、酸化物、硫化物および窒化物は延伸または分断され、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅を容易に100μm未満とすることができる。
【0087】
圧下比を大きくすれば、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅は小さくなるが、圧下比を大きくするためには、鋳片またはインゴットのサイズを大きくしなくてはならない。一方、過度に鋳片またはインゴットのサイズを大きくすると、その後の分塊圧延または棒鋼圧延において、圧延パス数が非常に多くなり、生産性の著しい低下を招く。そのため、圧下比の上限は600とすることが好ましい。
【0088】
3.熱間鍛造用圧延棒鋼における微細な硫化物の個数密度
熱間鍛造用圧延棒鋼に、円相当直径で0.3〜1.0μmの微細な硫化物が所定の個数密度で存在すると、結晶粒界のピンニング効果によって熱間鍛造時のオーステナイト粒の成長を抑制する効果がある。円相当直径で0.3μm未満の硫化物については、熱間鍛造時の加熱によって固溶してしまうため、ピンニング効果が十分に得られない可能性がある。一方、円相当直径で1.0μm以上の硫化物は、顕著な結晶粒界のピンニング効果が期待できない。また、円相当直径で0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度が500個/mm未満であると、結晶粒界のピンニング効果が不十分となり、熱間鍛造後の組織が粗大となり、熱間鍛造素形材の破壊靭性値が低下するおそれがある。したがって、本発明に係る熱間鍛造用圧延棒鋼においては、横断面のR/2部の単位面積あたりに観察される円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を500個/mm以上とする。硫化物の個数密度は800個/mm以上であることが好ましい。
【0089】
圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度は、鋼を鋳造する際の凝固条件、およびその後の棒鋼圧延の際の加熱条件、または分塊圧延と棒鋼圧延の際の加熱条件に大きな影響を受ける。凝固条件に関しては、具体的には、凝固開始から凝固完了までの冷却速度が速いほど、圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を増加させることができる。凝固開始から凝固完了までの冷却速度は、鋳片またはインゴットの横断面から試験片を切り出し、デンドライトの2次アーム間隔を測定することで、非特許文献1に記載されている下記式を用いて推測することができる。圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を500個/mm以上とするためには、こうして推測される凝固開始から凝固完了までの冷却速度を35℃/分以上とすることが好ましい。
S=710R−0.39
ここで、Sは鋳片またはインゴットの中心と表面の中間位置の2次のデンドライトアームの間隔(μm)、Rは凝固開始から凝固完了までの平均冷却速度(℃/分)である。
【0090】
なお、凝固開始から凝固完了までの平均冷却速度を35℃/分以上とするには、例えば300mm×400mmの鋳片を連続鋳造で製造する際に、鋳造速度を0.3〜1.2m/分とすれば良い。
【0091】
さらに、本条件で鋳造した鋳片またはインゴットを用いて圧延棒鋼を製造する過程で、圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を500個/mm以上とするためには、分塊圧延および棒鋼圧延の加熱段階で1300℃以上での加熱を避けることが好ましい。圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度は、分塊圧延および棒鋼圧延の際の加熱条件に影響を受ける。特に、1300℃以上での加熱を行うと、微細な硫化物がその加熱時に固溶またはオストワルド成長するため、圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を500個/mm以上とすることができなくなる。
【0092】
4.熱間鍛造素形材の金属組織
熱間鍛造素形材において、優れた横目疲労強度、破壊靱性値および被削性を確保するためには、熱間鍛造素形材の内部組織をフェライト・パーライト組織とする必要がある。ミクロ組織にベイナイトまたはマルテンサイトが認められると、破壊靱性値および被削性が著しく低下してしまう。
【0093】
また、優れた破壊靱性値を有する熱間鍛造素形材を得るためには、熱間鍛造後の組織を微細化する必要があり、具体的には素形材の横断面のR/2部またはT/4部の平均パーライト粒径を150μm以下とする必要がある。平均パーライト粒径が150μmを超えると破壊靱性値の著しい低下を招く。
【0094】
さらに、熱間鍛造素形材の中心部は、コモンレールとする際に、切削加工により貫通孔が設けられるため、素形材の中心部の被削性が良好でなければならない。中心部の被削性は、化学組成に加えて、ミクロ組織が大きく影響を与える。特に、中心部のミクロ組織に占めるパーライトの面積率が75%を超えると、硬度が著しく高くなり、被削性の大きな低下を招く。したがって、熱間鍛造素形材の中心部のミクロ組織に占めるパーライトの面積率を75%以下とする。一方、中心部のミクロ組織に占めるパーライトの面積率が20%を下回ると、切削加工時にむしれ等が生じる場合がある。したがって、熱間鍛造素形材の中心部のミクロ組織に占めるパーライトの面積率は、20%以上とすることが好ましい。
【0095】
なお、熱間鍛造素形材の内部組織をフェライト・パーライト組織として、横断面のR/2部またはT/4部の平均パーライト粒径が150μm以下とし、かつ中心部のミクロ組織に占めるパーライトの面積率を75%以下とするためには、圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を500個/mm以上とした上で、例えば本発明で規定した熱間鍛造用圧延棒鋼を鍛造する際に、1280℃以上での加熱を避けること、および熱間鍛造後の800〜550℃までの平均冷却速度を70℃/分以下とすることが好ましい。
【0096】
以上の要件を全て満たすことによって、横目疲労強度に優れ、破壊靱性値の高い熱間鍛造用圧延棒鋼および熱間鍛造素形材を得ることができる。
【0097】
上記の熱間鍛造素形材を切削加工して交差孔を形成することをにより、ディーゼルエンジン燃料噴射システムに使用されるコモンレールを製造することができる。
【0098】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、以下の説明において、熱間鍛造用圧延棒鋼または熱間鍛造素形材を製造する際の加熱温度は炉内の雰囲気温度、圧延温度および鍛造温度は加工される鋼材の表面温度を指す。
【実施例1】
【0099】
表1に示す化学組成を有する鋼A1〜A30を下記の方法によって溶製した。
【0100】
【表1】
【0101】
鋼A1〜A29は、70トン転炉で酸化精錬を行った後、除滓し、フラックスを投入した。そして、アーク式加熱装置付き真空溶鋼攪拌設備(以下、アーク式加熱装置付き真空溶鋼攪拌設備を「VAD」という。)によって溶鋼を40分間撹拌した後、RH設備を用いて20分間の環流を行い、化学組成の調整、酸化物の除去を行った溶鋼を連続鋳造設備によって鋳造速度0.7m/分の条件で凝固させ、横断面が300mm×400mmの鋳片を作製した。
【0102】
鋼A30は、70トン転炉で酸化精錬を行った後、連続鋳造設備によって鋳造速度0.7m/分の条件で連続鋳造を行い、横断面が300mm×400mmの鋳片を作製した。
【0103】
以上の方法によって得た鋼A1〜A30の300mm×400mmの鋳片を1250℃で120分加熱した後、分塊圧延によって180mm×180mmの鋼片とした。その後、鋼片を1200℃で90分加熱して、1100〜1000℃の温度域で、直径50mmの圧延棒鋼とした。なお、鋼A1〜A30の鋳片から圧延棒鋼までの総圧下比(S/S)は61である。
【0104】
上記方法によって得た熱間鍛造用圧延棒鋼について、下記(A)および(B)の方法で、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を調査した。
【0105】
(A)圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅
熱間鍛造用圧延棒鋼において、圧延棒鋼のR/2部を含む幅5mm×長さ15mmの縦断面を有する試料を10個切り出し、縦断面が被検面となるように樹脂埋め、鏡面研磨を行い、以下の方法で極値統計処理を行って、非金属介在物の予測最大幅を推定した。
【0106】
1視野の被検面積を光学顕微鏡の倍率100倍で観察される範囲である2.954mmとして観察し、その視野内に観察される酸化物、硫化物および窒化物の非金属介在物のうちで、当該介在物の幅Wが最大になるものを選んだ後、光学顕微鏡の倍率を1000倍としてその幅を測定した。同様の測定を、1個の試験片で5視野、合計50視野において実施した。
【0107】
上記で求めた各視野における最大の非金属介在物の幅Wの値を小さなものから順に並べ直して、それぞれW(j=1〜50)とし、それぞれのjについて累積分布関数F=100(j/51)(%)を計算した。
【0108】
そして、下記式で与えられる基準化変数Yを縦軸に、Wを横軸にとったグラフを作成し、最小二乗法によって近似直線を求めた。
=−ln(−ln(j/51))
最小二乗法によって求めた直線から、累積分布関数が99.99%となる時(すなわち基準化変数Y=9.21の時)のWの値を読み取り、これを「極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅」とした。
【0109】
(B)圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度
熱間鍛造用圧延棒鋼において、圧延棒鋼のR/2部から10mm×10mmの横断面を有する試料を切出し、横断面が被検面となるように樹脂埋め、鏡面研磨した試料を用い、以下の方法で円相当直径が0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を調査した。
【0110】
走査型電子顕微鏡(SEM)の倍率を1000倍とし、合計128視野、総面積1.57mmの観察領域を反射電子像で撮影し、観察領域内で観察される円相当直径が0.3〜1.0μmの硫化物の個数を測定した。そして、測定された硫化物の個数を単位面積(mm)あたりの個数に換算した。
【0111】
表2に、極値統計処理による圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度の測定結果を示す。表2の「予測最大介在物幅」は、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅を、「硫化物個数密度」は、圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を意味する。
【0112】
【表2】
【0113】
上記圧延で得られた直径50mmの圧延棒鋼を長さ180mmに切断し、1250℃に再加熱を行い、1200〜1150℃の温度域で圧延棒鋼の圧延方向に対して垂直となる方向に圧下する熱間鍛造を行って、厚さ約35mm、幅約60mmの熱間鍛造素形材に仕上げ、大気中で放冷して室温まで冷却した。なお、800〜550℃の温度域における冷却速度はおよそ30℃/分であった。
【0114】
上記の方法によって得た素形材について、下記(C)〜(H)の方法で、素形材の非金属介在物の予測最大幅、ミクロ組織、引張り強度、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性を調査した。
【0115】
(C)素形材の非金属介在物の予測最大幅
上記の厚さ約35mm、幅約60mmの熱間鍛造素形材において、幅約60mmの1/2の位置から素形材のT/4部を含む厚さ5mm×長さ15mmの縦断面を有する試料を10個切り出し、縦断面が被検面となるように樹脂埋め、鏡面研磨を行い、以下の方法で極値統計処理を行って、非金属介在物の予測最大幅を推定した。
【0116】
1視野の被検面積を光学顕微鏡の倍率100倍で観察される範囲である2.954mmとして観察し、各視野内に観察される酸化物、硫化物および窒化物の非金属介在物のうちで、当該介在物の幅Wが最大になるものを選んだ後、光学顕微鏡の倍率を1000倍としてその幅を測定した。同様の測定を、1個の試験片で5視野、合計50視野において実施した。
【0117】
上記で求めた各視野における最大の非金属介在物の幅Wの値を小さなものから順に並べ直して、それぞれW(j=1〜50)とし、それぞれのjについて累積分布関数F=100(j/51)(%)を計算した。
【0118】
そして、下記式で与えられる基準化変数Yを縦軸に、Wを横軸にとったグラフを作成し、最小二乗法によって近似直線を求めた。
=−ln(−ln(j/51))
最小二乗法によって求めた直線から、累積分布関数が99.99%となる時(すなわち基準化変数Y=9.21の時)のWの値を読み取り、これを「極値統計処理によって得られる累積分布関数が99.99%の時の非金属介在物の予測最大幅」とした。
【0119】
(D)素形材のミクロ組織
上記の厚さ約35mm、幅約60mmの熱間鍛造素形材において、幅約60mmの1/2の位置から素形材のT/4部を含む10mm×10mmの横断面を有する試料を切り出した。そして、上記の横断面が被検面となるように樹脂埋めし、鏡面研磨した後、3%硝酸アルコール(ナイタル腐食液)で腐食してミクロ組織を現出させた。その後、光学顕微鏡の倍率を200倍として5視野についてミクロ組織画像を撮影し、T/4部における「相」を同定した。さらに、このミクロ組織画像を用いて、フェライトに囲まれたパーライトコロニー群をパーライト粒として、その面積に相当する円の直径、すなわち円相当直径をもってパーライト粒径として、5視野のパーライト粒径を算術平均することで平均パーライト粒径を算出した。
【0120】
さらに、素形材の中心部から10mm×10mmの横断面を有する試料を切り出した。そして、上記の横断面が被検面となるように樹脂埋めし、鏡面研磨した後、3%硝酸アルコール(ナイタル腐食液)で腐食してミクロ組織を現出させた。その後、光学顕微鏡の倍率を200倍として5視野についてミクロ組織画像を撮影し、撮影画像を用いて、画像処理ソフトによって、熱間鍛造素形材の中心部のミクロ組織に占めるパーライトの面積率を求め、5視野での算術平均を中心部のパーライト面積率とした。
【0121】
なお、T/4部にベイナイトが認められた熱間鍛造素形材に関しては、平均パーライト粒径および中心部のパーライトの面積率の測定は実施していない。
【0122】
(E)素形材の引張り強度
上記の厚さ約35mm、幅約60mmの熱間鍛造素形材のT/4部から、試験片の長手方向が素形材の幅方向、すなわち素形材の中心軸に対して垂直方向とし、また試験片の平行部の中心が素形材の幅約60mmの1/2の位置になるように、JIS Z 2241(2011)に規定される14A号試験片(ただし、平行部の直径:5mm)を採取した。そして、標点距離を25mmとして室温で引張り試験を行い、引張り強度を求めた。なお、素形材の引張り強度は900MPa以上であることを目標とした。
【0123】
(F)素形材の横目疲労強度
上記の厚さ約35mm、幅約60mmの熱間鍛造素形材の幅方向の両端をフライス加工してスケールを除去するとともに平面に仕上げた。そして、上記のフライス加工した素形材の両端とJIS G 4051(2009)に規定された市販のS10Cを電子ビーム溶接によって溶接し、厚さ約35mm、幅130mmの板材を作製した。その後、上記板材のT/4部から、試験片の長手方向が板材の幅方向、すなわち素形材の中心軸に対して垂直方向とし、また試験片の平行部の中心が板材の幅130mmの1/2の位置になるように、JIS Z 2274(1978)に規定される1号試験片(ただし、平行部の直径:8mm、平行部の長さ:17mm、つかみ部の直径:15mm、平行部とつかみ部の間のR:24mm、全長:106mm)の小野式回転曲げ試験片を作製した。
【0124】
そして試験片数を8として室温、大気中で応力比が−1となる条件で回転曲げ疲労試験を実施した。繰り返し数が1.0×10以上耐久した応力振幅の最低値を横目疲労強度とした。なお、素形材の横目疲労強度は430MPa以上であることを目標とした。
【0125】
(G)素形材の破壊靱性値K
上記の厚さ35mm、幅約60mmの熱間鍛造素形材のT/4部から、試験片の長手方向が素形材の中心軸方向とし、また試験片の幅の中心が素形材の幅約60mmの1/2の位置になるように、ASTM E 399−06に規定されるSE(B)試験片(長さ115mm、幅25mm、厚さ12.5mm)を採取した。試験片の長手方向の中央位置に、幅方向に、長さ10.5mm(試験片厚さ方向には長さ一定)の切欠きを設け、その先端にはさらに長さ2.0mmの予き裂を疲労負荷により導入した。試験片の形状を図2に示す。
【0126】
この試験片の切欠き端部に切欠きの開口変位を測定できるようにクリップゲージを取り付けた。そして試験片に、3点曲げ荷重、すなわち、試験片切欠き側の端面をスパン100mmで2点支持し、切欠き直上の反対側端面より負荷をかけた。この時、荷重と開口変位の変化を測定し、両者の関係を示すグラフ上から、ASTM E 399−06の規定に従い、破壊靱性値算定の対象となる荷重Pおよび最大荷重Pmaxを求めた。そして、同規格に規定された条件Pmax/P≦1.1を満たすことを確認した上で、試験片にPが作用した時の応力拡大係数を算出し、これを破壊靱性値Kとした。なお、破壊靱性値Kは40MPa・m1/2以上であることを目標とした。
【0127】
(H)素形材中心部の被削性
上記の厚さ約35mm、幅約60mmの熱間鍛造素形材の全面をフライス加工してスケールを除去するとともに平面に仕上げた。そして、素形材の中心部に予め10mm深さの直径9.6mmの下穴をあけてから、直径9.5mmのTiAlNコーティングしたオイルホール付きの超硬ドリルを用いて、1穴あたり90mmの深さまで穿孔した。この時のドリルの回転速度は2011rpm(切削速度:約60m/分)、一回転あたりの送り量は0.10mm/revとし、油圧を2MPaとして水溶性切削潤滑油を供給した。被削性は、切削動力計を用いて穿孔したときのドリルの中心軸方向にかかるスラスト抵抗を測定して評価した。穿孔初期では切削抵抗のばらつきが大きいため、10穴目を穿孔した時に測定したスラスト抵抗の平均値で評価した。被削性は、スラスト抵抗の平均値が1800N以下であることを目標とした。なお、被削性評価の指標としてスラスト抵抗の平均値が1800N以下であるものを「○」、1800Nを超えるものを「×」とした。
【0128】
表3に上記試験結果をまとめて示す。なお、表3の「予測最大介在物幅」は、素形材の非金属介在物の予測最大幅を意味する。
【0129】
【表3】
【0130】
試験番号1〜22は、用いた鋼A1〜A22が本発明で規定される化学組成の範囲を満たし、かつ圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を満たしているため、熱間鍛造素形材の引張り強度、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性のいずれも優れた特性を示している。
【0131】
試験番号23は、用いた鋼A23の化学組成は本発明で規定する範囲を満たしているものの、Fn1の値が0.80と低く、本発明で規定する値を下回っているため、熱間鍛造素形材の引張り強度が842MPaと低く、かつ横目疲労強度が400MPaと低い。
【0132】
試験番号24は、用いた鋼A24の化学組成は本発明で規定する範囲を満たしているものの、Fn1の値が1.24と高く、本発明で規定する値を上回っており、熱間鍛造素形材にベイナイトが認められるため、破壊靭性値が37MPa・m1/2と低く、スラスト抵抗の値も1800Nを超えた。
【0133】
試験番号25は、用いた鋼A25はMnの含有量が1.65と高く、本発明で規定する上限値を上回っており、素形材にベイナイトが認められるため、破壊靭性値が38MPa・m1/2と低く、スラスト抵抗の値も1800Nを超えた。
【0134】
試験番号26は、用いた鋼A26はSの含有量が0.004%と低く、本発明で規定する値を下回っているため、圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度が255個/mmと低い。そのため、素形材の平均パーライト粒径が258μmと大きくなり、破壊靭性値が38MPa・m1/2と低い。
【0135】
試験番号27は、用いた鋼A27はSの含有量が0.049%と高く、本発明で規定する値を上回っているため、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅が109μmと大きい。そのため、素形材の横目疲労強度が420MPaと低い。
【0136】
試験番号28は、用いた鋼A28はVの含有量が0.080%と低く、本発明で規定する値を下回っている。そのため、素形材の横目疲労強度が405MPaと低い。
【0137】
試験番号29は、用いた鋼A29はTiの含有量が0.053%と本発明で規定する値を上回っている。そのため、素形材の破壊靭性値が35MPa・m1/2と低い。
【0138】
試験番号30は、用いた鋼A30はOの含有量が0.0045%と本発明で規定する値を上回っているため、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅が132μmと大きい。そのため、熱間鍛造素形材の横目疲労強度が400MPaと低い。
【実施例2】
【0139】
熱間鍛造用圧延棒鋼の化学組成が同じであっても、圧延棒鋼の製造条件、特に凝固開始から凝固完了までの冷却速度が異なることで、熱間鍛造素形材の組織が異なり、機械的特性が変化する例を示す。
【0140】
表4に示す化学組成を有する鋼B1およびB2を下記方法によって溶製した。
【0141】
【表4】
【0142】
鋼B1は、70トン転炉で、酸化精錬を行った後、除滓し、フラックスを投入した。そして、VADによって溶鋼を40分間撹拌した後、RH設備を用いて20分間の環流を行い、化学組成の調整、酸化物の除去を行った溶鋼を連続鋳造設備によって鋳造速度0.7m/分の条件で連続鋳造を行い、横断面が300mm×400mmの鋳片を作製した。
【0143】
凝固開始から凝固完了までの冷却速度を推測する目的で、上記鋳片の厚さ300mmの1/4、幅400mmの1/2の位置から、厚さ15mm×幅15mmの横断面を含む小片を切り出した。切り出した試料の前記横断面を被検面として鏡面研磨後、ピクリン酸腐食液によって組織を現出し、デンドライト組織を光学顕微鏡で観察してデンドライト2次アーム間隔を測定した。デンドライトの2次アーム間隔は、デンドライト組織の写真上において、その写真上でのデンドライトの2次アーム間隔をノギスにより測定し、写真の撮影倍率で割戻して実寸を求めた。
【0144】
その結果、デンドライト2次アーム間隔はおよそ142μmであり、凝固開始から凝固完了までの冷却速度はおよそ62℃/分であることが推測された。
【0145】
鋼B2は、24トン電気炉を用いて溶解した後、真空装置付取鍋精錬炉(LFV)を用いて90分処理をすることで化学組成の調整、酸化物の除去を行った溶鋼を、耐火物製の鋳型に鋳造して凝固させ、高さが2000mm、高さ2000mmの1/2の位置での断面が500mm×500mm、重量約3.5トンのインゴットを作製した。
【0146】
鋼B1と同様に、凝固開始から凝固完了までの冷却速度を推測するため、上記インゴットの高さ2000mmの1/2、厚み500mmの1/4、幅500mmの1/2の位置から、15mm×15mmの横断面を含む小片を切り出した。切り出した試料の前記横断面を被検面として鏡面研磨後、ピクリン酸腐食液によって組織を現出し、デンドライト組織を光学顕微鏡で観察してデンドライト2次アーム間隔を測定した。デンドライトの2次アーム間隔は、デンドライト組織の写真上において、その写真上でのデンドライトの2次アーム間隔をノギスにより測定し、写真の撮影倍率で割戻して実寸を求めた。
【0147】
その結果、デンドライト2次アーム間隔はおよそ235μmであり、凝固開始から凝固完了までの冷却速度はおよそ17℃/分と推測された。
【0148】
上記の方法により得られた鋼B1の鋳片と鋼B2のインゴットを、それぞれ1250℃で120分加熱した後、分塊圧延によって180mm×180mmの鋼片とし、その後それぞれの鋼片を1200℃で90分加熱し、1100〜1000℃の温度領域で棒鋼圧延し、直径50mmの熱間鍛造用圧延棒鋼とした。なお、鋼B1の鋳片から圧延棒鋼までの総圧下比(S/S)は61であり、鋼B2のインゴットから圧延棒鋼までの総圧下比(S/S)は127である。
【0149】
上記の方法によって得られた鋼B1の試験番号31の圧延棒鋼および鋼B2の試験番号32の圧延棒鋼について、実施例1の(A)および(B)で示した方法によって、非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を調査した。
【0150】
調査結果を表5に示す。表5の「予測最大介在物幅」は、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅を、「硫化物個数密度」は、圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を意味する。
【0151】
その結果、試験番号31の圧延棒鋼は円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度が1063個/mmと500個/mm以上であったが、試験番号32の圧延棒鋼は円相当直径0.3〜1.0μm硫化物の個数密度が368個/mmと500個/mm未満であった。
【0152】
【表5】
【0153】
次に、上記直径50mmの各圧延棒鋼を長さ180mmに切断し、1250℃に再加熱した後、1200〜1150℃の温度域で圧延棒鋼の圧延方向に対して垂直となる方向に圧下する熱間鍛造を行って、厚さ約35mm、幅約60mmの熱間鍛造素形材に仕上げ、大気中で放冷して室温まで冷却した。なお、800〜550℃の温度域における冷却速度はおよそ30℃/分であった。
【0154】
実施例1の(D)で示した方法によって観察した試験番号31および試験番号32の素形材の幅約60mmの1/2の位置のT/4部のミクロ組織の光学顕微鏡写真を図3に示す。
【0155】
また、上記方法によって得られた素形材について、実施例1の(C)〜(H)で示した試験方法によって、非金属介在物の予測最大幅、ミクロ組織、引張り強度、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性の調査を実施した。得られた結果を表6に示す。表6の「予測最大介在物幅」は、素形材の非金属介在物の予測最大幅を意味する。
【0156】
鋼B1と鋼B2の化学組成は共に本発明で規定する範囲内にあって、ほぼ同等であるが、用いた圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μm硫化物の個数密度が異なる。試験番号32の圧延棒鋼は円相当直径0.3〜1.0μm硫化物の個数密度が368個/mmと500個/mm未満であったため、素形材の平均パーライト粒径は215μmと150μmを超えており、試験番号31の43μmに比べて大きく、組織が粗大であることがわかる。その結果、試験番号32の熱間鍛造素形材は、破壊靱性値が劣っていた。
【0157】
【表6】
【実施例3】
【0158】
熱間鍛造用圧延棒鋼の化学組成が同じであっても、圧延棒鋼の製造条件によって、熱間鍛造素形材の横目疲労強度または破壊靭性値が変化する例を示す。
【0159】
実施例1で示した鋼A12の300mm×400mm鋳片を用いて、表7に示す条件で直径50mmまたは直径80mmの熱間鍛造用圧延棒鋼を製造した。表7の「分塊加熱条件」は、分塊圧延を行うための加熱温度、「棒鋼加熱温度」は、棒鋼圧延を行うための加熱温度、「棒鋼圧延サイズ」は、棒鋼圧延で製造した圧延棒鋼の直径を意味する。
【0160】
【表7】
【0161】
得られた圧延棒鋼に関して、実施例1の(A)および(B)で示した方法によって、非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度の調査を行った。試験結果を表8に示す。表8の「予測最大介在物幅」は、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅を、「硫化物個数密度」は、圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を意味する。
【0162】
【表8】
【0163】
上記の圧延棒鋼を用いて、熱間鍛造素形材を作製した。
【0164】
試験番号33〜35については、直径50mmの圧延棒鋼を長さ180mmに切断し、1250℃に再加熱を行い、1200〜1150℃の温度域で圧延棒鋼の圧延方向に対して垂直となる方向に圧下する熱間鍛造を行って、厚さ約35mm、幅約60mmの熱間鍛造素形材に仕上げ、大気中で放冷して室温まで冷却した。なお、800〜550℃の温度域における冷却速度は、およそ30℃/分であった。
【0165】
試験番号36については、直径80mmの圧延棒鋼を長さ180mmに切断し、1250℃に再加熱を行い、1200〜1150℃で圧延棒鋼の圧延方向に対して垂直となる方向に圧下する熱間鍛造を行って、厚さ約50mm、幅約100mmの熱間鍛造素形材に仕上げ、大気中で放冷して室温まで冷却した。なお、800〜550℃の温度域における冷却速度は、およそ15℃/分であった。
【0166】
上記の方法によって得られた素形材について、実施例1の(C)〜(H)で示した試験方法によって、非金属介在物の予測最大幅、ミクロ組織、引張り強度、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性の調査を実施した。得られた結果を表9に示す。表9の「予測最大介在物幅」は、素形材の非金属介在物の予測最大幅を意味する。
【0167】
【表9】
【0168】
試験番号33は、鋼A12が本発明で規定する化学組成の範囲を満たし、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μm硫化物の個数密度も満たしているため、素形材の非金属介在物の予測最大幅、引張り強度、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性のいずれも優れた特性を示している。
【0169】
これに対して、試験番号34および試験番号35は、用いた鋼A12が本発明で規定する化学組成の範囲を満足しているが、圧延棒鋼の円相当直径0.3〜1.0μm硫化物の個数密度がそれぞれ470個/mmおよび359個/mmと本発明で規定した範囲を下回っている。そのため、素形材の平均パーライト粒径は、それぞれ235μmおよび186μmと150μmを上回っており、破壊靭性値がそれぞれ38MPa・m1/2および39MPa・m1/2と低い。
【0170】
試験番号36は、用いた鋼A12が本発明で規定する化学組成の範囲を満足しているが、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅および素形材の非金属介在物の予測最大幅が105μmおよび104μmと、本発明で規定した範囲を上回っている。そのため、素形材の横目疲労強度が395MPaと低い。
【実施例4】
【0171】
熱間鍛造用圧延棒鋼の化学組成、非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度が全て同じであっても、鍛造条件に違いによって、熱間鍛造素形材の特性が変化する例を示す。
【0172】
実施例1で示した鋼A13の直径50mmの熱間鍛造用圧延棒鋼を用いて、下記条件にて熱間鍛造素形材を作製した。
【0173】
試験番号37は、直径50mmの圧延棒鋼を長さ180mmに切断し、1250℃に再加熱を行い、1200〜1150℃の温度域で圧延棒鋼の圧延方向に対して垂直となる方向に圧下する熱間鍛造を行って、厚さ約35mm、幅約60mmの素形材とし、大気中で放冷して室温まで冷却した。なお、800〜550℃の温度域における冷却速度はおよそ30℃/分であった。
【0174】
試験番号38は、直径50mmの圧延棒鋼を長さ180mmに切断し、1290℃に再加熱を行い、1250〜1200℃の温度域で圧延棒鋼の圧延方向に対して垂直となる方向に圧下する熱間鍛造を行って、厚さ約35mm、幅約60mmの素形材とし、大気中で放冷して室温まで冷却した。なお、800〜550℃の温度域における冷却速度はおよそ30℃/分であった。
【0175】
試験番号39は、直径50mmの圧延棒鋼を長さ180mmに切断し、1250℃に再加熱を行い、1200〜1150℃の温度域で圧延棒鋼の圧延方向に対して垂直となる方向に圧下する熱間鍛造を行って、厚さ約35mm、幅約60mmの素形材とし、ファン冷却で室温まで冷却した。なお、800〜550℃の温度域における冷却速度はおよそ90℃/分であった。
【0176】
得られた素形材について、実施例1の(C)〜(H)で示した試験方法によって、非金属介在物の予測最大幅、ミクロ組織、引張り強度、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性の調査を実施した。試験結果を表10に示す。表10の「予測最大介在物幅」は、素形材の非金属介在物の予測最大幅を意味する。
【0177】
【表10】
【0178】
試験番号37は、鋼A13が本発明で規定する化学組成の範囲を満たし、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を満たしており、かつ素形材の非金属介在物の予測最大幅、ミクロ組織も本発明で規定する範囲を満たすため、引張り強度、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性のいずれも優れた特性を示している。
【0179】
これに対して、試験番号38は、本発明で規定する化学組成の範囲を満たし、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を満たしているが、素形材の横断面のT/4部の平均パーライト粒径および中心部のパーライト面積率が本発明で規定する範囲から外れているため、破壊靱性値および被削性が劣る。
【0180】
試験番号39は、本発明で規定する化学組成の範囲を満たし、圧延棒鋼の非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μmの硫化物の個数密度を満たしているが、素形材の内部組織は、ベイナイトが混在したフェライト・パーライト・ベイナイト組織となったため、破壊靱性値および被削性が劣る。
【実施例5】
【0181】
引張り強度、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性のいずれも優れた熱間鍛造素形材の素材であり、本発明で規定される化学組成、非金属介在物の予測最大幅および円相当直径0.3〜1.0μm硫化物の個数密度の全てを満たす鋼A12および鋼A14の直径50mmの熱間鍛造用圧延棒鋼を用いて、燃料噴射システム用のコモンレールを以下の方法によって作製した。
【0182】
また、比較のため表11に示す化学組成を有する鋼C1の直径50mmの圧延棒鋼を用いた。なお、鋼C1はJIS G 4053(2008)の機械構造用合金鋼鋼材に定められたSCM435に相当する鋼材である。
【0183】
【表11】
【0184】
鋼C1は、70トン転炉で酸化精錬を行った後、除滓し、フラックスを投入した。そして、VADによって溶鋼を40分間撹拌した後、RH設備を用いて15分間の環流を行い、化学組成の調整、酸化物の除去を行った溶鋼を連続鋳造設備によって鋳造速度0.7m/分の条件で連続鋳造を行い、横断面が300mm×400mmの鋳片を作製した。
【0185】
鋼C1の300mm×400mmの鋳片は1250℃で120分加熱した後、分塊圧延によって180mm×180mmの鋼片とし、その後、鋼片を1200℃で90分加熱して、1100〜1000℃の温度域で直径50mmの圧延棒鋼とした。なお、鋼C1の鋳片から圧延棒鋼までの総圧下比(S/S)は61である。
【0186】
次に、鋼A12、鋼A14および鋼C1の直径50mmの熱間鍛造用圧延棒鋼を、250mmに切断した後、1250℃に再加熱を行い、1200〜1150℃で圧延方向の垂直となる方向に圧下する熱間鍛造を行って、図4に示すコモンレール形状の熱間鍛造素形材を作製し、大気中で放冷して室温まで冷却した。なお、800〜550℃の温度域における冷却速度はおよそ45℃/分であった。コモンレール用の熱間鍛造素形材は、一体成形により作製され、図4に示すように、コモンレールの本体である胴体部1および5個の枝部2a〜2eで構成される。胴体部1の外径は30mmであった。
【0187】
得られた鋼A12および鋼A14の熱間鍛造素形材について、実施例1の(C)〜(H)で示した試験方法によって、非金属介在物の予測最大幅、ミクロ組織および引張り強度についての調査を実施した。試験結果を表12に示す。表12の「予測最大介在物幅」は、素形材の非金属介在物の予測最大幅を意味する。なお、図4に示すように、コモンレール形状の素形材においては、胴体部1の縦断面のR/2部(Rは胴体部1の半径)、すなわち表面から7.5mmの位置における非金属介在物の幅をW(μm)として、予測最大幅を求めた。また、ミクロ組織についても同様に、素形材の中心部のパーライト面積率は、胴体部1の中心部において算出し、平均パーライト粒径は、胴体部1の横断面のR/2部(Rは胴体部1の半径)、すなわち表面から7.5mmの位置において、測定した。
【0188】
【表12】
【0189】
そして、図4に示すコモンレール形状の熱間鍛造素形材の胴体部1において、その中心部の中心軸方向に貫通孔11を、その貫通孔と交差するように5個の枝部2a〜2eに微小孔12a〜12eを切削加工により設け、図5に示す形状のコモンレールを作製した。図5の(a)が正面図、図5(b)が側面図である。切削加工は、ガンドリルを用い、切削速度は70m/分、一回転あたりの送り量は0.03mm/revとして行った。なお、鋼C1を用いた試験番号42に関しては、切削加工を行った後、870℃で60分に加熱後油焼入れを行い、続いて600℃で90分の焼戻しを行った。
【0190】
上記の方法によって得られたコモンレールを用いて疲労試験を実施した。5個の枝部のうちの枝部2aに形成した微小孔12aに圧力発生源を接続し、その途中に圧力センサを設けた。そして、それ以外の微小孔12b〜12eの端部および胴体部1に形成した貫通孔11の両端を全てシールした。その後、圧力発生源に接続した微小孔12aから周期的に応力を変化させる(周波数:15Hz)ように油を圧入した。そして繰り返し数が1.0×10以上耐久した際の最大圧力を疲労強度とし、試験番号42に対する比を疲労限度比として求め、評価した。圧力は、圧力発生源とコモンレールの端部の微小孔12aの間に取り付けた圧力センサにより測定した内圧である。試験結果を表13に示す。
【0191】
【表13】
【0192】
本発明で規定している要件を全て満たしている試験番号40および41は、非調質状態であるにも関わらず、調質処理を行った試験番号42と同等以上の疲労強度が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0193】
本発明の熱間鍛造用圧延棒鋼を素材として用いることにより、横目疲労強度、破壊靱性値および被削性に優れた非調質の熱間鍛造素形材を得ることが可能となる。また、本発明の熱間鍛造素形材に交差孔を設けることにより、高い噴射圧力で使用される燃料噴射システム用のコモンレールを安価に製造することができる。
【符号の説明】
【0194】
1:胴体部
2a−2e:枝部
11:貫通孔
12a−12e:微小孔
図1
図2
図3
図4
図5